空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

コンデジの限界

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 あまり好きと言うわけではありませんが、強烈な色のコントラストに目を引かれて撮りました。

 これ、普通のコンデジで撮ったものですが、やはりデジイチ+マクロレンズでないと、背景が綺麗にボケてくれませんね。
 一応持っているんですよ、デジイチも。中古(一万八千円也)で買ったペンタックスのK-xに、古いMFのマクロレンズを付けて撮るのが黒沢のスタイルですが、カメラを出すのが面倒になると、ついいつも持ち歩いているコンデジで撮ってしまいます。
 そして、「ああ、面倒がらずにデジイチで撮っておけば良かった」と後悔するのです。

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またピンクのチューリップです

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 少し前に「青い花が一番好き」と書きましたが、やはりピンクも大好きです。
 いい年をした男なのに、ピンクも大好きです。

 そうそう、ピンクにはホモと言う意味もあるのだとか……。
 断っておきますが、黒沢は100%の混じりけのない異性愛者で、その種の好みは全くアリマセン。
 でも、もし身近な親しくしていた男性がゲイだったら、どうなんでしょうね。
 黒沢は男同士の恋愛とか、ましてや性交とか想像するだけでも嫌です。けれどもし男の友達がゲイだったら、ただそれだけで「付き合いを止めよう」とか「距離を置こう」とは思いませんね。
 以前と変わらず友達付き合いを続けると思います、きっと。
 けどもし身近な男性に“友情”でなく“恋愛感情”を持たれてしまったら、その時には全力で逃走してしまうかも。

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日本独特の“飲み会”の習慣について考えてみた

 外で皆と楽しく酒を飲む事を、筆者は決して否定するわけではない。
 実際、心を許せる友と語り合いながら、酒をじっくり、ゆっくり飲むのは好きだ。
 だがどちらかと言えば、筆者は“家飲み派”である。外で皆と酔っ払って馬鹿騒ぎをするより、一人静かにその酒の味と香りを堪能しながら飲む方が楽しいと思う。

 苦手なんだよね、「ただ酔っ払う為に飲む」ってのが。イッキ飲みをしたり、さらに他人にもそれを強要して泥酔し、喚き、人に絡み、挙げ句の果てにセクハラや暴力行為を働いて醜態を晒すなど、大人としてと言うより、人としてどうかと思う

 筆者は酒は好きだが、酔っ払いは嫌いだ。
 酔っても陽気になる人なら全然構わないし、ただだらしなく寝てしまうような人なら、「しょーがないなぁ」とは思うものの腹は立たない。
 しかし他人にも飲む事を強要するとか、絡むとか怒鳴るとか、セクハラや暴力を働く種類の酒癖の悪い者に対しては、憎悪に近い感情しか抱けない

 実は筆者の身近な人にも、その種の酒癖の悪いアル中患者がいたのだ。
 何しろその人は身内(しかも目上)だったからね。どんなに嫌でも避けたり逃げたりする事も出来ずに、幼い頃から酔ったその人に怒鳴られたり絡まれたりして育ってきた。
 直接に暴力をふるわれるような事は少なかったものの、凄まれ怒鳴られ、モノを投げられたり壊されたりする事も珍しくなかった。
 だから筆者には、無力な子供の頃から酔った大人に絡んだり暴れたりされてきたトラウマがあり、そのせいで酒癖の悪い人間に対しては生理的な嫌悪感があって、どうしても寛容になれない。
 よく、大酒を飲んでは乱闘騒ぎを起こした事を“武勇伝”のように語る人間がいるが。
 そんなアル中の“勇者たち”など「死ねばいい」と心から思う。


 そうした酔って乱れる人に対するトラウマと憎悪がある上に、筆者は体質的に酒に弱い種類の人間でもある。
 女子栄養大の川端輝江教授によると、白人や黒人にアルコールに弱い者は全くいないものの、日本人を含むモンゴロイド系の民族には、アルコールを体内で消化する時に生じるアセトアルデヒドを分解する酵素のALDH2(2型アセトアルデヒド脱水素酵素)の働きが弱い人が少なからず存在するそうである。
 で、日本人のほぼ半数はそのALDH2の働きが良くてお酒に強いものの、7パーセントはその働きが悪くて酒に本当に弱く、残りはその中間のあまり強くないタイプに分けられるという。
 体質的に酒に弱い人は、医学的に間違いなく存在するのだ。

 ちなみに、「酒は飲んで吐いて、それでもまた飲んでいるうちに強くなるものだ」と信じている馬鹿がいるが。
 前出の川端教授によると、「ALDH2の働きが弱い人が無理に飲酒を続けると、消化器や肝臓などの癌になりやすいことが知られている」そうだ。
 酒の弱い若い社員や下級生に、医学的な根拠も無視して「酒は吐いて飲んで強くなるものだ」と過度の飲酒を強要している上司や先輩たちは、ただのアルハラと言うより、その部下や後輩を酒で殺そうとしているのと同じだ。

 それでも今はアルハラという言葉があるからまだ良いが、筆者が社会に出た頃には本当に酷かった。上司や先輩が勧める酒を飲まないのは非礼で非常識とされ、イッキ飲みも当たり前のように強要されていた。
 酔って乱れて乱闘に及ぶくらいの者の方がむしろ男らしいと見なされ、酒に弱い男は女性にすら「男のくせに、だらしない」と馬鹿にされたものだ。

 今の二十代くらいの人達には信じられないかも知れないけれど、本当なんだよ。
 少し以前の我が国では、「だらしない」のは大酒を飲んでゲロと妄言を吐いて暴れて乱に及ぶ方ではなく、酒をあまり飲めない男の方だったのだ。
 アルハラなんて言葉も認識も少し前まではまるで無くて、飲み会には全員強制参加でイッキ飲みの強要もあり、皆で乱れるまで飲んで泥酔する事が良しとされていたのだ。

 質の悪いアル中患者の暴言や暴力に怯えながら育ったトラウマを持ち、しかも体質的にもアルコールに強くない筆者が、そんな時代に社会に出てさ。
 それで職場等の飲み会で、筆者がどれだけ辛い目に遭ったかわかるかい?
 大量の飲酒を強要され、体質や育った環境の事などを穏やかに話してもわかってもらえず、「体質なんか関係ない、酒は飲めば強くなる、吐いては飲んで強くなるものだ」と説教される始末だ。
 それでも飲まずにいると、深く恨まれてその後の人間関係に重大な支障をきたす事も少なくなかった。

