空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

君が代は死んでも歌いません➂

 ただ「天皇制は支持できないし、その天皇を讃える君が代は絶対に唱わない」というのは、あくまでも黒沢個人の考えに過ぎない。逆に天皇制を支持する人がいても、君が代を高らかに唱いたい人がいても、それは個人の思想の自由だと思う。
 天皇制を支持する人がいても、天皇制を批判する人がいても良し君が代も唱いたい人が唱えば良いのであって、君が代を唱わない自由もまたあって当然だと黒沢は思うのだ。
 しかし自由な民主国家になった筈のこの今の日本でも、天皇と天皇制に批判的な物言いをすることはタブーなのだ。「戦後の民主国家に、天皇賛歌の君が代はふさわしくない」などと言っただけで、ある種の勢力から「サヨクで自虐史観の非国民め、日本から出て行け!」と叩かれるのを覚悟せねばならない

 例えばイギリスでは熱狂的な王室ファンがいる反面、王政廃止を主張する人達も確実にいる。そしてそのどちらも個人の思想の自由に基づき意見を自由に表明しているだけであって、「王室は廃止すべきだ!」と言ったとしても、「この非国民め、イギリスから出て行け!」と罵られることもない。
 このイギリスの自由さに比べ、過激な右翼勢力を恐れて天皇制批判も君が代拒否もしにくい日本の現状はどうであろうか。これでも「個人の思想と言論の自由が保証された、民主主義の国」と言えるだろうか

 うんそうだよね、たとえ王位に就こうが同じ人間に過ぎないイギリスの王室と違って、我が日本の天皇陛下は“現人神サマ”であらしゃいますからね。だから日本の右翼の方々に言わせれば、「万世一系の日本の皇室は他の王室などとわけが違い、批判は許されないし不敬である」というわけだ。
 そう、だから「日本の天皇崇拝は宗教だ」って、繰り返し言ってんだよ。
 そしてその“天皇教”の信者の中には、「皇室を崇拝しない、君が代を唱わない非国民は、日本から出て行け!」などと叫ぶ、タリバンやイスラム原理主義者顔負けの排他的で狂信的な方々が少なからず存在することもまた、今のこの日本の現実だ。

 宗教と言えば、例えばあの池田某氏や大川某氏を生き神サマのように崇拝する者もいれば、「ただのいかがわしいオッサンだろ」と思う者もいる。そしてそれは思想と言論の自由が保証されている、民主主義の国では当たり前の事なのだ。
 Aという人物がある主張をすれば、賛同者も出る反面、異論や批判も出て当然なのだ。
 しかし宗教は、その異論や批判を許さないのだ。

 以前にも述べた通り、“聖地”エルサレムを占領した十字軍の兵士らは、エルサレムの何の罪もない市民を虐殺して「その血に踝まで浸りながら、歓喜の涙を流した」という。そして彼らはその戦いを、“聖戦”と呼んだ。
 十字軍だけではない、キリスト教徒は中南米など世界各地で現地の人々を虐殺し、そしてヨーロッパではただ宗派が違うという理由で、同じキリスト教徒同士で殺し合った。
 そして現在では主にイスラム狂信者が、聖戦を称して世界でテロと殺戮を続けている。
 その彼らは皆、「自分たちは正しいことをしている」と信じていた。
 何故なら宗教の熱心な信者にとって「異教徒や異端の教えを信じる者は悪魔」であり、RPGのゴブリンやオーク同様の「殺すべき敵」だからだ。

 だから宗教は怖い
 そして日本の天皇も日本神道という宗教と不可分の存在で、天照大御神の子孫を称する現御神(あきつみかみ)である
 ゆえに歴史を学び宗教の恐ろしさをよく知る無神論者として、黒沢は天皇制は支持しないし、君が代を唱うことも拒否する。そしてその思想の根本は、黒沢が全体主義を嫌う自由主義者で、かつ徹底した個人主義者であるところにある。
 繰り返し言うが黒沢自身の思想は“右寄り”で保守に近く、サヨクやいわゆるリベラル勢力は大嫌いだし肌が全く合わないのだ。
 しかしそれでも黒沢は、この日本では「サヨクで自虐史観の非国民」と罵られるに違いない。

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君が代は死んでも歌いません②

 だが恐ろしいことに、その戦前の「万世一系の日本の天皇は神で、その天皇が統治する日本は神の国だ」という“洗脳”がまだ解けていない者が、今の日本にもまだ少なからずいる
 そして今の日本を何とか戦前の大日本帝国に近い形に戻そうという動きが、敗戦から数年も経たないうちから間違いなく続いているのだ。

 例えば2月11日の『建国記念日』だが、コレは元々明治政府が太政官布告で定めた祝日の『紀元節』で、あの天孫瓊瓊杵命の曾孫で神の血を引くwww、初代天皇の神武天皇が即位した日とされている。
 ゆえに明治から敗戦までの大日本帝国では、2月11日の紀元節は『建国祭』とも言われ、四方拝と明治節と天長節と合わせた重要な祝日として、学校や軍隊では盛大に祝賀行事が行われていた。
 祝日と言っても、その四大節はただ休んで好きに遊んでいて良いのではない。生徒らはみな登校させられ、校長の訓辞を聞かされ君が代を唱わされ、天皇皇后両陛下の御真影を拝まされてきたのだ。

 話を紀元節に戻せば、神武天皇の存在そのものが架空であることは論を待たない。その天孫降臨の神話による即位の日を『建国記念日』として国民の祝日にするなど、戦後の民主国家にふさわしいとは到底考えられない
 そもそも昭和天皇が自ら人間宣言をしたのにもかかわらず、かの神武天皇を日本の初代天皇とし、天皇家を神の子孫として神聖視すること自体、笑止千万なことなのだが。
 だから紀元節そのものが、1948年に廃止されたのだ。しかし敗戦の記憶が遠くなり、戦前の日本に対する反省の念が薄れるのと同時に、戦前復古をもくろむ政府や神社本庁、それに右翼勢力により紀元節復活運動がなされ、1966年にまた『建国記念の日』として蘇ることになった。

 さらに言えば、明治天皇の誕生日を祝う11月3日の『明治節』も何故か『文化の日』とされて残っているし、天皇の誕生日を祝う『天長節』も天皇誕生日として残っている。
 ちなみに『四方拝』は『元日』で、つまり神話に基づく天皇崇拝や国家神道に関係する戦前の四大節は、現代にも全て残るか復活しているのである。

 まず他国の王や皇帝と違い、神話に基づき現人神であるとされてきた日本の天皇の特殊性について。
 そして明治維新から敗戦までの約八十年の長きに渡り、祭政一致で“天皇教”とでも言うべき一神教の信仰が、国家によって強制されてきた史実。
 さらに宗教がどれだけ恐ろしい狂信と、戦争やテロや流血を招くかについて、前提としてここまで語ってきた。
 で、本題の「なぜ黒沢は、君が代は絶対に歌わないか」について話を戻そう。

 そもそも“君が代”とは何であるか。
 今から千年以上前の、平安時代の『古今和歌集』に賀歌として収録されている、

 我が君は 千代にやちよに さざれ石の
 巌となりて 苔のむすまで

 という詠み人知らずの歌である。
 そしてそれが鎌倉時代の『和漢朗詠集』に再収録されるまでの間に、「我が君」が「君が代」に置き換えられるようになっていた。

 さて、この君が代の“”とは何であるか。
「キミとボクのキミだ」だの、「英語のYOUと同じだ」だのと言った珍解釈がよく聞かれるが、それは古代の言葉を強引に現代語で解釈するする、とんでもないこじつけである。
 事実、古語辞典に当たってみても、君(きみ)の項にまず出てくるのは「天皇、天子」である。続いて主君や主人など、貴人に敬意を表して使う言葉とされている。
 そして“君が代”と言えば、「我が君の御代」または「主君のご寿命」と理解するのが普通だ。
 ちなみに“御代”とは、「天皇の治世の敬称」であり、天皇以外には使われない。

