空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

昭和の写真少年➂・まずは口説いてみよう!

 例の『ぼくたちは気持ちのいい写真が撮りたい』や長友健二氏の『脱がせの写真術』、それに篠山紀信センセイの『激写』シリーズなどに触発されて、周囲の女友達を「脱いで!」って口説いてしまった黒沢だけど。
 その“ガールフレンド”のうち、違う高校に通う中学時代の同級生とかは、それで気まずくなっちゃっても、その時には顔を合わせなきゃいいだけだよね。
 でもその口説いたうちのマイコさんは同じ高校の同じ学年だったし、下手をすれば「ギャー、何ふざけたコト言い出すの! 信じらんない!!」ってキレられて、校内で「同級生の裸を撮ろうとするエロカメラマン」とか言い触らされかねなかったワケで。

 そんなコトにもまるで気付かずに、「オレは本気で良い写真が撮りたいんだ、疚しい気持ちなんか何も無いやい!」って思いのまま突っ走って、同じ高校の子のヌードまで撮ろうとしたとか、ホントに怖いもの知らずと言うか無茶をしまくってたよね。
「おい、それって犯罪だろうが!」って?
 いや、繰り返し言うけれど昭和のその頃には、「少女のヌードは芸術」って扱いだったんだってば。

 それはどうあれ、当時の黒沢がバカで周りが見えてなかったのは認めマス。
 けどそのバカの黒沢にとっても、女の子に「脱いでモデルになって」と頼むのって、やはり度胸が要ることだったよ。「気持ちをわかって貰えなくてヘンタイ扱いされるんじゃないか」って、すごく心配にもなったし。

 でも大丈夫、実際女の子にそう頼んでみてトラブルになるようなコトは、黒沢の経験では殆ど無かったな。脱ぐのを相手がOKしてくれたかどうかは別として、エロ男扱いされたりキレられたりしたことはまず無かったね。
 黒沢が口説いた女の子たちは、どの子も少なくともちゃんと話を聞いて真剣に考えてくれたよ。
 もちろんそれは、「こちらに妙な下心とか無く、ホントに真面目にキレイな写真を撮りたいと思ってる」って前提があっての話だけれど。エッチな写真を撮りたくて「脱いで」とか言ったら、そりゃあエロ男扱いされて平手打ちの一つも食らっても仕方ナイと言うか当然だよ。

 ……まあね、いくら少女のヌードに寛容な時代で、そしてこちらがどれだけ本気で頼んだからって、モデルでもタレント志望でもないフツーの女子高校生が、そう簡単に脱いでくれるワケなど無いんだけどね。
 ただ一つ言えるのは、「頼んだ方が真剣であれば、断られるにしても気持ちはちゃんと相手にも伝わる」ってコト。

 それにヌードであれ着衣のフツーの写真であれ、もし誰かを本気で「撮りたい!」って思うなら。
「そんな度胸ねーよ」とか言って尻込みしてないで、とにかくまず相手の女の子にモデルをお願いしてみないことには、何も始まらないよね?
 で、こちらの思いが通じて相手の女の子の気持ちが動けば、モデルになって貰える可能性はあるワケ。例えそれが、全部脱いでのヌードであってもね。

 まっ、もしその“撮りたい相手”ってのが18歳未満だとすると、黒沢の学生時代と違って今はいろいろ制約もあるけどさ。相手が18歳以上だったら、ヌードのモデルだって熱意でガンガンお願いしてみる事をお勧めするよ。
 どうせ無理そうだと思っても、「もしかしたら」って可能性のことを考えてほしい

 だって、誰か女の子の方から「ね、良かったら一度私を撮ってみてくれない? 何ならヌードのモデルだってOKだから」みたいに言ってくる……なんて棚ぼたみてーなコト、まずあり得ないからさ。
 だったら何もせずに何もないまま終わるより、僅かな可能性でもそれに賭けて、まずキミの方からモデルを頼んでみた方がイイって。

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昭和の写真少年②・ヌードを撮るのに最も良い年齢って?

 前回にも話したけれど、昭和の頃って今ではとても想像できないくらい、若い女の子のヌードを撮ることに寛容だったんだよ。
 この前紹介した『ぼくたちは気持ちのいい写真を撮りたい』に書かれていたヌードの撮り方を、もう一度思い出してみてほしい。
「野外での撮影で人の目にふれると、場合によっては軽犯罪法に問われる」とか、「被写体に一カ所、写して公表すると罰せられるところがある」とかは書いてあるけれど、脱がせてOKなモデルの年齢とか、全然触れてないでしょ?

 この『ぼくたちは~』が出されたのは1977年なのだけれど、この頃って少女のヌードがごくフツーに撮られてたんだ。
 まあ中学生の女の子のヌードと言うとさすがにレアだったけど、女子高校生のヌードなんか、けっこうフツーに雑誌や写真集に出ていたんだ。それも18歳になった後のだけでなく、15歳とか16歳とか高校生になって間もないような子のも含めてね。

 実際さ、当時の写真の本を読み返してみると、ヌードを撮るべきモデルの年齢について多くのプロの写真家が「15歳から22歳くらいまで」って断言しているんだ。
 その一例だけれど、女優とかアイドルとか数え切れないくらい大勢の女の子のグラビア写真を撮ってきた長友健二さんって写真家が、1980年発行の『脱がせの写真術』って本の中でこんなことを書いていて。

 ヌードは、肌の美しさが絶対条件であるこことはいうまでもない。十五歳から二十二歳の女には、その肌の美しさがある。しかも、その美しさにも、それぞれの年齢により、微妙な違いがある。十五歳なら、ちょうど少女から娘になりかけるときの、まだまだ青い美しさがたまらないし、二十歳になれば、なんとなく女らしさと恥じらいが出てくる。二十二歳にもなると、これはもう完全に大人の女のしなやかさがそなわってくる
 それはたしかに、三十女には三十女の良さもあるかもしれない。人間としての成熟度も考えれば、それはそれなりの魅力も、うるおいも出てくる場合が多い。だが、肌そのもののハリ、ツヤについていえば、十五歳から二十二歳の年頃の女の子には、かないっこないのだ


 ……今さ、もし公式の場でこんな発言に及んだら、まず間違いなくフルボッコだよね。本気で十五歳くらいの女の子のヌードについて「少女から娘になりかけるときの、まだまだ青い美しさがたまらない」とか言ったりしたらロリコン認定どころか犯罪者扱いされちゃうと思う。
 お巡りさんこの人デス……ってやつで、下手すりゃ通報されかねないよ。

 でも何しろ当時は、まだ宮崎某の幼女連続誘拐殺人事件が起きる前だったから。世間の人たちもロリコンに対する警戒心なんて殆ど無くて、「コドモの裸なんか見てエロい気持ちになるヤツなんて、普通いねーだろ」って思っていたんだ。
 だから昭和のこの時代には、今とは逆に「少女のヌードはアートでキレイなもので、大人の女のヌードの方がむしろエロ」って考えられていたんだよね。それで『週刊プレイボーイ』とかの書店で普通に買える雑誌にも、十五歳とか十六歳とかのヌードが当たり前に載せられたりしてたんだ。
 そうそう、週刊プレイボーイのようなメジャーな雑誌でさえ、かつては花咲まゆっていう十三歳の子のヌードを載せたことさえあったのだよ。

 同じ時代に出されていたシリーズ日本カメラの『ヌードの撮り方』って本には、「十二歳のヌードなんてナンセンスだし、うちのかあちゃんでも残念ながらダメである」みたいなコトが書いてあってね。
 で、ヌードを撮るならやはり「十五歳から二十二歳くらいの女の子」って。

