空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

ちょっと風邪を引いているのか、目ヤニが気になります

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 例の人を威嚇する茶猫さんの子供です。
 父親が洋猫なのか、毛がモコモコしていて可愛いです。
 でも怖い母さん猫が傍についているので、触るのは残念ながら危険すぎて不可能です。
 

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子供がいました

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 今日は子猫を連れてやって来ました。
 人を威嚇するのも、子供がいたからかも知れません。
 でもその子を連れてやって来たという事は、母親であるこの茶猫さんも、私という人間をある程度は信頼してくれているのかも知れませんね。

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こんな子がいつも玄関先に居ます

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 やはり相変わらず、人を威嚇してきます。
 我が家の玄関先には、いつもこんなヤツがいるのです。
 でも猫好きの私は、可愛いと思いカメラを向けてしまうのです。

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接近注意

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 おわかりになりますでしょうか。
 少しばかり近付き過ぎたせいか、猫パンチを一発食らいました。
 その直後の写真です。

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我が家を占拠したつもりなのかも

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 いつも、あまり目を見開いてこちらを見返してくるので、「目玉が飛び出してしまわないか」としんぱいになるくらいです。
 猫は怯えている時に瞳孔が開き、戦う気満々の時にこんな目をすると言いますが、この茶猫さん、家の人間より自分の方が上位だと思っているかのようです。

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明治天皇に献上されたヘッジス&バトラー

 ヘッジス&バトラーというブレンデッド・スコッチの名前だけは、とりあえず聞いた事があった。
 そして、かつて明治天皇に献上された事もある、由緒あるスコッチだという事も。

 ただ扱う輸入業者があまり大手でないのか、筆者の住む地方都市の酒屋では、店頭で見る事などまず無かった。
 ところが先日、近所のスーパーを併設しているDIY店のお酒のコーナーで、そのヘッジス&バトラーが何故か三本だけ売っていた。
 で、早速そのうちの一本を買って、明治天皇にも献上されたというスコッチを味見してみる事にした。

ヘッジス&バトラーLUMIX FX9 432

 これはイケる、とすぐに思った。
 甘く華やかな香りに、そしてほんの僅かなスモーキー・フレーバー。
 飲んでみてもその甘やかな印象は変わらず、そして複雑で奥深い味わいが楽しめる。
 しかしスモーキー香はかなり控えめな方なので、スモーキー香が苦手な方にも充分お勧めできる。
 筆者自身はスモーキー香はあった方が好きなのだが、これだけ豊かで奥深い味わいがあれば文句は無いし、「良いスコッチだ」と自信を持って言える。

 とは言うものの、クラスとしてはやはり千円ちょっとで買えるスタンダード・スコッチである。
 このクラスの中ではかなり豊かで奥深い味わいなのだが、ジョニー・ウォーカーの黒ニッカG&Gなどの二千円クラスのウイスキーと比べてしまうと、味の重厚さやまろやかさ、そして香りの強さや残り方などすべてにおいて物足りなく感じてしまう。
 ヘッジス&バトラーはかなり良いウイスキーであるが、但し「千円クラスのスタンダード・スコッチとしては」という前提を付けねばならない。

 千円ちょっとくらいのウイスキーを初めて飲む時には、本当にドキドキする。
 この価格帯のウイスキーは味と香りにかなりのバラツキがあって、旨いものとそうでないものの差が激しいのだ。
 そしてそれは国産かどうかに関係なく、千円ちょっとの国産ウイスキーでも、かなり旨くて味わって飲む気にさせてくれるものもあれば、ちゃんとしたスコッチでありながら、「炭酸で薄く割ってハイボールにでもするしか無いか」という感じの、味と香り共に物足りないものもある。

