空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

何でもいい、熱中できるものを持とう!

 趣味でも職業でも良いが、あなたは何か熱中できるものをお持ちだろうか?

 実は筆者は、物心がついて以来「熱中できるもの」が無かった時がないのだ。
 まず小学校に入る以前から自動車が好きで、ただミニカーを集めるだけでなく、実際に道路を走っている車の名前や性能も片っ端から覚えた。
 それから小学校に入るか入らないかのうちに本を読む事を覚え、いろんな図鑑から小説まで、学校の図書室にあるような本は片っ端から読んだ。

 で、本を読むうちに特に歴史に強く興味を持つようになって、そのせいか小学生のくせに「古銭収集」などという妙に老成した趣味も持つようになった。
 ただ古銭を収集するには、まずお金が要るからね。それなりに収入のある大人ならともかく、小学生に買えるものなどごく限られている。
 それで古銭収集熱は程なく醒めたけれど、その時に小学生の乏しい小遣いで買った寛永通寶やら明治時代の五十銭銀貨やら江戸時代の一朱銀やらは、今でもまだ持っている。

 古銭収集の次にはプラモデル作り(戦車など)を始めたのだが、そのせいで主に第二次世界大戦時のドイツ軍にハマってしまった。そして元々が読書好きだから戦記モノの本も読み漁るようになり、おかげでいつの間にかしっかりミリオタになってしまった。
 だから戦争モノの映画やドラマを見れば、登場人物の階級やら、使われている武器の事やらもすぐにわかるし、見ながら「これは違うね、いくら予算に限りがあるからって、いい加減な時代考証してんじゃねーよwww」とかのイヤなツッコミもしている。

 中学生になってからは、オーディオ好きの同級生の影響で、オーディオ系の電化製品にも凝るようになった。
 けれどオーディオも、古銭収集と同じで良いモノを手に入れるには結局はお金が必要だから。
 中学生がいくら小遣いやお年玉を必死で貯めたところでたかが知れたものだし、中学生ではアルバイトも出来ないからね。

 そうしてオーディオの道に限界を感じかけた頃に、筆者にも思春期が来て、本気で好きな女の子もできるようになって。
 そうなればもう、心の中は完全に「女の子>オーディオ」ってワケで。
 けど筆者はイケメンではないし、モテるタイプでは決して無い。
 それで「せめて好きな女の子の写真でも持っていよう」と思って、家にあるカメラで頑張って撮ってみたのだ。
 でもまるで駄目だった。
 家のコンパクト・カメラでは、雑誌のグラビアのような綺麗な写真は全然撮れなかった。
 そして「どうしたらプロの写真家のように、女の子を綺麗に撮れるのだろう?」という思いから、今度は写真への道にハマり込んでしまったのだ。

 幸い、写真に本気で心を引かれるようになって間もなく、筆者は高校に進学したから。
 高校生になれば、一応アルバイトができるようになるし。それでせっせとアルバイトをして、一眼レフのカメラと交換レンズを買っては、いろいろ写真を撮りまくったよ。
 で、不遜にも正気で「プロの写真家になりたい!」などと思うようになり、高校の進学先の希望調査票にも「日大芸術学部写真学科」なんて書いてね。
 実際、当時の筆者の模試での日大芸術学部の合格確率は、いつも75%以上のA判定だったのだ。

 ただ、写真もやはりお金がかかるから。
 残念ながら筆者の家はあまり裕福では無く、だから日大芸術学部への進学は、家計の関係で諦めざるを得なかった。
 それで進学先には、写真の次に好きだった歴史を学べる大学を選んだのだけれど。それでも写真家への道は諦めたわけではなくて、大学生になった後も独学で写真の勉強を続け、撮り溜めた写真を出版社の編集部に持ち込んでみたりもしたよ。
 そして写真を見ていただいたプロの方には、「キミは女の子を撮るのではなく、むしろカレンダー用などの風景写真を撮ったらどうか」などとアドバイスされたりしてね。

 それで自分なりにいろいろ頑張ったのだけれど、結局お金も体力も尽きてしまって。
 それにまた、「自分の好きな写真を撮る」という事と、「プロとして売れる写真を撮る」という事はまた別だから。その事にも気付いて、いろいろ考えた挙げ句に写真家になるのは諦めたのだけれどね。

 それでも写真を撮るのは、今でも変わらず好きなままでいる。
 ただ、年のせいか重い一眼レフと幾つもの交換レンズを持って遠出するのが、どうも面倒になって。ここのところはコンデジで、近場で花や空などばかり撮っている事が多いけれどね。

 あと、本を読むのが好きなのも変わらないままだし、車が好きも相変わらずで、ミニカーでなく本物の車を運転できるようになった今では、「車は誰かに乗せて貰うより、絶対自分で運転したい」って思う。
 本だけでなくコミックスも読むし、ゲームも好きだし。
 面白いものや熱中できるものはいくらでもあるし、この世は楽しいもので満ちあふれていると思う。
 だから本気で「熱中できるものが無い」と言う人が少なからず存在する事が、筆者には不思議でならないのだ。

 結局、「熱中できるものが無い」と言う人達は、生きる楽しみや目標を自分で見つけ出すのではなく、学校や社会など他に求めているのではないだろうか。
周囲の人達に褒められる為に頑張るのが良い事で生き甲斐」みたいな感覚でね。

 世の中の子供達の殆どは学校に行く。
 そしてそれなりに成績が良ければ、自然に受験の為の競争に巻き込まれる事になる。
 学校って、無趣味で好きなものなど何も無くても、ただテストで良い点さえ取れれば褒められて評価されるからね。で、受験を目標にして勉強を頑張っていれば、先生にも褒められるし同級生達にも“できる奴”と認められるから、無趣味で特技も何も無くとも自信を持って生きられるわけだ。
 そして高校受験に大学受験と頑張って、さらに入社試験でも頑張って良い所に就職できれば、周囲の皆からも評価されるし。そして職場でも上司の言う通りにして業績を上げ、昇進できれば社会的にも認められる

 けれどいくら頑張っても、職場には定年というものがあるわけで。
 で、退職して肩書きも無くなってしまったら、その人は「無趣味で取り柄もやりたい事も何もない、ただの高齢者」になるしかないのだ。
 別に退職まで待たなくても、ある程度の年齢になれば「自分がどれだけ出世できるか?」とか、見当がつくようになるよね。
 で、出世コースに乗り続けられていれば良いけれど、自分がそれから外れたなとわかったら、社会的な評価を得る為に生きて来た人達は、その瞬間に生きる目的や楽しみを失ってしまう事になる。

