空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

“淡麗辛口”に騙されてはいけない!

 近年、アルコール業界では『淡麗辛口』を名乗る酒が妙に増えている。
 淡麗辛口とは、そもそも日本酒の味の傾向の一つだと思っていたが、さにあらず。最近ではビールや発泡酒や第三のビール、それにウイスキーにまで『淡麗辛口』を名乗るモノが出ている始末である。
 ただ『淡麗』や『ドライ』を名乗るアルコール飲料も含めれば、その類の種類は数え切れないほどあるのではないだろうか。
 だが黒沢は、この『淡麗辛口』ブーム、どうも感心出来ないのだ。

 第二次世界大戦のおかげで、日本酒は恐ろしくマズくなった
 元々資源の乏しい国であるのに、無謀な侵略戦争など企てるから、我が大日本帝国はたちまち各種の物資が不足するようになった。石油などの燃料や鉄鉱石などの工業資源はもちろん、国民の基本的な生活に欠かせない衣類や食料まで不足するようになった。
 米も不足した物資の一つだが、日本酒もまた米から作られている。それで「貴重な食料である米を酒などに使うのはモッタイナイ、何とか節約できないか」と軍の要請で考え出されたのが、いわゆる『三増酒』である。

 戦時中、酒に使う米を節約する為に、研究者たちはまず出来た日本酒に、大量の工業アルコールと水を混ぜてみた。すると出来た酒はただ水っぽくて旨みが無い上に、工業アルコールの刺激で妙に辛い、甲種焼酎のようなマズいものになってしまった。
 それでその味を補う為に、ブドウ糖や乳酸やコハク酸などを混ぜて、何とかそれらしい味にしたのである。
 問題の米不足は戦後も続き、それで政府も国の政策として、例の工業アルコールと水で薄めて日本酒の生産量を三倍に増やす、『三増酒』の生産を押し進めたのである。

 だがこの本来の酒を工業アルコールと水で三倍にしたシロモノが、ウマいわけがない。
 先にも触れた通り、ただ水っぽくてアルコールの辛い刺激があるだけの、今で言えば4リットルのペットボトルで大安売りされている甲種焼酎のようなモノになってしまう。
 それで業界はまず醸造用アルコールwwwという名の工業アルコールの辛さと刺激を消す為に、醸造用糖類wwwという名の水アメを大量に混ぜた。だから当然、ベチャベチャした後味の悪いモノになる。
 それで今度は少しでもサッパリさせキレを良く感じさせる為に、更に酸味料まで混ぜ込んだのである。
 これが戦後長く流通していた日本酒wwwの正体である。

 戦争が終わって何年も経ち、食糧事情が改善され、むしろ米が余るくらいになっても、日本酒業界はこの『三増酒』を造るのを止めなかった。
 何故なら、ズバリ儲かるからである。
 安価な工業アルコールと水で嵩増しし、それに糖類と酸味料を加えれば、以前と同じ量の原料米で三倍の酒が出来るのである。
 こんな粗悪酒でも飲兵衛たちには売れたのだから、メーカーとしては笑いが止まらないだろう。

 だがそんなアルコールと水で大量に薄め、さらに水アメと酸味料をブチ込んだ“偽酒”が、本来の日本酒と同じ味であるわけがない。
「酒など、ただ酔えればよいのだ」と言うアル中の飲兵衛は別として、この三増酒のおかげで真っ当な味覚を持つ多くの者が「日本酒は変に甘くてベチャベチャしてマズい」と思うようになり、主に若い世代を中心として日本酒離れが起きるようになった
 戦後に食糧事情が好転しても、ただ儲けの為に続けていた三増酒の生産が、日本酒業界そのものの首を絞め始めたのである。

 そこで大量生産でなく手作りで酒を造っている、地方の真面目な酒蔵を中心に、「これではいけない、本物の酒を造ろう」という気運が起きてきた。
 で、特に注目されたのが、新潟の酒である。米どころでもある新潟には酒蔵も多く優秀な杜氏も居て、糖類や酸味料は入れずアルコール添加も少ない、良い酒を造る酒蔵が幾つも出てきた。
 その新潟の酒は、それまでのベチャッとした変に甘くて臭い大メーカー製の三増酒とは違い、旨みもありつつ水のようにサラリとしていて評判になった。
 それでその新潟の「水のようにサラリとしてキレの良い」淡麗辛口な酒が、良い酒のお手本のように言われるようになった。

 で、日本酒だけでなくビール類やウイスキーなど多くの酒が、『淡麗辛口』を名乗るようになったわけだが。
 だがちょっと待ってほしい。淡麗辛口というのは酒質の方向のうちの一つに過ぎないのであって、腰の強いしっかりした濃い味の酒や、甘口や旨口の酒も同様にあって当然なのである。

 確かに一時期の殆どの日本酒は、ベチャベチャと変に甘ったるくて胸が悪くなるようなシロモノだった。そして紙パック入りで安く売られているような日本酒は、今でもそうだ。
 だがだからと言って、「淡麗辛口=良い酒」と思い込んでしまうのは早計に過ぎる酒の味とはもっと多様で、良い酒の中には濃醇で飲みごたえのある酒も、辛さと甘さがうまく絡み合った旨口と言われる酒もあるのだ。
 そうした腰のあり複雑で深い味わいの旨い酒を知ると、水のようにサラサラとした『淡麗辛口』な酒ばかりでは物足りなくなってくる。

 しかし戦中から長らく造られてきた例のクソ不味い三増酒(アルコール・糖類・酸味料添加)のせいで、「濃醇で旨口や甘口の酒はダメで、水のようにサラリとした薄味でやや辛口の酒こそ、サッパリしてキレのいい良い酒なのだ」という印象が広がってしまったのである。
 だから日本酒に限らずビールでもウイスキーでも、『淡麗辛口』を謳うものが異様に増えてしまった。

 しかしこの『淡麗辛口』というのが、なかなかクセモノなのである。
「本来の酒に工業アルコールを混ぜて水増しすれば、水っぽくかつ辛口の酒になる」というのは、前に語った通りだ。
 例の『三増酒』は、欲をかいてアルコールと水で嵩増しし過ぎたのだ。だから味もなくただ辛いだけの甲種焼酎もどきになってしまい、日本酒らしさを装う為に糖類と酸味料も大量に入れねばならなかった。
 そしてその結果、若い世代にそっぽを向かれて日本酒離れを起こす原因になった、ベッチャリとして変に甘く厭な味のする不味い酒になってしまったのだ。
 では、あまり欲をかかずに“醸造アルコール”という名の工業アルコールを程々に入れて、程々の水で程々に嵩増ししたらどうなるか。アラ不思議、コレが例の『淡麗辛口』っぽい、水のようにサラリとしているが旨みは無いわけでもない辛口の酒になったのである
 そう、コレがいわゆる『本醸造酒』というヤツなのである。本醸造でない『普通酒』で、糖類や酸味料を添加していないものもこれと同類だ。

 だが三増酒ほどではないにしろ工業アルコールと水で嵩増ししているわけだから、米と米麹だけで造られている純米酒に比べて、本醸造酒は旨みの薄い辛口の酒になる
 工業アルコールを添加すれば、そのアルコールの刺激で味は辛口に傾くし、アルコールを足した分だけ加水しているから、本来の味も薄めになるのだ。
 そしてそれを、メーカーは「淡麗辛口」と自称しているわけだ。