 それに比べて、二千円クラスのウイスキーに不味いものはまず無い。
 味と香りに個性の違いこそあれ、ジョニ黒やニッカG&Gはもちろん、シーバス・リーガル12年バランタイン・ブルー(12年)もホワイトホース12年スーパーニッカも、皆それぞれ奥深い味わいがありまろやかで、香りも千円クラスのものより段違いに良い。
 筆者はサントリーが嫌いで、このブログでもサントリーをけなしてばかりいるが、一度飲んでみたサントリー・ローヤルは間違いなく美味かった。
 角瓶やオールドはアルコールの刺激が強いし、とても味わって飲む気になどなれないが、ローヤルは問題なく良いウイスキーだ。

 このブログにコメントを寄せて下さった方に、以前美味しいサントリー製品としてスペシャル・リザーブを勧められたのだが。
 価格帯から言えば、スペシャル・リザーブもきっと旨いのだろうと思う。
 思うがしかし、サントリーはかつて角瓶やホワイトやオールドなど各種のウイスキーに、香り付けに複数の甘味果実酒やリキュールを混ぜていた時期があって、その時代にはリザーブにも甘味果実酒とリキュールが混ぜられていた。
 その過去を知るだけに、二千円出してスペシャル・リザーブも買って飲んでみるべきかどうか、二の足を踏んでいる最中である。
 サントリーがお好きな方もそうでない方も、スペシャル・リザーブの味と香りをご存知であったら、飲むべきかどうかご意見を寄せていただければ幸いである。

 話は戻るが、千円ちょっとのウイスキーを飲むのは、ある意味では賭けに似ている。お値段以上に旨いものもあれば、正直ガッカリな製品もあって、その味と香りの差が激しいからだ。
 その点、二千円クラスのウイスキーは本当に安心して飲める。味と香りに個性の差はあっても、不味いものはまず無いからだ。
 で、その二千円クラスのウイスキーを普段飲んで、休みの日にはシングルモルトをゆっくり楽しめるようになれば理想なのかな……とも思ったのだ。
 二千円クラスのウイスキーの味に慣れてしまうと、どんなに出来の良いウイスキーでも、千円ちょっとのものでは物足りなくなってしまう。味に厚みが足りず、香りも少ないしまろやかさ足りないので。

 ただ、それは「比較すれば」の話であって、千円ちょっとのウイスキーだって決して不味いものばかりというわけではない。
 その気になってしっかり味わえば、充分旨いウイスキーは、千円ちょっとのものにも間違いなくある。

 それに、だ。
 二千円クラスのウイスキーは、どれもしっかり熟成したモルト原酒を使っているから間違いなく旨い。
 だからこそ、しっかり味あわずに気軽に飲んでしまったら勿体ないと言うか、ウイスキーに申し訳ないような気がしてしまう。
 テレビを見たり本を読んだり、あるいは友人と談笑したりしながら気軽に飲めるウイスキーとして、やはり質の良い千円ちょっとのウイスキーも必要だと改めて思った。

 貧乏性なのだろう、筆者は二千円程度のウイスキーでも、ついその味と香りに神経を集中しながら飲んでしまう。
 ジョニ黒やシーバス・リーガルなどを、映画を見たり本を読んだり談笑したりしながら、気楽に飲めるくらいの身分になりたいものだと、心から願いつつ宝くじに夢を託すのだけれど、現実はなかなか厳しいデス。

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敗戦の日に思う(中曽根元首相も、先の大戦を侵略と認めている)

 初めに言っておくが、筆者は幼い頃から社会科(特に歴史)が好きで、大学でも史学科国史専攻コースで学んだ。
 だからとりあえず、普通の方々より少しは歴史を知っているつもりだ。

 さらに言えば筆者は保守思想の持ち主で、小泉純一郎氏や安倍現首相ら岸信介系の政治家が政権の座につくまでは、ずっと自民党を支持してきた。
 筆者は吉田茂氏の流れをくむ穏健な保守政治家に最も共感し、同じ保守でも歴史修正主義と全体主義のニオイを感じる清和会系の保守政治家は嫌いである。