 今でも忘れられないが、筆者はただ「望月という課長の勧める酒を飲まなかった」という事で、その後職場で異動があるまで、件の望月課長から年単位で陰湿なイジメを受け続けた。
 仕事の内容について尋ねても「俺は知らん」と無視し、教えるべき事も全く教えない。それでいて「あの仕事はもう出来たろうな?」とせかしては、満足の行く出来でないと叱責するなどの事を、当たり前のようにされ続けた。
 筆者の担当でない仕事も「お前、やれ!」と押しつけておいて、その仕事にかかっていると「いつもの仕事もちゃんと出来てるのだろうな?」とせかす、とかね。

 そう言えば、会議の書類作りをさせられた時、百部近い書類全部が出来上がってから、「ホッチキスの位置が気に入らない」と、その百部近い書類のホッチキスを全部外して留め直させられた事もあったな。
「ホッチキスの位置が気に入らない」って、別に間違った留め方をしたわけでも何でもなくて、ただほんの2ミリか3ミリ程度の位置の問題で、だよ?
 本当に「お前は嫁イビリをする底意地の悪い姑か?」ってレベルのイジメ方をするんだよ、良い年をした大の男のオッサンがね。

 そうそう、その望月課長は体育会系の人間で、柔道部出身で有段者というのが自慢だったな。
 ちなみに、酒を無理強いする質の悪いアルハラの上司は、筆者の体験ではまず間違いなく体育会系の人間だった。
 先輩(上司)には絶対服従で、目上に勧められる酒は飲むのが当たり前……ってね。例の「酒か弱くて飲めないなんてある筈がない、酒は飲んで吐いて強くなるものだ」ってセリフ、その望月課長にも言われたな。

 冗談でなく、本気で固く信じ込んでいたんだよ。体質的に飲めない者がいると医学的な根拠も持ち出して冷静に話しても、「そんな事あるか!」と一蹴されたしね。
 アル中患者が身近にいる環境で育った事による、大量飲酒に対するトラウマを話しても、「そんなの関係ない」の一言で。
 その望月課長だけでなく、体育会系の人間ってたいていそうなんだよ。弱くても楽しくやりたい自由で緩い雰囲気の運動部でなく、厳しくて強い運動部出身の人達は特にね。

 その望月課長は、職場ではさぞ嫌われていただろう……って?
 とんでもない、望月課長はとても評判良かったデスよ、職場の上の方の人達にはね。
 何しろ目上の人には絶対服従で、上役の酒の誘いは必ず嬉々として受けていたから、「望月は良いヤツ」って職場の上の人達は皆そう思い込んで疑わなかったな。
 学歴は商業高校卒で、仕事も落ちはないけれど大して出来るわけでなく、でもその「目上には絶対服従」の姿勢と酒の付き合いで着実に出世していたよ。
 ただその商業高校卒ってのが、望月課長の中ではかなりコンプレックスになっていたらしく、大学卒の部下には特に厳しかったのだ。で、何も教えず指示もせずに、仕事のあらばかり見つけては「これだから、大学を出ていても使えない」みたいな感じでね。
 そして筆者は大学卒で、さらに望月課長の勧める酒を「これ以上は飲めません」と途中から断った……というわけで。

 この望月課長は、イジメると言っても決して殴ったり怒鳴ったりするわけではないからね。
 声も荒らげず手も上げず、ただ仕事を全く教えずに指図を仰いでも無視をするのだ。そして何も指図をしなかった仕事の出来に、嫁イビリをする小姑のように難癖をつけてくるわけ。
 例の、もう出来上がってしまった百部近くの書類の、ホッチキスの位置が数ミリ気に入らないから全部やり直せ……みたいな感じで。
 それでいて部外の人には穏やかで愛想が良いから、「こいつは陰湿なイジメをするクソ上司だ」なんて、他の人達は殆ど知らずにいたよ。

 幸いにも、筆者は今では望月課長のいる職場から離れ、望月課長の顔を見ることも無く生きていけているけれど。それでも望月課長にされた数々の仕打ちは決して忘れられないし、忘れるつもりも無いし、死ぬまで憎み続けてやろうと思っている。
 ただ、この望月課長は特に悪い人だったわけではなくて、この種の人間はある意味では“典型的な日本人の姿”かも知れない。

 少し話は逸れるが、第二次世界大戦中にアメリカ陸軍軍事情報部が、現場で戦う米軍の将校や下士官兵の為に、日本軍についての戦訓広報誌を毎月出していた。
 言ってみれば、敵軍の特徴についての教科書のようなものである。
 そしてそれには日本軍の戦い方や軍事的な能力だけでなく、日本兵の装備や身体的特徴や日頃の暮らしぶりについてまで詳細に書かれていた。
 その日頃の暮らしぶりの中には、日本兵の酒の飲み方についても、わざわざイラストまで付けてこう書いてある。

日本兵(酒盛り)P1080346

 彼らは手に入るのであれば毎月煙草、ビール、サケを支給される。もっと欲しいと思えば買うことも許されている。時々中隊すべての将校と下士官兵が酒盛りを行う。大きな輪になって座り、したたかに飲む。宴会はしばしば数人同士の喧嘩に発展するがすぐに終わる。宴会は戦闘へ行くにあたり、兵の激励のためにも行われる。


 一ノ瀬俊也氏の『日本軍と日本兵 米軍報告書は語る』よりの引用であるが、どうであろうか。
 上司から最も若い部下まで職場全員で酒盛りをし、したたかに飲んでしばしば乱闘にまでおよぶと言い換えれば、七十数年前の日本兵たちと現代の我々の職場での“飲み会”は「殆ど同じ」と言わざるを得ないだろう。
 そして「全員でしたたかに飲んで、乱に及ぶまで酔っ払うこと」が、仕事あるいは戦闘に向かう為の志気の鼓舞に必要なものとみなされているたりも、日本人の飲酒に対する意識は、昔も今も全く変わっていないのだ。

 この我ら日本人の「全員でしたたかに飲んで、乱に及ぶまで酔っ払う」習慣が、なぜアメリカ陸軍軍事情報部の戦訓広報誌に、日本兵の特徴としてあえて書かれていたか、皆さんはおわかりになるだろうか。
 欧米には職場の皆が全員参加で飲み会をする習慣など無く、しかもその宴席で「したたかに飲んで喧嘩騒ぎまで起こす」事など、少なくとも“まともな市民たち”には到底考えられないからだ。