 工業アルコールを添加した酒と純米酒では、そもそも同じ量の酒に使われている原料米の量が違うわけだから。
 本醸造酒だけでなく吟醸酒や大吟醸酒も含め、アルコールと水で嵩増しされた酒(通称アル添酒)に比べて純米酒は濃醇で、辛さの他に甘みや酸味など微妙な味が絡み合った複雑な味になる
 これを旨口と言う。
 この旨口の純米酒を飲むと、アルコールと水で嵩増しされ味の薄められた酒を『淡麗辛口』とありがたがって飲むのが馬鹿らしくなってくる

 日本酒とは本来、米と米麹だけで造るものである。だから黒沢は日本酒は純米酒しか認めないし、わざわざ工業アルコールを添加して嵩増しされた酒は、日本酒と呼ぶに値しない“偽酒”と言い切りたい
 だが純米酒より原料米を減らして安く造られたこのアル添酒を、「さすが淡麗辛口、サッパリして飲みやすくて美味しい!」と喜ぶ人達が居るのだから呆れたものである。

 ビールで『ドライ』や『淡麗』を名乗る商品が増えているのも、同様に嘆かわしい風潮だ。
 今でこそ発泡酒や第三のビールに押され気味だが、一時期はアサヒの“スーパードライ”の人気がビール業界を席巻していた。
 だが黒沢は、「スーバードライほど不味い、粗悪なビールはない!」と思っている。と言うより、黒沢はスーパードライを“ビール”と呼ぶのさえ厭なくらいだ。

 そもそもビールとは、麦芽とホップで造るものなのだ。米だのコーンだのスターチだのといった“副原料”など必要ある筈もないのだ。
 副原料を使う理由に、メーカーは「軽快でサッパリした味に仕上げる為」と言うが、それは嘘っぱちだ。麦芽を減らし副原料を使えば、ビール本来の味がただ薄まるだけだ。
 では何故メーカーは、副原料を使うのか。
 コーンや屑米の粉といった副原料の方が、麦芽よりも明らかに安いから
だ。だから副原料を使ったビールは、麦芽とホップのみのビールより安いのだ。

 で、主原料であるべき麦芽の使用率をギリギリまで減らし、さらに発酵速度の速い酵母菌を使って意図的に炭酸の含有率を高め、その炭酸の刺激をウリにした薄味の粗悪ビールがある
 それがアサヒの、例のスーバードライだ。
 ところがこのビールの名にも値しない粗悪酒が、日本では大いにウケた。
 何故なら日本はビールの本場である欧州より、遙かに蒸し暑いからだ。

 今、日本ではハイボールが大人気だ。しかし欧米ではハイボールなどまず飲まれないし、黒沢もせっかくのウイスキーを氷で冷やし込んだ上に更に炭酸で割って飲むなど、邪道もいいところだと思っている。

 こんな話がある。あるバーでお客が、バーテンにこう頼んだ。
「美味いハイボールを飲みたいのだが」
 するとバーテンは、こう答えたという。
「思い切りジョギングして、汗をかいて喉をカラカラにしてもう一度来て下さい」

 おわかりになるだろうか。ハイボールとはそのウイスキー本来の味と香りをじっくり楽しむものではなく、喉ごしでガブガブ、ゴクゴク飲む炭酸飲料なのだ。
 日本での主なビールの飲まれ方も、ほぼそれと同じだろう。暑い夏や汗をかいて働いた仕事帰り、それに風呂上がりなどに、喉を潤す為にガブガブ、ゴクゴク飲まれている。
 その為にまず大切なのは“喉ごし”で、味などどうでも良いと言うより、むしろ濃いしっかりした味は邪魔になるのだ。
 だから麦芽をケチって副原料ばかりにした、薄味で炭酸の刺激だけのスーパードライが、日本では大いにウケた。その味の薄さと“ドライ”と称する炭酸の刺激が「サッパリしてキレが良く、美味しい」と。

 ……ビールは、これで良いのだろうか。
 最も大切な主原料の麦芽をギリギリまで減らして薄味にしたものを、ただ喉の渇きを癒す為に、炭酸の刺激で喉ごしだけでガブガブ飲む
 日本のビールは、本当にこれで良いのだろうか

 わかる人は、ちゃんとわかっている。
 ビールに詳しい飲食業界の人によれば、「スーパードライは二杯めまでは旨いが、三杯めから不味くなる。ヱビスは落ち着いてから飲むビール」ということである。
 ……つまり喉の渇きが癒えて汗も引いてしまえば、スーパードライはただ不味い酒でしかない、ということだ。

 世の中が不景気になりより安いものが求められるようになって、ビール業界でも“発泡酒”なるまがい物が造られるようになった。
 そしてこの発泡酒、かなり売れた。
 暑い時や風呂上がりにキンキンに冷やして、味など関係なく喉ごしでガブガブ飲むならば、何もビールでなくとも安い発泡酒で充分、ということだ。
 ところがビール業界の各社で競って発泡酒を出した時、アサヒだけはそれに出遅れた。
 理由は簡単である。
「スーパードライと、味がカブるから」
 つまりビールと名乗ってはいたものの、スーパードライの中身は発泡酒も同然だったのだ。

 発泡酒どころか、今や新ジャンルだか第三のビールだというものまで出ているが、それらも含めたビール類には『淡麗』や『ドライ』や『クリア』を謳ったものが少なくない。
 麦芽を減らして副原料と炭酸で仕上げた、喉ごしだけの『淡麗』や『ドライ』や『クリア』ばかりが売れているのを見ると、黒沢は情けなくなる。

 情けないと言えば、『淡麗辛口』は日本のウイスキー業界をも侵食している。
 ウイスキーとは本来、その芳醇な香りを楽しみながら、ちびちび飲むものである。ウイスキーのアルコール度の高さ、それに強い芳香と味は、ビールやワイン、それに日本酒などと違って、食中酒として適するとは言い難い。
 例えば映画でも、ウイスキーというとバーのカウンターなどで、小さなショットグラスを静かに傾けているシーンがよく見られるのではないか。ステーキなどをガツガツ食らいながら大きなグラスでウイスキーをグビグビ飲んでいるシーンなど、絵としてもまずあり得ない。
 だからこそのハイボールなのだ。

 ウイスキーを少しでも多く売りたい国産大手メーカーが、ウイスキーもまた食中酒としてビールのようにガブガブ、ゴクゴク飲んで貰う為にCMで強く押し進めたのが、欧米ではあり得ない薄い水割りとハイボール
なのだ。
 だからサントリーは、せっかくのウイスキーを水や炭酸で薄く割って、食事をしながらガブガブ飲むことを勧める
 二本箸作戦、と言ったかな。サントリーの和食を食べながらその薄く割ったウイスキーを飲ませようという宣伝(洗脳?)工作は。

 だがウイスキーを食中酒として飲むには、ただ薄く割るだけでは駄目だ。良いウイスキーの強い芳香と個性ある味は、食事の味とぶつかり合ってしまう。
 それで「ウイスキーも香りと味を抑えて“淡麗辛口”に」というわけだ。