 何しろ今は、政府自ら「雇用の流動化」を旗印に掲げ、正社員を減らし派遣社員を増やそうとしている時代だから。
 実際、安倍政権は経済界のお先棒を担ぎ、派遣社員の固定化をもくろむ法案を、今国会で成立させようとしている。
 それゆえ正社員として就職出来さえすれば「これで一生安泰だ」などと思うのは大間違いで、定年になるずっと前にリストラの憂き目に遭う可能性も無視できない。

 だから受験勉強や仕事とは関係のない、自分自身で見つけた熱中できるものを何か持っていないと、受験が終わったり、あるいは職場を離れたりした後に生きる楽しみを失って、抜け殻のような人間になってしまうのだ。
 実際、大学に合格したり仕事をリタイアした後に、自分が何をしたら良いのかわからなくなって途方に暮れてしまう人が少なくないと聞くが、それはただ与えられた目の前の勉強や仕事を頑張る事しか知らずに生きてきたからだろう。

 筆者の場合、車の運転もミリタリー関係の研究も読書もゲームも写真も、ただ自分が好きだから没頭してやっているだけなのだ。
 人から褒められたいとか、仕事でメリットがあるからとか、そんな事はまるで関係ないね。
 ただ心が動き、好きで楽しいから続けてやっている。それだけの話さ。
 だから入試を経て進学して就職して職場も変わって、自分を取り巻く環境がどう変わろうが、好きなものは相変わらず好きなままで、おかげさまで生きる楽しみは常に持ち続けている。

 まあ、人生はいろいろだから。
 何しろ筆者は両手の指でも数え切れないくらいの女性と付き合い、それでも今もまだ独身だ。
 つまりそれだけ女性にフラれ続けてる、って事だよ!
 太宰治は「サヨナラだけが人生だ」と言ったけれど、筆者も辛く悲しい思いはいやというほどしている。

 さらに筆者は幼い頃から病弱で、今でも体調を崩して寝込む事が少なくない。おまけに喘息持ちで、メニエール症候群で片耳の聞こえが悪くなり、さらに二十代の後半に生きるか死ぬかの大病をした。
 特定を避けるために、あえて病名は言わないが。
 筆者が罹かったのは日本で20例目の珍しい病気で、担当の先生は「学会に発表できる」と喜んでいた。
 その病気の治療はかなりな大手術になったものの、とりあえず成功した。しかし後遺症が残ってしまって、おかげで今も体に不自由がある。
 その手術の結果、筆者はさらに体が弱くなってしまって、それまでの仕事も失ってしまった。

「年齢=彼女いない歴」でもなく“魔法使い”にもならずに済んだ代わりに、女性不信になるくらい酷い失恋を何度も経験して。
 滅多にないような重い病気と大手術をして、その後遺症も残って失職もして。
 傍から見れば、人生の落伍者のようなものかも知れないけれど。
 だが筆者自身は、「生きていて楽しい」と思ってる。
 それは金も地位も健康も妻子も無くとも、筆者には少なくとも「熱中できる好きなもの」があるからだ。

 筆者は「子供の頃から車が好きだった」と書いたが、今現在乗っている車は、実は中古で買った軽自動車である。
 それは、本音で言えばポルシェだのユーノス・ロードスターだのといった、良い車に乗りたいよ。だが金が無くて、中古の軽自動車しか乗れなかったのだ。
 けどそれでも、我慢して嫌々乗っているというのとは違う。旧型の軽自動車なのに、酷使にも耐えて必死に走ってくれる姿を見ていると、何だか可愛くなってくる。
 ポルシェに乗れれば、それはとても楽しいだろうが。
 しかし古い軽自動車の性能を限界まで引き出して、むしろ他のもっと大きな馬力のある車より元気に走らせてみるのも、それはそれで楽しいのだ。
 それに無理に飛ばさずとも、ただ車を走らせているだけでも楽しい。

 カメラも今よく使っているデジイチは18,980円で買った中古のペンタックスK-xで、コンデジなどカメラのキタムラのジャンク・コーナーで見つけた、700円也の中古以下のジャンク品を平気で使っている。
 本も新刊にこだわらすにブックオフ等に行って丹念に探せば、安くて掘り出し物の本があれこれ見つかる。
 こだわりを捨て、他人の目を気にせず今の自分にできる範囲で探せば、熱中できる楽しい事などいくらでも見つかるよ。
 生涯未婚のままで終わりそうで持病もあって、仕事の上でもいろいろあった筆者がそう断言する。
 その熱中できる楽しい事が見つからないとすれば、それは正確には「見つからない」のではなく、その本人が「探していない」のだ。

 しかし「仕事が忙し過ぎて、好きな事を楽しめる余裕などとても無い」という方も、今の日本には少なからずいると思う。
 実際、日本どころか世界的に名の知れたキヤノン電子の社長酒巻久氏のように、新入社員達への訓辞で「生きる為に働くというのは甘えで、あなた達はキヤノンで働く為に生きているのです。倒れるまで働き、起き上がれるだけの睡眠をとったらまた倒れるまで働いて下さい」などと正気でのたまう経営者も存在する。
 断言するが、キヤノン電子は間違いなくブラック企業だ。
 キヤノン電子に限らず、仕事以外に趣味を持ちそれを楽しむ暇すら無い職場は、経営者がどんな美麗字句で飾った経営理念を語ろうと、紛れもなくブラック企業である。だからそのような職場にお勤めの方は、たとえ収入が下がっても転職を真剣に考えた方が、間違いなくあなたの心身の健康の為になる。

 無論、中には「仕事が熱中できる楽しい事で生き甲斐だ」とおっしゃる方もいるだろう。
 そしてそれが自営の経営者や芸術家や音楽家や作家や漫画家や農家や漁師などなら、「仕事=生き甲斐」として、死ぬまで好きで楽しんで働き続ける事も可能だろう。
 だが会社であれ官公庁であれ、組織に勤めている者には定年というものがある。
 いくらその仕事が好きで生き甲斐にしていても、定年が来れば会社(官公庁)は容赦なくあなたを放り出す
 定年が来なくとも、経営上の都合でリストラをされる場合もある。
 そして筆者がそうだったように、予期せぬ病気や事故でそれまでの仕事を続けられなくなる場合だって現実にあるのだ。
 そうなった時、仕事を生き甲斐にしてきた方は耐えられるだろうか。