 ただ、歴史を学ぶ学生や指導する学者たちにはサヨクが多く、穏健な保守のつもりでいた筆者も、学内では「コチコチの右翼」扱いされてきた。
 今はどうかわからないが、少なくとも筆者の学生時代にはそうだった。
 で、サヨクの学生や、時にはサヨクの教授に対しても一歩も引かずに論争を続けてきた筆者であるが、話もろくに聞かずに右翼とレッテル貼りをしてくるサヨクの人達に、筆者は今も根深い嫌悪の情を抱き続けている。

 そんな筆者であるが、近年の日本ではサヨクより右翼にもっと我慢がならない怒りを覚えている。
 今の日本の右翼というやつは、日本の歴史に関してはどうあっても黒を白と言い張りたいようだ。そして過去の日本の非を率直に認めようとする者たちに対しては、口汚く「売国」だの「反日」だの「自虐史観」だのと罵るのである。
 かつてサヨクの同級生たちから「ヒトラー」だの「軍国主義」だのとレッテル貼りをされて罵られてきた筆者であるが、その時と同じ嫌悪感を近年の右翼の日本人に感じる。

 ずっと以前から、筆者の政治的な立ち位置は変わっていない。思想的に最も近いのは、吉田茂氏の流れをくむ、自民党の穏健保守である。
 ただより正確に言えば、小泉純一郎氏が自民党を支配するようになって以来、筆者は自民党に投票するのを一切止めているから、今では無党派の保守と言うべきかも知れない。
 筆者の政治思想は、少なくとも学生時代から少しもブレていない
 そして全く同じ事を主張しているにもかかわらず、かつては「コチコチの右翼」と非難され、今では「売国で反日の自虐史観」と罵られるのだから、小泉純一郎氏から安倍現首相までの自民党清和会の政治で、今の日本がどれだけ“右傾化”しているかを、筆者は身にしみて痛いほど感じている。

 筆者は大の本好きで、騒がしい所や騒がしい事は大嫌いである。だから図書館や書店など、筆者にとってはオアシスも同然なのだ。
 しかしその書店にも最近は右傾化の波が押し寄せて来ていて、明らかに日本の歴史を意図して美化して書き換えようとする、歴史修正主義の雑誌や本が多く並ぶようになって来ている。

 例えばWAC出版の『歴史通』なる隔月刊誌の、今年の9月号の見出しを眺めてみよう。
「もし日本がなかったらアジアは白人支配が続いていた」
「“侵略戦争”ではない!」
「日の丸で歓迎された日本軍、中国進出はPKOだった」
「本当は偉かった日本軍! 白人への隷属を砕いた日本」


 ……アホと違うか、と思いマスね。
 同級生たちから右翼と呼ばれ、いわゆるサヨクたち(教授や講師も含む)と絶えず論争しながら歴史を学んだ者としても。

 東南アジア諸国は、確かに第二次世界大戦後に独立した。
 しかしそれは「日本のおかげ」ではなく、世界大戦の結果としてヨーロッパ諸国の力が落ち、そこに現地の人達が独立を求めて立ち上がったからである。
 日本が始めた侵略戦争の結果として東南アジア諸国が独立したからと言って、それを「日本軍のおかげ」などと言うのは、まさに黒を白と言い張る厚顔無恥な日本の歴史の美化である。

 確かに戦後日本に帰らず、現地で独立運動に加わって戦った元日本兵たちも存在する。
 しかし独立闘争をした人達の大部分は、現地の人達である。
 それを無視して「独立は日本のおかげ」と言い張るのは、現地の人々の流した血を無視する、無知でかつ失礼な発言である。

 それは日本は、兵を動かす名目としてアジア各国の独立を掲げたよ。
 でもね、海賊や山賊でもあるまいし、戦争を仕掛ける時に「俺たちゃ世界征服を企む悪の帝国だぜ、宝物はみなぶん取りだ!」などと“本音”を正直に言う国なんて、世界中どこにも無いんだよ。
 あのナチスドイツだって、「ポーランドに攻撃されたから」と、自作自演の茶番劇をして、自衛の為の戦争のふりをして侵略戦争を始めたのだ。
 国民を納得させ、戦意を高揚させる為に、戦争をする時にはどの国も「正義は我にあり!」と高らかに主張するものなのだ。
 だからこそ、日本軍の行為が「侵略」であったか「民族の解放」であったかは、大東亜共栄圏だの八紘一宇だのといった美麗字句や綺麗事の建前でなく、占領中の実態で判断せねばならないのだ。