 黒沢がまだ少年だった頃、細いのに巨乳で人気だった可愛かずみサンっていう女優さんがいてさ。その可愛かずみサンが、二十歳を過ぎた頃にこんなコトを言っていたんだ。
私の一番プロポーションが良かったのは18歳くらいの頃で、それを過ぎたらバストのトップが一年で1センチずつ下がっちゃった
 長友健二さんも、例の『脱がせの写真術』って本によると化粧品メーカーのモデルだったジャネット八田という17歳のハーフの子のヌードを撮る時に、こう言って口説き落としたんだって。
「せっかくこんなにいいボディをもっているんだから、絶対にそれをさらけ出せ。キミはいまいちばん美しいプロポーションだ。脱ぐのなら、今しかない」って。
 そう言えば宮沢りえさんが『サンタフェ』でヌードを撮られた時も、実はまだ17歳だったと言うし。写真集が発売された時には、まあ合法の18歳になっていたのだけれどね。

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 お肌のハリやツヤのピークについては、もちろん個人差があるよ。けど上の例とかを見ると、「女の子が一番キレイなのは、17~18歳の頃なんじゃないかな」って思ってしまうよ。胸のある子なんか、特にね。
 だから法律云々(青少年保護育成条例?)を別にして考えれば、昭和の頃に言われていた「ヌードを撮るなら、15歳から22歳くらいまで」って言うのは、決して間違っては無かったのかもね。

 そうそう、長友健二さんは前に引用した本の中で、こんなコトも書いていてさ。


 十五歳から二十二歳ぐらいの女のいいことは、この年頃が、いちばん女としての変化の激しいときだということだ。毎日毎日、毎月毎月、どんどん成長していく。日に日に美しくなっていくギャルたちが、キミのまわりにもいるだろう。ちょっと見ない間に、すっかり女っぽく美しくなって、見違えた経験を、キミだってもっているはずだ。
 もし同じ子を撮り続けていれば、その変化、変身を見ることができる。いちばん美しい時期の女を、そしてその微妙な変化を、キミたちは絶対に見逃してはいけない
 青春のきらめきをいっぱいにもった、生活の疲れなどまったく知らない、可能性をいっぱい秘めた女、そんな女のヌードなら、絵にならないわけがないのだ。

 ……これって、もしキミにJKの彼女がいたら、早いうちにどんどん脱がせて撮り続けちゃえ!」って唆してるようにも聞こえてしまうのは、黒沢だけかなあ?

 ハイ、当時の黒沢はそう受け取っちゃいマシタ。「一人の子を15~16歳くらいから脱がせて撮り続けるのは、すごく価値のあることなんだ」みたいにさ。
 だから当時同じ高校だったマイコさんとか、中学生の頃に同級生だった子とか、仲良くしてくれていた複数の女の子に「ヌードを撮らせて!」って、マジでお願いしちゃったりもして。
 例の『ぼくたちは気持ちのいい写真が撮りたい』の「芸術のためだ、ガールフレンドに脱いでもらおう」を、ホントに実践しようとしてみちゃったわけデス。
 当時の黒沢の恩師のS先生は、口癖のように「若さはバカさだ」とおっしゃっていたけれど。その頃のコトを思い出すと、「どれだけバカで迷惑なヤツだったんだよ」って恥ずかしくてたまんないよ。

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昭和の写真少年①・「彼女のヌードを撮れ!」と青少年に唆した本

 前にも話した通り、黒沢が写真を撮り始めた動機は、ズバリ「好きな女の子を撮りたかったから」でさ。

 年頃の男子だったら、まあ誰でも思う事だよねえ。自分の好みの可愛い女子を写真に撮りたいと思わない男子なんて、殆ど居ないと思う。
 写真はフィルムで撮るもので、カメラそのものも高価な大人の持ち物だった黒沢の思春期でさえそうだったよ。だからカメラなんてケータイやスマホにも付いていて、フィルム代や現像料の心配もなくタダで撮りまくれる今なら、好きな子の写真くらいみんな撮ってるよね?

 ただ黒沢がフツーの男子と違ってたのは、「黒沢はすっごい凝り性だった」ってコト。「その時々のトレンドを広く浅く」じゃなくって、何かに興味を持ったらとことん極めないと気が済まなくてさ。
 例えば一旦歴史に興味を持つと、中央公論社の『日本の歴史』全26巻と『世界の歴史』全16巻を読み切らないと気が済まない、みたいなね。ハイ、黒沢はコレを中学生の間にやっちゃいました。
 だから社会科に関しては、学校の授業が退屈で仕方なかったよ。だって学校の先生より詳しいトコまで知っちゃってたから、授業で学ぶべき事など一つも無かったからね。
 そんなヤツだから、写真も「ただ好きな子が写っていさえすればOK」じゃなくって、「プロが撮るグラビア写真みたいに、バックをキレイにボカして撮りたい」って思っちゃう。

 けど、その頃はカメラを持ってる中学生なんてまず居なかったし、黒沢の家にあるのだって、俗にバカ○ョン・カメラと言うやつだけでさ。
 当時はまあそれがフツーで、一眼レフなんて余程の写真マニア以外は大人でも持ってないもんだったんだよ。
 あ、ソレは今でも大して変わらないか。

 で、その頃の黒沢の家にあったカメラってのが、ただシャッターを押すだけの、レンズも38mm準広角(ズームですらナイ)って代物でさ。これで女の子をキレイに撮ろうだなんて、「コンデジやスマホのカメラで、雑誌のグラビアみたいな写真を撮ろう!」ってくらいの無茶ぶりだって
 しかも黒沢が写真を撮り始めた頃にはパソコン自体存在しなかったから、画像処理ソフトでイロイロ修正加えるコトも出来なかったし。いや、正確には「出来なかった」って言うんじゃなくて、「撮った後で肌の色も顔の輪郭も体型も変え、シミや皺も消しメークも施し別人レベルに修正した上で、バックもボカせる」なんて、想像すらできなかったんだよ。
 だから家のコンパクト・カメラで女の子をキレイに撮ろうだなんて、ホント「竹槍と気合いで戦車を撃退してやる!」ってレベルの話だったんだよね。

 女の子をグラビア写真みたいにキレイに撮るには、まずカメラも一眼レフじゃなきゃダメ。それで黒沢は、ただ好きな女の子をキレイに撮りたい為だけで、一眼レフを買ってしまったのだ。
 だからその後はもう、マジで写真の勉強に没頭したよ。学校の勉強の為の参考書なんかただの一冊も買わないくせに、撮影技法に関する本は片っ端から買い漁ってさ。
 その頃に黒沢が買い揃えた写真関係の本って、まあこんな感じかな。

『女性写真の撮り方』
『ポートレートの撮り方』
『ポートレートポーズ集』
『暗室技術をマスターする』
『交換レンズとフレーミング』
『ポーズ・表情・ライティング』
『ライティングの実際』
 

 あ、ライティングって言うのは英語のwritingじゃなくって、照明の方のlightingのことだからね。ほら、逆光とかサイドライトとかの、撮影時の光の使い方についての話さ。

 白状する。当時の黒沢が買い込んだ本の中には、こんなのもアリマシタ。

『ヌードフォト入門』
『ヌードの写し方』
『ヌードポーズ集』


 うわあぁ……って感じだよね、今思い返してみても。そんな本を繰り返し、頭に叩き込むように読み耽ってるコーコーセーって、ねぇ。

 そんな本が部屋の本棚に堂々と並べてあるからさ、遊びに来た友達はニタ~として手を伸ばすんだけど。ページをパラパラめくり始めると、すぐつまんなそうな顔して本を元の所に戻しちゃうんだ。
何だ、全然エロくねーじゃん」って。
 当たり前だよ、だって『ヌードの撮り方』と言っても、あくまでも撮り方の教本であって、ヌード写真集じゃないんだから。どんなレンズを使って、露出はどう決めて、主光源とサブライトはどう当てて……みたいなコトばかり、延々と大真面目に書いてあるだけでさ。
 作例写真だって、何か美術学生のデッサンの為の裸婦モデル……って感じでね。モデルもアイドルと違って大して可愛くなくて、しかもニコリともせずにクソ真面目な顔して、「コレはエロじゃなくアートです」みたいなポーズとってるわけ。
 ホント、女優やアイドルがニッコリ笑って体を色っぽくクネらせてるような、皆が知ってるヌード写真集とは全然別物だったんだよ。

