空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

懐かしの『同級生2』⑧・『メモリーズオフ』との意外な共通点

 黒沢がおススメしたいようなやや大人向けのゲームの中には、登場人物が死んでしまったり、心が痛む酷い結末が待ち構えていたりする、“泣きゲー”だの“鬱ゲー”だのと呼ばれる種類の作品がありまして。
 今回取り上げている『同級生2』が出た時代には、まだそんな言葉もジャンルも無かったけれど。なのに『同級生2』の個別ルートには、既にその両方の要素が盛り込まれていたりもするのだよ。

 例えば幼なじみの水野友美を助けたのに逆ギレされた後、ムカついた気持ちのまま「勝手にしろ!」と放置しちゃうと、水野サンとはその冷たい関係のまま終わってしまうのさ。
「自然に誤解が解けて、相手の方から謝って来る」とかあり得なくて、あくまでも主人公(プレーヤー)が誤解を解く努力を続けない限り良い結果にはならないんだ。このあたり、現実の人間関係と同じだよね。
 この『同級生2』では、「水野サンが脅されて悩んでいるのを知りながら、あえて放置」という選択も出来るんだ。けどその場合、水野サンは脅迫に屈して、キモオタの変態男の性奴隷状態にされてしまうのだから、誤解され続けのまま以上に心に悪いよ。

 誤解を解かずに放置した場合の結末は、都築こずえの場合はもっと酷くてね。「主人公は強姦魔!」みたいに言い触らされた揚げ句に、周囲の女の子たち全員に嫌われたままで終わってしまうのさ。
 ま、どちらにしてもかなり後味の悪い終わり方になってしまうのだけれど。
 でも現実の人生や恋愛って、このくらい理不尽なものだよね。こういう恋愛の痛みの部分についても避けずにリアルに描写してるのも、この『同級生2』の魅力だと黒沢は思ってる。

 この『同級生2』は、実はパソコン用に開発されたもので、ぶっちゃけ言えば18禁のエロゲだったのさ。でもただのエロと違って、恋愛や生き方についていろいろ考えさせられる部分が多い……ってことで評判になったんだよね。
 この『同級生2』は、エロゲを「いろいろ考えさせられる大人の恋愛ゲーム」に昇格させた、ゲーム史に残る名作なのでアリマス。で、18禁のエロい部分をマイルドにして、セガサターンやプレステなどのコンシューマー用にも移植されてさ。
 黒沢がたまたまプレイしてハマってしまったのは、オリジナルのエロゲ版ではなく、そのセガサターン版の方なんだけどね。

 でも黒沢は、この拙文を読んでくれたキミにも「ぜひ『同級生2』をやってみて!」と勧めるつもりはないんだ。
 だってこの種の古い恋愛ゲームにありがちな事だけれど、プレイしていて主人公の言動に抵抗を感じる部分が少なくないからね。
 ズバリ言うとDQN系なんだよね、プレーヤーがゲームの中でなりきらなければならない主人公って。勉強は駄目だけれど喧嘩は強くて、不真面目でいつも悪ふざけしてばかりしていて、美人の女教師や可愛い同級生の女子にはセクハラまがいのエロい言動ばかりして……と言えば、何となく想像がつくかな。
 このゲームが作られた頃って、『ビーバップハイスクール』や『工業哀歌バレーボーイズ』みたいなのが大人気だったような、まだヤンキーが大手を振って生きていた時代だったから。
 と言うか、ゲームの作り手自身が「学校では校内暴力が当たり前にあって、番長なんて存在もまだ残っていた」時代に育っているワケで。

 何しろセクハラだの、ジェンダーだの、男女共同参画だのといった言葉どころか、そういう発想さえ無かった時代の作品だからさ。ゲームの主人公も、もう男の本能モロ出し……って感じで行動してるワケね。
 うん、『デザイア』とか『野々村病院の人々』とか、昔のアドベンチャーゲームの主人公って、大抵そんな感じのノリだね。プレステで出されたKIDの名作『メモリーズオフ』シリーズでさえ、初代の主人公智也はちょっとDQN系の臭いがするし。
 まだ「不良=カッコイイ」っていう時代だったんだよねえ、二十世紀の末期って。

メモリーズオフ(通常版)メモリーズオフ(通常版)
(2008/05/29)
Sony PSP

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 ま、「粗暴な不良=実は男気のある仲間想いの良いヤツ」って構図は、二十一世紀の今も根強く生きてるんだけどね。テレビに書いた作品が何度も映画化され、テレビ連続小説にも起用された大人気の脚本家K・K氏の作品だって、元DQN系に対する優しい眼差しwwwwが、黒沢には随所に見え隠れしてるように思えるよ。
 それだけに『同級生2』に限らず、一昔以上前の古めのギャルゲーって、「バカで悪ふざけが好きでスケベで、でも喧嘩は強くて」っていう、昔の少年マンガの主人公みたいなキャラになりきってプレイしなければならないものが少なくなくてさ。だからDQN系やヤンキーに共感出来ない人には、ちょっとツラいところがあると思う。
 実はその点は、黒沢もかなり苦痛に感じたよ。

 あと、古いゲームだけに操作性が悪くて、今のゲームと較べて不便に感じる部分もかなり多いし。
 例えばオートプレイの機能すら無いんで、台詞ごとにいちいち“ページ送り”のボタンを押さなきゃならないんだよ。だから頻繁にそのページ送りボタンを押すのに忙しくて、ストーリーに集中し辛くてさ。
 ただ当時すでに大人で、イタい恋愛も幾つか経験していた黒沢も唸らせた古典的名作ゲームwwwということで、まず最初に取り上げて紹介させて貰ったのでありマス。
 その頃の恋愛ゲームと言うと、『ときメモ』や『センチメンタル・グラフィティ』みたいな感じでさ。
 どちらも確かに巧く作ってはあったけれど、「所詮はゲームだよな」って言うか、実際の恋愛とはかけ離れた部分が随所に感じられて、黒沢としては「ハマる」というところまではいけなかったよ。
 けどこの『同級生2』には、中身の深さに見事にハマってしまったのだ。
 だからあえてお勧めはしないけれど、この拙文で少しでも興味を持ってくれた誰かが、「主人公のDQN系っぽい言動」や「快適とは言い難い操作性」も承知の上で「試しにやってみよう」という気持ちになってくれたなら、黒沢としては無上の喜びでありマス。
 かなり古いゲームだけに、某ハード○フや中古ゲームショップなどの片隅で運良く見つけられれば、まあ百円とか二百円程度で転がっていると思うから、もし宜しければ……というコトで。

同級生2同級生2
(1997/07/11)
SEGA SATURN

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 黒沢がプレイしたのはセガサターン版(18歳以上推奨)だけれど、『同級生2』にはプレステ版もあるんで、プレイしてみるならプレステ2でも遊べるプレステ版の方が敷居は低いかな?
 ただ残念ながら、セガサターン版に比べてプレステ版は画質が明らかに悪いよ。それに「パンチラすら不可」とか、初代プレステは規制も色々キビシイからね。
 で、セガではOKだった表現が、プレステではNGになっていたりする場面も少なくなくて、内容もオリジナルから離れてかなり物足りなくなっている気がする。
 黒沢はまずセガサターン版でハマって、それで興味を持ってプレステ版もやってみたのだけれど、あまりの劣化ぶりにウンザリして、プレステ版は一人もクリアせずに、今も放置したままだったりしマス。
 だから「家の押入の奥にまだセガのハードがある」とか、あるいは「中古ゲーム店にセガサターン本体も転がっていた」なら、是非セガサターン版でやってみてほしいな。
 この『同級生2』は、さらにスーパーファミコンにも移植されてSFC版も出されているようだけど。ただセガのと比べたプレステ版の劣化ぶりを考えると、恐ろし過ぎてちょっと手を出す気になれないかな。

