空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

ギャルゲーで知るキミの恋愛の敗因

 部屋の整理をしていたら、手書きの古い日記が出てきてしまってさ。
 いやー、ある意味ちょっとしたホラーだったね。もうマジで「シネ、昔のおバカな自分!」って感じでさ。恥ずかし過ぎで、ページを開く度に目眩がして背筋が凍り付く……って感じだったよ。
 タイムマシンがあるなら、それこそすぐにでも過去に戻って抹消したい黒歴史、って感じさね。
 何しろ中二病が最もヒドい時期の若造が、誰に見せるつもりも無く気持ちをそのまま書いた日記だからさ、中身はもう恥ずかしさ満載だよ。
 中でも特に何が恥ずかしかったかって、その日記に書いてあったのは殆ど女の子の事ばかり……って事デシタ。

 ところでこの黒沢一樹は、とりあえず年齢=彼女いない歴、ってわけじゃないデスから。つき合ってきた女の子の数を考えたら、まあ両手の指を越しているかな。
 リア充が自慢してんじゃねえ、って?
 いや自慢なんかじゃナイって、この黒沢はつき合った相手にフラれたことはあるけれど、つき合った相手を自分からフッたことはただの一度もないからね。
 わかるかい? 黒沢はとりあえず彼女はデキるものの、その全てにフラれてんだよ
「……ごめん。他に好きな人が出来ちゃったから別れて。考え直してとか言われても無理、だってその人とはエッチもしたし、もう後戻りできないもん
 彼女とは何も問題なくうまく行っているつもりでいると、いきなりコレだよ。
 こーゆー仕打ちを、もう何度も繰り返し味わってるワケ。うん、だから今も独身さ。
 さあ、これでも黒沢はリア充だと思うかい?


 A君は実年齢=彼女いない齢だけど、心の中の二次の嫁と心穏やかに過ごしてイマス。
 一方、B君には絶えず三次の彼女がいるようだけど、フタマタをかけられたりキープ君にされたりで、結局フられてばかりデス。
 ハイ、究極の選択です。このA君とB君を比べて、キミはどちらが幸せだと思うよ
 は? 「どれだけフられたって、生身のオンナとつき合えただけいーじゃネーか」って? そう思う人ってのは、今までフラれる痛みや、いざという時の女性の怖さや残酷さを知らずに生きてこられた、ある意味とってもラッキーな人だね。
 ただフられていろいろ痛い目を見てきたお陰サマで、「危機はこうすれば避けられた筈」とか、「こういう女は地雷だから止めておけ」とかいうコトには、黒沢はマジで詳しくなった
 言ってみればまあ、「数々の失敗の上に築いた恋愛学」ってヤツ?

 黒沢は全然イケメンじゃないし、家が金持ちだったわけでもねーよ。それでどうしてとりあえず女の子とつき合うトコロまではいけたのか……って言うと、まー心当たりと言えば「女の子と話すことに慣れてたから」かな。
 黒沢には一つ上に姉がいたし、それに親戚もイトコは女ばかりでさ。だから黒沢は、小さい頃から女の子と喋るのに慣れていたのだよ。
 何て言えばいいだろう、「男子も女子も関係ない」みたいな感じで、隣のブス子ちゃんにもクラスで一番可愛い子にも同じように平気で話しかけてたなー。
俺、イイと思った女の子にはガンガン話しかけてるけど、全然うまく行ってねーよ。って言うより、頑張って話しかけるほどウザがられるし」って人、きっといると思う。
 それはね、ズバリ話しかける方法が間違ってんだよ。って言うか、ただ話しかけるだけなのに「頑張って」っていう姿勢自体が、そもそも間違いなんだ

 例えばさ、今この駄文を読んでくれているキミが、全然好きでもないよく知らない(しかもスペックは並かそれ以下)の女の子に、「好き好き、大好き~、おつき合いしてほしいの~」ってオーラ全開で熱く話しかけて来られたりしたら、ドン引きしちゃうよね?
 うん、女慣れしていない男子が「目当ての女の子に、頑張って一生懸命話しかけてるの」って、それとちょうど同じ感じなんだよ。相手を女として意識してるの丸出しで、「彼女ほしい~、つき合いてぇ~」って感じでガンガン押して行っても受け入れられるのは、元々イケメンのモテ男だけだから
 黒沢が言ってる「女の子にフツーに話しかける」ってのはさ、「男の友達に話しかける時のように、ごくフツーに話しかける」ってことなのさ。例の“彼女ほしいオーラ”とかは、絶対出さないでね

「そんなの、出来るワケねーだろーが」って?
 いや、そーでもないよ。女子は身の回りにだっていっぱいいるワケじゃん。クラスの隣の席の子とか、同じクラブや委員会の子とか、同じ職場の子とか。
 頑張ってお願いしてでもつき合いたいような高スペックの子とかは、確かに少ないけどさ。でも別にどーでもいい、異性だとか特に意識しないでいられるフツーの女の子って、よく考えてみれば身近にけっこういると思うんだ。
 だから「女子との会話の練習」と思って、その好きでも何でもない身の回りの女子たちと、同性の友達と話すようにフツーに喋ってみてごらんよ。コレ、女子とアガらずに気楽に喋るのに慣れる、一番の早道だから。