 欧米の映画やドラマや小説などを思い出していただきたい。パーティーで酒を飲む事はよくあるが、みな飲んでも乱れずなごやかに談笑していて、酔っ払って乱に及ぶ者など殆ど無いし、もしいたとすれば「だらしのない、医学的な治療が必要なアル中の社会的な落伍者」と見なされて軽蔑される
 確かに結婚直前のバチュラー・パーティーなどで、羽目を外して馬鹿騒ぎをする事もある。しかしそれはごく親しい仲間内での、特別な時の特別な例だ。
 酒場で飲むにしても静かに飲むのが普通で、飲んで乱れて乱闘騒ぎなどを起こすのは、はっきり言ってしまえばいわゆる下層階級のDQN層だ。
 少なくとも中上流のまともな欧米人には、乱れて醜態を曝すまで飲む者も、他人に飲酒を強制し、飲めない者を仲間外れにする習慣などない

 しかし日本では、職場の全員参加で皆が酔って乱れるまでしたたかに飲み、飲めぬ者にも飲むことを強要して乱痴気騒ぎをするのが普通なのである。
 欧米では「みっともない」と眉を顰められ、果てには「病院に行け」と勧められるような飲み方をしなければ、職場で仲間として認められないのだ。
 と言うより、飲み会に参加し酔って乱れるまで飲まないと仲間外れにされ、筆者のように上司からイジメの対象にされたりするのである。

 そのあたりの「酔って乱れて醜態を曝し合うことで互いの結びつきを確認する」日本人の特徴について、法社会学者の川島武宜氏が、1948年に『日本社会の家族的構成』という本でこう書いている。

 日本社会において「親分子分的結合の家族的雰囲気」ないしは「兄弟分意識」が醸成する課程で皆が一緒に酒を飲み、それができない者は「仲間はずれ」にされている。

 筆者はまさにその職場で飲酒を媒介に「親分子分的結合や兄弟分意識による家族的雰囲気が醸成される課程」で、無理な飲酒を拒んだ事で見事に「仲間はずれ」にされた一人である。
 職場で飲み会を強制される事についての是非が、ネットの掲示板でもよく論争されているが。
 筆者の見るところ「全員参加で乱れるまでしたたかに飲み、それが出来ない者は仲間はずれ」という日本の風潮は、七十年も前のアメリカ陸軍軍事情報部の分析や川島武宜氏の見解とあまり変わっていないように思われる。
 そして酒は飲んでも乱れる事なく、自分のペースで適量をじっくり味わって静かに嗜みたい筆者としては、「酔っ払う為に大量飲酒して乱痴気騒ぎをしなければ仲間と認めない」日本の飲酒習慣が、とても苦痛で嫌でたまらないのである。
 ましてや「酒を飲まないからと言って、後で職場で仲間はずれにする」など、大人として社会人でいかがなものであろうかと思うのだが、貴方はどうお考えだろうか。

 確かに日本人の半数は体質的にもアルコールに強く、酔って大騒ぎしたい者も少なからずいるだろう。そうした人達の存在や嗜好を、筆者も頭から否定するつもりは無い。
 ただ同時に、「大量飲酒して、乱れて騒ぎたい」人達にも、酒は適量を静かに味わって飲みたい者や、体質的に殆ど飲めない者の存在もきちんと認めてほしいと心の底から願う
「親分子分的結合や兄弟分意識による家族的雰囲気の醸成の為」だか何だか知らないが、現在の日本ではまだ全員参加で酔って乱れまでしたたかに飲んで騒ぐ事を強制されている現状が、体質的に飲めない者や、酔っ払いが嫌いな者には耐え難く辛いのだ。
 イッキ飲みなどに代表される飲酒の強制や泥酔して醜態を曝すことを良しとする欧米には無い悪習は、この日本でいつまで続くのだろうか。

 酒は少しは飲めるが体質的にアルコールに弱く、そしてアル中患者に対するトラウマもある筆者として、職場での全員参加の飲み会をこう変えたらどうかと提案したい。
 一次会は食事を主にして、「お酒も少し出る食事会」という雰囲気にする。乾杯も含めてビールの一杯や二杯は飲むものの、飲める者もほろ酔い程度に抑えておいて、決して乱れるまでは飲まない。
 そして体質的に飲めない者は、乾杯もジュース等やノンアル飲料でも全く構わないし、飲めぬ者を差別したり、飲酒を強要するような事はしない。
 さらに家庭の事情等のある者(幼い子供や介護の必要な家族のいる者など)は不参加でも、後で仲間はずれにしたりしない。

 こういうルールの飲み会であれば、原則全員参加の職場での飲み会も、皆にとって楽しいものになると思うのだが、どうだろうか。

 無論、「そんな飲み方じゃ、飲んだ気がしねーよ」という者も少なからずいるだろう。
 だからそれぞれの飲み方に応じて、二次会で幾つかのグループに分かれれば良いのだ。
 まずは、たくさん飲んで乱れて騒ぎたい人達は、そういう人達でその種の酒場に行って。
 そして静かに飲んでゆっくり語りたい人達は、雰囲気の良い落ち着いたバーなり、銘酒のある飲み屋に行き。
 最後に全く飲めない人達は、お茶してケーキを食べるなり、そのまま解散して帰宅するなりすれば良いのではないだろうか。

 このように一次会では主に食べ酒は軽く引っかける程度に抑えて、二次会ではそれぞれの飲むスタイルに合わせて幾つかのグループに分かれて、改めて心行くまで飲み直せば良いのではないだろうか。
 そうすれば「飲める者も、飲めない者もいる」という個人差も尊重しつつ、「全員で飲むことで仲間意識を高める」という古来からの日本の習慣もとりあえず守られる筈だ。

 日本人は体質的にアルコールに強く大量飲酒できる者ばかりでなく、アルコールに弱い者も、酒を全く飲めない者もいる事は医学的な事実だ。
 そして「最初は酒に弱くても、飲んで吐いてまた飲むうちに強くなるものだ」という俗説も全く根拠の無いデタラメで、無理にそれをすれば消化器や肝臓などの癌になりやすいこともまた、医学的に証明されている。

