
話は少し逸れるけれど、もしこれを読んでくれている人の中に、大学受験を控えているって人がいたら、ちょっと聞いてほしいことがあるんだ。
黒沢もそうだったけれど、受験の時に浪人を避ける保険をかけるつもりで、
①「受かれば儲けモノ」とダメもとのつもりで受けてみる学校、
②本当に行きたくて学力的にも無理ではない本命、
③滑り止め&雪崩止め、
という感じに、ランクを分けて何校か受ける人が少なくないよね。
でもそのやり方はハッキリ言って非効率だし、下手をすれば全滅の可能性だってあるんだよ。
範囲は広いけれど中身は浅いセンター試験の場合は、頑張ればそれなりに出来てしまうと言うか、まあ「努力≒結果」とも言えるよ。でも私大の場合、受験科目が少ない代わりに、出される問題はメチャクチャ深くて難しいからね。
いわゆるFラン大学ではどうかは知らないけれど、少なくとも黒沢が受けた大学では、教科書には載ってないことが平気でガンガン出題されたよ。だからたかが私大とバカにして、「高校で授業をちゃんと聞いていれば、フツーに受かるだろ」とか思うのはとんでもない話でさ。
私大の入試って、ただ難しいだけじゃなくて、もう笑っちゃうくらいの珍問奇問の類も出てきやがるからね。だから私大こそ、進学塾にでも行かなければ受かりにくいと思う。
珍問奇問って、黒沢自身が受けたさる私大の入試に、例えばこんなのがあったよ。
「鎌倉幕府の、最後の六波羅探題の名を書け」
最後の執権ならともかく、最後の六波羅探題だよ? そんなの、教科書どころかどんな参考書にも載ってないって。トーダイに楽々合格した秀才だってわかると思いマスか、こんな問題。
そしてさらに続けて、「その最後の六波羅探題が、元弘の乱で足利尊氏に追いつめられて一族郎党と共に自害した場所を、地図上に×印で示せ」ってさ。
コレって、参考書じゃなくて鎌倉時代から南北朝期の本格的な歴史書や、中央公論社の『日本の歴史』全26巻を読み通して頭に入れている人でないとわからないレベルだよ。
……まあ黒沢は根っからの歴史好きで、『日本の歴史』は中学の頃に読んでたし、『太平記』も小学生の頃に読んでたから、「それは北条仲時で、自害したのは今の滋賀県あたり」って知ってたけどね。
そうそう、黒沢はその時代の人の中では、足利直義がものすごく好きで尊敬もしているのだ。だから兄の尊氏はあまり好きじゃないし、その取り巻きの高師直や佐々木道誉や赤松円心などはハッキリ嫌いだよ。
けど後醍醐天皇と大塔宮護良親王はもっと大キライで、歴史書と言うより南朝方をヨイショする為に書かれた『太平記』だけど、黒沢は実は“敵”の北朝に肩入れしながら読んでいたのデシタ。
そんな感じで私大の入試って、教科書にもないし授業でも習わない問題が出されるのが当たり前なんだよね。
変わった問題と言えば、黒沢が受けたさる私大の国語では、何と漢字の書き順が出題されたりしたなぁ……。
だから私大の入試って、黒沢に言わせれば「実力が半分で、でも運も半分」という気がするよ。
もちろん実力は必要だよ、けれど受かるには「何が出題されるか?」っていうコトもかなり大きい……って、黒沢は自分の受験で心から実感したよ。
出題されるかも知れない範囲はかなり広い上に細かいし、それを完全に覚え切るなどまず無理だし。だから自分の知ってる範囲に近い問題がどれだけ出されたかみたいな、ぶっちゃけ“運”みたいな要素が間違いなくあるんだよね。
それはモチロン、ちゃんと勉強してなきゃデキるワケ無いのは当たり前だけど。ただ「最後の六波羅探題の名前と自害した場所」だの、「いろんな漢字の書き順」だのまで理解しておくなんて、現実的に不可能でしょ?