 黒沢には物心つく前から、年子の姉や何人もの従姉妹たちが周囲に居たせいか、女子を女と意識せず普通に接するのに慣れてたんだよ。だから同じクラスの女子とは何も意識せずに平気で喋れたし、気になる女の子がいれば自分からどんどん話しかけて行ってたよ。
 だから一緒に下校するとかデートとか、もう中学生の頃からしていたね。以来、女の子との縁はずっと切れる事なく続いて来マシタ。
 いや、だから前にも言ったけど、リア充のモテ自慢なんかじゃナイって。だって運良く誰かと付き合えても、遅かれ早かれ結局いつもフられてて、痛い目に遭い続けだからね。もう殆ど女性不信になって、性格まで曲がっちゃうほどに。
 黒沢の場合、「女の子と仲良くなる」という段階までは、あまり問題なくクリア出来るのだけど。問題はその先で、どの恋も結局黒沢がフられて別れることになっちゃうんだよ、ホントにいつもいつも。
それはお前の性格に難があったからに違いナイね」って? ハイ、確かにその通でございます。

 で、その黒沢の恋が長続きしない理由に気付かせてくれたのが、たまたまやってみたある恋愛アドベンチャーゲーム、いわゆるギャルゲーだったんだ。
「ギャルゲー? んなモン、リアルで恋愛できないモテないオタのもンだろうがwww」と思いこんでいるキミに、黒沢は声を大にして言いたいね。
それは違う

 黒沢の感覚では、良く出来たギャルゲーって心理分析テストに似ている気がする。「好きな子のワガママを窘めるか、聞いてしまうか?」とか、「親友と好きな子がカブってしまったら?」とか、いろんなシチュエーションに応じて行動を選択して行ってさ。
 でね、その行動をいろいろ選んで行く過程で、自分の行動のクセと言うか弱い所がズバリ見えてしまって
 実際の恋愛の最中はいろいろ熱くなってるから、自分の行動もとても冷静に眺められるものではないけれど。ただゲームはいくら熱中してプレイしてても、あくまでも架空のセカイの中での事だからさ。
 黒沢の場合、事情があってゲームを大人になってから始めたもので、プレイしている自分を脇から冷静に眺めていられる余裕みたいなものが、余計あったんだよね。

 で、自分を主人公にしてギャルゲーをプレイするうち、自分の過去の恋愛の敗因を、厭と言うほど悟らされてしまいマシタ。「こりゃー、黒沢はフられるワケだ」って。
 だからこそ!
「これまで何度か恋愛をしてきたけれど、何故か長続きしない」という、非オタでリア充未満の人にこそ、恋愛ゲームは向いてる思う。
 モテ男ではないにしろ恋愛経験も幾度かあって、そして痛い思いもして来たキミ、騙されたと思ってちょいと恋愛ゲームをやってみてごらん。恋愛についてのキミの“クセ”や弱点が見つかって、「だからあの時、うまく行かなかったのか」と気づかされるかも知れないよ?

 ギャルゲーに関するレビューやブログなら、ネット上には数多くあるよね。けど黒沢には、それらに共通する不満があるんだ。
 それはズバリ、「書いてる本人がオタで、リアルでの恋愛経験の無さがにじみ出てる」ってコト。
 わざわざブログやレビューを書くようなゲーマー達だから、システムや音楽などについてのコメントはホント的確なんだけどね。ただ登場するキャラクターに対する評価を読めば読むほど、「ギャルゲーマー達って、マジで生身の女性と親しく接してナイんだな」って感じられてならないんだよ
 そこでリアルで恋愛をした後でギャルゲーも始めた者として、「現実の恋愛を通して恋愛ゲームを語ってみよう!」などと思った次第デス。

 あと、黒沢は小さい頃から活字中毒の本の虫だったけれど、ゲームを始めるのとほぼ時を合わせるように、マンガもいろいろ読むようになってしまいまして。
 で、ゲームだけでなく心に残ったコミックスについても、実際の恋愛と絡めて語ってみたいと思っておりマス。
 そして大学では史学科を選んでいただけあって、歴史好きで社会にも興味があるんで、話がついそちらの方に逸れてしまうかも知れまセン。
 ちなみにポリティカルコンパスによれば、黒沢は思想的には「保守左派」だそーデス。確かに昔から政治的には右寄りと言われてきていて、けど昨今の政財界でハバを利かせている新自由主義者たちは大っ嫌い、だしね。

