空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

なかなか面白いゾ、サントリーの白角は!

 まさかこんな日が来るとは、筆者は夢にも思っていなかった。
 あのサントリーの、しかも廉価なウイスキーを「意外に悪くない」と評価せざるを得ない日が来てしまうとは。

 筆者はこれでも、サントリーの廉価なウイスキーはそれなりに飲んできたつもりである。
 あの角瓶はもちろんの事、ホワイトレッドも飲んでみた。
 その上で、筆者は「庶民が普通に飲む手頃な価格帯でもそれなりに旨いウイスキーを出しているニッカと違って、安い製品となると香りだけは一応それらしいものの、味わいに深みが乏しく熟成の足りぬ若いアルコールの刺激がツンツン来るものばかり出してくるサントリーはダメだ」と思い続けてきた。

 サントリーが以前出していた“無頼派”なるウイスキーも、本当に酷かった。

 安易な生き方は蹴っ飛ばす。──「無頼派」は、心に気魄をそそぐウイスキー。
 15年熟成させた秘蔵モルトを、ブレンドの仕上げに利かせた骨太な味わい、華やかな香り。
 その陶酔は、何者にも頼らない孤高の精神を鼓舞するために。
 純にして艶。柔にして剛。
 琥珀にそなわる複雑を味わいつくすならストレート。
 凛とした香り、甘やかなとろみを愉しむなら御・ザ・ロックス。


 ……という、日本語になっているのだかどうだわかわらぬような、自己陶酔に満ちたキャッチコピーと共に売り出された「無頼派」だが。
 実際には若いアルコールの刺激がピリピリ来る安酒に、香り付けに“15年熟成させた秘蔵モルト”をほんのちょっぴり垂らしただけの、悪い意味で「いかにもサントリーらしい」酷い代物だった。

 そう、サントリーの廉価なウイスキーの作り方というのは、たいていコレなのだ。
 香りだけはそれらしく仕上げているが、若いアルコールの刺激がキツく、味も薄っぺらで。
 何しろサントリーを大きくした角瓶が、そもそもモルト原酒をグレーン・ウイスキーならぬグレーン・アルコール(樽熟成は全くナシ)で希釈した上に、複数のリキュールで香り付けした“リキュール・ウイスキー”だったのだから
 今は違うが、昔の角瓶や復刻版のラベルを見てごらん。ラベルに堂々と“Liqueur Whisky”と書いてあるから。
 角瓶だけでなく、サントリーはホワイトオールドリザーブも、リキュールやら甘味果実酒やらで香り付けしていたんだよね、かつては。

 だから筆者は、そんなサントリーをウイスキー・メーカーとして信用していないのだ。
 今は製品にリキュールを混ぜ込んではいないようだが、一部に良質なモルト原酒を使ってはいるものの、それは香り付けの為で、実際に飲んでみると若いアルコールの刺激がキツいものが多く、「ああ、サントリーが一般庶民に飲ませる、普及品のウイスキーの作り方は変わっていないな」と痛感させられる。

 そしてサントリーの巧いところは、ウイスキーをハイボールや水で薄く割って飲む事を、洗脳に近い広告戦略で、大々的に勧めているところだ。
 何しろサントリーが勧めるように薄く割った上に氷で冷やし込めば、ウイスキーらしい香りはほのかに残りつつ、例のアルコールのツンと来る刺激はすっかり消えるからね。
 だがそのサントリーの“洗脳”のせいで今はウイスキー・ブームとは言われるものの、大多数の日本人は「ウイスキー=ハイボール」と単純に信じ込んでしまっている。そして千円程度の手頃なものならともかく、長期熟成したブレンデッド・ウイスキーやシングルモルト・ウイスキーまで炭酸で薄く割り大量の氷をブチ込み、その味と香りを台無しにしてビールのようにガブガブ飲もうとするのだから悲しい

 と言うと、必ず「長期熟成したブレンデッド・ウイスキーだろうがシングルモルト・ウイスキーだろうが、どう飲もうが本人の勝手だ!」と怒り出す人達が出てくるが。
 もし生食用の最上級の本マグロがあったとして。
 それを新鮮なうちに寿司や刺身で食べることなく、醤油と砂糖などで甘辛く煮つけて食べたとしたら、「ああ、勿体ない。本来の味を台無しにして」と呆れられて当然ではないだろうか。
 それ本来の持ち味を台無しにするような食べ方や飲み方をして、「自分で買ったものを、どう食べどう飲もうが自由だ!」と言い張るのは、自由と無知をはき違えた、非常識な行為でしかないと筆者は思う。

 ちなみに、「ウイスキー=ハイボール」という洗脳CMを盛んに流しているサントリーだが。
 シングルモルト山崎の年代モノのウイスキーについては、そのサントリー自身が「まずはストレートで」と勧めているあたりでも、少なくともシングルモルトのような良いウイスキーは、ハイボールなどにすべきでは無い事がおわかりいただけると思う。

 実際、ニッカがサントリーの作り出したハイボール・ブームとNHKの『マッサン』人気に便乗して、竹鶴ピュアモルトのハイボール缶を期間限定で売り出したが、アレは想像以上に不味かった。
 竹鶴ピュアモルトの良い点をすべて薄めて台無しにした……としか言いようのない味と香りだった。

 竹鶴ピュアモルトやシングルモルト山崎に限らず、よく熟成されて丸みがあり、複雑な香りと味わいを持つウイスキーにハイボールは向かないのだ。本当にその味と香りを台無しにしてしまう。
 ハイボールに合うのは、熟成年数が若く、味と香りはそれなりにあるがアルコールの刺激も強い、少々暴れん坊的な性格のお手頃価格のウイスキーなのだ。
 事実、ウイスキーに関しては日本で第一人者と言っても良い土屋守氏も、『ゼロから始めるウイスキー入門』という著書の中で、ハイボールに向くのは「熟成年数の若い、リーズナブルなウイスキー」で、モルトウイスキーや長期熟成のウイスキーにはストレートかトワイスアップが向いていると触れておられる。

 だからウイスキーと言えば躊躇いなく炭酸か水で薄く割った上に氷もブチ込むのを「当たり前」と思っている日本の風潮には、筆者は本当にウンザリさせられている。
 ウイスキーをハイボールにして飲んでも構わないが、それは「熟成年数の若い、リーズナブルなウイスキー」限定なのだという事を、どうか一人でも多くの方にご理解願いたいと切に思う。

 で、そういう意味で甘く華やかな香りは立つしウイスキーらしい味わいもあるものの、おそらくモルトでなくグレーンの方のせいだろう、若いアルコールのツンと来る刺激もキツいサントリーの角瓶は、ハイボールにするのに最適なのだ。
 だから筆者は、角瓶が大嫌いだ。
 ウイスキーは「冷やして炭酸で薄く割ってゴクゴクと飲む」のでなく、濃いめでじっくり味と香りを楽しみたい筆者にとっては、角瓶はただ不味いとしか思えなかった。
 これが「日本人の味覚に合う、日本のウイスキー」だと言い張るサントリーには、「では筆者は日本人の味覚を持っていないのだろうな」と皮肉の一つも言いたくなってくる。

 しかしネットで検索するうち、「白角はフルーティーで意外に美味い」という声を聞いて、白角にちょっとだけ興味を持った。
 ただ同時に「白角は、オリジナルの角瓶の良い所をすべて無くしたようなもの」という低評価も見て、実際に買って味を確かめてみる気には、なかなかなれなかった。