 繰り返すが、オーナー社長だけでなく芸術家や作家や農家まで含めて、自営の経営者でもない者は今の仕事を生涯続けることは出来ない。
 だから定年が来たり、何かの事情でその前に職場を去る事を余儀なくされたりしても。
 あるいは自分の昇進できる限度が見えて、仕事で頑張る目標を失ってしまっても。
 受験勉強だって、頑張っても不合格になってしまい、望まぬ進学先に入学せざるを得ない事もある。
 それでも「生きるのは楽しい」という気持ちを持ち続ける為にも、仕事や受験勉強以外にも熱中できる好きな楽しい事を見つけるのは絶対に必要だと、筆者は心から思う。

 と言うと、「その熱中できる好きで楽しい事が見つからねーんだよ!」と叱られてしまいそうだが。
 しかし筆者に言わせれば、受験勉強や仕事以外に熱中できる事が見つからない方が不思議なのだ。
学校や職場など他から与えられた勉強や仕事をただ頑張り、教師や同級生や上司や同僚など周囲の評価に一喜一憂しながら生きて何が楽しいのだ?」と、筆者は声を大にして言いたいよ。

 前にも話した通り、筆者には物心つき始めた頃から「熱中できる好きで楽しい事」は常にあった。
 それは何故か。
 親や教師に強いられた勉強や、上司に命じられた仕事をただやるのではなく、何にでも自分から興味を持ちいろんな事を進んでやってみたからだ。

 例えば筆者は、小学生の頃にプラモデル作りに興味を持った。
 車や船などの模型も作ったが、小学生の筆者が一番「カッコイイ!」と思ったのは、第二次世界大戦のドイツ軍の戦車や軍用車だった。
 しかしドイツ軍と言えば、戦争映画ではいつも最後には負ける悪役である。
 で、「何故だろう?」と思い、ただミリオタになるだけでなく、ナチスやユダヤ人虐殺の問題もいろいろ興味を持って勉強した。
 さらに興味はドイツ軍の最大の敵であったソ連(ロシア)にも及び、おかげでユダヤ人には立派な人が大勢いた事も知ったし、そしてロシア人もけっこう好きになってしまった。

 今も好きで撮っている写真だって、元々はカメラに興味は何もなくて、ただ好きな女の子を雑誌のグラビアのように綺麗に撮ってみたかっただけなのだ。
 だが家のコンパクト・カメラではグラビアとは程遠いものしか撮れず、そして「どうしたら女の子を綺麗に撮れるのだろう?」という疑問を追求して行くうちに興味が次々に広がり知識も増え、今では花や風景なども含めて幅広く撮っている。

 一度何かに興味を持つと、筆者の関心は果てしなく広がって行き、そして今まで知らなかった事を新たに知るのは心から「楽しい」と思う。
 だから逆に、「物事に興味も関心も持てない」という人が存在する事の方が不思議なのだ。

 白状する。
 小中学生時代の筆者は、学校の授業でも「何故だろう?」と疑問に持つ事があると、教科書に無い事でも授業の範囲を超える事でも「それはどうしてですか?」と教師に質問しては、教師に迷惑がられる種類の子供だった。
 だがだからこそ他から与えられずとも、「好きな事」や「やりたい事」は山ほど見つけられた。

 世の中には、「熱中できるものが無い」と言う人が少なからずいるが。
 その人達に問うが、あなたはその熱中できるものを、学校の教師なり職場の上司なりの他が与えてくれるを待っていたりしていないだろうか。
 熱中できる楽しいものの方から、あなたのもとにやって来るのを待つのではなく。
 あなた自身が進んで何事にも興味と関心を持ち、あなた自身が試してやってみない事には、学校の勉強と職場の仕事以外の「熱中できるもの」は見つかる筈も無い
のだ。

 もしあなたに、熱中できる楽しいものが無いのであれば。
 まず周囲に興味と関心を持ち、ちょっとでも「面白そうだな」と思ったら自ら進んで調べてみるなり、やってみるなりしようよ。
 そうすれば「熱中できること」は、何か必ず見つかる筈だ。
 そしてずっと続けられる趣味が出来れば、それはあなたの生活をただ楽しくするだけでなく、生きる支えにもなってくれるだろうと筆者は信じる。

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安倍晋三氏の“ジャイアン”ぶりと、それを支持する衆愚化した日本国民たち

 ここのところ、国会中継を見る度に我が国の総理大臣の言動にひどく不愉快にさせられる。

 例えば安保関連法案を審議する5月27日の衆院特別委員会で、維新の党の柿沢未途幹事長の質問に対する安倍総理の答弁に、野党側が不満の声を上げた。
 当たり前である。
 安倍総理は野党側の議員が何を質問しても政府の公式見解を繰り返すばかりで、まともに答えないからである。
 それで特別委員会の浜田靖一委員長(自民党)にすら、「簡潔な答弁を」と注意される始末である。
 にもかかわらず安倍総理は、野党側の不満の声にこう声を荒らげた。
静かに聞いて下さいよ
学校で習いませんでしたか?

 静かに聞いて下さいよ……と、「どの口でそれを言うか?」と怒りたい気持ちでいっぱいだ。
 何しろ安倍総理と言えば、自身が国会で度々野次を飛ばしている
 かつての、「日教組!」の野次は有名だが。
 5月27日に続く28日の衆院特別委員会でも、質問中の民主党の辻元清美議員に、安倍総理は「早く質問しろよ!」と野次を飛ばしていた。
 総理と言えば、一議員ではないのだ。質問に答弁すべき政府の、それも最高責任者が質問者に野次を飛ばすなど、「品格に欠けるのも程がある」と呆れるのは筆者だけであろうか。
 それでいてご自身は、野党の議員に同様に野次を飛ばされると怒るのだ。
「静かに聞いて下さいよ」と。
 そしてさらに、こうも説教をたれる。
「学校で習いませんでしたか?」

 安倍総理と自民党の方々に問いたい。
 国会が、いつ総理大臣のご高説を静聴せねばならぬ場になったのか?

