空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

お受験(20)・男と女では“嘘”の定義が違いマス

 さて、それでも何とか滑り止めのC大に受かって、念願の東京での一人暮らしを始めた黒沢だけど。
 同じ東京の空の下には、B大の入試の時にキセキの再会をしたリホさんもいる筈でさ。
 でも黒沢は、そのリホさんの居所を捜し出そうとは思わなかったよ。

 そりゃあ逢いたかったさ、もちろん!
 黒沢程度の頭じゃ、受験勉強の手助けもろくに出来ないけれど。それでも少なくとも側に居て、励ますくらいはできると思ってた。
 けど「浪人中は誰とも会わないで勉強に専念する」というのは、リホさん自身の強い意志だったから。事実リホさんは、一番の親友も含めてそれまでの友達すべてに、「連絡先も教えないし、受かるまでは絶対会わない」って宣言してたんだよ。

 そうだね、それでも「どうしても!」ってゴネ続けたら、もしかしたら最後には折れて連絡先くらいは教えてくれたかも知れない。「会うのは無理だけど、たまに手紙をくれるくらいなら」みたいな感じで。
 だってリホさんは気は強いけれど優しい子で、別々の高校に行った後も、こんなダメダメな黒沢をずっと見捨てずにいて、お願いすればちゃんと時間を都合して会ってくれていたし。

 でもリホさんは、それまでの友達全員と一時縁を切ってまで、あえて全寮制の予備校を選んだんだよ? その貴重なリホさんの一分一秒を、「オレの為にも使ってほしい」なんて言えると思う?
「ただ逢いたい」って自分のキモチより、黒沢はリホさんの意志と未来を大切にしたかったんだよ。
「受験なんかカンケーない。ホントに好きなら、どうしても逢いたいって気持ちを伝えるべきだ」という人とは、正直に言って黒沢は永遠にトモダチになれないと思う。
「受験よりもっと大切なものがあるだろ、オレとの愛を一緒に育てようぜ?」とか真顔で言える神経など、黒沢はとても持ち合わせてないよ。

 自分のキモチに正直に
 そう言えば聞こえは良いけどさ、それってただ「オレさまの感情を最優先で!」って言ってるだけじゃないのかな? そこに相手の気持ちや立場や将来などモロモロに対する配慮なんかまるで無いわけで、ズバリ「自己チューの美化」でしかないよ。

 高校の時ずっと好きだったマイコさんや幼なじみのマキちゃんとも離れて、自ら望んだこととは言え、黒沢は東京でたった一人だった。
 大学では新しい友達も出来たし、その中には同じ学科の女の子もいて、大学の近くの小洒落たパスタ屋に一緒にランチを食べに行ったりもしたよ。
 けど心を許して何でも話せる相手なんて、そう直ぐ出来る筈もないからね。大学では周囲の皆と楽しくやってたけれど、その誰とも上辺だけの付き合いでしかなかった。
 だからリホさんとはすごく逢いたかったし、とにかくいろいろ話をしたかった。
 けどリホさんは、「来年、行く大学が決まったら連絡するから」とも約束してくれていたから。だからその日が来るのを、黒沢はずっと待ち続けていたわけデス。
 その結果だけど、それはもう笑っちゃうくらいムザン(傍から見ればメシウマ?)な結末だったよ。

 一年後の春、ずっと待っていたリホさんからの連絡はまるで無いままでさ。
 ……もしたしたら今度もまたダメで、二浪ケテーイとか?
 ただ待つうちに三月も下旬になって、黒沢の頭の中にはそんなイヤな考えまでよぎったりしたよ。現に大学の同じ科には、小柄で童顔で見かけは高校生なのに実は二浪で既に成人式も済ませていた、ケーコさんという人もいてさ。
 それだけに約束の連絡がナイことに対する心配が、胸の中で大きく膨れ上がってきてさ。

 その春休みの間、黒沢はずっと地元に戻っていて、だからリホさんも合格が決まり次第地元に戻って、すぐに連絡をくれる筈と思ってたんだ。思ってたと言うより、「信じてた」って方がより正確かな。
 うん、黒沢はそのくらいリホさんのことを信頼してた。
 けど相変わらず連絡のないまま春休みも終わりかけ、そろそろまた東京に戻らなければならない時期が迫って来てしまって。それで黒沢は、たまりかねてリホさんの実家に電話してみたんだよ。
 くどいようだけど、この時代にはまだケータイなど夢の存在で、電話は家電しか無かったんだよね。

 するとリホさんは、とうに地元の家に帰ってたんデスよ。そしてちゃんと合格もしていて、MARCHクラスの大学に入学も決まっているとのことで。
「だったらさ、何で連絡くれなかったの?」
 自然と責めるような口調になる黒沢に、リホさんは実にサラっと、こう言ってくれマシタ。
だって向こうで彼氏が出来たから。同じ寮の人で、私が合格できたのも彼のおかげみたいなものだし」

 ……やられた、騙された。
 何かそんな気がしちゃったのは、黒沢のヒガイモーソーかなあ?
 だってリホさん、浪人中にも実は恋愛とかしてる余裕、ちゃんとあったんじゃん
 すごく会いたかったよ、黒沢だって少しはリホさんの支えになれたと思うよ。その気持ちを抑えて「リホさんのため」と思ってずっと我慢してた黒沢って、まるでバカみたいだよ。
 けどそれは、あくまでも男の側の理屈であってさ。いくら見かけは美少年風で男前な性格でも、リホさんも間違いなく女の子だったんだよね。

 まだ恋愛経験の浅い男子たちの為に、「嘘についての、男の女の意識と解釈の違い」を教えておくね。
 例の“三行で”端的に言うと、「男が思う嘘は結果についてで、女が思う嘘はその時点での気持ちについてなんだ」ってこと。

 例えばあるカップルが、互いに「浮気なんか絶対しない!」と固く“約束”し合ったとするよね。でも結果として数年後に浮気してしまったとしたら、理由はどうあれ「嘘をついたことになる」と思うよね、少なくとも男ならば。
 でも女の人の意識では違うんだよ。女の人達にとって問題なのは数年後の結果ではなくて、「浮気なんて絶対しない!」って約束した時の気持ちに嘘が無かったかどうかなんだよ。
 って、恋愛経験値の低い男子諸君には、まだよく解らないかもね? 少し長い文章になっちゃうけれど、そこんトコをじっくり解説しましょーか。

 女の人が思う“嘘”ってのはさ、ホントはそんな気持ちなど無いのに「あたしは一途だし浮気なんて絶対しないから」って誓っチャウみたいな、初めから騙すつもりでした約束なワケ。
 だから「浮気なんかしないから」と言った時点で、その時の気持ちに嘘がなく真実そう思っていたのでありさえすれば、後で結果として別の人を好きになっちゃったとしても、女の人の意識の中では嘘をついた事にはならないワケ。
 結婚前に「アタシは浮気なんか絶対しないから」と固く誓いながら、数年も経たないうちに「仕事ばかりでかまってくれなくて寂しかった」とか、「結婚前みたいなときめく気持ちがなくなっちゃったから」とかで浮気しちゃっても、女の人の心の中では嘘をついたわけではなくて、マジで全然矛盾してないんだよ。

 こんな黒沢なんかをすごく好いてくれた、ホントに奇特な女の子が居てさ、そのミツキちゃんって子は「もしワタシが死んだら、守護霊になって一樹クンを守ってあげる」とまで言ってくれて。
 ……と言っても、別にメンヘラやヤンデレ系のコワい子じゃないよ? むしろ自分でもかなり気が強い方と認めてるくらいの、男前な性格の子でさ。ルックスも雰囲気も、『カーネーション』のヒロインの尾身真千子に似てるかな。

 その頃の黒沢って、「彼女はできるんだけど、浮気されては乗り換えられる」ってパターンの繰り返しでさ。かなりな女性不信にかかって、野良猫みたいに荒んでなつきにくくなっててさ。「とりあえず餌は貰うんだけど、心はなかなか開かない」みたいな?
 だからそのミツキちゃんも、黒沢を手懐けるのにかなり手こずってさ。「キミをこんなにした、キミの昔の彼女たちを恨むよ」なんて嘆いてたよ。
 でもミツキちゃんはめげないで、「女の子がそんな悪い子ばかりじゃないって、ワタシがわからせてあげる」なんて言ってくれて。それで黒沢もついほだされて、心を許して信じてしまったワケ。

 ……ところがデスね、黒沢はやがてこのミツキちゃんにも浮気されちゃうんだよ。しかもその相手ってのは、何と単身赴任中の妻子持ちのオッサン。
 ハイそうです、某巨大掲示板の家庭版などで言う“プリンちゃん”ってやつだよ。
 黒沢が元カノのフタマタでいろいろ傷ついてたの、よく知ってながら結局コレだよ。

「結局ミツキちゃんもさ、悪く言ってた黒沢の元カノと同じコトするんだ?」
 そう言ったらミツキちゃんは鼻でフッと笑って、普段より低い居直った声でこう言い放ったさ。
「そーだね、そーゆーコトになるね」
 そして続けて小声で吐き捨てるようにこう呟いたのを、黒沢は聞き逃さなかったよ。
「ったく、そんな昔のことをさぁ……」
 まだ結婚願望のある男性諸君、手遅れになる前に言っておくよ。女ってさ、ガチでこういう性質の生き物なんだよ。このミツキちゃんが特に性悪なビッチってワケじゃなくて、女の子って殆どみんな「こんな」なんだよ。

 ミツキちゃんというか女の子の立場で見てみると、まあこういう感じかな。

 つき合ってそう間もない頃の「ワタシは絶対浮気なんかしないし、死んでも守護霊になって守ってあげる!」って言葉は、その時には本気だった。
     ↓
 けど後になって、奥さんも子供もいるオジサマを好きになってしまった気持ちにも嘘はないし、今はそのオジサマを本気でアイシテル。
     ↓
 だからどっちも本当の気持ちであって、結果はどうあれ嘘をついたつもりは全くアリマセン。

 黒沢が「男と女では、嘘の定義が違う」と言った意味、理解していただけたかな?

 例えば「必ず返すから」と固く誓う約束を信じて、友達にお金を借したとするじゃん。で、その友達が約束の日までにそのお金を返さなければ、どんな事情があろうと「嘘をつかれた」って思うよね?
 でも女の人の頭の中では違うんだよ。今月すごくピンチだったからとか、リストラされちゃったとかで事情が変われば、結果的にそのお金を返せなくても「嘘をついたわけじゃない」んだよ。
 問題はあくまでも「借りた時に本気で返すつもりがあったかどうか」であって、初めから騙すつもりでさえ無ければ、結果的に約束を守れなくても嘘ではないという意識でいる、ということ。
 だから断言しよう、女の子に「貴方しか考えられないし、浮気とか絶対しないから」とか言われても、決して本気で信じない方がイイよ。その女の子の言葉の意味を翻訳すれば、まあ「今は貴方のことしか考えてないから、浮気とか当分しないね」ってトコ
 って言うか、そもそも“永遠の恋”なんてあり得ないものだし、それを女の人に望む方が間違ってるんだよ。

 昔、北岡夢子というアイドルが、ある男の子向けの雑誌で恋愛相談をやっていて。その中で、ラブラブだった筈の彼女に突然フられて悩んでる男の子に、「女の子は基本的に“渡り鳥”だからねー」と答えてさ。
 女の人の恋愛って、まさにその通りだから。その時々で一番条件の良い男から男へと、感情のままに飛び回ってるんだよね。黒沢の経験でも間違いなく女の方が気が変わるのも早いし、浮気(と言うか本気のチェンジ?)も多いよ。

 うん、浮気も離婚もしないで死ぬまでずっと添い遂げている夫婦も確かに居るよね。でもそれはただ結果に過ぎなくて、「その相手以上に条件の良い男が、たまたま見つからなかった」だけのことでさ。
 女の子の言うことって、どれも「今のところは」っていう前置きをつけて理解しなきゃダメなんだよ。

 例えばラブラブの彼女に「貴方がいなくなったら、アタシもう生きていけない!」と言われたとしても。それは決して“嘘”ではないけれど、あくまでも「今はね」ってことだから。
 女の人の言うことってホント変わるものだし、気持ちもその時々で変わるものだから、男を乗り換えても心もそう痛まないんだよね。
 だって渡り鳥なんだよ? オトコからまた別のオトコへ、より条件の良い所に“渡り”をするのも、殆ど習性みたいなものなんだから。
 で、それを理解しないで他の男に乗り換えられたくらいでいちいち「裏切られたー、ダマされた!」とか怒るのは、女性の側から見れば例の“器の小さなオトコ”ってことになるんだよね。

 でさ、黒沢を切って妻子持ちのオッサンのところに走っちゃったミツキちゃんだけど。その不倫も相手の家族にバレちゃって、奥さんに「ダンナと別れてあげてもいよ。けどアンタ、私たちの息子(←中学生の男子w)の“母親”になる覚悟あんの?」とか詰め寄られてやんの。
 いくら恋に目が眩んでいても、大きな連れ子コミでの再婚とか言われれば、二十歳そこそこの女子大生としたらそりゃ引くわな。

 で、このミツキちゃん、結局このオッサンとも別れて、大学を卒業して就職して一年かそこらで勤め先の上司と同棲→デキ婚というルートを辿るんだけどね。その後幸せに暮らしてるかどうかは、興味もないし全然知らないや。
 でもミツキちゃんが結婚した相手の会社って、仕事が超忙しいらしいんだよね。しかも結婚した相手は管理職だから、忙しさはなおさら……ね。
 ミツキちゃんが寂しさからまた浮気とかしてないか、或いは今度はダンナを寝取られる立場になってないか、それも知らないよ。

 まあね、黒沢は「写真家になるんだ!」とか言い続けながら芽は全然出ないままだったし、そーゆー夢追い人は世間的にはロクデナシと同じなんだってことぐらい、自分でもわかってるさ。
 だから客観的に見れば、越冬地として見切りをつけられても仕方ないと思う。思うけど、乗り換えられた先がオッサンで不倫というのが、何かとてつもなく悲しかったよ。

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お受験(19)・オタクたちよ、立ち上がり胸を張れ!

