空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

猫に魂は、絶対にあるよ!

 霊感はそんなに無いのに、眠っている時に妙に霊的な夢を見てしまう黒沢だけど。
 で、それらの夢の中で後に自分がかかる病気を予言されたり、灰色の雲のような悪霊に憑りつかれかけたり、死んで幽霊になりかけたことは以前にも話したけれど。
 でも霊って怖いだけのものじゃないんだよ。
 それがもしも自分と親しい、愛していたものの霊だったら。
 怖いなんて思うどころか、泣きたいほど嬉しくなるよ。

 今、黒沢の家で一緒に暮らしている猫は、我が家で三代目の子になるのだけれど。
 初めて一緒に暮らした子は、茶トラの雑種だったけれど本当に綺麗な猫でね。動物病院に行くと、二度に一度は他の犬や猫の飼い主から「可愛いですね」って声をかけられるくらいだった。

 その初代の子は割と自我が強いと言うか、人にはあまりベタベタしないのだけれど、気が付くといつも静かに側にいる……って感じでね。
 賢い上に気も強くて、他の野良猫が我が家に侵入して来ると一歩も引かずに戦ったよ。けど普段は本当に静かにしていて、運動も殆どしなかった。
 後で思えば、体があまり強くないと言うか、特に心臓が丈夫じゃなかったんだと思う。で、普段から寝床にしている黒沢のベッドで、ゆっくり寝ていることが多かったな。
 そのせいか、10歳になる少し前に突然死してしまってさ。

 よく「猫は死期を悟ると姿を隠す」って言うけれど、その子はそうじゃなかった。
 黒沢の足元によろよろと来て、そのまま倒れ込んで逝ってしまったよ。
 ……突然のことだったからもうショックで、ペットロスそのもので何日もただ呆然としていたよ。

 それまでその子とは、同じベッドで毎晩一緒に寝てたから。それだけに「もう居なくなってしまったんだ」と思うと辛くて、夜もろくに眠れなくてさ。
 で、何とかうとうとすると、夢に見るんだよ、その死んだ子を。
 生前と同じように、香箱座りという姿勢で目を閉じて、黒沢の傍らでただ静かに眠っているんだ。

 そんな事が二度三度繰り返された後で。
 黒沢が一人で寝ていると、すぐ脇にドスンと何か重みのあるものが落ちてきて。
 で、起きて横を見てみると、亡くなった子がまたそこで寝ているの。
 ただ今度はいかにも気持ち良さげに喉をゴロゴロ鳴らして、と思ったら白い煙になって、スーッと上の方に消えていったよ。

 ああ、黒沢に別れを告げて、ちゃんと成仏してあの世に行ってくれたんだなぁ……って思って、悲しいんだけれど胸がじいんと熱くなったよ。

 猫だろうが人だろうが、自分と身近な存在の霊は見てもただ懐かしくて愛しいだけで、怖いとか全然思わないものだよ、実際。

 そう言えば、こんな事もあったな。
 黒沢の両方の祖父母と父、それに伯父伯母のうちの何人かは亡くなっていてさ。
 で、ある時こんな夢を見たんだよ。
 気が付くと、自分は亡くなった筈の父と祖母と伯母たち数人に囲まれていてさ。そう、その場に居るのは皆、死んだ親戚の人達ばかりでね。
 そしてその真ん中に居る父がニコニコしながら言うんだ、「どうしてる? 元気か?」って。
 こーゆーのも全然怖くなかったし、嬉しいというか懐かしいだけだったな。

 ……猫の夢、実はまだ時折見るんだ。
 黒沢はその後も、何匹もの家猫や外猫を見送ってきたけれど。
 それらの子たちと現世ではない別の場所で会って、そしてその子らがそこで黒沢を待ってくれているのを、記憶に残る鮮やかな夢ではっきり見てる。
 だから黒沢は、もし死んだら猫好きの集まる猫の国に行くんじゃないか……って気がしているし、本気で「そうだったら願ったり叶ったりだよ」とも思っているのでアリマス。

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もしも言葉が話せたら…

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 何を言いたいのでしょう。この茶トラの野良さん、人になつかない(絶対に触らせずに威嚇する)くせに、足元に来ては物言いたげにさかんに鳴きます。

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自殺はダメ、絶対!!

 そんなに霊感があるわけではなく、霊を見たり感じたりするような事は殆どない黒沢だけど。
 ただ眠っている時だけは話が別で、霊的な夢は割と見てしまうことについては、少し前にも話した通りデス。

 自分が死ぬ夢とかも、時々見るよ。そしてその中には、自分が死んで幽霊になってしまう夢もあって。
 死んでしまった理由はわからないのだけれど、とにかく気が付くと霊になっているんだよ、その夢の中で自分が。

 ……ツラいデスよ、幽霊って。
 だって生きている時と変わらずに意識はちゃんとあって、自分は確かにそこに“いる”んだよ。考えることも出来るし、気持ちもしっかりあってね。
 でも自分がそこに“いる”ことに、周囲の誰も気付いてくれないんだよ。どんな大声で話しかけようが叫ぼうが、目の前にいる誰も自分の存在をわかってくれないんだ。

 イジメの無視とは、それは全然違うんだよ。
 だって“無視”ってのは、相手はこちらの存在を充分に知っての上で全力で無視しているわけだよね?
 だから無視ってのは、その無視をしている当人にとってもすごくパワーと言うか、精神力が要るワケ。
 あえて言えば、無視ってのは逆にその相手の存在をものすごく意識しているんだよ。

 けど幽霊の場合は違う。わかって気付かないふりをしている無視とまるで違って、生きている人間は霊のことをまるで気付いてないんだよ。

 その死んで幽霊になった夢を見て、黒沢も初めて身にしみて感じたのだけれど。
 気持ちも心もちゃんとある幽霊からすれば、生きている人間は生前と変わらずにすぐ目の前にいて、話したいことや伝えたいことは山ほどあるんだ。けど生きてる者にしてみれば霊などまるで空気で、霊がどれだけ叫んで注意を引こうとしても、人はそこに“いる”ことにすら気付いてすらくれないんだよ。