 で、かつての日本軍は、占領した中国や東南アジアの諸国に何をもたらしたのか。
 戦争遂行の為にその国の物資を収奪し、その代価を払う為に現地の通貨を乱発して激しいインフレを招き、現地の人々の暮らしを困窮させた。
 そして自由と独立を与えるどころか、日本語教育と天皇崇拝を強制した。
 やっている事は植民地支配とまるで変わらず、現地の人々にとっては支配者がただ白人から日本人になっただけであった。
 だから当然、現地の人々は日本の支配に反発し、そして日本軍はそれを残酷に弾圧した。
 なのに「本当は偉かった日本軍、あれは侵略ではなく白人への隷属を打ち砕いたのであって、日本がなかったらアジアは白人支配が続いていた」などとは、チャンチャラおかし過ぎる。
 その無知と強引なこじつけぶりには、呆れ過ぎてただもう失笑するしか無い。

「中国進出はPKOだった」って?
 中国の奥深くまで攻め入り、都市に無差別爆撃をし、民間人も含めた何百万もの中国人を殺したあの行為を「侵略ではなく進出でPKOだった」とは、これまでに世界各地のPKOに参加した諸国に対し、失礼にも程があるというものだ。

 渡部昇一氏や中西輝政氏などの、日本の黒を白と言い張りたい歴史修正主義者の論客は、何かというと「日本は白人の支配を打ち砕いた。もし日本がなかったらアジアは欧米の支配が続いていた」と言うが。
 例えば今の日本を見てみろ。
 言論の自由や個人の人権などは、とりあえず尊重され守られている。
 しかし国内には幾つものアメリカ軍基地があり、多くの米兵が駐留している。そして基地とアメリカ兵は言わば治外法権に近い状態である。
 見方によっては、「日本は今も米国の占領下にある」とも言える。
 政治的にも外交でもアメリカの意に反する行動はとれず、現実には日本はアメリカの準属国的な存在である事は否定できまい。

 そこでだ、同じアジアの某国が「米国の白人支配から日本を解放する為に!」という名目で日本に攻め込んでアメリカ軍を追い払ったと想像してみて貰いたい。
 そしてそのアジア某国が、解放軍を名乗る軍隊の力を背景に、日本の資源を収奪し、その国の言葉を学校で日本人の子供らに教え込み、その国の国家主席を日本人にも拝むよう強制し、逆らう日本人は残虐に弾圧したとしたと想像して貰いたい。
 それでも貴方は、「アメリカの支配から日本を解放してくれてありがたい」と、その国に感謝するであろうか。
 WAC出版の『歴史通』などでよく主張されている、「日本軍は偉かった、日本はアジアを欧米の隷属から解放した」という意味は、つまりはそういう事なのだよ。

 それにしても、「もし日本がなかったらアジアは白人支配が続いていた」などと、よくもまあ自信たっぷりに言い切れたものだと呆れる。
 第二次世界大戦以後は民族自立、自主独立の動きが世界各地で広がった。だから日本の侵略(筆者はあえて侵略と言い切る)が無くとも、アジア諸国もいずれ独立しただろうと見る方が自然だ。
 世界各地で各民族が国家として独立して行く中で、「アジアは日本が攻め込まなければ独立できなかった」と決めつける方がおかしいし、アジア諸国の人々をナメているし失礼だろう。
 日本は偉くて、何でもかんでも日本のおかげ。こういう考え方をする輩を、「夜郎自大」と言うのだ。