 何しろあの角瓶の仲間だからね。
 味に期待などできないし、お手頃価格とは言え千円ちょっとを出すくらいなら、他の無名のスコッチの味を見てみた方がまだマシと思って、ずっと手を出さずにきたのだ。
 ところが旅先で缶入りの白角水割が二百円を切る値段で出ていたものだから、怖々と買ってみた。

白角水割P1080624

 味デスカ。
 少し以前このブログでも触れたけれど、アルコール度9パーセントにまで薄められた缶入りの白角水割は、「殆ど味がしねぇ」と言いたくなるくらいに物足りなかった。
 筆者は同じアルコール度9パーセントの角ハイボール缶〈濃いめ〉も飲んだ事があるが、まだこちらの方がウイスキーらしい味わいがあった。

 缶入りの白角水割は、淡麗辛口と称してはいるものの、実際には「殆ど水のようで僅かに苦い」という感じで。
 ただ香りだけは、青リンゴのように爽やかで魅力的なのだ。
 筆者は基本的には甘くスモーキーで力強いウイスキーが好きだが、カティー・サークを始めとするライト系のウイスキーもそれなりに飲んでいる。しかしライト系でもこのようなフルーティーな香りのウイスキーは殆ど飲んだ事が無く、その香りだけはかなり印象に残った。

 で、「売り文句は“淡麗辛口”だけど、薄味でアルコールの刺激だけがあるのをそう言い繕っているのではないか」とか、いろいろ迷った挙げ句、ついに買ってしまったのだ、あの憎きサントリーの角瓶の一味の、白角を。

サントリー白角P1080659

 ……意外だった。
 案外悪くないんだよ、この白角が。
 封を切った当初は、やはり味も香りも薄めだったが、それでもフルーティーな香りはしたし、味もそう悪くなかった。
 そして中のウイスキーが空気と充分に触れ合った数日後には、爽やかな青リンゴの香りの中に、僅かにだがスモーキーな香りすら漂ってきた。
 味わいはやはりライトだが、ウイスキーらしい風味はちゃんと感じられる。それだけではない、ラベルでは淡麗辛口を謳っているが、実際には優しい甘味を感じる。
 ただ千円ちょっとの製品だから、やはり若いアルコールの刺激は価格相応分にある。そしてサントリーはそれを“辛口”と称しているのではないかと、筆者は意地悪の一つも言いたくなってくる。

 美味いとまでは言わないが、スタンダードの角瓶と違って本当に悪くないんだよ、この白角は。
 味わいがかなりライトだから、ヘビーなウイスキー好きにとってはあれこれ物足りないのは事実だ。しかしウイスキーらしい味わいもほのかな甘味もよく味わえばちゃんとある。そして不思議な事に、アルコールの刺激はあるものの、スタンダードの角瓶より抑えられている感じだ。
 と言うか、元々ライトな味わいなのだから、若いアルコールの刺激を普通の角瓶と同じにしたら、そのアルコールの刺激だけが突出して、とても飲めるものでは無くなってしまうよね。

 しかしこの白角は、飲むのが意外に難しい。
 まず、ストレートで飲むのは無茶だ。何しろアルコールの刺激が強いから。
 そしてこの白角の香りは繊細だから、ロックにするのも「どうかな、向かないのではないかな?」と思ってしまう。ウイスキーだけでなくブランデーでもそうだが、氷を入れて冷やし込むと、香りが引っ込んでしまうからね。
 で、常温で1:1のトワイスアップにすると、香りも良い具合に立ち、アルコールの刺激はまだ残るもののウイスキーらしい味わいと甘さも感じられて良い感じだ。飲んだ後にも、ほのかな果実香が心地良く残る。
 水で割る場合、筆者は1:2が限界だと思う。それ以上割り水を増やすと、例の缶入りの白角水割のように殆ど味が無くなってしまう。
 この1:2は本当にギリギリで、筆者はかなり水に近く感じてしまう。だがそれでも、ウイスキーらしい味わいは何とか残ってくれる。そしてアルコールの刺激も消えるので、日本酒や割った本格焼酎を飲むようにスイスイ飲めると思う。
 何しろ1:2で割れば、アルコール度数が日本酒や割った焼酎にも近くなるからね。
 不思議な事に、この1:2で割ると、ウイスキーの旨みと甘味の他に、僅かな苦みが出てくる。

 実は筆者は、白角を1に、水を1.5にして割ってもみたのだが。
 コレが何とも中途半端だった。
 トワイスアップに較べて味と香りが急に薄くなる上に、アルコールの刺激はまだ少し残る感じで、個人的に何か不満ばかりが残る結果になった。

 筆者としては、この白角、食後酒として飲むならトワイスアップ、メーカーが勧めたがるように食中酒として飲むなら1:2に割るのが良いと思う。
 薄く割りすぎても、氷などで冷やし込みすぎても駄目デスよ、このウイスキーは。
 何しろ味も香りも繊細なので、薄くしすぎたり冷やし込みすぎても、ただの「冷たいすっきりアルコール」になってしまう。

 ライト系のウイスキーは、国産だけでなくスコッチやカナディアンにもいろいろあるけれど。
 筆者が飲んできたライト系のウイスキーには、ただ薄味で物足りない感じだけが残るものが少なくなかった。
 しかし白角は違う。甘くスモーキーで力強いタイプのウイスキーが好きな筆者には、かなり物足りないのは事実だ。けれどウイスキーらしい味わいも甘味もちゃんと感じられ、そして何より爽やかな青リンゴの香りがある。これは他のライト系のウイスキーには無い個性だ。

 筆者はこの白角を、「毎日飲みたい」とは思わない。何しろ筆者には、味が物足りな過ぎて。
 白角を続けて飲んだ後で、同価格帯のスコッチのヘッジス&バトラーを飲んだ時、それまで少し不満もあったヘッジス&バトラーに「何と濃く深い味なんだ」と感動してしまったゼ。
 だがそれでも、自分好みの甘くスモーキーで力強いウイスキーを続けて飲んだ後で、週に一度くらい飲んでみたいな……という気持ちも残った。

サントリー角瓶シリーズP1080658

 販売戦略のせいか、白角は角瓶のラインナップの一つのように扱われているが。
 実際に飲んでみると、白角はスタンダードの角瓶とはまるで別物だとわかる。
 角瓶というブランドを信仰して、「あの角瓶の仲間だ」と思って手を出してみる人もいるだろう。しかしその種の人達は、スタンダードの角瓶と同じように炭酸で薄く割ってハイボールにしてみてガッカリ……という事になるのではないだろうか。
 そしてまた、筆者のように「あの角瓶の仲間かよwww」と思って、あえて手を出さずいた“飲まずギライ”の人もいるのではないだろうか。

 ライトだが青リンゴの爽やかな香りのあるこの白角は、筆者の好みとは対極にあるようなウイスキーだが、「こんなウイスキーがあっても良い」と思う。
 本格麦焼酎を飲んでいる方や、「これからウイスキーを飲んでみたい」という初心者の方にも勧められる製品だと思う。
 ただ味も香りも繊細なので、薄く割り過ぎてもハイボールにしても美味しくない(かと言ってストレートではアルコールの刺激がキツ過ぎる)ところが、飲み方として中々難しいところかも知れない。
 白角がハイボールに合わない事は、メーカー自身が水割りを推奨していて、この「ウイスキーは何でもかんでもハイボール」の時代に、あえてハイボールでなく水割りを缶入りで発売している事でもわかる