 当時の黒沢が買い集めた写真関係の本の中に、『ぼくたちは気持ちのいい写真が撮りたい』ってのがあってね。
 当時としてはあり得ないタイトルの長さで、今改めて見直してみると「ラノベかよっ」なんてツッコミを入れたくなっちゃうけど。
 いや、実際この本ってある意味、写真の教本のラノベみたいなモノでさ。

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ぼくたちは気持ちのいい写真が撮りたい―よくわかる写真の基礎知識 (1977年)

 他の写真の撮り方の本って言うと、『ヌードの撮り方』みたいな本でさえ、「光をどう捕らえて、画面構成はこうして……」みたいな小難しいコトを、細かい字でギッシリ書いてあって、黒沢の当時の友人(←ヤリたい盛りの男子高校生)でさえ萎えさせちゃうくらいのシロモノでさ。
 昔の写真の撮り方の本なんて、まあそんなモノばかりだったよ。

 一眼レフでさえフルオートが当たり前で、シャッターを押すだけでそれなりにキレイに撮れちゃう今と違って、昔はただ写真を撮るだけでも難しかったから。だってそもそも、当時のカメラには暗部補正も顔認識も何にもねーし。つーか、ピントもシャッター速度も絞りも露出レベルも、手動で全部自分で決めて撮ってたんだよ。
 マジな話、ちゃんとピントと露出の合った写真を撮るだけでも、知識と経験がそれなりに必要だったんだ。だから「逆光でバッチリ露出とピントが合ってて、しかも背景がキレイにボケている」なんて写真が撮れるだけで、もう「すげー、プロみてー」って扱いでね。
 写真を撮るって、昔はそれくらい難しいものだったからさ。だから写真の撮り方みたいな本も、今よりずっとたくさん出ていたよ。けど、どの本もいかにも「専門書!」って感じで小難しくて、マニア以外にはとっつきにくいのばっかりだったんだ。

 けどその『ぼくたちは気持ちのいい写真が撮りたい』って本だけは別だった。
 まず字はデカいし、文も短くて表現もくだけてて、さらにイラストも多いしでさ。他の小難しい写真の本と比べると、ホントに純文学の本とラノベくらい違ってたよ。

 その中身の一例だけど。
「仲間はずれをつくっちゃいけない記念写真」
「子供をじっとさせるようでは失敗と知れ」
「風景は足で撮るのだ。考えるよりも歩いて捜せ」
 まあこんな感じで、「三行で」とは言わないまでも、難しい理屈をできるだけ噛み砕いて、短くわかりやすく書いてあるんだ。
 前書きにも「この本は、これから写真をはじめるきみたちに贈る入門書」とある通り、対象は明らかに写真を始めたばかりの中高校生……って感じだよ。

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 いや、その前書きやタイトルを見るだけでもわかる漢字の少なさ(きみ、ぼく、はじめる、等々)から見ても、小学生でも高学年なら十分読めるレベルだと思う。
 れんが書房新社が発売元だけれど、協力はキヤノンで、著者の宮崎洋司氏も確かキヤノンに関係のある人だったと思う。
 で、この本は書店だけでなくカメラ屋でも売っていて、何とキヤノン販売株式会社カメラ企画事業部でも売っていたんだ。
 黒沢は本好きで、書店にはもう小学生の頃からゲーセンにでも行く感覚でよく通ってたけど、この『ぼくたちは気持ちのいい写真が撮りたい』だけは、街の書店ではなく、行きつけのカメラ屋で買った覚えがあるよ。

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 で、その『ぼくたちは~』だけど、実は作例写真にヌードが複数枚載ってるんだよね。
 それどころじゃなくて、テーマ別の撮影術の章で、ヌードの撮り方までレクチャーしてたりするのだ。
 その項目の題がまたスゴいんだな。
芸術のためだ ガールフレンドに脱いでもらおう
 いやマジだって、ホントにそう書いてあるんだ。
 中身をもう少し詳しく引用すると、まあこんな感じだよ。

 ①カメラクラブやメーカー、カメラ店などが主催するヌード撮影会に参加するのが早道。
 ②大フンパツしてモデルさんを頼むより、ガールフレンドに頼む道もあるんだ。
 ③野外での撮影は人の目にふれないよう気を配らないと、場合によっては軽犯罪法に問われるヨ。
 ④撮影中は、気楽に世間話をしたりしながら進行すること。
 ⑤相手の美に尊敬の念をもって撮影すること。
 ⑥被写体に一カ所だけ、写して公表すると罰せられるところがある。そこを上手にかくすことも表現技法として考えていこう。
 ⑦静止のポーズをはっきり要求して写す方法や、動いてもらって気に入ったところで止まってもらって撮影する方法なともある。自由にいろいろ試みよう。

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 ……繰り返すようだけれど、この本の対象は写真を始めて間もない中高校生だから。
 その読者の中高校生にさ、「彼女を口説いて脱がせてヌードを撮っちゃおう!」ってマジで唆しちゃってるよね、コレって。

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 そうそう、この本には写真家の立木義浩さんなど数名が推薦文を寄せているけれど、森武夫さんって人がこんなコトを書いていてね。
「映像教育の充実を願うひとりとして、青少年のための秀才れた写真テキストの誕生はたいへん喜ばしい。本書は、学校では出来ない教育を見事にやってのけるに違いない」
 この森武夫さんって、何をしていた人だと思う?
 ズバリ、全国高等学校長協会長さまなのでありマス。

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 ってコトはさ、コレを読んで触発された写真部の高校生が、同級生の女子を口説いて脱がせてヌードを撮ったって、学校のセンセイ方も怒ったりしちゃイケナイよね?
 いや実際ね、黒沢も地元のある高校の写真部の展覧会で、ヌードではないけれどそれに近い写真を見たコトがあるよ。
 その写真はブラとパンツだけのランジェリー写真で、モデルも美人でスタイルも良いんだけど、表情もポーズもすごく硬くて素人っぽくて。
 つけてたブラとパンツも見せる用のお洒落なのじゃなくて、いかにもフツーの普段用っぽくてさ、どう見てもプロのモデルじゃなく「可愛い同級生を拝み倒して撮った」って感じだったよ。

 前にも書いたけれど、昭和の頃って今ではとても想像できないくらい、若い女の子のヌードに寛容だったんだよ。そして、写真を撮ることにもね。

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 コレはその『ぼくたちは~』の、望遠レンズの撮り方についてのページだけど。
 望遠レンズを「盗み撮りレンズ」って、まるで遠くから勝手に盗撮するのが悪くナイことみたいじゃん。
 いや、実際それに近い雰囲気だったんだけどね、当時は。女の子を望遠レンズで少し遠くから撮ってても、別にノープロブレムという感じだったよ。

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 そしてこれは標準レンズの撮り方についてのページだけど、作例に当たり前のようにヌード写真が使われてるし。
 そう言えばあと1ページ、ハイキーとローキーの解説のページにも、ヌードの写真が作例に使われてたな。
 繰り返し言うけれど、中高校生のカメラ少年や下手をすれば小学生も読む本がこんな感じで、キヤノンや全国高等学校長協会長のなどの推薦を受けてたりしたのだ。
 ホント、当時の写真のセカイって、そのくらいフリーダムな空気だったんだよね。