 だから幽霊は、ものすごーく淋しいデス。
 自分は現実の世の中に“居て”、生きている時と同じように気持ちも感情もあるのだけれど、生きている人達は自分に誰も気付いてくれないんだよ?
 世界の中で、本当に自分たった一人だけで放置されている。それが幽霊ってやつなんだよ。
 そして「お化けは死なない」からね。その広い世界にたった一人取り残されている孤独な時間を、未来永劫、永遠に過ごさなければならないんだよ。

 わかるかな、その「大勢の人がいるこの世の中で、誰にも気付いてもらえず、呼びかけても全く答えてももらえないまま永遠にたった一人」って感覚。

 黒沢は集団生活や集団行動が苦手で、一人で過ごす時間を持てないとストレスで頭がおかしくなってしまうくらいのタイプでさ。ハイ、だから寮生活とかシェアハウスでの暮らしとか、「絶対ムリ!」って感じの人間だよ。
「身近に誰か居ないと淋しい」って気持ちより、間違いなく「いつも誰か側に居ると、気を使って面倒」って思うタイプでさ。
 だからリーダーに従って集団で生きる犬より、群を作らず自分のペースを守って孤高に生きる猫の方がずっと好きだし。
 その黒沢でさえ、永遠に続く孤独を思ったら胸が潰れるような強烈な淋しさを感じたよ。
 淋しいというより、恐怖に近い感じだった。その、未来永劫に続く「世の中にただ一人取り残される長い時」を想像したら。

 だから自殺を考えている人は、絶対にやめた方が良いよ。
 だって死んだら真っ直ぐあの世に行けるか、あるいは即座に消滅して、すべてを終わりに出来るとは限らないからね。
 死んで霊となり、誰にも気付かれぬままこの世をさまよい続ける……って可能性だって、間違いなくあるんだよ。

「幽霊なんか、絶対に存在しない!」
 貴方がそう確信できるなら、まあ良いけどね。
 でも死んでもそれで“終わり”になるわけでなく、生前のままの意識と記憶を保ったまま霊となり、そして誰にも気付かれぬままたった一人で永い時を過ごさねばならない可能性があるのだとしたら、自殺は本当に怖いよ。

 そういう意味で、霊が見えて言ってることも聞こえてしまう人は、本当に大変だろうなと思うよ。
 だって霊は、誰にも気付かれずに、話を聞いてくれる人も無いまま、ものすごい孤独の中で長い時を過ごしているんだよ? そんな状態の中でもし「見えて、聞こえる」人がいると気付いたとしたら……。
 それこそ目を剥いて胸倉を掴むような勢いで、「ねえッ、わかるッ、見えてるんだろッ! 聞けよ、話をッ!」って感じになっちゃうと思う。

 でも黒沢は幸いだった。
 夢の中で、その誰にも気付かれない状態で途方に暮れてさまよううち、ふと自分には“行くべき所”があるような気がしてさ。
 そこがどこで、どんな所なのかも全然わからないのだけれど。それでも「自分には行くべき場所があって、そこには仲間も大勢いる」って、何故だかわからないけれど心でそう感じるんだよ。
 それと同時に、何とも言えない安心感で胸が満たされて。
 そして「行こう、その“仲間”のいる所に」って思った瞬間に、黒沢は巨大な掃除機に吸い込まれるように、地上から空高く舞い上がってさ。

 金色に輝く夕焼け空に、凄い勢いで高く舞い上がって。
「ああ、これで“あの世”に行くんだな」って思ったよ。
 ただ金色に輝く眩しいくらい明るい空だったけれど、真昼でも朝焼け空でもなく、あくまでも夕空だったから。
 空高く飛びながら「自分は地獄に墜ちるワケでもないけれど、天上界に行けるわけでもないな」みたいに思ったよ。「天国でも地獄でもなく、その間のフツーの霊界に行くんだろうな」と。

 まあ黒沢の生前の行いを振り返れば、地獄に堕ちさえしなければ十分ラッキー……といったところだと自覚はしているんだけどね。
 だから夢の中で見た不確かな啓示とは言え、「自分は多分地獄には堕ちない」って思えて、それから何か死んだ後のことについて少し気が楽になったよ。

 で、その夢の中で金色に輝く夕焼け空に舞い上がった黒沢だけど、途中でふと気になってしまったんだよね。
「もしこのまま自分があの世に旅立ってしまったら、残った家族や猫はどうなるんだろう?」って。
 そして急に現世に対して強い未練が湧いた途端に、黒沢は空から“墜落”してしまったんだよ。

 うん、本当に墜落そのものだった。
 ベッドの上に文字通りドサリと強い衝撃と共に落ちて、それで目覚めたんだよ。
 フワリと落ちるのではなくて、物理的にドサリと落ちる感覚、本当にあったよ。

 何とも言いようのない、本当に妙な夢だけど。この夢の事を誰か他の人に話しても、微妙な顔をされて「変わった夢だね」と言われるだけでさ。
 でも黒沢は自分の魂が一時的に体から離れて、死に近いことを体験したのだと思ってる。

 で、その夢に関してあと一つ「怖いな」と思っていることがあって。
 黒沢はあの世らしき所に行く途中で、現世の家族の事とかが急に気になって、その瞬間に本のベッドに“墜落”して目覚めたわけだけれど。
 もしその時黒沢が家族や猫の事を思い出さずに、そのまま“行くべき所で待っている仲間”のもとに行ってしまったら、どうなってたんだろうなあ……って考えると、ちょっと背筋が冷たくなるよ。

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空と雲。

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 何かカッコイイ雲を見かけたので、いつも持ち歩いているお気に入りのコンデジで撮りました。

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霊感は無いけれど、霊的な夢は見マス

 くどいようだけれど、黒沢自身はそんなに霊感があるタイプではなくて、霊を見たり感じたりするような事は殆どないデス。
 ただはっきり目覚めている時はそうなのだけれど、眠っている時には話がちょっと違って来るようなのだ。