 しかし日本の多くの“酒飲み”達は、その医学的な事実を頑として認めない。「そんな事あるかよ!」と一蹴して、さらに「場の雰囲気を壊して盛り下げた」と怒ったりするのだ。
 何しろアメリカ陸軍軍事情報部の報告や川島武宜氏の見解にあるように、日本はとにかく全員がしたたかに飲んで酔っ払うことが求められる社会でだからね。そしてそれが出来ぬ者は、大の大人の社会で公然と仲間はずれにされたりするのだ。
 この日本社会の飲酒(飲み会)に関する世界的的にも独特な風潮が、確かに存在する体質的にアルコールに弱い者たちをひどく苦しめ、そして彼らに酒をより嫌いにさせている事実を、世の“酒飲み”達は気付くべきだ。

 そもそも酒は嗜好品なのだ。毎日の食事と違って、飲まなくても死ぬわけでは決してない。
 現にイスラム教では戒律で飲酒を禁じられているが、イスラム教徒がそれで健康を害している事実は全く無く元気に生きている。むしろイスラム教徒の生命を危険に曝しているのは、原理主義という過剰な信心だ。

 それはさておき、イスラム教徒の戒律がどうあろうが、筆者は酒もまた長い歴史のある人類の貴重な文化の一つであると思っているし、飲酒を一律に禁ずる事には断固反対である。
 しかしそれと同時に、酒を飲めぬ者にも無理強いし、飲まぬ者は仲間はずれにする日本の風習も軽蔑する
 イッキ飲みを他人に強いる者など、「死ねばいい」と心から思う
 酔った挙げ句に他人に絡み、暴言を吐いたり暴力を振るったりする者達は、即刻精神科で医学的治療を受けるべきである。

 繰り返すが酒は嗜好品だから、飲む人も飲まぬ人もいて当然なのだ。
 しかしこの日本では、その簡単な理屈が通らない。
 そしてアルコールに弱い者や酒を飲めない者達は差別的な扱いを受け、肩身が狭い思いや不快な思いをし続けている一方で、酒飲み達は飲んで乱痴気騒ぎを繰り返し、酔って乱れて醜態を曝してもまるで恥じずに大きな顔をしている
 彼ら酒飲み達にとっては、酔って乱れて暴言や暴力にも及ぶ事が“男らしさ”であり、一種の“武勇伝”にすらなるらしいのだから呆れ果てる。

 この日本の大人の社会をまだ覆い続けている、「全員でしたたかに酒を飲んで酔っ払い、それが出来ぬ者は仲間はずれにする」風潮を、筆者は心から憂う。
 その風潮は体質的に飲めぬ者にとってただ不愉快なだけでなく、酒そのものに対する良くないイメージも強めているように思える。

 筆者は体質的にアルコールに弱い上に、酒乱の人間に対するトラウマも持っている。しかしそれでも、自分のペースでじっくり味わって飲めば「酒は旨い」と心から思う。
 だから「酒は美味しいし、良いものだよ」と心から言いたいのだが、ただ酔う為だけに大酒を飲み、乱痴気騒ぎをしてそれを全員に強制する日本流の飲み会を見ていると、酒を嫌う人達に何も言えなくなってしまう。
 飲めぬ者にも酒を飲む事を強要し、酔って乱れる事を当たり前と思っている方々。あなた方が酒に対する偏見を増大させ、酒を飲みたがらない、飲み会が嫌いな若者達を増やしている現実に、早く気付いて欲しいと心から思う。

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ますます結婚が嫌になる(母の日は続けて父の日は自粛ムードの異常さ)

 驚いた。
 最近の日本の保育所や幼稚園では、父の日を祝わない所が増えているのだとか。

 理由デスか。
 ズバリ、「シンママの家庭が増えているから」だって。
 離婚あるいは未婚で子育てをしている母子家庭が現在では全体の一割ほどになりかけていて、その父親の居ない家庭の子供に寂しい思いをさせない為に、父の日を祝うのを止めるのだそうだ。
 で、父の日の代わりに「家族の日」とやらにするのだとか。

 けど言わせて貰えば、シンママよりは少ないにしろ、母親がおらず父親だけで、あるいは父親と祖父母で子育てをしている家庭だってあるだろうに。
 でも父の日は無くしても、母の日については何の疑問も無く、相変わらず盛大に祝われ続けているのだから不可解だ。
 公平公正という観点から見れば、父の日を無くすなら母の日だって無くさなければフェアではない

「いやそれは、母子家庭に比べて父子家庭は少ないからだよ」って?
 つまり数が少ないから、父子家庭は無視しても構わないと?
 でも数の問題で言うならば、シンママの家庭だって全体から見れば少数ではないか。
 だって現在保育所や幼稚園に通う子供達のうちの母子家庭って、まだ全体の一割程度なんでしょ?
 で、その一割の「父親が居ない子供達に寂しい思いをさせない為に、九割の父親の存在を無視する」ってわけだ。

 今はイクメンとか言われて、子育てにも協力している父親も少なくない筈だ。
 で、想像してみてほしい。働く傍ら子育てにも頑張って協力してさ。妻は母の日には当然のように感謝の言葉を添えた似顔絵とかを貰えて、なのに父の日には何にもナシ、だよ?
 これで男女平等とか、男女共同参画社会とか、白々し過ぎて笑っちゃうね。
「一割ほどいるシンママ家庭の為に」って理屈で、この理不尽な不公平を我慢できますか、っての。

 筆者はまだ結婚した事もなく、当然バツもゼロで子供も居ない独身者だけれどね。
 一割のシンママ家庭の為に、九割の父親が父の日を祝って貰えない(母の日だけは当然アリ)なんて、こーゆー現状を見ていると、結婚して子供を持つ意欲がますます無くなって行くね。

 一割のシンママ家庭の為に、九割の父親には我慢して貰って父の日を祝うのは止めましょう……って、こうした風潮を貴方は「弱者に優しい、より住み良い社会への前進」と肯定的にとらえて“理解”できマスか?