 ウイスキーを淡麗辛口wwwに仕立てるのは、実はものすごく簡単だ。
 まずまだろくに香りのない若い原酒を使い、そして工場で出来たばかりのグレンアルコールをブレンドする。そうすればウイスキー風味の甲種焼酎のような、食事の味の邪魔をしない薄味で辛口の、「淡麗辛口のウイスキー」が出来上がるというわけだ。
 工業アルコールや若いアルコールを使えば、その刺激で辛口に仕上がるのは、日本酒についてのところで話した通りである。
 そしてサントリーは、若いグレンアルコールに原酒でちょびっとウイスキーらしい風味を付けただけの、薄く割りでもしなければとても飲めない不味い“ウイスキーもどき”を、巧みな宣伝で大量に売り捌いている。

 アルコール添加と嵩増しで仕立てた、自称「淡麗辛口」の日本酒にしろ。
 主原料であるべき麦芽をケチって安い副原料ばかりで造った、炭酸の喉ごしだけの「ドライ」だの「クリア」だの「淡麗」だのと名乗るビール類にしろ。
 本来の芳醇な香りも味わいも無い、若い原酒とグレンアルコールで即製した「淡麗辛口」系のウイスキーもどきにしろ。
 最も悪いのは、もちろんそのような粗悪酒を売るメーカーだと思うが。
 しかしマズいまがい物をそれと気付かず、宣伝やブームに乗せられてありがたがって飲んでいる消費者もまた、その無知を自戒せねばならないと黒沢は考える。

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遊ぶ子猫たち

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 あの茶猫さんの子供たちです。母猫は子育てに疲れ切っている様子ですが、子猫たちは庭で無邪気に遊びまわって過ごしています。
 ……それにしても、殆ど手入れもせずに草花を生い茂らせたままの、雑然とした庭でスミマセン。
 でもだからこそ、隠れ場所も多く、子猫たちも安心して遊んでいられるのかも知れませんが。

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今日はご機嫌ななめ?

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 少しは穏やかな表情も見せるようになった茶猫さんですが、今日は鼻に皺を寄せ、耳も伏せ気味にして威嚇するように鳴いてきました。

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喋れるものなら、気持ちをぜひ聞いてみたいものです

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 人の顔を見ると、本当に語りかけるようによく鳴くようになりました。
 でもそこは生粋の野良猫だけあって、「なつく」という感じには程遠い様子です。

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少しは変わってきたかも

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 例の庭の茶猫母さんですが、何となく表情が柔らかになって、物言いたげに鳴くようになりました。

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ビッチ化の進む日本の女性と、それを美化して褒め上げる女性言論人たち

 全く同じ事をしても女だと問題にされず、しかし男だと徹底的に叩かれる。そのような風潮が、最近ひどく多くないだろうか。
 そしてそれで女性と接するのが馬鹿らしくてやっていられなくなり、「もう一生、独身でもいい」と思う男性が現実に増えている。
 女性たちはそれを男性の草食化や勇気の無さのせいにするが、実際には「男が女性と付き合うことに価値を見い出せなくなった」だけである。
 男性の草食化が進んでいるというより、「男性から選ばれない女性が増えた」というのが現実なのだ。

 本当に現代の日本は、男女平等どころか男女逆差別が進んでいる。女性の権利と自由ばかりが声高に主張され、男は萎縮する一方だ。
 その一例を、毎日新聞に連載されている、ノンフィクション作家の亀山早苗氏の『現代恋愛模様』から紹介してみよう。
 今年の8月30日の亀山氏の「自分の欲望に忠実な女たち」という記事によると、最近の女性には二股をかけているという意識なく、複数の男性の付き合う女が増えているのだという。

 その、亀山氏が紹介するナオミという女性は、複数の男性と関係を持つ理由をこう言うのだ。
「たとえば恋愛映画を見に行くのには女友だちA子を誘いたい。でもサッカーを見に行くならB子。そうやって目的によって友だちを選ぶことってあるじゃない? 男性も同じじゃないかなあと思うのよ」
 そしてそのナオミとやらいう女性は、付き合いも長く気心も知れていてベストパートナーだという彼氏がいながら、渋い居酒屋やドレスアップしないと行けないようなレストランなどに連れて行ってもらいたい時には、別の年上の男性と……というのである。
 しかもそれは“母港”である決まった彼氏が居るから出来ることで、そうでないと「自由に羽ばたけない」そうである。
 彼氏は母港で、浮気はたまの寄港先……と。

 何と虫の良いことばかり言うものだと呆れ返るが、その己の心根の厚かましさは、当のナオミ自身もわかっているようだ。
「まあ、身勝手なのはわかってるのよ。彼が似たようなことをしたら、たぶん私は激怒すると思うしね
 そのナオミは亀山氏に、自らそう語ったという。

 で、もっと呆れるのは、そのナオミのような女に対する亀山氏のコメントだ。
 例のナオミの行状について、亀山氏はこう言うのである。
「自由を謳歌しているナオミさん。もちろん、これは誰にでもできることではないし、倫理的にどうよと首をかしげる人もいるだろう。だが、私はこういった女性のありようも否定はしない。どんな結末になるかはわからないが、彼女が自由に生きることを断罪できない」

 ……ほほう、「自由を謳歌している」デスカ。
 ベストパートナーであるという本命の彼氏を裏切って、他の男とも遊んで股を開くのが「自由に生きる」デスカ
 ものは言い方ですナ、本当に。

 このナオミとやらの所行には、黒沢は「倫理的にどうよと首をかしげる」どころか、記事を読んでいて「このユル股ビッチめ!」と唾でも吐きかけてやりたい気分になった。
 そしてこの貞操観念の薄い女の単なる浮気性を「自由を謳歌している」だの「自由に生きる」だのと持ち上げて美化する亀山氏の論調に、ナオミの所行よりさらに胸がムカつく思いだった。
「こういう言葉遊びで、単なるビッチの浮気癖を正当化するバカが、浮気女をより図に乗らせて、世の中の風紀をより乱れさせるんだ」と。

 亀山氏はナオミを「断罪はできない」と言うが、浮気は悪いことに決まっているじゃないか。黒沢ならただ「倫理的にどうよと首をかしげる」どころか、「このヤリ○○、尻軽女が!」と思い切り責めてやるべきと思う。
 それに当のナオミ自身が、「身勝手なのはわかってるのよ。彼が似たようなことをしたら、たぶん私は激怒すると思う」と認めている。
「自分がされたら厭なことは、他人にもするな」という事くらい、小学生でもわかっている筈だ。
 しかし下半身の自由を謳歌しているナオミは、それでも本命の彼氏(母港www)はキープしたまま、浮気と男遊びは今後も続けるつもりらしい。

 呆れたことに、亀山氏はこのナオミに大いに共感しているのだ。
「こうした女性たちは、結婚して夫に養ってもらいたいなどとは考えていない。結婚しても仕事を続けるのは当たり前、自分の食い扶持ぐらい自分でなんとかするものだと、はなから思っているタイプだ。だからこそたくましく、いっそ清々しささえ感じてしまう」
 そして亀山氏は、ナオミのような女についてさらにこうまで言うのだ。
「ちゃっかりしていると言えなくはないのだが、こういう腹をくくったような女性たちが私は好きだ。自分の欲望に忠実な女たちに幸あれ、と私は心の中でエールを送る」

 あのネ、亀山さんよ。世の中の大多数の男性は「結婚して妻に養ってもらいたいなどとは考えていない」し、「結婚しても仕事を続けるのは当たり前、自分の食い扶持どころか家族の生活費もなんとかするものだと、はなから思っている」のだよ。
 この男女平等の世の中で、男が当たり前にしている事を女もしているというだけで、そんなに偉くて特別扱いしなきゃいけないんデスかね?