 でもオタクやギャルゲー好きの男子って、世間的に不当に叩かれ過ぎてると思うよ。
 男の子向けのマンガもそうだけど、確かにギャルゲーって理解不能なくらい男にのみ都合の良いヒロインばかり出て来るもんね。ちょっと冷静に見れば、女子でなくとも「バッカみたい」って思わないでもないよ。
「ドコにでもいる平凡で特に取り柄もない主人公が、いろんな美少女たちに、ナゼか惚れられてモテモテになる」とか、同じ男から見ても「ありえねー!」って思うし。

 けどそれは、大半の少女マンガや女性向きの恋愛小説だって、全く同じ事でさ。特に少女マンガなんか、「どこにでもいる平凡な女子が、学園のいろんなイケメンにモテちゃって、複数の相手の間で気持ちが揺れ動いて困っチャウ」みたいな話が王道だもんね。
 それどころか「大人の女性向けの恋愛小説」と謳われている小説だってさ、「エリートの夫もいるアラフォーの女性が、二十代のイケメン男性に一途に恋されて真実の愛wに目覚めて……」みたいな話が、呆れるほどザラにあるし。
 男から見れば「アホかwww」って感じだよね。超イケメン達が“フツーの女子”を奪い合う話はまだしも、若いイケメンが一回りを越える年上のオバチャン(しかも既婚)に恋するとか、「ありえねーよ!」って叫びたくなっちゃうよ。ま、そういう男性も居ないことはナイけれど、それはフ○センっていう性癖の持ち主だってば。

 ギャルゲーだけでなく、男子向けのマンガやアニメやラノベの多くが、男にのみ都合良く出来ていて、リアルな生身の女性を描けてないのは事実だよ。
 けどそれは少女マンガも大人の女性向けwの恋愛小説も全く同じで、「女にのみ都合良く出来ていて、リアルな生身の男を描けてない」から。
 だから萌えマンガやアニメやギャルゲーを愛するオタク達を、女子に「やだ、キモーい」と嘲う資格は無いっスよ。

 でも今の世の中は、ある意味“女尊男卑”だからね。女性が男を叩くのはセイギでOK、でも同じ理由で男が女性を批判するのは完全アウトなんだよね。
 フツーの女の子がイケメン男子たちに恋される逆ハーレムマンガは、夢見るオンナノコの可愛い夢で。けどマンガやアニメやギャルゲーに萌える男子は、「キモい、氏ネ!」。
 既婚男性や三十近い男が、AKBやモモクロとかに「カワイイ」って目尻を下げたら、「イイ年してキモい」とバッサリで。けど同じイイ年したオバチャンが、若いアイドルやK国のスターに夢中になるのは当然のことで、「何言ってんの、ステキじゃん(ハァト)」。
 アラフォー女性と二十代の男の恋は「大人の真実の恋」で、オジサンが若い女子とくっついたら「ロリペド犯罪者!」
でさ。

 ……おかしいでしょ? どう考えても。
 もっと怒れよ、男たち!!
 断っておくけれど黒沢は、昔みたいな男尊女卑の社会に戻したいなんて全然思ってないよ。けど男女平等ってのはさ、「何でも女性の言う通りにしなさい」って意味じゃないでしょ?

 結局さ、男には「オンナにモテたい」って下心があるから。で、女子に嫌われたくなくて、「それはおかしいダロ」って思っていても、なかなか言えないんだよね。
 何しろ女子は、「うん、わかるわかる」って“共感と同調”で生きてるような生き物だからね。いくら筋が通った事を言おうと、共感せずに反論するとキラわれちゃう可能性が大なんだよ。
 だからそれを肌で感じてわかってる男ほど、本音は腹の底に押し隠して、作り笑顔で女子たちに同調してやり過ごしちゃう。
 ズバリそれがダメなんだって!

 後で嫌われたって、違うものは「それは違うよ」ってキッパリ言っておかないと、女の人は増々「アタシらの感覚は正しい!!」って信じ込むばかりだよ。そしてそのモテたくて女子の機嫌を取る行為が、積もり積もって結果として、例の“女尊男卑”を招いてるんだよね。
 よく「女が強くなった」って言うけれど、それは違うから。実際には「男が弱くなってオドオドしてるだけ」だけだって。
 だから黒沢はあえてハッキリ言うよ、「ギャルゲーや萌え系の諸々は確かに“バカみてぇ”だけどさ、けど少女マンガや女性が読む恋愛小説も全く同じじゃん」って。
 そして世のオタク達にも、もっと堂々としていてほしいね。「オタクで何が悪いよ。俺らが好きなギャルゲーやAKBももくだらねーけどさ、女子が好きなモノ(少女マンガや恋愛小説やアイドルなど)だってくだらねーじゃん」って。

 キミらが自分たちや、自分たちが好きなモノを“恥ずかしい”と思って、「キモい」とか言われても反論せずに逃げちゃうからさ、余計相手を図に乗らせて、世の中に「オタク=キモい≒性犯罪者予備軍」みたい偏見が蔓延るのを許しちゃうんだよ。
 だから黒沢は、周囲の人にもハッキリ言っちゃうんだ。「マンガもけっこう読むし、ギャルゲーだってやっちゃうよー」ってね。すると相手には「え!?」みたいな感じでギョッとされたりもするけれど、そしたら自分が感動したマンガやゲームの良さを、いろいろ力説しちゃうよ。

 それに黒沢の場合、「ただ二次のセカイが好き」ってワケじゃないからね。堅い本もいろいろ読んでるし、写真を撮るのが好きで、現実の世界でもちゃんと恋愛してきてるから。
 そしてその上で「二次のセカイにも良いモノはいっぱいある」って認めてるワケで、だからヒトからどう思われようと、なーんも恥ずかしくないっス。

 でもね、オタクのホントの一番の敵は、実は二次のセカイに偏見を持つ女子じゃないんだよ。黒沢が実は一番「イヤだなあ」って思うのは、二次好きの男子を頭から差別してかかる男だよ。
 リア充であろうと無かろうとさ、可愛い女の子の絵を見て「キモっ」って思う男子はまず居ないと思うんだ。ギャルゲーはちょっとハードルが高いにしても、可愛い女の子が出て来るマンガだったら、男子ならつい読んじゃう筈だよ。
 初めはマンガなど殆ど読まず、ゲームをやるより先にリアルな女子と付き合ってた黒沢だって、試しに手を出したらついこのセカイにハマってしまったし。だから「二次のセカイは、モテないオタだけのものじゃない」って絶対思うよ。

 じゃあ、なぜ二次好きをバカにする男子が居るかと言うと、結局女子の目を気にしての見栄なんだよね。実際自分でその中身を確かめてみることもせず、「女子にキモいオタと思われたくないから」って、女子と一緒になって、二次好きの男子にキモオタのレッテルを貼って叩いてる
 言ってみればまあ、「オレはリア充なんだゾ」って同じ男に対する優越感にプラスして、「女子に生身のオンナと付き合えないオタクとは思われたくない」って保身、という感じかな。
 男と女は違う生き物だし、考え方や感じ方もかなり違うからさ。だから女子がいわゆる“オタク”に偏見を持つのも、わからないでもないよ。でもその女子と一緒になって二次好きの男子を「キモい」と叩く男どもに対しては、「敵に寝返った裏切り者」みたいな感情しか持てないな。

 ハッキリ言うけど、二次好きの男子は決してヘンタイなんかじゃないから。
 世の中の多くの人に凭れてる偏見通りに、もしオタクがヘンタイだとしたら。
 少女マンガを読む子も、ジャニオタの女子も、アラフォー女性と若い男子の純愛小説wを読む女の人も、韓流スターにハマるオバサン達も、みんな全員ヘンタイだってば。

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お受験(18)・相手を思いやるよりまず自分の感情優先なゲーム

 さて、「KIDのゲームは好きだけれど『モノクローム』その他、幾つかの作品はキライ」というあたりから、話がメチャ逸れまくっちゃったけど。
 黒沢が『モノクローム』を好きになれなかった理由って、ズバリ「主人公がガキ」ってこと。
 その主人公って高校を卒業しても進学も就職もせずにいて、姉が理事長をしている学園の寮に住んで、姉の仕事の手伝いなどをしているのだけど。ま、ぶっちゃけ言えばただのニートだね。
 ただ一見クールな美男子なんで、周囲の女の子達にはモテモテ……と。

 いや、別に「クズニートがモテモテだから気に入らない」とかじゃないって。やるコトがガキと言うか、言い換えれば「選択肢で自己チューな言動ばかり選んで行かないと、グッドエンドに辿り着けない」ものだから、死ぬほど感情移入しにくかったんだ。
 設定ではその学園の卒業生だから、殆どのヒロインより年上で、しかもクールで達観しているみたいなキャラなんだよ。でもいざとなると、相手の立場や気持ちより自分の感情を優先しちゃう。
 この話の主人公がさ、『この青空に約束を』の主人公のように「ヒロイン達と同じ高校生で、おバカでケーハクな熱血漢」と言うのだったらね、好きにはなれなかっただろうけど、少なくとも違和感は無かったと思う。けど『モノクローム』の主人公は、その真逆のクールなイケメンOBだからね。
 で、日頃は上から目線で醒めた言動をとりながら、いざとなると自分のキモチ最優先で、お子ちゃまみたいな行動をしちゃう

 できればネタバレを避けたいから、設定をちょいと変えてその例を話すね。
『モノクローム』のヒロインの一人のA子さんも主人公の後輩で、ある方面で才能があって人気者なのだけれど、実は最近スランプで悩んでいると思ってね。ただA子さん自身は負けず嫌いだから、それを表に出さずに明るく振る舞ってる。
 で、そのA子さんの才能を生かすべきイベント、まあ仮に“大会のようなモノ”が近々あると思って下サイ。
 実はこの主人公は、「主人公を幸せにする為に天から降りてきた」見習い天使wと同居しているのだけれど、その巻き舌で喋る見習い天使wが「友達みんな誘って、A子ちゃんの応援に行こうよ!」とか言い出して聞かないワケ。

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 この『モノクローム』ってマジで変なゲームでさ、プレイ中に“視点”が何度も変わるんだよ。最初は「オレは……」とごく普通に主人公の視点で物語が進むのだけど、それが何の前置きもなしに、いきなりヒロインの視点に飛んじゃうの。そして「カレにはああ言ったけど、あたしはホントはこう思ってて……」って調子で、主人公は知り得ない筈のヒロインの心情をいろいろ語り出しちゃうんだよ。
 で、また唐突に「オレは……」と主人公の視点に戻って、さらにまた「あたしは……」とヒロインの心情に飛ぶという、小説では普通あり得ない反則技の繰り返しだよ。

 何しろストーリーの語り手が、いきなり主人公の男になったり相手のヒロインになったりしちゃうんだから、主人公の“オレ”に感情移入しようにも困っちゃいマスよ、って。
 そしてまたそーゆー構成だから、ヒロインの手の内と言うか、「主人公の“オレ”は知らない筈のヒロインの本心」を、プレイヤーは全部知っちゃってるんだよね。
 でさ、その語り手が幽体離脱みたいに主人公からA子さんにチェンジしたパートで、「最近スランプでダメダメで、こんな姿を主人公にだけは絶対見られたくない」と思っていることを、ヒロイン自身がハッキリ語ってるんだよね。
 そういう状態で、A子さんが出る“大会”に「みんなで応援に行こうよ!」って誘われたら、どうするのがA子さんへの思いやりだと思う?
 少なくとも黒沢だったら、「応援には行かないで、その代わり後でそれとなく余分に優しくして見守る」よ。どうしても気になって見に行っちゃうとしても、それならそれでバレないように一人で行って、陰からそっと見守るよ。

 相手が一番イヤがってるってわかってるのに、あえて「皆で一緒に応援に行く」って行動の選択だけは、もうホントに絶対あり得ないって。その人が「絶対見られたくない!」って思ってる姿を、承知の上で「友達ご一同様と揃って応援に行く」って、いったい何の羞恥プレイの強要だよ……っての。
 彼女があえて内緒にしていて、見られたくないと思ってる部分にさ、「仲良しなんだから、ヒミツは持っちゃいけないぜ」みたいなノリでガンガン踏み込んで行っちゃう神経って、黒沢にはどうにも理解できないんだよ。
「親しい相手でも踏み込まれたくない部分」って絶対あると思うし、「秘密=悪」みたいな感覚で人の心に土足で入り込んでくる“善意の人”って、黒沢から見れば正直ウザいし大迷惑だよ。