だから自分なりに出来る限りの努力をしたら、後はもうある程度丁半博打みたいなモノでさ。
で、出された問題がたまたま自分の知ってる範囲とカブってくれれば、かなりの難関大学でも受かっちゃうし。逆に「運が悪い」と言うしかないような問題を出されれば、滑り止めのつもりの大学だって落ちちゃうんだよ。
私大の入試って、ホントそんなものなんだよね。
黒沢が体験した入試について、もう少し具体的に話そうか。
まず前提として、入試での黒沢のスキルは、日本史はかなり自信アリで、国語も文法と漢字の書き取り以外なら「さあ掛かって来いや!」って感じ。ただ暗記モノは大嫌いなんで、英語がかなり苦手で……。
実は高校でも、英語はいつも赤点スレスレだったんだよ。だから受験でも「英語を何とかしよう」というのではなく、逆に「デキる日本史と国語で点を稼いでダメな英語をカバーしよう」ってつもりで臨んでたワケ。
ハイ、「長所をとことん伸ばして行けば、欠点なんか見えなくなるさ」ってのが黒沢の生き方と言うか、人生いろんな面での主義なのでありマス。
日本人ってさ、何でもすぐ「まず短所の克服を」って言うよね。けど黒沢には、「それってただ個性を潰してるだけじゃん?」としか思えないのだけど、間違ってるかなあ。
黒沢ってさ、「人間、何か一つでも“5”を取れる得意科目があれば、後はどーでもイイ」って考え方なんだよ。
その人に「何かスゴい取り柄がある」ってのは、その為にかなりの努力をしてるってコトなんだよね。好きだから努力と思わないし苦痛とも感じないだけで、ホントはその為にすごく頑張ってるんだ。
で、一年は365日で一日も24時間で、頑張れる時間ってのは皆同じなワケでさ。
だから「まず不得意科目を克服しろ!」って言うのは、「得意科目も捨てろ」って言ってるのと同じ事なんだよ。
国語と社会はいつも余裕で“5”だったけど、数学がダメで英語ギライだった黒沢は、学校のセンセイ達に「国語と社会はもうイイから、おマエは不得意科目を何とかしろ!」と、もうイヤというほど言われ続けたよ。
けどね、黒沢が国語と社会がデキるのは、いつもそれだけ頑張ってたからなんだよ。だからもし黒沢が言われた通りに数学と英語を頑張ったら、国語と社会の成績は間違いなく落ちたね。
植物だって水と肥料をやって世話しなければ枯れてしまうように、得意科目だって頑張り続けなきゃダメになっちまうんだよ。
だからもし黒沢がセンセイ達の言うとおりにしてたら、まあ4と3混じりか、せいぜい“オール4”の、個性も取り柄もない生徒になってたと思う。
でもセンセイ達って皆バカなんだよね。得意科目は放っておいても楽勝で5を取れて、「苦手な科目さえ頑張ればオール5になれる」とマジで思ってやがるんだから困っちゃうよ。
オール4ってさ、一見良いようだけれど百人集まっても千人集まってもオール4のままじゃん?