 亀山氏に問うが、「結婚して妻に養ってもらいたいなどと考えておらず、結婚しても仕事を続けるのは当たり前で、家族の食い扶持も何とかするものだと思っている」男性が、本命の彼女を母港としてキープしつつ他の女とも遊んで浮気を繰り返していても、「たくましく、清々しい」と思い、「自分の欲望に忠実な男たちに幸あれ」とエールも送ってくれる筈だよね?
 だって、「男女は平等」だもの。女の浮気は「自由を謳歌する」だけど、男の浮気は「許せない!」なんてふざけた事、言ったりしないよね?

 亀山氏が紹介した記事のナオミという女を、男女の立場を入れ替えて考えてみよう。
「結婚して妻に養ってもらいたいなどと考えておらず、結婚しても仕事を続けるのは当たり前で、家族の食い扶持も何とかするものだと思っている」“ナオヤ”という男性がいたとして。
 そのナオヤには本命でベストパートナーの彼女が母港としているが、ナオヤは遊びに行きたい先に合わせて別の女性とも浮気をしている。
「自由を謳歌しているナオヤくん。こうした男性のありようも否定しないし、彼が自由に生きる事を断罪できない。その生き方はたくましく、いっそ清々しささえ感じてしまう。ちゃっかりしていると言えなくはないのだが、こういう腹をくくったような男性たちが黒沢は好きだ。自分の欲望に忠実な男たちに幸あれ、と黒沢は心の中でエールを送る」

 ……何かさ、ものすごーく気持ちワルい意見に聞こえないか?
 ただの浮気を「自由を謳歌している」だの「自由に生きる」だの「たくましく清々しささえ感じる」だのと美化した揚げ句に、「自分の欲望に忠実に生きる者に幸あれ」って。
 ソレが女性だと、単なる男遊びも時代の先端を行く進んだ人のすることのように言われてさ。
 でも男が同じことをすると、「オンナ好きの浮気男が、ネボケたこと言ってんじゃねーよ」って話になって責められる

 男も女もなくて、男女平等。だったら浮気もどう言葉を飾ろうと、人としてやっちゃいけない悪い事に決まってるでしょ。

「自由を謳歌している」だの「自由に羽ばたく」だのと言ったところで、結局は貞操観念なく複数の男に股を開いてるだけじゃん。
 それを「たくましく清々しささえ感じる」だの、「自分の欲望に忠実な女たちに幸あれ、と私は心の中でエールを送る」って、「亀山さん、貴女は正気デスカ?」と言いたいね。

 あと、本命の恋人を裏切って別な異性とも遊び続けることを、ただ「ちゃっかりしてる」と言ってのけるあたりも、黒沢は亀山氏の神経を疑うよ。
 それは「ちゃっかりしてる」んじゃなくて、「神経が図太く倫理観に欠けている」だけだってば。

 今、日本人の喫煙率は下がる一方で、とうとう二割を割ったということだ。
 黒沢も煙草をキッパリ止めている元喫煙者だけに、それは喜ばしい事だと思っている。
 ただ同時に残念な事もあって、全体および男性の喫煙率が下がる中、女性の喫煙率だけは上がってるんだよね。

 正直に言って、現代の日本の女性は劣化して行く一方ではないかという気がする。
 煙草を止める男性が増えている反面、女性は煙草を吸い始めて。そして男性の初体験年齢が上がり、性体験の無く恋人もいない奥手の男性が増える一方で、女性の“肉食化”が進み、例のナオコさんではないけれど浮気を平気でする女性も珍しくなくなった。

 ネットで盛んな“女叩き”に安易に乗るつもりはないけれど、亀山氏の紹介するナオコさんのような女性が現に増えているのは事実なのだ。そして亀山氏のような女性の言論人も、貞操観念の薄いビッチな女性を「たくましく清々しささえ感じる」と擁護し、エールまで送っている始末だ。
 その『二股恋愛ノススメ』のような亀山早苗氏の記事に、毎日新聞ともあろう全国紙が紙面を大きく与え、結果的に「日本中の遊び好きで浮気な女性達にエールを送る」ことになっている現状もまた嘆かわしい限りである。
 それらの様子を見ていると、男性が恋愛に積極的になれなくなり草食化が進む理由もよくわかるし、黒沢自身も「結婚なんてしたくねーな、墓場どころか責め苦が永く続く地獄だろ」と思ってしまう今日この頃である。

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女度高めの悪女にご注意! 目立つ大輪の花より、足元の小さな可憐な花を

 これは、黒沢が特にバカだったからかも知れないけれど。
 若い頃って何て人を見る目が無くて、何ていい加減な理由で誰かに恋をしてしまったものだと、我ながら呆れてしまうよ。

 今日は黒沢自身の経験と言うか、悔やむ事ばかりの過去のおバカな思い出について少し語ろう。
 黒沢はこれまで、両手の指の数を超える女性とお付き合いしてきたけれど。
 いや、自慢とかじゃないって。だってその恋は殆どすべて黒沢がフられる形で終わっていて、それもフタマタをかけられた挙げ句に切り捨てられるパターンがかなり多かったなぁ。
 おかげ様で黒沢は、今もまだ独身だものね。

 で、親しくなった女の子のうちの一人に、さらっとこう言われたよ。
黒沢サンって、顔がキレイで性格の悪い女の人が好きだよね

 ……ええ、そりゃあ黒沢も男デスから、キレイなお姉さんは大好きデスよ?
 けど黒沢自身としてはさ、そんな節操なく顔だけで女の子を選んでいるつもりは無かったんだけどね。
 でも同性である女性から見れば、見かけは可愛いけど性格に難アリの、タチの悪い子にばかり惚れてしまっていたようで。

 確かに黒沢の恋愛が長続きしない理由の大半は、例の「フタマタをかけられた挙げ句に……」ってやつだったし。その事実だけでも、黒沢の女の子を見る目の無さと言うか、例の「黒沢が好きになるのは、顔がキレイで性格の悪い女の子ばかり」ってのを裏付けているようなものだよね。

「初恋は何歳の時?」と言うと、かなり人それぞれだよね。早い子は幼稚園の頃とか言うし、でもその反対に、中学生になってからみたいな人だって少なくないし。
 黒沢はけっこう奥手な方で、小学校六年生の時に同じ班になったある女の子を好きになるまで、女の子を異性と意識すらしなかったなー。
 うん、それは幼なじみみたいな、仲良くしていた女子はいたよ。でもあくまでも「同級生で近所の友達」という感じで、異性としてはまるで意識していなくてさ。
 だからそれらの幼なじみの女の子たちには、「その子の事を考えると胸がドキドキする」とか、特別な感情など一切抱かなかったよ。

 ただその小学六年生の時に初めて好きになった女の子ってのが、とても同級生とは思えないような、大人びた子でさ。
 彼女は同じクラスの女子たちとは「女としての格が明らかに違う」と言うか、その彼女に比べると他の女子たちなどホントにお子ちゃまにしか見えなかったよ。

 まっ、その初恋は見事に、黒沢の一方的な片思いで終わるのだけれど。
 ただその初めて好きになった子の影響か、黒沢が中学生になってから好きになった子も、みんな同級生たちより大人っぽくて“女度”の高い子ばかりでさ。
 ハイ、黒沢のその「女度が高く大人っぽい子に惚れてしまう」って傾向は、大学生になるまでずっと続きマシタ。