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姉系はビミョー⑩・相性の不思議

 不思議なもので、“好き”と“嫌い”を分けるものってすごく微妙で紙一重、って気がするよ。

好きになるタイプのコは、嫌いなタイプと正反対」って、普通そう思っちゃうよね。
 だから黒沢は今も「姉なんて大っキライ、イラネ」って感じで、リアルの恋愛でも妹系のコばかり求めてきたけれど。
 で、実際の恋愛でも年下のコとばかり付き合ってきてさ。
 けどそのお付き合いしてくれた“年下のコ”の家族構成を聞いてみると、下に弟がいて、家の中ではお姉ちゃん」って子が多かったよ。

 ま、だからこそ彼女たちも「甘えられる優しいお兄ちゃんが欲しい」って思っていて、可愛い妹が欲しかった黒沢と需要と供給が一致した結果、うまくいっちゃったんだろうけどね。
 でもホント、家族に弟のいるコとは不思議なくらいすぐ話が合って仲良くなれてさ。
 その反対に、家族は父親以外はみな女って環境で育った、いかにもオンナノコって感じの女の子には、黒沢は笑っちゃうくらい好かれなかったよ。
 で、実際に何度も失恋して、痛い思いもイヤと言うほどした結果わかった事なんだけど。いかにも「女ばかりの家族で育ちマシタ」って感じの女度の高い子って、黒沢とは五行相剋って言うか、殆ど天敵レベルに相性が悪いようなんだよ。相手の年が上か下かにかかわらず、ね。

 女のキョーダイ(しかも年子)がいたおかげで、女の子と話すのに慣れていて。
 女のイヤな部分と言うか実態(裏表)みたいななものも、けっこうわかってて。
 そんな黒沢だからこそ、女系家族で育った女らしい子とは相性が良さそうなモノだけど、実はその真逆なんだ。

 って言うのはさ、男と女は、考え方から感じ方まで根本的に違うから。そして男も女も「無いモノねだり」と言うか、自分に無いミステリアスな部分を持ってる相手に恋しちゃうものなんだよね。
 だから意外なようだけど、女のキョーダイしか居ない、いかにも女の子らしいコって、女の気持ちなどカケラもわからなそうな体育会系のゴツいヤツを好きになっちゃう率が高いよ。

 この「いかにも女の子らしいコと、女心になど縁も無さそうなマッチョ」のカップルって、コレが案外うまく行くんだな。
 って言うのは、オトコという生き物”と“オンナという生き物”について、お互いに幻想を抱いてるから。で、男は彼女をお姫さまかコワレモノのように扱うし、女の子の方から見ても鈍感だけど何でも言う通りに従ってくれる男は、下僕兼王子サマって感じで頼ってうまく使えるものね。

 乙女っぽい女の子とマッチョ男のカップルって、ズバリ言えば「女が男に対する、男が女に対するお互いの幻想」が壊れにくいんだよ。雑誌やマンガなんかで得た「男(女)という生き物は……」って知識通りに行動しても、そう間違いなくて。
 だからその逆の黒沢みたいに、女の子同士の会話にも(何の照れも見せずに)スッと入って行けて、しかも女の子の実態も知っていそうなオトコってのは、女度の高いコからすれば自分たち女の手の内も見透かしていそうな“敵”とも言えるイヤな相手なんだよね。

 何しろ(姉や妹のおかげで)女のイヤな部分も裏の汚い部分も知ってるし。だから女の子に幻想なんてあまり抱いてないし、コワレモノだなんて思っても無いしお姫サマ扱いなんてしないしね。
 だから黒沢と同じ「女のキョーダイがいて、女に対してあまり幻想も持ってない」男には、やはり「男のキョーダイがいて、男の実態も知ってる女の子」が合う……ってのが現実なんだ。
 で、黒沢と結局うまく行くのは「あまり女度の高くない、明るくサバサバ系でフレンドリーなコ」だったんだよね。相手の年が上か下かに、かかわらず。

 ただ実際の恋愛では、なかなか自分や相手を客観的に眺められるものじゃないからね。だから「何故こういうタイプのコとは合わないだろう」って理由に気付けないんだよ、同じ失敗を繰り返し重ねても。
 けどギャルゲーをやる時は、自分の分身である主人公の言動を、一歩引いて脇から第三者的な目で見たりできるからね。
 で、本来の好みは妹系の可愛い子なのに、いざプレイしてみると、苦手な筈の“年上のお姉さん”が一番好きになってたりして
 あと、「黒系の魔術師とか魔界の人とか宇宙人とか、得体の知れない変わった人に魂を持って行かれちゃいやすい」という、自分でも思ってもいなかった弱点にも、ギャルゲーのおかげで気付かされちゃったし。

 だから「自分は、こういうタイプは苦手だし絶対合わない」みたいに決めつけちゃダメ……って、ホント思うよ。最初からそう思いこむんじゃなくて、せっかく誰かと知り合えたなら、とりあえず仲良くしてみなきゃ損だよ。
 だって、元々苦手と思ってた相手なんでしょ? ならうまく行かなくたって、少なくとも損にはならないよね。
 けどもしも案外話が合って仲良くなれれば、それこそ丸儲けじゃん。

 まーね、学校とか職場とか現実のセカイで、いきなり苦手なタイプの子と仲良くしようとするのは勇気も要るし、下手すりゃ「何の罰ゲームだよ?」って感じにもなりかねないけど。
 だからとりあえずギャルゲーで、苦手と思ってるキャラとお試しで仲良くしてみてごらんよ。姉にはトラウマに近いモノのある黒沢でさえ「姉系にも、実は好きになれる人もいたんだな」って気づいたみたいに、新しい発見があるかも知れないよ?
 それに現実の世界でなくゲームの中でなら、フラれても別に心もそう痛まないし、イヤになったら途中で他のコに乗り換えちゃえばイイんだからさ。

 黒沢って元々個性があり過ぎるし(←有り体に言えば変わりモノ)、好き嫌いもかなりある方デス。だから小学校の学級目標によくある『みんな仲良く』みたいのは「絶対ムリ!」って思うし、誰にだって「どうしても好きになれない、キライな相手」がいて当然、って思ってる。
 それでも好きなタイプが増えるのは、やっぱり良いことだと思うよ。付き合える相手が増えるってのは、大袈裟に言えば「キミのセカイが広がる」って感じかも。
 で、まずギャルゲーで「好みでないタイプの子」の意外に可愛い一面を見つけられたなら。次はリアルの世界でも、内心「苦手だな」と思ってる子にも、思い切って話しかけてみようよ。

 さて、妹に続けて今回は姉について(ダラダラ、長々と)語ってきたけれど。
 ギャルゲー的な萌え属性から考えて、次はツンデレか猫耳……って言いたいトコだけど、どっちもアキバ以外のリアルには存在しないからなー。
 で、次に恋愛に関して語る時には、そのどちらでもなく、幼なじみについて語ってみるね。
 ハイ、ギャルゲーやラブコメ系のマンガには欠かせないお馴染みさんのキャラだけど、現実には「近くて遠い」、あの幼なじみでアリマス。

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姉系はビミョー⑨・黒沢が惚れたお姉さま方

 姉、そーだよ、話が脱線しまくりで黒沢もつい忘れそうになっちゃうけど、今回のテーマはあくまでも姉キャラについてだったね。

つよきす~Mighty heart~(通常版)つよきす~Mighty heart~(通常版)
(2006/05/25)
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 ヒロインは全員強気なコ……って設定の、『つよきす!』というゲームがありまして。
 その主人公の悪友のフカヒレ君は、日頃はとってもおバカで脳天気なのだけれど、小さな頃から性悪(ドS?)な姉に虐げられ続けた結果、ただ「姉」って聞いただけで固まってしまうほどになってしまって。
 そのフカヒレくんレベルのトラウマを抱えている黒沢に「好きだぁー!」と叫ばせた、黒沢の理想の姉こそ、例の『トゥハート2』のタマ姉であります。