 と、懐かしの『同級生2』について、自分でも呆れるほど長々と語ってしまいマシタ。
 その中で「コレをプレイしたおかげで、実は黒沢は妹系が好きらしいと気付いた」と触れた件の繋がりで、次にゲームと恋愛について話す時には、“”について語ってみたいと思ってマス。
 そうデス、そんな身内がいない男子の憧れや妄想をひどく掻き立てる反面、実際に家族にいる男子にとっては生意気で憎たらしくて、「お買い上げ後は返品不可の条件付きで、一日も早く誰かに貰っていってほしい存在でしかない」という、ある意味家庭内で最強の生き物“妹”デス、death。

 ……ヤバい。幻聴かな、続きを話す前からもう皆からの罵声が脳内に聞こえてくるよ。
おい黒沢、テメーは話が長過ぎだ! 次は三行でな?
 ゴメンよ、それは無理デス。

 黒沢って国民に痛みだけ与えながら、我が日本のマゾ国民たちにナゼか今も人気の某元総理のように「具体的な説明&丁寧な説得抜きで、自分が決めたことだけ押しつける」のって、どうしても苦手なんだよねえ。
 黒沢の話に共感して賛成して貰えなくたって、別にそれは構わないんだ。だって考え方や感じ方や好みは、それこそ「人それぞれ」ってやつだからね。
 って言うより、「人はみな同じで共感し合える筈」って思う人の存在の方が、黒沢はむしろ気持ちワルよ。
 ただ黒沢の考えに反対だとしても、「なぜ黒沢がそう考えるのかだけは、ちゃんとわかってほしい」って思うんだよね。

 大切なのはただ結論ではなく、その答えに至るまでの理由だと思う。
 それを三行とか百四十字以内に書くなんて、黒沢にはとても無理デス。
 て゜、ついムダに長くなっちゃうんだよ、黒沢の話って。
 それでも「共感はしねーけど、まあ話ぐらいは聞いてやろうじゃねーか」という心優しい寛大な人がいらしたら、「こいつアホだな」と片頬に憫笑を浮かべつつ、次回の与太話にもどうぞおつき合い下さいまし。

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懐かしの『同級生2』⑦・ギャルゲーはオタにはキケン!

 ここまで黒沢は、世の中から偏見の目で見られがちなギャルゲーを褒め続けてきたけれど。
 ただギャルゲーも玉石混淆で、萌え豚でなければまともにやる気になれないような、世の中の人達が想像している通りのクソゲーも少なくないのも事実デス。「こんなコト、現実には絶対あり得ねーだろ」って、バカでもわかるようなヒドい設定やストーリーのゴミみたいなやつがね。
 けど腹が立つようなクソな駄作があるのは、小説やマンガやドラマや映画だって同だから。試しにやってみたゲームがたまたまクソだったってだけで、「ほら、だからギャルゲーなんてクダらねーんだよ」みたいに思わないでほしいよ。
 で、実際に恋愛経験もある大人がやるに値するような、「月並みな小説やマンガより絶対面白いゾ!」ってゲームを、これから黒沢なりに紹介してみよう……と思ったのが、この駄文を書き始めた動機なんだけどね。


 ちなみに黒沢は元々“本の虫”と言うか、活字中毒の読書大好きインドア人間だったんだ。けど、ある程度の年齢になってからマンガも読んでみると、「確かにバカみたいなのが多いけど、小説に負けないイイ話もけっこうあるじゃん」って感じで。
 と言うか、「バカみたいな話」なら、小説にだって掃いて捨てるほどあるしね。同じ他愛もない話でも「絵で描かれてるとお子ちゃま向きで、文章で書いてあれば格上」とか、絶対ナイと思うし。
 だから今では、マンガも創作物として小説と同格と思ってるし、黒沢の本棚にはコミックスもいっぱい並んでるよ。
 という具合に、黒沢は「小さな頃には活字の本ばかり読んでいた→大人になってからマンガも読み、ゲームもするようになる」と、普通の人とまるで逆コースを辿ってきたのでアリマス。
 と言うワケで、黒沢の心に残った大人の鑑賞にも耐えるコミックスも、ゲームと併せて紹介したいと思っておりマス。

 けど「ギャルゲーのターゲット」と普通思われがちな“年齢=彼女いない歴”の男子諸君は、恋愛ゲームは心に害があると言うか、むしろやらない方が良いと思うね。
 だって「現実には絶対いねーよ!」ってキャラが、ギャルゲーにはごく当たり前に定番として出てきたりするから
 例えば「毎朝起こしに来てくれる、可愛くて面倒見の良い幼なじみ」とか。
 或いは「自分を慕ってくれている、血の繋がっていない妹」とか。
 あー、そうそう。流行りの“ツンデレ”ってのも、実際にはまず存在しないよね。もしそれらしいのが居るとしても、せいぜい「ツンはあってもデレはない、ただのワガママ女」くらいでさ。

 まっ、ゲームに限らず青少年向けの創作物に、そうした「実際にはあり得ない男の願望」が多分に盛り込まれているのは、ちょっとエッチな恋愛マンガwやラノベやアニメだってみな同じだけどね。
 容姿も性格も素晴らしく良いハイスペックの美少女が、ナゼかまだ彼氏すらいたコトの無い処女(キスさえ未経験)で、しかも「何の見返りも求めず、特に取り柄もナイ主人公にひたすら尽くしてくれる」とか、「主人公が他の女の子を選んでも恨まれず、後腐れも残らない」とかの、男にのみ都合の良いあり得ない話が、世のマンガにもラノベにもいっぱい溢れてるけどさ。

 ただゲームの場合、リアル感と言うかストーリーへの引き込まれ方が、マンガやラノベとは桁が違うんだよ。
 だってゲームではプレーヤーであるキミが主人公で、登場する女の子たちはみなキミに語りかけてくれんだよ? それも声優さんの、超可愛いリアルヴォイス付きでね。
 そして「何人もいる女の子の中から誰を選ぶか?」も、「重要な場面でどう行動するか?」も、全部キミの判断と選択にかかってくわけでさ。

 マンガやラノベなどの紙媒体は、当然のことながら音声も効果音もBGMも無いからさ。だから読者が主人公になりきるには、それなりの想像力が要求されるんだよね。さらに絵が動いて声や音もついてるアニメでさえ、行動の選択権が無いから背後霊のようにただ主人公がどうするかを見ているしか出来ないワケでさ。
 けどゲームは、自分が主人公としてストーリーの中に入って行けるんだよ。そして重要な決断を下して、その後の運命も変えられるんだ。
 こんなコト、どんなリアルな小説やマンガやドラマや映画にも出来ないよ?
 だからゲームって、「主人公=自分」って感覚が、他のジャンルよりものすごく強いんだ。
 そしてそのゲームのセカイには、男の願望に沿った理想的すぎる(男に都合良すぎ、トモ言フ)ヒロインたちが、ごく当たり前に出て来ちゃうからさ。
 だから「彼女いない歴=実年齢」のままギャルゲーに慣れちゃうと、リアルな女子との現実の恋愛なんてまず無理になっちゃうよ。

 恋愛ゲームの結末には、ハッピーエンドだけでなくイタいバッドエンドも待ち構えているよ。でもゲームに出て来るヒロイン達は、男の願望に沿った理想的すぎるのが多いからさ。
 現実に生きているリアルな女の子は、見返りは自分が尽くした以上に求めるものだし、心理的な駆け引きにも長けていて裏表もあって当たり前、そして隙を見せれば浮気もするしと、中身は男が思ってるより遙かにドロドロだったりするからね。
 だから現実の恋愛を経験して、生身の女の子の魅力と黒い部分の両面を知る前に恋愛ゲームばかりやり過ぎちゃうと、ギャルゲーのセカイから還って来られなくなっちゃうよ、マジで。
 だからこそ黒沢は思うんだ、ギャルゲーこそ生身の女の子とも付き合って、現実に恋愛もして「コレは実際にはあり得ないな」って部分もちゃんと区別できる人が楽しむものなんじゃないかな……って。