 同い年の女の子達より大人っぽくて、しかも女度も高い子だよ? 冷静に考えれば、ピュアで純な子であるワケないじゃなん。
 って言うかむしろいつもモテていて、恋の駆け引きに関しては百戦錬磨の“悪女”にエンカウントする率が高くて当然だよね。
 だから黒沢の恋愛のお相手は、傍(特に女性)から見れば「顔がキレイで性格の悪い女の人」ばかりで、運良くお付き合いできても「フタマタをかけられた挙げ句に切り捨てられて終わり」とwww。

 今でも同じようなものかも知れないけれど、高校生の頃の黒沢は、クソ生意気な尖った奴だったからね。当然敵も多かったし、同じクラスの女子とかにも、相性の悪い子にはあからさまにキラわれてたなー。
 でも一部には、こんな黒沢にも優しく接してくれる寛大な女子達がいてさ。
 黒沢はチビでしかも童顔だったせいか、その一部の女子達には名前を“ちゃん”付けで、「いつきちゃん」って呼ばれていて。

 その女子の一人に、リナちゃんって子がいて。
 ええ、とっても良い子デシタよ。優しくて嫌味がなくて、黒沢にも「いつきちゃん、いつきちゃん」って親しく話しかけてくれたりして。
 ただブスとかでは全然ないんだけれど、リナちゃんってまるでコケシみたいな地味顔で、しかも小柄でツルペタだから、高校三年生になっても中学生くらいにしか見えないわけデスよ。

 で、黒沢はその頃も、「女度が高くて大人っぽい子が大好き!」という悪い病wwwにかかってマシタからね。当時もやはり他のクラスの、女度が高い系の悪女さんに夢中になっていて、地味系で幼く見えるリナちゃんのことなど殆ど眼中に無かったデス。
 それが恋愛感情なのか、クラスメイトとしてかはわからないけれど、好意を持たれてるな……ってのは、まあわかってはいたよ。けどリナちゃんが話しかけてくれても適当にあしらう、みたいな感じで、自分からは何も行動に出ないまま卒業してさ。

 高校を卒業した後、黒沢は地元を離れて東京の大学に進学して。そしてそれからもしばらくは、「女度の高い、大人っぽい子が好き」ってのは変わらないままだったんだけど。
 だから大学生になった黒沢が真っ先に仲良くしようとしたのも、一つ年上のお姉さんだったしね。
 ところがですね、大学生になった黒沢は、妙に年下の子に懐かれるようになって。
 そして年下のJKたちと仲良くするうちに、「年下の子っていうのも、素直で可愛いじゃん」って思うようになってさ。

 何しろそれまで好きになってきた小悪魔系の子たちと違って、黒沢の気持ちをかき乱して翻弄するような真似もせず、年下の子は妹のようにただ甘えて慕ってくれるからね。
 だからお付き合いしていても気持ちが安らぐし、それで黒沢は宗旨替えして、妹系の素直な子が好きになってしまったんだ。

 で、高校を卒業して三年目の夏に、地元で高校のクラスの同窓会があったんだ。
 夏休みで帰省していた黒沢も、その同窓会に参加したのだけれど。
 卒業してまだ三年目だからね、中には就職して社会人になっていた人もいたけれど、みな同級生だった頃と殆ど変わってなくて。
 ただリナちゃんだけは違ってた。

 以前はただ、「地味系の、幼い感じの子」としか見ていなかったけれど。
 ところが「年下の、素直で可愛い妹系」の子が好きになっていた黒沢の目に映ったリナちゃんは、本当に可愛らしく魅力的に見えたよ。

 と言ってもグッと大人っぽくイメチェンして、派手なメークや格好をするようになったわけではなく、リナちゃんはリナちゃんのままだったんだけどね。
 まあ「年相応に、程々に大人っぽくなった」といった程度で、相変わらず小柄で童顔でツルペタなままでさ。
 結局リナちゃん自身の変化より、女の子を見る黒沢の目の変化の方が、より大きかったのだと思う。

 卒業して三年後のリナちゃんは、黒沢の好みのど真ん中のストライク・ゾーンになっていて。
 そしてリナちゃんが優しくて良い子だということは、前々からわかっていたからね。そしてその同窓会という絶好の機会に、黒沢はそのまま指をくわえて見ているほどバカでもヘタレでもないからさ。
 で、お酒の勢いも借りて今度は自分の方からリナちゃんに話しに行って、それとなくアプローチもかけたのだけど。三年前とは違って今度は見事に、黒沢の方が作り笑顔で適当に受け流されてスルーされてしまったよ。

 まっ、パッと目立つタイプではないけれど、リナちゃんは性格も良い可愛い子だからね。目のある男なら放っておくわけないと思うし、事実その時のリナちゃんの態度からも、決まった彼氏の存在は何となく感じたな。
 それだけにさ、高校時代の自分の女の子を見る目の無さがホントに情けなかったし、胸が痛くなるほど悔やまれたよ。

 同じクラスだった三年前、「いつきちゃん、いつきちゃん!」って話しかけてくれた時に軽く受け流したりせず、もっと積極的にリナちゃんと仲良くしていたら。
 そう思うとただ残念という以上に、当時の自分の馬鹿さ加減を思い知らされるようで苦しかった。

 自分でもつくづく思うけれど、女の子とろくに付き合った事のない童○って、ホントに女を見る目が無いんだよね。で、そうした恋愛経験の浅い男子ほど、女度高めで大人っぽい、百戦錬磨の悪女に引っかかっちゃう
 まるで夏の羽虫が誘蛾灯に引き寄せられるように、ね。

 黒沢も自分の中高校生時代を思い出すとさ、ホント自己嫌悪で胸が苦しくなるよ。
「何であんな良い子たちをスルーして、ビッチとしか言いようのない顔が良いだけの悪女にばかり引っかかってたんだろう」って。

 だからまだ恋愛初心者の若い男子たちには、声を大にして言いたいよ。
女度の高い、まるで甘い蜜のように男の心を捕らえる女の子には気をつけろ、どう可愛く振る舞おうと、中身はまず間違いなく肉食系の悪女だから」って。

 と言っても、別に「全然女らしくない、ガサツな女の子が良い」ってわけじゃないよ。
 彼女にすべき本当に良い子ってのは、野に咲く一輪の小さな花のように、目立たない所にひっそり咲いているんだ。その魅力や可愛らしさは「気をつけてよく見ていないとわからない」みたいな感じで。

 と言うワケで「クラスや職場で目立っている、女度の高い綺麗な高嶺の花」ばかり見ていないで、それより自分の足元にひっそりと咲いている小さな花にも目を向けてほしいよ。
 そうした“小さな野の花”を見落として、後でものすごく悔やんだ者として、心からの自戒を込めて言っておくけれど。
 本当に愛すべき良い子は、貴方がろくに目を向けていない身近な足元にも、ひっそりとだけれど確かに咲いているのだ。
 そして甘い匂いを放つ可憐な花のように男を魅惑する女の子は、実は男殺しの“毒草”である可能性が高いことも、最後に付け加えておく。

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安倍「国防婦人会内閣」、軍国オバサン勢揃い

 安倍改造内閣の支持率は、47~64パーセントと新聞各紙によって少なからぬ違いがあるようである。
 ただ女性閣僚が二人から五人に増えたことについては、どの新聞社の調査でも六割もの国民が評価していて、「世論は好意的に受け止めている」とのことである。