 でも『モノクローム』の制作者はそうは思ってないようで、その場面での正しい行動の選択肢は「皆で応援に行く」なんだよね。
 で、A子さんの気持ちを優先して「行かない」を選ぶと、そのまま真っ直ぐバッドエンドだよ。A子さんの気持ちを傷つけてプライドをずたずたにしても、皆で応援に行かないと話は先に進まないワケ。
 つまり『モノクローム』の制作者ってさ、相手の気持ちや感情ではなく「心配だから応援しに行くという“自分のキモチ”がとにかく一番大事」って思ってるんだと思う。
 で、皆で派手に応援に行くと、案の定A子さんに激怒されてさ。でもスランプがバレたことで隠し事が無くなって、「結果として心の垣根が取れて、それまで以上に仲良くなれましたとさ」というオチ。

 そしてA子さんは前向きに頑張ってスランプを脱して、もっと大きな世界に羽ばたいて行こうとするのだけれど。
 で、最後の選択肢デス。卒業後もお姉さんの世話になって生きてるニートの主人公であるキミは、そんなA子さんにどう接するべきだと思う?
 選択肢は二つで、
「A子さんがその世界で活躍するのを応援する」
「オレの側にいてくれと言う」
 なのだけれど、黒沢は迷わなかったなー。

 当然「応援する」でしょ。だってA子さんはただの女の子じゃなくて、才能のある特別な子なんだよ? しかもその道での頑張りが実を結んで軌道に乗りかけていて、当人もやる気満々でさ。なのに「夢なんか捨ててオレの側に居ろ」だなんて、少なくとも相手のことを考えたらとても言えない、ってば。
 しかもこの話の主人公、相手と結婚して専業主婦としてラクに養って行けるどころか定職すらない、ヒロインより年上なのにただのクズニートだし。
 にもかかわらず、「応援する」を選ぶとバッドエンドなんだよ。そして相手に夢を捨てさせて“オレの彼女”でいさせるのが、このA子さんのルートのグッドエンドなんだ。
『モノクローム』の制作者って、ガチで「とにかく自分のキモチに正直に生きるのがイチバン!」って思ってるんだろうね。

 うん、まあそれもアリかも。もしもこの話の主人公が、『この青空に約束を』や『FESTA!』などの主人公みたいな、おバカな熱血漢の同級生だとしたらね。
 でも何度でも繰り返して言うけど、『モノクローム』の主人公のキャラ設定は、どのヒロインよりも年上で「クールな学園のOB」だから。「ありえねー!」って心から思ったし、もうウンザリと言うか、そのA子さんから先を続ける意欲が全く無くなってしまったよ。
 けどこの『モノクローム』がネットのレビューなどでも好評で、続編も作られるほどだった……ってコトは。黒沢をウンザリさせた「相手を思いやるより、まず感情優先で自分のキモチに正直に」って生き方が、現実には多くの人に肯定されていて共感を得てる……って事なんだろうね。

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お受験(17)・ダマされたと平気で言える人達は…

 例えばさ、今キミが住んでる家がとても古くてボロで、しかも不便で土台も腐ってるとするよ。で、キミは「一日も早く、もっとマシな家に引っ越したい」と思ってる。
 だとしてもさ、ちゃんと新しい住処を見つける前に、まず今のボロ家をブッ潰しちゃうバカはいないよね。
 まあキミ自身はさ、「あー清々した、あんなボロ家にこれ以上住むくらいなら、公園のベンチで寝た方がマシだ」って思うかも知れないね。でもさ、キミのその“気分”の巻き添えになって、住処を無くしてしまったキミの家族はいい迷惑だってば。

 家だけでなく車でも家電製品でも何でも、「買い換えるのは、よく確かめて今のモノより間違いなく良いものを見つけてから」ってのが、理性と常識ってもんでしょ。ただ「気に入らないから」って、今あるモノをまずブチ壊して捨てちゃうバカが、どこにいますかって。
 政治もそれと同じでさ、一票を投じるなら「その政党や政治家が(三行以内の耳ざわりの良いキャッチコピーでなく)具体的にどんな国を作ろうとしていて」、そして「その政策は本当に国民の為になるもので、現実に実現可能なのか?」をよく見極めてからでないと、ヒトラーを指導者に選んだドイツ人達と同じように痛い目を見ることになるよ。
 よく「この国を一遍ガラガラポンして」って言う人達がいるけれど、国の政治ってそんなに気安く「ガラガラポン」して良いものなの? だって“政治”って、多くの人の命や生活がかかってるんだよ。

 あの小泉サンを信じてついて行って、この国はどうなった? 格差が広がり、派遣さんばかりになって福祉も切り捨てられただけでしょ。
「痛みに耐えて」と彼は口癖のように言ったけれど、その痛みは国民のみが引き受けて、投機筋や金融屋などの一部の金持ちや外資は肥え太ったよね。小泉サンの改革を支えたさる金融会社が、小泉改革を利用してどれだけ儲けたと思う?
 戦争でも政治改革(改悪?)でも原発でもそうだけれど、後になって「ダマされたー!」と後悔しても取り返しのつかないことって、ホントにいっぱいあるんだよ。
 だから多くの人々の暮らしと命を左右する政治家には、「この国を一遍ガラガラポンして」だなんて、マジで気安く言って欲しくないよ。実際、その種の政治家に、時代の空気や気分で気安く一票を入れちゃう人が多くいると、国がどんどん悪い方に転がってっちゃうんだよね。

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 島崎藤村の『夜明け前』にも描かれてるように、幕末の民衆って倒幕派の具体的な政策もろくに知らないまま、ただ「今より良くなるだろう」と信じて「ええじゃないか!」と暴れて薩長に手を貸してさ。そして出来た新政府に税を増やされたり兵隊に取られたりした後で、「ダマされたー!」と嘆いたり怒ったりしてるんだよね。
 もちろん悪政の一番の責任は政治家にあるんだけど、その「ダマされて信じてついて行った人達」は、何も悪くないし何の責任もないワケ?
 ヒトラーや日本の軍部にダマされないで戦争に反対していた人達だって、そして福島原発に「アレはヤバい」って警告していた人達だって、少数にしても間違いなくちゃんといたワケじゃん。
 後になってから「ダマされたー!」とか言って被害者のような顔をしている人達って、そのダマされなかった人達に何て言い訳つもりなのかな?

 中身もよくわからないまま気分で倒幕に走った『夜明け前』の主人公は、新政府に「裏切られて」不幸になったけれど、それは気の毒ではあるけれど自業自得だとも言えるよ。
 でもさ、尊皇攘夷の気分や薩長のウマい話にダマされなかった者から見れば、夜明け前』の主人公は犠牲者なんかじゃなくて、「世の中を悪い方に引っ張ってって、皆の暮らしを悪くさせた加害者の一味」でしかないんだよ。

 よく考えてみて。
 民衆の支持なしに、ヒトラーとナチスは政権を取れたかな?
 かの福島原発も、「地元の人達はみな反対してたのに、トーデンと悪徳政治家が悪代官と越後屋のように結託して、国家権力でゴリ押しで建設してしまった」の?
 あの無謀な太平洋戦争の時も、国民はホントは戦争反対だったけど、軍と特高警察に怯えて仕方なく従ってたの?

 ……そうじゃないでしょ。威勢だけ良い軍人さんやタチの悪い扇動政治家、そして口が巧く甘い餌をチラつかせる悪徳商人を、信じてついて行った大衆がいたからこそ、戦争もできたし原発もできちゃったんだよね?
 ヒトラーにも日本の軍部にも原発にも、反対してた人達は間違いなく居たんだよ。けどその人達を無視したり、場合によっては罵声を浴びせてイジメたりしてたのは、いったいどこの誰なの?

 あの太平洋戦争もさ、国民は嫌で嫌で仕方なかったワケじゃないんだよ。当時の大部分の人達は初戦の日本軍の勝利に大喜びして、「ボクも兵隊サンになって、鬼畜米英を倒してやるんだ!」って意気込んでたんだよね。
 あの戦争は、軍と警察と一部右翼が無理矢理始めたワケじゃないの。「交渉で譲るなんて出来るかい、こうなったらもう戦争だ!」って“気分”は、国民自身の間から盛り上がってたんだよ。
 戦争に少しでも疑問を持つ人に非国民のレッテルを貼って、吊し上げにしていろいろイジメてたのは、コワ~い特高警察より先にまず隣組の普通のオッチャンやオバチャン、つまり国民自身だったんだ。
 でさ、後になって都合が悪くなると必ず言うのがあの台詞、「ダマされたー!」ってやつね。

 その“ダマされた人達”って、ホントに何の責任も無いのかな。戦争に疑問を持つ人を「非国民!」ってイジメ抜いても、「それが時代の空気だったし、皆がダマされてたから仕方ないんだ」ってコトでホントにOK?
 うんそうだよね、だから福島原発を作るのに賛成した人達は何もワルくない、よね?(ハイ、この最後の一言はもちろん皮肉と嫌味ですとも、念のため)
 そうして後で「ダマされたー!」とか言う人達ってさ、自分達一人一人が世の中を主に悪い方向に動かしてきたことに気づこうともしないで、「自分達は何も悪くないし、むしろダマされた被害者」って思ってるんだよね。
 特に今の日本は民主主義で、バカでも既知外でも平等に一人一票だからさ、選挙の結果もたいていモノをよく考えないで気分や空気で動く、舟橋聖一が『花の生涯』の中で描いた「知性の薄い、コーフンしやすい熱血漢たち」によって決められちゃうんだよね。
 で、後になって「ダマされたー!」とワメいて、信じたおバカな自分の責任は棚に上げて、「悪いのはダマした指導者のせい」ってコトでチョン。

 あの戦争が終わって間もなく、映画監督の伊丹万作はこう書いているんだよ。

『だまされていた』といって平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でもだまされるだろう。いや、現在でもすでに別のうそによってだまされ始めているにちがいない。


 よく考えてみて、あの戦争が終わってからだけでも、あの伊丹万作氏が言うように我が日本人は何度「ダマされたー!」って言ってきたと思う?
 まずゲバ棒振り回して暴れてた全共闘世代が「ダマされたー!」って言って、社会科学とやらを信仰してたサヨクの人達も、共産主義の実態がバレて「ダマされたー!」って言って。
 そんな昔の事じゃなくて今世紀に入ってからだって、小泉改革に一票入れて「ダマされたー!」、そして民主党に一票入れて懲りずにまた「ダマされたー!」でしょ?

 で、我ら日本人は何でそんな簡単にダマされるのかと言うと、「よく考えもしないで、根拠もなく簡単に“信じて”ついて行くのが好きだから」だよ。だっていちいち考えるのはメンド臭いし、自分の頭で考えるより「信じた誰かについて行く」方がずっとラクだものね。
 で、子供向けのアニメから大人のドラマまで、「信じることの素晴らしさ」を、まるで洗脳みたいに繰り返してるし。ほら、あの「信じて頑張っていれば、いつか神風も吹くし奇跡も起きマス」ってやつね。
 でもさ、その「根拠もなくろくに考えもせずに“信じる”のが好きな人達」が選挙で政治を動かす度に、ちゃんと頭でものを考えてる人が多大な迷惑を被ってるんだよね。

 維新の時代に薩長に唆されて「ええじゃないか!」と暴れて、ワケもわからないまま幕府を倒して。その結果、国民は富国強兵策で江戸時代より税を増され、徴兵制度で兵隊にも取られて。そして八紘一宇だの大東亜共栄圏だのとの美名のもとに、無謀なアジア征服戦争に一直線でしょ。
 その同じ“維新”の名を持つ政党が、二十一世紀のこの日本にもあるよね。その政党が天皇賛歌でしかない君が代をダイスキで、法律で強制してまで皆に歌わせたいのは、ホントに単なる偶然なのかな?
 前にも引き合いに出した「日本を一遍ガラガラポンして」と言ったのは、かの『維新の会』の橋下氏だけれど。少なくとも黒沢は、自分の国の未来を「ガラガラポンと」なんか変えられたくないよ。

 けど日本人の多くは、自分の国をガラガラポンしたいんだよね?
 ……っとにもうこの国の人達って、何度ダマされても懲りないと言うか、信じてはダマされるのが好きなんだよね。

 黒沢は大学の史学科では国史専攻コースをとったけれど、世界史もかなり好きだよ。特に古代ギリシアと古代ローマの歴史はとても面白くて、その時代に関する本は今でも読み続けているよ。
 中でもギリシャのアテネのアルキピアデスって政治家の生涯は、今の日本の政治を考える上でも特に興味深いよ。
 そのアルキピアデスは才能はあるのだけれどものすごい野心家で、自分の利益の為なら祖国を売って敵のスパルタに寝返っちゃうような大悪党でさ。でもアテネの民衆は、そんな悪党の売国奴をずっと支持し続けたんだよ。
 何故ならアルキピアデスはすごく口が巧い上に、かなりのイケメンだったから。

 古代ギリシアと古代ローマの歴史の何が面白いかって、アテネやローマの政治史を見れば、国の政治体制がどう移り変わるかがよくわかっちゃうんだよね。
 簡単に言うと、世の中は絶対王政から貴族の寡頭政治に変わって、それが民主政治に変わるの。けど民主政治も長く続くと堕落して衆愚政治になって、大混乱の後にカリスマ指導者(独裁者)が出てまた絶対王政に戻って……。
 世界の歴史を見る限り、政治ってそんな感じで絶対王政(独裁政治)→貴族(元老院議員とか政治委員とか)の寡頭政治→民主政治→衆愚政治→独裁政治と、無限ループを繰り返すのが必然なんだよね。

 せっかく政権を取った民主党は国民に愛想を尽かされかけているけれど、選挙で勝った自民党自体も完全に信頼を取り戻したワケじゃない。そんな中で国民に人気を保っているのは、小泉サンや石原閣下w、そして「独裁が必要」と公言する橋下氏や、この日本を昔の大日本帝国に戻したい安倍総理で。
 さて今の日本は、例の絶対王政が衆愚政治にまで落ちてまた振り出しの絶対王政に戻る無限ループの中の、いったい何処にあると思う?
 だから黒沢は、未だに小泉サンや石原閣下(w)に期待するだけでなく、独裁上等の橋下氏を歓迎し安倍総理を支持する今の時流が怖くて仕方ないんだよ。

 もしこれを見てくれた人の中に、マンガを描いたりアニメを作ったりしている人が一人でもいてくれたなら。頼むから貴方だけでも、「さあ信じなさい、信じるキモチがあれば奇跡も起きる!」と子供達を洗脳するのは止めてくれないかな
 あるいはもしも、ドラマの制作関係者や作家が一人でもいてくれたなら。「知性の薄い、亢奮しやすい頭脳の持ち主」を、カッコいい熱血漢のヒーローとして描くのを、頼むから止めてくれないかな
 考えるのがキライで信じたがりの興奮しやすい熱血漢たちに、この国がどんどんヤバい方向に押し流されそうで怖いんだよ。
 少なくとも初代の『ガンダム』と『宇宙戦艦ヤマト』は、子供達に「信じて戦え、奇跡は起きる!」とは訴えなかったよね?