 黒沢は元々よく夢を見る方で、それもフルカラーでちゃんと感触もある、かなりリアルな夢を見るよ。
 だから夢を見ている間は、その夢を間違いなく“現実”だと思っているし。
 そしてまた夢の中の時間も長くて、寝ていた時間は数時間なのに、見ている夢の中ではその何倍もの時が流れているような事もよくあるよ。
 ただそうして見た夢の大半は、起きるとすぐに殆ど忘れてしまうのだけどね。

 でも時折、起きた後もその夢の中身が細部まで、心に焼き付いたように鮮やかに残っている事があるんだ。そしてそうした記憶に残る夢の大半は、その後の黒沢の人生にも影響を与えるような意味のある夢だったりするんだ。

 例えばある夜、黒沢は夢の中で不思議な占い師と言うか霊能者のような女の人に会って。
 その女の人は、黒沢の顔を暫くじっと見つめた後でこう言うんだ。
「貴方は一に血管、そして二に心臓に気を付けなさい」
 そしてその夢のことは、目覚めた後もはっきりと覚えていたよ。

 黒沢は実は二十代の後半に、かなり大きな手術をしてさ。そしてそのせいで術後に感染症にかかってしまい、さらに大静脈血栓も引き起こしてしまってさ。
 その大静脈血栓は今も患ったままで、もし血栓が肺に飛ぶと命にかかわる危険があるんだ。
 だから例の夢の中で「気を付けなさい」と言われたうちの血管の方は、黒沢自身が既に知っていることでさ。だからそれだけでは、その夢が霊夢だとか予知夢だとかは言えないよね。
 さらにその夢の中で「心臓に気を付けなさい」とも言われたけれど、その時には心臓に異常などまるで無かったから、「変わった夢を見たな」としか思わなかった。

 それがそれから一年と少し経ってから、実際に心臓に異常が出て来たんだよ。そしてかかりつけの病院の先生も、「狭心症の傾向がある」って。

 それからこんな事もあったな。
 黒沢は夢の中で、黒に近い灰色の、幾つもの小さな雲のようなものに取り巻かれているんだ。その灰色の雲は握り拳くらいの大きさだけど、黒沢の隙を見て黒沢に憑依しようとしている“何か悪いもの”であることは、はっきり感じるんだ。
 で、その幾つもの灰色の雲が、黒沢の周囲を凄い速さでグルグルと飛び回ってるのさ。

 するとそこに、一人の女の子が現れて。
 その女の子は小柄でスレンダーで、白いサマードレスを着ていてさ。年は十八くらいかな、髪は背の中程まであるストレートのロング(黒)で、見るからに大人しそうな、地味だけれどすっきりした顔立ちで。
 その子はとても悲しげな、寂しげな表情をしていて、目はずっと伏せていてさ。

 その彼女の目を真っ直ぐ見ては絶対にいけないと、黒沢は本能的に感じたよ。
 灰色の雲も“何か悪いもの”だけど、彼女もまた生きている人ではないと、直感でわかった。

 けどその彼女は、黒沢に憑り付こうとしている“灰色の雲”を、必死に払おうとしてくれるんだよ。理由はわからないけれどその彼女は、黒沢を“悪いもの”から守ろうとしてくれているんだよね。
 ただその子は頼りなげで寂しげな見かけの通り、霊的にそれほど強いタイプではないようで、頑張ってもその灰色の雲を殆ど払えなくて、より悲しげな表情になって……。

 とてもリアルな夢で、目覚めた後もはっきり覚えていたよ。
 でもたかが夢だからね。人に話しても笑われるか馬鹿にされるだけだろうと思って、その夢のことは、誰にも話さずに心の中だけに留めておいたんだ。
 ところがその暫く後、霊を視る能力のある人にズバリ言われてしまったよ。
「何か良くない灰色のものが、貴方に憑りつこうとしている」ってね。
 例の夢の話は、その人にも全く喋ってないのにもかかわらず……だよ。
 そして黒沢の肩越しにちょっと後ろを見て、その霊能力のある人はこうも言ったね。
「髪の長い女の人が憑いてる」

 ああ、夢で見たあの彼女か。そう思ったら全然怖くなかったね。
 と言うより、「本当にいて、守ってくれようとしているんだ」みたいに思って、安心すると言うか少し嬉しいくらいだった。
 ……憑かれてても怖いと思わない黒沢って、やはりどっか“変”なのかなあ。

 ただ黒沢は霊媒体質で、いろんな霊に“乗られて”妙に体がだるかったり異常な肩凝りに襲われたりして、その種の力のある人に度々霊を払って貰っていたからね。
 だから“慣れ”と言うか、憑依されても「またか」みたいな感じで、変に慣れちゃってるんだよね。
 それだけに、守ってくれようとしている霊ならイヤとか思わないし、むしろ「ありがとう」って言いたいくらいだよ。

 そうそう、その霊が見える人には「猫の霊も憑いてる」って言われたけれど、それも別に平気だったなー。
 何せ黒沢は、大の猫好きなんでwww。

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霊に引き寄せられる

 前にも話した通り、黒沢自身はそんなに霊感があるタイプではなくて、霊を見たり感じたりするような事は殆どないデス。
 ただ霊感が強くて“わかる”人によると、黒沢は霊媒体質で、その種のモノを引き寄せてしまいやすいタイプだということで。

 あれは、黒沢がまだ中学三年生の時だったかな。いつものように仲の良いクラスの男子数人と、「どっか遊びに行こうぜ」みたいな話になって。
 と言っても、そこは田舎の中坊だから。チャリに乗って、皆で市内の近所をウロつく程度のものだったけれどね。それでも気心の知れたいつもの仲間と他愛もないことをして遊ぶのは、けっこう楽しかった。

