空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

ソウルマッコリ

 平たく言えば韓国の濁酒、マッコリが何年か前から日本国内でも当たり前に売られている。
 で、その代表的なJINROのマッコリを、以前飲んでみたのだが。
 飲みやすかった。
 甘酸っぱくて、酔える乳酸飲料という印象だった。
 しかも1リットルで600円程度と、値段も安かった。
 しかし糖類やら酸味料やら甘味料やらを加えているせいか、その酸味も甘味もどこか作り物っぽく思えた。
 そして更に、飲んだ後で悪酔いもした。

 が、その後に酒の専門店で、米と麦麹だけで造られた、添加物なしのマッコリを見かけた。
 300mlで500円弱と、大メーカーの添加物入りのマッコリよりかなり高かった。
 しかし物は試しにと買って飲んでみたところ、これが想像以上に美味かった。
 甘味も酸味も控えめなのだが、そのどちらの味わいも自然で、しかもコクと深い味わいがあり、ゆっくり味わって飲んで「美味い!」と心から思った。
 大メーカーの、添加物入りのマッコリも飲みやすいし、決して不味いとは言わないが。
 しかし大メーカーの大量生産品でない、添加物なしの米と麦麹だけの本物を飲んでしまうと、比べものにならない味の差を感じた。

サントリー・ソウルマッコリP1110567

 最近、チューハイやビール類の売場で、サントリー扱いソウルマッコリをよく見かけるようになった。
 製造は韓国マッコリのシェアNo.1メーカー、ソウル長寿社だという。
 その韓国で最も売れている、そして日本の代表的な酒類メーカーであるサントリーが扱うマッコリがどんなものか、試しに買って飲んでみる事にした。

 缶にも「乳酸由来の爽やかな味わい」と書かれているが、甘酸っぱくて飲みやすい。
 例えて言うならば、アルコール入りのヤクルトに、更に甘酒の風味とコクを加えた感じと言ったところか。
 以前に飲んだJINROのマッコリの方がより甘酸っぱく乳酸飲料に近い味で、このソウルマッコリの方がお酒らしい風味をやや強く感じる。
 しかしこのソウル長寿社製でサントリー販売のマッコリも、そこは糖類や酸味料や甘味料を加えたものだけあって、飲み進めて行くうちに、甘さにも酸っぱさにも自然でない合成された味を感じてしまう。
 米と麦麹だけの本物のマッコリと比べてしまうと、甘さも酸っぱさもしつこい上に、お酒としての深い味わいやコクも足りないように感じてしまう。

 結局のところ、「JINROのマッコリよりやや本物に近いが、米と麦麹だけで造った本来のマッコリの味わいには程遠いものがある」といったところか。
 個人的には、マッコリは米と米麹および麦麹のみで造るべきで、糖類や酸味料や甘味料を加えて造ったものはニセモノの味だと思う。
 が、酒としてのコクや味わいに欠ける部分があっても、添加物(糖類や酸味料や甘味料)を加えたマッコリが甘酸っぱくて飲みやすいのは事実だ。しかもその種の添加物入りマッコリの方が、値段もずっと安い。

 お酒を飲み慣れた、酒の味がわかる方には、米と麦麹のみで造ったマッコリを断然勧める。
 しかしお酒を飲み慣れていない若い人や、特に若い女性などにはこのソウルマッコリも含めた、糖類や酸味料や甘味料で味を作った大メーカーのマッコリの方が飲みやすいのではないだろうか。
 だから個人的には米と米麹と麦麹だけのマッコリの方が文句なしに良いと思うが、若い女性や、それほど味にこだわらずに質より量を飲みたい方には、大メーカーの添加物入りのマッコリでも充分ではないかと思われる。