 それにしてもサントリーは何故、お手頃価格のウイスキーは水や炭酸で薄く割って食中酒として飲ませようとするのだろうか。
 まあ、スタンダードの角瓶や他のサントリーの安いウイスキーには、アルコールの刺激が強くて水や炭酸で薄く割らなければ飲みにくいものが多いのも事実だ。
 しかし白角のように濃いめでじっくり飲んでも面白く、逆に薄く割り過ぎると水のようになってしまう製品も中にはあるのだ。
 まあ、白角が薄く割り過ぎると水のようになってしのうのを、サントリーさんは淡麗辛口wwwと称しているのかも知れないが。

 スタンダードの角瓶からホワイトやレッド、それに無頼派のような妙なシロモノまで飲んでみて。
「ニッカに較べて、サントリーはお手頃価格帯に良いものが少ない」
 ずっとそう思っていた筆者だが、白角に出会えて良かったと思っている。
 その爽やかな香りと、割り水の量でがらりと変わる味わいには、なかなか興味深いものがあった。
「好き」とは言わないが、とても「面白い」ウイスキーだと思うし、これからも無くならないでもらいたいものだと思った。

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罪と罰と、償いと許しについて考えてみた

 罪を犯した者は、どれだけの反省と贖罪をすれば更生が認められて許されるのだろうか。
 それとも犯した罪は、生涯許される事は無いのだろうか。

 未熟児だったわけではないが、筆者は生まれた時から小柄だった。
 おまけに病弱で、幼い頃から病院通いを続けていた。
 しかも家の都合で東京から地方に引っ越さざるを得なかった。
 小柄で体力も無く、言葉も習慣も違う子供が地方に引っ越して行ったら、その土地でどんな扱いを受けるか、容易に想像がつくだろう。
 ハイ、当然イジメられましたとも。

 幸い、筆者は体は弱くでも気だけは強かったから、その度にブチ切れて文字通り「狂ったように」暴れ、イジメは何とかはねのけて来たが。
 それでも苦しい子供時代を過ごした事に違いはない。
 実際、今思い返してみても、筆者の子供時代の思い出に楽しい記憶はかなり少ない。
 そのせいか、かつて“ヤンチャしていた時代”の事を武勇伝のように語る元ワルに対しての反感はかなり強いものがある。

 不良少年や悪の道に進んだ者たち(そしてその種の人間に同情的な人達)の中には、家庭環境の悪さを理由に挙げる人が少なくない。
「だから悪いのは本人ではなく、親や社会なんだよ」とね。

 しかし言わせて貰えば、筆者が育った家庭環境だって、決して良好とは言えなかった。
 筆者には一つ年上の姉がいて、それがまた人の顔色や空気を読むのがとても上手で、外では猫を被るのが巧みな優等生だった。
 おかげで筆者は、学校の教師たちにも同級生たちにも親戚たちにも、周囲の人間すべてに「出来損ないの弟」と扱われ続けて育った。

 それだけではない。
 身内の恥を曝すのは筆者としても辛いのだが、筆者の父は酒乱だった。それも酔うと怒鳴っては暴れる種類の酒乱だった。
 辛いものだよ、物心ついた幼い頃から、酒を飲んでは荒れる親の顔色を見て怯えながら育つのは。

 さらに父は賭事が好きで、職も転々としていた。
 で、我が家の暮らしは主に母の稼ぎで成り立っていたのだが、父はその母の稼ぎすら取り上げて賭事に使ってしまう事がよくあった。
 今でこそ筆者は(築三十数年のボロ屋だが)一戸建ての自宅と言える家に住んでいる。しかし子供の頃には、マジで裏長屋に住んでいたのだ。
 部屋は二間で壁はトタンの、本当に絵に描いたような棟割り長屋だよ。
 で、父が有無を言わせず母の稼ぎを取り上げて賭事に出かける度に、「これから先、生きて行くお金はあるのか」と、本気で心配したものだよ、小学生の子供がね。

 学校ではイジメられて助けてくれる味方もおらず、教師や親戚たちにも「出来損ないの弟」と言われ、そして酒乱の父に怯えて家計の不安も常に感じながら育って。
 グレて非行や犯罪に走っても仕方ないよね、「非行が家庭環境や生育歴のせい」だとしたら。
 だが筆者は、グレる事なくともかく大学も出て、たまに交通違反で切符を切られる以外は警察のお世話になる事もなく、犯罪とは全く無縁に生きている。
 そしてそれは「周囲の良い人たちが支えてくれたから」ではなく、すべて自分の意志の力によってだ。

 そのせいで、筆者は犯罪を犯す者に対してひどく冷淡だ。
 無論、グレたり犯罪を犯したりした者は「すべて本人が悪い」と言うつもりは無い。中には本当に劣悪な環境で育ち(母親のネグレクトと継父の虐待に遭い祖父母を殺してしまった少年とか)、本当に止むに止まれぬ事情があって罪を犯してしまった者がいる事もわかってはいる。
 が、犯罪の前歴のある者、特に“ヤンチャだった若い頃”を恥じるどころか武勇伝のように語る者に対しては、どうしても冷淡になってしまうのだ。
 そして「犯した罪の為に刑務所や少年院に収監された者が出所後に苦労するのは、自業自得」という意識から、罪を犯した者の更生という事にはどうも頭が回らないでいた。

 そんな筆者は、去年の八月にある新聞記事を読んでひどく憤慨した。
 その記事によると、法務省は平成27年度から、刑務所や少年院の出所者を雇用した事業主に、一人につき年間で最大72万円の奨励金を出す方針で、法務省はその為の十数億円の予算を、国に要求するつもりだという事だった。
 正確には、出所者を雇った企業に半年間毎月8万円ずつ、そしてその後は3ヶ月毎に12万円ずつ出すのだという。
 つまり新入社員の給料を仮に20万円とすれば、出所した前歴者を雇えば、半年間は実質12万円(残りの半年は16万円)で済むことになるというけだ。

 その記事を見て、筆者は「そんな不公平な話があってたまるか!」と腹を立てた。
 企業が人件費の切り詰めに走り、真っ当な人でさえブラックでない職を見つけにくい時代に、法務省が一人につき年間72万円も出して刑務所や少年院からの出所者の雇用を優遇させようとするなど、どう考えてもおかしい……と。

 法務省は「そうして刑務所や少年院の出所者がどんどん雇用されれば再犯率も減り、犯罪を抑止効果を期待できる」と言う。
 だから元犯罪者の雇用を促進させる為に、法務省は一人につき年間72万円もの金を「国に出させよう」という。
 しかしその72万円のカネの出所は、元は国民の税金である。筆者はそれが、どうにも納得が行かなかった。

 それは過去に犯罪を犯した者を見る世間の目は厳しかろうし、職を見つけることも難しかろう。
 だが出所したからといって罪そのものが消えるわけではなく、犯した罪は生涯背負って行かねばならぬものだと筆者は考えていた。
 だから出所後に過去の罪のせいで白い目で見られ、職探しに苦労したとしても、それは「当然の報いとして受け入れるべきだ」と。

 そう書いたところ、今月になって実際に出所者を今までに四百人以上も雇ってきた(現在も七名いる)という、北洋建設さまとう会社から、実状を説明する大変丁寧なコメントをいただいた。

 それによると、北洋建設さまはこの四月まで、公的なお金を貰った事は一切無く、刑務所や少年院に行く時も実費で行き、その交通費などの経費のみで、今までに2億円以上出しておられるそうだ。
 また、出所者は着替えすら無いような状態で、北洋建設さまは筆者が問題にした奨励金で、出所者の身の回りの品や工具を購入しているという事だが、その法務省が出すようになった金額でも全然足りないのが実状なのだそうだ。
 また、奨励金が出るのも雇った時のみゆえ、不採用の場合にはかかった経費は北洋建設さまの自腹になってしまうそうだ。