 で、中三の夏休みに入る少し前くらいの事だったかな。仲間のうちの誰かが、「Uの滝に行って見ようぜ」って言い出して。
 Uの滝ってのは、黒沢が通っていた中学の学区のはずれ近くの山際にある、ひっそりとした滝でさ。それでもPCで○○○の滝と名前を入れて検索すれば、ちゃんと県の滝の名所としてヒットして出てくるような、まあ地元の隠れた名所と言ったところで。

 でも黒沢たちの目的は、その滝を見に行くことじゃなかった。
 Uの滝の近くには、得体の知れない深い洞窟があってさ。で、「皆でその洞窟の探検に行こうぜ」ってワケ。
 ま、言ってみれば一種の怖いモノ見たさの肝試しみたいなものかな。

 夏の初めの日曜日に行きましたよ、中坊の男子が懐中電灯を持って集まって、揃って洞窟探検に。
 問題の洞窟は、滝から流れる川の対岸にあって。
 それで皆は滝の近くの道端に自転車を停めて、細い吊り橋を渡って問題の洞窟に向かってさ。

 その洞窟は山肌の崖に開いていて、入り口近くの高さは少し頭を下げれば入れるくらいだった。
 で、皆で入りマシタよ、その洞窟に。
 うん、確かにちょっとした“冒険”という感じだった。洞窟は中で折れ曲がっていたから、入り口から差し込む僅かな光もすぐに見えなくなるし。
 そして中は空気がただジメッとしているだけでなく、足元にはあちこちに水溜まりがあって。さらに何か硫黄臭いような、変な臭いも漂っていたし。

 でもそのうち奥の行き止まりに着いてしまって、皆は「こんなものか」って感じで入り口に戻ったよ。そして洞窟の入り口辺りにたむろして、無駄口をたたき合っていたのだけれど。
 ただ黒沢は、洞窟の脇の崖の上が、何だか妙に気になってしまって。

 理由なんか何もないよ。ただその洞窟の左手側の崖の上が、何か気になって気になって仕方がなかったんだ。
 それで黒沢は他愛もないことを喋り合っている仲間たちから黙って離れて、何かに引き寄せられるようにその崖を登ったんだ。
 道なんかないよ、そこはホントに崖で、両手で岩を掴みながらでないと登れなかった。
 で、何とかその崖の上に行ってみると、そこには小さな碑があってさ。

 その碑に書いてあった内容を要約すると、まあこんな感じだった。
「今から二百四十年ほど前に、この辺りの村で疫病が流行り、多くの子供を含む村人が病死した。そしてその事実を記録し霊たちを慰める為に、この碑を建てた」

 その碑は小さいし、崖の上の鬱蒼とした木々にも囲まれていて、下からは全然見えないんだよ。そしてその碑に書かれたような事実があったことも、全く知らなかったしね。
 なのにその碑に引き寄せられるように、黒沢はその崖の上に登ってみたくて仕方がなかった。そして崖の上でその碑に書かれていた内容を読んだ時には、頭からスーッと血が引くような感じだった。

 黒沢はすぐその崖を降りて、仲間の所に戻ったけれど。そこで見た碑とその内容の事は、仲間の誰にも喋らなかった。
 喋らなかったというより、喋れなかったんだよ。
「おい、コワいもの見ちゃったよ」って怪談みたいに皆に話して、肝試し気分でゾロゾロそれを見に行ったら、何か本当に良くないことが起きるような気がしてね。
 それで黒沢は心の中で手を合わせて、そこで見た碑のことはずっと誰にも黙ってた。

 けど、心の中ではずっと気になってたんだ。
 何で黒沢だけ、あの崖の上が気になって、碑に引き寄せられるように登って行ってしまったのだろう……って。

 その数年後、黒沢はその種のモノが見える、霊感の強い女の子と仲良くなってさ。
 それで試しにと、黒沢はその子をUの滝に連れて行ったんだ。
 例の中三の夏の洞窟探検のことや、その崖の上で見た碑の事は一切話さずに、「ちょっと綺麗な滝を見に行こう」みたいな感じでね。
 そしたらその子、Uの滝に着くどころか例の洞窟と碑のある場所の手前で、顔色が急に変わっちゃうんだよ。
 血の気の引いた白い顔で、
「やだ、怖い、絶対行きたくない!」
 そう言って、その場に立ちすくんで動かなくなっちゃうんだよね。

 繰り返し言うけれど、黒沢自身は霊感があって“わかる”タイプだとは思ってないよ。
 ただそのUの滝での件のように、わけもなくその場所のことが妙に気にかかって、後で確かめてみると霊の出る因縁のある所だったりする事が何度もあるんだ。

「あ、そこにいる!」みたいに見たり感じたりする事は、滅多にないのだけれど。
 ただ霊感のある人によれば黒沢は、霊に憑かれてしまいやすい“霊媒体質”だということで、いろいろ厄介なことがあるのデス。
 だって憑かれているのに、見えないし感じないから本人は全然わからないままだから。

 そう言えば東尋坊に行った時にも、ちょっと変わったことがあってさ。
 東尋坊って、そーです、あの自殺の名所デス。
 もちろん「悩みがあって死にたい気分で」とかじゃなくて、純粋に観光で行ったんだよ。それも女の子と二人だけでの、とっても楽しい旅でね。

 そうそう、前提として行っておくけれど黒沢は軽い高所恐怖症の気があって、高い所に登って下を見るとサーッと頭から血が引く感じがするくらいなのだ。
 だから東尋坊も「名所だから、旅のついでに」という程度で寄っただけで、景色も柵のある安全な展望台から眺めれば充分と思ってた。

 けどいざ現地に着いてみると、崖の近くに行ってみたくてたまらないんだよ。
 そして岩をヒョイヒョイ歩いて、本当に東尋坊の断崖絶壁の端まで行ってしまって。
 それだけでなく、下の海を覗いてみたくて仕方ない気分になっちゃってさ。