 確かに“君”は「あなた」という意味でも使われ、“君が代”には「あなたの寿命」の意味もある。だから「君が代の“君”はボクとキミの君で、“君が代”はYOUたち国民皆の幸せを願う歌なのだ」とこじつけて強弁する輩が湧いてくるのだろう。
 だがその「君が代は」のそのすぐ後に続く歌詞の意味をよく考えてみてほしい。
「千代に」も「八千代に」も、千年とか八千年とかの年数の問題ではなく、あえて二つの言葉を重ねて強調した「非常に長い年月にわたって」という意と理解すべきだろう。
 何しろ「さざれ石の巌となりて苔のむすまで」で、「小石が岩になり、苔の生えるまで」である。
 だからこの君が代の歌詞は、「天皇陛下の御代が、永久にお栄えになるようにと祈る句」と理解するのが通説、と言うか常識である。

 にもかかわらずネット上では、この君が代の歌詞の意味は「この幸せな世が、永遠に続きますように」なのだという、語句の意味をあえて無視した、こじつけに満ちた現代語訳が拡散されている
 もしも「君が代」が「この幸せな世」という意味なのだとしたら、そもそも“君”という主語はドコに行ったのだろうか。
 そして“幸せな”という現代語訳の語句は、原文の「君が代」のドコにあるというのだろうか。
 その珍解釈に従えば、「君=幸せ」という意味だというコトになってしまうではないか。

 そもそも君が代の本歌は、『古今和歌集』で賀歌の部立てに入れられていた。そしてその賀歌とは、「貴人・長上の長寿を祝う歌」である。
 従って単なる“あなた”の長寿を祝う歌ではあり得ず、そして君が代の歌も「天皇の御代長かれと願い祝った歌である」という理解が通説である。
 さらに戦前の修身の教科書にも、はっきりとこうかかれている。
君が代の歌は、天皇陛下のお治めになる御代は千年も万年も続いてお栄えになられるように、という意味で、国民が心からお祝い申し上げる歌であります
 平たく言えば、君が代のあの歌は「天皇陛下、バンザイ!」と歌ってるのも同じなのだ。

 試しに貴方の身近の、戦前の尋常小学校や戦中の国民学校で学んだ、後期高齢者のお年寄りたちに聞いてみるがいい。「君が代の“君”は、キミとボクの君だよね? 君が代の意味は、この幸せな世が永遠に続きますように……って意味だよね?」と。
 自信を持って断言するが、戦前や戦中を知るお年寄りの十人が十人、「そんなバカなことはない! 君が代の“君”は天皇陛下で、陛下の御代が永遠にお栄えになるようお祝いする歌だ!」と答える筈だ。

 ここで話を、君が代を国歌として歌う事に関する是非に戻そう。
 貴方は今のこの日本の国体を、どう考えているだろうか。
 天皇が(たとえ象徴としてであれ)統治する、立憲君主国と思うか
 それとも国民主権が保証された、自由な民主主義国と思うか
 そこで我が国の現在の国体について、前者の「立憲君主国」に重きをおく方は、天皇賛歌以外の何物でもない“君が代”を国歌として唱うことに、何も疑問を感じないであろう。
 しかし日本を国民主権の、自由な民主主義国であるべきと思う者から見れば、国民や自由や公正や民主主義などの現代的な価値観にはまるで触れられず、ただ天皇の治世が永きに渡ることのみ祈る“君が代”の歌詞には違和感を抱かざるを得ないし、民主主義国家の国歌にふさわしいとも思えないのだ。
 だから黒沢は、再軍備(自衛隊を正式な軍隊とすること)にも賛成で改憲派で、以前から“右派”と呼ばれてきたが、無神論の自由主義者として君が代は絶対に唱わないのだ。

 黒沢は移民の自由化にも反対だし、嫡出子と非嫡出子の権利を同等にする近年の判例も家族制度の破壊でしかないと思うし、同性婚にも無論大反対だ。憲法第九条で他国の侵略から国を守れると思うなど、論外の「オメデタイ頭の持ち主」だと思っている。
 だから黒沢は、思想的には間違いなく保守だと思う。
 ただ無神論者で、宗教は人々の間に戦争やテロなどの不和を生む害悪と思っている者として、未だに神話で虚構の神武天皇以来の“歴史”と系譜を引きずり続けている天皇という存在を称える気には、どうしてもなれないのだ。
 そしてその天皇の存在を大日本帝国の時代のように神格化し、戦前の“天皇教”を復活させ、現人神または日本の大親様として崇拝させたがっている一部の論客の存在を見ると、背中にムカデとゴキブリを一緒に入れられたような悪寒を感じる

 繰り返し言うが、諸外国の王や皇帝と違って、日本の天皇は“神”を名乗っているのだ
 天皇は敗戦後に人間宣言を行ったが、それすら占領軍に「言わされた」のであって、現人神であることに変わりないと信じている者が、未だに少なからずいるのが現実だ。
 神話で虚構の神武天皇の“即位の日”を『建国記念日』として復活させ、明治天皇の誕生日も『文化の日』として残し、そして君が代も国歌として唱うことを強制する。なぜこのような時代を戦前に巻き戻し、天皇を神格化させるような動きが絶えないのか。
 それは明治維新以来の政府が、七十七年以上の永きに渡り“天皇教”と言うべき一神教を国民に強い、祭政一致で天皇を“現人神”として信仰させて洗脳してきたからだ。

 七十七年と言えば、まず三世代以上だよ? 祖父から孫の代まで、国民皆が小学生の頃から天皇を万世一系の神として信じて拝むことを強制され、修身の授業で忠君愛国の精神を叩き込まれてきたわけだ。
 であるから、戦後六十九年を経た今もなお、天皇を神と信じたい人、あるいは国民皆が天皇陛下を神として奉戴していたあの時代に郷愁を抱く人がいても不思議ではないのだろう。
 そして無神論者(と言うより宗教ギライ)の黒沢としては、天皇が一種の宗教的崇拝の対象であり、神話で架空の神武天皇を初代とする万世一系の皇統を未だに史実であるが如く語り続けている以上、今の天皇制を支持するとは、どうしてもできないのだ。

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君が代は死んでも歌いません①

 ロレーヌ公ゴドフロア・ド・ブイヨンらに率いられた第一次十字軍が、西暦1099年に“聖地”エルサレムを攻め落とした時のこと。その“聖戦”に参加した十字軍の戦士らは、占領したエルサレムの市民らを、女子供に至るまで虐殺したそうだ。
 そして彼らは、「殺した市民らの血に踝まで浸りながら、歓喜の涙を流した」という。
 なぜ彼らが、敵兵だけでなく罪もない市民まで皆殺しにして、その血に踝まで浸りながら「歓喜の涙」を流せたのだろうか。
 それは当時のキリスト教徒が、「異教徒は悪魔」と認識していたからだ。

 彼らにとって“同じ人間”というのはキリスト教徒のみであって、「異教徒は悪魔で、殺すべきもの」だったわけだ。
 例えばRPG系のゲームでは、敵の魔王を倒しに行く途中で遭遇するゴブリンやオークなどの魔物を、片っ端から殺して行くが。そしてそのコトにプレーヤーは少しも胸を痛めないし、何の疑問も持たないと思う。
 と言うよりむしろ、「魔物を倒してスッキリ」みたいな。

 そう、当時のキリスト教徒たちはソレと同じ感覚で、異教徒の“人間”を虐殺していたワケだ。
 だから征服した中南米でも、ピサロやコステロらは現地の人達を平気で殺しまくった。

 さらに中世のキリスト教徒は、“同じ”キリスト教徒の中でも、少しでも見解の違う者たちを“異端の者”として容赦なく殺した。当時の異端審問と魔女裁判は余りにも有名だが、ドイツの人口の三分の一が犠牲になったという三十年戦争も、ユグノー戦争とフランス国王シャルル九世の母で摂政のカトリーヌ・ド・メディシスによるサンバルテルミの虐殺も、結局は新教と旧教の対立だ。

 ウオッカをトマトジュースで割った、ブラッディ・マリーという血のように赤いカクテルがある。これも多くのプロテスタントを殺して“血まみれメアリー”と呼ばれた、イギリス女王メアリー一世のあだ名によるものだ。
 さらにプロテスタントの中でもピューリタン(清教徒)とそうでない者の争いが起き、そのピューリタンも長老派と水平派、それに独立派に分裂する始末だ。そして独立派の指導者クロムウェルは、独立派以外のすべてのキリスト教徒を弾圧し、カトリック国アイルランドを侵略して徹底的に収奪し、アイルランドの人々を貧困状態に陥れた。