 実は黒沢って、ただ中学生の頃にヒトラーの『我が闘争』を読んでただけでなく、筋金入りのドイツ軍マニアのミリオタなんだよ。もう戦争映画でドイツ兵をチラっと見ただけで、階級とか持ってる武器とか殆ど全部わかっちゃうくらいだし。出てくる戦車や軍用車の名前だって、ほぼすべて当てられるしね。
 ミリタリーグッズも雑納やらSS少佐の肩章やら幾つか持ってるけど、中でも大事にしているお宝は、錆びかけた空の弾倉が一個入った、ホンモノのシュマイザー短機関銃の弾倉ケースで。
 戦記モノの本もいろいろ読み漁ったし、マンシュタイン元帥やハインリーチ上級大将、それにビトリッヒSS大将やクルト・マイヤーSS准将など、武装親衛隊も含む幾人かのドイツ軍の指揮官達は本気で尊敬してるし。
 憲法は根っからの改正派で、自衛隊もさっさと日本国防軍にすべきだと思うしで、大学生の頃にはサヨクの学生達と何度も口論したよ。
 そんな黒沢だけれど、石原閣下wや橋下氏や安倍総理がもてはやされ、田母神氏に六〇万票以上入るような今の日本の状態は、どうにも我慢できないんだよ。
 今のこの国の人達に、『アカイイト』のヒロイン羽藤桂ちゃんの言葉を借りてもう一度言いたいね。
ストップ、独善

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お受験(16)・正義や愛国心を語りたがるヒトはキケンです

 あのさ、違う立場の人の考えや異論も聞いて、その結果「そういう見方もあるのか」って認めて意見を変えるのって、そんなにダメなことなの?
 人の意見を聞かず、ひたすら自分の考えを押し通して突っ走る政治家こそ「ブレない立派なカリスマ指導者」ってことでホントにOK?

 例えば少し前のNHK大河ドラマ『龍馬伝』で脚光を浴びた、幕末の土佐藩でも。己の正義だけを信じて反対派を殺しまくった武市半平太より、彼に殺された吉田東洋の方が黒沢にはずっと立派に思えるよ。
アカイイト』のヒロイン羽籐桂ちゃんではないけれど、「ストップ、独善」って黒沢もホントそう思うよ。
 けど東京都民も大阪府民も“独善”の政治家を選んできたし、日本人自体もそういう指導者を信じてついて行くのが好きだよね。

「信じる」って、黒沢から見ればただの思考停止状態にしか見えないんだけど。
 でも多くの日本人は信じるのが好きだし、と言うより「信じることは美徳」って感覚だよね。だって子供向けのアニメから大人が見るドラマまで、信じることの強さと素晴らしさを訴えてばかりでしょ。まるでもう何かの宗教の洗脳みたいに、「信じなさい、信じるキモチが一番大事なの」って繰り返してさ。
 アニメにもなってる少年ジャンプの某超人気マンガもさ、結局ただ「ナカマが大事、ナカマの絆を信じろ!」って繰り返してるだけでしょ。そして子供よりいい大人の方がそれにカンドーしてハマっちゃってるんだから、この国の大人たちってもう……。
 けど昔の人気アニメって、そんなに気安く「信じろ!」って訴えたかなあ?

 アニメを子供向けから大人が鑑賞できるものに引き上げたのは、知る人ぞ知る初代『ガンダム』だけど。その初代ガンダムは今のアニメと違って、「ナカマを信じろ!」とか「正義の為に戦え!」とか強く訴えたりしてないから。
 その少し前の『宇宙戦艦ヤマト』だって、敵の侵略者にもそれなりの事情があり、正義の為に戦ってるつもりが、実は自分達も異星人たちから見れば侵略者と大差ないものだった」ってメッセージも込められていたりしたんだよ。
 けど、今のアニメって「信じる気持ちの素晴らしさと大切さ」を、洗脳するみたいに繰り返すようなのばかりだよね。

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 恥ずかしながら『セーラームーン』、黒沢も時々見てマシタ。元祖美少女戦士のヴィーナス、それに巫女さんのマーズがちょっとお気に入りで……。ファンの方々には申し訳ないけれど、大きなお友達の方々に大の人気だった亜美ちゃんの良さは、実は黒沢にはちょっとわかりませんデシタ。
 ま、『ドレミ』や『プリキュア』と同じでキホンは低年齢の女児が対象だから、ストーリーがヌルくても当然だし、初代の『ガンダム』みたいな深い中身を求めること自体が間違ってるんだけど。うん、それは黒沢もよくわかってる。
 でも美少女戦士たちのバトルをニヤケながら見ていられたのは『セーラームーンR』までだったよ。次の『セーラームーンS』の途中から、見ていて何か腹が立ってきて、話の続きを見るのがいつの間にか苦痛になってしまってた。

 その原因は、『セーラームーンS』でストーリーのキーになる土萌ほたる。絵に描いたような(って言うか、そもそもアニメは“絵”なんだけれど)可憐な病弱美少女で、だから大きなお友達のファンも少なからずいて、マニア向けのショップでは、彼女のフィギュアもいろいろ売ってたくらい。
 でも黒沢はこの土萌ほたるで熱が一気に冷めて、セーラームーンを見るのを止めちゃいマシタ。

 簡単に言うと、土萌ほたることセーラーサターンは実は敵の秘密兵器みたいな存在で、彼女が覚醒しちゃうと地球が滅びちゃうワケ。だからセーラームーン達より少し大人の(と言ってもJKだけど)セーラーウラヌスとセーラーネプチューンは、地球&人類全体のことを考えた末の苦渋の決断で、土萌ほたるの命を狙ってる。
 けれど主人公の月野うさぎ達は、「だって、トモダチだもん!」って純粋なキモチとコドモの論理で、地球を破滅の危機に追い込んでも土萌ほたるを守ろうとするんだよ。ほら、あの「ひと一人の命は、地球より重い!」ってやつを、うさぎちゃん達はマジで実践しちゃうのでアリマス。
 で、強大な敵と戦いながら、土萌ほたるを巡ってセーラー戦士同士で内輪もめ……と。

 ひと一人の命と地球とどちらが重いかなんて、「そんなの、考えるまでもないダロ」と黒沢は思うんだけど。それにその一人の命を守ったところで、肝心の地球そのものが滅んでしまえば、結局守ろうとした一人も一緒に死んじゃんだよ? それって何も意味ないじゃん、ねえ。
 でも何せ視聴者層は(表向きは)主に小学生の女児だからね、結局はうさぎ達の「信じるキモチと友情の力」で土萌ほたるは救われ、同時に地球も救われるのでアリマス。

 ……わかってたけどさ、どうせそういうオチになるだろう、って。けどそれでも「信じるキモチが一番、信じるキモチさえあればどんな敵にも勝てる!」って思想を大真面目に説かれちゃうと、ひねくれ者の黒沢は胸がムカついて気分が悪くなってしまう
 その「信じるキモチ」とやらに頼って国力差も無視し、資源も戦略も無いままアメリカに喧嘩を売って、結果多くの国民を死に追いやった過去の歴史をちょっとは反省しろよ、って。

 敵に勝つのに必要なのは、まずは戦えるだけの力、そして次が悪知恵に近い頭というか戦略。これはただ戦争だけじゃなくて、政治でも商売でも、社内や教室内の勢力争いでもみんなそうだから。
 信じるキモチとか精神力とか、そんなの現実には子供のケンカでも何の役にも立たねーんだよ。戦力も戦略もないくせに、ただ「信じて頑張れ!」とか叫ぶ正義のヒーローって、超ウゼエ。

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 黒沢って、ガキの頃によく“正論”を振りかざして「間違ってる、周りのみんな」と戦っては、何度もフルボッコされてきたからね。「いくら正しくても、力が無ければ勝てない」って現実が、骨の髄まで染み込んでるんだよ。
 勧善懲悪がウリみたいなあの『水戸黄門』だってさ、助さんと格さん(アーンド風車の弥七や柘植の飛猿)が強いからこそ、「娘さんにカラんでる昔のDQNども」に勝てるんじゃん。いくら正義の味方のつもりでも、腕っ節が八兵衛レベルだったら、逆に悪者に袋叩きにされて、娘さんは連れ去られてテゴメにされるのがオチだって。

 あの戦争も、現実には大和魂では“鬼畜の米英”に勝てなかったし、神風も吹かなかったよね?
 あの『宇宙戦艦ヤマト』や初代の『ガンダム』では、「信じて戦え!」なんて訴えたりしなかった
 例の『セーラームーンS』だって、少なくとも理想論と現実論の間の葛藤はあったんだよ。セーラームーン達の“信じるキモチ”によってキセキが起きちゃって、土萌ほたるを殺さなくても地球を救えた後の、ウラヌスとネプチューンの「自分達は、いったい何の為に戦ってきたのだろう」という苦悩には、何か身につまされるような共感すら覚えたし。

 でも多くのアニメやマンガって、「それだけの力が無ければ、悪には絶対に勝てない」という面はあえてスルーして、と言うより半ば確信犯で「考えるな信じるんだ、信じるキモチさえあればキセキは起きるし、どんな強大な敵にも勝てる!」みたいな洗脳を繰り返してるんだよねぇ……。
 その子供の頃から繰り返されている「信じるキモチが一番大事!」って刷り込みが、黒沢はマジで怖いんだよ。

 例えば正義なんてものはね、現実には「トークで味方を増やすのに使う武器」でしかなかったりするんだよ。だから戦争の時には、どっちの側も「セイギは我にあり!」みたいなコトを力説するワケで。
 政治的指導者にとって正義だの愛国心だのなんてのは、ぶっちゃけ「国民をダマして兵隊にして、戦場に送り出す為のもの」でしかないんだよ。
 だからバトル有りの少年向け熱血マンガやアニメで「正義の為に戦え!」とか洗脳みたいに繰り返すの、マジで止めてほしいと思うよ。

 自民党も民主党も、中でも維新の会は特に「正しいのは自分達で、悪いのは相手」みたいに言ってるし。同じように中国も韓国も北朝鮮も、「日本は悪で、正義は我が国にあり!」と思ってるし。ドクロの旗を掲げる“海のSS”ことシーシェパードだって、「自分達こそ正義の味方で、鯨やイルカを殺す日本人は野蛮人だ!」と思ってるし。
 そうそう、SSと言えばかのヒトラー配下の第三帝国の兵士達だって、ショッカーとかみたいに「俺たちゃ世界征服を目指す悪の軍団だぜ!」とか思ってたワケじゃないんだよ。祖国を救う為に悪(←共産主義とユダヤ人)と戦っている、正義の戦士のつもりだったワケでさ。
 ナチも北朝鮮もシーシェパードもさ、結局みんな「正しいのは自分達で、セイギの為に戦ってる」と信じてるんだよ、悲しいくらいマジで。

 だから黒沢はセイギなんか信じないし、と言うより何かにつけて正義を振りかざして「信じてオレについて来い!」みたいなスタイルの指導者(政治家でも宗教家でも)ほど、マジで胡散臭いヤバい奴にしか見えないんだよ。
 世の中を敵と味方に“わかりやすく”分けて、「諸悪の根元はオレの“改革”に反対する敵のヤツらで、抵抗勢力をブッ潰せば世の中すべて良くなる!」みたいに叫ぶ政治家ってのは、本質はヒトラーと同じだからね。
 そうそう、スターリンや毛沢東は違うけれど、ヒトラーはちゃんと選挙で国民に選ばれたワケで。だからこの国でも選挙で“ヒトラー”が指導者に選ばれてしまう可能性が、本当にあり得るのだよ。

「独裁者を選挙で選んじゃうって? 国民はそんなバカじゃないよ」と言う人、きっとかなり多いだろうね。
 でもこれまでの選挙の結果を見ても、黒沢は「我らが日本人は、民主的な選挙で独裁者を選びかねない」って本気で思ってる。
 ハッキリ言うとね、黒沢はセイギとかだけじゃなくて、日本人の理性や知性も信じてないんだよ。だって太平洋戦争の時の、あの集団ヒステリーみたいな熱狂ぶりを見れば……ねえ。

「欲シガリマセン、勝ツマデハ」で、日本が勝つと信じない者はみな非国民扱いでイジメ抜いて。そのくせ一度負けたら、掌返しで鬼畜の筈のアメリカさんにギブ・ミー・チョコレートでしょ。
 天皇陛下は神で「お国の為に喜んで死にます」が、あっと言う間に民主主義万歳で、何でも自由がイチバン。僅か数年で平気でこれだけ一八〇度変われるこの国民の、どこに知性や理性がありマスか?