 確かに与党であれ野党であれ、野次はあまり好ましいものではない。
 しかし国会は、学校の授業とは違うのだ。
 総理は教師(指導者)で議員は生徒ではないのだ。
 政府の政策や法案に対し、特に野党から厳しい質問が投げかけられて当然なのだ。
 野党から厳しく審査され、それを政府と与党がしっかり受け止めてこそ、国民の為になる立派な法律が出来るのだ。
 議員がオール与党化し、総理のご高説を拝聴してシャンャン総会で政府提案の法案を可決するようでは、かつての太平洋戦争直前の大政翼賛会に異ならない
 しかし安倍総理は野党議員の質問には何の機知もウイットも感じさせない幼稚で粗野な野次を飛ばし、自分に対する野次には「静かに聞け」と言い、さらに「学校で習わなかったのか?」と上から目線で叱るのである。
 この安倍総理の望む国会とは、まさに大政翼賛会的な、オール与党化した名ばかりの議会であろう。

 それにしても、自らは野党議員の質問に野次を飛ばしつつ、己が野次られると怒るとは。
「静かに聞いて下さいよ」
「学校で習いませんでしたか?」
 この言葉、安倍総理にそのままそっくりお返ししたい。


 安保関連法案を審議する衆院特別委員会での我が安倍総理の我が儘勝手な言動は、まだ他にもある。
 5月27日に民主党の大串博志議員が中谷防衛相に質問したところ、安倍総理が勝手に挙手し、大串議員が防衛相の答弁を求め続けても安倍総理が強引に喋り続けた。
 それで委員会の場が騒然としたのだが、翌28日にも安倍総理は、辻元議員が中谷防衛相に質問したのも無視してご自分が強引に答弁を続けた。
 そしてその挙げ句に、「早く質問しろよ!」の野次である。

 野党議員に対しては「早く質問しろよ!」と野次る安倍総理であるが、ご自身は前日(5月27日)に質問にはまともに答えずに延々と政府の公式見解を延べ続け、挙げ句に特別委員長に「簡潔な答弁を」と求められる始末であった。
 そして翌28日の特別委員会でも、冒頭に浜田委員長に「簡潔な答弁を」と釘を刺された。
 それでいてご自身は、辻元議員に対し「前置きが長くてなかなか質問に入らないから」と、「早く質問しろよ!」と野次るのである。
 この安倍総理という方は、ほとほと「自分に甘く、他人には厳しい」人であるようだ。

 自分が野次るのは構わないが、自分が野次られるのは我慢できない。
 人から異論を言われたら自分は黙っていないが、人は皆、自分の話を黙って静かに聞くべきである。
 こんな“ジャイアン的体質”のお方が、総理大臣として日本に君臨しているのである


 以前の総理大臣というものは、もっと大人(たいじん)の風格があった。
 自分に都合の悪い質問や野次に対しても、以前の総理大臣はむきになって言葉を荒らげて言い返したり、挙げ句に野次を飛ばしたりなどせず、もっと余裕のある対応をしたものだった。
 こんなにすぐむきになり言葉を荒らげ、自ら野次を飛ばすような大人げない人物が我が国の総理大臣である事が、筆者はひどく情けなくてならない

 しかし筆者がもっと情けなく思うのは、こんな総理を日本国民の約半数前後が支持している現実である。
 例えば戦前のドイツでも、ヒトラーに権力を与えたのは、ヒトラーとナチ党を支持して選挙で票を投じた国民たちである。
 ヒトラーはもちろん悪いが、彼に力を与えた国民の方がもっと悪いのである。
 敗戦後、ドイツ人も日本人も多くが「騙された」と言った。
 では「騙された」国民には罪と責任は無いのか?
 そんな事は無い、と筆者は断言する。
 確かに戦前の日本は天皇主権であったが、今は民主主義国家である。
 そして民主主義国家では、どんなに悪い政治家がいても、その政治家に投票する者が少なければ、彼は権力を握る事は出来ないのだ。
 だからある民主主義国で政治家、特に与党政治家の質が悪いとすれば、それはすなわち「国民が愚かになった」という事に他ならない

 現在、日本国民の約半数が安倍総理を支持し、その支持する理由で最も多いのは「指導力がありそうだから」という事である。
 自分はまともに質問に答えずに延々と自説を述べ続けるが、野党の議員の質問には「早く質問しろよ!」と野次る。
 野党には「レッテル張りはするな」と言いつつ、ご自分は「日教組!」とレッテル張り丸出しの品の無い野次を飛ばす。
 他の大臣に質問しても、無視をして強引に自分が答える。

 まさかこの身勝手で大人げない“ジャイアン”ぶりを、安倍総理を支持する国民たちは「指導力」とでも思っているのではあるまいな?

 それにしても、この安保関連法案を審議する衆院特別委員会での安倍総理の言動に対するNHKの報道ぶりは酷かった
 TBSやテレビ朝日などの民放では、ニュースで安倍総理の一国の首相らしからぬ振る舞いをきちんと伝えていたが、5月28日のNHKのニュースでは安倍総理に不都合なシーンは一切放送せず、野次の件も伝えず、野党の質問にきちんと要領よく答えているように編集して放送していた。
 民放のニュースを見ずにNHKだけを見ている人は、安倍総理の衆院特別委員会での振る舞いに全く違った印象を持ったに違いない。

政府が右と言うものを、左と言うわけにはいかない
 さすがに籾井会長自らそうおっしゃるだけの放送局である。戦時中を思わせるような徹底した報道統制と情報操作に、強制的に視聴料を取られている一人として、腸が煮えくり返るような怒りを覚えた。
 NHKの国内政治に関するニュースはもはや“ニュース”でも“報道”でもなく、ただの“安倍大本営発表”に過ぎない
 国民から徴収している視聴料で成り立っている“皆様のNHK”を、安倍政権の宣伝放送局にしてしまった籾井会長は、一日も早く辞任すべきであると筆者は強く思っている。

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また桜です

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 今では何か遠出をするのが億劫になってしまって、写真も以前ほどには撮りに行かなくなってしまいました。
「撮りに行こう!」って意欲より、「面倒だから家でまったりしていよう」って気持ちの方が強くなってしまって……。
 ダメですね、年を取るとwww。
 どこかに行かなくても、お気に入りの本があり、膝に猫がいればそれでけっこう幸せなんですよ、今は。
 って、まだ独身なのに、本当に年寄りくさいですね。
 けど桜だけは、毎年絶対に、絶対に撮りに出掛けています。

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今では女の子だけでなく咲いている花にも目が留まるようになりました

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 若い頃は、黒沢は本当に馬鹿でした。
 特に十代の頃など、桜の季節だけでなく夏も秋も冬も女の子の事ばかり考えていて、花など咲いていてもまるで目に入りませんでした。
 とにかく頭の中が女の子でいっぱいで、見上げればこんな綺麗な桜が咲いている事にすら気付かずにいました。
 本当に、本当に馬鹿ですね、十代の男子って。
 いや、馬鹿なのは十代の男子たちでなく、この黒沢だけかな?