 大学で歴史を学んできた者として、黒沢は常々こう思うのだ。宗教は“”を“”わせ、その神の名のもとに“”まる者らに“”をなさせるものであると。
 宗教の本質は愛であり、人を救うものだと言う人が少なからずいる。しかし歴史を学べば学ぶほど、「宗教ほど人々の間に憎悪を生み、殺し合いに至らせるものはない」という思いが強くなってくる。
 現在も世界各地で起きている戦争やテロの殆どに宗教の対立が絡んでいる事実を見ても、「宗教は危険で害悪の方がより多く、人々に愛よりも終わりなき憎しみを生んでいる」と言わざるを得ない
 だから黒沢は無神論者で、特定の宗教の狂信は大嫌いだ。

 ゆえに黒沢は、改憲論者で「自衛隊は国防軍で良いじゃないか」と考える右派ではあるが、天皇制は支持できないし、君が代も絶対に歌わない
 なぜなら我が国の天皇は“神”であり、“君が代”はその天皇の治世が永く続くことを願う歌でしかないからだ。

 世界の他の君主国や立憲君主国で、自国の王(または女王)を神だと信じている国民など、まずいない。王も元をただせば同じ人間だと、誰もが疑うことなくわかっている。
 ヒトラーだのスターリンだの毛沢東だの、個人崇拝を強要した独裁者は世界に幾人もいた。しかし“現人神”を名乗り、国民に自らを神として崇拝させた者はさすがに居ない。
 三代続く北のあの国の金王朝の指導者サマですら、人民に崇拝こそさせても、神として拝むことまでは強要していない。そして人民も「偉大な指導者様」と呼びこそすれ、誰もあの首領サマや将軍サマを神だなどとは信じてもいない。

 ところが我が国では、天皇は王でも皇帝でもなく、神そのものだったのだ。
 そして明治維新から敗戦(終戦でなく“敗戦”と、あえて言う)までの日本では、祭政一致の国家神道として、天皇教とでも言うべき一神教の宗教と不可分の政治が行われて来たのだ。
 天照大御神の孫の瓊瓊杵命が、日本を統治する為に高天原から高千穂に下って来て、その曾孫が大和に東征して初代天皇の神武天皇になり、現在の天皇陛下はその子孫の現人神サマである
 昭和二十年の敗戦に至るまで、すべての学校ですべての生徒にそう教えられてきたのだ。

 神サマの孫が天から下って来るだの、現実には全くあり得ない神話だし、その曾孫の神武天皇の存在も歴史学的には全くの虚構で、存在も否定されている
 しかし敗戦までの日本では、その神話が疑うことの許されない史実として教えられ、人々もそう信じて(信じ込まされて)きたのだ。
 すべての学校では、天皇と皇后の“御真影”と教育勅語を奉じた奉安殿が作られ、そして生徒等は皆その奉安殿を拝むことが強制された。
 ほんの七十年前まで、この国では天皇を神として崇拝し、そしてその神である天皇陛下の為に死ぬべきという洗脳が、全国民に為されていたのだ。

 先の大戦で、我が大日本帝国の兵士らはこう叫んで死んでいった。
天皇陛下、バンザイ!
 ここに注目していただきたい、彼らが死んだのはあくまでも天皇陛下の御為であって、「日本バンザイ」と叫んで死んだのではないのである。
 祖国や国民より、天皇と天皇制が大事
 これが敗戦までの大日本帝国の姿であり、「アラー、アクバル!」と叫んで自爆テロを行い、それを“聖戦”と信じてやまない今のイスラム過激派と、その精神においては何も変わらなかった。

 近年の日本の“右傾化”に伴い、第二次世界大戦中のあの日本の特攻を美化しようと言う動きがある。
 しかし黒沢には、「神風特別攻撃隊で散った日本の若者たちは立派で崇高だが、イスラム聖戦士の自爆テロは愚かでキ○○イだ」という考えがよく理解できないのだ。
 周囲や宗教、あるいは国家に洗脳されたにせよ。己の信じる大切なものの為に自ら死を選んだという事実を客観的に見れば、日本の特攻もイスラム聖戦士の自爆テロも同じであろう。
 と言うと必ず、「オマエはそれでも日本人か、この非国民め!」とか「日本を貶める自虐史観はよせ!」とかいう感情論を、ヒステリックに喚き立てる輩が湧いて来るだろうが。

 事実を基にして語ろう。昭和二十年のあの夏に日本が降伏を決意した時、まず最優先に論じられたのは国体の維持、つまり天皇制の維持であった
 日本軍の劣勢が明白になり、敗戦は必至となっても降伏連合軍の要求する無条件降伏になかなか応じられなかったのは、その国体=天皇制の維持にこだわり続けたからである。
 当時の政府で戦争の終結の為に動いていた人々ですら、焼け野原になる都市と空襲で死んで行く多くの国民を目の前にしながら、それよりも国体護持を優先し、天皇が戦争責任を問われることを恐れて無条件降伏を躊躇していた
 講和派の政治家でさえそうなのだから、戦争を推進した軍人ともなるともっと血も涙も無かった。あの特攻作戦を推進した軍令部次長の大西滝次郎中将に至っては、「国民の四分の一が特攻作戦で死に、血染めになったこの国の様子を見てアメリカはもうやめようと言い出すだろう、その時が講和のときだ」などと言っていた
 事実大本営は一億総特攻を呼号し、中学生に爆弾を詰めたリュックを背負わせ、上陸した的戦車に体当たりさせることまで考えていた
 そんな有り様で日本がなかなか降伏を決意できぬ間に、日本全国が猛爆撃にさらされ、広島と長崎には原爆も落とされ、そしてソ連軍に満州に攻め込まれて多くの国民が命を落とすことになった。

 国民の命や国土より、何よりも天皇が大事
 そうした天皇教とでも言うべき一神教による洗脳が全国民になされていたのが、あの大日本帝国の実態だった。
 だから黒沢は天皇制は支持しないし、その天皇の治世が永遠に続くことを祈願する君が代も唱えない

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まだ警戒しています

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 この子、ウチにはいつも来るくせに、全然なつこうとしないんだよねぇ……。
 それも近寄らないのではなくて、「いつでも飛び掛かるゾ!」って気構えで足元まで近寄って来るから不思議デス。

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猫の目

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 なかなか綺麗な目をしています。

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 こうして見ると、黒猫ってなかなか精悍でカッコイイと思います。

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 でもこうやって、足にスリスリして来る可愛い性格のヤツなんです。
 撮影者の足が見苦しい……ってのは、まあお見逃し下サイ。

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空。

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 黒沢は今日も、空を見上げて歩いています。

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ホンモノのウイスキーが飲みたい!➂

 この記事、別にただあの大メーカーに対する反感だけで書いているワケでは無いから。
 実はコレを書くにあたって、異常なくらい売れているあの“角”を、自分でも買ってちゃんと飲んでみたよ。“角”だけでなく、レッドとブラックニッカ・クリアとモルトクラブも味見してみまシタ。

 で、問題の“角”だけど。封を切ると間もなく、ウイスキーらしい甘い香りが立ち上って来て、存外悪くないと思ったよ。ところが口に含んで味わってみた途端、若いアルコールの刺激が、耐えられないくらい強く舌を刺して来てさ。
「ああ、なるほど。“角”の正体が見えた」
 黒沢はすぐにそう呟いたね。
 サントリーは“角”の飲み方として、やたらにハイボールを勧めているけれど
たくさん氷を入れて冷やし込み、炭酸で薄ーく割りでもしなけりゃ、とても飲めるようなシロモノではないからね」って、心から納得したよ。