 こうした活動がテレビで報道された時は、近所の方から「犯罪者がいる会社は出ていけ!」と言われたそうだ。
 それでも北洋建設さまは冬には毎朝無償で近隣の除雪をして、しかも雪捨て場がない為、とても費用のかかる融雪をその場でしておられるそうだ。
 そしてその作業をする者は全員、筆者が問題にした罪を犯した出所者なのだそうだ。
 その彼らは、こう言っているそうだ。「私たちにはこのような事しか貢献できないのでやります」と。
 さらにもう後がない為、出所者は通常のものより頑張り、普通は嫌がることも率先してやるそうだ。
 それを知って、今では近所の方がお酒などを持って来るようになっているという。

 無限に広がる電脳の世界の中の、吹けば飛ぶようなチンケなブログとは言え。
 このような受け入れ企業と出所者たちの実状も知らずに、犯罪者憎しの感情論だけで法務省が始めた奨励金の制度を悪し様に罵った自分を恥じると共に、身銭を切って出所者の雇用に努めて来られた北洋建設さまなどの企業と、更生に努めている出所者の皆様に、この場を借りてお詫びを申し上げたい。
 筆者の無知を怒るのではなく、丁寧に実状を教えて下さった北洋建設さまには、心から感謝します。

 それにしても、罪とそれを許すかどうかという事は大変難しい問題だと、改めて考えさせられた。
 ある殺人事件が起きた時、世論の非難がその犯人に集中した時、かつて犯罪を犯して刑務所に服役した経験のある作家がこう言った。
犯人を非難できるのは、被害者の身内だけだ。何の関係もない第三者に、犯人を死刑にしろとか言う資格はない
 ……それはいささか極論に過ぎると思う。
 しかしその作家の言う事にも、確かに一理はあると思う。

 筆者はこれまで生きてきた間に何度も人に裏切られたり、暴力を受けたりして酷い目に遭った事がある。そしてその相手の事は、忘れず今もしっかり憎んでいる。
 筆者は泣き言を言うのも、人に弱い所を見せるのも嫌いなので、そうした辛い体験は身内にも言わずに黙っているが。
 それでももし話したとしたら、身内の者や親しい友人は筆者の為に怒って、その酷い事をした相手を一緒に憎んでくれるだろうと思う。
 しかしだ、筆者の身内でも親友でもない第三者にもその話をして、「さあ一緒にアイツを憎んでくれ!」と求めるのは無理な話だとわかっている。

 犯罪の場合も、それと同じ事が言えるかも知れない。
 自分が被害者かその身内なら、加害者を恨んで罵倒し、最大限に重い罰を司法に求める権利も当然あると思う。
 ただ被害者とはまるで関係のない第三者が、「アイツは絶対に許せない!」と怒り、皆で一緒に加害者に制裁を加えようとしたら、それはリンチになってしまうだろう。
 そういう意味で、被害者とは何の関係もない第三者が、罪を犯した者を出所後も差別して憎み続けるのは、リンチと同じなのかも知れない。
 もちろん、被害者とその身内は、加害者が刑期を終えて出所した後も、生涯恨み続けても当然だが。

 とは言うものの、世間を騒がせた余りにも酷い犯罪を犯した者まで、「刑期を終えて出所したのだからと許して隣人(あるいは職場の同僚)として迎え入れられるか?」と言われると、正直に言って全く自信がない。
 かつて、綾瀬市で女子高生コンクリート詰め殺人事件という凶悪な犯罪があったが。
 その内容は余りにも陰惨で酷いので、ここではあえて触れないでおく。ご存じ無い若い方は、詳細についてはググってみてほしい。
 犯人たちは、普通だったら死刑なり無期なりの重い刑を受けているところだが。しかし残念ながら、犯人らはすべて少年だった。
 そして少年法のおかげで、犯人の少年たちは匿名のまま、現在すべて出所している。そして中には結婚もし、家庭を持っている者もいるという。

 何の罪もない女子高生を拉致して一ヶ月以上監禁し、酷い暴行を加え続けた末に惨殺した者が今は既に社会に出ていて、家庭を持ち貴方の隣に住んでいるかも知れないのだ。
 この現実に、貴方は耐えられるだろうか。
 筆者には無理だ。
 筆者はあの事件の被害者とは何の関係も無いし、犯人の少年らが法の裁きを受けて出所して来たのだという事もわかっている。
 だがそれでも、あの事件の犯人が今は家庭を持ち一般市民として幸せに暮らしているという現実に耐えられないし、「許せない」と理性を越えた感情の部分で思ってしまう。

 あの神戸で事件を起こしたサカキバラこと元少年Aも、司法に許されて世間に出た後、更生して贖罪するどころか遺族の心を踏みにじる『絶歌』なる本を出版して四千万円もの印税を手にし、さらに週刊誌の編集部に長文の手記を送りつけ、不気味なHPまで開設する始末だ。
 筆者は元少年Aの被害者とは何の関係もないが、それでも元少年Aを隣人として同じ社会に迎え入れる事はやはり耐えられない。

 しかし同時に、母親と継父に虐待され小学校にすらろくに通えず、金を持って来るよう母親に強要されて祖父母を殺してしまったような少年については、まさに「親と生育環境のせい」と思うし、彼が刑期を務め上げて出所して来たならば、社会の中で更生することを願いたいと思う。

 結局、世間の人達が罪を犯した人を許して社会に迎え入れる気になれるかどうかは、「その人による」としか言いようがないように思う。
 同じ罪を犯した者であっても、「反省して罪を償ったなら許しても良い者」と「刑期を終え司法が許しても絶対に許したくない者」がいるような気がする。
 また、筆者は例の母親と継父に虐待された末に祖父母を殺してしまった少年については「許しても良い」と思うが、「どんな理由があれ、人を殺した罪は決して許されない」と思う者もいるだろう。
 逆に綾瀬の女子高生コンクリート詰め殺人事件を犯した元少年たちについても、筆者は「刑期も勤め上げどれだけ反省しようが許されない」と思うが、「裁判を受け刑期も終えて釈放された以上、社会に出て結婚し家庭を持って幸せになるのも自由」と思う人もいるだろう。

 罪と罰と償いと許しに関して、考えれば考えるほどよりわからなくなって行く一方だ。
 それに関して皆が納得するような正解など、おそらく無いのではないかと思う。
 ただ罪を犯した“元ワル”憎しの一念で凝り固まっていた筆者に、北洋建設さまが下さった丁寧なコメントは、罪と罰と償いと許しの問題について深く考える切っ掛けを与えてくれたと、とても感謝している。
 そしてもしよろしければ貴方も、罪を犯した者を許すべきか、許すとすればどういう場合ならば良いと思うか、少しでも考えてみてほしいと思う。

 一年前、十数億円もの予算をかけ、出所者を雇用した事業主に、一人につき年間で最大72万円の奨励金を出すと決めた法務省に、「国民の血税を元犯罪者に使うなんて!」と腹を立てた筆者であったが。
 税金を使ってまで悪い事をしたヤツの更生に社会が手を貸す必要など無い、再犯を犯すような悪いヤツはずっと刑務所に放り込んでおけば良いのだ……などとも考えていた。