 実はこの黒沢は、一時期は「写真家になりたい!」と本気で思っていたコトもありまして。それもかの篠山紀信センセイのような、女のヒトを撮るプロに。
 まっ、いろいろ事情があってその夢は実現しなかったけれど、その過程で何人もの女の子を撮ってきたよ。で、写真に関する思い出や雑感等も、追々語って行こうと思ってマス。
 ヌード?
 ありマスよ、撮ったコト。
「なら、その写真をupシロ!」って?
 まーね、ソレは肖像権の問題があるんで、出せるのは花や風景などの、無難な写真が多くなってしまうと思うけれど。
 でもその問題に触れない形で、撮った女の子の写真も少し出せないか、黒沢なりに工夫もしてみるつもりではいるよ。

 さて、ここまで読まれて少しでも興味を持たれた方は、宜しければこの先もおつき合いくだされ。

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空を見上げてみよう・銀塩からデジタルへ

 ワタクシ黒沢一樹が写真を始めた頃は、ピントもまだ自分の目と手で合わせてた時代でさ。それどころか、一部の猛者は露出もマニュアル(単体メーター+勘と経験)でキメてましたゾ。
 え? 写真は当然フィルムで撮るもので、デジタルなど「何ソレ、美味しいの?」って状態だったよ。って言うか、パソコンすらまだ無かったような時代だったしね。
 だから撮った結果も、フィルムを現像してみるまでまるでわからなかったよ。
 それだけに、現像が上がるまでのドキドキ感と言ったら、デジタル世代の人達にはそりゃあもう想像すら出来ないんじゃないかな。


 フィルムの写真ってのはホントに一発勝負で、モニターでの確認なんて出来ないからね。だから写真が現像が済むまでは、「どんな撮れてるか」どころか、「ちゃんと写っているか」すらわからない有り様だよ。
 その“現像”ってのもさ、パソコンのみで出来るデジタルのLOW現像と違って、薬品を使って暗室でやるんだよ。そしてポジフィルム以外のネガカラーとモノクロは、さらにプリント作業もしなければならなくて。

 ハイ、このプリント作業もプリンターのボタンを押すだけで出来るようなものではなく、暗室で大量の薬品を使い、焼き付け→現像→定着→水洗→乾燥という手間をかけなきゃならなかっただ。
 このプリント作業もねー、撮影と同じかそれ以上に勘と経験とテクニックが必要でね。覆い焼きだの焼き込みだの、今で言うフォトショップ名人くらいの技術が要求されるんだ。
 だから一部のスゴいマニアかプロ以外の大部分の人達は、現像からプリント&引き伸ばしまでの過程は写真屋さんに任せてたなー。

 実際のところ、フィルムの写真って「五十円玉や百円玉をバラ撒きながら撮るようなモノ」でね。
 だって写真を撮るには、まずフィルムを買うトコロから始めなきゃならないし。そしてそのフィルムってのが、一本でたった24枚か36枚しか撮れないのに数百円から千円近くするんだよ。
 しかもフィルムはSDカードと違って、一度きりしか撮れないからね。そしてその僅か24枚または36枚を撮り切る毎に、またカメラ屋に行って現像&プリントして貰うワケ。
 フィルム代に現像料等は含まれてないんで、当然、そこでもさらにおカネがかかるわけデス。
 だから昔の黒沢は、「どうしたらもっと上手く撮れるか?」ってコト以前に、まずフィルム代と現像料の工面に悩んでたよ。


 例えば一度の撮影に、デジタル時代のキミは何枚くらい撮るかな? 鉄道なり風景なり女のコなり、相手がキミが惚れ込んでいた絶好の被写体だったら、メディアの記録枚数の限度まで、それこそ何百枚でも撮っちゃうよね。
 昔、黒沢がアナログのカメラで女のコを撮っていた時、一度の撮影でたいていフィルム五本から十本くらい使ってたな。
 36枚撮りのフィルム十本で三百六十枚って、可愛い女のコがキミの為にモデルになってくれるなら、決してスゴい枚数じゃないよね?
 でもその十本のフィルムを買うのにまず一万円、さらに現像するのにまた一万円かかるんだ。その半分のフィルム五本、二百枚にも満たない写真を撮るのにさえ、まずフィルム代と現像料を併せた一万円が用意できなければ話にならないのデシタ。
 だからホントに大袈裟でなく、アナログの時代に写真を撮るには「まずおカネ」だったんだよ。


 アナログの写真のカメラとフィルムの関係は、ちょうど戦場でのライフルと弾丸の関係と同じでさ。どんなに良い銃を持っていても、弾の補給が無ければ何にもならないでしょ。
 そう、アナログのカメラもフィルムが無きゃ、漬け物石か文鎮くらいの役にしか立たないんだよね。


 ライフルと言えば、戦争だって戦術や精神力より結局は物量がモノを言ったでしょ。
 第二次世界大戦のドイツ軍には、マンシュタインを始め、ロンメル、グデリアン、マントイフェル、ハインリーチ、ヴェンクといった天才的な戦術家がいたけれど、結局ロシア軍の人海戦術に圧倒されてしまったし。
 旧日本帝国軍の大和魂だって、アメリカ軍の無限とも言える物量の前には通用しなかったし。
 昔のアナログ写真もそれと同じでさ「カネさえあれば才能は要らない」とは言わないけれど、いくら才能があってもフィルムや機材を買うカネが無ければ意味がなかったんだよね。
 だから写真って、ある意味お金持ちの道楽みたいなものだったんだよ。
 そこまで言ってしまってはアレだけれど、「写真は趣味にできる人を選ぶ」ってのは事実だったね。おカネが無いのに無理して良いカメラを買っても、結局磨いては眺めて撫でているしか無いワケで。