 ウイスキーって言うと、日本人はナゼか氷をたっぷり入れて、さらに水か炭酸で薄ーく割るけどさ。
 ロックで飲む人もいるけれど、とにかく「氷を入れて冷やし込むのが常識」みたいだよね。
 ただ氷で冷やすと、ウイスキーのせっかくの香りが引いてしまうんだ。
 水や炭酸でジャブジャブ割っても、味や香りを台無しにしてしまうしね。
 だからウイスキーは常温で、ストレートかトワイスアップ(1:1の水割り)で飲むものと理解してほしい。特にシングルモルトや熟成年数の高い良いウイスキーは、それ以外の飲み方はお勧めできマセン。
 日本の某大手メーカーは「グラスに氷をたっぷり入れ、1:3~1:4に割って」と盛んに宣伝しているけど。それって、「ウチのウイスキーは不味いです、冷やして薄く割らなきゃ飲めません」と白状してるのと同じだよ。

 問題の“角”の話に戻ると、香りはそう悪くないんだが、ストレートやトワイスアップで飲むと、アルコールの刺激はもうヒドいものでさ。そのアルコールのピリピリする感じと言ったら、同じサントリーでももっと安いレッドの方がまだ飲みやすかったくらいだったよ。
 何かね、「味に角があるから“角”っていうんじゃねーの?」って言いたくなるくらい、熟成してない若いアルコールの刺激とキツさがあるんだよ。

 ただレッドは“角”より味に角が無かったけれど、ウイスキーらしい香りも殆ど無かったな。そして口に含むと幽かに甘さを感じるのだけれど、その味に何とも言えない濁りのようなものも感じるんだよ。
 その点、レッドと同価格帯のブラックニッカ・クリアは、その名の通りクリアで味が澄んでいたよ。
 けど黒沢は、そのブラックニッカ・クリアも、ウイスキーとは認めたくないんだ。ウイスキーと呼ぶには余りにも味と香りが物足りな過ぎて、せいぜい甲乙混和の麦焼酎、ってトコかな。
 モルトクラブも殆ど同じで、飲んでいて「色付きの焼酎」としか思えなくて。

 実はウイスキーってのは、テレビ等でガンガン宣伝を打って、たくさん売りまくれるようなモノじゃないんだ。
 だってウイスキーって、長期にわたる樽貯蔵が必要だからね。
 他の酒なら注文を受けたらどんどん増産して、造る端から売って行けるさ。けどウイスキーだけは、そうは行かないんだよ。
 だから売れ残りがたくさん出るのはもちろん困るけど、逆に売れ過ぎても困っちゃうものなんだよね、ウイスキーって
 で、10年モノなら10年先、12年モノなら12年先と、数年後の需要を慎重に計算して造って行くんだよ。いくら人気で売れているからって、「ハイ、すぐ増産して出荷します」なんてコトは出来ないからね。
 スコッチでもバーボンでも、どんな安いのでも貯蔵年数は最低三年と決まってる。だから当初計画した量を売り切ってしまったら、商品は当分店頭に並ばず、欲しくても買えなくなる筈なんだ。

 黒沢の大好きなスコッチに、ラガヴーリン16年ってのがあってね。以前はこれが、一本四千円くらいで買えたんだ。
 ところがこのラガヴーリンが、何年か前に蒸留所の大掛かりな改修工事をして、生産量が激減したんだ。市場に出回るお酒も当然減って、値段も七千円くらいにまで上がったよ。
 今は少し落ち着いて来たけれど、まだ品薄で高いままの状態が続いてるんだ。
 だって何しろ16年モノだからね。一旦生産が減ったら、供給が元の状態に戻るのもそれだけの年数がかかる……ってことだよ。
 うん、それが当たり前のことなんだ。

 ところがおかしなコトに、例の“角”はテレビCMを頻繁に流され、ハイボール人気もあってバカ売れして。そしてメーカーの見込み以上に売れて、一時は品薄が報道され、実際にも店頭から商品が無くなりかけたくらいだった。
 にも関わらず“角”はすぐにまた店頭に並び、そして今も大量に売り捌かれている
 一体これは、どういう事だろうか。

ほんものの酒を! (三一新書 921)ほんものの酒を! (三一新書 921)
(1982/02/01)
日本消費者連盟

商品詳細を見る

 サントリーのウイスキーが『美味しんぼ』の第70巻で批判される以前から、サントリーの商法に黒沢は強い疑問と不快感を持ち続けていた。日本の恥と言っても過言ではないサントリーの企業体質については、日本消費者連盟の『ほんものの酒を!』をぜひご一読いただきたい。
 だから黒沢は“角”の売り上げ増と品薄状態が一時期報道された直後から、その事態にサントリーがどう対応するかをじっくり観察していたのだ。
 ホンモノのウイスキー造りには、長期の貯蔵と熟成が欠かせない。だからもし今ある分を売り切ってしまったら、後は品切れ状態が下手をすれば年単位で続く筈なのだ。
 無い袖は振れぬと言うように、ウイスキーは市場の売れ行きに応じてすぐ増産など出来ない事は、少し前に話した通りである。

 ところが“角”は、売れ行きの伸びに応じてすぐに出荷された。店頭で品薄だった時期はごく僅かで、全国のスーパーや量販店のウイスキー売場の目立つ位置に、以前よりむしろ多いくらいの本数が並んでいるくらいだ。
 品薄が報道された後も“角”をハイボールで飲むよう勧める宣伝は相変わらず大々的に流され続け、そして店頭では、今も“角”と“白角”と“黒角”の三種が、それぞれ五本から十本も並べられている所も珍しくない。

サントリー角P1090754 
 某量販店の洋酒売り場で見た光景だが、日本中のどこのスーパーや酒の量販店でも“角”はこのように大量に売りさばかれている。

 何度でも繰り返すが、ホンモノのウイスキーを造るには少なくとも数年間の樽貯蔵と熟成が必要な筈なのだ。例の税込みで八百円を切る西友ブランドのスコッチですら、三年間の樽貯蔵をしたものを売っている。
 だから西友ブランドのスコッチは、時に銘柄が変わる。裏の日本語のラベルに“アズダ スコッチウイスキー”と書かれているのは同じだが、少し以前には“GLEN FOYLE”という銘柄だったのが、今では“McKENDRICK'S”に変わってる。
 だがそれは当然の事なのだ。スコッチが最低三年間の貯蔵を義務付けられている以上、生産量には限りがある。西友の親会社であるウォルマートが世界中で売れば、遠からず売り切れてしまうのは必定だ。
 だから“アズダ スコッチウイスキー”のブランド名のまま、似た傾向の味と香りの、一定の品質の満たしている他の銘柄に変えるのは当然の事なのだ。

 しかしサントリーは“角”の売れ行きがいくら伸びても、それ以上の本数を生産出荷し続けている。その時空を越えるようなマジックが、サントリーにはなぜ可能であったのか
 ウイスキーの生産に欠かせない樽貯蔵の時間を、数年から数日に縮める技術と言うか“秘術”を、サントリーは持っているというのだろうか
 その時を縮めるノウ・ハウを、もしサントリーが持っているのだとすれば。サントリーのウイスキー生産部門はもはや普通の蒸留所ではなく、魔法使いが管轄する領域としか黒沢には思えないのだが。
 今のハイボール人気と“角”の売り上げ急増を予想出来ていて、数年前からひそかに“角”の大増産をしていたのだとしたら。それこそサントリーには、予知能力が働く方がいらっしゃるとしか思えない

 ウイスキーの生産には年単位の樽貯蔵が欠かせない筈なのに、サントリーは何故売り上げの伸びに応じて“角”を市場に出荷できたのか。
 その答えは前にも触れた、例の“グレンアルコール”にあると黒沢は見ている。
 飲めばすぐわかるが、“角”は酒齢が若い。ものすごく若い少なくともそれなりにウイスキーらしい風味のあるモルト原酒に、何年も樽貯蔵した“グレンウイスキー”でなく、工場で生産したばかりの“グレンアルコール”をブレンドしているのだろう。

 最近、サントリーはバーボンを造っているアメリカのビーム社を買収して傘下におさめて話題になった。しかしサントリーはそれ以前から海外進出に熱心で、スコッチの醸造所も幾つか買収している。
 で、モルト原酒が国内で足りなくなれば、そうした海外の蒸留所から調達して。その輸入モルト原酒に例の“グレンアルコール”をブレンドすれば、ウイスキーなど「売れるだけ作れる」というわけだ。
 あの“角”にウイスキーらしい香りはちゃんとある反面、舌を刺す強いアルコールの刺激を感じる理由は、それで説明できると思う。