 しかしよく考えてみれば、刑務所を維持するにも税金が必要なのである。
 施設の維持や刑務官の人件費などにも、多額の税金が費やされているのである。

 素人の筆者は、「刑務作業で生産したものもメイド・イン・ジャパンなのだ。その安心で高品質な国産品を安く売って、黒字経営にしたら良いじゃないか」などと考えたりもした。
 何しろ刑務所では受刑者に支払う作業報奨金が激安だから、国産品で最も問題になる人件費の問題が完全にクリアでき、価格の面でもかなり強力な競争力がある筈だ。

 しかしそれは駄目なのだ。
 まず国が受刑者を最低賃金より遙かに安い作業報奨金で働かせた安価な商品でシェアを奪うのは、民業の圧迫になる。
 さらにその低い報酬で作らせた製品の売り上げで刑務所の維持費等を黒字にし、国が利潤を得るとしたら、「受刑者の人権を無視した強制労働」として国際的に非難を受けてしまう。
 だから刑務所の維持費は、嫌でも我らの税金で賄わねばならないのだ。

 で、筆者も一度は思った「悪いヤツはどんどん刑務所に入れ、再犯するようなヤツは刑務所から長く出さなければ良い」という案を実行すると、刑務所に収容される受刑者の数が増大し、すると刑務所の維持費や刑務官の人件費も膨れ上がり、結局より多くの血税が犯罪者の為に使われる事になるのである。
 それを考えると、雇用した事業主に国が奨励金を出してでも、更生の見込みのある元受刑者は職を持たせて社会の中で立ち直らせた方が、税金の面でも結局は安上がりなのかも知れない
 しかも北洋建設さまのような事業者は、国から支払われた奨励金より遙かに多くのお金を、元受刑者の雇用と更生の為に自腹で出しているという。

 刑期を務めあげれば許しても良いと思える、社会の中で更生が認められる元受刑者と。
 刑期を満了しても許し難い、隣人として社会に迎え入れたくない元受刑者と。
 その区別が非常に難しいところではあるが。
過去に罪を犯した者も、社会に受け入れて更生させて再犯を防いだ方が良いのかも知れない
 そう考えさせられた北洋建設さまの丁寧なコメントには深く感謝すると共に、その出所者の更生に尽くす努力には頭が下がる思いだ。

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花の写真は朝に撮る事が多いです

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 庭の花を撮る時は、朝、まずシャワー付きのホースで水をやってから撮る事が少なくないです。
 そうすると、水滴が花弁に付いて綺麗に撮れる事があるので……。
 これって、ちょっと邪道なやり方ですよね。

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放置プレイwwwに耐えて咲いてくれた水仙

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 新聞の折り込み広告を見ると、もう様々な球根が売られ始めているようです。
 その中には水仙の球根もありました。
 我が家の庭でも水仙が毎年咲いてくれますが、買い足しどころか植え替えもせずに、ほぼ放置の状態です。
 花の写真を撮るのは好きなのですが、花そのものにはそれほど知識も関心も無いもので……。
 それでも健気に毎年咲いてくれる庭の花達には、本当に申し訳なく思っています。

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白い花たち

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 一輪だけで見るとちょっと地味な白い花ですが、数が揃えばそれなりに見栄えのするものですよね。
 まるで数の力で勝負している某女性アイドルグループのよう……などと言ったら、そのアイドルグループのファン達と、花好きの皆さんの両方に「失礼だ!」と怒られてしまいそうですね。

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草を食べる猫さんの鋭い牙

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 猫を飼っている方はご存知でしょうが、猫は草を食べます。
 体を舐めた結果、胃に溜まってしまった毛玉を吐く為に、特にイネ科の先の尖った草を食べるんですよね。

 その為の通称“猫草”は、よくホームセンターなどで売っていますが。
 セコイと言うか貧乏性の私は、買ってきた猫草の一部を別のプランターで栽培して、種を取って増やして猫の為にまた撒いています。
 カラスムギと言うようですが、水さえやっていれば殆ど手入れ無しに、一年中よく育ちます。
 だから私は、ここ何年も猫草を買っていません。
 そして自分で自宅で増やしたものをあげています。

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下手をすると全滅かも

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 この春にはこんなに若々しかった庭の柿の若芽ですが、あっと言う間にブランコ毛虫の大群が発生して食い荒らされてしまいました。
 それだけでなく、あのイラガまでやって来ていて、知らずに手で触れてしまってヒドイ目に遭いました。
 イラガに触ってしまった事のある方はおわかりでしょうが、飛び上がるくらい痛かったです。
 ハイ、当然そのイラガはすぐにヒバサミで取って、思い切り踏んづけて殺してやりましたが、それでも痛みはその後も数日続いて、気持ちはなかなか収まりませんでした。

 で、実も最初はたくさん実って、「今年は柿がいっぱい食べられるな」と楽しみにしていたのですけれど。
 最近になって、かなり育った実がボタボタと落ちて、「下手すると数個しか残らないのでは」という感じになってしまっています。
 わかっています、私の手入れが行き届かないせいですよ。
 でもせっかくかなり実った柿が、毎日落ちて行くのを見ると落ち込みますね。

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日毎に味と香りが変化するブラックニッカ8年

 市場でのシェアに較べ、ニッカは手頃な価格帯のウイスキーが豊富にあると以前から感心していた。

 まず八百円前後でブラックニッカ・クリアがあり、千円前後でハイニッカブラックニッカ・リッチブレンドモルトクラブがあって。
 続いて千二百円前後でブラックニッカ・スペシャルがあり、もう少し上の価格でブラックニッカ8年オールモルト
 千五百円ちょっとで、500mlのシングルモルト余市宮城峡
 二千円を少し切る価格帯でニッカG&Gスーパーニッカ、それに500mlのフロム・ザ・バレルピュアモルト・ホワイトレッドブラック
 そして最後は、二千円を少し越える値段で竹鶴ピュアモルト12年……と。
 そしてその殆どの値段と味が見事なくらいに比例していて、「これは値段に較べ、他のものより旨い!」と言い切れる製品を見つけるのに苦労するくらいであった。

 手頃な価格帯にこれほど多彩な商品が出されているのは、消費者にとってはありがたい事だ。
 しかし似たような価格帯で製品の種類が余りにも多すぎ、メーカーもただ製造だけでなく、瓶詰めや出荷にさぞ手間がかかっていただろうと容易に想像ができる。

 そんな中で、ウイスキー好きの間で「価格に較べて非常に旨い」と定評のあった竹鶴ピュアモルト12年が、売れすぎて古いモルト原酒が足りなくなったのか去年終売になり、ノンエイジの竹鶴ピュアモルトに変わった。
 そしてサントリーが仕掛けたハイボールのブームに『マッサン』の人気が重なり、ウイスキーの売り上げが急増してモルト原酒の不足にさらに拍車がかけられた。
 それでニッカも、とうとう製品のラインナップの整理を余儀なくされたようだ。

 で、この八月出荷分でブラックニッカ8年とモルトクラブとニッカG&Gとピュアモルト・ホワイト、それにシングルモルト余市と宮城峡の終売が決定された。
 そしてハイニッカとオールモルトとフロム・ザ・バレルとスーパーニッカと竹鶴ピュアモルトが、この九月出荷分から値上げされることになった。

 その結果、似たような価格帯でひしめき合っていた製品のラインナップが少しスッキリしたのは事実だが。
 筆者が気に入っていたブラックニッカ・スペシャルとハイニッカを残してもらえた事は嬉しい。しかしニッカG&Gやピュアモルト・ホワイトが終売になってしまった事は大変に残念だ。
 また、その味に定評のあったフロム・ザ・バレルが1900円から一気に2500円に値上げされてしまった事も残念に思う。