 ……想像してみて下サイ、高所恐怖症の気がある筈の人間が、断崖絶壁のホントの端で、身を乗り出して遙か下の海をじーっと見下ろしてるんだよ。ほんのちょっとでも体のバランスを崩したら、間違いなく真っ逆さまに崖下に、って所でね。
 夏休みの真っ最中だったから、観光客は他にも大勢いたけれど、断崖の縁でわざわざ崖下を覗き込むようなアホな事をしていたのは黒沢だけでさ。
 連れの女の子も、もちろんもっと後ろの安全な場所で遠くの海を眺めていたよ。

 あと、東尋坊には橋で渡れる小島があるのだけれど、その島を見た途端、行ってみたくて仕方がなくなってさ。
 ただ時間の関係で、その小島には寄れずに旅の次の目的地の金沢に急いだのだけれどね。
 その小島が、知る人ぞ知る“出る”場所だったということを知ったのは、それから一年近く経ってからのことデシタ。

 ええ、その東尋坊では引き込まれて飛び降りたりとかしなかったから、こうしてその時のことをお話しできているんだけれど。
 東尋坊の崖下と言い小島と言い、何故かそーゆーヤバい所には引き寄せられるように行きたくなってしまうんだよね、黒沢って。
 だから日光の華厳の滝とか熱海の錦ヶ浦とか、怪しいイワクのある場所には出来るだけ近付かないようにしなければと思っている黒沢デス。

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ある夏の日の夕空。

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 買い物に出た途中で見た夕空です。
 実は、二枚目の写真の真ん中に、鳥が一羽空を舞っているのですが……この写真のサイズでは見えませんよね。
 でも、ゴミとかではなく本当に鳥なんですよ。

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夜の青木ヶ原の樹海にて

 今日はこの時期に合わせて、黒沢が体験したある夏の不可解な思い出を語ろうと思う。

 黒沢が車の免許を取ったのは周囲の友達より少し遅くて、大学を卒業する少し前だった。
 と言うのは物心ついた頃から乗り物が大好きだった黒沢は、高校生の時に既にバイクの免許を取っていたから、車の免許が無くてもそれほど不自由を感じなかったんだよね。

 ハイ、免許を取るのは黒沢の高校でも校則違反だったし、もしバレたら長期の停学は免れなかっただろうね。
 でも「国で許している年齢になったのに、免許を取ってナニが悪い!」と、校則より法律と自分の良心に従って、高校には内緒でバイクの免許を取ってしまったのだ。

 で、高校時代の黒沢は休日になるとバイクで走り回って、ツーリングを楽しんでいたよ。
 そして夏休みになれば、湘南の海岸をバイクで飛ばしたりとか。
 と言っても“珍走団”に入るとかのバカな真似はしないで、誰にも迷惑かけずに一人で真面目に走ってたよ。
 まっ、バイクで一人旅に出掛けた先で、現地の女の子と知り合って……みたいなコトはそれなりにあったけどね。
 後から考えてみるとホントに“青春”してたよね、高校時代の黒沢は。

「リア充め、爆発して死んでしまえ!」って?
 いやいや、夏のバイクツーリングって良い思い出ばかりではなく、時にはちょいと怖い目に遭ってしまうこともあってさ。

 夏のツーリングって、日差しがキツくて昼間はけっこうツラいんだよ。風を切って走っている時はまだ良いのだけれど、信号待ちの時とかは、焼け付くような日差しに照りつけられて痛いくらいに暑い。
 そして黒沢が被っていたヘルメットはフルフェイスだったのだけど、またそれがクソ暑くて。
 けど夏の夜にバイクで走るのって、ホントに気持ち良いんだ。夏の夜風が、肌を心地よく冷やしてくれてさ。

 ところで、夏と言えば花火も定番だよね。
 山梨県の富士五湖の河口湖で、八月上旬の夜に湖上祭があって、たくさんの花火が打ち上げられると聞いて、黒沢はぜひ行ってみたくなったんだ。
 その時の黒沢は、確かもう大学生になっていたかな。

 で、夏の強い日差しが翳り始める頃に家を出て、東名の富士インターを降りて西富士道路に出た頃には、辺りは既に夜の帳に包まれていて。
 富士五湖を目指して、黒沢はバイクでひた走りに走ったよ。けれど朝霧高原に入ると周囲は富士山麓の荒れ地か草原で、人家など殆ど無いワケ。
 ……何しろオウム事件で有名になる、上九一色村の富士ヶ嶺地区とかの辺りだから。

 その真っ暗な中、バイクのヘッドライトだけを頼りに走り続けたのだけれど、どうもバイクの調子がおかしい
 朝霧高原にさしかかるまでは、本当に何の異常もなく快調に走っていたんだ。ところがその富士山麓の寂しい荒れ地の間を通る道に入ってから、バイクが妙に“重く”なってさ。
 何かだんだんバイクの速度が落ちていって、アクセルを全開にしてもエンジンが吹け上がってくれないんだよ。

 もうね、アクセルをフルスロットルに固定したままでも、制限速度の50kmを出すのが精一杯……という感じで、フラフラ、よたよた走っていたのだけれど。
 おかしいのは、ただエンジンの調子だけじゃなかった。
 ……寒いんだよ、ものすごく

 そりゃあ夜だし高原だけど、とにかく異常に寒い。八月の、しかも上旬の一番暑い頃だというのに、体が震えて歯がガチガチ言うほど寒いんだ。
 その寒さも風に当たっている手足の先とか肌が寒いんじゃなくて、体の芯が冷え込むような変な寒気なんだよ。

 それで寒さに震えながら、吹け上がらないエンジンを騙し騙し本栖湖の脇を通り過ぎ、鳴沢村の青木ヶ原の樹海に差し掛かった頃、急にバイクと体が軽くなったんだ。
 エンジンも元通りに元気に吹け上がるし、先程までの寒気も嘘のように感じなくなっている。
 ただね、背中に何となく違和感と言うか、ジットリ湿った感覚が残ってさ。それで左手で背中を探ってみたんだ。
 ……しっかり濡れていマシタよ、他は乾いていたのに背中一面だけ、汗ではない何かで。
 ハイ、そこは富士の樹海の真ん中を突っ切る途中の道デシタ、あの自殺の名所のね。