 タマ姉はもう「タマ姐さん」って呼びたくなるくらい強いしコワいけど、でもそんなの全然気にならなくなっちゃうほど優しくて可愛くもあるんだ。
 タマ姉の優しさってのは、何て言えばいいだろう、ヒトから良く思われる為や、弱さを隠す為の見せかけのものじゃなくて、相手の為を思っての心からの優しさなんだ。
 うーん、だから「ちょっと天然入ってて、いつもニコニコしていてホンワカして優しい」みたいな、典型的なお姉さんキャラを望む人は、多分好きにならないと思う。その分、黒沢みたいに“天然系のお姉さんキャラ”が好きでない人にこそ、自信を持っておススメできると思う。

 タマ姉の魅力は、黒沢が拙い文であれこれ言うより、とにかくご自分でプレイしていただく方が何倍も良いと思うけれど。
 ただこのタマ姉、攻略は意外に難しい。黒沢もタマ姉に惚れていろいろ頑張って、それなりに仲良くなれた筈だったのに、何度バッド・エンドを迎えたことか……。

 せっかく「試しにやってみよう」と思ってくれた人に、黒沢みたいに時間の浪費をさせたくないし。かと言って攻略方法をそのまま教えてしまったら、プレイする楽しみを無くしてしまうよね。
 で、ネタバレにならない程度にボカして言うと、このタマ姉の攻略は「ある程度の社交辞令と人当たりの良さが身についた大人のプレーヤーには、意外に難しい」って感じかな。
『トゥハート2』は三月から始まるのだけれど、タマ姉は新しい学年が始まるのに合わせて、四月に主人公の高校に編入して来るんだよ。そしてこのタマ姉、意外に独占欲が強い面もあるようでして……。
 しかも高いプライドからか、その独占欲を心の底に押し隠してしまうのだから、プレーヤーはなかなかそれに気付かないんだよね。


 このタマ姉、リアルの恋もギャルゲーもいろいろしてきた黒沢(しかも“姉”にトラウマあり)から見ても、すっごく魅力的なキャラなんだけれど。ただギャルゲー慣れしてる一人として言わせてもらえば、タマ姉の攻略は二巡目以降にした方が良いと思う。
 初回のプレイでは、ゲームの途中から現れたタマ姉にどれだけ魂を持って行かれても我慢して、涙をのんでゲーム当初に出逢ったうちで一番気に入ったコをそのまま攻略するの。
『トゥハート2』って元々とても良くできたゲームだと思うけど、タマ姉に関してはその方が『トゥハート2』の世界をより楽しめると思うよ。


 と言いつつ、実を言うと『トゥハート2』で黒沢の一番のお気に入りのキャラは、実はタマ姉ではないのだ。全国のタマ姉ラブの人達に呪い殺されてしまいそうだけど、タマ姉は黒沢的には次点で、一番のお気に入りは自称宇宙人の“るーこ・きれいなそら”こと、ルーシー・マリア・ミソラさんなのでした。

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 前作の『トゥハート』でも、真っ先に攻略を目指したのは来栖川綾香お嬢様(オカルトや黒魔術がスキ)だったし、例の「妹ばかり十二人」で有名な『シスター・プリンセス』でも、一番好きなのは千影ガチで魔界のヒト)だったし……。
 一番スキになるのが、黒魔術使いや魔界のプリンセスで、挙げ句の果てに宇宙人……って、そーとー病んでるよね、黒沢も。
 そう言えば『はぴねす!』でも、不幸を占わせれば的中率ほぼ百パーセントの、ミステリアスな高峰小雪先輩が一番好きだったよ。

はぴねす!でらっくす(通常版)はぴねす!でらっくす(通常版)
(2007/01/25)
PlayStation2

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 この小雪先輩は良い家の出で黒髪ロングで、一見おっとり系のお嬢さま風なんだけど、実は芯は強いし何が起きても動じないし、優しいんだけど主人公をからかうのが好きで、ちょっとイジワルだったりもして。
 ……この小雪先輩、表面的にはともかく、中身はある意味ちょっとタマ姉と似てる部分があるかも。

2800セレクション メモリーズオフ~それから~2800セレクション メモリーズオフ~それから~
(2009/12/17)
Sony PSP

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 そう言えばドロドロの三角関係テンコ盛りの鬱ゲーの代表格『メモリーズオフ』の中でも、シリーズを通して黒沢が一番好きなのは、第四作『それから』の花祭果凛さんなんだ。お嬢さまでしかも主人公より二つも上なんだけれど、気取らず気さくで強くて、前に向かってしっかり歩いてく……って感じで。
 年下のコの「お兄ちゃん!」って甘え攻撃に黒沢が弱いコトは、以前にも話したけれど。何しろ“血の繋がらない妹”を、リアルに三人も作ってしまったくらいだし。
 で、例のメモオフ・シリーズの『それから』には、もう「お兄ちゃん命!」みたいに主人公を慕ってくれる、っていう血の繋がらない可愛い妹も出て来るんだよね。
 けど黒沢にとってのNo.1は、その妹ではなく年上の果凛さんなのでありマシタ。

 黒沢はリアルの恋愛でも、実際に付き合ったのはみな年下の女のコばかりで、年上の姉タイプなど天敵としか思ってないデスよ、今でも。
 なのにギャルゲーをやってみると、年上の姉キャラを一番好きになっちゃったりするコトも珍しくなかったするんだよねぇ……。
 ただ好きになる年上キャラは「ホワンとした天然系の優しいお姉さん」じゃなくって、いつも必ず「強くて凛とした姐御系」ばかりなんだけれどね。

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姉系はビミョー⑧・タマ姉、大好きデス

 長すぎるよね、自分語りが。
 でも話し切れていない思いがまだ山ほどあるくらい、姉のことは黒沢のトラウマになってるんだよね。
 だからギャルゲーのみならず恋愛小説でもマンガでもドラマでも、姉的な年上キャラには黒沢は殆ど萌えられないのだよ。

 特にギャルゲーの場合、年上のお姉さんキャラっていうと、「大人で優しくて女らしくて、ホワンとした感じで包容力があって、主人公が何をしても微笑みながら見守っていてくれて……」みたいな感じが多いよね。
 それこそズバリ、黒沢の姉が外で演じていた姿そのものなんデスよ。
 でもその“優しいお姉さんキャラ”を演じる為に、外では無理をし過ぎてストレスを溜め込んでしまうワケ。で、家に帰って常態に戻ると、些細なコトでヒスって家族に当たって、そのストレスを発散……と。

 おかげで黒沢は、年上だろうが同い年だろうが「大人っぽくて優しく、女らしいタイプ」って、どうにも信用出来ないんだよ。「コレはどうせよそ行き用の偽装で、家ではヒスって荒れたりして、全然別人だったりするんじゃないの?」って、疑ってかかってしまうんだ。
 ギャルゲーのヒロインで言えばね、例えば『この青空に約束を』の羽山海巳など、結婚すると豹変する猫かぶり二重人格女の見本みたいなものだと、黒沢の直感がすぐに告げてくれたよ。
 海巳サンは主人公の同級生なんだけど、絵に描いたような「優しくて大人しく、女らしい」系のキャラでさ。今回は姉キャラについて語りたいんで、海巳サンが「何故実際に付き合ったらヤバい女なのか?」については、また別の機会に話させていただきマス。
 実は『この青空に約束を』については、主人公自身のキャラについてもストーリーについても言いたいコトが多々あるんで、いずれ別項を設けて語りたいと思っておりマス。
 

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(2007/05/31)
PlayStation2

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 でもこの羽山海巳嬢、ギャルゲーマーのオタ君達にはかなり人気あるんだよね。ゲームのレビューでも評価が高いし。
 この海己サンに限らず、コメントから見ておそらく「彼女いない歴=実年齢」であろうギャルゲーマー達にウケの良いキャラって、「現実には絶対に存在しない、オトコにのみ都合の良い子」か、「今の可愛さと優しさはより良いオトコを捕獲する為の擬態で、結婚したら豹変する地雷女」のどちらか……って感じで、彼らの未来の結婚生活を想像するとホント怖いよ。
 姉や妹がいる男なら、女が内と外とでどれだけ態度を変えているか、それなりに知っていると思うけど。黒沢はその落差の激しすぎる例を身近でよく見てきたんで、裏表のある女についての勘はかなり働くつもりだよ。