 それを考えると、「いやはや、便利な良い時代になったもんだ」とは思うよ。だって今はカメラさえ手に入れてしまえば、フィルム代や現像料の心配は一切必要なく、後は好きなだけ撮りまくりだからね
 ちょうど戦場で弾丸の補給切れの心配の無い、ただ充電さえすればOKのビームライフルを手に入れたようなものでさ。

 でも、それでどうして良い時代になった「と思う」ではなく「とは思う」なのか……って言うとね、写真が誰でもラクに(しかも殆どタダで)撮れるようになったのに反比例するように、写真を巡る環境がすごく不自由になってるからなんだ

 例えば昔はスナップ写真がすごく人気で、その辺の街角に出て目に留まった建物や人を、ごく当たり前にパチパチ撮ってたんだよ。それも無断に、デス。
 肖像権だのプライバシーだの、黒沢が写真を始めた頃は今と違って全然うるさくなかったんだよね
 駅前でも商店街でもどこでもいいや、賑やかな場所で見かけた見知らぬ誰かをパシャリと撮る。コレをやったら、今では完全にトーサツ扱いで警察に通報されかねないよね
 でも昔は、こうした“路上スナップ”が当たり前のように行われていたんだ。

 白状する、黒沢もやったコトあるよ。
 街で見かけた可愛いJKとかにカメラ向けてパシャッと撮て、そして「可愛いね、N高でしょ? 何年生?」なんて話しかけて、「今の写真送るから、連絡先を教えてよ」なんつって、名前と住所まで聞き出しちゃったりしてね
 もっとスゴいことを言おうか。して高校野球と言えば夏の風物詩の一つだけれど、そのチアガールの写真をローアングルで激写するオッサンたちがけっこういた上に、野放しにされてたんだ
 今そんなコトしたら、「このド変態め!」ってフルボッコされた上に、迷惑禁止(防止?)条例とかでケーサツに突き出されちゃうよね。けど当時は、「公共の場所で写真を撮っててナニが悪い、撮られて困るなら、そんな格好で外に出て来るな」ってリクツが通っちゃってたんだ。
 昔ってさ、それくらい「撮っちゃった者勝ち」みたいな、撮る者にとってフリーダムな環境だったんだよね。


 繰り返して言うけれど、アナログカメラの時代には写真を一枚撮るにも、それなりのおカネがかかってたんだ。
 さらに言うと、カメラそのものも高いモノだったしね。今のコンデジよりずっと不便な、ホントに記念写真しか撮れないようなショボいコンパクト・カメラだって、まあ2~3万はしたし。カリッとピントが合って背景は綺麗にボケる一眼レフなんか、レンズ込みで十万はしたよ。
 スマホやケータイにも当たり前にカメラが付いてる今と違って、昔は写真を撮られる機会自体がかなり少なかったんだ。遠足とか修学旅行とか、何か特別な行事の時にだけ撮るもの……って感じでね。
 だから写真を撮られたがる女のコって、今より間違いなく多かったね。
 特にプロっぽい大きなカメラでパシャパシャ撮って「キミ、可愛いね」とか褒めたりすれば、喜んでその気になってくれちゃう女のコ、けっこう居たんだ。


 まだカメラはフィルムで撮るもので、女子の体操着はブルマが当たり前だった頃のコト。学校の体育祭にも、黒沢は一眼レフを持って行ってさ。
 で、普段からちょっと気になってた、違うクラスだけれど顔見知りの可愛いコを見かけてさ。
「チサトさん!」
 そう声をかけてカメラを向けると、チサトさんは躊躇わずにニコッとしてピースサインで撮られてくれてさ。お御足をスラリと伸ばしたブルマ姿で、デス。
 するとそれを見てた他の女子が、「あ、いーなー」って
 その女子も撮って差し上げマシタよ、モチロン。
 カメラを持ってると「撮ってー!」って声をかけて来る女の子、その子以外にもけっこういてさ。写真に撮られるって、当時はそれくらい特別なコトだったんだよね。
 ブルマの体操服姿の時でさえそうなんだもの、それ以上のカッコの写真だって、撮る方の腕と交渉次第では撮れないコトもなかったよ。


 さらに言うと、昔は若い女のコのヌード写真にもすっごく甘かったんだ。何たってあの篠山紀信センセイでさえ、11歳や12歳の女の子のヌードを撮って、雑誌に発表してたくらいだし。
 とは言うものの、まだ義務教育のうちの子のヌードと言うと、そう多くは無かったかな。けど16歳や17歳とかの、体つきは大人と殆ど変わらない少女のヌード&セミヌード写真となると、ごく普通に撮られて何も問題なく雑誌に載せられたり、写真展に出されたりしてたんだ