 結婚ってさ、昔の日本や現在の一部の発展途上国のように、親の決めた相手と強制的にさせられるわけじゃないんだからさ。あくまでも当人同士が、良いと思った相手を自分の意志で選んでしているわけで。
 それだけに、離婚に至ってしまうのは(たとえその理由が相手の浮気やDVだったとしても)相手のみに非があるわけでなく、「その当人も人を見る目が無かった」とも言えると筆者は思う。
 増してや当人にも責任があって離婚に至った場合には、シンママになった事に同情する必要は無いのではないかと筆者は思う。
 筆者などは一時の感情や勢いに任せて結婚したりせず、相手を冷静によく見て慎重に選びに選び過ぎた結果、今もまだ未婚のままでいるのだけれどね。

 そんな筆者は、「シンママ家庭への配慮で父の日を祝うのを止める」というのは、少数の者の為に多数に我慢を強いる過剰な配慮と思う。
 シンママ家庭に気を使ってそんなに父の日を自粛したいのなら、同じように父子家庭にも配慮して母の日だって取りやめるべきだ。
 そうではなくて、母の日は相変わらず続けるのに父の日を祝うのは止めるというのは、間違いなくアンフェアな男女逆差別だと、今もまだ未婚で独身の筆者は断言する。

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正体不明の林檎の木

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 林檎の花と言うと普通は白なのですが、我が家の林檎は何故か赤に近い濃いめのピンク色なのですよ。
 王林や陸奥など、薄いピンクの花を咲かせる種類の林檎もあるようなのですが、それにしても林檎の花にしては色が濃すぎですよね。
 種類はわかりません。何しろ花屋さんでただ『林檎』とだけ書かれた苗木を買ってきたもので……。
 他にスターキングの苗木も買ってきたのですが、そちらの方は残念ながら枯れてしまいました。
 しかしこの雑種?の林檎は強くて元気に育ち、数日前にも書いたように葉を殆どケムシに食われてしまっても、枯れずに頑張って生きようとしてくれています。

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青い花が好きです

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 黒沢は青が好きなせいか、花も青がかなり好きです。
 実は、黒沢がテレビで見た中で最も綺麗だと思ったのは、青い罌粟でした。
 でも罌粟は入手不可能(と言うか栽培は違法)なので、せめて青のポピーでも育てようかとも思ったのですが、あらぬ疑いを招き、ある日の早朝に刑事さんたちが自宅に……などという事にでもなったら外聞が悪いので、それも諦めました。
 何せ黒沢はあまり近所付き合いもしていないし、日頃からカメラを持ってウロついては写真を撮っているので、傍から見れば不審者そのものかも知れません。そんないい年をして未婚の不審な男が、罌粟っぽい花などを育てていたら、冗談抜きで通報されかねませんよね。
 けどいつか育ててみたいです、青い罌粟の花は無理でも、青いポピーくらいは。

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百合とプレゼントと恋愛のタイプ

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 皆さんは、花を誰かにプレゼントする事はよくありますでしょうか?
 実は黒沢は生花よりも撮った花の写真を贈る事の方が多いです。
 だって、生花は数日で枯れてしまうけれど、写真なら決して枯れないですから。

 聞いた話ですが、どんな物を好きな人にプレゼントするかによって、その人の性格もわかるらしいです。
 例えば食べ物とかのすぐ消えてなくなる物を贈る人は、あっさりした性格の人で。
 より後まで残る物を贈る人ほど、その相手に対する執着が強いのだとか。
 で、アクセサリーとかの肌身につける藻のを贈るのは、「ずっと離れずいつもその人の傍にいたい」という気持ちの表れなんだそうです。
 ……本当なんでしょうかね。
「枯れないから」って生花よりその花の写真を贈る事が多い黒沢ですが、ストーカー行為などした事も無いし、フラれた時も我慢して耐えて、あまりしつこくした覚えはないのですけれど……。

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百合の引力

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 百合が特に好き、というわけではないのですが。
 でも咲いているとつい目が留まって、カメラを向けてしまいます。

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この林檎の花が、来年もまた咲いてくれるでしょうか

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 これは林檎の花ですが、青森県や長野県でも、林檎の花はもうとっくに散ってしまったでしょうね。
 今年は我が家の庭にブランコケムシが大発生してしまいまして、咲いてくれた後の林檎の木の葉が殆ど食われてボウズに近い状態にされてしまいました。
 それでも僅かに残った葉と、新しい葉で頑張って生き続けてくれています。
 どうか枯れずに、来年も花を咲かせてくれるよう祈っています。
 それにしても、害虫ってスゴイですね。ほんの数日であっと言う間に食い荒らし、小さな木など枯死寸前に追いやってしまいます。

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史実をねじ曲げ、持統天皇を美化しまくったNHKと『歴史秘話ヒストリア』の罪

 筆者は幼い頃から歴史が好きで、大学も史学科国史専攻コースに進んだ。
 その筆者から見て胸糞が悪くなるような“歴史”番組が、某国営放送で制作され全国に流された。
 それはこの6月10日放送の『歴史秘話ヒストリア』の、「古代日本・愛のチカラよみがえる持統天皇・幻の都」である。

 まず断っておくが、筆者の思想は基本的に保守である。正確には“保守左派”に属するらしいが、少なくとも小泉政権が誕生する以前はほぼ自民党に投票してきたし、憲法改正にも自衛隊を正式な軍隊(日本国防軍)にすることにも前向きである。
 また、同性愛者を差別するつもりはないが、同性婚には断固反対であるし、婚外子、いわゆる“妾の子”を嫡出子と同等に扱うことは、家族制度の崩壊を招くと思っている。
 さらに言えば、カネ目当ての移民を受け入れることには絶対に反対だし、最近の事で言えば「選挙権年齢を18歳に引き下げるなら、同時に18歳から成人にしなきゃおかしいダロ! 少年法で保護されている未成年者に選挙権を与えるなどフザケルナ!!」と怒っている。
 しかしそれでも、筆者はいわゆる“日本の保守”とは重大に違う転がある。
 そしてそれが、「皇室に対する崇敬の念」の有無である。

 筆者は“保守”を自認しているが、同時に無神論者である。
 と言うより、すぐ近所に住むS学会の会員らの傍若無人かつ唯我独尊な態度を見るにつけ、そして歴史を学び多くの戦争や争乱が宗教によって引き起こされ、神の名において幾多の人の命が奪われてきた事実を知るにつけ、「宗教は害悪だ」という思いが強くなってくる。
 だからこそ筆者は、天照大神を皇祖としている日本の皇室に対して、無条件の崇敬の念を抱けない。

 他国の王室と日本の皇室の間には、決定的な違いがある
 他国の国王や女王は、我らと同じ人間の中の王(女王)に過ぎない。
 しかし日本の皇室は違う。例の「万世一系の」というだけでなく、天孫降臨、天照大神の孫の瓊瓊杵尊に日本を支配させる為に高天原から高千穂に降臨させ、その曾孫の神武天皇が日本の初代の天皇になったという荒唐無稽な神話をもとに、日本の天皇は神の子孫の現人神を自称してきた