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(2009/07/30)
Sony PSP

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 そんな黒沢が、あるギャルゲーの姉キャラを好きになってしまいまして。
 そのキャラこそ、『トゥハート2』のタマ姉こと高坂環サンなのでアリマス。
 このタマ姉は主人公の悪友の姉で、主人公の幼なじみでもあるのだけれど、もう単に男勝りとかいうレベルではない男らしさでさ。何しろ主人公達がまだ小学生だった頃には、地域の子供達のガキ大将そのものだったんだ。
 で、高校三年生になった今では、見かけはナイスバディの美人さんに育ったものの、お人柄は姐御そのものなんだ。サバサバしていて男前な性格で、強い人なんだけれど、気取らずフレンドリーで優しくて。
 だから主人公達は「タマ姉」と呼んでいるけれど、黒沢的には“タマ姐さん”って感じだよ。

 相手が年上でも年下でも、黒沢って「いつもニコニコしていて優しい、大人しくて女らしい子」は心底ダメと言うか、アレルギーがあるみたいでさ。「どーせ本性隠して、ネコ被ってるだけだろ?」って、どーしても疑っちゃう。
 いや、実際そのテの「すごく良い子」って評判の女の子って、ホントにネコ被ってる外面だけの子ばっかりなんだよ。
 だってさー、女神サマでもマザー・テレサの生まれ変わりでもない、ただの若い女の子なんだよ? イヤな事があってもニコニコして、ダメな困った奴にも優しくして、クラスや周りの皆の為に頑張って、それでストレスが溜まらないワケないじゃん
 でさ、そのストレスを、「いつ、どこで、誰に」発散していると思う?
 ……帰った後、家で、家族に対して。これが「皆に好かれる、いつもニコニコしている優しい良い子」の実態なんだよ、マジで。そして家族に当たれないとなると、或いは過食症摂食障害になったり、リスカとかして、そのストレスを自分自身にぶつけてたりもするんだ。

 もう一つ言い添えると、いかにも女の子……って感じの、女度が高い系の可愛い子って、本質は間違いなく「リクツや道理なんて関係ない、アタシのキモチが第一」だからね。
 当然、いざモメると感情的になって話(理屈)が通じなくなる、ヒス傾向の強い子が殆どだから。これ、ガチで確かな事だから、女子に不慣れな男子諸君は気をつけて。
 ソレがわかってるから、黒沢の好きになる子はどうしても、年上だと背筋をピンと伸ばした“男前”な姐御系、同い年や年下だと元気で真っ直ぐな性格のフレンドリーな子……って感じになっちゃう。
 黒沢の好きになる相手って、年上でも年下でも「裏表が少なく、女度はそう高くないサバサバ系の明るく元気な子」って基本のトコロは同じなんだよね。

 女の子って不思議なイキモノでね、相手が年下だと妙にお姉さんぶって、一方手相手が年上だと、ゴロニャンって甘えっ子モード全開の“可愛い妹”タイプになっちゃったりするもんなんだよ。その相手に応じての変身ぶりは、マジでキミら男の想像を超えているからね。
 だから例の「いつも背筋をピンと伸ばした“男前”な姐御」と「元気で真っ直ぐで、フレンドリーで人懐っこい甘えっ子」が、実は同じ女の子だったりする場合もあったりするんだ。ただ相手の男に応じて、ギアとモードを切り替えていただけ……ってやつで。

 同い年の女の子は……うん……同い年の男女が付き合うのって、実はかなり難しいよ。長く生きてきたおかげで、この黒沢にも恋愛経験はそれなりにあるけれど、同い年の相手との恋愛って、ホントうまく行かないコトが多かったよ。
 中高校生なんかで「オレって、何で彼女ができないんだろ」って思ってる人、けっこう多いんじゃないかな。それはね、学生はどうしても同級生を恋愛の対象にする事が多いからだよ
 黒沢もね、同級生を好きになった時には痛い目に遭うことが多かったけれど、年上の人や年下のコとお付き合いするようになったら、うまく行くことが不思議なくらい多くなったよ。

 年上や年下の相手と出会うのって、学生にはそう簡単じゃないかも知れないね。でも部活の先輩や後輩とか、バイト先の仲間とか、同い年以外の異性と親しくなる機会だって、それなりにあると思うけどなー。
 同級生は、恋愛の対象としてなぜ意外に手強いか。それについても、また次の機会に話すね。

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姉系はビミョー⑦・人を見る目などアテにできません

 ……とは言うものの、いくら心の中に「オレはダメなんかじゃねーゾ」って確信があっても、親戚や教師やクラスの皆に「出来損ないの弟」って言われ続けて育つのって、精神的にかなりキツいよ。子供の頃のことを思い出す度に、「よくグレて非行に走ったりしなかったもんだ」って、自分でもよく思うもの。
 白状しマス、非行に走りはしなかったけれど、性格はかなり曲がって育ちマシタ人の善意とか世間の良識とか、そんなモン今でも全然信じてないしね。

 性善説と性悪説ってあるけど、黒沢の人間観は性悪説に近いデス。だからNHKの連続テレビ小説みたいな、「みんな良い人ばかりでホントに悪い人なんて誰もいなくて、主人公の善意に動かされて周囲も含めて何もかも良い方向に転がって行く」って感じの話は、チラ見するだけで胸くそが悪くなってくる
 って言うか、ドラマでもマンガでも、いわゆるハートウォーミングと言われるストーリー、黒沢はまともに見ていられないんだよ。綺麗ごとで塗り固めた、甘っちょろい与太話にしか思えなくってね。
 こんな曲がった性格の黒沢は、ブラック系のシニカルな笑いが持ち味の新井理恵さんって漫画家さんが大好きでさ。その新井理恵さんの『ろまんが』に、だいたいこんな感じの台詞があるんだよ。
「いろいろあって苦労した末に結果として良い人間になった人は、良い環境で良い人たちに囲まれて真っ直ぐ良い人になった人に、生理的な嫌悪感を抱く」
 ……わかる。この感じ、黒沢は本当によくわかるよ。

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 こんな黒沢でも、二年ほど役所勤めをした事があって。その時の上司に、M月って上司が居てさ。
 そのM月を一言で表現すると、体育会系のイヤな部分を寄せ集めたような男だったよ。部下の面倒は何一つ見ず仕事も教えず、それでいて些細なミスを見つけ出しては、嫁をイビる姑のようにネチネチと苛め抜く……という感じでね。

 けどこのM月という男、役所のエラい人達には「すごく良い人」で通ってるんだ。それは体育会系らしく先輩には絶対服従で、エラい人には犬コロみたいに(犬を愛する皆さん、喩えが悪くてスミマセン)尻尾を振って媚び媚びだから。
 さらに酒が好きで、飲むことでも上司に取り入っていて、だからアルコールが苦手で飲みたがらない部下も嫌いで、後で仕事で苛めるんだよね。
 あと、商業高校が最終学歴っていうのがコンプレックスなのか、大学出の部下も目の敵にするんだよ。仕事上の事で何かお伺いを立てても、「オレは知らん」と突き放し、それでいてその仕事の結果については難癖つけて、「大学出てるのに使えないヤツ」って馬鹿にするのも好きなんだ。
 いやー、こんな人間を「犬コロみたい」だなどと言ってしまって、ホント犬に対して失礼過ぎだよね。世の中のお犬サマ達、ゴメンナサイ。