 何しろ筆者は、竹鶴ピュアモルト12年が、店頭では二千円ちょっとで売られ続けていた時代を知っているからね。
 それより格下のノンエイジの竹鶴ピュアモルトが、10年や12年モノのシングルモルト・スコッチも買えてしまう3000円になってしまうとは、ちょっと納得できないし、購買意欲も萎えてしまうというものだ。
 で、筆者は値上がりしてしまう前に、ノンエイジの竹鶴ピュアモルトを二本ほど買っておいた。

 余談と前置きが長くなったが、今回取り上げたいのは、八月出荷分で終売になったばかりのブラックニッカ8年である。
 以前にもこのブログで触れた事があるが、ブラックニッカ8年は筆者に強い印象を残したウイスキーである。

ブラックニッカ8年LUMIX FX9 403

 何年も前、ブラックニッカ8年が製品化されてまだ間もない頃に、筆者はブラックニッカ8年を早速買って飲んでみた。
 その当初の感想は、正直なところ「大ハズレの酷いモノを買ってしまった」というところだった。
 甘い香りも強く漂うものの、アルコールのツンと来る刺激もかなり強くて、しかもその両方が溶け合わずバラバラに鼻と舌を襲って来る感じで、最初の一杯だけしか、とても飲む気にはなれなかった。

 しかし千五百円近く出して買った酒がそんなにマズいわけ無かろうと思い直して、翌日また飲んでみたのだが、やはりマズかった。
 溶け合わない甘い香りとアルコールの刺激が強烈で、「これなら千円前後の手頃なスコッチの方がずっとマシだった」と、大変がっかりしたものだった。

 そしてそれから何日も、キッチンの隅に放置しておいたのだが。
 しかしそれでは余りにも勿体ないと思い直して、一週間後くらいにまた飲んでみたら……今度は本当に美味かったのである、まるで別物に変わったかのように。
 甘くスモーキーな香りと豊かな味が溶け合い、あれほど刺激的だったアルコールのツンツンする感じも殆ど消えていたのである。

 ウイスキーを試飲する時に、よくテイスティング・グラスをくるくる回して空気と触れ合わせるが。
 実際には、ただそれだけでは足りないのである。
 樽の中で何年も縮こまっていた香りが充分に広がりきる迄には、何日かの時間が必要なのである。
 その事を、筆者はこのブラックニッカ8年で実感させられた。

 まだ飲んだ事のない、新しい酒の栓を開ける時はとても楽しみである。
 どんな味と香りを楽しませてくれるのだろうかと、本当にワクワクする。
 しかしウイスキーだけは、その味と香りを封を切った時点だけで判断してはならない。何日もかけて慎重に味わえば、ウイスキーが空気に触れるにつれ日毎に香りが立ち、味も深く豊かになって行くのがわかるはずである。
 ただハイボールなどにして薄く割りゴクゴク飲んでしまうような方には、そのあたりの微妙な変化などわかりもしないし、わかっても意味も無いだろうが。

 さて、初めて飲んだブラックニッカ8年に「これは美味い!」と驚いた筆者ではあるが、その最初の一本を空けた後も続けて飲む事は無かった。
 と言うのは、前にも書いた通り、ニッカは手頃な価格帯のウイスキーが数多くあり過ぎるからである。

 ブラックニッカ8年は、今では筆者の近所の酒屋でブラックニッカ・スペシャルとほぼ同じ千三百円を切る値段で売られている。しかし発売されてまだ間もない頃には、千五百円近くしていた。
 そしてスーパーニッカは実売価格で千八百円ちょっとだった。
 さらに竹鶴ピュアモルト12年が、以前は二千円ちょっとで買えたのである。
「だったらもう少しお手頃なブラックニッカ・スペシャルを買うか、もう少し頑張ってスーパーニッカや竹鶴ピュアモルト12年を買おう」と思って、あえてブラックニッカ8年に手を出す事は無くなってしまったのだ。

 しかしこの八月出荷分で終売が決まってしまったと知り、名残惜しさからまた買って飲んでみる事にしてみた。

 ウイスキーはだいたいそうだが、ブラックニッカ8年が空気に触れる事による味と香りの変化が特に大きい事は既にわかっていたから、開封して毎日一杯ずつ飲んでは、グラスだけでなく瓶の方も揺らして、残った中のウイスキーを空気に触れさせる事を繰り返してみた。
 で、封を切ってみた直後は、「やはり」という感じだった。甘い香りとアルコールの刺激臭の両方が、強く鼻を突いてきた。
 しかしあらかじめ予想していたからなのか、それともブレンドが変わったのか、アルコールの刺激は以前ほど強烈には感じず、味もまずまずというように感じた。

 だが開栓した直後のブラックニッカ8年が、まろやかとは言い難く、8年ものと言うには荒々しい印象なのは確かである。
 翌日も、翌々日もその印象は殆ど変わらなかった。
 しかし日が経つにつれて、徐々に香りがより華やかになり、スモーキー香もはっきり感じられるようになってきた。
 同時に味も深みを増し、当初強く感じていたアルコールの刺激も樽熟成による甘みにより薄らぐようになっていった。
 で、封を切ってから一週間ほど経った頃、記憶にある甘く華やかで豊かな味と香りの美味いウイスキーになった。

 繰り返すが、ブラックニッカ8年は封を切ってからある程度時間をおく事で、味と香りが本当に変わる。このウイスキー本来の味と香りを楽しむには、封を切ってから少なくとも五日、出来れば一週間ほどの時間が必要だ。
 だからお酒に強くて一日か二日で飲み切ったり、皆で一度に飲み切ったりしてしまった場合には、「甘い香りはするがアルコール臭がキツいし、味も期待したほどではないな」という印象しか持てないのではないかと思う。
 このブラックニッカ8年は、千五百円以下で買える比較的手頃なウイスキーだが、短期間で飲み切ってしまうのではなく、ぜひ少しずつじっくりと味わって飲んで貰いたい。

 アルコールの刺激はあるものの、華やかな香りとスモーキーさを持つ深みのある味のこのウイスキー、筆者はなかなか悪くないと思う。
 ただ味も香りも強いので、ライトなウイスキーがお好きな方にはお勧めできない。

 そしてこのブラックニッカ8年は、飲み方もなかなか難しいのだ。
 常温でストレートで飲むと、開封して一週間以上経ち空気とも充分に触れ合わせた今でも、強いアルコールの刺激を感じる。
 グラスに注いで揺らしただけでも、ツンと来るアルコール臭を感じるくらいだ。
 さらに実際に飲んでみると、アルコールの刺激で舌がビリビリと痺れる。
 筆者は度数46度のタリスカー10年なら抵抗なくストレートで飲めるが、40度のブラックニッカ8年をストレートで飲むのはつらいと感じる。

 で、水と1:1のトワイスアップにすると、アルコール臭はかなり引っ込んで香りが華やかに立ち、飲んでも深みと甘みを感じてとても旨くなる。
 しかし1:2で水を多くすると、アルコールの刺激が完全に消えて飲みやすくなる代わりに、味と香りも途端に薄らいで「水のよう」になってしまう。
 だから筆者は、炭酸や水でこのウイスキーを薄く割る事はお勧めしない。
 ま、好みは人それぞれだから、どうしてもハイボールが好きなら炭酸と氷で割って薄くして飲んでも構わないが。しかしその場合には、ただの「冷たいすっきりアルコール」になってしまい、本来の味わいなど感じられなくなってしまう事をご承知おき願いたい。
 個人的にはこのウイスキー、トワイスアップかロックでゆっくり飲む事をお勧めしたい。