 お酒というものは、ただ度数が強ければより酔うというものではない。
 例えば蒸留酒は酔うのも早いが醒めるのも早く、悪酔いもしにくい。
 ポリフェノールがたっぷり入っていることで知られる赤ワインが実は悪酔いしやすいように、いろいろな成分が含まれているお酒の方が、より悪酔いしやすいようだ。
 だから同じ日本酒でも、糖類や酸味料等を加えた安酒の方がより悪酔いをする。
 同様に、マッコリも米と麦麹だけで造ったものを飲んだ時には平気だったが、大メーカーの糖類や酸味料や甘味料入りのものを飲んだ時には頭痛がして悪酔いしてしまった。
 しかも大メーカーの添加物入りのマッコリは、甘酸っぱさが強くてお酒という感じが弱く飲みやすいだけに、若い女性などはつい飲み過ぎて悪酔いしてしまうおそれがあるから、要注意だ。

 近年は「ビールは苦いから好きじゃない」という若者が増えているという。
 そういう人達に、このソウルマッコリを含めたマッコリは、甘酸っぱく酔える乳酸飲料のようで歓迎されるのではないだろうか。
 しかしそれでも、筆者としては糖類や酸味料や甘味料の入っていない、米と米麹や麦麹だけの本物のマッコリを飲んでみてほしいと思う。

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生きる意味に悩んでいる人達に

 よく、「自分は何の為に生きているのだろう?」とか、「自分がこの世に生まれてきた意味は、一体何なのだろう?」とか考えて悩む人がいるが。
 正直に言って、筆者はその種の事を考えて悩んだりした記憶がない。

 だいたい、70億人もいる全世界の人間一人一人が何か特別な存在で、「生まれた意味」だの「使命」だのが予め用意されているわけなど無いことくらい、少し考えればわかる筈ではないか。

 人は“愛”とも称する種族保存の本能と性欲で生殖行動をし、精子と卵子が結合した結果として一人の人間が生まれてくる。
 ただそれだけの事に過ぎない。
 地球全体から見れば、貴方も筆者も70億人のうちのたった1人に過ぎない。
 庭付きの一軒家に住んでいれば、庭によく蟻の巣がいつの間にか出来ていたりするが。
 その巣に群がる、見分けもつかない無数の働き蟻のうちの1563号(仮)と自分も同じようなちっぽけな存在だと、少なくとも筆者は思っている。

 筆者は幼い頃に地方の中規模の都市に引っ越しを経験し、その引っ越し先の学校では大勢の中のたった一人の異邦人だった。
 また、筆者は常に年子で優等生の姉と比べられ、学校でも親戚達の間でも「出来損ないの弟」という扱いを受け続けて育った。
 だから筆者は、幼い頃から常に一人だった。
 飛び抜けた才能や力のある特別な人間ではなく、大勢の中の無力で何も出来ないちっぽけなただの一人に過ぎなかった。
 そしてそのせいで、自分という存在を冷静かつ客観的に眺める事ができるようになった。
 で、自分自身を「庭の蟻の巣の見分けもつかない無数の働き蟻のうちの1563号(仮)と同じ」と突き放して見ることが出来るようになったわけだ。

 筆者は思うのだが。
 何の為に生きているのだとか、自分がこの世に生まれてきた意味などについて考えて悩む人達は、きっと周囲に良い人達がいて、親にも優しくされ良い友達にも恵まれ、大切にされて育ってきたのではないだろうか。
 イジメられたり、毎日の生活に窮して困っていたりして苦しい生活を送っていたら、それこそ今日を生き抜くのに必死で、生まれた意味などについて悠長に考えているゆとりも無いよ。

 冷徹に言い切ってしまえば。
 人など、ただ生まれただけでは70億人のうちのとるに足りない塵芥のような1人に過ぎない。
 そんなちっぽけで無力な存在と思いたくないから、人は「自分は何の為に生きているのだろう?」とか、「自分がこの世に生まれてきた意味は、一体何なのだろう?」とか、くだくだ考えて悩むのだ。
 70億も用意されてある筈も無い「自分が生きる意味」や「この世で果たすべき自分の使命」を、追い求めて悩むのだ。
 無い物ねだりとは、まさにこのことだろう。