 ほら、子供を虐待する親の場合も、怒鳴ったり叩いたりすれば周囲にもすぐわかるけれど、ネグレクトや言葉での精神的な暴力だと、なかなか発覚しにくいでしょ?
 M月の場合もそれと同じで、部下を苛めてるのは事実なのだけれど、決して怒鳴らず暴力も振るわず、無視して突き放した上で、仕事の結果にネチネチと難癖をつけてくるものだから、その部下イジメ(パワハラ&アルハラ)が外からは見えにくいんだよね。
 で、酒の付き合いは仕事より大切にする上、先輩や上司には媚び媚びだから、「M月はとても良いヤツ」って、役所の上役連中は皆心から信じていたよ。
 イイ年をした、それも肩書きのある立派なお役人さま達の“人を見る目”でさえ、まあそんなものなんだよね。

 だから黒沢が中高校生の頃に出逢った大人達や、ましてやまだ十代半ばのコムスメだった女の子達に、「ホントの自分を判ってほしい」なんて期待する方が、土台無理な話だったんだよね。今になって、よく考えてみれば。
 会社では優しく頼れる人当たりの良い上司が、実は家ではとんでもないDV亭主だった……みたいな話も、世の中にはホントにザラにあるわけだし。
 ただ顔だけでなく、上辺の振る舞いや喋り方や雰囲気なども含めれば、「人は見かけが九割」ってのは、ホントに事実だろうと思う。
 だから周囲の皆に、姉の二面性が見抜けなかったのも、ごく当たり前の事だったんだよ。

「心を開いて話せば、人はみな解り合える」なんて、綺麗事の大嘘に過ぎなくてさ。相手の本当の姿など、実は誰もわかってないものなんだ。
 最も身近な存在で最も心を許せる筈の女の子でさえ、姉の外面を本当の姿と信じ込んで、黒沢のことは「立派な姉にコンプレックスを持つ弟」としか思ってくれなかった。悲しいし寂しいけれど、これが現実ってものなんだよね。

 だから中高校生時代の黒沢は、地元を離れたくて離れたくて仕方がなかった。
 姉は高校を卒業後、地元の国立大学(旧帝大ではないけれど、けっこうレベルは高い)に進学してさ。しかも法学部だよ?
 で、親は出来れば黒沢にも地元の大学に行って欲しかったようだけれど、黒沢は「東京の大学に行く」って頑として言い張り続けたよ。

 当時の黒沢には、「写真家になりたい!」って夢があったから。だからその為にも、「高校を出たら東京に出たい」って思ったのだけど。
 でもそれと同じくらい、「姉が居ない所に行きたい!」って気持ちが強かったんだ。
 姉のことを知る人が誰も居ない土地に行けば、もう誰も姉と比べたりしないで本当の黒沢を見てくれる。そう思って頼れる人など誰一人いない東京に、それはもう期待で胸を膨らませて張り切って行ったんだよね。
 で、今度こそ“本当の自分”をわかって貰えるに違いないと、いろいろ張り切り過ぎた挙げ句に、イタい失敗を散々繰り返してしまうのだけれど、まあその話はまた別の折に……ってコトで。

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姉系はビミョー⑥・バカにバカと言うのは…

世界ノ全テ』ってゲームがあってさ。オリジナルはPCゲームらしいけど、黒沢がプレイしたのは、例によってコンシューマー用のプレステ2版の方でアリマス。
 主人公の宮本浩は高校生で、成績優秀で性格も良い大学生の兄と比べられては「自分は要らない人間だ」みたいに思って苦しんでいて。それでもようやく音楽に生き甲斐を見出しかけるのだけれど、家族も学校の教師も理解してくれなくて……というようなストーリーと思って下サイ。
 この『世界ノ全テ』を、黒沢は共感と反感の両方を抱きながらやり進めたよ。

 主人公の辛さは、黒沢にもかなりわかった。
 ただその主人公の兄ってのは、ホントに優秀で性格も良い人なんだよね。だから黒沢としては、「キミって事実ダメだし、性格もヒネクレちゃってるんだから、出来損ない扱いされても仕方ないじゃん」とも思ってしまって、主人公にどうも感情移入しきれなかったよ。

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(2006/09/28)
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 その『世界ノ全テ』に限らず、出来の良い兄や姉と比べられてはイジケてグレちゃう弟や妹の話は、ドラマや小説だけでなく実話でもよくあるよね。でもそういう「デキる兄弟へのコンプレックス」の話に出くわす度に、黒沢は「バカがバカって言われるのは、仕方ない事だろーが」って思ってたよ。

 黒沢の場合、自分が姉より劣っているとは全く思って無かったから。
 例えば黒沢は、勉強はすごくしていたと思う。それも「義務として嫌々」ではなく、教科書やテストの点数などまるで関係なしに、他の子供たちが玩具で遊ぶような感覚で好きで楽しんで勉強してたんだ。
 もちろん子供だから、経験や実体験の伴わない頭でっかちな知識ではあったけど、少なくとも得意教科に関しては、中学や高校の教師より詳しいくらいだった。

 そんな黒沢から見ると、テスト勉強はしても教科書の範囲を超えた事には興味を持とうともしない姉は、「知的好奇心の無い、モノを知らないヒトだなー」としか思えなかった。
 って言うか、テストの解答欄を埋める暗記の勉強しかしてないくせに「自分はデキる、頭がイイんだ」とか思ってる人を、黒沢は今でも軽蔑しているよ。
 それに黒沢の姉は、家の内と外で別人格のように態度を変える人だったから。しかも外でイイ子に振る舞うストレスを、家ではヒスりまくって解消していたんだよ。
 そんな姉を、黒沢はどう尊敬して見習ったら良いのかな?
 厨二病とか、イタい部分や欠点もいっぱいあり過ぎの黒沢だったけど。でも黒沢は、少なくとも自分を偽らなかった。家でも外でも、ありのままの自分を見せていたよ。
 コンプレックス? 「あんな風にはなりたくない」ってずっと思い続けている相手に、どんな劣等感を持てるんだろうね?


 でも親戚や教師や同級生達に出来損ない扱いされた上に、好きだった女の子にまで「それはデキるお姉さんへのコンプレックスでしょ、あたしはお姉さんを尊敬してるし」と言われる有り様だよ。
 だから黒沢の人間に対する絶望感と言うか、厨二病は悪化する一方で、人は皆バカばっかり」って確信はますます深まるばかりだったよ。
 その挙げ句に「この愚民どもめを、一体どうしてくれようか」と『我が闘争』を読みふけり、ヒトラーの政治手法を本気で研究してたんだから、ただイタ過ぎる中二病と言うより、今なら心療内科に通院を勧められるレベルかも。
 だから『天空の城ラピュタ』のムスカ大佐なんかを見ていると、昔の自分の姿を見ているようでちょっとイタいよ。

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 でも大人になって冷静に考えてみれば、「教師よりモノを知ってる生徒」って、先生から見れば可愛くないよね。可愛くないどころか、授業の邪魔だしズバリ小憎らしいってレベルかも。

 でさ、姉は成績はトップクラスだけれど、知識は全て教科書の範囲内だから、先生の知らない事を質問して、先生を困らせたり恥をかかせたりすることもないワケ。しかも現役中学教師の母から、どう振る舞えば先生に気に入られるかも、バッチリ教わっててさ。
 だから学校の教師達は、何かにつけて黒沢を姉と比べては、「お前はダメだ、お姉ちゃんを見習え!」と言い続けたよ。

 教師らがそんなだからさ、同級生達も「ダメな弟」ってそのまま受け取っちゃうワケ。そして教師が「お姉ちゃんと違って、お前は……」みたいに言う度に、クラスの皆も笑うワケよ。
 教科書の勉強はしなかったけど、いろんな本を読んでいたから、黒沢はテストの点数もそれなりに取れていて、順位もけっこう上の方だったよ? ナントカ委員会みたいな校内の仕事も、いつも何かしらやっていたしね。
 なのに自分よりずっと成績も下でクラスや学校の委員の仕事も何もしてないヤツに、「出来損ないの弟」って言われ続けたよ。何せ黒沢は、教師たち公認の「ダメな弟」だったからね。
 ……みんなバカばっか。そう思うな、っていう方が無理じゃないかな?