 近年劣化(スイーツ化?)の度合いを増しつつあるNHK大河ドラマだけど、その第一作は井伊直弼と長野主膳の生涯を描いた『花の生涯』だったんだよね。その原作者の舟橋聖一は、本の中でこう書いているんだよ。

知性の薄い、亢奮しやすい頭脳が、この国では熱血漢として珍重されている

 日本人って、ホントに全くその通りなんだよね。
 尊皇攘夷の志士達がこの国を具体的にどう変えるつもりなのかも、その結果自分ら国民の暮らしがどうなるかもよくわからないまま、殆ど気分で「ええじゃないか!」と幕府をブッ倒しちゃったのが、かの明治維新ってやつでしょ。 今、維新、維新と叫ぶ政治家たちを好きな人も、同じその種の人達だよね。
 そう言えば『龍馬伝』でも、その種の熱い漢たちwwwが大勢出てきたよね、それも主に、龍馬の仲間や薩長の倒幕側に。
 小泉サンでも橋下氏でも石原閣下wでも、その種のいわゆるカリスマ政治家に一票入れちゃう「誰かについて行きたい信者たち」も、同じように頭でものを考えるのが苦手な“熱血漢”が多いよね。ほら、いつかテレビの街頭インタビューで、「橋下さんの改革に反対するヤツは、オレが行ってブン殴ってやる!」と息巻いてた、威勢の良い大阪の兄チャンみたいな……ね。

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お受験(15)・“決められない政治”より怖いもの

 時代をちょっと、今から七十年ほど前に遡ってみようか。
 我がテイコクがせっかく手に入れた権益と植民地にケチをつけられて、ABCD包囲陣とか作られて。そして「言うこと聞かなければ、もう石油を売らねーゾ」と脅されて。
 そこで冷静に(イギリスやオランダはともかく)アメリカとの国力の差とか考えたら、「ここは悔しくとも外交交渉で、譲れるものはギリギリまで譲り、ある程度の権益を守ろう」って思うのが理性と常識だよ。ほら、臥薪嘗胆って言葉だってあるじゃん。

 当然、国内の右派とアメリカとの板挟みになって、落とし所を決める交渉はかなり厳しいものになると思う。理屈の通じない、聞く耳を持たないバカは、いつの時代にも大勢いるからね。
 国力の差を冷静に比較すれば、どう考えてもアメリカと戦って勝てる筈がない。だからある程度の譲歩はやむを得ないのだけど、譲れば国内世論が許さない。黒沢も「戦争は無理、交渉で解決しなきゃ」とは思うのけれど、その交渉をする外務大臣にはなりたくないね。

 だから正解の見えにくい事をいろいろ考えて悩むより、「精神力さえあれば勝てる!」と信じちゃう方がずっと楽なんだよ。
 日本は神の国だ、負けるなんてあり得ない!
 統計だの戦力差だの一切無視して、頭からそう信じさえすれば、「やっちゃえOK!」で真珠湾も奇襲できちゃう。
 そしてどんなに戦況が不利になり、各都市が焼け野原になって原爆まで落とされても、大和魂と必勝の信念で「空襲はバケツリレー、敵戦車には竹槍で突っ込めばOK」と。

 うん、キミが何を信じようが、それはもちろん個人の自由だよ。
 でも“信じる”ってさ、一つ間違えると自分だけでなく多くの他人の命を奪い、挙げ句に国まで滅ぼしかねないくらいコワいことなのだよ。何しろこの国は議会制民主主義で誰にも平等に一人一票で、その結果、近年では国政選挙の度に日本が大きく右に左に振れてるでしょ?

 例えば自爆テロをした人も魔女狩りをした人達も、みんな信じるものの為に良い事をしているつもりだったんだよね人を殺すのを楽しんでいるサイコパスなどでは全然なくて、悪と戦う正義の味方のつもりだったんだよ。少なくとも“自分の中”ではね。
 かの十字軍が、見事“聖地”エルサレムを攻め落とした時のこと。キリスト教徒の兵士らは、そこに住んでいたイスラム教徒を女も子供も関係なく殺しまくって、イスラム教徒の血に踝まで浸りながら、歓喜の涙に震えていた」そうだよ。
 そう、これが自分の頭でもの考えるのをやめて、神やら何やらを信じたことの結果なのだよ。

 日本人って欧米と白人が大好きだからさ、よくいるよね、カッコイイつもりで気安く『○○十字軍』とか名乗っちゃう人達。ほら、草刈り十字軍とか、お掃除十字軍とか。十字軍の意味も、彼らが“聖地”でした事も全然知らないで。
 そういう無知と言うか無邪気な人達を見る度にね、黒沢は心の底から「……バカ」って思うね。
 って言うと、すぐムッとして「だって、そんなの知らなかったんだモン!、何よ人をバカにして!!」って逆ギレする人が多いよね。あるいは、「いーじゃん、そんなの雰囲気やイメージなんだから。そんな難しい理屈をこねて空気を悪くすんなよって」とかね。

「それにさあ、十字軍とかって大昔のことじゃん。今の日本でそんなこと、絶対あり得ないよ」って?
 いや、黒沢が見るところ、それがそうとも言い切れないんだよ。
 たまたま見ていたテレビの街頭インタビューで、いかにも威勢の良さそうな大阪の兄ちゃんが、こんなことを言っていてさ。「橋下さんの改革にガタガタ言うヤツは、オレが行ってブン殴ってやる」って。

 うん、もちろんそれはその場のノリと言うか、ただ口先だけのことだろうけどね。事実その後、「反橋下派の政治家が、橋下氏批判に怒った市民に殴られました」なんてニュースを聞いたこともないし。
 けどこの種の「○○さんに反対するヤツは、問答無用でブッ潰す!」ってノリの、昔の青年将校みたいな兄ちゃんが、十人、百人、そして千人と増えて、さらに彼らがある意図を持って組織的に集められたら、さあどうなると思う? それこそヒトラーとナチの、かの突撃隊の再来だよ。

 日本の例の二・二六事件だって、多くの国民が殺された政治家たちよりテロリストの青年将校たちの方に同情的だったしね。
 子供の頃から歴史が好きで大学も史学科を出た者として、「何かを強く信じて理屈の通じない人」って、心から怖いと思よ。十字軍の兵士であれ、日本の昔の青年将校であれ、今のイスラム原理主義者であれ、狂信者たちってマジで大勢の人を死なせて国を滅ぼすから。
汚職は国を滅ぼさないが、正義は国を滅ぼします。五・一五と二・二六事件の青年将校は正義のかたまりでした
 こう言ったのは、高名なコラムニストの山本夏彦さんだけれど、黒沢もホントにそう思うよ。

 なぜ正義が国を滅ぼすか、って?
 それは『アカイイト』ってプレステ2のゲームの主人公、羽藤桂ちゃんの言葉で説明しようか。

「人の道に基づくのは大いに結構ですけどね、人道や正義なんていうものは、生まれや教育や宗教観で違ってくるわけで、それをグローバルに押し通そうとすると齟齬が生じるものなのです。
 ストップ、独善


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 この『アカイイト』は評判以上に良いゲームだったんで、いつかこの場でも紹介したいと思ってマス。
 それはソレとして、例えばアメリカとアルカイダだって、お互い“正義”の為に命を懸けて“悪”と戦っているつもり、なんだよね?
「信じるものの為に全力で突っ走る」って、一見カッコイイようだけど。傍から見れば「独善」でしかないんだよ、マジで。
 自分の言い分を一つ聞いて貰うには、相手の言い分だって一つ聞いてあげなきゃならない。それが現実だし、この世の中を生きて行く知恵ってやつさ。
 そこで「オレが絶対正しい!」って信じて自分の言い分を押し通したら、後はもう喧嘩か戦争しか道は残らないワケで。
 だから黒沢は小泉元総理や橋下氏や石原閣下wや安倍総理のような政治家は、ただキライと言うより国の災いのもとと見ているし彼らに一票を投じる国民をもっと怖いと思う。

 よくさ、近年「決められない政治」の弊害が云々されているけれど。そしてその結果、前回の参院選で安倍自民党が大勝したんだけどね。
 けど「決められない政治」って、そんなに悪い事かなあ? そりゃあ良い事じゃないけれど、世の中には「決められない政治」よりもっと悪い事があるんだよ。
 それは何かって?
 ズバリ、「悪いコトをどんどん決めて行く政治」だよ。

 あの小泉政権時代に、日本がどれだけ悪くなったと思う? 日本の幾多の優良企業が外資に喰い荒らされ、正社員はどんどん切られて派遣さんばかりになって、福祉も医療も切り捨てられてさ。あの“改革”は国民の大多数にとってはマイナスでしかなく、良い目を見たのは一部の投機家と利権屋だけでしょ。

 確かに民主党政権は無能で何も出来なかったよ、けど少なくとも、国民にとって小泉時代ほどのマイナスは無かった筈。
 でも日本人ってMの気質でもあるのか、何も出来ず停滞をもたらしたゼロの民主党政権より、国民に痛みをもたらすコトをいろいろ決めてマイナス方向に世の中を動かした小泉さんを、ずっと高く評価するんだよね。
 戦時中には「欲シガリマセン、勝ツマデハ」って言って、小泉時代には「痛みに耐えて……」って言ってさ。ホント、日本人ってよっぽどマゾ体質なんだろうね。

 あの小泉時代に、真に痛みに耐えていたのは一般の国民だけでさ。議員サンや公務員や大企業が「痛みに耐えていた」ようには、黒沢には見えなかったんだけどね。これが外国だったら暴動の一つも起きて当然だろうに、国民自身が「痛みに耐えて」を合い言葉みたいにしちゃうんだもの。
 日本人の気質って、ホントにもう……。

 そしてその国民が選んで、今も高い支持率を保っている安倍さんだけど。
 安倍さんはよく「日本を取り戻す」って言ってるけどさ、アレは言葉が少々足りなくてね。正確には「大日本帝国を取り戻す」って言いたいんだよ。戦前の天皇中心の国家主義の、あの日本をね。
 安倍さんの言動やら、自民党の憲法改正草案をよく見てみてごらん。その事があからさまに透けて見えてくる筈だから。
 もう一度繰り返させてほしいよ、「決められない政治より、悪い事をどんどん決めて行く政治を選びたいの?」って。

 これは自民党の元議員だった加藤紘一さんが、新聞のインタビューで話していたことなのだけれど。
 加藤さんが山崎拓氏と小泉氏の三人でYKKと呼ばれていた頃、加藤さんと山崎氏の二人は政策について盛んに議論するのに、小泉氏は殆どそれに加わらない。
 で、加藤さんが何故話に加わらないかを尋ねてみたところ、まだ総理になるずっと前の小泉氏はこう答えたそうだよ、「議論するとブレるから」って。

 そりゃ絶対ブレたりしないよね、相手の意見を聞かず、話し合いもしないでただ我が道を突っ走っていれば。そう、これがあの人気の「ブレない政治」の本質なんだよ。
 でも民主主義のキホンって、話し合いではないのかな? 相手の意見も聞かずに自分のセイギだけ押し通すのは、独善って言うのではないのかな?
 ハシズムの橋下氏は自ら「独裁も必要」って公言しているようだけれど、橋下氏だけでなく小泉元総理も石原閣下wも、間違いなくみなファシストだね。
 そして国民にも、「誰か偉大な指導者サマについて行きたい」って人が怖いくらい多いし。

 そーゆー人達って、北朝鮮でもきっと幸せに暮らして行けるのではないかな。偉大な指導者サマを信じて讃えてさ。あの戦争中の日本人の姿を考えれば、まーそこんトコはたやすく想像できるけれどね。
 けど黒沢は「○○サマを信じて、どこまでもついて行きマス」みたいなドレイ根性は欠片も持ち合わせてないからさ、「カリスマ指導者なんてイラネ」って心から思うよ。
 そうそう、大日本帝国憲法では国民は国民でなく、現人神である陛下の“臣民”だったんだよね。でも黒沢は、相手が神であれ何であれ、自分が誰かのケライになるなどと思うだけで、正直に言って吐き気がしてくるよ。

 ね、「伝説のエデンの園は、実は北朝鮮にあったらしい」って説を、キミは知っているかな?
「ふざけんな、エデンの園が何であんな国にあるんだよ!」って?
 でも北朝鮮の人達って、「人々は裸で暮らし住む家も食べるモノもなく、でも自分達は“地上の楽園”に住んでいると信じている」じゃん。
 ま、これは黒沢のお気に入りの小咄の一つなんだけどさ。
 でも北朝鮮って、マジで自分達の国を地上の楽園と言ってるんだよ。そして黒沢が子供の頃の日本のサヨクの知識人達も、ガチでそう信じてたんだよね。
 ……信じるって、ホント怖すぎるでしょ?