 ホンモノのウイスキーは、数年後の売り上げを予測して、慎重に考え抜いた長期計画により生産されるものなのだ。繰り返し言うが、見込みよりも売れないのも困る一方、売れ過ぎると長期の欠品を招いてしまう
 だからウイスキーとは本来ガンガン広告を打って、ハイボールのブームだのを起こして売りまくれるようなものではないのだ。
 それが出来るということは、「コレは若い原酒や殆ど貯蔵もしてないグレンアルコールwwwを使った、ウイスキーとも呼べない粗悪品である」と自ら白状しているも同然だ。
 事実“角”は、氷で冷やし込み炭酸などで薄ーく割れば何とか飲める。けれどストレートやトワイスアップにしてウイスキー本来の味を確かめると、甲種焼酎に似た若いアルコールの刺激がキツ過ぎて、とてもまともに飲めるようなシロモノではなかった
 結局、あの“角”をハイボールで飲むよう、メーカー自身が宣伝でよく勧めているのはさ。あの味も素っ気もないただ舌にアルコールの刺激だけ残る甲種焼酎だって、酎ハイにすればそれなりに美味しく飲めてしまうのと同じことなんだよね。

 お酒を飲める年齢になって、黒沢は舌に若いアルコールの刺激がキツく来る、国産の偽ウイスキーばかり飲んできたから。そしてソレをホンモノのウイスキーと信じて来たから、「ウイスキーって何て不味いものだろう」って思ってきた。
 シーバス・リーガル12年に出会うまで、その国産偽ウイスキーに何年も騙されてきた……って思いがあるからね。だから黒沢は“角”や“ダルマ”を広告の力で売り続けてきたあのメーカーに、憎しみに近い気持ちを抱いている。

 ただだからと言ってサントリーだけをサゲて、ニッカばかり持ち上げるつもりもないよ。
 ニッカもシングルモルトやスーパーニッカ、ブラックニッカなら昔ながらの瓶のスペシャルなどは結構イケるのだが。千円前後の製品には、ウイスキーではなく「色と香りを付けた焼酎」としか言いようのないモノが少なくない。
 そう言えばニッカは、九州あたりの工場で焼酎も造ってたな。
サントリーは宣伝で売り、ニッカは品質で売る」と言われていた時代を知る黒沢は思うのだが、ニッカはウイスキーはすべて酒齢三年以上の高品質のもののみ造り、安い商品はいっそ焼酎のみにしてしまったらどうだろうか

 最近のニッカで気になることと言えば、ウイスキー通の間で「お値段以上にウマい、味と値段のコスパがスゴい」と評判だった竹鶴12年が終売になり、酒齢表示なしのただの“竹鶴ピュアモルト”になったようだ。
 竹鶴12年と銘柄に貯蔵年数を表示した場合、市場でいくら好評でも、12年前に計画して製造した以上には売れない。しかし酒齢表示を無くせば、その12年前の生産量に縛られることもなく、若いモルト原酒も使いブレンド技術wwwで似たような酒質にして、注文に応じていくらでも売れるのだ。
 例のサントリーの“角”ではないが、「売れている→ならば貯蔵年数に縛られずに増産できるようにしよう」というメーカー側の思惑が、ここにも働いているように思えてならない。

 かつてはサントリーは広告に踊らされる者が飲むもので、ウイスキーが本当に好きで味のわかる者の多くはニッカを選んだものだ。
 しかし近年、ニッカの体質が少し変わってきたように思える。特にアサヒビールの完全子会社になってから、ニッカもサントリーの「売らんかな」に似た色彩が見え隠れするようになってきたように思えるのだ。
 それが現経営陣の方針なのか、それとも親会社アサヒビールの意向なのかわからないが。少なくともウイスキー好きの為に昔ながらの酒造りをするより、広く一般に売れそうな、安くて癖(個性)のない商品を売り出そうとしているように思えてならないのだ。
 ピートをあえて使わない“クリアブレンド”なる色付き焼酎wwwにしても、スーパーニッカのリニューアルにしても、竹鶴12年を酒齢表示ナシのただのピュアモルトに切り替えたことにしても。近年のニッカの方針には疑問を感じることが少なくない。
 酒齢表示と言えば、酒齢表示のないお手頃価格のシングルモルト余市と宮城峡だが。
“宮城峡”は確かにウマいし、花のような香りも素晴らしく、「お値段以上!」と自信を持って人にも勧められる。だが“余市”の方は酒の個性に対して明らかに酒齢が若過ぎて、アルコールの刺激が舌にキツいゾ。

 たっぷり氷を入れて冷やし込み、さらに炭酸で薄く割らねば飲めないような安くてマズいウイスキーもどきなら、サントリーに任せておけばいい。ニッカはその後追いをすることなく、創業者故竹鶴政孝氏が築いた品質で勝負する姿勢を忘れずに貫いて欲しいというのが、小学四年生の時にジョニ黒に出会って衝撃を受けた、ウイスキー大好きの黒沢の切なる願いだ。
 竹鶴政孝氏の時代が遠くなり、ニッカの味も企業体質も変わった。
 そう後ろ指を指されぬよう、ニッカには是非とも頑張って貰いたいものだ。

 ウイスキー好きとして、もうちょっとだけ言わせてほしい。
 ウイスキーと言うと、日本人は何故か当然のことのように氷を大量に入れて冷やし込み、さらに水や炭酸で薄く割ってしまうけれど。これから本格的な夏に入ることだし、「ウイスキーは、やっぱりロックかハイボールでないと!」と思ってしまうヒトはますます増えるだろうね。
 だが氷を入れて冷やし込めば、香りが沈み込んで、ウイスキーのせっかくの香りが台無しになってしまうし、水や炭酸で薄く割れば味も腰砕けになっしまうのだ。
 だからウイスキーは常温で、ストレートもしくはトワイスアップ(1:1の水割り)で、まずゆっくり噛むようにして舌の上で転がし、香りと味を楽しみながら少しずつちびちび飲むのが基本なのだ。間違ってもシングルモルトや酒齢12年以上のブレンデッドを、氷で冷やし込んだり炭酸で薄く割ったりしてガブガブ飲んだりしないでほしい。
 そうそう、グラスも一般的なロック用のものは、口が開いていて香りが逃げてしまう。だからウイスキーの香りを楽しむには、グラスもチューリップ型の香りが逃げにくい形状のものを選んでほしい。

ノージンググラスLUMIX FX8 480 ノージンググラスFINEPIX F300EXR 483
 ウイスキーの香りを楽しむには、このノージンググラスが一番! ただ開口部が狭すぎて、少し飲みにくいかも。

ウイスキーグラスLUMIX FX8 479 
 コレは近所の百均で見つけたグラスだけれど、意外に良い出来デシタ。ただグラスに厚みがありすぎるのが不満だけれど、百均の商品としては充分過ぎるほどの拾い物です。

シングルモルトグラスFINEPIX F300EXR 482 
 ウイスキー好きに「オマケのグラスにしては出来が良い!」と評判の、ニッカのシングルモルト余市とシングルモルト宮城峡についていた販促用のグラスです。
「ニッカウヰスキーブレンダー室推奨」と言うけれど、ウイスキーの味と香りを楽しむには、確かにこんなグラスが最適デス。
 ただパッケージの写真がロックなのが、黒沢としては大不満。
「オイオイ、“シングルモルトを愉しむ”というなら、氷など入れて冷やし込んで折角の香りを台なしにするなよ!」っての。

ハイボールグラスFINEPIX F300EXR 478 ハイボールグラスFINEPIX F300EXR 479
 ホワイトホース、良いウイスキーなんだけれどねぇ……。サントリーが作り出したハイボールのブームに勝てなかったのか、日本での販売会社の戦略なのか、こんな販促用のグラスを付けて売られていました。
 氷を入れてしかも1:3に薄く割って、しかもこんな口の開いたグラスで「花や蜂蜜を想わせる、華やかでフルーティーな香りを」云々って、日本での販売会社の担当者は正気なのでしょうか。