 今の若い人たちには信じられないだろうけど、「少女のヌードはエロでなく芸術」って論理が、当時は当たり前に通用してたんだよね。
 だってホラ、JKとかJCって身体は育ってても、脱いでも「色っぽい」というのとは違うじゃん。ただ素材のまま……って感じでさ。
 だから「体は綺麗だけど色っぽくない→少女のヌードはエロでなく芸術」ってコト。そして「色っぽく見せてる大人の女のヌードの方が、むしろエロで猥褻」って思われていたのだよ。
 実際、その頃に黒沢と仲の良かった複数の女の子だって、「大人の女の人のヌードはイヤラシイけど、中学生くらいの女の子のヌードはキレイでいいと思う」ってマジで言ってた

 ところが、だ。Mというペドの変質者が、何人もの幼女を性的目的で誘拐しては惨殺するという許しがたい凶悪事件が起きて、少女のヌードに対する社会全体の目が一変してしまったワケ。
 で、ペドもロリも一緒くたにして、18歳未満のヌードは全面禁止……ってコトになっちゃった。
 逆に言えば、そのMの事件で社会問題化されて全面禁止になる以前は、プロのモデルでもタレントの卵でもないフツーのJKやJCが、海辺や高原で全裸でニッコリ笑ってるような写真が、何の問題も無く撮られてたんだ。
 その「大人のヌードはエロだけど少女のヌードは芸術」って理屈は、撮られる女の子達にも通用してたんだよね。

 黒沢がそうした少女のヌードを、例のMの事件で規制される以前に撮ったことがあるかどうかについての言及は、ここではちょっと避けておきマス。ただカメラがアナログでフルマニュアルだった頃は、今では信じられないくらい、写真を撮る者にとって自由度の高い時代だったんだ。
 そしてそれは、写真が当時は限られた一部の人だけのものだったからなんだ。
 事実、その頃の黒沢が使ってた一眼レフのカメラなんて、写真に詳しくないフツーの人が使ったら、まずまともな写真一枚撮れないと思う。「盛大なピンぼけ&露出もめちゃくちゃ」って感じでね。
 光の読み方や露出について勉強して、手と目でピントを合わせる練習もして。そしておカネもかけて失敗もいっぱいして初めて、ちゃんとした写真が撮れるようになるものだったんだ
 うん、その時代にも素人さんがシャッターを押すだけで撮れるような、いわゆる「バカ○ョンカメラ」ってのも確かにあったよ。
 でも当時は逆光補正も暗部補正も顔認識もAWBもまるで無かったからさ、慣れた人が一眼レフで撮ったのとは歴然と差のある、いかにも素人くさいヤツしか撮れなかったんだ。
 それだけに「写真=芸術」みたいなとらえ方をされていたんだと思う。


 実は黒沢は、過去の遺産とも言うべきフィルム・カメラを山ほど持っていてさ。
 何しろバルナック型のライカやフォクトレンダーのビテッサみたいな、舶来の古いカメラを宝物にしているような、タチの悪いクラシック・カメラのマニアだったから。それだけにフィルムのカメラに対する愛着も強くて、カメラをデジタルに切り替えるのがすごく遅かったんだ。

 デジカメが普及しだしたのって、まあ今世紀に入って間もなくの頃だよね。けどその頃のデジカメって、何しろ低スペックだったからさ。
 二百万画素で露出もAEBも不正確、撮影感度も低い上に手ブレ補正も無くて、今のケータイについてるカメラより間違いなくショボかった。それでいて五万円近くしたんだから、それこそ「話にナラネーよ」って感じで。
 それが2005年になって、某ハー○オフでキヤノンの中古のパワーショットを試しに買って使ってみて、それこそもう「ナンじゃこりゃ~!」って感じだったよ。
 それまで愛用してきたスライド・フィルムに負けない澄んだピュアな色合いに、小難しい露出補正もまず要らないような正確な自動露出、それでいてかかるコストはほぼゼロ……ってワケで。
 ほんの十数枚撮ってみただけで、黒沢は「デジカメって、フィルムのカメラ以上に使える!って確信したね。で、すぐに新品のデジカメ(レンズがイイと評判のあったPowerShot A620)に買い換えたのだ。以来黒沢はフィルムのクラカメの呪縛から醒めて、完全にデジカメ人間になったのだけど。
 デジカメはその後も進化を続けてさ、黒沢みたいな前世紀のカメラ人間が長年の経験で培ってきた勘やテクなんか、もう殆ど要らない有り様だよ。


 技術の進化のおかげで、何の知識も訓練もナシにただシャッターを押すだけでピント&露出バッチリの写真が誰でも撮れちゃう。
 それ自体は良いコトなんだけど、写真はあくまでもフィルムと紙だった昔と違って、今は形のないデータだからね。そしてネット環境のおかげで、撮った写真は電脳空間で無限に広がって行くワケで。
 だから肖像権だのプライバシーだのとうるさく言われるようになるのも、必然と言うか仕方のないことなんだよね。