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時期外れですが……

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 今時分に桜などの写真でスミマセン。
 撮り溜めた写真のストックの中から出しました。
 昨日も話しましたが、桜にはやはり青空が似合いますね。
 

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晴れない日には花を撮ろう

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「さあ、写真を撮りに行こう!」という時に天気が良くないと、やはりガッカリしてしまいますよね。
 けど花だけは少し曇っていたくらいの方が、逆に柔らかく綺麗な色合いに撮れるくらいです。
 ただ桜だけは、やはり青空が背景でないと這えないような気がします。

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木瓜の花

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 木瓜の花です。
 この花は咲き初めの一日だけが、この可愛い形を見せてくれます。
 花弁が開いてしまうと、色もちょっと褪せてしまうような気がします。

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やはり納得できないニッカの値上げ

 危惧していた事がついに現実になった。
 今年4月のサントリーの値上げに続き、ニッカの親会社で販売会社であるアサヒビールもまた、国産ウイスキーやブランデーや輸入ワインやテキーラやウオッカなど計201品目を、この9月出荷分から値上げすると発表した

 筆者はサントリーがウイスキーの値上げを発表した時、その値上げがいかに理に合わず不当であるかを、このブログで散々書いた。
 そしてその駄文の締めくくりに、「サントリーに追随して、ブラックニッカ・クリアの価格を据え置いたまま竹鶴や余市や宮城峡を値上げするようであれば、今度はニッカも軽蔑しなければならなくなる」と書いたのだが、悲しいかな、その時の不安がほぼ現実になろうとしている。

 何しろ“竹鶴21年ピュアモルト”が44%の値上げで、10410円が15000円になるんだよ?
 同じく“竹鶴17年ピュアモルト”が、5170円から7000円に。
 ノンエイジの“竹鶴ピュアモルト”も、2290円から3000円になるのだと言う。
 またブレンデッドの高級品“ザ・ニッカ”も、5000円から6000円になるのだそうだ。

 値上げの理由として、ニッカは原料の輸入価格の高騰などを挙げていた。
 ニッカ(アサヒビール)はその具体的な数値は挙げなかったが、サントリーは昨年の末に値上げを発表した際に、「トウモロコシや麦芽の輸入価格は2009年比で60~70%上昇した」と説明した。

 原料の輸入価格の高騰は、確かに真実であろう。現在、ウイスキーの消費は世界的に伸びていて、特にインドなどでウイスキーの輸入や生産が盛んに行われている。
 だからサントリーが値上げの理由の一つに挙げていた、樽の価格の上昇というのも本当の事なのだろう。
 そしてまた、例のアベノミクスによる円安誘導によって、原料の輸入価格の上昇に拍車がかかっているであろう事も理解できる。

 では何が理解できず納得が行かないかと言うと、「原料の輸入価格が高騰する以前に造られている筈の、長期熟成のウイスキーの価格がなぜ上がるのか?」という事である。
 それも既に仕込まれて樽の中で眠っていた酒が、千円単位で大幅に値上げされているのだ。
「トウモロコシや麦芽の輸入価格は2009年比で60~70%上昇した」と言うが、その2009年以降に製造された、若い原酒とグレーンを使った比較的安価なウイスキーの値を上げるなら理解もできる。
 しかしサントリーに加えてニッカも、主力商品であり、そして原材料価格の高騰の影響を大いに受けているであろう角瓶やトリス、それにブラックニッカなどの価格は据え置いて、竹鶴その他の定評ある製品ばかり値上げしようというのだ。
 そして原料の輸入価格にも円安にも全く関係のない筈の、「長期熟成された良いウイスキーの値段を、大幅に上げてやれ!」と言うのである。
 商売のやり方としては“正しい”のかも知れないが、公平公正という面ではどうにも納得が行かないのは筆者だけであろうか。

 ウイスキー業界の事情に詳しい方は、10年くらい前に原料となるスコットランド産の大麦が不作で価格も高騰し、さらにその頃にはハイボールのブームと『マッサン』の効果でこれほどウイスキーの需要が伸びるとは予想もしておらず、日本で原酒の生産量がかなり少なかった事などを挙げ、古い原酒は今の需要より少なく、長期熟成のウイスキーの値が上がるのも仕方がないのだと説明していた。
 しかし10年や12年もののウイスキーならともかく、17年とか21年とかいうウイスキーは、生産量がとても少なかったという日本の業界の事情にも、スコットランドの大麦の不作にも全く関係ない筈だ。

 にもかかわらずニッカ(アサヒビール)は、その竹鶴ピュアモルトの17年や21年を、千円単位で大幅に値上げしようという。
 これはどう考えても「値上げの先取り」または「ボッタクリ」と言うべきで、到底納得の行くものではない。
 これはサントリーのウイスキーの値上げが発表された時にも言ったことだが。
 もしも値上げをするならば、17年モノのウイスキーなら17年後、21年モノなら21年後でなければおかしい
 現在の高騰した原材料費で新たなウイスキーを造る為に、過去の安い原材料費で造られたウイスキーの値を上げよう(しかも大幅に)というのが、一消費者としてどうにも納得できないのだ。

 ただ幸いな事に、発表されたニッカの製品の値上げはこの9月出荷分からだ。
 それまで、あと三ヶ月ちょっとある。
 だから値上げが決まった製品のうちで欲しい物は、従来の値段の今のうちにまとめ買いをして、9月に値上げされた後は、この不当な値上げに対する怒りが収まるまでずっと買わずにいようと思っている。
 これが納得出来ない値上げに対する、一消費者の出来る唯一の、そしてささやかな抵抗だ。