ハイボールグラスFINEPIX F300EXR 480 ハイボールグラスFINEPIX F300EXR 481
 あのジョニ赤が何と、こんな販促用のグラスと共に「冷蔵庫でよく冷やした上にソーダで1:4に割って飲め」と売られてマシタ。1:4って、殆どビール並みの薄さじゃん。
 ……ハイ、この折角の「重厚でフルボディ」かつ「スモーキーで甘く華やかな香り」のスコッチを、冷やし込んだ上に薄ーく割ってビールのようにガブガブ飲め、ってコトですね、ワカリマス。
 こんな売り方をしたのでは、折角のジョニ赤が泣きますよ、日本の販売会社さん。

 サントリーのあの“角”のCM大攻勢のせいで、今の日本では「ウイスキー=ハイボール」ってイメージになっちゃってるけれど。そしてこれから暑くなるだけに、ウイスキーも「氷をたっぷり入れて、ソーダで薄く割って」って人がますます多くなるだろうけど。
 もし貴方がどうしても、「ウイスキーは氷を入れて薄めに割って、ハイボールでビールのようにガブガブ、ゴクゴク飲みたい!」と言い張るのであれば。ならばホンモノの良いウイスキーには決して手を出さず、例の“角”などサントリーの酒でも飲んでいてもらいたいものだ。

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ホンモノのウイスキーが飲みたい!②

 とは言え、日本のウイスキーが“角”や“ダルマ”のようなまがい物ばかりではない事も、黒沢は知っている。
 余市10年竹鶴12年スーパーニッカ、それに貯蔵年数ナシのシングルモルト宮城峡(通称ロリ宮城)など、良いウイスキーもいろいろあることも認める。
 それでも黒沢は、日本のウイスキーの品質を信じ切ることが、どうしても出来ないのだ。

 それは何故かと言うと、日本の酒税法には「ウイスキーは最低何年、貯蔵熟成しなければならない」という規定もなく、それどころかモルトとグレン以外の怪しげなモノ(廃糖蜜から造った原料用アルコール、焼酎、スピリッツ、香料等)を加えたものまで“ウイスキー”と呼ぶことも認めているからだ。
 ウイスキーとは、本来「モルトとグレンを、木の樽で三年以上貯蔵熟成したもの」である。
 ところが我が国の酒税法では、貯蔵熟成の規定が無いから工場で造ったばかりの、ウイスキーとは到底呼べない若いアルコールを直ちに出荷しても構わない上に、モルトとグレン以外の怪しげなモノを混入することも認めているのである。

 我が祖国日本の酒税法では、ウイスキーはこう定義されている。
「香味、色沢その他の性状がウイスキー原酒に類似するもの」

 ……平たく言えば、「ウイスキーに似ていさえすれば、偽物でもOK」ってことだよ。
 何しろまがい物の偽ウイスキーを造って売ることを、国家が公に認めているのだからね。
 この現実を、黒沢は国民として恥ずかしいことだと思うが、貴方はどうだろうか。

 何しろコレが、我が日本の法律だから。
 ほんのちょっとのモルト原酒を、工業的に大量生産された殆ど貯蔵熟成ナシのアルコールで嵩増しし、リキュール等で香りと味を付けたシロモノが“ウイスキー”を名乗って大量に売り捌かれていても、そのメーカーは胸を張って、「ちゃんと国の法律に則って商売をしている」と言えるワケだ。
 ちなみに酒屋どころか近所のスーパーでも現在大量に売られているあの“角”は、かつてはラベルに“SUNTORY LIQUEUR WHISKY”って書いてあったんだぜ? 
 リキュール・ウイスキーって、一体何なんだよ……っつーの。

 ちなみに日本消費者連盟の調査によると、その“角”が「リキュール・ウイスキー」だった頃、“角”には22%のモルト原酒と31%のグレンアルコールの他に、1.63%のリキュールが加えられておりマシタ
おいおい、グレンウイスキーならわかるけど、グレンアルコールって何だよ」って? ハイ、それについてはもう少し後で語らせてもらいマス。

 日本の酒税法なるモノがとんでもないザル法で、ウイスキーにモルトとグレンの他に、各種アルコールや香料等の妙なモノを混ぜてもOKなことについては、『美味しんぼ』第70巻の「スコッチウイスキーの真価」でも触れていて。
 すると日本の某大メーカーから、「10年くらい前まではそういうウイスキーも作っていたが、今は作っていない」という申し入れがあったそうだ。
 と言うことは、その大メーカーは例の『美味しんぼ』第70巻が出された1990年より十年前までは、そのような混ぜモノ入りの偽ウイスキーを売っていたワケで。
 そう、それが“角”が“SUNTORY LIQUEUR WHISKY”だった時代なんだよね。

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 ついでにバラしちゃうと、日本のウイスキーの売り上げの三分の一を占めていたという、その頃のダルマこと“オールド”の成分は、モルト原酒が27.6%でグレンウイスキーが45.1%、そしてリキュールが0.04%に甘味果実酒が0.8%ということだ。
 ちなみにリザーブはモルト原酒が33.6%でグレンウイスキーが38.2%、リキュールが0.04%で甘味果実酒が2.4%
 ホワイトともなるとモルト原酒が15%でグレンアルコールが32.1%、リキュールが3.35%。そしてトリスエクストラに至っては、モルト原酒は僅か7%で原料アルコールが34.7%だ。
 参考までに、ブレンデッドのスコッチでは千円程度の安いものでも、モルト原酒は30%ほど使っているのが普通だ。そしてティーチャーズのように、モルトを45%まで使用しているものもある。
 それを考えれば、サントリーの自称“ウイスキー”のモルト原酒使用率がいかに少ないか、よくわかるというものだ。そしてその少ない分を、リキュールやら甘味果実酒やらで香りと味をつけて誤魔化している……と。

ティーチャーズ①DSCN2970 

 さて、ウイスキーとはそもそも何か。
 ウイスキーの起源は紀元前のアイルランドとも言われるが、少なくとも今のようなものの原型が出来上がったのは、十二世紀のスコットランドだ。

 そのスコットランドで造られたウイスキーをスコッチと言うが、英国ではスコッチを法律でこう規定している。

 ①原材料は百パーセント穀物(大麦麦芽等)であること。
 ②麦芽のみで糖化されねばならない。
 ③スコットランドで製造されたものに限る。
 ④原酒は木の樽詰で、最低三カ年倉庫内で熟成したものでなければならない。
 

 ついでに言えば、その原酒を貯蔵した倉庫の鍵は、政府の役人がロックして保管していて、そのメーカーの者ですら開けることが許されていないのだ。

 日本の“ウイスキー”と違って、本場のスコッチには「木の樽に詰め、最低三年以上貯蔵しなさい」という規定もある上、原酒に妙な混ぜモノをすることも許されていないことを、国産の“角”などを本物のウイスキーだと信じている方々にちゃんと知っていただきたいと思うよ。
 ちなみに原酒の樽貯蔵については、アメリカでも三十六ヶ月以上、カナダでは少し短いが二年以上義務付けられていることも付け加えておく。

 で、その「木の樽に詰め、倉庫内で最低三年以上貯蔵熟成した原酒」のうち、麦芽から作られたものをモルトウイスキー、トウモロコシなどの穀物で作られたものを“グレンウイスキー”と呼ぶワケだが。
 いくら原料が麦芽などの穀物でも、三年以上の樽貯蔵を経なければウイスキーと呼ぶ資格は無いのだ。そしてそれはモルト原酒だけでなく、グレンの方も同じだ。
 そしてここで出て来るのが、前に少し触れた“グレンアルコール”というヤツだ。

 少し注意深い人ならよくご存知と思うが、ウイスキーも原材料表示がされていて、瓶の裏の小さなラベルに「原材料:モルト、グレン」などと書いてある。
 その殆どがただ「モルト、グレン」と書かれていて、「モルトウイスキー、グレンウイスキー」と表記されているものはまず目にしない。日本洋酒酒造組合によると、原材料表示に書かれている「モルト、グレン」とは、原材料の麦芽と穀物のことであって、決してモルトウイスキーとグレンウイスキーのことではないのだそうである。
 世の中には知恵(悪知恵?)の回る人がいるもので、そこで“グレンアルコール”なるモノを作り出したのだ。