 懐疑主義って言うのかな、黒沢は何も信じてないし誰にもついて行きたくないし、何でも一つ一つ自分で考えて判断しているよ。
 一万円ちょっとのコンデジ一台買うのにもさ、ただ店頭で触ってみるだけでなく、カタログでスペックを調べ専門誌の記事も読み、ネットのレビューもできる限り目を通して、いろんな見方を頭に入れた上で「あーでもない、こーでもない」と迷いに迷ってからやっと決めているよ。
 こんな面倒くさくて回りくどいやり方、かの小泉サンやその信奉者たちには、「ブレ過ぎててダメだ」って叱られちゃうだろうね。
 けど黒沢は、それでも一つ一つ考えて考え抜くのをやめたくないんだよ。

 源義経ってホントに英雄で、義経を殺させた源頼朝は悪人なの?
 吉良上野介は強欲な悪人で、浅野内匠頭はホントにその犠牲者で家来たちは立派だったの?
 こういう世間の皆が「そんなの常識ダロ」って信じてることでも、黒沢はちゃんと調べて自分で確かめてみないと納得できないんだよ。
 そうして何でも疑って調べてみると、「世間のジョーシキ」ってのがいかに間違ってるかが、ホントによくわかってくるよ。
 機会があればいつか詳しく書くけれど、今は手短に結論だけ話すね。吉良も頼朝も、欠点はあるけれど実は信じられてるほど悪い人ではないよ。むしろ義経は汚い手ばかり使う野心家で内匠頭はバカ殿、そして浅野の家臣は悪者ではないけれどズバリ無能だね。

 浅野の家臣は無能って、大石内蔵助についてはかなり異論があると思う。でも大石が活躍したのは、大切な御家が取り潰されちゃってからで、それまでは昼行灯と呼ばれていたような人でしょ。
『暴れん坊将軍』などに見るように、徳川吉宗は名君として今も庶民に人気だけれど、実は吉宗に失脚させられた尾張藩主徳川宗治の方がずっと進んだ考えの持ち主で魅力的だよ。田沼も同じく先進的な政治家で、松平定信は江戸時代最悪の改革者だし。
 という具合に、自分でよく調べてみると教科書のジョーシキって、ホントに事実と違うことばかりだよ。だから黒沢は人の言う事や常識もすぐ信じたりしないし、どれだけ悩んで迷ってその結果ブレることになっても、自分のアタマで考えるのを死ぬまで止めたくないんだよ。

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お受験(14)・“信じる者”はコワイ上に救われマセン

 でも黒沢はつくづく思うんだけど、「信じる」って罪なことだよねえ。宗教とか見ていても、「信じるって、人を“既知外”にしちゃうことなのかも」なんて思ってしまうよ。
 だって歴史が始まって以来、戦争とかテロって殆ど宗教がらみでしょ? 十字軍だの三十年戦争だの魔女狩りだの、ピサロとコルテスの南米征服だのは言うに及ばずだし。民主主義や人権が常識になってる筈の現代ですら、パレスチナ紛争も九一一テロも、スーダンでの長い内戦も、トルコやイラクで揉めてるのも、みんな宗教のせいじゃん。
 宗教って、黒沢は本質的に衆狂集凶になりやすい性質を持っていると思う。「衆を狂わせ、集まって凶をなす」ってね。ま、日本の宗教はそれよりも「クサい教えでおカネを巻き上げる」っていう臭教の方が多いんだけどさ。

 なぜ宗教が危険で人を狂わせるかって言うと、「神は自分の命以上に大切な、一切の反論や疑問を許さない絶対不可侵のもの」だからさ。
 例えばある宗教を熱心に信じてる人にとっては、「お前バカだなあ」って言われるよりも、「お前が信じてる宗教の総裁って、どう見ても我欲まみれの脂ぎったオッサンじゃん」とか言われることの方が、ずっと許せない事で我を忘れて激怒しちゃうワケ。それこそもう、殆ど発狂しちゃうくらいにね。
 神を心から信じてるヒトって、ホント怖いよ。だってそういう人達の頭の中では、間違いなく「神>自分の命>自分の身内や友達>異教徒≒悪魔」だもの。
 で、自分と同じモノを神と崇めない者はみんな敵で悪魔、だから殺してもOK(それどころか正義)って話になっちゃう。歴史を学べば学ぶほど黒沢には「宗教≒衆狂=集凶」と見えちゃうんだけど、これって間違ってるかな。

 いや「宗教の本質は慈悲で、多くの人の魂を救ってきていて……」とかの建前だったら、もう充分聞き飽きてるから。そんな戯言より、宗教のせいで大勢の人が殺し合っている現実を見ろ、ってコト。
 そう言えばこの日本にも、教団に邪魔な者を殺すのを「救済」とか言って、実行もしちゃってたヤバ過ぎる宗教があったよね。それもほんの、十数年前に。
 そこまでは行かないまでも、自分たちの宗派の教えを信じようとしない者を、拉致同然に力ずくで布教所に連れて行って、洗脳に近いことをしていた教団があるんだよね。
 折伏、って言うんだっけ? で、彼らはその犯罪まがいの布教をしながら、「自分たちは良いことをしている」って正気で信じてたんだよね。
 そしてその教団が政教分離の大原則を破って、我が祖国の政治に一枚噛んでいて大きな影響を与えているのだから、ホラー映画どころではなくマジで怖い話だよ。
 ちなみにその教団は、フランスなど幾つかの国ではしっかりカルト教団と認定されておりマス

 宗教に限らず、信じる」ってぶっちゃけ思考停止状態、「自分のアタマで考えるのを止めること」なんだよね。
 あるメーカーを信じる。だからそのメーカーの製品は何も迷わずに買うし、そのメーカーをけなす人は「オレをブジョクするオレのテキ」。
 ある物書きを信じる。だからその物書きの作品はすべて買うし、その良さがわからないヤツは「ニホンゴも解らないバカ」。
 奇跡はあるし不思議な力もあると信じる。だから願いが叶うネックレスとか幸運を呼ぶ壷とか、高いお金を出してでも買っちゃう。
 このヒトは良い人だと信じる。だから二人きりで飲みに誘われてもついて行くし、「気分が悪くなっちゃってさ、ホテルでちょっと休んでイイ?」と言われても、「ついていて看病してあげなきゃ」って思っちゃう。
 妻を信じる。だから妻の帰りが妙に遅くなっても、アヤしいメールや電話が妻のケータイにいっぱい入ってても、ホテル街をオトコと歩いてる現場を見ても、妻の言い訳を全部受け入れて「彼女は浮気などしていない」と思う。
 ……こういう方々を見るとね、信じることが美徳だと思ってる人達って「もしや知的な方面でチャレンジされているのでは?」なんて思っちゃうよ。

 では人は、どうして何かを信じたがるのか。
 楽だから。ズバリそれに尽きるね。
 だっていちいち疑って考えるのって、とてもシンドいことだから。

 例えばキミがデジカメを買いたいとする。けど、キヤノン、ニコン、ソニー、パナソニック、富士フイルム、それにオリンパスにカシオなど、メーカーも有名どころだけでもいろいろあるよね。販売店だって、キタムラ、ヨドバシ、ヤマダ、エディオン、それにアマゾンなどいろいろだ。
 だから店に行ってデモ商品を見て触ってみたり、カタログを持ち帰ってスペックを比べてみたり、ネットのレビューを見てみたりと、無数にあるデジカメの中から「コレだ!」っていうたった一台を選ぶのは、ホント面倒で大変なことだよね。
 そして「コレだ!」という一台が見つかっても、次はどこで買うかで悩まなきゃならない。相場や各店の値段を調べて、さらに「故障したら心配なネットの安い店と、長期保証アリの大型店と、さあどっちで買うか?」と悩んだりね。

 でも例えばキミがソニーの信者で「買うのはいつも近くのジャマダ電機」と決めていれば、話は超簡単だよ。ただいつものジャマダ電機wに行って、店員をつかまえて「ソニーのデジカメなら何がおススメ?」って聞けば良いだけだからね。
 浮気だって「オレは彼女を信じる!」って言い切っちゃえば、状況はどんなにクロに近くてもいちいち疑わないで済むし。
 今の日本は不景気だし矛盾もいっぱいで将来が心配だ、だから「すべて戦後教育と公務員がワルい」とか、「ア○ノミクスを実行すれば、日本は必ず取り戻せる!」とか、簡潔に力強く断言してくれるカリスマ指導者がとても頼もしく見える

 人はいつか必ず死ぬ、でも死んだらその後どうなるか解らない。だからその不安を解消するために、そもそも“神”と“宗教”ってやつが生まれたんだけれどね。
 でも現実に神を見た人も、あの世とやらを見て来た人もいないワケで。「神を見た」とか「あの世を見て来た」とか言う人は少なからずいるけれど、それはその本人がそう言っているだけの話であって、神の存在が実証されたわけでも、あの世に記者やテレビカメラが入ったわけでもないよね。
 だからありがたい神のお言葉もあの世のことも、結局は生身の人間の宗教家が、証拠も根拠もナシに「そうなのだから、疑わずに信じろ」と断言しているだけのことでしかないワケで。

 そーなんだよ、「疑わずに信じて良いもの」なんて、この世に只の一つもありはしないんだよ。
 けど神もあの世のことも信じないとすると、「死んだらどうなっちゃうんだろう?」とずっと不安なままでいなきゃならない。
 家電選びだって選挙だって彼女が浮気してるかだって、みんなそれと同じだよ。疑っていろいろ考え出したら、本当にもうキリが無いし精神的にもキツい。
 だからソニーでもニンテンドーでもアップルでも、小泉元総理でも橋下さんでも石原閣下でもアベちゃんでも、彼女でもどの宗教でも、信じてしまえば後はただその“何か”について行くだけで、キミ自身はもう何も考えることも悩むことも無くなるし、心の平安が得られるのだよ。
 そう考えると「信じる」って、ものすごーく楽なことだとわかるよね?

 だからこそ「信じる」って、すごく怖い事なんだよ。だってキミの一時の心の平安の為に、キミの命や未来の人生を、他の誰かに託して任せてしまう……って事に他ならないからね。
 今の日本は民主主義で、民主主義の基本である選挙は、ノーベル賞の大博士でもDQNでも一人一票なんだよね。だからもしキミが自分の頭で考え自分で判断するのをやめて、神なりカリスマ指導者なり何かを信じて、その言うなりに動くようになると、キミの家族や友人達だけでなく、この国の未来までヒドいものにしてしまう可能性もあるのだよ。

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お受検(13)・とにかく“信者”はコワいデス

 前にも話したように、黒沢をギャルゲーに目覚めさせたのは『同級生2』だよ。でもそれを更に「抜け出せないドロヌマ」に引きずり込んでしまったのは、『メモリーズ・オフ』のシリーズを始めとするKIDの諸作品なのだ。

 二次の女の子を愛するディープなギャルゲー好きには、某ゲーム会社の作品の熱烈な信者サマが多いんで、コレを言うと後の祟りがヒジョーに恐ろしいのだけれど。
 いろんなギャルゲーをプレイしてみての、有名どころのギャルゲーのメーカーに対する黒沢の評価は、「KID>プリンセスソフト>Key>インターチャンネル」って感じなのだ。

 つい自分の経験とも引き比べて、いろいろ考えさせられてしまうのが、KIDの鬱ゲーで。
 別に何も考えさせられたりしないけれど、とにかくエンタメに徹して気軽にゲームを楽しませてくれるのが、プリンセスソフト
 プレイしている時はその世界に入り込んでしまうし、丁寧に巧く作ってあるとも思うのだけれど、黒沢とは本質的に相容れぬ何かを感じてしまうのが、例のKey
 以前紹介した『インタールード』とか、中にはアタリもあるけど「ハズレが多すぎるダロ!」ってのがインターチャンネル
 ちょ、ちょっと待って、激昂しないで下され、某ゲーム会社の信者の方々。コレはあくまでも、黒沢個人の評価と好みなんで……。黒沢は不思議な力とか奇跡とかを基本的に受け入れにくい人なんで、ファンタジー色の強いゲームにはどうもハマれないんだよ。