 その結果を見て、黒沢は「国民とは、何て馬鹿なのだろう」と呆れ果てている。
 女性の数さえ増えれば、ただそれだけで「女性活用」で素晴らしいのか。
 よく見てみろ、安倍が増やした“女性閣僚”は、安倍の忠犬とも言うべき、札付きの極右政治家ばかりではないか

 名目は「女性活用」だが、実態は「似たもの右翼思想の、己の子分の登用」に過ぎない

 安倍首相の思想と目指している政治を理解するには、安倍首相が関与している以下の団体の目指すところや体質を見ればよくわかる。

 日本会議国会議員懇談会。
 神道政治連盟国会議員懇談会。
 平和を願い真の国益を考え靖国神社参拝を支持する若手国会議員の会。
 親学推進議員連盟。
 創生「日本」。

 このうち安倍首相は、神道政治連盟国会議員懇談会と親学推進議員連盟と創生「日本」の会長、平和を願い真の国益を考え靖国神社参拝を支持する若手国会議員の会の発起人、そして日本会議国会議員懇談会の副会長を務めている。

 まず日本会議だが、これは保守系文化人、保守系各種団体、旧日本軍関係者らを中心とした「日本を守る国民会議」と、神社本庁や神道系新興宗教などで構成される「日本を守る会」が統合して出来た国内最大級の保守右派組織である。
 そのメンバーに旧日本軍関係者や神道を信仰する者がいると言うだけで、その団体の性質が容易にわかるであろう。
 ちなみにアサヒビール株式会社名誉顧問で、かつては士官学校の一員でもあり、「太平洋戦争はABCD包囲陣からの自衛の戦争だ」と公言してはばからない中條高徳氏も、その日本会議の代表委員だ。

 当然、海外での評判も芳しくなく、ニューヨークタイムズは日本会議を「ナショナリスト組織」と断じている。
 さらにイギリスの週刊新聞『エコノミスト』は、「伝統的価値への復帰と、旧日本軍の悪行への謝罪外交の否定を主張する、ナショナリスト・シンクタンクと報じている。
 その日本会議の目指す政策を実現しようという国会議員懇談会が存在して、自民党などの多くの右翼政治家が加盟しているが、その副会長が安倍首相なのである。

 神道政治連盟を説明するには、まず神社本庁から語って行かねばならない。
 神社本庁とは、皇室の宗廟、つまり天皇家の祖先を祀る伊勢神宮を本宗とする宗教法人で、日本各地の神社を包括しているのである。そしてその神社本庁の宗教的価値観を政治浸透させる為に結成されたのが、問題の神道政治連盟である。
 何しろ神社本庁の本宗は伊勢神宮で、伊勢神宮は皇室の祖先を祀っているわけだから。その神社本庁が母胎である神道政治連盟の目指すところとは、「皇室の尊厳護持や、愛国心の教育への導入」など、時代を戦前の大日本帝国の頃の巻き戻すようなものばかりである。
 そしてその神道政治を押し進めようという国会議員の懇談会の会長が、安倍首相なのである。

 平和を願い真の国益を考え靖国神社参拝を支持する若手国会議員の会については、中身もその名の通りだから多くを語る必要もあるまい。
 ただ、A級戦犯も合祀されている靖国神社に皆で行って、東条サンを拝んで来るのが「真の国益」にかなっていると正気で考えている輩たちだから、彼らがどのような歴史認識でいるか容易にわかろうというものだ。
「あの戦争は自衛の戦争で、日本は何も悪くナイ。極東裁判は連合国による不当な裁判で、刑死した戦犯は昭和殉難者だ」
 このような思想の持ち主でもない限り、靖国神社になど絶対に参拝に行けない筈だ

 そしてこの「平和を願い真の国益を考え靖国神社参拝を支持する若手国会議員の会」という妙に長ったらしい名前の、皆で靖国に参拝しに行こうという国会議員の会の発起人が安倍氏である。

 ちなみに安倍首相はA級を含む刑死した戦犯を「昭和殉難者」と呼び、「自らの魂を賭して祖国の礎となられた」と褒め讃え、その法要の日に「哀悼の誠を捧げる」との追悼文を送ってもいる
 何しろ東条サンら刑死した戦犯を「日本の礎」になった殉難者と信じ、彼らに哀悼の誠を捧げるのが当然という歴史認識の持ち主なのだ。安倍首相にとっては靖国神社に行き、A級戦犯たちを拝んで来るのもごく当然の行為なのだろう。
 そのような人間を首相にいただかねばならぬ我が国の現状が情けないし、さらにその首相を半数近い国民が支持している現実もまた腹立たしくてやり切れない

 親学というのは、明星大学教授で『新しい歴史教科書をつくる会』の役員でもあった高橋史朗氏が提唱している、戦前の教育を再評価しようという運動で、多くの専門家から「非科学的」と批判されている
 ところがその「戦前の教育は良かった」という思想ゆえに、「えせ科学!」との批判の反面、保守層からは熱く支持され、親学推進協会なるものも設立された。
 その親学推進協会の顧問に中條高徳氏や櫻井よしこ氏、特別委員に長谷川三千子氏がいると聞けば、どのような思想の人達の集団かおよそ見当がつこうというものだ
 で、親学を推進しようという議員連盟もあって、その会長は安倍首相で、下村文部大臣が事務局長を務めている

 安倍首相が会長を務める、創生「日本」という保守政治家の組織の目的は、とりあえず以下の三点である。

 伝統・文化を守る。
 疲弊した戦後システムを見直す。
 国益を守り、国際社会で尊敬される国にする。

 個々に見ればどれももっともなようであるが、そう主張している人達の政治思想や日頃の言動と照らし合わせてみると、「おや?」と思わせられる疑問点が幾つか浮かんで来る。

 安倍氏は口癖のように「戦後レジームからの脱却」と言っているが、それは創生「日本」の二つ目の目指すところである「疲弊した戦後システムを見直す」というのとほぼ同一であると思われる。
 日本の現状を「疲弊している」と見て、それを未来志向で改革して行こうと言うのなら良いが。
 しかし創生「日本」の第一の目的は、「伝統・文化を守る」なのである。
 そして彼らが守りたい「伝統・文化」とは、一体何であるか。

 創生「日本」は、かつては真・保守政策研究会という名称であった。
 その旧称の通り、創生「日本」に属する国会議員はすべて右派の保守系の政治家であり、その多くのメンバーが「伝統的価値への復帰と、旧日本軍の悪行への謝罪外交の否定を主張する、ナショナリスト・シンクタンク」である日本会議、「皇室の尊厳護持や、愛国心の教育への導入」を目指している神道政治連盟、戦前の教育を褒め讃えて「えせ科学」と批判されている親学推進議員連盟、そして刑死した戦犯を昭和殉難者と美化する“平和を願い真の国益を考え靖国神社参拝を支持する若手国会議員”の会にも加わっている。
 自由主義的で進歩的な思考の政治家は、断言するが創生「日本」の国会議員にはただの一人もいない
 その戦前の日本と皇室と靖国神社が大好きな、創生「日本」の国会議員らが目指すところと言えば、「皇室が支配する、戦前の大日本帝国の復活」以外には考えられない