 このサントリーとニッカの値上げは、中身や性質はほぼ同じだが、細部は微妙に違う。
 良い悪いは別にして、サントリーの値上げは、消費者にとっても実にわかりやすかった。響や山崎や白州や輸入物のシングルモルト・スコッチなどの、主にお金持ちかヘビーな愛好家が飲む高くて良いものだけを値上げして、トリスレッドからローヤルまでの庶民に馴染みのある製品の価格は据え置いた。
 だってあの“角瓶”も以前と同じ値段で、同じように大量に店頭に並び続けているのだもの。特にウイスキーにこだわりがあるわけではなく、「一番CMも流してる、一番有名な会社だから」と普通にサントリーのウイスキーを買って、普通にハイボールとかにして飲んでいる一般の人達は、ウイスキーが値上げされた事にすら気付かなかったのではないだろうか。

 だがニッカの値上げが発表された製品をよく見てみると、竹鶴ピュアモルトや“ザ・ニッカ”、それに輸入ブランデーの“カミュ”のような高価なものだけでなく、“スーパーニッカ”や“フロム・ザ・バレル”のようなお馴染みのものや、“ハイニッカ”のような普及品まで含まれていた。
 具体的にはスーパーニッカが2230円から2500円に。
 フロム・ザ・バレルが1900円から2400円に。
 そしてハイニッカも990円から1200円に上がるという。
 さらにどれだけ値上がりするかはまだ発表されていないが、“オールモルト”の価格も上げられるという。
 スーパーニッカとフロム・ザ・バレルの値上げだが、この影響はニッカにとっても少なくないと思われる。

 サントリーのウイスキーと違って、ニッカのウイスキーには店頭には殆ど置かれておらず、手に入れるにはネット通販を頼らねばならない製品が幾つもある。ニッカG&Gブラックニッカ・スペシャル、それにハイニッカがそれだ。
 しかしあのスイングボトルでお馴染みのスーパーニッカは、通常の酒屋さんでも比較的手に入りやすい。そしてフロム・ザ・バレルも複数軒回ればどこかの店には置いてあり、味の面でもウイスキー好きの間でかなり評価が高い。

 そのスーパーニッカとフロム・ザ・バレルの希望小売り価格が、2500円と2400円に上がってしまうのである。
 これは痛い。
 なぜならそうなれば、どちらも実売価格でもおそらく12年モノのスコッチ(ジョニ黒やシーバスリーガルやバランタイン・ブルーラベルなど)を上回ってしまうからである。
 味と香りの好みは人それぞれだ。
 しかしノンエイジのスーパーニッカとフロム・ザ・バレルが「12年モノの定番スコッチより間違いなく旨い!」と自信を持って言い切れる人が、どれだけいるだろうか。

 ライバルとなるのは、そうしたスコッチだけではない。
 例えば筆者の住む市内のある酒の量販店では、現在スーパーニッカを(税抜きで)1800円、フロム・ザ・バレルを1790円、そしてサントリーのスペシャルリザーブを1886円で売っている。
 つまりウイスキーの格としては、スーパーニッカは「スペシャルリザーブとほぼ同格で、12年モノのスコッチより少し下」という事になる。
 まあ、フロム・ザ・バレルは一瓶の容量が500mlで、アルコール度数は51.4度という少し変わった規格ゆえ、値段や格を簡単に比較するわけには行かないが。
 で、もしスーパーニッカとフロム・ザ・バレルがそれぞれ2500円と2400円に値上げされると、店頭での小売り価格はおそらく現在2200円程度で売られている、サントリーのローヤルスリムとほぼ同じかやや高いくらいになるのではないだろうか。

 スーパーニッカは、筆者もかなり好きである。初めて飲んだ瞬間から、「良いなあ、旨いなあ」と思った。
 しかしある時から、そのスーパーニッカを買うのをずっと止めてしまっている。
 何故かと言うと、ニッカから“竹鶴12年ピュアモルト”が出されたからだ。
 スーパーニッカが旨い事に変わりはない、しかしあと200~400円ほど出せば「とても旨い」竹鶴12年ピュアモルトが手に入れられるというのに、スーパーニッカをあえて選ぶ意味を感じられなくなってしまったからだ。
「スーパーニッカも2千円近くするのだから、どうせならあとちょっと足して竹鶴12年を買おう」というわけだ。

 竹鶴12年は、去年で終売になってしまったが。
 その竹鶴12年ピュアモルトは、小売店にもよるが税抜きで1980~2180円くらいで買えた。
 旨いとは言えノンエイジでブレンデッドのスーパーニッカやフロム・ザ・バレルの実売価格は、この9月の値上げ以降はおそらくかつての竹鶴12年を上回るものになるであろうと思われる。
「ニッカよ、この値上げでそれまでのファンが離れないとでも思っているのか?」と言いたい。

 まあ、ニッカは同時にノンエイジの竹鶴ピュアモルトも2290円から3000円に値上げすると言うから。スーパーニッカが2500円というのも、ニッカとしては妥当と考えているのだろう。
 しかしそれはあくまでもメーカー側の理屈であって、消費者の側の気持ちは違う。
 2千円前後のウイスキーというのは、決してスタンダードな“晩酌ウイスキー”ではないが、さりとて長期熟成のシングルモルトやピュアモルトなどのような高級品でもない。
 12年モノの定番スコッチや、サントリーのスペシャルリザーブやローヤルスリムなど、ライバルも少なくない価格帯での値上げは、「これはヤバいだろ」と言いたくなる。

 まあ、スーパーニッカの値上げはメーカー希望小売り価格で270円だから、固定ファンはそう迷わず今後も買い続けるかも知れない。
 しかしフロム・ザ・バレルの500円もの値上げはかなり大きいと思われる。
 小売り価格でなら2千円でお釣りが来たものが、税込みで多分2500円近いものになるのだろう。それでも12年モノのスコッチやワイルドターキー8年などでなく、あえて「フロム・ザ・バレルを買い続けるゾ!」というファンがどれだけ残るだろうか。

 もし自分の好きなモノに自由に使えるお金が沢山あるなら、値上げしようがどうしようが関係なく竹鶴や余市や宮城峡や響や山崎や白州の10年以上のもの、それに年代モノの高級スコッチを買いまくるさ。
 だが残念ながら筆者を含めてこの世の大多数の者は、自分の自由に使えるカネには限りがある。
 だからこそコストパフォーマンスを考えて、ウイスキーも「この値段にしては旨い」というものを必死に探して買っている。