 でも、ま、バイクはまた快調に戻ったし、変な寒さも感じなくなったし。それに河口湖は目の前だったから、そのまま直行しましたよ、湖上祭に。
 ええ、湖上祭の花火はとても綺麗デシタ。それに見物人も大勢いて賑やかだったから、怖さなどまるで感じることもなくて。
 だからその湖上祭の花火も、最後の一発を打ち終えるまでしっかり見てさ。
 で、湖上祭が終わってさて帰ろうと思った時には、もう夜の十時を回るくらいになっていてさ。

 そして帰る時、黒沢は「西湖の側だけは、絶対に通りたくない」って思ってた。だって富士五湖の西湖は、いろいろといわくのある湖だったから。

 昭和41年に日本の中部を襲った台風で、西湖の湖岸で大規模な土砂崩れが起きて、多くの民家が住人と共に湖底に沈んだんだよね。
 ……ええ、犠牲になった百人近くの方の中には、そのまま湖底に沈んだままの方も十人以上いると聞きマス。
 そのせいか、西湖の周囲の道では妙に事故が多いとか。まるで湖に呼び寄せられるように、西湖の中に突っ込んでしまう車があるということで。

 あと、自殺というと富士の樹海が有名で、今では国道139号線沿いの、氷穴の辺りの東海自然歩道から樹海に入る人が多いけれど。
 そもそも樹海で自殺する人が出るようになったきっかけは、大ヒットしてドラマ化もされた松本清張の『波の塔』という小説で、主人公のヒロインが樹海に入って自殺したのを真似る人が続出したからで。そしてそのヒロインが樹海に入ったのは、国道139号線沿いの氷穴の辺りの東海自然歩道からではなく、西湖の畔からなのだ。
 今、国道沿いの氷穴あたりから樹海に入る自殺者が多いのは、バス路線もあって交通の便が良いからでさ。
 あの富士の青木ヶ原の樹海に入る自殺は、本来は西湖の近くから入って死ぬ人が多かったのだ。

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 ……だから河口湖の湖上祭から帰る時、西湖の側は絶対に通りたくなかったんだ。
 だって真夜中の道を、たった一人でバイクで走るんだよ? しかも来る途中では、「エンジンが急に不調になり得体の知れぬ寒気にも襲われ、背中だけじっとり濡れていた」という妙な体験もしたばかりだったしね。

 その西湖の側を通らずに帰るのは、実に簡単なことの筈だった。だって西湖は国道139号線から少し離れていて、「来た道を、ただ引き返せばいいだけの話」だったからね。
 それに黒沢が河口湖に行ったのはその時が初めてではなく、富士五湖は以前にもツーリングで何度か走っていたんだ。
 だから道に迷うことなど、まず考えられなかったんだ。
 にもかかわらず黒沢はその夜、道に迷ってしまったんだ。

 道に迷った、という言い方は正確ではないね。
 黒沢は迷ったとも思わず、正しい道のつもりでバイクを走らせていたら、トンネルを抜けたら目の前に広がっていたんだよ、問題の西湖が。

 その夜は朧月夜で、その淡い光の中にぼおっと浮かび上がっていてさ、樹海の中の西湖が。
 道を間違えた。
 そう気付いた時に、Uターンして正しい道に引き返すことだって出来たんだ。
 でも黒沢は引き返さなかった。
 と言うより、正しくは引き返せなかったんだ。
 目の前に広がる西湖にどうしても背を向けられなくて、何かに引き寄せられるように、西湖の北岸の人家も殆どない県道に、そのままバイクを進めたんだ。

 右側には森と山、そして左側には月光に朧に浮かび上がる西湖という暗い県道を、前だけを見てただひたすら走ってさ。
 その道を走る車など前にも後ろにも一台も無く、人家も殆ど無いその辺りには街灯もある筈もなくて。
 そんな真っ暗な道を、ヘッドライトだけを頼りに走っていたのだけれど。
 ……何か妙なんだよね、目の前に浮かび上がるその道が。

 例えば前の道が右にカーブしているとするよね。
 ところが何故か、その道が二つに分かれているように見えるんだ。
 森に沿って右に曲がる道の他に、左の西湖の中に曲がって行く道も確かに「見える」んだよ。

 おかしい、って思うよね。
 それでややスピードを落として目を凝らしながら進むと、そのカーブに差し掛かる直前に、湖の中に向かう道がフッと消えるのさ。

 それは一度や二度ではなく、湖の中に曲がって行く道が見えては目の前で消えることが、本当に何度も続くんだよ。
 ……その西湖に沿った県道で不可解な事故が起きると噂されていた理由が、それで身をもってわかった気がしたよ。

 で、神経を張り詰めて注意しながら、何とか西湖の湖岸の道を走り終えかける頃、ちょっとしたカーブでバイクの後輪が、何かに引っかけられるようにズルッと滑ってさ。
 ……咄嗟のカウンターハンドルと体重移動で、何とか転倒だけは免れたけど。その時はもう、心臓を冷たい手でギュッと握られるような感じだったよ。

 それでも何とか西湖に沿う県道を走り終え、樹海の中の道を国道に向かってひた走ったのだけれど。
 その人家も無い樹海の中の道の脇に、誰かが佇んでいるんだよ。
 何か人の形の白い影が、真っ暗な闇の中にぼおっと浮かび上がってるわけ。
 ヘッドライトの隅に映ったその影は、ホントに“白い影”って感じで細かい部分は何も見えなかったのだけれど。でも“それ”が髪の長い若い女の人だということは、何故か“わかる”んだよね。
 目で見て認識するのではなくて、脳に直に伝わってくる……という感じで。