 ほら、アダルトビデオだって経験アリの人が観るのと、ドーテー君が観るのでは、意味や受け取り方がかなり違ってくるでしょ?
 経験者なら「あ、コレは演技だナ」とか、「こんなプレイはビッチしかしねーし、実際にフツーのコにヤったら引かれるダロ」みたいなのもわかった上で楽しんで見るけどさ。でももしドーテー君が自分の初体験の時のテキストのつもりでAVを観て、「Hってこーするモンなんだ」と思い込んで、彼女との初エッチの時に実践しちゃったら、トンデモナイ事になっちゃうでしょ?
 ギャルゲーと実際の恋愛の関係も、ま、そんな感じと理解して下サイ。
 プロの演技やビッチ以外しないようなプレイが見抜けないドーテー君に、アダルトビデオを観て「これがエッチだ!」と思われたらヤバいけれど、ある程度の経験者が観れば「このプレイはナイけど、あーゆー愛撫の仕方はアリかも」みたいに参考になったりするよね。
 だから「ギャルゲーは、実際に恋愛の経験がある人こそ楽しめる」って、黒沢は思ってるんだ。
 だって黒沢自身、二十歳を過ぎて複数の女のコとも付き合った後で、ゲームのセカイにも足を踏み入れたんだしね。

 ぶっちゃけ言っちゃうと、実際のギャルゲーには明らかに「恋愛経験ゼロのオタ向け」と言うか、「こんなの、実際には絶対あり得ねーよッ!」って怒りたくなっちゃうよーな、オトコの願望のカタマリみたいな作品が少なくないデス。
 けどそんな中でも、出来の良いものはそうした「オトコにのみ都合の良い」部分はけっこう控えめで、三角関係のもつれや修羅場など、実際の恋愛のイタい部分やドロドロな部分もかなりリアルに再現されていたりするよ。

 だってマンガだけでなく小説でも、クダラない作品って実際にはかなりあるじゃん?
 文章やストーリーよりキャラと萌え絵のイラストが勝負みたいなラノベの質については、あえてどうこう言わないよ。でも挿し絵ナシで一応“ブンガク”に分類されてるハードカバー本にだって、後世に残すのが恥ずかしいような駄作は幾らもあるもんね。
 例えば名前を言えば知らない人など殆どいないWセンセイの“恋愛小説”なんて、実際は「大人が人前で堂々と読める、文学を装ったエロ小説」ってのが大ヒットの理由だし。
 ギャルゲーもソレと同じで、クダラない駄作もいろいろあるけれど、大人のプレイにも耐える、人を感動させる良いモノだって間違いなくあるんだよ。
 で、黒沢が心を動かされたゲーム(とマンガ)を、これから順次取り上げて行こうと思っておりマス。

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懐かしの『同級生2』⑥・『いちご100%』と『恋愛ラボ』そして『ふぁいなる・あぷろーち』

 小説やマンガを読んでいてさ、最初は面白いと思ってすごく熱心に読んでいたのに、主人公が恋する相手が絞られて来たら急に気持ちが醒めちゃって、読み続ける気が無くなった……って経験、キミにも無いかなあ?
 黒沢はそーゆーコトが度々あってね、例えば河下水稀さんの『いちご100%』とか、宮原るりさんの恋愛ラボ』とか。
 誤解の無いようにまず言っておくけれど、黒沢は河下水稀さんも宮原るりさんも大好きだよ。もう、ネットで予め調べて、コミックスの新刊は出た当日に書店に行って買うくらいに。
 けどそれだけに、大好きなキャラが黒沢から見てヘンなヤツの方とくっつきそうになると、メチャ腹が立っちゃうんだよねぇ。「何でコッチを選ばないで、こんなヤツ寄りになるのかなぁ?」って。

いちご100% 1 (ジャンプ・コミックス)いちご100% 1 (ジャンプ・コミックス)
(2002/08/02)
河下 水希

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『いちご100%』は有名だから、知っている人も多いと思う。けどあえて概略を言うと、真中というヘタレ男が、東城綾、西野つかさ、北大路さつき、南戸唯の四人の美少女の間で、フラフラ、よろよろする……といったお話なんだ。
 で、その四人のヒロインたちを黒沢から見ると、「西野さんこそ理想そのもの、でもあまりに完璧過ぎて、長く一緒に居たら気疲れしてしまいそう。実際に彼女にするなら、やはり一番気が合う北大路さんでしょ」って感じでさ。あと、南戸唯は「どーでもイイ」って感じで、東城綾に至っては「ウザ過ぎ、消えてくれ」くらいに思ってた。
『いちご100%』のファンには、東城綾を熱烈に支持してる方々が数多くいることも承知してマス。その人達にはあらかじめ「ゴメンナサイ」って土下座して謝っちゃうしかないけれど、黒沢には「鬱陶しい、面倒くさいオンナ」としか思えなかったよ。

 わかってマス、東城綾みたいに内気で思ってるコトもなかなか言えないで、でも心の中ではイロイロ思ってて、「このツラい気持ちを、どうかわかって……」と主人公を遠くからジトっと眺めているようなタイプを「女らしくて、いじらしくて可愛らしい」と思う男子が大勢居ることくらい。
 けどね。
 ズバリ言っちゃうけど、この東城綾って“察してチャン”そのものだから。そしてその察してチャン的態度を「女らしくて可愛い」と思えるとしたら、それはキミにリアルな恋愛体験が少ないからだよ。
 だってさ、恋愛も含めて物事って、ただ思ってるだけじゃ、どうにもならないんだよ遠くから「好き、好きなの……」って、じっと相手に念wを送ってるだけじゃダメなんだ。

 物事って、何らかのアクションを起こさなきゃ動かないものだし、恋愛だってそうだよ。好きなら好きで、勇気を出して思い切って自分からアピってかなきゃ、状況は何も変わらないって。
「好きで遠くから想い続けてたら、相手が気持ちに気付いてくれて、しかも自分を好きになってくれて告ってくれて……」なんて、小中学生向けの少女マンガのセカイだけだから。
 気持ちってものはさ、現実には「ちゃんと言わなきゃ、伝わらない」ものなんだよ。だって人間には、テレパシーなんて無いんだからさ。
 よく「共感力が大切」とか「空気を読め」とか言われるけれど、それにだって限界アリマス、ってば。

 なのに相手にちゃんと言わないで、自分で勝手に我慢した挙げ句に、不満をつのらせて「何てわかってくれないの!」ってブチ切れて喧嘩になるパターンが、現実の恋愛では何と多いことか……。
「気持ちは相手にちゃんと伝える」って努力をせず、普段はイイ顔して「ワタシは平気だから」みたいに振る舞っててて、けど心の中ではモヤモヤをいっぱい抱えてる察してチャンって、リアルな恋愛ではマジで地雷女レベルに厄介だよ。
 だから『いちご100%』の北大路さつきや西野つかさは、心から「いいナ」って思えたよ。だって自分の意志や思ってるコトを、ちゃんと伝えてくれるからね。そして東城綾は、黒沢的にはかまってチャンのウザい地雷女……というコトで。

 まっ、西野つかさは女の子として理想的に描かれ過ぎているし、彼女が目指すところも高いんで、「実際にもしこんな彼女が居たら、釣り合うだけの男になれるよう頑張らなきゃ……ってプレッシャーがキツそうだな」とも思ったけどね。
 その分、気も話も合うし元気でフレンドリーな北大路さつきの方が、「長く付き合うなら絶対このコ!」って思っちゃったけどね。
 恋愛関係では辛い事も含めてイロイロあって、すっかりヨゴレた大人になってしまった黒沢としては、「女子としては①が西野つかさで②が北大路さつき、でも付き合うなら①が北大路さつきで②が西野つかさで、東城綾だけは絶対あり得ない」ってのが、黒沢の『いちご100%』の各ヒロイン評なのでアリマス。