 確かに東南アジアには、欧米からの独立を望み日本に期待を寄せた人々もいた。
 しかしそれも初めのうちだけだ。
 実際に日本軍がやって来て、欧米以上に強権的な植民地支配を始めると期待はたちまち失望に変わり、やがては抗日ゲリラに身を投ずる者も出てきたのが現実だ。
 実はウクライナ人も、ナチスドイツ軍をスターリンとロシアからの解放者として花束で迎えた。
 しかしナチスの実態を知るとその期待は失望に変わり、多くの者が抵抗運動に走った。
 それと同じだよ。
 初めのうちは、日本軍に期待をして歓迎した者たちもいた。しかし日本が武力を背景に“マスター”として物資を収奪し、植民地支配を始めて、殆どのアジア人の気持ちが日本から離れたのが現実だ。
 嘘だと言うなら、かつて日本が占領したアジア各地に行って、「日本軍が来て良かった、日本が支配していた時代は良かった」という、戦時中を知るお年寄りがどれだけいるか、確かめてみるがいい。
 その時代を知るあるフィリピン人のお年寄りのこの一言が、歴史修正主義者たちが賛美する“偉かった日本軍”の性質を的確に表しているだろう。
日本人は同じアジア人のフレンドとしてでなく、マスターとして来た

 その歴史修正主義者たちのバイブルとでも言うべきWAC出版の『歴史通』の本年9月号には、こんなタイトルの記事も載っている。
知性は勇気のしもべにすぎない
 ……なるほど。
 黒も白で「日本は絶対ワルクナイ」と言い張りたい、歴史修正主義に心を惹かれる者たちというのは、知識や知性に背を向け蛮勇を第一とする反知性主義者でもある事実を、この記事のタイトルが如実に現している。

 中曽根康弘元首相と言えば、戦時中には海軍主計将校として東南アジアの占領地にも行き、そして首相在任時には靖国神社を参拝し、東京裁判史観は今でも支持できないと言っていて、自民党内でも右派に属する思想の持ち主だ。
 この中曽根氏を、「売国」だの「反日」だの「自虐史観」だのと罵る者はまずいないだろう。

 その中曽根氏が、戦後70年にあたり、「歴史検証し、未来を開け」という一文を毎日新聞の8月10日版に寄稿している。
 そしてその中で、先の戦争について中曽根氏はこう書いている。

 1915年の「対華21カ条要求」以降は、中国に対する侵略的要素が非常に強くなり、日本軍による中国国内での事変の拡大は、中国民族の感情を大いに傷つけたと言わざるを得ない。また、大東亜共栄圏の名の下に進出した東南アジアも、住民からすれば土足で上がり込まれたというものに他ならず、まぎれもない侵略行為であった。


 上の中曽根氏の文を、『歴史通』の執筆者や愛読者などの歴史修正主義者たちは熟読して心に刻むべきであろう。
 さらに中曽根氏は、歴史修正主義者たちが美化したがる日本軍が起こした先の戦争についても、こう書いている。


 先の戦争はやるべからざる戦争であり、避けるべき戦争であったと思う。


 史実と道理を人並みにわきまえていれば、第二次世界大戦で日本は間違いなく侵略戦争をして、アジア各国を植民地支配した事実に何の疑問も持たぬ筈だ。
 ましてや、「本当は偉かった日本軍! 白人への隷属を砕いた日本」だの、「もし日本がなかったらアジアは白人支配が続いていた」だの、「日の丸で歓迎された日本軍、中国進出はPKOだった」だの、恥ずかしくて正気で言える筈もないだろうにと、少なくとも筆者は考える。

 しかしそのような「無知もいい加減にしろ!」と怒りたくなるような史観が今の日本ではハバを利かせ、筆者がよく行く書店でも例のWAC出版の『歴史通』のような、あからさまな歴史修正主義の出版物が目に留まりやすい所に平積みになっている。
 今の日本はそれだけ“右傾化”し、歴史修正主義が広く受け入れられているという事なのだろう。
 なぜそうなってしまったのかを、筆者なりに少し考えてみた。