 だからこそ彼らは「あの戦争は自衛の為で侵略戦争でなく、日本は何も悪くナイもんね!」と言いたいが為に歴史教科書の見直しを主張し、A級戦犯も昭和殉難者と見なし、その戦犯が合祀された靖国神社も「皆で参拝に行くべきだ!」と主張しているのだ。
 そして機会ある毎に日本の侵略戦争を否定したがり、「過去の戦争で我が国がアジア諸国に悪いことをしたと認めるのは、日本を貶める自虐史観だ!」と言い張る。
 ちなみにこの創生「日本」は、会の講師として櫻井よしこ氏をしばしば招いている
 その事実だけでも、創生「日本」の政治的傾向と歴史認識がどのようなものか、容易にわかる筈だ。

 歴史教科書の見直しを主張する者たちによれば、日本が尊敬されないのはその“自虐史観”で謝り続けているからだと言う。
 いや、現実は逆だろう。創生「日本」にも属する日本の政治家が、過去の戦争責任を否定するような言動をとる度に、中国や韓国だけでなく、欧米各国からも「日本は過去を反省していない、歴史を歪曲しようとしている」と厳しい非難を受けている。
「国益を守り、国際社会で尊敬される国にしたい」筈の創生「日本」の国会議員が、彼らの独善的な歴史観を公言して「あれは自衛の戦争で、日本は悪くなかった」と公言する度に、国際社会から「まだ日本は反省していないのか」と失望されて尊敬を失い、国益も損なっているのが現実なのだ。
 そしてその創生「日本」の会長が安倍首相であり、彼もまた「侵略の定義はいろいろだ」と、日本の戦争責任の否定を臭わせるような発言をして国際社会から顰蹙を買った事実も決して忘れてはならない

 繰り返し言うが、次の組織に属する国会議員は日本を皇室の支配する、かつての大日本帝国に戻したい極右の議員たちだ。
 日本会議国会議員懇談会。
 神道政治連盟国会議員懇談会。
 平和を願い真の国益を考え靖国神社参拝を支持する若手国会議員の会。
 親学推進議員連盟。
 創生「日本」。
 そして安倍首相はその全ての組織の要職に就いていて、安倍内閣の閣僚たちも大半がそれらの右翼の保守組織に加わっている

 例えば女性活躍・行政改革大臣に登用された有村治子氏は、創生「日本」と神道政治連盟国会議員懇談会、双方の副幹事長を務め、親学推進議員連盟と平和を願い真の国益を考え靖国神社参拝を支持する若手国会議員の会にも加わっている。
 そして有村氏は人工妊娠中絶にも反対で、映画『靖国 YASUKUNI』の上映には、稲田朋美政調会長と友に政治的圧力をかけている。

 国家公安・拉致問題担当大臣に就任した山谷えり子氏も創生「日本」の副幹事長で、親学推進議員連盟と平和を願い真の国益を考え靖国神社参拝を支持する若手国会議員の会に加わっている、安倍首相に思想的に近いバリバリの右翼だ。
 その右翼のお方が、国家公安を管轄する大臣に就任したのだ。
 根っからの左翼の方々だけでなく、自由主義の観点から靖国神社や皇室のあり方に疑問を抱く方は気をつけた方が良い。大臣の意向次第で、国家に反逆する危険思想を持つ人物として、いつ公安警察に尾行されるようになるかも知れないぞ。

 総務大臣に就任した高市早苗氏の“右”への偏向ぶりは、有村氏や山谷氏よりさらにひどい。
 まず創生「日本」の副会長で、日本の前途と歴史教育を考える会の幹事長代理であり、日本会議国会議員懇談会、神道政治連盟国会議員懇談会にも加わっている。さらに平和を願い真の国益を考え靖国神社参拝を支持する若手国会議員の会のみならず、みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会にも加わっており、靖国神社に対する異様な執心ぶりが窺える。

 何しろ高市氏は、「満州事変と日中戦争は自衛の戦争」とテレビの討論番組で公言し、司会の田原総一朗氏に「あなたのような下品で無知な人に(議員の)バッジを付けて靖国のことを語って貰いたくない」とまで罵倒されたお方だ。
 そしてそのような歴史観をお持ちの「下品で無知な」お方が、NHKなどの放送局を所管する総務大臣に就任したのだ。籾井氏がトップにいるNHKを含む各局は、今後は“自虐史観”と叩かれぬよう、歴史と戦争の問題についてはより慎重な物言いと番組編成が必要となろう。

 さらに政調会長に登用された稲田朋美氏は、筆舌にしがたいほど酷い極右思想の持ち主だ。
 稲田氏は神道政治連盟国会議員懇談会の事務局長で日本会議国会議員懇談会にも加わっているが、平和を願い真の国益を考え靖国神社参拝を支持する若手国会議員の会には加わっていない。
 それは何故か。
 稲田氏によれば「靖国神社というのは不戦の誓いをするところではなくて、『祖国に何かあれば後に続きます』と誓うところでなければならない」そうだからだ。
 つまり稲田氏は、「何かあったらまたお国の為に戦って死ね!」とお考えで、平和を願ってなどいないのだ。

 靖国参拝について、稲田氏はさらにこうも言う。「首相の靖国参拝を阻止しようとする忘恩の輩に、道徳・教育等を語る資格はない」と。
 今の靖国神社には、日本をあの無謀な戦争に引きずり込み、三百万人以上の国民を死に追いやり、祖国を破滅の寸前に追いやったA級戦犯が合祀されている。だからこそ天皇陛下も靖国神社には参拝なさらないのだし、その靖国神社に首相が参拝することに疑問を持つ者が少なくないのは当然のことではないか
 にもかかわらず稲田氏は、首相の靖国参拝に異を唱える者は「忘恩の輩」で「道徳・教育等を語る資格がない」とまで言い放つ。

 では稲田氏は靖国に合祀されているA級戦犯らに、我々国民がどんな恩を感じろと言うのだろうか。「無謀な戦争を仕掛けて多くの国民を死なせ、我が国を滅亡の縁に追いやりやがって!」という恨みこそあれ、感謝せねばならぬことなど何一つ無い
 また、靖国神社に眠る一般の兵士たちは、一緒に合祀されているA級戦犯らにより死地に追いやられたのであって、「他国の侵略から祖国を守る為に自ら命を犠牲にした」わけではない
 日中戦争も太平洋戦争も、どちらも日本が仕掛けた侵略戦争であることを忘れてはならない
 戦死した一般の兵士たちは、あくまでも「当時の軍部や政府の指導者により、不必要で無謀な侵略戦争に駆り出された犠牲者」であって、黒沢たち後世の日本人が「命を捨てて日本を護って下さってアリガトウゴザイマスと感謝せねばならぬ対象」とは違う筈だ。
 だから黒沢は、彼らを死なせた当時の指導者に怒りを感じるし、赤紙一枚で召集され戦死させられた日本の兵たちに深い同情の念も抱くが、「国を護っていただいた」という点では恩は何も感じない。

 あの戦争は、当時の日本の指導者(軍人だけでなく政治家や官僚も含む)が始めた無謀で無益な侵略戦争だった。外交努力を尽くし、国益は出来る限り守りつつも譲るべきところは譲れば、避けられた筈の戦争だ。
 北支から撤兵し、満州の将来的な自立を約束さえすれば、欧米には満州における日本の権益を認める用意さえあったのだ。
 あの時、日本が自国の要求ばかりゴリ押しせずに引くべき所は引いておれば、我が国は今も韓国や台湾や千島全島や南洋諸島などを含む領土、それに満州の権益も保ち続けていた筈だ。そして空襲で丸焼けにもされず原爆も落とされず、三百万以上の兵士と民間人も死なずに済んだ筈だったのだ。