 自分を「庭の蟻の巣の見分けもつかない無数の働き蟻のうちの1563号(仮)と同じ」と見なしている筆者は、こう考えている。
 生まれてきた意味や使命だのは、神が与えてくれるわけでも、最初から用意されているわけでもない。
 それらは自分で探して見つけ、努力して自分自身に何らかの付加価値を付けることで得られるのだ。

 そして初めて、無個性な無数の働き蟻のうちの1563号(仮)を脱して特別な存在になれる。
 イチローも横綱白鵬も五郎丸選手も、天賦の才能はあったにせよ、自ら並外れた努力をしたから、今のような特別な存在になれたのだ。
 生きる意味や使命とは最初から絶対者に与えられるものでなく、自ら探し自ら努力して得るものだと、筆者は確信している。

 ただ筆者は努力はしたが才能が足りず、若い頃には写真家を目指したものの挫折してしまった。
 だがその努力は、決して無駄になったとは思わない。
 写真を撮るのは、今でも楽しいし大好きだ。
 間違いなく、筆者の生きる楽しみの一つになっている。

 二十代の終わり頃に、筆者は生死に関わる大病をした。
 病名を言ってしまえば、関係者には「ああ、あいつか!」と特定されてしまうので、詳細については語らないが。
 日本では筆者が二十人目の患者という珍しい病気で、執刀した主治医が「学会に論文を発表できる」と大変に喜んでいた。

 七時間以上かかったものの、手術そのものは成功し、筆者は命が助かった。
 しかし予後が悪く、今も左足に後遺症を残していて、その後遺症の治る見込みは無い。
 だが筆者は、日本で二十人目という奇病にかかったことも、後遺症が残ってしまったことも、別に何も苦にしてはいない。

 病気になると、よく「何も悪い事はしてないのに、何で自分がこんな病気に……」と悩み、神や天を恨んだりする人がいるが。
 正直に言って、そういう人達の気持ちが筆者にはわからない。
 病気は運だ。
 不摂生による自己責任の病気もあるが、筆者の場合は生まれつきの体の欠陥による、本当に不運としか言いようの無い大病だった。
 そして不運は、誰のせいでもない。
 神のせいでも、何かの因果によるものでもない。
 たまたま生まれつき体に欠陥があったという不運で大病をしたが、誰を恨んでも意味もないし、何にもならないではないか。
 だから大病をして後遺症を抱えたまま生きている事について、筆者は「何で自分がこんな体に……」などとくよくよしたりしないし、「仕方のない不運だった」と割り切っている。
 その後遺症の他にも、アレルギー持ちだったり、メニエール病の後遺症で左耳の聴力に問題があったりもするが、「そういう体なんだ」と割り切って生きている。

 何しろ自分の存在を「庭の蟻の巣の見分けもつかない無数の働き蟻のうちの1563号(仮)と同じ」と思って生きているような人間だから。
「何の為に生まれて来て、何の為に生きているのだ?」などと考える事は全く無い。
 それでも筆者は、生きていて「楽しい」と言い切れる。

 ちなみに筆者は金持ちでも何でもない。
 収入で言えば、間違いなく低収入の部類だろう。
 家族(要介護の親)はいるが、未婚だし。
 乗っている車は、中古で買った軽自動車だし。
 着ている服はユニクロが多いし、ワークマンに寄って買う事も少なくない。
 親が建てた一軒家に住んでいるものの、築四十年で地震によりちゃんと開かない戸もあるくらいだ。
 それでも生きていて楽しい、と思う。

 趣味にしている写真だが、わかる人にはわかると思うが写真を続けるにはお金がかかる。
 しかし銀塩写真がデジタルに変わったおかげで、フィルム代や現像料が不要になり、経済的な負担はかなり減った。
 ただデジタルカメラの技術の進歩は早く、最新の技術を取り入れた良いカメラで撮ろうと思えば、それはかなりお金がかかるが。
 しかし新製品が早く出るということは、性能にそれほど問題のない旧製品が中古市場に出て来るのも早いということである。
 で、割り切ってカメラも中古を買えば、写真を安く楽しめる。
 格安のジャンク製品の中から使えそうなものを探すのも、また楽しい。