 撮られた写真が広く世間に流出しちゃうとか、そんな心配、昔はまず無かったんだよ。
 例えばその辺のフツーのJKのA子サンが、写真にすっごく熱中してる仲の良い人にモデルを頼まれて、「青春の記念にもなるかも」みたいに思ってヌードを撮られてみたとすじゃん。
 その場合だって、「撮られた写真を、他の誰かに見られちゃうかも」って心配は確かにあるよ。けどフィルムの写真だと、「他の人に見せる」にも限界があるワケで。せいぜい、その撮った人の友達くらいと言うか。
 フィルムの写真の場合、まずその写真をプリントするにもおカネがかかるからね。だから最悪、撮られた写真がもし焼き増しされて、他の人の手に渡ってしまったとしても、それもホントに撮った人の友達の範囲までだよ。
 だからフツーの高校生の女のコが、同級生の写真好きの男の子の為にヌードになって撮られたとしても、昔はその写真は殆ど「二人だけの想い出」って感じで終わってたんだ
 本人が仕事と割り切ってプロの写真家のヌードモデルをやって、その写真が雑誌のグラビアに載せられるなり、写真集として出されるなりしない限り、「撮られた裸の写真が公開されちゃう」みたいな心配は、まずあり得なかったんだよね。


 写真って、フィルムの時代には撮られても「撮った人の手元に残るだけ」だったから。
 だってネットの無い時代には、撮った写真を広く世間に公開するとしたら、雑誌か写真集に印刷するしか無いワケで。だから手が商業目的のプロの写真家でもない限り、ヌードを撮られてもあくまでもプライベートなもので留まってた
 でも今は、写真は誰にでも(ほぼタダで)撮れちゃうし、しかもネット環境があるから焼き増しだの印刷だのって面倒で高コストなプロセス無しに、ド素人がそのまま全世界に公開出来ちゃうからね
 だからプライバシーだの肖像権だのがうるさく言われるのも、今は仕方の無い話だと思う。ヌードに限らず、フツーの街角スナップだってさ、ネットで勝手に公開されるとなると「ジョーダンじゃないっ!」って思って当然だと思う。

 今はただ人だけじゃなく、建物や車やその他諸々のモノが、いつ誰の手で勝手にネット上に公開されてしまうかも知れない状況なんだよね。
 グーグルのストリートビューはすごく便利だし、自宅のパソコンの前にいるだけでその場にいるみたいで楽しいよ。
 ただその結果として、「洗濯物ひとつ干せなくなった! プライバシーの侵害だ、どーしてくれる!!」って怒る人が出てくるのも、よくわかるよ。

 黒沢が写真を始めた頃には、ちゃんと撮るには知識も経験もある程度のおカネも必要だったけどさ。
 それが今ではただシャッターを押すだけで、誰でも綺麗な写真が撮れるようになって。
 撮った作品を発表しようにもさ、昔はすっごく大変だったんだ。写真集を自費で出すなんて夢に近いし、写真展を開くのだって莫大なおカネがかかるし。
 でも今は、ただ自分のブログにアップするだけでOK、だもんね。
 それはそれで良いコトだと思うよ? ホントにね。
 ただその代償に失ったモノも少なくない、って肌でわかるんだ。

 昔に比べて、「写真を撮る」ってコトにものすごく息苦しさを感じるようになった
 街角スナップはもちろん、ちょっと目に付いた建物を撮っただけでプライバシーの侵害云々言われかねないんだから
 撮っちゃいけなくなったモノって、何も18歳未満の少女ヌードだけじゃないよね。
 だからもうね、昔を知る写真好きの間では「自由に撮れるのは、今や空だけだ」なんて言われてるくらいだよ。いや、黒沢自身も単なるジョークでなく実感としてそう感じるよ。
 昔はさ、街角でカメラを出して何か撮ってる人が居ても、ただ「あ、カメラが趣味なんだ」って思われるだけだった。
 けど今は、「何かアヤしい人がいる→盗撮犯かも→通報しとく?」って感じになりかねない
よね
 いや、状況を考えればそれも仕方ないと思う。人を見たら泥棒、不審な勧誘電話と訪問販売は悪徳業者と思っておく方が利口なように、「カメラを持ってウロついてる者を見たら、盗撮魔と思え」ってのは、今の時代を生き抜くのに必要な知恵だと思う。
 ただね、誰でもラクに綺麗な写真が撮れるようになったのと引き替えに、写真を自由に撮れる空気が明らかに少なくなってしまっている現状が、何とも皮肉に思えてならないんだ。
 まあね、だからって「写真を撮るの、もうやめちゃおうか」とは思わないけれど。
 うん、ただ空を撮るのだって、やってみればかなり楽しいよ?
 そんなワケで黒沢の写真人生を振り返りつつ、デジカメで撮った空の写真を中心に、昔撮ったフィルムの写真も紹介して行きたいと思いマス。