 それが文書に現れるのは、例の『歴史秘話ヒストリア』で取り上げられた持統天皇の夫の天武天皇からで、天武天皇は自らを明神(あらみかみ)と称し、そして廷臣らも「大君は神にしませば」とへつらって応じている
 そしてその思想は明治維新後の、文明開化された筈の日本でも国家神道の名のもとにより強制され、天皇を現人神(あらひとがみ)として正気で神として拝むよう、国民は幼い頃から教育勅語等の学校教育で叩き込まれてきたのだ

 敗戦後の1946年に、昭和天皇自ら人間宣言をして、天皇の神格を否定したのだが。それでも「あの宣言は強制されたもので、本意ではなかった」などと主張して、天皇を神のままにしておきたがる者たちが、この日本には少なからずいる。
 それどころか、近年の反知性主義による日本人の右傾化により、神話をありがたがり天皇を神と信じる者らが増えている有り様だ。
 この現状が、無神論者でかつ宗教ギライである筆者には耐え難く不愉快だ。

 皇室を尊ぶ気持ちを持つのはいけない事だ、などと言うつもりは全くないが。
 しかし天皇を我々人間とは違う、神あるいはその子孫と信じる事は、歴史を学ぶ者として絶対に受け入れられない
 何故ならば、歴代の天皇すべてを現人神として崇めることは宗教であって信心と異ならず、もはや事実を基に語る歴史学ではないからだ。

 各国の国王や皇帝の中には、名君もいれば暴君や暗君もいる。それは国王や皇帝とは言え人間なのだから、欠点のある駄目な者もいて当然だからだ。
 ゆえにその王室を尊ぶということと、「歴史上こんな暗君も存在した」という事実を認めることは決して矛盾しない
 しかし「天皇=現人神」となると、話はまた違ってくる。それは天皇を無謬である神とすれば、歴代天皇はすべて神の如く素晴らしい存在でなければならず、天皇に暴君や暗君の存在など決して認められないからだ。

 筆者は歴史を学んできた者として、天皇も一人の人間としてその業績を判断している。
 筆者は思想的には間違いなく保守だが、他の日本の保守系の思想家と違って「皇室に対する無条件の崇拝の念」など欠片も持ち合わせていない。だからただその天皇の言動を冷静かつ客観的に眺めて、尊敬できる立派な指導者か、暗君や暴君の類であるかを、己の頭で判断するだけである。
 そして天皇を同じ人間の、一人の支配者として見てみると、いろいろな人物がいる事がわかってくる。

 例えば名君と言われがちな天智天皇だが、実は殺された蘇我入鹿の方が開明的な思想の知的な人物で、例の大化の改新とやらも、当時最も皇位に近かった古人大兄皇子を押しのけて自分が天皇になるために企てたものだ。
 蘇我入鹿を殺すにあたり、天智天皇(正確には当時はまだ中大兄皇子だが、混乱を防ぐ為呼び方は天智天皇に統一)はまず蘇我の一族で、入鹿が蘇我氏を継いだ事に不満を持つ蘇我倉山田石川麻呂の娘を娶って味方につけた。
 しかし入鹿を殺した後で、天智天皇は倉山田石川麻呂に謀反の濡れ衣を着せ、妻の父でもある倉山田石川麻呂を死に追いやった。
 気に入らぬ者や、政敵になりそうな者に謀反の汚名を着せて殺すのは天智天皇の常套手段で、ほぼ同じ方法で天智天皇は古人大兄皇子と有間皇子も殺している。
 そのあたりを見ても、天智天皇は野心家で権力欲が強く、陰険で冷酷な人間であるとわかってくる。

 さらに日本が百済に肩入れして、白村江で新羅と唐の連合軍に大敗したのも、天智天皇の周辺に百済系の人間が多かったからである。天智天皇に殺された蘇我入鹿はそのあたりの国際情勢に天智天皇より詳しく、百済一辺倒でなく新羅とも等距離外交を行おうとしていた。
 だから白村江での日本の大敗は、天智天皇の判断ミスとも言える。
 そしてその結果、唐の侵攻を防ぐ為に九州に防人を置き、九州から畿内に至る各地に築城をせざるを得なくなった。その防人や築城の負担を負ったのは天智天皇自身ではなく人民だ。
 防人として遠く九州まで送られた人民の苦しみは、今にも伝わっているが、そもそもの原因は天智天皇の国際情勢に関する無知により、唐という大国を相手に無謀な戦争をしかけたからである。

 この天智天皇だけではない。考謙(称徳)天皇の陰険さと愚かさには呆れるばかりだし、平安京を造った桓武天皇も、我が子を皇位に就ける為に、実の弟で皇太子の早良親王に無実の罪を着せて死に追いやっている。
 また、桓武天皇が度々蝦夷の地に大軍を送り征討を繰り返したのも、征服された蝦夷の人々や、兵として戦に駆り立てられた当時の人々にとっては「良いこと」とはとても言えまい。

 時代はずっと下るが、後醍醐天皇もまた酷かった。まだ幼い兄の弟の代わりに立てられた、言わばつなぎの代理の天皇でありながら、持明院統と大覚寺統の両統迭立の約束を反故にし、さらに己が属する大覚寺統の本家も無視して天皇の地位と財産を独占し我が子に譲ろうとして、あの南北朝の争乱を引き起こした。
 鎌倉幕府の悲惨な滅亡と、その後の長きに渡った南北朝の動乱は、後醍醐天皇一人の私欲によるものと言っても大袈裟ではないと筆者は考えている。
 後白河法皇や後鳥羽上皇など、野心家で権力欲の強い策謀家の天皇は他にもいるが、この後醍醐天皇ほど野心家で我欲の強い天皇は珍しい。

 また、名前はあえて出さぬが現在の観点では精神科および心療内科の治療が明らかに必要だった天皇も、平安時代だけで複数存在した。
 もっと昔の古代に遡れば、何の罪もない人を木の上に追い立てて弓で射殺したり、妊婦の腹を裂いて胎児を取り出したりなどして楽しんでいた残虐な天皇もいた。

