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空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

日本の右翼の発想と感覚は女の腐ったような輩のそれと同じである

 今日は日本があの無謀な戦争に負けた日だが。
 それについて語る前に、喩え話を二つしよう。

 J君が隣のC君を虐めて、暴力で従わせて子分にしようとしました。
 で、C君と親しいA君がそれを止め、J君に注意しました。
 しかしJ君はその注意を聞かないどころか、V君も暴力で従わせようとし、そしてさらに酷くC君を虐めました。
 だからA君がきつくJ君をを叱ると、J君は逆ギレしてA君にも不意打ちで殴りかかって喧嘩を仕掛けました。
 それで本気で怒ったA君に、J君はボコボコにやられて降参しました。
 喧嘩の後で、J君は「喧嘩をしてこんなに酷い目に遭いました」と記録に残そうとしました。
 するとJ君の家族の中で争いが起きました。
 J君は「まず自分がC君に暴力を振るった」という喧嘩の原因から記録に残そうとしたのですが、家族の一部が大反対したのです。
「それは余りにも偏った意見だ、自虐はよせ!」と。
 で、その一部の家族がとても頑固に反対するので、J君は喧嘩についての記録をとうとう残せませんでした。

 他人に暴力を振るい酷い怪我をさせ、警察に捕まった犯人がいました。
 その犯人は逮捕の際にも激しく抵抗し、警察官にも怪我をさせました。
 そして捕まった後、「悪いことをしたと、反省していますか?」と問う裁判官に、犯人はこう言いました。
「反省なんてするわけない、悪いことをしたと認めるのは自虐だし、自分に自信が持てなくなるだろ」


 東京大空襲で多くの日本人、それも民間人がアメリカの無差別爆撃により殺された。
 それでその記録を残そうと、都は焼夷弾の残骸や遺品、そして生存者の証言を集めた。
 ただその「日本の民間人が受けた被害」を伝え、見た人にただ「アメリカは酷い!」という印象を与える展示にしない為に、都は先に日中戦争で日本軍が中国の都市に無差別爆撃して民間人を殺傷した事実も展示しようとした
 すると“右翼”と言うより、都民から選ばれた一部の都議サマが大反対したのだ。
 彼らの言い分はこうだ。
「余りにも偏った歴史観だ!」
「自虐史観だ!」

 で、その都議らが激しく反発した為に、集めた遺品や証言を平和記念館を設立して展示する計画は頓挫した

 筆者は問いたい。
 東京大空襲であれだけの大被害を受けることになったそもそもの原因から語り起こすことが、何故「余りにも偏った歴史観」で「自虐」になるのか?
 そもそも、日本軍が中国を侵略しただけでなく、中国の重慶に無差別爆撃をして多数の民間人を殺したのは、動かしようのない、紛れもない事実だ。
 都市に対する無差別爆撃はドイツ軍のゲルニカに対するものが元祖だが、重慶に対する日本軍の無差別爆撃もそれ以上に規模が大きくて酷い。
 つまり先の大戦では、民間人に対する大規模な無差別爆撃はアメリカより先に日本が行っていたのだ。
 その事実から目をそらして「アメリカにやられた、アメリカ軍は酷い!」と騒ぐことこそ、「余りにも偏った歴史観」でなくて何であるか。

 あの戦争では、日本はそもそも“加害者”だ。
 その先に喧嘩を仕掛けた加害者が、やり返されて受けた怪我を「酷い、こんなにやられた!」と騒ぐのは、第三者から見れば笑止千万であろう。
 つまり東京大空襲の被害と重慶に対する無差別爆撃の加害を平行して説明することを「自虐!」と非難する右翼と一部都議こそ、冷静に見れば「余りにも偏った歴史観を持つ愚か者」ということだ。

 日本の右翼は、「日本は正しい、我が国は間違ったことは何もしていない!」と未来の日本人に教え込みたいらしい。
 だから「日本も間違ったことをした」と認める者を「自虐史観で反日の非国民だ!」と敵視する
 彼らによれば、「日本が間違った事や悪い事をしたと認めたら、日本人は自国に自信と誇りが持てなくなる」のだそうだ。