 けど、『いちご100%』のメインヒロインは、その“察してチャン”の東城綾なんだよ。途中からはともかく、少なくとも最初の設定ではね。
 主人公の真中は最初、西野つかさを「好きだ!」って思って告るんだけど、実はそれは勘違いで、彼がホントに恋した相手は東城綾だったんだ。そして告った行きがかり上、勘違いに気付いた後も真中は西野つかさと付き合い続けるのだけど、東城綾はその後もずっと、密かに真中を想ってて……。
 その設定や経緯を見れば、「結局本命は東城で、やがて誤解が解け西野とは別れて、東城とくっつく事になるんだな」って思っちゃうじゃん。小説やマンガをそれなりに読み慣れていて、ストーリーの先ヨミもある程度できちゃう人なら、特にね。

『いちご100%』って、タテマエでは「東・西・南・北、四人の美少女の“真ん中”でフラフラするヘタレ主人公」って設定なんだけど、実際には「ホントに好きだった東城」と「勘違いで告白して付き合うコトになってしまった西野」の、この“東西”の間でフラついてる……って感じなんだ。
 だから途中から参戦してきた北大路さつきが、噛ませ犬と言うか当て馬と言うか、ずっと損な立場に置かれて冷たい扱いを受け続けていたのは、まあ仕方ないと思ってたけどさ。
 それでも自分の実体験からも「リアルに長く付き合って行きたいなら、こーゆータイプの子が間違いなく一番なんだけどな」って思ってただけに、北大路さつきがつれない扱いを受け続けるの、読んでいて辛かったデス。

 で、残る本命の東城と対抗の西野を比べると、黒沢の見るところでは「西野=理想の憧れの美少女、東城=察してチャンの面倒くさくてウザい女」だったから。
 けど初期設定やストーリーの流れを考えれば考えるほど、「西野とは別れて、本来好きだった東城とくっつく」という結末しか見えなくなっちゃってさ。
 しかもストーリーが進むにつれて、西野は主人公を置き去りにするようにして、自分の夢を追いかけて、主人公の手の届かないような高いところにどんどん登って行っちゃうんだよ?
 そーゆーのを見るにつけ、「コレって、やはり後の別れに至る伏線だよなぁ」という予感が強くなってさ。

 でも察してチャンでジメっとした東城と違って、西野ってホント良いコなんだよ。そして西野を「良いコだよナ」って思えば思う程、その先を読み進めるのが辛くなっちゃってさ。
 だって「アホ主人公が良いコをフッて、ウザい女とくっついてメデタシ、メデタシ」なんて結末、あえて見たいと思わないもの。
 だから『いちご100%』全19巻のうち、黒沢は10巻めまでしか読めなかったよ。
 ただ、つい最近になってネットの情報でたまたま知ったのだけど、実際の結末は“大人の事情”やら何やらで、ある意味予想外だったようだけどね。で、この『いちご100%』の読んでいなかった後半の部分を、近いうちに読んでみようと改めて思ってマス。


恋愛ラボ 1 (まんがタイムコミックス)恋愛ラボ 1 (まんがタイムコミックス)
(2008/03/07)
宮原 るり

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 あと、宮原るりさんの『恋愛ラボ』も似たような感じで、途中から読めなくなっちゃってマス。
 主人公のリコについては、まあ「どーでもいい」って感じで。元気な良い子なのはわかるけど、負けずギライで見栄っ張り(勝ち気?)な女の子って、黒沢はどーもあまり好きになれないないんで。
 でもこのリコの親友のマキさん、イロイロ世間からズレたヘンな子なんだけれど、すっごく可愛くて良いコでさー。
 ただね、このマキさんに絡んでくるヤンって男が、極め付きの厭な野郎なんだよ。
 平たく言えば、無愛想で皮肉っぽい屁理屈屋という感じかな。まあ顔は良いから、女子はある程度「クールでステキ!」って支持するだろうけど、同性の男から見れば、十人中九人は「好感持てねぇ~」ってヤツだよ。
 そして話の流れで行くと、この可愛くて良いコのマキさんが、何かこのヤな野郎のヤンとくっつきそうな予感がしてさ。少女マンガによくある、「最初は険悪な仲→でもナゼか気になる→気がついたらスキ(ハァト)」ってパターンで。
 一方、主人公のマキのお相手になりそうなサトシくんの方は、誰から見ても良いヤツの好青年でさ。
 それだけに「何なんだよ、この扱いの差はッ!」って、腹が立ってならないんだよ。

 例に挙げた『いちご100%』や『恋愛ラボ』だけでなく、男女にかかわらず「好感を持ってたキャラが、厭なヤツとカップリングされると、そのストーリーに対する気持ちが一気に醒めてしまう」ってこと、けっこう無いかなあ?
 何しろ黒沢は、好みや価値観がフツーとズレてることが多いらしいから、小説やマンガを読んだりドラマや映画を見たりしていて、「何でA美でなくB絵とくっついちまうんだよッ」って腹が立っちゃうコト、少なくないんだよねえ。
 そしてアプローチをかける相手を誰にするかだけでなく、主人公の行動面でも不満がいろいろ出てきて、イラっとしてきたりしてさ。「ソコで何でそんなコトしちゃうかな、もっと別のやり方があるのに」みたいな。

 その点、アドベンチャー系のゲームはイイよ。仲良くする相手も、そしてどう行動するかも自分で決められるからね。物語の進行を傍からただ眺めているしかない他の創作物と違って、ゲームは自分が主人公になってストーリーを動かして行けるんだ。
 無論その結果も自分に返って来て、目も当てられないバッド・エンドになっても、それは“自己責任”ってコトで。
 でもそれだけに、自分の選択の結果に対するハラハラ感は、作者の作った一本道のストーリーを追ってるだけの小説やマンガなどよりずっと強いよ。
 もちろん幾つもある選択肢やその結果も、所詮は制作者が組み上げたプログラムの中でのコトでしか無いよ。「ゲームでは、自分が主人公として行動できる」というのも、お釈迦様の掌の上の悟空レベルの錯覚に過ぎないんだけどさ。
 でも「メインヒロインのA美がキライなタイプだったら、自分好みの脇役のB絵をヒロインにした物語に変えられちゃう」っての、やはり小説やドラマなどには無いスゴい魅力だと思う。


φなる・あぷろーち (プリンセスソフトコレクション)φなる・あぷろーち (プリンセスソフトコレクション)
(2006/03/02)
PlayStation2

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 いつかまた詳しく紹介するつもりだけど、『ふぁいなる・あぷろーち』ってゲームがあってね。コレには五人のヒロインが出てくるのだけど、黒沢は押し掛け嫁wの益田西守歌(しずか)のルートにしか進む気になれなかったよ。
 って言うか、他の四人については「この女にわざわざ手を出す理由がワカラン」あるいは「この子に手を出しちゃ、人としてマズいだろ」って感じでね。
 で、黒沢はその益田西守歌ルートだけで『ふぁいなる・あぷろーち』を終えて、もうそれ以上やってないんだ。
 と言っても、決してつまらなくて放り出したのではないよ。益田西守歌とのグッド・エンドだけでもう充分満足……って感じでゲームを終えたんだ。
 さらに言えば、続けて他の子とのルートをプレイしたら、益田西守歌とのエンディングの余韻をブチ壊しにしてしまうような気もして、それ以上続ける気になれなかったんだ。
 他のキャラについては「興味ナシ」か「個人的にはムリ」でも、自分の好みにバッチリ合う子が一人でもいれば、恋愛ゲームってそれでかなり満足出来ちゃうんだよね
 まっ、『ふぁいなる・あぷろーち』で「益田西守歌しかあり得ねーだろ」って思ったのは、あくまでも黒沢個人の価値観の問題であってさ。だからその人の好み次第で、「自分の妹」やら「親代わりの従兄の彼女」やら「婚約者のいるお嬢サマ」やら、あるいは「ちょっと素っ気ない幼なじみ」といった他のキャラを振り向かせてみるのもアリだろうし。