 黒沢が見るところギャルゲーには、大きく分けて二通りがあるような気がするよ。
 まずはリアルな女性像などまるで無視して妄想と願望だけで作った、生まれてこの方女の子と付き合ったコトも無ければ、現実に彼女を作ろうという意欲も無い真のオタの為のギャルゲー
 そしてもう一つ、ゲームやアニメも好きだしマンガも読むけれど、それ以外にも趣味があって、恋愛経験もあり彼女(←三次の)がいたこともあったりする、隠れオタの為のギャルゲー
 で、KIDのゲームは間違いなく後者の方が多いような気がするな。奇跡や不思議な力などが当たり前に出て来ちゃうような、ファンタジー色の濃いゲームも比較的少ないような気がするし、ヒロイン像も「あり得ねーだろ!」って叫びたくなっちゃうほどオトコの願望に沿って理想化されてもいないし。
 だからリアルな女性もいろいろ見ている黒沢としては、奇跡や不思議な力や可愛いだけのヒロインが出てくるゲームより、KID系の修羅場アリの鬱ゲーの方がずっとそのゲームのセカイに入り込みやすいんだよね。

 まっ、ギャルゲーってそもそも、男子が楽しむ為のものだからさ。ヒロインは美少女かつ性格も可愛く一途に尽くすタイプで、ストーリーも男に都合良く運んで当然なんだろうけど。
 でも生身の女の子と実際に付き合って、そして何度も痛い目に遭い、オンナのイヤな面もたっぷり見せられてごらんよ。あり得なさ過ぎるほど理想化された、男に都合の良すぎるヒロインを出されちゃうとね、癒されるどころかドン引きしちゃうから。
 奇跡や不思議な力などもそれと同じで、説得力のある設定でよほど上手に騙してくれない限り、まだ純でピュアな少年達はともかくとして、既にヨゴれてしまった大人はただシラケてしまうだけなのデスよ。
 そんな黒沢が片端から買っているのが、今はもう無いKIDのギャルゲーなんだ。で、『セパレイトハーツ』とか『We/Are』とか『ホワイトブレス』とかの、ネットのゲームレビューではあまり評判されていないようなKIDのゲームも大好きだったりするのでアリマス。

セパレイトハーツ(通常版)セパレイトハーツ(通常版)
(2006/02/23)
PlayStation2

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 ま、細かいことを言えば『We/Are』は不思議な力と言うか超能力が重要なポイントになっているし、『ホワイトブレス』も最後に奇跡が起きるかどうかで、グッドエンドとバッドエンドに分かれるんだけどね。
 ただKID作品のヒロイン達って、「いかにもギャルゲー」って感じの子が、他のギャルゲーメーカーより少ないような気がするんだ。喋り方とか反応とか、何かリアルな女の子により近いように思えるんだよ。メインヒロイン以外の女の子なんか、特にね。

ホワイトブレス~絆~(通常版)ホワイトブレス~絆~(通常版)
(2006/11/22)
PlayStation2

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 だからKIDのギャルゲーって、二次のみを愛するディープなギャルゲー好きにはウケが悪いみたいなんだけどね。ネットのゲームレビューを読む度に、黒沢は「ギャルゲー好きのオタと、リアルな恋もしている一般人との間の深い溝」を心から感じるよ。
 だって黒沢がリアルな世界で何度もフラれたり裏切られたりして、血の涙を流すくらい痛い思いを繰り返してきた経験から「こんなのが実際に居たら、絶対地雷オンナだってば!」って断言できるヒロインが、ギャルゲー好きにすごく高評価でモテモテなんだもの。そして逆に「彼女にするなら、こんな子がおススメ」って自信を持って言えるヒロインは、ギャルゲー好きにはたいてい人気がなくて黙殺に近い状態なんだよね。

 とにかくリアルな恋愛の経験者と“実年齢=彼女いない歴”のオタとでは、「おススメの子と地雷オンナ」の感覚が違いすぎるんだよ。それはもう、真逆と言ってもイイくらいにね。
 ハッキリ言って黒沢も昔は女を見る目が本当に無くてさ、地雷オンナばかり追いかけて、本当にいい子には気付かなくてスルーしてたんだよね。その自業自得で、もう何度となく痛い目に遭ってさ。
 だから「これを読んでくれた皆は黒沢みたいなバカな失敗をしないで、本当に良い子を逃さないでほしいよ」ってのも、この一連の駄文を書き始めた動機の一つなんだけれどね。

 ただ黒沢は無神論者だし、そもそも“信じる”ということ自体が生理的に苦手な人だから。どんなに好きで贔屓にしているメーカーでも“信者”にはなれないし、KIDの作品でも大キライなゲームは幾つもあるよ。
 例えば『モノクローム』や『カラフルBOX』、それにナゼか異様に評価の高い『クロスチャンネル』とか、プレイしていてハッキリ言って不快感しか抱けなかった。
 勿論これはあくまでも黒沢の個人的な感覚で、上記のゲームを「超楽しくて大好き!」と言う人が多数派であることは承知の上で、少数派の異論をあえて言っているんだけどね。

 黒沢が『カラフルBOX』と『クロスチャンネル』が苦手な理由は、簡単に言えば「ギャグに対する感覚の違い」ってトコだけど。ただそれについては今回の話の本筋から外れてしまうから、詳しくはまた別の機会に話すね。
 そうそう、『クロスチャンネル』のシナリオを書いた人にも、「反論は絶対に許さない、黒も白と言い張る信者サマ」が数多くいらっしゃるからさ。だから『クロスチャンネル』について批判的なコトを言うのは、「刃物を持ったアレな人達と目を合わせちゃうくらいキケンな事」なのだけれど。
 さらに某ゲーム会社の諸作品にも、それ以上に異論を許さない“狂”の字が付く信者サマが多くいらっしゃるから。その会社のゲームに肯定的でない意見を言う時には、ガソリンタンクのすぐ傍でライターをつけちゃうくらいの覚悟が必要なんだよね。

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お受験(12)・大学に入って“ぼっち”になるのは…

 黒沢はC大はホントに滑り止めのつもりで受けていて、実際に通うことなどと想像もして無かったからさ。だから合格したとわかった後も、「いっそ浪人して、もう一度A大とB大を受け直そうか」なんて、ちょっとだけ思いかけたりもしたよ。
 けど「受かったのに行かないとしたら、ただ時間と受験料をムダにしただけになるじゃん」って思い直してさ。で、少し迷いはあったけれど、そのままC大に行くことにしたよ。

 マンモス大学だけに、まず入学式から武道館で。そしてキャンパスは都区内で、オリエンテーション期間に行けば、いろんなサークルが盛んに勧誘してて。
 ただ私大の中では授業料が三本の指に入るほど安いだけに、校舎は薄汚い上に劣化もヒドくて、特に学食など「どこの場末の飯場だよ?」って感じだったよ。だから学生サークル用のスペースなんか、マジで地下倉庫という感じでさ。

 都区内の狭い敷地内にギッシリ建てられたボロの校舎の群れの中でも、旧七号棟と呼ばれている校舎の朽ち果て具合なんか特にヒドくて、殆どもう廃墟、って感じだったよ。
 古~い木造の三階建てで、昼も薄暗い廊下の床板は所々腐りかけていて、天井から裸電球がぶら下がっていて……という感じ。
 だから通称、お化け屋敷
 老朽化が進み過ぎて危険なんで、もう教室としては使われてなくて、でも取り壊す予算もないんそのまま放置されていて。で、そこを一部のサークル(←殆ど体育会系)が半ば無断で占拠して使っててさ。
 廃墟ブームの今なら、ちょっとした観光スポットになったかも知れないけれど。でも当時はただ不気味がられるだけで、大部分の生徒は近寄ろうともしなかったな。
 実際、「何年か前の大学祭の晩、ある女子学生がその旧七号棟に拉致られて、そこでレイプされて殺されて……」という噂が囁かれていたくらいだから、「あの“お化け屋敷”にはユーレイが出る」という噂も、マジでシャレにならなかったデス。
 ま、旧七号館のその殺人事件やユーレイの話も、実際は都市伝説的なデマだろうと思うけどね。

 ネットでは「大学に行った途端にぼっちになった、高校時代は良かった」みたいな話も時々目にするけれど、少なくとも黒沢の周辺ではそんなコトは無かったなー。
 黒沢が行ったC大の史学科は、偏差値はともかく競争率だけは高かったからね。だから受かった生徒は、もうそれぞれ“各県代表”って感じだったよ。ホントに同じ市どころか、同じ県から来た人だって殆ど居なかったくらい。
 そんな感じで、皆が知り合いなど誰もいない中に一人でやって来て、同じ“ぼっち”の状態から少しずつ仲良しグループを作っていってさ。

 だから黒沢としては、中学から高校に進学した時の方がむしろキツかったな。だって地元の高校に進学するとさ、同じ中学から来たヤツらが最初から固まって楽しそーにして、割り込めない空気を作ってたりするじゃん。
 けど黒沢が行った学科では、入学した時点では皆が知らない者同士で、少なくともスタート地点では互角の条件で友達作りを始めたから。だからもし入学した後もずっとぼっちのままだったとしたら、原因はその本人にあるとしか言えないワケで。

 それに黒沢が進学したのは、経済学部とか英文学部とかじゃなく、何たって文学部史学科だよ? 仲間は歴史オタクみたいなダサいのばっかりで、リア充のイケメンなんて殆ど居なくてさ。
 おかげでそれまで女友達はいても、いろいろフラれてばかりだったこの黒沢がだよ、リア充のチャラ男扱いされかけて、何となく浮きかけちゃう有り様だよ。

 ただ大学はそれまでと違って、朝からずっと同じメンツで同じ教室にいるワケじゃないからね。同じ科でも取っている講義は人それぞれ違うし、そもそも登下校の時間からバラバラだし。
 だから大学では、それまで以上に自分から動かなければ、友達はなかなか出来ないんだよね。帰るまで毎日ずっと同じ教室の同じ席にいる高校までの時みたいに、自然に友達が出来るワケじゃないんだよ。
 んー、だから「高校までと違って、大学ではどうも周りに取り残された感じになっちゃって、気付いたらぼっち状態に……」って人は、きっと自分から動かなかったからだと思う。

 だってさー、高校までは周りの席は朝から帰るまでずっと同じ奴らだから、シカトやイジメでもされてない限り、自然に口をきくようになるじゃん。
 けど大学は、そうではないからね。教室でどこに座るかも基本的に自由だから、顔見知りの誰かが居たら「おい、一緒に座ろうぜ?」とか自分から言い出せないヤツは、ぼっちになりかねない割合が高いかも。
 でもそれって、逆に言えば「イヤなヤツとは顔を合わせないでも済む」とも言えるよね? 仮に気に食わないヤツが同じ講義を取ってても、気の合う別の誰かを捕まえて、さっさと離れた席についちゃえば良いワケでさ。

 高校までだと、イヤなヤツが近くの席にいても逃げられないし、「気の合うヤツだから」って隣の席にいられるワケでもない。でも大学では、イヤなヤツは避けて気の合うヤツとだけずっと一緒にいることが出来るんだよ。
 だから保育所の頃から通して考えてみて、学校生活の中では大学が黒沢には一番楽しかったし、性に合ってたと思う。ハイ、集団生活とか集団行動って、黒沢は生理的にダメなのでありマス。

 というワケで、大学生になった黒沢は、そこで出会った新しい友らと、それなりに楽しくやっていたけれど。
 まあ史学科っスからね、それなりに居た女子もジミ~な歴女さんばかりでさ。それでも(例の落ちてしまった弥生さんほどでは無いにしても)綺麗な子も数人いて、その数少ない一人のアスカさんとも気軽に喋れる仲になれたし、それ以外にも何人かの女子とも仲良くなれたし。

 でもマキちゃんやマイコさんのこととかも、決して忘れたワケじゃ無かった。特に同じ東京の空の下で頑張っている筈のリホさんの事は、「今頃どうしているんだろう」って繰り返し思ったよ。
 同じ東京のどこかにいる筈なのは、弥生さんだって同じだけれど。ただ弥生さんの場合は、何たって会ったのはB大とC大の合格発表の時の、たった二度だけだからね。
 けどリホさんは、中学二年の時からずっと厨二病でアホな黒沢なんかと仲良くしてくれていた人だから。新しい生活の中でも、忘れようにも忘れられなかったよ。
 ホント、「だったら何でもっと粘って、東京での連絡先を聞いておかなかっんだよ?」って言われてしまいそうだよね。


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お受験(11)・受験は実力より運?