 黒沢が空にレンズを向けるようになったのは、実は「他に撮るモノが無くなったから」ってワケじゃないんだ。
 黒沢のちょっと昔の知り合いに、葉月サンってコがいまして。
 彼女は当時、東京の某区在住のJKで。それだけに黒沢にも、葉月サンに気に入られたい下心がイッパイありまして。
 下心って、まあ「こんなキレイな写真を撮れる人になら、モデルになって撮られてあげてもいいかナ」という気にさせちゃおう、みたいな……。
 コータローの「東京には空がない」じゃないけれど、都区内の葉月サンの家の辺りでは、空もろくに見られないんだろうな……とも思ってさ。その彼女に「視界を遮るものの無い広い空を見せてあげようじゃないか」という意気で、機会のある毎に空の写真を撮りマシタよ。
 でもね、そうして空を撮るうちに、空を撮るのがとても楽しくなっちゃってさ。
 まあ黒沢も若くて健全(?)な男だったからね、それまでは道を歩いていても目は殆ど女の子にしか向いてなかったけど。それがいつの間にか上を向き、広い空に目を向けて歩くようになってたよ。


 そんなある年、黒沢は津軽を旅しまして。
 津軽ってホント凄いトコでね、もう手つかずの自然が当たり前にどこにでも転がってるんだ。
 何しろまず空が広い。青森市や弘前市の中心部はともかく、それ以外の所ではもう三百六十度視界を遮るものなく一面の空、って感でね。
 津軽平野の真ん中に立てば、周囲は見渡す限りどこまでも田圃で、竜飛崎や鰺ヶ沢の海岸に出れば吹きすさぶ風と荒波の打ち寄せる日本海、そして岩木山麓や白神山地に足を向ければ山また山のマタギの世界と、とにかく「圧倒的な大自然」って感じだよ。

 そこで黒沢は津軽の風景を広い空と一緒に撮って、写真を葉月サンにもあげたのだけど。
 写真はね、彼女にもとても気に入って貰えたよ。
 ただ一番気に入って貰えたのは、岩木山や奥入瀬などの有名どころの写真ではなくて。竜飛岬のさらに奥の、袰内って当に何も無い所で撮った写真でさ。
 真っ青な空と、所々に野の花が咲く緑の草原。写っているのは、ホントにただそれだけだったんだ。
 で、葉月サンは「一樹さんの写真を見て、あたしはホントは空より緑の方が好きなんだ……って気がついちゃった」って。
 黒沢としては「キミが好きだって言うから、元々興味もなかった空なんか撮り始めたのに」って、何だか取り残されて置いてけぼりにされちゃった気分だったけれど。
 ただその頃には、黒沢は空を撮るのが心から好きになってたんだ。葉月サンに気に入られたいとかのシタゴコロは抜きにして、空を撮るのが好きで楽しくなってたんだ。
 結局ね、葉月サンにはモデルになって貰えるコトは無かったけれど。ただ空を撮る楽しさに目覚めさせてくれたコトには、今でもすごく感謝してる。そして空の写真を撮るようになってから、黒沢は自然に顔を上げて歩くようになってたよ。

 肖像権やらプライバシーの問題で、「自由に撮れるのは、今や空だけだよ」ってのは、あながち冗談とも言えない昨今の写真を巡る状況だけど。それでも葉月サンのおかげで、黒沢はその空を撮れるだけでも充分楽しくなっちゃった。
 皆さんもたまにで良いから空を見上げて、スマホ付属ので良いから空にカメラを向けてみてごらん。
 空って、世界中どこにでもあるものだけれど。空を見上げて空の写真を撮るのって、ホントに楽しいよ。
 そのきっかけを作ってくれた葉月サンへの感謝の気持ちを噛みしめつつ、空の写真を中心に日々撮り溜めた写真を、今後とも少しずつアップして行くつもりデス。

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黒沢一樹の歴史観と政治思想

 黒沢一樹(いつき)と申します。
 好きなものは写真と読書とマンガとゲームと猫、そしてスコッチウィスキーを少々。
 卒業した大学で学んだのは日本史で、歴史にも興味はかなりあります。
 それで写真やゲームについてだけでなく、歴史や時事に関しても語りたいことがありまして。

 ところで歴史を学ぶと、過去のある事件が歴史上どういう意味を持つかの理解で、どうしても当人の政治的な意識や思想に左右されがちです。ある意味、「歴史の理解は、当人の政治思想と不可分」と言っても過言ではないと思います。

 黒沢自身は、政治的には周囲から昔から一貫してコチコチの右翼と言われてきました。実際、大学時代には“リベラル”なサヨクの同級生たちと、どれだけ喧嘩腰の論争をしたかわかりません。
 ただそれでいて、いわゆる“ニッポンの右翼”にも殆ど共感できずにいます。
 何故か。
 ワタクシ黒沢は徹底した現実主義者で、精神論や根性論、さらに原理主義や教条主義は生理的に受け付けないからで