 例えば罪を犯した者、悪いことをした者の更生には、反省が一番大切だと言うではないか。
 しかし右翼の論理では違うのだ。
「自分が悪いことをしたと認めたら、自分に自信が持てなくなる、だから反省するのは自虐でいけない事なのだ」
 日本の右翼は、まさにこう言っているようなものだ。
 悪いことをしても、それを認めず反省など絶対にするな!
 これが我が国の右翼
なのである。
 だから「戦争は中国が仕掛け、アメリカの陰謀で引きずり込まれた」とか「日本は自衛の為、アジアを白人支配から解放する為に戦った」などと、真っ黒を白と言い立てるような「余りにも偏った歴史観」を言い立てている。

 先の戦争で、日本軍が先に重慶に大規模な無差別爆撃をして多数の民間人を殺傷したのは、紛れもない事実だ。
 東京大空襲の被害と悲劇を語るならば、まずその重慶の無差別爆撃から語り出すのがフェアというものと筆者は考えるが、違うか?
 しかし我が国の“右”の人達は「日本が犯した加害には目と口を閉ざし、被害だけを語れ!」と求め、日本の加害を語ると「余りにも偏った歴史観だ!」と騒ぐ
 余りにも偏った歴史観を持っているのは、誰か。
 まさにネットでよく言われる、「自己紹介、乙wwww」というやつである。

 黒川伊保子さんの『女の機嫌の直し方』という本がある。
 黒川さんは人工知能の研究者で、男性と女性の脳と思考の違いを熟知している。
 それによると女性は「ただ話を聞いてもらいたい」のであって「問題の解決は求めておらず」、そして「何があっても自分の味方でいて、自分を依怙贔屓してもらいたい」のだそうだ。
 だから女性に何か“相談”された時、「こうすれば良かったんだよ」とアドバイスするのは厳禁で、特に「君のここも悪かったんだよ」などと注意すると「貴方は私の味方じゃないの!?」とキレられるのだそうである。

 女性の脳は、客観的で公平なジャッジなど求めない。
 女性が求めるのは、「うんうん、わかるよ」と話を聞き、とにかく依怙贔屓して何があっても自分の味方をしてくれることだそうだ。
 笑い話に、女性が「あたしは悪くない!、電柱があたしの車にぶつかってきたの!! あたしを信じないの!?」と逆ギレするものがあるが。
 そこで「常識で考えて見ろよ、電柱がぶつかってくるわけがないじゃないか」と正論で冷静に諭すのは駄目で、「うんうん、わかる、君は悪くない、電柱がぶつかってきたんだよね?」と同情しつつ頷くのが正解
なのである。

 この悪い意味での“女性脳”、我が国の右翼の思考と発想にとてもよく似ていないだろうか。
 戦争を仕掛けたのはどちらか、どんな加害をしたかなど、史実に基づいての公平で客観的なジャッジなどしない。
 とにかく「日本は悪くないし正しい!」という前提で、あくまでも日本を依怙贔屓して歴史や戦争を語る。
 これが我が国の右翼である。

 日本の加害の事実を少しでも語ると、この国の右翼は「自虐史観だ、非国民め、それでも日本人か!」と騒ぐが。
 そんな右翼は「理屈なんていいからあたしの味方をして依怙贔屓してよ!」とヒステリーを起こす“女の腐ったの”と全く同じ
である。

 我が国では思想信条の自由が保証されている。
 だが例えば「1+1=3だ!」と主張するのも、思想信条の自由だろうか
 誰がどう言おうが「1+1=2」だし、思想信条の自由はあるが、個人の感情では動かせない厳然たる事実というものもあるのだ。
 日本が侵略戦争をしたこと、中国の都市に無差別爆撃をしたこと。
 これらは「歴史観の違いの問題」の範疇には入らぬ、議論の余地の無い紛れもない事実
である。

「東京大空襲の被害については大いに騒ぐが、日本がそれより先に中国の都市に対してした無差別爆撃については黙っているべき」
 果たしてこれが、正しい歴史観だろうか?