『ふぁいなる・あぷろーち』に限らず、恋愛ゲームのヒロインと言うか、一つの作品の中で選べる相手は5~6人というのが大半だね。ま、中には「選べるお相手は十数人」なんて恐ろしいゲームもあるにはあるけれど、ソレは割と特殊な例だから脇に置いておくとして。
 言い換えれば、恋愛ゲームはたった一本で、その気になれば「違うタイプの女の子との“恋愛”を5~6回体験できてしまう」というワケ。
 タイプの違う5人を越える女の子との恋愛なんて、実人生ではそう体験できるものではないよね。それを考えると、ギャルゲーってなかなかスゴいのではないかと思うよ。
 しかも実際の恋愛では、失恋すると精神的なダメージは想像を絶するものがあって、仕事や勉強にも重大な影響が出たりするよね。下手をすれば、生きて行く気力さえ無くなったりするし。
 でもゲームでの“失恋”なら大丈夫、バッド・エンドになってしまった瞬間は心にズーンと来るけれど、一晩寝ればまた元気に学校や職場に行から。
 だから黒沢はギャルゲー未体験の人にこそ、「頭から馬鹿にしないで、試しに一度やってみたら?」って言いたいんだ。

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懐かしの『同級生2』⑤・望月花梨さんを知ってますか?

 そうそう、プレイしてみて初めて気付かされたことと言えば。
「黒沢は妹系の子に意外に弱いらしい」ってコトにも、『同級生2』のせいで気付かされてしまったよ。
 高校を卒業するまで、黒沢は年下の女の子に目を向けたことが殆ど無くてさ。年下っていうだけで、何かガキくさく感じて、女として意識できなかったんだよねえ。
 だから好きになるのはたいてい同級生で、年上の女の人に憧れる事も少なくなかったよ。
 けれど『同級生2』で、妹的ポジションの鳴沢唯に接してみて、「妹、いーじゃん、可愛いじゃん」なーんて思ってしまったのでアリマス。
 そのせいかどうかは解らないけれど、以後の実際の恋愛でも、年下の女の子を好きになる事が妙に多くなってしまってさ。
 まっ、実際はそれまで自分でも気付いてなかっただけで、黒沢の心の中のどこかに「年下のコも好き!」みたいな部分もあったんだとは思うけど。


 ただ黒沢がこの『同級生2』でまず最初に攻略相手に選んだのは、その可愛い妹の鳴沢唯でも、年上のお姉サマ方でもなく、サバサバした少年のような同級生篠原いずみなのでアリマシタ。
 現実の恋愛ではさ、好きなタイプと実際に付き合うことになるタイプって、案外違っていたりするものではないかな?
「好きなタイプは?」って聞かれたら、黒沢も迷わず「可愛くて女らしい子」って答えちゃうよ。けど実際に付き合うに至った女の子と言うと、たいていソレとは全然違う、元気でフレンドリーなサバサバ系の女の子ばかりでさ。
 ちょうど『同級生2』で、いざ付き合うとなると、一番可愛い鳴沢唯ではなく篠原いずみを選んでしまったようにね。

 ギャルゲーと侮るなかれ。たかが恋愛ゲームの中であっても、人ってホント実際の恋愛の時と同じ行動を取りがちだから。嘘だと思うなら、騙されたと思って一度ギャルゲーをやってみてほしい。
 そしてその中で「主人公として行動する自分」をじっくり眺めてみると、実際の恋愛での自分の行動パターンや欠点が、意外なくらい良くわかったりするから。
 だからこそ黒沢は、「リアルな恋愛もしているんだけれど、ナゼかうまく行かない」というリア充未満の人にこそ、恋愛ゲームを勧めたいんだ。ギャルゲーを実年齢=彼女いない歴のキモオタ君だけのモノにしてるのは、絶対もったいない思う。
 実際の恋愛の時にはさ、テンパっちゃって自分自身も相手のことも見えてないものじゃん。けどモニターの向こうのセカイでの模擬恋愛なら、第三者を見るように冷静に、自分の行動パターンや弱点が分析できるから。

 恋愛って、そりゃあ両想いのハッピーエンドに終わるに越したことはないけれど。でも三次でのリアルな恋愛でも、うまく行った時より失恋の方が学ぶものや得るものは多いのではないかな?
 失恋は確かに辛いさ。この黒沢だって、フられて生きて行くのがマジでイヤになった事だって、一度や二度ではないからね。
 けど失恋する度に、学んで賢くなる部分が確かにあるんだよ。「自分のここが悪かった」とか、「顔の可愛さと性根の悪さは、ここまで別モノなんだ」とか、「あの時のあの態度は、浮気してる……ってサインだったんだな」とか。
 例えばさ、失恋とか一度もした事が無く、初恋の相手とそのまま結婚できれば、それはすごく幸せなことなんだろうと思う。
 でもそういう恋の痛みをまるで知らない男と、その辛さや苦さをよく知る男とでは、人としての深みや味が違ってくるのではないかと思うのだけれど、これは何度もフラれてきた黒沢の僻みかな?

 今はもう描いていないようだけれど、黒沢は望月花梨さんって漫画家さんがものすごく好きでさ。
 その望月花梨さんの『傷あと』という作品は、こんな言葉で締めくくられているんだ。

     器用に何か生きられない 
      …あたしはこの先も

 きっと生傷の絶えない
 人生を歩んで行くんだろうなあ

 …そんな
 見当違いな事を
 ぼんやり考えながら
 涙が止まらないのでした

 だけどあたしは
 その傷跡達を
 愛することが出来ます

 なぜならそれは
 疎ましくていとおしい
 あたし自身なのだから

 好きだなあ、この言葉。
 平成11年の作品だから、描かれたのはもう一昔以上も前……ってことになるよね。でも黒沢は、年に何度かゆっくり味わいながら読み返しているよ。

 その『傷あと』の中で主人公の竜田佐保は、高校の友達にこうも言うんだ。
「…まあ、あたしも伊達に17年生きてないっつーの? 傷付いたり失敗したりして色々学習してる訳よ」
 確かにその通りでさ、恋愛に限らず生きて行く上で学ぶ事って、成功より失敗の中の方がずっと多くあるような気がするよ。

 ……とは言うものの、失恋するとやっぱり心が痛いわなwww。その恋に本気であればあったほど、それこそ死にたくなるくらい辛いよね。
 けどゲームのセカイでの“失恋”だったら、実際の恋愛でバッド・エンドを出した時とは心の痛みが全然違うからね。
 だから黒沢は、リアルな恋愛で苦戦している人にこそ、恋愛アドベンチャー・ゲームをお勧めしたいのだよ。「ギャルゲーなんて、生身のオンナに一生縁のないキモオタがやるモンだろーが」なんて偏見を捨てて、騙されたと思って一度試してみて
よ。 