「大和魂と竹槍で、敵戦車を迎え撃て!」
 こんなアホなことをほざいた元軍人どもは、死んで地獄に堕ちるべきと思っております。

 戦争に勝つのに必要なのはまず戦力と物資で、正義などただプロパガンダ用の旗に過ぎない。いわんや何々魂とかの精神力や必勝の信念など、価値で言えばゴミ屑と同等と思っています。

信じるキモチじゃ勝てねーよ、ただ強い方が勝つだけだってば
 と言うか、何かを信じるということに、何の意味や意義も感じてないんですね。

 そんな黒沢は当然の如く無神論者で、宗教は全く肌に合いません。と言うか、何事であれ「理屈抜きに信じる」ことが全くできないのです。

 頭で考えてちゃんと納得できたモノしか、自分の中に受け入れません。周り「の皆がどうだ」とか「時代の空気や流行がどうだ」とかいったことは、この黒沢には全く関係ないです。
 ハイ、こんな黒沢は、例の“アスペルガー症候群”ってやつかも知れませんね。
 それだけに「理屈を言うな! 信じて俺について来い!!」という問答無用のヒトとは、水と油以上に反りが合いません。
 日本の右翼って、結局その理屈抜きの精神論者ばかりですから。そして天皇という現人神サマを奉る宗教の信者のようなものですから。

 残念ながら黒沢は無神論者で、徹底したリアリストですから。
 天孫降臨と言うのでしょうか、「天照大神の孫の瓊瓊杵尊が日本の王となるために天から降りて来て、日本の天皇陛下はその曾孫の神武天皇以来の万世一系の……」とか、ホント理屈も科学もまるで無視した宗教でしかありませんよね。
 その神話による、言わば“天皇教”を信仰して、天皇を絶対不可侵の現人神と神聖視する日本の右翼の皆様方の精神構造が、黒沢にはまるで理解できないのです。

 歴史認識についても、黒沢はまず現実を見て理屈で考えることから始めますから。
 だから戦後長く日本のインテリ層や教育界を支配してきた、「全て日本が悪うござんした、日本さえ戦争を起こさなければ世界は平和になるんデス」って自虐史観も、もっての外の愚論と思います。けれど同時に、過度の身びいきの“愛国心”からの「日本は何も悪くないもんね!」って感情論もまた、同じくらい愚だと思います。
 事実を全体として見れば、あの戦争は間違いなく日本の侵略戦争ですってば。
 ただ従軍慰安婦や南京大虐殺などの問題も含め、日本軍の“蛮行”とされている事すべてを、中国や韓国など相手国の主張通りに丸飲みするのもオカシイ、って思ってます。

 黒沢はただ、やった悪い事は事実として認め、でも言うべき事(事実と違う点)はきちんと主張すれば良いだけのことと思ってます。
 なのに「日本が全部悪かった」か「日本は何も悪くない」かでしか話せてない……って、日本の“リベラルな平和勢力”もネトウヨを含む右翼も、どちらも余りに幼稚過ぎると思いますが。

 前にも触れたように、黒沢は「正義は必ず勝つ!」なんて全く信じてませんから。あくまでも「勝のはただ強い方」と。
 同じように「他国の理性や良心」も信じておらず、「どの国も、自国の都合と権益を最優先して行動するもの」と理解しています。
 端的に言えば、憲法にどんな立派な前文が書いてあろうと「あなたは北朝鮮の理性と良心を心から信じて、武力なんかイラナイとか本気で言えますか?」ってことですよ。
 ゆえに国の安全保障の問題は、理念や理想論でなく現実論で真剣に考えるべきと思っています。
 それこそ「もしやられたら、その時は倍返しだ!」って決意と実力(武力)を持ってこそ、国を守れるのだと黒沢は考えます。
 だから例の天皇教の信仰は受け入れられないし、渡部昇一氏らの歴史認識についても大いに異論はあるものの、国防と安全保障の面で黒沢は完全に右翼に組み込まれてしまうんですね。

 あと、黒沢は同性婚には反対だし、いわゆる“妾の子”を「正式な夫婦の子と同等に扱え!」という最近の裁判での判決も、結婚制度への侮辱や家族制度の破壊にしか見えないのです。
 ろくに日本語も話せず、日本の文化や習慣を尊重して守る気も無いくせに、ただ良い暮らしをしたいだけでやって来る“経済移民”の流入にも大反対です。
 同時にグローバリズムを声高に叫んで、日本の諸制度を外資とアメリカに都合の良いように作り替え、昔からの日本の良き社会を壊そうとしている新自由主義者たちも、黒沢は国を内から滅ぼそうとする敵と認識しています。
 ですから二十世紀のうちは一貫して自民党を支持してきましたが、今世紀に小泉政権になって以降は、自民党に票を入れたことは一度もありません
 こんな黒沢は、ポリティカルコンパスによると保守左派に分類されるようです。

 保守派でサヨク嫌い、全共闘で暴れた世代はクソッタレどもと思ってて、でも日本の右翼とも全く肌が合わない。こんな変わり者の黒沢が語る歴史や時事についての雑談を、目にして下さる方が一人でもいれば幸いです。

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