 結局、今の日本の不況がそれだけ深刻で、格差社会化が進み不安や不満を抱えて自信や希望を持てずにいる人達が、以前よりずっと増えているという事なのだろう。

愛国心はならず者の最後のよりどころ」という、サミュエル・ジョンソンの言葉がある。
 なぜならず者が、愛国心を最後のよりどころにするのか。
 それはズバリ、社会の底辺であがいている者たちには、「自分は日本人だ」という事以外に誇れるものが何も無いからだ。

 実際、知力なり財力なり優れた技能などがあり、自分に自信を持てる者は、自分の属する国や民族などに頼らずとも自力でしっかり生きて行ける。
 しかし他人より秀でた知力も財力も特技も無く、派遣やバイトなどの不安定で厳しい生活をしている者たちは違う。彼らには自信も明日への希望も無い。
 そんな彼らに誇りに思えるものがあるとすれば、それが「日本人である」という一点だけなのだ。
 日本が世界に誇れる立派な国であれば、自動的にその“立派な日本国”の一員である自分も、他の国や民族に属する者たちより偉くなったように思えるわけだ。
 だから彼らは、日本にマイナスになるような事実は一切認めず、「あの戦争は侵略などではないし、アジアを欧米の支配から解放した日本軍は偉かった」と、明らかな黒を白と言い張り続ける。

 日本の過去の侵略を認めず、今の歴史を否定するある者がこう言った。
もし日本が過去に悪い事をしたなどと認めたら、我々は自分に自信が持てなくなる
 歴史修正主義者たちは、今の歴史教育を非難する理由としてたいていそう言う。
 バカを言ってはいけない。
 では過去の過ちを認めて謝罪を続けるドイツ人達は、みな自分に自信が持てず小さくなって生きているとでも言うのだろうか

 考えてみてほしい。
 もし他人の家に押し入り、強盗や殺人や強姦などの悪事を犯した凶悪犯が、「俺は悪くない、もし俺が悪い事をしたなどと認めたら、俺は自分に自信が持てなくなる」などと言ったら、「ふざけるな! 更生して立ち直りたいなら、まず反省と謝罪が先だろうが!!」と激怒したくなるのが普通ではないか。
 日本は侵略などしていないし何も悪くないと言い張りたい、歴史修正主義者たちの言い分とは、つまりそういう事なのだ。

 筆者はかつて右翼と呼ばれた人間で、思想的にも保守だと自分でも認めているが。
 その筆者が学生だった時代は、日本は世界第二の経済大国だった。そして贅沢さえ言わねば職探しに困る事も無く、殆どの者が正社員で中流だった。
 経済的にも右肩上がりで、将来に希望が持てたし、大体の者が暮らしに不安など無く幸せに暮らしていた。
 だからこそ今のようなヘイトスピーチも無かったし、「日本は悪くない、侵略なんかしていない」などと言う者はごく一部の頭のおかしな者だけで、殆ど相手にもされなかったし、『歴史通』や『Will』のような雑誌が出版され、しかもそれが売れるような状況は想像もできなかった。

 しかし今は不況で、働く者のかなりが不正規の派遣社員に置き換えられ、結婚も難しく、仮にしたとしても子供にろくに教育も受けさせられない状況だ。
 大多数の国民が支持した例の小泉改革を契機に、今の日本は階層社会と化した。そして子供にかけられる教育費の問題で、その階層は固定化されつつある。
 派遣社員やアルバイトの者たちは先に希望を持てずに、生きるのに精一杯で、その職すらいつ失うかと不安な日々を生きている。
 そして減りつつある正社員の中流層も、仕事の負担は増え、さらに自分もいつ首を切られて下の階層に落ちるのではと、不安を抱えて生きている。
 以前と違って、希望を持てずストレスにさらされながら日々を暮らしている幸福でない人々が増えている。
 だからそういう不幸な人たちは、自分より下に置いて見下せる相手が欲しいのだ。
 しかし誰かを見下そうにも、自分には知力も財力も特別な技能も無い。
 ゆえに愛国心に縋るしか無いのだ。
日本は世界に誇る素晴らしい国で、日本人は優れた民族である→その一員である自分も立派な人間である」という理屈だ。
 だからその“素晴らしい日本”が過去に過ちを犯したなどと認めたら、自分自身に誇れるものなど何も無いサミュエル・ジョンソンの言うところの“ならず者”たちは、「自分に自信が持てなくなる」のである。