 すぐに速度を落として、振り返ってみたけれど。
 そこに広がるのは闇ばかりで、もう何も見えなかったよ。

 で、バイクのスピードを上げ、急いで国道に合流して、東名高速に向けてひた走ったけれど。幸いそれから先は、妙なことは何も起こらなかったよ。
 エンジンは快調そのものだったし。
 来る時には震えるほど寒かった朝霧高原も、いかにも夏の夜という感じで少し暑いくらいで。
 だからそれだけに、来た時のバイクの不調やら寒気やらの数々が余計に気になってさ。

 このずっと以前に体験した富士五湖と青木ヶ原の樹海付近で体験した奇妙な出来事は今でも強烈に記憶に残っていて、夏が来る度に「アレは何だったんだろう?」って思うよ。

 黒沢自身はそんなに霊感があるタイプではなくて、その種のものを見たり感じたりとかは殆どないのだけれど。
 ただ霊感が強くてそーゆーコトが“わかる”人によると、黒沢は霊媒体質というやつで、いろいろそうしたモノを引き寄せて“乗せて”しまいやすいタイプなのだそーデス。

 これを読んで下さっている方の中に、もし夏の夜に一人でバイクを走らせるのが好きな方がいらっしゃるなら
 気づかぬうちに後ろに“誰か”を乗せていないかどうか、くれぐれも気をつけて下され

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ただの青空ですが。

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 ただ目だけでなく、心にも染み入るような鮮やかな青空でした。

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頑張れ『まんだらけ』、“人権派”の圧力に負けるな!

 報道によると、『まんだらけ』で25万円相当の商品が万引きされ、店側はその犯人が盗んだものを今日(8月12日)までに返却しなければ「防犯カメラに映った犯人の顔写真を公開する」とHPで予告しているとのことである。
 それに対し、いわゆる“識者”たちは例によって“人権”を振りかざし、『まんだらけ』の行為を行き過ぎだと非難しているのである。
 彼ら“人権派”の識者によれば、犯人の画像を公開することは「名誉毀損で人権侵害」にあたるのだそうである。そしてそれは店側によるリンチ(私的制裁)で、店は黙って警察の捜査を待つべきなのだそうである。

 いわゆるリベラルな方々が大好きで精神的支柱にしている理念や理想論でなく、常識と現実論でこの問題について考えてみよう。
 例の“識者”らが指摘するように、『まんだらけ』は既に犯人の画像を提出し、被害届も出しているということだ。
 が、それだけで犯人は捕まるだろうか?
 自信を持って言えるが、警察の捜査ではまず犯人は捕まらず、犯人の“盗み得”で終わるだろう。

 何しろ首都圏には、三千万を越す人間が集まっているのだ。その超大都会の中から、防犯画像に映ったさほど鮮明とは言えないであろう顔写真のみを手掛かりに、たった一人の犯人を割り出す事など、日本の警察がどれだけ優秀であっても「不可能」と断言して構わぬだろう。

 確かに、防犯画像によるたった一枚の顔写真から犯人が検挙されることもある。
 だがそれは、次の二つの場合に限られる。
 まずは犯人が被害者の関係者と推察でき、捜査の対象がかなり絞れている場合
 そして犯された犯罪が殺人やテロなどの重大事件で、犯人の顔の映像がテレビのニュースなどで公開された場合

 その前提を頭に置いてから、今回の『まんだらけ』の万引き事件について冷静に考えてみよう。さて、警察は店側から提出された犯人の画像だけで、東京という大都会の中から見事、この万引き犯を検挙できるであろうか。
 うん、出来るかも知れないね、「海岸で、たった一粒の特別の砂を見つけ出すことも可能だ」と言うのであれば。

 犯人は全国からやって来る、絶え間なく店を訪れる数え切れぬ不特定多数のお客の中のたった一人
である。推理小説やサスペンス・ドラマでよくあるように、店のスタッフや、限られた常連客をチェックすれば済むような簡単な話ではないのである。
 だから断言できるが、店が提出した防犯カメラの画像だけでは、警視庁と中野署には犯人を絶対に割り出せない
 その犯人がおバカで、成功に調子に乗ってまた『まんだらけ』で万引きを繰り返し、それを張り込み中の刑事に目撃でもされない限り、捕まることはまずないのである。

 常識で考えてみよう。犯罪が多発していてただでさえ多忙な警視庁が、たかが万引き犯ごときに捜査員をさき、『まんだらけ』にずっと目を光らせていてくれるだろうか。
 ……無理だね、まずあり得ない。
 どうせ被害届だけ受け付けて書類として積んでおく程度で、良くて「わかりました、時々お店にも顔を出しておきますねー」くらいのものだろう。
 で、そのたまに巡回してくれた警官の前で、また同じ犯人によって万引きが行われて検挙されるなど、確率で言えば宝くじで億の賞金を引き当てるようなものだろう。

 おそらく『まんだらけ』は、これまでも幾度となく所轄の中野署に万引きの被害届を出してきたのだろう。店の防犯カメラに映った、顔写真付きの画像も添えて。
 だが中野署がそれで犯人を特定して検挙したことは、まず無かっただろう。

 警察からすれば「たかが万引き」だ。日々起きている殺人や放火や強盗などの凶悪犯に比べれば、優先度は遙かに低い。それに今は危険ドラッグという、社会問題化している大問題もある。
 当然、万引きの捜査など後回しになり、被害届として記録に残されるだけになる。

 しかし「たかが万引き」と言えるのは傍の第三者であって、当のお店からすればその被害は店舗の存亡にかかわる死活問題だ。
 店にとっては、万引きは文字通り「生きるか死ぬかの大問題」なのだ。
 だから『まんだらけ』は、店を守る為に万引き犯の顔写真の公開を、期日と共に予告するに至ったのだろう。

 防犯カメラに映った画像がテレビで公開されることで、現に幾人もの凶悪犯が捕まっているように。店の経営を危機にさらす万引き犯を割り出すには、方法は犯人の顔写真を世間に公開するしかないのだ。
 これが綺麗事抜きの、ありのままの現実というものである。