 グレンとは言ってもあくまでも“アルコール”で、“ウイスキー”ではアリマセンからね。伝統的な製法によらず、樽詰めも貯蔵もナシに工場で作ったままモルト原酒にブレンドしている……というワケだよ。
 そしてラベルの原材料名には、何も恥じることなくただ“グレン”と。
 ウイスキーのことを少し知っている人なら、グレンと言えば“グレンウイスキー”のこととと思う筈だ。ところが樽貯蔵ナシで殆どホワイトリカー(甲種焼酎)も同然の“グレンアルコール”を混ぜたモノを平気で出荷しているのだ、誰でもその名を知っているあの大メーカーは。

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(1982/02/01)
日本消費者連盟

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 日本消費者連盟の『ほんものの酒を!』によると、リザーブやオールドに使われていた“グレンウイスキー”のアルコール度数は59.3%だが、問題の“グレンアルコール”の方は95%を越えている。
 こうなればもう味も香りも風味も無い、ただの穀物原料の工業アルコールとしか言いようがない。
 かつてのトリスエクストラに使われていた“原料アルコール”など、材料に穀物すら使っていない、廃糖蜜の工業アルコールそのものである。
 だからトリスやホワイトだけでなくあの“角”も、黒沢に言わせれば「色付けして風味を持たせた、ウイスキーもどきの甲種焼酎」だよ。
 ちなみに例の廃糖蜜から作る“原料アルコール”は、今も“ブレンド用アルコール”の名で、日本の一部の粗悪ウイスキーもどきに使われているのだ。

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ホンモノのウイスキーが飲みたい!①

 黒沢の父は酒が好きだった。
 それも一旦飲み出したらセーブ出来ずに酒に飲まれてしまう、家族としてはとても有り難くない種類の酒飲みだった。
 おかげで黒沢は、「酒が」と言うより「酒癖の悪い人間」が大嫌いになってしまった。

 そんな父親が、いつものように一気に飲んでしまったりせず、戸棚の奥に隠し込むようにして、チビリチビリと本当に少しずつ傾けていた洋酒があって。
 それだけに、「あの親父があれだけ大切に飲むなんて、どんなに美味いものなんだろう?」と、子供心にとても興味を引かれてさ。
 そしてその興味に抗しきれず、黒沢はある日、ソレに手をつけてしまったのだ。
 ある日学校から帰ると、父と母は仕事から帰っておらず、一つ上の姉もまだ帰って来ていなかった。
 今、家に居るのは、黒沢一人きり。
 そう気付くと、黒沢は引き寄せられるように例の戸棚を開けて、奥から角型の瓶を取り出して中の琥珀色の液体を、恐る恐る嘗めてみたよ。

 ほんのひと嘗め。
 本当にそれでもう充分だった。
 小匙一杯分にもならないくらいの液体は、口の中に火がついたかと思うくらい強烈な刺激を残したよ。
 だから飛び上がるほど驚いたし、もうコリゴリと思ってその瓶を元の戸棚の奥に戻したよ。
 けどね。
 そのお酒はただ刺激的だっただけじゃなく、心を奪うような素晴らしい芳香と、舌の上に何とも言えない心地良い余韻も残したよ。
 これがまだ小学四年生だった黒沢の、お酒とのファースト・コンタクトで。
 その時の印象が余りにも強烈だったから、黒沢はその後かなり長いこと、お酒に手を出そうという気にはならなかったな。「とても子供が飲めるようなモノじゃない」って、身を持って学ばされた……という感じで。
 けど同時に「ウィスキーって何かスゴい!」って、子供心にも感じてた。
 だから「ちゃんと大人になったら、いつかまた飲んでみたい」って、黒沢はずっと思ってた。

 その洋酒って、ジョニ黒ことジョニー・ウォーカーのブラックラベルだよ。
 角型の瓶のウイスキーと言っても、日本の超有名飲料メーカーの、あの“ウィスキーもどき”などと誤解しないでほしいね。
 輸入モノの洋酒は、当時は信じられないくらい高価でね。ジョニ黒と言えば今では二千円も出せば買えるけれど、円が今よりずっと安い上に洋酒に対する関税も高かったその頃には、一本八千円くらいしたのだ。だから酒飲みだった黒沢の父もさすがに、一気に飲まずに戸棚の奥に隠すように仕舞い込んで、チビチビ飲んでいたワケ。

 さて、それで大人になって、天下晴れてお酒を飲めるようになって。
 でも大学生のコンパでは、ウィスキーなんてまず飲まないからね。社会人になってからの飲み会でも、飲むとすればまずビール、そして酎ハイに、年輩の人も居れば日本酒といったところでさ。
 たまに飲む機会があっても、出されるウィスキーのマズいの何の! たいてい薄~く水で割った上に氷もたっぷり入れるから、味も香りも無いただ変に苦いだけだった。そのくせアルコールの刺激だけは、しっかり舌にビリビリ来るしでね。

 例の小学四年生の時のあの体験で、黒沢はウィスキーにずっと憧れを抱いて来たからさ。だから大人になって改めて飲んでみて、ウイスキーってものに本当に幻滅してしまったよ。
 小四の時、ほんのちょっとだけ盗み飲みした際のあの衝撃と感動は幻だったのかと思いたくなるくらい、大学生になってから飲んだソレはとにかくただマズいだけのシロモノくてさ。
 子供の頃から期待していただけに、飲んでみてマズかったガッカリ感も大きくてね。それで黒沢はウイスキーは嫌いになってしまって、ウイスキーに手を出そうとも思わなくなっちゃったよ。

 ところがその数年後、当時の職場の上司のMさんのお宅にお邪魔してご馳走になった時、ウィスキーを勧められてさ。
 いやあ、ウイスキーは苦手なのに困ると心の中で思ったよ。
 そのMさんは、ただ上司というだけでなく、人間的にもとても尊敬できる立派な方で。
 そのMさんに、
「これ、黒沢にぜひ飲んで欲しいと思ってな」
 とまで言われたら、イヤです飲めませんとか流石に言えないよね。
 それで仕方なく飲んでみた瞬間、黒沢の脳裏にあの小四の時の感動が蘇ったよ。
 まず香りが、あの記憶の中にある通り心を魅了する素晴らしいものだった。
 そして舌を刺すようなイヤなアルコールの刺激も無くまろやかで、繊細かつ豊かな味わいでたまらなく旨い。
 Mさんが用意してくれたそのウイスキーは、シーバス・リーガル12年デシタ。

 そう、それまで黒沢が飲んではマズいと思い込んでいた“ウイスキー”って、主にダルマとか角とかいう、熟成年数も原材料もアヤしいまがい物だったんだよね。
 で、テレビCMでその名を見ない日がないあの超有名飲料メーカーの国産偽ウイスキーを捨て、熟成年数も製法も原材料も明らかな海外の本物のウイスキー、スコッチやアイリッシュ、それにバーボンをいろいろ飲みまくったよ。
 バーボンの口当たりの良さには驚いたし、ワイルドターキーはホントに良いと思う。
 そしてアイリッシュでは、ブッシュミルズが大好きになったよ。
 けど黒沢としては、スコッチが最も好みにあったようで。グレンリヴェットやグレンフィディックに始まり、マッカラン、ハイランド・パーク、スキャパ、グレンファークラス、ダルウィーニー、ボウモア等々、ホントにいろいろ飲みマシタ。

 黒沢の部屋には、シングルモルトのスコッチだけで30本以上コレクションしてあるよ。
 実は黒沢は、東海・東南海・南海沖地震が起きたらかなりの被害が予想される地区に住んでいて、しかも家は築三十年以上で耐震工事もしてないのだ。
 だからもしその時に家が倒壊でもしたら、割れたシングルモルトのスコッチの香りの中で死ねるような気がするよ。
 その黒沢的に言えば、ウイスキーのベスト3はラフロイグ、アードベッグ、タリスカーといったところかな。そしてその上に、別格としてラガヴーリンがあるという感じで……。
 お察しの通り、黒沢はスペイサイドの優しい味のものより、アイラやスカイ島などの個性の強いものが好みなのデス。