 無論、歴代の天皇がその種の野心的で我欲に満ちた暴君や暗君ばかりだったと言うつもりはない。筆者は昭和天皇や今上天皇は人格高潔な名君と尊敬しているし、過去の天皇で言えば嵯峨天皇、それに花園天皇光厳天皇なども立派な方であったと敬意の念を抱いている。
 しかし天皇はあくまでも人間であり、良い面だけでなく弱い部分や暗い部分もまた持っていて当たり前なのだ。特に国の主権者として強い権限を持っていた時代の天皇は、政治的な争いに巻き込まれたり、あるいは自らその争いを引き起こしたりしがちであった。

 天皇を普通の人間とは違う神聖犯すべからざる高貴な存在と見なし、「歴代の天皇すべてが立派な方であった」と考えるのは、事実を基にした史学という学問ではなく、天皇教とでも言うべき宗教と断じざるを得ない。
 そして日本の保守層に圧倒的に多いその天皇教の信者たちの圧力によって、歴代の天皇に関する史実すべてが美化され、神話によって歴史が書き換えられようとしかけている現状を、歴史を学んできた者の一人として筆者は深く憂う。

 昭和天皇は人間宣言をしたが、天照大神は今も皇祖神とされ、それが祀られているのが伊勢神宮である。人間宣言をしつつ、しかし神を今もなお皇室の祖先としているところに、皇室だけでなく殆どの国民も矛盾を感じていない現状が筆者には不思議でならない。
 そして安倍首相は、サミットの開催地にその伊勢神宮がある伊勢志摩を選んだ。
 安倍首相はサミットに来た諸外国の要人にも、伊勢神宮を参拝してほしいと望んでいたが。それは取りも直さず「天皇の祖先を神として拝んでほしい」という事だ。諸外国の要人たちには、安倍首相に誘われるままうかつに参拝する前に、天皇家の氏神を祀っている伊勢神宮の本質に気付いてほしいと思う。
 しかし当の日本人の殆ども、何の疑問も持たずに嬉々としてその伊勢神宮に参拝している。
 天皇を天照大神の子孫の現人神と信じる“天皇教”は、我が日本人の心の中に今もなお根深く生き続けているのだ。

 その意味でも、6月10日に放送された『歴史秘話ヒストリア』の「古代日本・愛のチカラよみがえる持統天皇・幻の都」は本当に酷かった。
 これでも少しは歴史を学んできた筆者の知識の範囲内では、天武天皇は兄の天智天皇がその子の大友皇子(弘文天皇)に譲った天皇の位を、兵を起こし甥の大友皇子を自死に追いやり、武力で己がものにした野心家だ。
 そして自らを「明神・あらみかみ」と称した、史上初の天皇でもある。

 件の『歴史秘話ヒストリア』では、天武天皇が「正しい歴史を編纂させた」と放送していたが。
 事実天武天皇は、『旧辞』や『帝記』などの古い資料を調べ「偽りを削り実を定め」て『古事記』や『日本書紀』を編纂するよう命じたと記録されている。
 しかし「歴史は勝者によって書かれる」と言われる通り、『古事記』や『日本書紀』は実際には「偽りを加え実を削って」天武天皇の都合の良いように、天武王朝を正当化するように書かれている事は、当時の歴史を学んだ者の間では通説となっている。
 それを無視して、強制的に徴収している受信料で成り立っている「みなさまのNHK」は、天武天皇が正しい歴史を編纂させたと放送した。

 その天武天皇が甥の大友皇子から帝位を奪った壬申の乱で勝てたのは、天武天皇側が大友皇子の近江朝廷側より早く動き、より多くの兵を動員できたからだ。
 その頃は天智天皇の大化の改新により中央集権化が進み、一方で利権を奪われた地方豪族らは朝廷に対し不満を高めていた。そして天武天皇は、その地方豪族らの支持を得たのだ。
 にもかかわらずその事実を無視して、『歴史秘話ヒストリア』では「伊勢神宮に参拝したところ、妻の持統天皇に天照大神が乗り移りwww、天武天皇側について勝たせると言ったから、皆が味方して勝ったのだwww」などという文字通り神懸かりの戯言を、正気で“歴史”として放送するなどの、公共放送として全く呆れ果てた行為をしてのけた

 その持統天皇とは、いったいどんな人物であったのか。
 まず、持統天皇の夫の天武天皇が、皇位を兄(天智天皇)の息子の大友皇子から武力で奪った事実を覚えておいていただきたい。
 この時代には跡継ぎにはそれなりの能力と経験が求められ、天皇家も含めて直系の子や孫にではなく、弟や甥にその地位が譲られる事が多かった。
 だから壬申の乱の時も、跡継ぎに指名された息子でまだ若い大友皇子以上に、弟で能力も確かな天武天皇に支持が集まったのだ。
 その理屈で言えば、天武天皇の後を継ぐのも別に実子でなくとも良い筈なのだ。

 しかし持統天皇は甥たちなど他の皇族ではなく、何としてでも我が子の草壁皇子を天皇にしたかった
 その最大の障害になったのが、同じ天武天皇の息子の大津皇子であった。
 天武天皇の后の持統天皇は天智天皇の娘で、叔父と姪の関係にあった。今では許されない事だが、当時は叔父と姪との結婚はタブーではなく、そう珍しい事ではなかった。
 実は大津皇子の母も天智天皇の娘の太田皇女で、持統天皇と太田皇女は同じ母(蘇我倉山田石川麻呂の娘の遠智娘)から生まれた姉妹でもあった。
 だから大津皇子と持統天皇の息子の草壁皇子はほぼ同格で、天皇の地位に就く資格は十分にあった。

 その大津皇子は『懐風藻』にも「姿は男らしく、大人物の器で、学問がよく出来る上に武術にも秀でている」と書かれている。さらに『日本書紀』にも「幼い頃から立派で言葉もはっきりしていて祖父の天智天皇に愛され、大人になっても雄弁で才学があり、特に文学がよく出来た」と書かれている。
 また、前出の『懐風藻』にはさらに「規則にこだわらず、気さくに人と付き合い人気があった」とも書かれている。
 それに対し、草壁皇子についての記録は殆ど残っていない。と言う事は、悪い評判は無いものの、特に取り立てて良いところもない凡庸な人物だったと思われる。
 それで持統天皇は大津皇子を常に警戒し、密偵を放って「大津皇子が誰と寝た」というようなプライベートな事まで事細かに調べ上げていた。