 防犯カメラに映った顔写真を公開したとして、それでも万引き犯の特定に至らなかったとしても。「あの店で万引きすれば、顔写真が公開される」と知れれば抑制効果になり、万引きは確実に減るだろう。

 リベラルな人権派の方々は本当に妙な思考をするようで、泥棒を「泥棒!」と指摘し非難することが「名誉毀損の人権侵害」に見えるようなのである。
 万引きされるお店の人々の生存権よりも、万引き犯の人権の方が大事だと言うのである。

 万引きと言えば「ちょっとした出来心でやる、些細なこと」のように思われがちだが、窃盗という立派な犯罪なのだ。援助交際と言い換えてもその実態は売春と何も変わらないように、万引きも間違いなくドロボウなのである。
 そしてお店にとっては、万引き犯は店の存亡にかかわる大敵なのである。

 常識で考えてみよう。万引き犯の顔写真を、お店側に公開されて困るのは誰か。
 例えば黒沢自身は店の商品はちゃんと代金を払って購入しているから、お店が万引き犯の顔写真を公開しても全く困らないそしてそれは、全体の99パーセント以上を占めるまともな人達も同じであろう。
 万引き現場の映像と顔写真を公開されて困るのは、ズバリ万引きした犯人だけなのだ。

 だからこの『まんだらけ』の万引き犯に対する問題をどう見るかで、その人の意識と立場がわかる。
「公開されても何も困らないし、悪い事をした人の顔写真は公開されて早く検挙されるべき」と思うのは、ごく普通の真っ当な人だ。
 そして「ヒドい! やり過ぎだ! 人権侵害だ!!」と騒いで問題視するのは、万引き犯とその味方だと断言しても過言ではあるまい。

「万引き犯を検挙し減らすことより、万引き犯の人権の方が大切だ!」という考えをお持ちの、リベラルな人権派の方々に問いたい。
 あなた方は多発する万引きに経営を脅かされているお店の人々の生存権を、どう考えているのだ?
 断言するが、まんだらけ』のやり方を「やり過ぎで人権侵害だ!」と主張する人達は、お店の人々の生存権を無視し、真っ当に代金を払ってものを買っている大多数の消費者を馬鹿にしている

 繰り返し言うが、万引きで被害届など出しても充分な捜査もされず、犯人も殆ど検挙されないのが現状だ。
 万引きは被害を受けた店が泣き寝入り、というのが現実なのだ。
 もしリベラル派のあなたが、あくまでも店の経営よりも万引き犯の人権が大事と言い張り、『まんだらけ』などの自衛の行動を非難するならば。
 万引きの被害を我慢する代わりに、そのお店にそれ相応の補償をすべきだ。
 万引き犯が守られる一方で、その犯行により被害を受けているお店にのみ我慢を強いるのは絶対にフェアではない

 その「万引きの被害を受けているお店に、それ相応の補償」って、どうすれば良いのだろう。
 まさか「万引き分の損失を、税金で補填」って?
 冗談じゃない! 店ではちゃんと代金を払ってる真っ当な国民としては、「何で万引き犯の盗んだ分の代金まで、俺らの税金で払わなきゃいけねーんだよ!」って腹が立つよね。

 犯人の顔写真の公開を非難してまで、万引き犯達を守りたいのは、例の人権派の人達だから。
 もし『まんだらけ』のやり方を「やり過ぎで人権侵害」で、まず検挙できる筈もない警察の捜査を「ただじっと待て!」と言うのならば。あなた方“人権派”の方々が寄付をして、まず率先してお店の損害を補填すべきであると黒沢は思う。

 万引き犯の人権は大事に守れ、でも「お店の損害なんて知ったこっちゃない」って?
 ……だから黒沢は大っ嫌いなんだよ、被害者より加害者の権利ばかり言い立てるリベラルな“人権派”の人達って

 困ったことに、そうした犯罪者の肩を持ちたがる人権ダイスキのリベラルな人達は、個人的には善意に満ちた“良い人”が多いのである。
 その種の人達ってのは、結局自分が善人だから、人の悪意や怖さが理解出来ないんだよね。で、犯罪者に変に同情して、何とか立ち直らせようと頑張っちゃうわけだ。

 その種の人達って、自分が良い人だから「世の中には悪い奴が確かに存在するんだ」って現実がわからないんだよ。それで「本当に悪い人なんて、誰もいないんだ!」とか大真面目に信じて、犯罪の加害者を立ち直らせるのに夢中になっちゃう。
 被害者のケアの方なんて、もうそっちのけでね。
同情だったら、加害者より被害者に向けろ!」って言いたいところだけれど。でもその種の人達には、その簡単なことがわからないんだよね。

 サミュエル・ジョンソンの、こんな言葉を知っているかな。
地獄への道は善意で敷き詰められている
 そう、『まんだらけ』の万引き犯の顔写真の公開に「やり過ぎだ、人権侵害だ!」と大真面目で反対するような、人権ダイスキのリベラルな人達の行為って、まさにそれなんだよ。
 その種の被害者より加害者の権利を守るのに必死な、リベラルな人達の善意と寛容さは主に犯罪者に向けられて、結果として悪人達をのさばらせ、世の中に悪をはびこらせることになっているんだよね。

 犯罪に手を染める悪人どもに理解を示し、善意と寛容で臨むことは、それこそ地獄の門を開いてこの世を悪で満たそうとしているのと同じだと、リベラルな“良い人”たちは何故気付かないのだろうかと、黒沢は本当に理解に苦しむ。

 最後にあえて言おう。悪事をなした者に必要なのは毅然とした態度で厳罰を加えることだと、黒沢は断固信じる。
 犯罪者に妙に理解を示して寛容な態度で接するのは、悪を自ら培養して大きく育て、世の中を地獄と化そうとしているも同然である。
 だから『まんだらけ』は例のリベラルな“人権派”の圧力に屈せずに、今後も万引き犯の顔写真をどしどし公開し、ドロボウどもの身元を公開捜査で突き止めて悪の根を断ってほしいと願う。

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