 小説やマンガやドラマや映画ではさ、ストーリーは“一本道”っつーか、主人公が恋する相手もその結末もすべて決まっているよね。その話の途中がどんなに波乱に満ちていたとしても、読者(観客)は結局は傍観者でしかないワケで。
 けどアドベンチャー・ゲームでは、主人公はキミ自身だから。そして現実の人生と同じように、幾つもの“運命の分かれ道”と、それぞれ違った結末が待ち受けているんだ。
 主人公であるキミが好きになれる相手も、年上に年下、幼なじみにオドオド系や強気系など色々で、結果もそれぞれの相手ごとのハッピーエンドだけでなく、イタい失恋(バッド・エンド)が待っていたりもするし。
 そう、恋に堕ちる相手も含めて、この「主人公の行動を自分で選べる」ってのが、他の創作物には無いゲームの魅力なんだよね。そして主人公の行動を選ぶ時の緊張感や、その後の「この選択、間違って無かったかなぁ?」っていうドキドキ感も、ゲームでしか味わえないし。
 その面白さを知ってしまうとね、恋する相手も次の行動も選べなければ、ハッピーエンドか悲恋に終わるかも既に決まってしまってるフツーの創作物(小説やマンガやドラマや映画)の主人公たちって、「何て不自由なんだろう」って思っちゃうよ。

欲望バス (白泉社文庫)欲望バス (白泉社文庫)
(2005/05)
望月 花梨

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懐かしの『同級生2』④・男は辛抱、デス

 もし付き合っていた彼女と喧嘩になって、それも「自分に非は無いのに、相手が勝手に誤解して一方的に怒っちゃって、話を聞いてくれようともしない」って時  
 黒沢の場合、そういう時は絶対自分から折れないの。で、「なら勝手にすれば?」ってそのまま放置しちゃう。

それって冷たくないか? だって相手は好きになった女の子だろ、腹は立っても見捨てらんねーのがフツーだろーが」って?
 うん、確かにそうかも知れない。
 ただ、人には「可愛さ余って……」って感情だってあるよね。
 好きな相手に誤解された時の黒沢の感情もソレで、相手のコトがとても好きで大切に想ってきたからこそ、一方的に誤解されて話も聞いてくれない事に余計に傷つくし、腹が立ってしまうんだ。

 まあね、黒沢の場合さすがに「憎さ百倍」とまでは行かないけれど。ただ相手に対する感情がそこで一気に醒めちゃうんだよねえ。
 無論、好きだった相手をいきなりキライにはなれないし、心の中には未練や何やらもいっぱいズルズル引きずってるよ。けどプライドと言うか意地で、「もうシラネ、勝手にすれば?」とシカトしちゃう。
 だから『同級生2』でも、黒沢は水野友美や都築こずえとこじれた後は、徹底的に避けまくっちゃった。「もう顔も見たくねーよ」みたいな感じでね。
 ……当然、結果はバットエンドだったけれど、別に残念とも思わなかったし。

 けど『同級生2』での水野友美&都築こずえルートでの正しい対応は、「相手にどんな酷い態度を取られても、決して腹を立てず何度でも会いに行き、誤解が解けるまでねばり強く説得を続けるなんだ。黒沢から見れば「それだけ冷たい目で見られて罵られてもまだ好きで頑張るなんて、お前マゾかよ?」って思っちゃうくらいの一途さが無いとダメなんだよ。
 それでもその仕打ち(プレイ?)に耐えて会いに行き続け、誤解を解く努力を続けていると、相手の女の子もいつか心をほだされ真実に気付いて、めでたくハッピーエンドを迎えられるワケ。
 ……フェミニズム万歳の人とかには、「当然よ、それが男の器ってもんでショ!」と叱られてしまいそうだけど。
 でも男だって同じ人間なんだよ? 酷い言葉を言われたり冷たい仕打ちをされれば傷つくのは、男も同なんだからさ。ただ「男だから」って、なぜ女の理不尽な仕打ちの何もかもを許して受け入れなければならないのか、黒沢にはどうにもわからないや。
 フェミ系の人達の言う「男女同権」ってさ、黒沢には「女>男って社会にしたい」という意味にしか思えない。「権利も給料も家事も平等に、でも力仕事や車の運転やメカの扱いはもちろん男の義務で、女を常に労り庇って一生守り続け、そして財布は当然女に任せなさい」って感じでさ。

 ま、ここは男女共同参画wwwについて考える場ではないから、その問題についてはさておいて。
 話を「黒沢の恋愛がいつも破綻する理由」に戻すと、二人の間に流れる微妙な空気を察するのは早いくせに、「自分は悪くない」と思う時、絶対に引けない&謝れないからなんだ。
 だから水野友美や都築こずえのケースのように、相手が勝手に誤解して一方的に怒っちゃってるような場合、決して自分の方からは折れて出られないんだよねえ。で、「謝るのは相手だろ」と放置した挙げ句に、そのままバッドエンド……と。
 ほら、現実にはよくあるよね、「ホントは相手が悪いんだけど、コトを丸く収めて人間関係を保つ為に、とりあえず自分が謝っちゃおう」みたいなの。
 黒沢にはソレが、絶対出来ないんだ。
 ぶっちゃけ言えば、理屈と意地とプライドが、恋愛感情を抑え込んじゃうヤツなんだよねぇ……。
 ……ハイ、人から「理屈っぽい」って言われた事、一度ならずあったりしマス。
「ナマな感情をぶつけ合うのではなく、穏やかに冷静に話し合いましょう」と言えば聞こえは良いけれど、情より理で物事を片づけようとしちゃうんだよねえ。実際、「どっちが正しいか」って事にも、かなりこだわっちゃうし。
 だからプライドも意地も捨て、相手の言い分を丸呑みして土下座をしてでも彼女との関係を続けよう……みたいな熱意、黒沢にはどうやらないみたいデス。

 ある女の人がエッセイ本に、「程度の差はあれ女はみんなヒステリー、そして女がヒステリーを起こした時には、彼氏には黙って話を聞いて優しく抱きしめて、オレが悪かったと言ってほしい」というようなコとを書いていてさ。
 その本のタイトルも、著者の名前も忘れてしまったけれど。それを読んだ時、正直「は?」って思ってしまったよ。「自分が悪くなくても、何で謝らなきゃいけないワケ?」って。
 似たような話は他にもあって、男の中にはフィリピーナの情熱的な部分についハマってしまう人が少なくないようで。けど情熱的って事は、それだけ相手の男に求める愛情も大きいんだ。
 で、夫婦や恋人同士で喧嘩した時には、フィリピンでは男の方が謝るのが普通、なのだそうデス。女の方が悪くても、理屈抜きに男が「オレが悪かった」って謝るのだとか。
「女はそういう生き物なんだし、それで丸く収まるなら謝るくらい別にいーじゃない」って言う人も多いだろうけど。実際、結婚生活を長く続けているオジサン達って、たいていそうしているようだよね。
 でも黒沢にはどうしても出来ないんだよね、その「悪いのは相手でも、丸く収める為にとりあえず謝っちゃう」ってのが
 いや、黒沢だって謝るべき時にはちゃんと頭を下げて謝るよ? 道理で考えて、非が自分の方にあればね。
 でも損得を考えて、「相手の顔を立てて場を丸く収める為に謝っちゃおう」みたいな大人の駆け引き、どうにも苦手なんだよな。

 わかってマス、こんな黒沢は多分アスペ気味でコミュ障なんだろうと思う。だから接客業や営業職には、ホント心底向いてないんだよねえ……。
 黒沢に何度か彼女が出来ても、結局いつもフラれて未だに結婚に至らずにいるのは、例の「もし喧嘩したら、女が悪くてもとりあえず男が謝って」、「女がヒステリーを起こしたら、黙って話を聞いて優しく抱きしめて、オレが悪かったと言う」というのが出来ない性格のせいだったんだ……って、『同級生2』をプレイして初めて気づかされてしまったよ。