 その点、ニッカは値段と味のバランスが実に良く取れていた。
 ブラックニッカ・スペシャルは筆者のお気に入りのお手頃価格のウイスキーだが、それにちょっと足せばブラックニッカ8年が買え、更にもう少し足せばスーパーニッカが買え、もう少し頑張れば竹鶴12年ピュアモルトが買えた。
 だから「百円玉をもうちょっと足せば、もう少し良い物が買えるのだが、どうしよう」と、店頭で何を買おうか財布の中身と相談しながら迷った事も度々あった。
 で、同じ竹鶴ピュアモルトでも12年と17年では格段に価格が違い、17年の方を買うには違う種類のお札が必要になるから、筆者自身は竹鶴12年より高いものは日々飲む普段用のウイスキーとは別枠として考えていた。
 そしてそのバランスの取れた価格設定の中で、筆者は「晩酌用にはブラックニッカ・スペシャル、味と香りをゆっくり楽しんでくつろぎたい時には竹鶴12年」と飲み分けていた。

 が、竹鶴12年が終売になった上にこの度の値上げで、そのブラックニッカ・スペシャルから竹鶴12年(またはノンエイジの竹鶴ピュアモルト)までの絶妙な味と価格のバランスが、間違いなく崩れる事になるだろう。
 ニッカによれば、ブラックニッカは値上げしないのだという。
 その“ブラックニッカ”とは、お馴染みのクリアだけでなく、リッチブレンドやスペシャルや8年まですべて含めての事かどうかは定かではないが。
 もし“ブラックニッカ”と名の付く製品すべてを値上げしないのだとすれば、ブラックニッカ8年とスーパーニッカの間にかなり価格の差が開くことになる。
 さらに筆者が愛飲してきた竹鶴12年ピュアモルトに代わるノンエイジの竹鶴ピュアモルトなど、2290円から一気に3000円にまで価格が引き上げられるのだ。
 これまでブラックニッカのスペシャルや8年からちょっと贅沢するつもりで買えたスーパーニッカや竹鶴ピュアモルトが、間違いなく遠いものになってしまうだろう。

竹鶴12年P1080151

 このレシートの写真を見ていただきたい。
 少なくとも去年の6月までは、竹鶴12年ピュアモルトが筆者の家の近くの酒屋で、税込みで2138円で買えたのだ。
 税抜きの本体価格では1980円と、何と2千円を切っていたのだぞ!
 それがこの9月からは、12年モノですらないノンエイジの製品でも、実売価格でおそらく税込みで3千円近くになってしまうだろう。
 これは筆者がビンボーだからそう思うのかも知れないが。
 今度の値上げで、「スーパーニッカとフロム・ザ・バレルと竹鶴ピュアモルトが、庶民からちょっと遠い酒になってしまった」と感じた。

 何しろサントリーのスペシャルリザーブは税抜きでは2千円しないし、ローヤルスリムも、そして12年モノのスコッチも2千円ちょっとで買える。
 その中であえて値上げすれば、スーパーニッカとフロム・ザ・バレルと竹鶴ピュアモルトの売り上げは間違いなく落ちる筈だ。
 その売り上げの落ち込みを、今回値上げした分で補えると思っているのだとしたら、ニッカ(アサヒビール)は甘いと筆者は思っている。

 筆者はこれまで、ニッカにはかなり好意的だった。
 しかし値上げしたスーパーニッカを買うくらいなら、筆者は間違いなくジョニ黒やシーバスリーガル12年の方を選ぶ
 同様に、3千円近くも出してノンエイジの竹鶴ピュアモルトを買うくらいなら、店を選べばそれに近い値段で買える“グレンリヴェット12年”や“グレンフィディック12年”などのシングルモルトのスコッチを選ぶ
 悪いが値上げしたスーパーニッカや竹鶴ピュアモルトは、筆者はまず買うことは無いだろうと今から確信している。

 この価格帯での値上げはヤバいと言えば、ハイニッカの値上げも筆者は気に入らない。
 1000円で買えるウイスキーとして、ハイニッカはとても良く出来た製品で、筆者も大好きだ。「お値段以上!」と、心から思っている。
 この希望小売り価格990円のハイニッカが、この9月から1200円になるという。
 ハイニッカは(その価格帯の製品にしては)かなり旨い。
 しかしだ、ハイニッカはそもそも旧二級酒の普及品でアルコール度も39%だ。
 そして筆者の家の近くの量販店では、明らかに格上のブラックニッカ・スペシャルが1250円で売っているんだよ。
 このブラックニッカ・スペシャルは、1965年に発売された元祖ブラックニッカの直系の旧一級品だ。容量もハイニッカと同じ720mlで、アルコール度は42度と、ハイニッカとは明らかに格が違う。

 だからこそハイニッカとブラックニッカ・スペシャルは、実売価格でも現在3百円程度の差がある。
 しかしこの9月に予定されているハイニッカの値上げで、値段の差が百円程度かそれ以下になってしまったら、あえてハイニッカを選ぶ意味など無くなってしまうではないか。
 断言するが、もしブラックニッカ・スペシャルの価格はそのままで、ハイニッカの値段だけ上がったとしたら、筆者は間違いなくブラックニッカ・スペシャルだけを買う

 1200円って、そうなればハイニッカは、ブラックニッカ・リッチブレンドの実売価格よりも間違いなく高くなるわけだよね。
 そしてブラックニッカ・クリアより、4百円くらい高くなる事になる。
 ニッカ(と言うかアサヒビール)は「ブラックニッカの価格は据え置く」と明言しているわけで。
 そしてブラックニッカ・クリアの実売価格から考えると、ハイニッカはブラックニッカ・リッチブレンドより高く、ブラックニッカ・スペシャルとほぼ同等で、ブラックニッカ・クリアの1.5倍の値段になるわけだ。

 凄いよね、ブラックニッカ・クリアの1.5倍の値段って。
 これまでは、「ブラックニッカ・クリアより2百円程度高いだけで、こけだれの味と香りのウイスキーを買える!」ってトコに、驚くほどのコストパフォーマンスの良さがあったのに。
 他社の製品と比べても、サントリーのあの“角瓶”やキリンの“富士山麓”より高くなるわけで。
 
「あの味と香りで、税抜きの希望小売り価格では千円を切っている」ってところに、ハイニッカの存在価値があったのに。
 ただでさえ店頭に置かれることの少ないハイニッカが、これで今以上に売れなくなるのはまず間違いない事と筆者は予想している。