 筆者は本やコミックスを読むのも好きだ。
 これも新刊で買えればそれに越したことはないのだが、無理なら古本屋を探せば面白いものが財布に優しい値段で手に入る。

 お金は、あるに越したことは無い。
 しかし無いなら無いで、それなりの楽しみ方もある。
「お金が無ければ何も楽しめない」などということは無いと、少なくとも筆者は思う。

 何しろ自分自身の存在を「庭の蟻の巣の見分けもつかない無数の働き蟻のうちの1563号(仮)と同じ」と見なしているような人間だから。
 筆者は生殖の結果としてただ生まれ、そして死ぬまで生きるまでのことだと、自分の人生を割り切っている。
 挫折も失敗も数々したけれど、辛い経験もいろいろしたけれど、それでも「生きていて楽しい」と思う。
 楽しいことは、探せば身近に幾つでもある
 大切なのは、その楽しいことを見つけ出す感性があるかどうかだ

 筆者は今、古い家で年老いた親と年老いた猫の世話をしている。
 自分がいる事で、この親と猫の為になっている。
 それだけで、「生きる意味」など充分だと筆者は思っている。
 自分がいなければ生きて行けない人と猫がいる。
 だから生きる。
 それで充分ではないか。

 無論、親も猫もいずれあの世に行き、筆者は一人になるだろう。
 その時には、筆者の「生きる意味」は無くなってしまうのかも知れない。
 だがそれでも、筆者は生きる事を止めないだろう。
 少なくとも筆者は、楽しい事は世の中にいろいろあることを知っているから。

 自分が生きる意味や、何の為に生まれて来たのか悩んでいる人達に言いたい。
 そんな事を小難しく考えるのは、もう止めようよ。
 世界的な視野で見れば貴方は70億分の1の存在でしか無いし、貴方など居なくても世の中は何も困らないだろう。
 しかし貴方の周囲には、貴方を必要としている人がいるのではないか。
 家族でも職場でも友人でも、「貴方が居ないと困る」と言ってくれる人が一人でも居れば、貴方が生きている意味は充分ある筈だ。
 そしてこの世には、楽しい事がたくさんある。
 それを見つけて、死ぬまで楽しく生きようよ。

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そろそろ梅雨明けでしょうか

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 最近では、エアコンが教室にある学校が増えつつあるようで。
 私の時代には、エアコンどころか扇風機すら無く、下敷きで扇いでようやく暑さを凌いだものでした。
 良いですね、エアコン。
 子供だって暑いのだし、「子供にエアコンなど要らない、気合いだ!」などと言う大人にはなりたくないです。

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見て楽しんでいます

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 カッコいい車を見かけました。

 私、実は子供の頃から車が好きでした。
 好きな玩具と言えば、まずトミカのミニカーでしたしね。

 ただ、ミニカーと違って本物の車はかなり高価ですから。
 そして大人になるにつれ、車以外に好きなものもいろいろ増えてしまいまして。
 で、今では良い車は「見て楽しむだけ」になってしまっています。

 それでも見ているだけでも楽しいです、カッコいい車は。

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少しうらやましい

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 このようにお気に入りのキャラを、自分の車に貼ってみたい気持ちもあるのですが。
 ただ我が家の駐車スペースには屋根が無く、強い直射日光が当たりっぱなしなのですよ。
 だからステッカーもクッションも、たちまち日に焼けて色褪せてしまうのです。
 ステッカーなど、ただ色褪せるどころかひび割れたりしてしまいます。
 だから私の車には、装飾の類は一切ないのです。
 カーポートを設置するお金が無い、自分の甲斐性の無さが情けないです。

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