 はっきり言えば、あの戦争で日本は先に喧嘩を売って、揚げ句に“倍返し”をされたようなものだ。それで多くの領土だけでなく、三百万を越える国民の命を失ったのだ。
 回避しようとすれば出来たのに、当時の日本の指導者の愚かさによって、各地の領土と多くの国民の命を無駄に失ってしまった。
 それが現実なのだが、人間は感情で生きる動物で、「戦場に行かされた身内の者や親しい者達が、無益な戦争で死なされた」とは思いたくない気持ちが強い。だから何とか、その死に意味付けをしようとする。
 それでよく言われるのが、こんな台詞だ。
「今の日本の繁栄は、あの戦争で命を落とした英霊たちの尊い犠牲の上に築かれたのだ」

 申し訳ないし、大変言いづらいがそれは違う。
 あの戦争を仕掛けずに外交努力で回避していたら、三百万を越す人達は死なずに済み、国土も焼け野原にされず、領土ももっと広いままで、今の日本はもっと発展していた筈だ。
 それが現実だ。
 もっとも、無謀な戦争を仕掛けて敗れたからこそ、日本は天皇主権の専制国家から、民主主義の自由な国に生まれ変われたと言えるのかも知れないが。
 だがそれにしても三百万を越す人命の犠牲は、民主化の代償として多過ぎやしまいか。

 しかし稲田氏の歴史観は、黒沢の歴史観とは百八十度も違うのだろう。
 稲田氏の後援会『ともみ組』の会長である渡部昇一氏は、「あの戦争はアメリカと中国に仕組まれた戦争で、日本は自衛の為に戦ったのであって何も悪くナイ」という強固な史観をお持ちだ。
 そのようなお方が強力に後援しているのだから、稲田氏も渡部氏と同様の史観を持っているとみて間違いなかろう。
 だからこそ稲田氏の脳内では「刑死したA級戦犯も戦死した一般の兵士も、自衛の戦争で日本を護る為に命を犠牲にした英霊」であって、彼らを祀る靖国神社に参拝しない者は「忘恩の輩」なのだろう。
 黒沢に言わせれば稲田氏や渡部氏のような史観の持ち主は「極右の軍国主義の輩」であって、そのような者に教育や道徳等を語られたくないと心から思う

 稲田氏は「祖国の為に命を捧げる」という台詞が心底お好きなようで、国のエリートの資格についてこうも語っている。
真のエリートの条件は、いざという時に祖国の為に命を捧げる覚悟があること。そういう真のエリートをしなければならない
 靖国神社で「祖国に何かあれば後に続きます」と誓うべきだの、「祖国の為に命を捧げるのが真のエリート」だの、このオバサンはどうやら国民を死地に追いやるのが大好きなようだ
 黒沢にはこの稲田氏の言動が、大戦末期に多くの部下達に特攻を命じた(そして己は生き延びた)軍司令官の姿と重なって見えてならない

 それにしてもこの稲田氏の靖国信仰は狂気の域にまで達していて、靖国神社の参拝に反対する者は死んでも良いし、むしろ天誅を下して当然と思っているようだ。
 自民党にもかつてはリベラルな穏健派の方々がいて、その中の加藤紘一氏は靖国参拝に反対していた。そしてそのせいで、自宅が右翼に放火されて全焼してしまった。
 日本は民主主義の国であり、思想と言論の自由は保証されている筈だ。だからこの件は日本の民主主義に対する暴挙であり、当時の首相であった小泉純一郎氏も(内心はどうあれ)事件を厳しく非難する声明を出した。
 しかるに稲田氏は、同じ思想の者たちのシンポジウムで「加藤先生の家が丸焼けになった」と笑いのネタにして、会場の爆笑を誘ったのだ。
 靖国神社参拝に反対する者は、焼き討ちに遭って当然。それが安倍首相が政調会長に抜擢した稲田氏の本音なのだ。

 また稲田氏は夫と共に、オリックスの子会社で取り立て方法に違法性を指摘されているオリックス債権回収の代理人を務めているという。
「祖国の為に命を捧げろ」が口癖の稲田氏は、ただ靖国神社大好きの軍国オバサンであるだけでなく、借金の取り立て業にも精を出されているようデス。

 今度の安倍内閣の女性登用を、世論調査では六割の国民が好意的に見ているようだが。
 バカじゃねえの、登用された面々の中身をちゃんと見てみろ、って!
 有村治子氏、山谷えり子氏、そして高市早苗氏に稲田朋美氏と、揃いも揃って安倍側近のウルトラ右派の“軍国オバサン”ばかりではないか。

 安倍首相は女性登用に名を借りて、自分と同じ右翼思想の側近ばかりうまく集めたものだと思う。
 そしてその“安倍派国防婦人会”とも言うべき軍国オバサンたちに、警察と放送局を任せたのだ。
 この内閣の新布陣を、六割の国民が好意的に見ているそうだが、黒沢は背筋に冷たいものしか感じない。「特定秘密保護法と集団的自衛権のゴリ押しに続いて、警察と放送局も支配に出たか」と。
 安倍首相は口癖のように「日本を取り戻す」と言っているが、「取り戻したいのは皇室が支配する、軍事大国で全体主義の戦前の日本だろう」と確信に近い思いで政局の動きを見守っている今日この頃である。

 2010年2月5日の、まだ民主党政権の頃に開かれた創生「日本」の総会で、安倍氏は民主党政権を「社会主義的・全体主義的体質むき出し」と非難した
 もしあの民主党政権が“社会主義的”で“全体主義的”だとすれば。
 今の安倍政権など、まさに「国家主義的・全体主義的体質むき出し」と言わざるを得まい。
 民主党政権は無能だったが、少なくとも言論の自由は守った。しかし安倍政権はどうであろうか。酷い人事介入でNHKはほぼ完全に牛耳り、他のテレビ局の放送内容にもかなり干渉していると聞く。そしてそもそも、日本テレビと読売新聞と産経新聞と日経新聞は元々安倍政権のポチだ。

 現代の治安維持法とも言うべき特定秘密保護法が通され、集団的自衛権で他国に攻めて行くことも可能になり、そして警察と放送局も日本の戦争責任を認めない“軍国オバサン”の管轄下におかれた
 昭和十年代のあの暗い時代が再び訪れる日も、そう遠くはないのかも知れないと、暗澹たる思いで世の中を眺めている黒沢だ。

 この国家主義・全体主義的体質むき出しの安倍政権の支持率が、世論調査では何と五割前後かそれ以上をキープし続けている

 ヒトラーとナチス党が国民に支持され民主的な選挙でも勝ったのと同じだなと、日本国民の愚かさに絶望的な気持ちになりながら、どうかまたあの大日本帝国のような時代に逆戻りすることのないようにと、この国の片隅で必死に祈り続けている

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子猫の暮らし

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 野良猫の暮らしは厳しいものと思いますが、子猫たちは母猫の愛情のもとで戯れ、そして母乳を貰って我が家の庭で無邪気に暮らしています。

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人にちょっと興味あり?

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 例の我が家の庭に居座っては人を威嚇する茶猫さんの子猫です。
 この子は母親と違って人を威嚇したりはしません。傍に寄り過ぎると逃げてしまいますが、人をさほど恐れる様子もなく、ある程度の距離から人の様子を窺っています。

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