 シングルモルトは高いから、どれであろうが美味くて当然なんだよね。それでも例の国産の偽ウイスキーと違って、スコッチは千円ちょっとの安いブレンデッドでも、充分に美味いものもいろいろあるよ。
 中でもベル、ホワイト&マッカイ、ティチャーズ、フェイマス・グラウスは、どれも買って絶対に間違いナシの品質だよ。もちろん、例のジョニ黒の弟分の、ジョニー・ウォーカー赤ラベルも黒沢は好きだな。
 量販店でよく千円くらいで安売りされているホワイトホースも、間違いなく「お値段以上」の味デス。

ティーチャーズ①DSCN2970 

 お値段以上と言えば、西友には自社ブランド(正確には親会社ウォルマートの傘下にある、イギリスのスーパーチェーン“アズダ”のブランド)のスコッチがあるのだけれど。これが何と、税込みで八百円を切る値段で買えてしまうのだ。
 イオンもトップバリューのブランドで安いウイスキーを出しているけれど、アレは甲種焼酎に色と香りをつけたレベルの、熟成年数にも原材料にも問題アリの偽ウイスキーだから。ソレと違って西友ブランドのウィスキーは、ちゃんとスコットランドで作られた本物のスコッチなのだ。
 しかもそれでいて、サントリーレッドやブラックニッカ・クリアと同価格帯なんだよ?
 そんな本物があるのに、わざわざまがい物ウイスキーのレッドやクリア、さらに四百円近く余計にお金を出してサントリーのあの“角”をあえて買うヒトがいる現実が、黒沢には信じ難いデス。

 コレがその、西友で売っている激安スッコチです。

 アズダDSCN3251

アズダDSCN3254 

 レッドやブラックニッカ・クリアと同価格帯の安物だけど、しっかり3年樽貯蔵して、スコットランドで瓶詰めまでされているのだ。熟成年数も原料も定かでない、どこかの国産ウイスキーもどきとは、モノが違いマス。

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大失恋(56)・リアルな恋愛は鬱系のギャルゲーに似てマス

 最近増えつつあるご当地アニメではないけれど、ギャルゲーの舞台も案外いろいろだよね。
 例えばKIDの作品って、メモオフ・シリーズはもちろん、それ以外でも鎌倉や藤沢など湘南一帯をイメージしてるものが多い気がするし。例えば『ホワイトブレス』の舞台も多分鎌倉だし、主人公が通学に使う電車も江ノ電っぽい気がするよ。
 鎌倉は黒沢も好きな街で、東京に住んでいた頃にはカメラを片手に何度も通ったよ。それだけに主人公やヒロイン達が出逢って恋したりしてる場所が「多分あの辺りかナ?」と想像がついたりすると、気付かぬうちに作品の世界にどっぷりと感情移入しちゃうんだよね。

ホワイトブレス パーフェクトエディション(通常版)ホワイトブレス パーフェクトエディション(通常版)
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つよきす!』の舞台のモデルは多分横須賀で、黒沢は横須賀も好きだし、だから『つよきす!』が描くセカイの空気もかなりわかる。
_summer ##』だって、ぶっちゃけ舞台がもし黒沢が育った町に似た「片田舎の海辺の町」でなかったら、「悪くはないけど、ちょい退屈」で片づけて、すぐに忘れ去ってたかも。

 ま、大半のゲームは「舞台は日本のどこにでもありそうな、ごく普通の街」って感じで、きっとそれが一番無難で皆に受け入れられやすいんだろうと思う。
 けどあえてローカル色を強く出して、それを作品のムード作りに利用してるゲームも少なくないよ。
 田舎で恋と言うと、やはり「海辺の町」を連想してしまうよね。けど、山の方の田舎を舞台にしたギャルゲーも案外あるもので。
 今すぐ思いつくだけでも、例えば『夏少女』とか『巫女舞』とか。
 あと、『アカイイト』や『ひぐらしのなく頃に』も、山里なればこそのムードを巧みに生かしていて……って、両方とも(恋愛要素もあるにせよ)ホラーゲームじゃねーかよw。
 さらに『水月』や『夏色小町』のように、両方の良いトコ取りした「海と山に囲まれた小さな町」なんて舞台のゲームもあるし。
 そうそう、知る人ぞ知る名作『おかえりっ!』も、舞台の“姫神島”のモデルは瀬戸内海に浮かぶ真鍋島だよ。

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 この『おかえりっ!』は、ゲーム機がすっかりプレステ2の時代になった後の2001年に、旧プレステの規格の“SIMPLE1500シリーズ”の一つとして出されたという、とっても不遇な作品でして。
 パッケージもショボくて、見るからに「安売り用でぇ~す!」って感じで、店頭でもお客に殆ど無視されてたよ。
 大体さー、この『おかえりっ!』なんてタイトルから「何コレ、ダサッ」とか思っちゃうじゃん。『夕凪色の恋物語』っていうサブタイトルの方が、どう考えても何倍も良かったのにね。
 でもこのゲーム、中身はメチャ良いデスから。
 黒沢はコレを、ゲームショップの片隅で新品のまま埃を被ってたのを、僅か五百円で手に入れたのだけれど。おかげでその晩から、ゲームを進めるのに熱中し過ぎて睡眠不足になっちまったゼ。
 この『おかえりっ!』は、隠れた名作のまま終わらせるには余りに惜し過ぎるんで、章を改めていずれ詳しく語りたいと思いマス。

 それはともかくとして。
 数あるゲームの中には、キミの住む町に似た場所を舞台にしたものも、きっとあると思う。
 そのキミの記憶に重なるような“町”で、キミが好きだったコにどこか似たヒロインに、主人公と一緒にもう一度恋をしてみてごらん。胸を締め付けられような思いを、また味わえると思うから。

『つよきす!』や『_summer ##』をプレイして、改めて痛いほど思い知らされたよ。あの中三の一年間で失ったモノを、黒沢は未だに取り戻せていないまま生きてるんだ……って。
 って言うか、失ったら二度と取り戻せない大切なもの」って、人生には間違いなくあるんだよ。
 けど人はそのことに気付かず、自分に本当に大切なものは何なのかもわからないまま、周囲や空気や一時の感情などいろんなモノに流されて、徒に時を過ごしてしまうんだよねえ……。

 56回にもわたって長々と書き連ねたこの“大失恋”の駄文にここまで付き合ってくれた人達に、心から言いたいよ。
「ありがとう」
 黒沢の人生を変えたあの一年間のこと、記憶を辿りながらいろいろ書いてみたのだけれど。まさかこんな膨大な量になってしまうとは、自分でも思ってなかったデス。
 実はこの章は書いていてとても苦しくて、ここまで書き上げるのに、以前の章よりずっと時間がかかってしまったよ。
 書けば書くほど、あの当時味わった辛い気持ちを改めて思い出してしまってさ。上書き消去したつもりだった痛くて苦い記憶が、心の中にまたありありと蘇って来てしまって。
 退治した筈の過去のバケモノ達が、暗く深い沼の底から次々に湧いて出てくる……って感じかな。
 途中で何度も、「書くの、もう止めちまおうか」って思ったよ。
 けどまだ長い未来があるキミに、どうしても伝えておかなければと思って語り続け、何とかここまで辿り着いたわけデス。

 人生自体もそうなんだけど、恋愛ってある意味ギャルゲーにすごくよく似てるよ。それも奇跡やファンタジー色のまるで無い、リアル系の鬱ゲーにね。
 目の前に次々に現れる選択肢の選び方次第で、先に開けるルートがどんどん変わって行って。そしてその選択肢を一つ間違えるだけで、下手をすればバッドエンドに一直線だよ。
 そしてゲームと違って、現実の恋愛はリアルタイムでエンディングまでノーセーブで進行だから。もちろん、バッドエンド後のリセットも不可だしね。
 だからこそ「信じるべき相手だけは、絶対に間違えちゃダメだ!」って、心から言っておきたいよ。

 何かさ、今は心の中のモノをすべて吐き出し尽くしてしまった感じで、次は何を話したら良いかちょっと思いつかない状態だよ。
 だからまとまった長い話は当分できないんで、空などの写真の他、日頃気になってることとか、好きな物のこととかの雑文を書き散らすつもりでいるけれど、よろしかったら今後もお付き合い下サイ。

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