けどね、一科目でも“5”のある生徒を集めれば、国語・社会・数学・理科・社会、それに音楽に美術に技術家庭に保健体育と、たった9人でオール5になるんだよ。
映画やドラマだって、「何か一芸のある人がチームを作って、何かスゴいことを成し遂げて……」みたいな話がすごく多いよね。
実際の世の中だって、黒沢はそれと同じだと思うんだけれどね。「オレは社会と国語で頑張るからさ、数学や英語は、他の得意な人が頑張ってくれればイイ」って。
だって黒沢が苦手な数学やキライな英語が好きで得意な人達が、他に大勢いるんだからさ。
なのにせっかくの得意なものを自分の放棄してまで、何故何でも中途半端にデキるようにならなきゃいけないのか、黒沢には全然わかんないんだ。
みんな映画やドラマでは、例の“一芸の天才たち”がチームを組んで活躍する話を、何の疑問も持たずに喜んで見てるくせにさ。でもいざ勉強となると必ず、「まず不得意科目を無くせ」って話になっちゃうんだよねえ。
社会に出て仕事に就いても、実はソレは変わらないんだよね。能力や向き不向きも関係なく、「営業も経理も企画設計も、全部経験して全部デキるようになれ」って頭から言われることが多いよ。
海外のこともよく知っているある人が、「海外ではスペシャリストを養成するけれど、日本ではゼネラリストが求められる」って言ってたけど、ホントにその通りだと思う。
例えばプロの料理人が使う包丁は、切れ味は素晴らしいけど出刃に柳刃に菜切りと種類もいろいろで、手入れもちょっと怠るとすぐ錆びちゃう。
だから切れ味は落ちても、一本で肉でも魚でも野菜でも何でも切れて、おまけに錆にも強くお手入れ簡単なステンレスの三得包丁の方がイイ……ってワケだよね。
そりゃあフツーに家庭料理をするのなら、切れ味より簡便さを求めるのは当然だよ。けどその道を極めたいプロに、ステンレスの三得包丁を愛用してるヒトはまずいないと思うんだけどね。
「出る杭は打たれる」って言われるけれど、日本ってホントにその傾向が強くてね。「個性を生かす教育」とか何とか言いながら、ソレは完全に建前で、実際には何かの特技でちょっとでも目立つヤツは、皆で叩いてツブしちゃう。
そして本当の悪い意味での出る杭(DQNとか893とか)には腰が引けちゃって、ただ遠巻きにして「触らぬ神に祟りなし」なんて当然のように言ってるんだから始末が悪いよ。DQNや893が、いったい何で“神”扱いなんだよ、っつーの。
まっ、あえて言うなら神の中にも、祟り神とか疫病神ってのも、あるにはあるけどね。
それはともかくとして、映画やドラマでよくある一芸の天才たちが集まるスゴいチームって、「今の日本には絶対に存在し得ない」って断言できるよ。
「いくら5があっても2や1もあるヤツはダメ、特技や個性を伸ばすより不得意教科の克服の方が大切。何かで突出せずにフツーに何でもデキるオール4的な人間が一番で、それが無理ならオール3でも可」って、日本ってホントにそーゆー国だもの。
出る杭が打たれなくなるのは、その杭が打てなくなるほど強く突出してからなんだよね。で、一旦何かスゴい賞を取ったりすると、それまでの奇人変人扱いから手の平返しで誉め称え始めるんだから、恥知らずというか始末が悪いよ。
実は大学受験のちょっと前にも、黒沢は同じ高校の大好きだったマイコさんにも、面と向かってハッキリ言われたんだよ。「高校の勉強くらい各教科満遍なくデキなきゃダメ、不得意教科があるなんて、それはただワガママなだけなのよ」って。
そのマイコさんは、当時黒沢とは「友達以上、恋人未満」って感じで、黒沢の成績のコトだけでなく勉強に対する考えも、よく知ってた筈なんだけどね。
でもあえてその発言に及んだってのは、黒沢は実はマイコさんにキラわれてたのかもね。黒沢が鈍感すぎて、ただ気付かなかっただけでさ。
当時の黒沢って、女の子の“中身”が全然見えて無かったんだよ。ただマイコさんの色白&小柄で、いかにも華奢でセンス良し……って外見とムードに目が眩んで、頭の中が「好き好き好きー!」って気持ちで一杯になって、ホントにバカになっちゃってた。
考え方も価値観も全然違ってて、どちらが良い悪いという問題ではなく、とにかく人としての相性はかなり悪かったんだ……って、今になって思えばすごくよくわかるんだけどね。
ちなみに「不得意教科があるなんて、それはただワガママなだけ」と説教してくれたマイコさんだけど、入試の結果は全敗で、一年浪人したのだけれどまたダメで、志望校は諦めて滑り止めで受けた、誰でも入れるような短大に行きましたとさ。