 前にも話したけれど、黒沢は「喧嘩をしてより仲良く」というのが苦手で、小さなトラブルや行き違いは早く察知して手を打つ人でして。だから他のカップルより、付き合っている間の喧嘩はかなり少ない方だと思うよ。けど一旦大きな喧嘩になってしまうと、まず修復困難な事態になってしまうんだよねえ。
 相手に非があると思えば黒沢は引かないし、「付き合いを続ける為に、とりあえず謝っちゃえ」とか絶対に思わないし。で、冷静に理詰めでモメる原因(どちらが悪いか)を究明した挙げ句に、相手をキレさせちゃってジ・エンドと……。

 恋愛ゲームのプレイ中も、人は実際の恋愛の時とほぼ同じ行動をとるからね。喧嘩になった時の対応だけでなく、八方美人的なのか好きな子オンリーなのかとか、本気で好きなら友達の彼女でも手を出しちゃうかとか、いろいろ……。
 実際に恋愛している時って、感情過多になり過ぎてしまうし思い入れもあるしで、自分の行動をなかなか冷静に見られないものだよね。
 でもゲームでは、主人公は自分の分身ではあっても生身の自分ではないワケで。だから主人公に感情移入しつつも、その自分の分身の行動を客観的に見守れたりもして。
 何て言えばいいだろう、ギャルゲーのプレイ中って「背後霊になって、自分の分身を動かしてる」って感かな。だから実際の恋愛の時には気付かなかった“自分の付き合い方の癖”みたいなものに、案外気付けるものなんだ。
 事実黒沢も、「喧嘩の原因が相手にある時には、絶対に歩み寄らずに冷たくなる」ことに、『同級生2』をプレイして初めて気付かされたし。
 だから「とりあえず彼女は出来るんだけど、何故か付き合いが長続きしない」って感じの、非オタなんだけれどリア充未満のヒトにこそ、恋愛で自分の至らぬところを知るための心理テストとして、ギャルゲーを是非おススメしたいんだ。

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懐かしの『同級生2』➂・理不尽だろ、水野友美と都築こずえ!

『同級生2』の主人公の幼なじみの水野友美は、ヘアバンドがトレードマークの優等生で。こう書くと、超有名恋愛ゲームの某ヒロインそっくりだよねw。
 で、この水野サンなのだけれど、主人公と同じクラスの変態男(容姿も言動もキモオタそのもの)に着替えを盗撮されてしまってさ。そしてその写真をネタに、もっと過激な写真を撮らせろだの、彼女になれだのと脅迫されるワケ。
 それで真面目で優等生な水野サンはひどく悩んでしまって、様子がおかしいのに気づいた主人公はいろいろ調べて事実を突き止めるワケ。で、変態男をボコった上でこんな真似はもう絶対しないと誓わせて、水野サンにも謝りに行かせるのだけれど。
 ところが何と、ここからヒドい誤解と主人公の受難が始まるのでアリマス。

 主人公との約束通り、キモオタ盗撮男は水野サンに謝りに行くんだ。けどその時のキモオタの言動などから、水野サンは何と、主人公がその盗撮事件の黒幕だと誤解してしまうのデス。
アナタがキモオタ君にワタシの着替えを盗撮させて、ワタシが困って悩んでるのをずっと見て楽しんでたのねっ!!」って、マジで大激怒だよ。
 ね、理不尽すぎるでしょ? 悩んでる幼なじみを気遣って、頑張って助けた挙げ句に盗撮犯のナカマ扱いで、冷たい言葉と軽蔑の眼差しだよ。

 理不尽と言えば、主人公に酷い態度を取るキャラがこのゲームにはもう一人いたりするのだ。
 タイトルは『同級生』なのにこのゲーム、実際には年上のヒトも年下のコも登場するのだけれど。で、その年下キャラとして登場するのが、問題の都築こずえなのだ。
 中高校生くらいの女子って、先輩の目立つ男子に憧れちゃう子がけっこう居るよね。
 この都築こずえもまさにそのタイプで、ゲームのプロローグ編から、主人公に何かとアプローチをかけてくるんだ。でもそれは単なる憧れであって、恋愛感情とは別モノなんだよね。
 けどこの都築こずえはその自覚なしに、主人公にセマって来ちゃうんだ。
 ほら、実際にもあるよね。女の子の方からアピって来て、男がついその気になって手を出しちゃうと、「セクハラされちゃいましたぁ、ウワーン!」って大騒ぎされてしまうような事が。
 この都築こずえが、まさにその種の地雷女なのでアリマス。

 主人公にデートをねだって、ホテルのレストランで食事をするのだけれど、この地雷チャンはジュースと間違えてカクテルを飲んだ挙げ句に泥酔なさるワケ。で、主人公は仕方なく自宅に連れ帰って介抱するのだけれど、このアマはそこでもキスだの何だのと、自分からイロイロなさってさ。
 そして酔いが醒めて主人公のベッドで正気に戻ったところで、この女めの地雷が炸裂するのでアリマス。「ウワーン、先輩にヒドいことをされたぁ、信じてたのにいっ!」って、主人公の話も聞かずに泣いて帰っちゃう。
 後日、主人公は何とか誤解を解こうとするのだけれど、この都築こずえめ、話をまるで聞こうとしやがらねえの。睨んだり、「先輩コワい」って逃げたりの繰り返しでさ。
 それどころか、「ダマしてお酒を飲ませて乱暴して……」とか、主人公の周囲の女の子たち皆に言い触らしやがるんだ。おかげて主人公は、それまで仲の良かった女の子たち皆から“女の敵”扱いだよ(ゲームに登場しているすべての女の子の好感度が一気に大幅ダウンで、しかも回復ナシ)。
 ……現実って、残酷なものだからねえ。実際には正義が勝つわけでもなく、白が黒にされ冤罪が晴らされないままという事もザラにあるから。

 でね、この『同級生2』で水野友美と都築こずえルートをプレイしてみて、黒沢が実際の恋愛で長続きしない理由か、かなり解ってしまったよ。
 ほら、「雨降って地固まる」ではないけれど、よく「喧嘩してぶつかり合いながら、前より仲良くなって行く」みたいな言い方がされるよね。でも黒沢は、そーゆーつき合い方が出来ないんだよ。
 だって黒沢は、「好きな相手だからこそ、喧嘩はしたくない」って思ってしまうから。気持ちをわかり合うのに、喧嘩までしなきゃならない理由が、ホントわからないんだ。
 ついでに言うと、黒沢は勘も決して悪い方ではなくて、「あれっ、もしかして不機嫌?」とか「あー、浮気されてるかも」とかの微妙な空気も、男としてはかなり早く察する方だと思う。実際、複数の女の子に「女の子より気がつくよねぇ」って、あまり誉めるニュアンスでなく言われているくらいだし。
 その勘で「コレはヤバいかも」って空気を察知したら、喧嘩になる前に冷静に話し合っちゃうのが黒沢のやり方なのさ。
「言いたい事を言い合う」と称して、ただギャーギャー互いの感情をぶつけ合うのって、黒沢は大嫌いでさ。だからトラブルは波風立てずに早めに解決するよう、事前に頑張っちゃうんだ。

 けれど理性や理屈ではどうにも出来ない感情の行き違いって、現実にはザラにあるからねえ。例の『同級生2』で言えば、水野友美や都築こずえのケースのような。

 で、そういう「自分は悪くないのに、相手が勝手に誤解して一方的に怒っちゃって、話を聞いてくれようともしない」って時、キミならどうしますかね?
 黒沢の場合、そういう時には相手を見切ってしまうんだな。「わかった、なら勝手にすれば?」と、マジでそのまま放置しちゃうワケ。
 そう、ズバリそこが黒沢の恋愛での数々の“敗因”だったんだよ。

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懐かしの『同級生2』②・ギャルゲーは恋愛心理分析テストなのだ