 このブラックニッカ8年はとてもウイスキーらしいウイスキーだし、筆者も悪くないと思う。
 しかしニッカG&Gなどの二千円前後のウイスキーと飲み比べてしまうと、まだ熟成不足と言うか、アルコールの刺激を感じて「明らかに格が違うな」と思わされてしまう。
 それでもブラックニッカ8年が千円前後の国産ウイスキーより間違いなく上で、香りも良いし味も深いのは事実だし、そこは「値段なりの味と香り」という事だろう。

 で、今回改めて飲み直してみて、筆者が「悪くない」と思いつつも、続けてこのブラックニッカ8年を飲まなかった理由が何となくわかった。
 結局、どこか中途半端なのだ。
 千円前後の普及品のウイスキーより明らかに旨いが、アルコールの刺激はまだ残っていて、二千円前後のウイスキーの方がずっとまろやかだ。
 だからいざ選ぶとなると、千円前後で定評のあるもの(ジョニ赤やホワイトホースやベルやティーチャーズなど)か、二千円前後の間違いなく美味しいものか、そのどちらかにしてしまう。

 また、このブラックニッカ8年は味にも香りにも甘みが強くあり、スモーキー香も確かにあるものの、純粋なスコッチ風というのではなく、どこかバーボンの風味も感じる。
 だからバーボンをお好きな方は、きっとこのブラックニッカ8年も嫌いではないと思う。
 しかしスコッチがお好きな方にはブラックニッカ8年より、殆ど同価格帯のブラックニッカ・スペシャルの方をお勧めしたい。
 実は筆者も、ブラックニッカ8年よりブラックニッカ・スペシャルの方が好きだ。

 何となくけなすような感じになってしまったが、このブラックニッカ8年は決して悪くない。
 だからもしこの記事で興味を持った方がおられたら、ぜひまだ店頭に残っているうちにブラックニッカ8年を手に入れ、開封後、日毎に華やかかつ深くなって行く味と香りを実感して欲しい。

 ブラックニッカ8年はただ終売になったわけではないようで、代わりのようにブラックニッカ・ディープブレンドが新たに発売された。
 ライトなウイスキーの中にも好きなものもあるが、基本的には甘くスモーキーで力強い筆者としては、その味と香りが今から気になっている。
 ただ、そのブラックニッカ・ディープブレンドの瓶の形がブラックニッカ・スペシャルによく似ていて、価格帯も近いので、「気に入っているブラックニッカ・スペシャルも終売にされてしまうのではないか」と、それも心配になっている昨今だ。

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「安全保障関連法案が無ければ日本の平和が守れない」という大嘘と無知

 いよいよ、例の“戦争法案”が、安倍政権と公明党を含む与党の数の力で可決されようとしているが。
 まあ、安倍首相は「ああいう思想のヒト」だし、公明党&創価学会が「何としてでも政権与党の中にいたい」というのもわかる。
 だが理解に苦しむのは、半数以下とは言え、あの戦争法案に賛成する一般国民が何割か存在する現実である。
 そして戦争法案に賛成する一般国民の多くはこう言うのだ、「我々は戦争をしたいわけでは無い。ただ国際情勢は変わっており、とりわけ中国の脅威が増す中で、いざという時にアメリカに守ってもらえないと困るから」と。

 はっきり申し上げる。
 日本がアメリカの戦争にも協力するという、この法案を可決しなければ日本はアメリカに守ってもらえないと信じている人達はバカである。
 バカと言うのは失礼かも知れない。
 しかしそう信じている彼らが、日米安保条約とそれに付随する条約や協定をよくご存知無いのは、間違いのない事実である。

 終戦後僅か6年の1951年に、非武装であった日本の安全保障の為に結ばれた日米安保条約は、確かに当初は「アメリカ軍は日本国内に勝手に基地を置くが、有事の際に日本を防衛する義務は負わない」という、大変に身勝手な片務的形式の条約であった。
 その点だけを見れば、「いざという時に、アメリカ軍は日本を助けてくれないかも知れない」という懸念は確かにある。

 しかし自衛隊が創設され増強もされ、日本が民主国家として生まれ変わり、自由主義諸国の一員として発展する中で、日米安保条約も改定された。
 そしてその1960年に改定された新条約では、「日本施政権下の領域におけるいずれか一方への武力攻撃に対しては共通に対処・行動する」と、双務条約的性格が強められたのだ。

 おわかりだろうか。
「日本施政権下の領域におけるいずれか一方への武力攻撃に対しては共通に対処・行動する」という事は、「もし日本の領土が他国から武力攻撃を受けたら、アメリカ軍は自衛隊と共に立ち向かう。そして日本国内の米軍基地が攻撃されたら、自衛隊もアメリカ軍と共に行動する」という事なのだ。

 戦争法案に賛成する人々は、「何かあった時に、アメリカに守って貰えないと困るから、日本の安全の為にこの法案が必要なのだ」と盛んに言う。だから日本もアメリカの戦争に協力シマス、ってね。
 だが安倍首相の首相が大変に敬愛している祖父の岸信介首相が、世論の大反対を押し切って1960年に成立させた安保条約の新条約で、「日本施政権下の領域が武力攻撃を受けたら、アメリカ軍も共に対処・行動する」と、既にはっきりと定められているのだ。
 だから何も「アメリカ様が戦争なさる時には、我が国も自衛隊を派遣して協力させていただきマス」などという卑屈で危険な法案を、わざわざ成立させなければ日本はアメリカに見捨てられてしまう……などと怯える必要はまるで無いのだ。「もし日本が他国に攻められたら、アメリカ軍も自衛隊と共に日本を守る」と、安保条約でちゃんと決められているのだから。

 戦争法案に賛成する人達は、最近の中国の威圧的な行動を法案成立の必要性の理由として挙げるが。
 尖閣諸島を含む日本の領土がもし中国から侵略を受けた時に、米軍が動かず静観していたとしたら、それは間違いなく日米安保条約に違反する事になるし、そして尖閣諸島が日米安保条約の及ぶ範囲内である事は、アメリカも幾度も明言しているではないか。
 それを無視して「日本もアメリカの戦争に協力して命を投げ出さなきゃ、アメリカも日本を守ってくれないかも知れないだろ!」と騒ぐのは杞憂に過ぎる

 仮に日本が(中国とか北朝鮮から)侵略を受けても、もし米軍が動いてくれず自衛隊だけで戦わされたとしたら。
 その時には国連に助けを求める一方、日米安保条約を破棄し、役立たずで金食い虫の在日米軍には、基地を返してもらいアメリカにお帰り願えば良いのだ。

「もし中国や北朝鮮に攻められた時、日本を守って貰えないと困るからアメリカの戦争にも協力しなければならないんだ」と戦争法案に賛成する人達は、「日本はアメリカの好意に縋ってタダで守って戴いている」とでも思っているのだろうか。
 だとしたら、その種の人々は余りにも無知だ。

 日本がどれだけ広い土地を、アメリカ軍に基地及び演習場として提供しているのか、その人達はご存知なのだろうか。
 基地だけでなく、米軍関係者に住居など生活関連の施設も提供し、税も免除している事実をご存知なのだろうか。
 財政難を理由に日本政府は福祉にかかる出費を削減して弱者により我慢を強いる一方で、巨額の税金を『思いやり予算』として在日米軍に献上している事実をご存知なのだろうか。
 そして米軍関係者が日本で犯罪を犯しても、米軍の同意が無ければ捜査も逮捕もできない事実もご存知だろうか。