 まあ「千円ちょっとのサントリー角瓶と1200円のハイニッカと、さあどちらを選ぶ?」と尋ねられたら、筆者なら迷わず「1200円のハイニッカを」と答えるけれどね。
 それでもこの値上げでますます売り上げが落ち、ついにはこの竹鶴政孝氏も愛飲した伝統ある晩酌ウイスキーのハイニッカが終売になってしまう事を、筆者は心から恐れる。
 原料費の高騰の中でブラックニッカ(特にクリア)の価格を抑える為に、ハイニッカやフロム・ザ・バレルやスーパーニッカのような良いウイスキーが犠牲になっているような気がしてならないのは、筆者だけだろうか。

 円安と原材料価格の高騰を理由に、ウイスキーだけでなく小麦製品や乳製品など、近年いろいろなものが値上げされている。
 しかし庶民がそれに大きな抗議をせずに耐えているのは、「現に出荷されている製品そのものの原材料費が上がっている」からだ。メーカーがその値上げで利益を貪っているのではない事は、消費者達もわかっている。
 だがウイスキーは違う。
 ウイスキーは樽の中で何年も貯蔵されてから出荷されるもので、高騰している今の原材料で造られたウイスキーが実際に店頭に並ぶのは、数年後か十数年後の筈なのだ。
 にもかかわらずサントリーに続いてニッカも、今の原料の高騰にまるで関係のない時期に造られた良い製品を中心に、大幅に値上げしようとしている。
 それがどうにも納得行かないし、「他の製品の値上げと違って、ウイスキーの偏った値上げは悪辣だ!」と声を大にして言いたい。

 結局、サントリーもニッカ(アサヒビール)も「良いものを買う為にはカネを惜しまない金持ちからボッタクって、原料の高騰分をカバーしよう」という方針のようだ。
 で、他の製品(とそれをこよなく愛する固定ファン)を犠牲にしてでも、角瓶やブラックニッカなどの主力商品の価格は据え置くつもりらしいが、そこにどうにも割り切れない「フェアではない感じ」を抱くのは筆者だけではあるまい。

 そのサントリーとニッカの方針で、この度の原料の高騰による値上げは、普段トリスや角瓶やブラックニッカなどを飲んでいる一般の人達には、殆ど影響しない事になったが。
 しかし響や山崎や白州や竹鶴のような本当に良いウイスキーが、一般の人間からより遠い存在になった事は確かだ。
 ウイスキーの味と香りに興味を持ち「ちょっと思い切って、良いウイスキーにも手を出してみようかな」と考えて、響や山崎や白州や竹鶴を買う気になりかけていた人達が、この度の値上げで今後は「うんと思い切って買う」か「自分には縁の無いものと思って諦める」しかなくなるだろう。

 この値上げで、サントリーとニッカのウイスキーが「一般の普及品」と「高くて良いもの」にハッキリ分かれてしまったのは事実だ。
 その間を繋ぐような製品が少なくなり、ウイスキーの味に目覚めた人がより良いものを求めて少しずつステップアップして行く道がひどく細くなってしまう事は、メーカーにとっても決して良い事ではないと思うのだが。
 本当に良いウイスキーが「ちょっと贅沢して買うもの」から「金持ちだけのもの」になってしまいかけている事を、筆者は業界全体の発展の為にも憂う。
 響や山崎や白州や竹鶴などの味と香りをまるで知らず、角瓶やブラックニッカしか飲んだ事の無い人が増えるのは、ウイスキーメーカーにとっても自らの首を絞めるのと同じ事と筆者は考える。

 それでも、サントリーやニッカは主力商品の価格をあえて据え置いて、現在の原料費の高騰分をお金持ち&熱心なファン用の高い製品に転嫁する事が出来るからまだ良いが。
 それ以外のカネに糸目をつけない消費者用の高級品をあまり造っていないメーカーは、サントリーやニッカの言う原料の高騰にさぞ苦慮しているだろう。
 例えばキリンなども高いものは“富士山麓シングルモルト18年”しか無いし、江井ヶ嶋酒造も3000円の“あかしシングルモルト”しか無く、それも限定生産品で現在は売り切れ中だ。本坊酒造も“シングルモルト駒ヶ岳”などは既に生産終了し、店頭に普通にあるものと言えば“マルス・ツインアルプス”と“マルス3&7”くらいで、どちらも値段は千円台だ。
 こうしたメーカーは、いずれ通常売っている主力商品を値上げせざるを得なくなるだろう。例えばキリンで言えば“富士山麓”のような。
 ニッカはたとえ値上げでハイニッカなどの売れ行きが落ちようが、どうと言う事もないだろうが。
 しかしキリンやその他のメーカーは、「原料費の高騰分を転嫁できる名の通った高級品も無く、さりとて主力商品を値上げすればサントリーやニッカにさらにシェアを奪われる」というジレンマで、この原料の高騰の中、さぞ困っているだろうと思う。
 これで日本のウイスキー業界はまずサントリー、そしてニッカだけになるのかも知れないと思うと、ウイスキー好きの一人として暗澹たる気持ちになる。

 まあ、高級品のみ少量手作りしているイチローズ・モルトは残るだろうが。
 しかしキリンや本坊酒造や江井ヶ嶋酒造などが原料の高騰に喘ぐウイスキー部門をどうするか、本当に心配でならない。
 この「お金持ち用の高級品と熱心な固定ファンがいるものを値上げして、主力商品の値段は据え置く」というサントリーとニッカのやり方は、日本のウイスキー業界にもウイスキーの愛好者にもマイナスの影響しか与えないと筆者は考える。
 値上げをするなら、やはり高騰した原料で造った酒齢の若い主力商品からであるべきだ。ここ数年の原材料の高騰に関係のない長期熟成した良い酒に値上げを転嫁するのは絶対にフェアではないし、消費者だけでなく業界も含めて誰の為にもならないと筆者は思うが、どうだろうか。

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紅梅もそれなりに好きなんですけど……

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 ここのところ、「白梅が好き!」と言い続けてきた黒沢ですが。
 紅梅だって、決して嫌いではないですよ。
 ただ白梅と比べて、何か絵になりにくいというか、写真に撮りにくい気がしてしまうのです。

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またまた白梅です

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 個人的には、白い花がそれほど好きと言うわけではないのだけれど。
 なのに白梅だけは好きで、咲いているとつい撮ってしまうので、黒沢の写真のストックの中には白梅の写真が溜まる一方なのです。

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