 心理分析テスト、ってあるよね。「大事な試験が迫っている時に、親友が悩みを相談する長い電話をかけてきました。あなたは最後までその相談に乗りますか?」とか、設定されたシチュエーションにイエスかノーかで答えていって、その人の性格を判断するヤツね。
 そう、出来の良い恋愛ゲームって、「楽しみながら自然に、キミの恋愛上の心理分析と行動分析ができてしまう」って感なんだ。

 前回名前を挙げたばかりのセガサターン版の『同級生2』を例に、ちょっと話してみるね。
 ゲーム中、プレーヤーは八十八町という架空の街に住む高校三年生として冬休みを過ごして、その二週の間にいろいろな事を体験することになるのだけれど。プレイしてみてまず驚かされるのは、どうしたら良いのか戸惑ってしまうくらいの自由度の高さなのでアリマス。
 その冬休みの間、朝は何時に起きようが、どこに出掛けて誰と会おうが、現実の世界と全く同じでプレーヤーの自由なんだ。極論すれば、自分の部屋から出ないで一日中寝て過ごすことだって可能なのさ。
 無論、そのプレイ中の行動はしっかり結果に跳ね返って来て、「まず外に出なければ、出逢いもまるでナイ」ってのも現実と同じだよ。
 あと、相手が言動でそれとなく示唆していることに気づかなかったり、間違った対応を取ったりしてしまうと、バッドエンドに一直線だったりするのも、現実の恋愛と同じなのだ。

 ゲームのプロローグが終わった段階で、主人公の周囲にいる女の子は、同級生が六人と下級生が一人なのだけれど。それが主人公(プレーヤー)の行動次第で、可愛い保育士さんや綺麗なバスガイドさんや入院中の美少女など、校外のいろんな人とも出逢えて仲良くなれたりするんだ。
 街を気ままに歩き回る中、たまたま立ち寄った場所で出逢いがあり、そして新しい恋が始まる。『同級生2』のこんな部分もまた、リアルな恋愛に近いところかも。

 ただ出逢う人達はそれぞれ悩みや問題を抱えていて、その知り合った人との関係を深めようとすると、主人公はいろいろ選択を迫られることになるんだ。
 例えば好きになった相手が親友とかぶってしまったら、恋と友情のどちらを取る?
 もし善意で助けた相手に酷い誤解をされて、感謝されるどころか逆恨みされてしまったら?
 好きになってしまった女の子が死んでしまい、絶望のどん底にいる時に、優しくしてくれる女の人がいたら?
 ……という具合に、『同級生2』で展開されるのはただ「可愛い女のコと、イチャイチャ&ベタベタ」というレベルのストーリーではなく、主人公として行動するプレーヤー自身の人間性が問われるような選択を迫られることになるんだ。そしてそこで取るべき行動を間違えば、かなりイタいバッド・エンドが待っていて

「ナニ言ってんだ、そんなゲーム、よくあるじゃねーか」
 恋愛ゲームの達人たちの、そんなツッコミと非難の声が、この拙い文を書いている今から聞こえてきそうだよ。
 わかってる、泥沼の三角関係がウリ(?)の“修羅場ゲーム”や、好きな人が死んでしまったりする“泣きゲー”くらい、これまでに飽きるほど出されているよ。
 ただこの『同級生2』がリリースされた1990年代前半から中頃までの恋愛ゲームと言うと、『ときメモ』や『センチメンタルグラフティ』のようなものばかりだったんだ。やってみればそれなりに面白いけれど、現実の恋愛を経験している者からすれば「所詮ゲームだよな」としか思えないものばかりでさ。
 そんな中で、現実の恋愛でもありそうなドロドロの部分も描いたこの『同級生2』は、当時としてはかなり衝撃的な存在だったんだ。
 そうだなあ、黒沢が初めて『同級生2』をプレイした時の衝撃は、お子ちゃま向けの勧善懲悪熱血ロボットアニメしか知らなかった人が、初代ガンダムを見た時の感覚に似ているかも。
 で、この『同級生2』をプレイするうち、黒沢は自分の恋愛が長続きしない大きな理由の一つを、痛いほど思い知らされてしまってさ。ネタバレの恐れもあるけれど、良かったらこの先も読み進めて下され。

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懐かしの『同級生2』①・ハタチを過ぎてゲームのセカイに

 ワタクシ黒沢一樹は、リアルな恋愛経験なら両手の指で数えられる以上あるよ。でありながら未だに独身なのは、黒沢の人間性に多大なる問題がある証拠だってことは、とりあえず脇に置いておいて。
 結果として毎回フラれて終わってるのだから、黒沢はリア充とは違うと思いマス。黒沢の恋愛って、それはもういつもいつも「知らぬ間にフタマタをかけられ→その相手の男に乗り換えられる」という繰り返しなのでアリマスよorz。


「でも何度も恋愛できて生身のオンナとつき合えたんだからイーじゃネーか、この贅沢者め」
 そう思うキミに言いたいね。惚れて大好きでつき合ってた女の子を寝取られる体験を、一度ならず繰り返し体験し続けてさ。それでも心も折れず性根も曲がらずに、「恋愛ってスバラシイ、女のコってイイよね!」って言い続けられる自信、マジであるかい?
 少なくとも今の黒沢には無いね。
 だからネットで一部の男どもが、生身の三次の女性たちを『惨事女』と呼ぶ気持ちを、ある程度納得できてしまう黒沢でアリマス。

 とは言え、黒沢の恋愛経験自体は、結果はどうあれ少ない方ではないよね。
 ただコレを恋愛ゲームに置き換えて考えてみると、どうもそうは言えなくなって来るんだ。
 いわゆるギャルゲーってさ、完全クリアすれば、一本でまあ5~6人の二次元の美少女と“恋愛”できるわけで。だとすると黒沢の恋愛経験など、恋愛ゲームで言えばたかが二~三本分、だよ? そう考えると、恋愛ゲームってある意味スゴいよね。

 だからって黒沢は、「リアルな生身の女なんてイラネ、恋愛は二次だけでOKさっ」と言うつもりは全然ないよ。女性や恋愛に関して、リアルな世界の常識とゲームを含めた二次の世界の常識は、実際にかなり違う部分があるからね。
 友達付き合いも含めて、三次元の女の子とまるで接することなく、ただ恋愛ゲームばかりしていたらマジでヤバいよ。女の子や恋愛について間違ったイメージばかり植え付けられて、リアルな女の子とますますつき合えなくなっちゃうから。
 ただね、「喪男以上、リア充未満」と言うか、黒沢のように「女の子と縁が無いワケじゃないんだけど、つき合えても何故か長続きしない」という者にとって、ギャルゲーは意外に良い反省材料になるんだ。ちょっと大袈裟な言い方をすれば、「楽しみながら、自分自身を見つめ直せる」という感じかな。

 実は黒沢は、ゲームを始めた時期は周囲の友人達よりかなり遅かったのだ。中高校生の頃からずっと、写真というとってもお金のかかる趣味に没頭していて、「ゲーム機なんてとても買えねーし、新作ソフトも高過ぎだろ」って感じだったのでね。
 ところがプレステとセガサターンの勢力争いがほぼ決着が付いた頃、某ハー〇オフで偶然見つけてしまったのだ、格安のセガサターンの中古機を。さらにゲームソフトも、プレステに敗れたセガのはかなり安くなっていて。
 で、つい衝動買いしてしまったセガサターンを切っ掛けに、ゲームのセカイにハマり込んでしまったその時、黒沢は既に二十歳を過ぎていたよ。
 だから黒沢はフツーとは逆に、リアルな恋愛を何度か体験してからギャルゲーをやってみたんだ
 そんな黒沢を、一発で恋愛アドベンチャーゲームにハマらせてしまったのが、知る人ぞ知る古典的名作、elfの『同級生2』なのでありマス。

 で、「なぜ恋愛経験もあるイイ大人がギャルゲーなどやる意味がある?」ってコトについて、「同級生2」を例に次回から語って行くね。

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