 ただそれだけでなく、同時に何かあればすぐに大津皇子を陥れられるよう、大津皇子の身辺に罠を張り巡らせていたのだろう。
 その証拠に、天武天皇が亡くなって一月も経たぬうちに大津皇子は謀反の疑いで捕らえられ、翌日には殺されている
 不思議なことに、謀反の一味として大津皇子の他に三十余人が捕らえられているのだが。彼らの殆どがすぐに赦免され、早いうちに政界に復帰し持統天皇の朝廷で働いている。
 これをどう見るべきであろうか。
「持統天皇って寛大なんだな」と素直に感心する人がいるとしたら、余りに単純すぎるだろう。

 大津皇子はろくに取り調べもせずに翌日に殺し、他の者はみな許す。
 これは「陰謀の一味」とされた者たちは殆どみな持統天皇の手先で、この謀反の件も持統天皇による濡れ衣と解釈するのが自然であろうと筆者は思う。

 古代の日本は一夫多妻制だったから、兄弟姉妹とは言え異母兄弟(姉妹)も少なくない。そして同じ母から生まれ同じ家で育った同母の兄弟姉妹には親しみは持つものの、異母兄弟(姉妹)とは他人と言うよりライバルに近い関係にあるものだ。
 しかし大津皇子の母の太田皇女と持統天皇は、前にも書いた通り同じ母から生まれた姉妹なのである。
 そして大津皇子は、その姉妹が産んだ持統天皇の実の甥なのである。
 だが持統天皇は我が子を確実に天皇にする為に、同腹の姉妹の息子である大津皇子を罠にかけ、謀反の汚名を着せて殺した
 持統天皇とは、そういう人なのである。

 しかし持統天皇がそこまでして天皇にさせようとした草壁皇子だが、彼は天皇の地位に就くこと無く28歳で急死してしまった。
 ただ凡庸で記録に残るような才が無かっただけでなく、体もあまり強くなかったのではあるまいか。
 それで持統天皇は自ら天皇に即位して、草壁皇子の遺児で孫にあたる幼い軽皇子が成長して天皇の地位に就けるようになるまで、老いてもなお天皇の地位にしがみつき続けるのである。

 以前にも触れたが、この時代は跡目は兄弟や叔父甥の間で相続されるのが普通で、子から孫へと直系で相続される事の方が少なくなかった。
 まだその能力の無い幼い子や孫ではなく、きちんと政務を取れる能力のある弟なり甥なりの大人が継ぐのが、当時の相続の常識だったのだ。
 そして天武天皇や草壁皇子の死後にも、高市皇子や川島皇子や忍壁皇子や穂積皇子や長皇子や弓削皇子などの適任者は皇族に何人もいた。
 しかし持統天皇は、あえて我が孫の軽皇子(文武天皇)にその位を譲ったのである。
 このあたりの持統天皇の権力に対する執着には、凄いものを感じる。まあ、「我が子や孫可愛さの一念」なのだろうが、だからと言ってその為に我が子より能力があり人望もある、同じ腹から生まれた実の姉妹の息子を陥れて殺す行為を正当化する事は出来ないと筆者は考える。

 しかし例の『歴史秘話ヒストリア』では、持統天皇のそうした暗い面には全く触れず、「彼女に天照大神が乗り移ったおかげで壬申の乱の戦に勝てました」とか、「正しい歴史を編纂させました」とか、「日本の基礎を作りました」とか、おべんちゃらもいい加減にしろと言いたくなるほど持ち上げていた。
 これでも少しは歴史を学んできた筆者の印象では、持統天皇は中国の漢の呂后に似ていて、野心家で権力欲が強く、我が子の為にはとことん冷酷になれる悪女である。
 ただ同じ女帝でも、考謙(称徳)天皇と違って為政者としての能力もあった事は認めねばならない。しかし大津皇子への仕打ちや、何としても我が子や孫を皇位に就けようと権力へ執着する姿を見れば、人として尊敬することは、筆者には到底出来ない。

 その持統天皇を、『天上の虹』のようなフィクションのマンガを基にして徹底的に美化した番組を“歴史”として恥ずかしげも無く放送したNHKに、筆者は大きな失望と怒りを感じた。
 天皇ならば、放送するにふさわしい立派な天皇がもっと他にいるだろうに。
 日本の呂后にも例えられる野心家で非情な持統天皇を取り上げ、しかも都合の悪い部分は覆い隠して徹底的に美化し、神懸かりの神話的な要素まで持ち込んで放送するとは、心の底から呆れ果ててしまった。

 それにしても、天皇の地位に就くというのは大変な事だと改めて思わされた。
 何しろ権力者の周囲には、主君の意を汲みおべっかを使って取り入ろうとする佞臣の類がうじゃうじゃいるのだから。
「あの者は気に入らぬ、どうにかならぬものかの」
 何気なくただそう呟いただけで、その相手をそっと暗殺したり、謀反の罪をデッチ上げたりしてくれる“気の利いた家来たち”がいるからね。
 そして日本の天皇は「天照大神の子孫」と教え込まれて、自分を「現人神」と信じているわけで。
 それで「人の命でも何でも朕の思いのままじゃ」と思い込まない方がおかしいかも知れない。

 想像してごらん。贅沢はし放題だし、好みの女性だって人の命だって思いのままに出来るんだよ。
 だから天皇になれば我が儘勝手に振る舞い、何でも思い通りにしようとするのがむしろ普通で、そうした我欲は自制して下の者には威張らず佞臣は近付けず、国と民を思って働く天皇は、本当に尊敬に値する出来た人物なのだろうと、持統天皇のした事などを考えてつくづく思う。

 今の日本では、昭和天皇に今上天皇と、二代続いて尊敬に値する立派な名君が出ているけれど。
 だがそれが天皇の当たり前の姿なのではなくて、昭和天皇や今上天皇は特別によくできたお方なのだ。
 歴史を学び、過去の歴代の天皇の行状を調べてみると、その事がよくわかってくる。そして今の天皇のお姿を過去の天皇にも重ねて、「天皇とは皆あのような立派な方々だったのだ」と誤解するのは、実に危険な事だと筆者は言いたい。

 歴史は都合の悪い暗部まで含めた事実から判断するもので、天皇を神の如く崇める宗教とは違うのだ。
 にもかかわらずNHKは、持統天皇の暗い部分にあえて目を閉ざし神の如く持ち上げまくって、『歴史秘話ヒストリア』を天皇教の『神話秘話フィクション』にしてしまった
 強制徴収している受信料から成り立っている公共放送で、歴史をねじ曲げ神話もどきの与太話とこき混ぜた番組を制作した皆さまのNHKの、その罪は重いと筆者は思う。

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