 だから黒沢は「事実デキが悪い兄弟が、もう一方の本当に優秀な兄弟にコンプレックスを持つ話」には、共感より反発しか感じにくいんだよ。だって黒沢は何でも自分の頭で考えて、自分の意志で頑張って姉より高い所を目指して、その結果「出来の悪い弟」って叩かれ続けて育ったからね。
 黒沢が「ホントに出来が悪いなら、兄弟と比べられてダメなヤツって言われても仕方ないじゃん」って思ってしまうのは、そういうワケだよ。

 ただね、『つよきす!』ってゲームの中で、主人公の親友の伊達スバル君(←同級生のすごく良いヤツ)が、主人公にこう言うのだよ。
本当のバカにバカと言っちゃダメだ。それはハゲにハゲと言っちゃならないのと同じだ、わかるな?」
 その台詞に、黒沢は考え込んでしまったよ。

 黒沢としてはさ、『世界ノ全テ』の宮本浩みたいなホントにダメな弟より、黒沢の方が世間からずっと不当に扱われてきたんだゾ……って思ってた。
 でもね、周囲の皆(←親戚一同や教師らなどの大人達も含む)から出来損ない扱いされながら、何でグレたりせずに居られたのか……って考えてみると、黒沢には自信と誇りがあったからだと思う。
このオレが、出来損ないなもんかよ!」ってね。
 姉は上っ面だけ飾った金メッキだけど、オレは見てくれは悪くても中身は本物だから。そう思ってたから、周りから何て言われても「バカはお前ら皆の方だろーが」って胸を張って居られたんだと思う。

 だから見方によっては、『世界ノ全テ』の主人公のように、ホントに出来の悪いヤツの方が、「ダメなヤツ」って言われた場合のダメージは大きいかも知れないね。
 だってホントに出来が悪いヤツの場合、悪く言われた時に反論できないし、自分のダメさを自分で認めなきゃならないもんね。

 そんなワケで『世界ノ全テ』の主人公には、共感と反感の混ざった複雑な思いを抱かされたけど、『つよきす!』のスバル兄さんには、ある意味目を開かされたよ。「バカにバカと言うのは、ハゲにハゲと言うのと同じだ」ってアレねwww。

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姉はビミョー⑤・彼女が欲しかった

 物心つく頃から、黒沢は人間の悪意や愚かさをたっぷり見せられてきたから。おかげで人の善意や良心ってものに対する不信感が、心の隅にしっかり根付いちゃってるんだよね。
 だから周りの“敵たち”に隙を見せないように、黒沢は学校ではいつも強気に振る舞っていたよ。たとえ負けて相手に殴られる方が多くたって、それでも懲りずにしつこくやり返していれば、少なくとも「手を出すと面倒なヤツ」ってコトだけはみな気付くから。

 コレはものすごーく簡単なリクツ(と言うか現実)なんだけど。
 同じクラスにA君とB君がいて、キミはイジメっ子だとしよう。
 で、A君はおとなしく、殴ろうが蹴ろうが無抵抗で決して逆らわない
 一方B君は小生意気で癪に障るヤツだけれど、殴れば必ず殴り返して来る。本気で喧嘩をすればキミの方が強いのは明らかだけれど、Bは執念深く向かって来るヤツなんで、キミも間違いなく痛い思いをする。
 さて、もしイジメるならこのA君とB君、どちらにすると思う?

 普通は「面倒だからBは放っておいて、安心して殴れるAの方をイジメとこう」って話になるよね。このBの方に、よほど頭に来てない限りは。
 国と国との問題もそれと同じでさ、侵略されるのは「ろくに武装してなくて弱そうで、簡単に攻め取れそうだから」ってのが現実なんだよね。
 しっかり武装して「やられたら、必ずやり返す!」って明言してる国は、滅多に攻められないもんなんだよ。例の北の某国のように、かなりナマイキな態度を取ってもね。

「非武装中立でいれば、日本に攻めて来る国なんてどこにも無いし、日本は戦争に巻き込まれない」って正気で思ってる人たちって、ホントに“良いヒト”なんだろうと思う。
 でもその“良いヒト”たちって、「弱いヤツほど殴られやすい」って現実がわかってないんだよね。或いは薄々気付いているのかも知れないけど、自分の信じる理想論や性善説を守る為に、認めたくない現実から目を背けて気付かぬフリをしているとか。

 少なくとも黒沢の場合、「やられたら必ずやり返す狂犬」に徹底していたら、手を出して来るヤツもいつの間にかいなくなってたよ。
 それに黒沢はヒトのことをバカって言ってたけど、自分もバカになれるヤツだったから。心に暗いもの抱えてるくせに、周りの人を笑わせるのもけっこう巧くて、そのおかげで少数だけど友達もいたんだ。

 当時の学校は荒れていて、だからその分だけイジメも今ほど陰湿ではなく直接的でさ。気に入らないヤツがいれば、「クラス全員を巻き込んで、皆に一人を責めさせる」ってんじゃなくて、当人たちがガンをつけて殴りに来る……って感じだったからね。
「空気を読め」みたいな強制も、今ほど強くなかったし。
 だから孤立を恐れず「やられたら必ずやり返す!」ってノリで強く生きてれば、案外何とかなったんだよね。周囲から浮いた存在でいる事に耐えて、皆に合わせて群れてるより、一人で居る方が気楽でイイや」って思えれば

 けど本音を言えば、黒沢も寂しかったよ。本当の自分を理解してくれる誰かが、欲しくて欲しくてたまらなかった。それこそもう、ホントにたった一人で良いから。
 女優の葉月リオナさんが、以前ある雑誌のインタビューでこんな事を言っていてさ。「自分のことを判ってくれている人が一人でもいれば、十人のうち九人が敵でも構わない」って。
 それには黒沢も、心から共感したよ。

 人間なんて皆バカばっかりで、ホントのことを見抜ける人なんて殆どいない。親戚にも教師らにも同級生たちにも、その現実は嫌という思い知らされていたから、周りの人間になど殆ど何も期待して無かった。
 ただその分、恋人と言うか“彼女”って存在に対する期待と思い入れは、すごく強かったと思う。
 同級生でもただの友達でもない恋人なら、「黒沢のことをちゃんと見て、ホントのことを判ってくれるだろう」って、そう信じていたんだよ。
 世界の皆が敵でも、自分のことをちゃんと理解してくれる彼女が一人でも居れば、黒沢は胸を張って生きて行ける。黒沢はそう思っていたよ。
 でもその期待は、残念ながらメチャ甘過ぎたんだけれどね。


 いつも強気で、周囲の人には弱い所は絶対に見せないでいた黒沢だけど、好きな女の子にだけは、姉との葛藤や「出来損ないの弟」と言われ続けてきた苦しみを洗いざらい話したよ。例の“ホントの自分”を判ってほしい一心でね。
 けど本音を打ち明けたどの子にも、決まってこう言われたよ。「それって、立派なお姉さんに対するコンプレックスとしか思えないんだけど」って。
でもあたしは黒沢クンのお姉さんのこと、尊敬してるから
 話を全部聞き終わった後で、キッパリそう言い放ってくれた子も居たし。
 ま、現実なんてそんなものデスよ。

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脱ぐ瞬間を、アートっぽく撮ってみました

 これまで花や富士山の写真をアップしてきたけれど、まあお正月の三が日のうちだし、たまには女の子の写真を混ぜても良いかと……。
 モデルになって下さったのは絵里子サン(18歳)デス。
 18歳と言ってもちゃんと高校も卒業した後だから、青少年健全育成ナンタラカタラに引っかかるコトもない合法写真だよ。
 明日からはまたチラ裏語りの、姉系の話をを続けますんで、宜しければまたお付き合い下さい。
 
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