 東京大空襲の被害と悲惨さについては後世まで永く語り継ぐべきだが、同時に「日本も中国に無差別爆撃をした」という事実も語るのが公平で公正な男性脳であろう。
 それを理解できない、「日本人なら日本を依怙贔屓して、日本の被害だけ大騒ぎして、日本に都合の悪いことは無かったことにしろ!」という悪い意味で女性脳全開なのが、この国の右翼である。

 右翼というと、マッチョで男っぽい人を想像しがちだが。
 しかし「右翼の発想と感覚は女の腐ったようなのと同じ」というのが紛れもない事実なのである。
 東京大空襲の被害を平和記念館を設立して伝える都の計画が、都民の投票で選ばれた右翼系の都議たちの反対で実現しなかった経緯を見ると、その事実がとてもよくわかる。

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青に白を重ねる

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 私は四人家族の家庭で育ちましたが、ある意味で孤独でした。
 と言うのは、私と他の三人が、気性が全く違ったからです。

 私は基本的に、「まず事実を確認し、その根拠を元によく考えて初めて答えが出る」と考えます。
 だから私にとり、自分で調べてよく考えてみる前の物事は全て「わからない」なのです。
 そんな私にとって、世の中はわからない事だらけなのです。
 だから(家族や親しい友人を含め)誰かに何かを聞かれた時、私は「わからない」と答えることが少なくありません。

 けれど家族の他の三人は違いました。
 確かめず、よく考えもせずに答えがポンと出てしまうのですよ。
 根拠なく、直感で何でもわかってしまう。
 そしてその自分の感覚で適当に出した答えを、自信を持って言い切る。

 それで「調べて、考えてからでないと答えを出さない」私は、他の家族みなに「ノロい、なぜわからない、なぜさっさと答えを出さない」と叱られ、ウザがられました。
 そしてよく考えて答えを出しても、その答えに至った理由と考えを説明しようとすると、面倒くさそうに遮られ、「くどい」と一蹴されました。
 だから殆ど考えずにポンと直感で答えを出す他の家族たちの中で、熟考してから正しい答えを出そうとする私は常に孤独でした。

 でも世の中に出てよくわかりました。
 学校でも職場でも私のように「よく見て根拠をもとに熟慮して答えを出す」人間はごく少数で、人間の大半は、高学歴の頭が良いとされている人も含めて「よく見ず、考えるよりも直感でポンと答えを出す」人なのだと。

 人間の脳は、二階建てなのだそうです。
 一階が、感覚やら感情やらの動物的な脳。
 二階が、論理や理屈や思考などの知性的な脳。
 だとすれば、世の中の大半の人は脳の一階部分しか使いたがらないようですね。

 まず見て、考える、そして答えを出す。
 それが基本となっている私にとって、直感でポンと答えを出したがり、よく考えることを嫌う(理屈や証拠を元にいろいろ考えているとイライラする)人はとても苦手です。
 そして私には、何かを「信じる」のは「よく見てよく考えることの放棄と同じ」と思えます。

 人が何かを信じたがるのは、「いちいちよく見て考えるのが面倒だからではないか?」と私は考えています。
 だって、信じてしまえば何も見ず(確かめず)、何も考えなくて済みますからね。
 だから「神様はこうおっしゃった」とか「○△先生はこうおっしゃっている」と、誰かが始めた宗教や主義や思想を信じてそれを頼りたいのですよ。
 でもそれは、「観察や思考を放棄して、自分を他人に委ねること」なんですけれどね。

 ものを自分の目でよく見て、自分の頭でよく考えるのを億劫がり、神なり教祖さまなりカリスマ指導者なりセンセイなり、他の誰かの言うことを鵜呑みにして信じようとする。
 やはり私、宗教の信者やナントカ主義の信者は苦手です。


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雲の海

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 イスラム教過激派とか、キリスト教福音派とか、ユダヤ教超正統派とか、そして日蓮宗系の新興宗教とか、熱心すぎる宗教の信者も困りものですが。
 私には特定の主義を熱心に信じる人も、宗教の狂信者と同じに見えます。

 私が大学生の頃は、学内ではまだ左翼が強くて。
 そして特に閉口させられたのが、熱心な共産主義の人達でした。
 彼らはもはや“マルクス・レーニン教の信者”と呼ぶべきでしたね。
 マルクスの書いた本に書いてあることやマルクスの論理を固く信じて、いくら事実をもって語っても、全く耳を傾けないんですよ。
「世の中が悪いのは全て資本主義のせい」
 そう言い切って、「共産主義の社会も腐敗してるでしょ」と私がいくら実例を挙げて話しても、自分に都合の悪い話になると「あーあー、聞こえない!」なんですよ。
 で、あげくに私は「コチコチの右翼」と呼ばれる有り様で。