 さて、黒沢の入試の話に戻して第一志望のA大は、模試での合格確率はたいてい25%くらいで、「受かれば儲けモノ」くらいのつもりで受けたんだよ。
 ところが何と、苦手の英語の問題が意外なくらい解けたんだ。さらに続く国語も手応えアリで、あと残るは黒沢の一番得意な日本史だけとなって。
イケる、これは受かるゾ!」って、マジでそう思いかけたよ。

 ところが何と、その日本史で大コケしてしまったんですな。
「何じゃこりゃあ!」って、問題を見て心の中で叫んでしまったよ。だって問題の三分の一近くを、近代日本の文学史が占めていたものだから。
 そう、「白樺派の作家は誰と誰で、青踏社を創ったのは誰と誰で……」みたいなヤツ。そういう明治から大正の文学史を、実に事細かく問うてくるワケ。
 もうね、マジで「コレ国語じゃなくて、ホントに歴史の試験なんデスよね?」って、出題者を小一時間問い詰めたいような感じだったよ。

 黒沢は国語も得意だし、本も好きでいっぱい読んでもいたけどさ。
 ただ「太宰の作品の中で最も心に残ったもとその理由は?」とか「志賀直哉の『暗夜行路』の主人公の苦悩をどう思うか?」とか、作品の解釈についてなら本気で何時間でも語れちゃうんだけど。
 でも「白樺派や青踏社のメンバーの名前を覚える」とか、作品の中身に関係ないことをただ丸暗記するのはホント苦手なんだよ。
 って言うか、そもそも黒沢は「大切なのは中身の解釈で、名前や年号の丸暗記なんざ何の意味もねーよ」って思ってるしね。黒沢が学校の英語の授業が大キライなのも、すべてが暗記だからだし。

 と言うと、「社会こそ暗記教科じゃねーか」って言われそうだけど。
 いや、それは絶対違う! 社会、特に歴史の勉強で大切なのは“暗記”じゃなくて“理解”だから!!
 例えば黒沢が六波羅探題最後の探題の名前と、その北条仲時が自害した場所も知っていたのは、その場面を『太平記』で読んだ時に「可哀想だなぁ」と思って、深く心に残ったからでさ。別にテストで百点取りたくって、そんな細々とした事まで暗記してたワケじゃないんだ。
 これは大切な事だと思ったり、あるいは心を強く動かされたりした結果として、自然に覚えるんであってさ。
 明治維新だってそう。大切なのは、尊皇攘夷やら大政奉還やら五ヶ条のご誓文などの語句や年号などではなくて、「その維新政府がどのような国づくりをして、国民に何をもたらしたのか?」という事実と意義なんだよ。
 年号やら語句は、そうした歴史的な事実や意義に付随してきた、おマケみたいなもの過ぎないの。
意味もよくわからないまま、ただ丸暗記するほど馬鹿らしい事はない」って黒沢は思うゾ。
 だから黒沢は、英語は特にやる気になれなかったよ。

 そりゃあね、「金髪美人のアメリカ娘が、我が家に交換留学生として来る」なんてコトになったら、黒沢も死ぬ気で英語を勉強したと思う。
 或いは将来の夢が「世界の風景を撮り歩く写真家」とかだったら、これも好き嫌いに関係なく頑張って英語を覚えようとしたと思う。
 けど黒沢には、英語圏の外国人と交流する予定も、海外に出る仕事をする夢も無いから
 そんな黒沢にしてみれば、英語を覚えるのに費やす時間も労力も、はっきり言って無駄で無用でしかないんだ。一日二十四時間で一年は三六五日、やりたい事は他にもたくさんあるのに、何で全く必要もないモノの暗記を強要されるのか、黒沢にはまるで理解できなかったよ。

 そもそも英語ってのは学問なんかじゃなくてね、英語圏の外国人とコミュニケーションを取る為のツールなんだよ。運転免許とか調理師免許とか宅地建物取引主任者とか、何かの資格を取るのと同じだから。
 だから英語は必要とする人がやれば良いのであって、生きる上で英語を全く必要としない人にまで強要する理由が、黒沢には未だに理解できないんだ。
 運転免許は車を運転したい人が取れば良いし、宅地建物取引主任者の資格は将来不動産業に就きたい人が取れば良い、でしょ? 英語も同じだってば。

 そう言うと、必ずこう反論してくるヒトが出てくるよね。
「でも英語は国際語だし、いつ必要になるかわからないじゃん」
 いや、だからそれは必要になった時にやれば良いだけの話なんだよ、運転免許や宅地建物取引主任者の資格と同じようにさ。

 例えば料理って、人間が生きて行く上でとても大切なものだよね。何たって食べた物が体を作るんだもの、料理がダメって事は、そのままその人の健康や命にも関わって来るわけだよ。
 けどそんな大切な料理でも、「家庭科の勉強にもっと力を入れさせ、生徒全員に調理師免許を取らせろ」なんて、誰も言わないよね。
 けど英語はそうじゃない。英語が出来なくても困らないし何の支障も無い人が大勢いるのに、「小学生のうちから英語をやらせて、大学卒業までにTOEICで何百点取らせろ」みたいな話になってる
 悪いけどそれって、日本の国際化でもグローバリズムへの対応でもなく、ただ黒沢みたいな英語ギライを増やすだけだと思うけどね。

 英語に限らず「理屈抜きでただ覚える」ってのが、黒沢には死ぬほど苦痛でさ。
 事実をもとに自分なりにいろいろ考えるのは楽しいし、それを文章(論文)にまとめるのも大好き。けど考えることナシに、最初から決まっている“正解”をただ頭に叩き込む暗記は、ホント「バカみたい」としか思えなかった
 悪いけど黒沢は今でも、「暗記は知性とは無関係」って思ってる。
 だから入試も含めてテスト勉強の殆どが、黒沢にとっては「馬鹿らしいこと」だったんだよね。

 国語と社会に関しては、黒沢はハッキリ言ってかなりデキたよ。でもそれは普段から好きで楽しんで本をたくさん読んでいて、その結果としてテストの点数も取れていただけなのさ。
 傲慢をを承知の上で、あえて言ってしまうけれど。黒沢がテストで取っていた点数は、勉強の成果ではなく、好きでやっていた読書等で身についた教養の結果だったんだ。
 だから黒沢は「本や新聞を読んで考えること」はかなりしていたけれど、テスト勉強ってホントにした覚えが無いんだ。
 って言うか、テストの点数で一喜一憂して、その順位で「どうだオレの方がアタマが良いんだゾ」みたいな優越感に浸るみたいな勉強って、下司のする恥ずかしいことと思ってるから。「ホントの勉強は自らの教養を高める為にするものて、決められた答えを丸暗記してテストの点数で他人に勝つ為のものとは全然違う」って本気で思ってる。

 そんなミョーな信念を持ってたから、当然英語や数学の成績は目を覆うほど悪かったよ。そして理科は読書や教養で何とかなる生物その他は出来たけど、物理や化学はかなりダメだった。
 国語と社会に関しては、それまでの読書量がモノを言って、テストでもいつも楽に良い点を取れてきていたんだけれどね。
 ところが第一志望のA大では、黒沢の大キライな丸暗記でもしなければ覚えられない、唯一のアキレス腱みたいな近代文学史の問題を山ほど出されてしまってさ。それで皮肉にも、最も得意な筈の日本史でコケて落ちてしまったというわけデス。
 ……いいよ笑ってくれて、「メシウマ、ザマァwww」ってさ。

 で、次のB大だけれど。ここは特に国史や国文学関係に強くて、逆に英語関係の学部は全然無いような大学でさ。黒沢がこのB大を本命と考えて行きたいとすごく思っていた理由、これでわかるよね。
 ただこのB大の入試にも、英語は入試科目にちゃんとあってさ。

 でもちょっと考えてみてよ、英文学部も無ければ英語の教授もいないような大学で、いったい誰が英語の入試問題を作ると思う?
 実はB大は、英語の入試問題を外部の人に依頼して作って貰ってたワケ。
 でも学外の人に作って貰うとすれば、やはり「それなりに権威のある人に頼まなければ」って話になるよね。大切な入試の問題を、その辺のFラン大学の無名の講師だの、予備校の英語講師とかに作らせるワケには行かないわけデスよ。

 それでB大は、英語の入試問題を何とトーダイの教授に作って貰ってたんだ。何しろ天下の東大のセンセイがお作りになった問題だし、誰も文句なんて付けられないもんね。
 けど頼まれた東大のセンセイにしても、守らなければならない面子ってものがあるワケで。
 ぶっちゃけ言うと、もし並の問題を出したら「コレがトーダイのセンセイの出す問題か」と笑われかねない……ってコト。
 だから東大教授の面子にかけて、「さすがは……」と思われるようにと、かなり難しい問題を出しちゃってたんだよね。それこそもう、東大の二次試験レベルのね。
 だから日本史や国文学を学びたい人が集まる大学なのに、ナゼか入試は英語が超難しいなんてれいいう、何かとても矛盾した状態だったんだよ。

 けど黒沢は、それでも受かる可能性はあると思ってたんだ。模試での合格確率では毎回50%に達してたし、「英語がダメな分は、国語と日本史でカバーすればOK」って思ってた。
 B大の入試の合格ラインは、例年の結果では三科目で一九〇~二一〇点ということで。「なら国語と日本史で満点取れば、英語は0点でもいーかも」とか思ってたんだ。
 まあそれは極論としても、国語と日本史の出来さえ良ければ、英語など二〇~三〇点取れればそれでもイケる、と。

 でさ、当日もその計算通りに、国語と日本史はかなり出来たつもりだったよ。日本史は満点とは言わないまでも九〇点以上は確実と思ったし、国語は漢字の書き順の問題wwwはダメそうだけど、それでも八〇点はカタいかな、と。
 国語と日本史の二科目でまず一七〇~一八〇点、とすれば苦手の英語も三〇点で合格圏内。そう思って楽観していたんだよね。
 でも結果から見れば、おそらく取れてなかったんでしょーな、英語でその僅か三〇点が。
 だってそのB大の英語の問題って、ただ難しいどころの話じゃなくてさ。「ナニコレ、ラテン語とかゲール語とかじゃなくてホントに英語だよね?」ってマジ思っちゃったくらいだったよ。

 さて、残るC大は模試の合格確率はいつも75%以上だったし、黒沢としてはホントに滑り止めとしか思ってなかったんだけれど。
 でも入試の日が間近になって発表された競争率は、何と42倍でさ。C大の文学部史学科って、黒沢はうかつにも全然知らなかったのだけれど、C大の中では一番人気のトコだったんだよね。
 だから当日会場の教室に入って、「これはヤバいかも」って思ったよ。
 だって42倍ってことは、受かるのは各教室で約一人、ってコトじゃん。

 ただ入試の経験者なら知ってると思うけど、大学入試って、みんな何校も併願して受けてるからね。たとえ受かっても、他の大学に行く人も少なくないワケでさ。だから大学側もそれをちゃんと見越して、定員より多めに合格させるんだよね。
 で、C大の入試も後でわかった実質の倍率は、まあ13倍くらいだったんだけど。だとしても、受かるのは各教室で三人くらい、って感じだよね。
 ちなみにA大の競争率は公称6倍で実質4倍、B大は公称13倍で実質6倍だったよ。ランクの高い大学ほど、合格したらそのまま入学する率が高いから、公称と実質の倍率の差が少ないんだよね。

 でさ、そのC大の入試では、ダメだと思った科目は英語も含めて何も無くて、けど「デキたゾ!」という手応えも国語でも日本史でもまるで無くてさ。
 だから競争率を考えたら「コレは駄目かな」って、本気でそう思ったよ。
 B大を受けた時は「これはイケる!」と思ってたし、A大の時も実は「もしかしたら……」って期待も持ってたんだよ。それに比べてC大の入試から帰る時には、ホントに「ガックリ肩を落として」って感じだったよ。
 だから高校の友達にも「ダメだわ、もう浪人ケテーイ!」って、結果が発表される前からヤケクソで言って回ってたくらいで。
 まっ、幸いこのC大に引っかかってくれて、浪人生活だけは免れたんだけどね。

 結局さ、黒沢がA大とB大に落ちたのもC大に受かったのも、どこも皆ほんの数点の差だったと思う。
 って言うか、入試の結果ってホントに運にもかなり左右されてると思うな。スロットマシンで目が揃うように、全教科でキミに合った問題が出れば、ちょっと高望みの大学にも受かっちゃうし。でもその逆の時には、滑り止めの大学にも落ちてしまいかねない
 だから運の悪い人は、レベルを変えて何校も受けたのに全滅、なんてコトになってしまうんだよね。
 黒沢自身、合格確率25%のA大だって「もう少しで受かったかも」って思ってるし、同じく75%以上のC大についても「落ちても全然不思議じゃなかった」って思ってる。

 でね、黒沢は心底思ったんだよ。「レベルを変えて滑り止めとか受けるなんて、全然ムダだよな」って。だからこれから受験という人達には、「滑り止めの学校など受けないで、ちょっと高望みでも本気で行きたい大学だけ幾つか受けなよ」って言いたいよ。
 だってさ、たとえ合格確率は25%だったとしても。そのレベルの大学をまとめて四校受ければ、単純計算で言っても、そのうちのどこか一校には引っかかることになるよね?
 ま、現実にはそううまく行くとは限らないさ。でも私大の入試は出される問題によって、結果がホントにかなり違ってくるのは事実だからね。
 良いカード(問題)さえ配られれば、実力以上の大学に受かるチャンスも充分にあるし。そしてその逆に、楽勝レベルの大学に落ちるコトだって……ね。

 だからか、私大を受ける人達って、五校とか七校とか受けまくる人が少なくないよね。その七校受けた知り合いは、さすがに「死ぬほど疲れた」って言っていたよ。
 受験料の問題もあったし、ゴーマンな黒沢は受かる気満々だったから、大学は三校しか受けなかったけれど。
 その三校目のC大を受けた時には、さすがにちょっと疲れを感じてはいたよ。でもまだ余力はあったし、まだあと一校か二校なら、受ける気力と体力は残っていたかな。
 その経験から言って、受けるのは四~五校が良いところじゃないかと思う。で、MARCHならMARCH全部、日東駒専なら日東駒専と、同レベルの学校を全部受けちゃう。黒沢がもう一度受験生に戻れるなら、その作戦で入試にチャレンジするよ。
 くれぐれも言っておくけれど、ダメもとでワセダ、本命はアオヤマで、あと滑り止めにコマザワ」みたいなチョイスはダメだよ。

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