 そして『歴史通』のような出版物が売れ、「売国」や「反日」などのレッテル貼りを好む歴史修正主義者たちが増えているという現実は、自分自身に自信が何も持てず、明日に希望も持てない、厳しい暮らしをしている人々が増えている事を如実に表している。
 アメリカで最も激しく人種差別をする人々は、プーア・ホワイトあるいはレッド・ネックと呼ばれる白人の最下層に属する人間たちである。
 なぜ彼らが人種差別に走るのかと言うと、彼らには人種以外に誇れるものが何も無いからだ。
 それを考えれば、日本の黒も白と強弁する歴史修正主義者たちが愛する『歴史通』などが、執拗に中国と韓国を罵倒する理由も理解ができる。
 彼らには「日本人である」という事以外に誇りを持てるものが無いから、中国人や韓国人を罵倒し差別する事で、己の僅かで頼り無い自信をようやく保っているのだ。

 ゆえに筆者は、企業が人件費の削減を理由に正社員を減らし、派遣社員やパートやアルバイトを増やそうとする動きをひどく憂慮している。
 正社員になれなければずっと不安定で低収入の暮らしを強いられる事になり、家も持てないし結婚しても子供に充分な教育を受けさせる事も難しい。そしてかつては総中流だった日本が、階層社会に変わってしまう事になる。
 その下層階級に追いやられた人々の不満を、政治家たちが偏狭な愛国心へと結びつけたら、日本は再び戦争への道を歩み出すのではないかと、かつて右翼と呼ばれて今も保守思想の筆者は深く憂慮している。

 経済的徴兵という言葉を、皆さんは聞いた事があるだろうか。
 日本に徴兵制度が復活する事は、政府だけでなく軍事の専門家も「ない」と断言している。
 その軍事の専門家によれば、今の自衛隊は技術が高度化していて、職業軍人でないと装備の使い方や戦術を覚えきれないのだそうだ。
 ただ、正社員になりたいのになれなかった者に、自衛隊が募集をかければどうなるだろうか。
 自衛隊は少なくとも正規の雇用で、しかも公務員である。どうしても定職に就きたい貧しい者が、自衛隊の募集を断固拒否できるだろうか。
 現実に、アメリカでは兵士になる者に、貧しい暮らしをしていた者が多いという。そしてこのように経済的な理由で“志願”して兵士になる事を、経済的徴兵と呼ぶ。

 今、安倍内閣はアメリカの戦争に自衛隊も加勢できる“戦争法案”を国会で可決させようと躍起になっているが。
 日本でも他に正規の職に就けずに自衛隊に入った者が、アメリカの要請でどこか他国の戦場に送られて命を落とすような事にならぬよう祈りつつ、この70回目の敗戦(あえて終戦とは言わない)の日を迎えようと思う。

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相変わらずの茶猫さんです

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 こんなに怖い目をしていますが、これでもメスなのです。
 近寄っても逃げるでなく、戦う意思を見せてしっかり見返してきます。

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戦闘態勢の茶猫さん

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 耳を伏せて戦闘態勢をとっています。
 この細い瞳孔を見ると怯えている様子はなく、あと僅かでも近寄ったら戦う気持ち満々のようです。

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猫の言葉がわかればよいのにと思います

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 少しもなつかず、でも我が家の庭に居付いて人を威嚇してきます。
 押しの強い声でよく鳴くのですが、猫の言葉がわからないのが残念です。

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