 その“コチコチの右翼”の筈の私は、今も当時と全く同じことを言っているんですが。
 それが安倍政権の今では、「左翼だ!」と罵られます。
 左翼の人達だけでなく、「日本はアジアを白人支配から解放する為に戦争をした」とか「悪いのはABCD包囲陣を作った奴ら」とか「天皇の祖先は天照大神である」とか正気で言い張って譲らない右翼の連中もまた「言葉の通じない、意志疎通が不可能な連中だなー」と心から思います。

 宗教だけでなく特定の主義や思想を強く信じる人達も。
 私はとても苦手です。

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雲の海と太陽

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 でも、怖い信者は創価学会員だけではないです。

 私、大学では史学科で歴史を学びました。
 専攻は日本史です。
 けれど日本史の勉強に専念できたのは、三年と四年の二年間だけでした。
 一年と二年の間は、東洋史専攻の人も西洋史専攻の人もそして日本史専攻の人も、東洋史も西洋史も日本史もとりあえず一通り勉強させられるのです。

 で、西洋史概論の講義で、「人類の誕生と文明の発生」について論文を書くよう、教授から課題を出されまして。
 何を書くか、同じ学科の仲間と話し合っていたんです。
 その際、美人で男子生徒に人気のNさんが、ギャグとかジョークとかでなく真顔で、きっぱりこうおっしゃいまして。
「神です。人類と文明をお作りになったのは、神なのです!」

 ……いや、そのNさんがカトリックの信者だということは、一応知っていましたが。
 神学校でも宗教学の授業でもなく、普通の大学の歴史学の講義で、ですよ?
 Nさんは学内でも、一、二を争う美女でしたが。
 そして私も、Nさんと仲良くなろうとチャンスを狙っていた野郎どもの一人でしたが。
 まさかこれほどまでの“信者”とは思わず、Nさんから少し距離を置きたくなってしまいました。
 ええ、彼女に「人類と文明をお作りになったのは、神なのです!」とあまりに大真面目にキッパリ言い切られて、もう誰も何も言えず、話はそれで終わってしまいました。

 証拠から論理的に歴史を学ぶ史学科で、正気で「人類と文明をお作りになったのは、神なのです!」ですよ?
 ……宗教、本当にコワいです。



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雲の向こうの太陽

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 私、ネットオークションをよくやっています。
 売る方ではなく、買う方で。
 基本的に通常より安く手に入れられますが、たまにですが、ろくでもない物を掴まされます。

 先日も、あるカメラを落札しまして。
「バッテリーも充電器も無いので、状態はよくわかりません」とありましたが、「防湿庫で大切に保管していたものです」とも書いてあるので落札しました。
 動かないジャンク品とも書いてありませんでしたしね。

 ええ、見事にやられました。
 アマゾンからバッテリーと充電器を購入して、電源をON。
 すると何度電源のオンとオフやバッテリーの抜き差しを繰り返しても、err99の表示が液晶画面に出て全く使えないのです。
 ネットで調べたところ、err99はそのメーカーのカメラのユーザーに恐れられている、原因不明の故障のサインなのだとか。
 一杯食わされてババを掴まされた、ということですね。
 してやられました。

 でも私、今回は「運が悪かった、野良犬にでも噛まれたと思おう」と諦めて、泣き寝入りすることにしました。
 何しろその不良品のカメラを包んでいた緩衝材がわりの新聞紙が、あの『聖教新聞』でしたから。
 まあ家の境界のような問題では、弁護士を立ててでも争いますが。
 数千円の中古カメラの件で、創価学会の信者と争って神経をすり減らすのは損だと思いまして……。
 数千円は痛いですが、過去の経験で創価学会員とのトラブルは面倒だとよくわかっていますし、野良犬に噛まれて病院に行っても同じくらいの治療費はかかるだろうしと、諦めることにしました。

 ものを送る際の緩衝材に聖教新聞を使うと良いですよ~。
 何しろ相手がビビりますから。


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