 江戸時代末期の1857年に、幕府はアメリカ総領事のハリスに治外法権を認める国辱とも言える不平等条約を結ばされ、その条約の改正を欧米諸国に認めてもらう為に、後の日本政府が大変な苦労をした事は、誰しも社会科の日本史で学んだ筈だと思う。
 その治外法権を認める不平等条約は、1911年に小村寿太郎外相により条約改正された事も、歴史の教科書に載っている筈だ。
 ところが。
 東条英機などのA級戦犯となった愚かな日本の指導者たちが無謀な太平洋戦争を仕掛け、そして破れるべくして破れた結果、例の治外法権を持つ駐留軍が今もなお日本を占領状態に置いているのが現実なのである。
 ちなみに安倍首相はその国策を誤り三百万もの同胞を死に追いやったA級戦犯たちを、『昭和殉難者』と称えている

 多くの国土を基地や演習場として米軍に占拠され、日本国内でありながらそこには日本の法律も及ばす、日本人は米軍の許可なしには立ち入る事も許されない。
 さらにその基地に駐留する米兵とその家族の為の住居は日本の税金で造られ、そしてその米兵らが日本国内で犯罪を犯しても、米軍の同意なしには逮捕どころか取り調べる事すら出来ないのだ。
 戦争法案を推進する安倍首相の支持層には、過去の日本の非を認めると「自虐史観だ!」と怒り、あのアジアの人々を苦しめた日本の侵略戦争を「アジアを白人支配から解放したのだ!」と美化する“歴史修正主義者”が多いが。
 その彼らはこの現実こそを、国辱と感じないのだろうか。

 米軍基地の周辺の住民たちは、米兵の犯罪だけでなく軍用機の騒音にも悩まされている。
 昼夜分かたず離発着する米軍機の騒音対策に、周囲の学校では窓を閉め切りエアコンをかけているのだが、それでも離発着時には授業が続けにくいほどうるさい。
 そして付近住民を何より悩ませているのは、深夜でも構わず離発着する事だ。おかげで付近の住民たちは、夜もろくに眠れない有り様だ。

 有事は昼間だけとは限らないから、夜間に離着陸する訓練が必要なのも理解できる。しかし自衛隊機に較べ、米軍機に夜間の離発着が多いのには特別な理由があるのだ。
 米軍機に夜間に日本の基地を離発着するものが多いのは、アメリカ本土の司令部や国防総省との連絡や行き来に、アメリカ側の勤務時間に合わせているからだそうだ。
 つまりアメリカ本土での勤務時間帯に合わせるのが最優先で、日本の付近住民の安眠などどーでもイイ、という事なのだろう。
 ぶっちゃけ「俺様たちがオマエ等ジャップを守ってやってんだ、ガタガタ文句を言うな」という事だろう。
 それはどうあれ、在日米軍が日本には上から目線で、「地元住民に配慮して仲良くやって行こうという気が無い」という事実は間違いないだろう。
 筆者には、在日米軍は今もまだ占領軍の気分でいるように見えるのだが、日頃何かと言えば同じ日本人を「売国」だの「自虐史観」だの「反日」だのと罵る“愛国者たち”は、この現実については何も文句を言わないから不思議だ。

 で、「軍用機の騒音が余りに酷い」と付近の住民が裁判に訴えて、実際に勝訴してもいるのだが。
 ただ裁判で夜間の離発着を控えるよう命じられるのは自衛隊機だけで、夜間の離発着を盛んに行っている肝心の米軍機の方には裁判所でも何も命じられないのだ。騒音の酷さについては裁判所も認めているにもかかわらず、である。
 何故なら在日米軍は日米地位協定で治外法権が認められ、日本の法律の外だからだ。
 だから夜間離発着の訓練もバンバンやり、アメリカとの連絡にも本国の勤務時間に合わせて夜間に離発着し、どれだけ付近住民を苦しめようと、日本は在日米軍に何も言えないのだ。
 愛国者を自称する人達は、この事にも怒りを感じないんですかねえ。

 ご存知だろうか。
 アメリカでは刑務所も少年院も満杯で、できればそうした矯正施設にあまり収容したくなく、それでさほど重くない罪を犯した若者に、裁判官が「少年院に行くか、それとも軍隊に入るか?」と選択を迫るケースがあるそうだ。
 ……当然、少年院より軍隊を選ぶ者の方が多いわけデス。

 無論、米兵がそうした「少年院行きを逃れて入隊した不良少年ばかりだ」などと言うつもりはない。
 しかし少数ながら、米兵の中にはそうした者もいる事もまた事実なのだ。

 別に不良少年でなくとも、初めて親元を離れて暮らし始めた若者には、羽目を外して無茶をする者が少なくない。
 実際、日本人の若者だって、親元を離れて暮らし始めた時に、大酒を飲んで馬鹿騒ぎをしたり、ドライブで無茶な速度を出したり、ナンパをしたりと羽目を外した暮らしをしている者がいるだろう。
 日本に駐留している若い米兵たちも、ズバリそういう状態なのだ。それで中には、羽目を外し過ぎて罪を犯してしまう者もいるわけだ。
 そしてそれら日本で罪を犯した在日米軍関係者は、日米安保条約に伴う日米地位協定で守られているのである。

 また、我が国内にある米軍基地は、ただ日本を守って下さる為にだけ存在するのではない。
 在日米軍基地、特に沖縄の米軍基地はベトナム戦争の為に大いに利用されていたのは紛れもない事実である。
 ベトナム戦争は日本を含めたアジアを共産主義化から守る為の戦争だった、と強弁する方も中にはいるだろうが。
 しかしベトナム戦争を推進した当時のアメリカの国防長官だったマクナマラ氏ですら、ベトナム戦争は誤りだったと認めている。
 そしてベトナム戦争自体もアメリカの負けで終わったが、日本はもちろん、東南アジアの多くの国も“赤化”はしなかった。

 我が国は日本を守って戴く為に、アメリカに基地と金と治外法権を在日米軍に差し出している。しかしアメリカは、その基地を自国の戦争の為にも活用しているのである。
 そしてもし北朝鮮が暴走して再び朝鮮戦争が起こった場合には、日本の米軍基地は韓国を助ける為にフル活用されるに違いない。
 日本の米軍基地は、ただ日本を守る為にだけにあるのではない。米国が中国や北朝鮮を牽制し、韓国を後方から支える為にも存在するのである。

 にもかかわらず安倍内閣とその与党は、「日本がアメリカ様に一方的に守って戴いている」と考えているようだ。
 そして「アメリカはいざという時に、米兵の血を流してまで日本を守ってくれないのではないか」と怯え、「米軍に日本を守って戴くには、日本人(自衛隊員)の血もアメリカ様の為に流さなければいけないのではないだろうか」と考えた揚げ句に、この度の戦争法案を強行に成立させようとしている。
 こうした安倍首相とその内閣の思考が理解できれば、彼らがなぜあの戦争法案を「日本の平和を守る為のものだ」と強く言い張るのかがよくわかる。
 そしてその安倍首相の近年の中国に対する“怯え”に感化されて、「日本をより強くアメリカに守って貰う為に」と戦争法案に賛成する国民が何割か存在する理由も。
 しかし安倍首相を支持する国民はわかっていないのだ、「あれは自衛隊員の血をアメリカに差し出そうという法案なのだ」という現実を

 繰り返し言う。
 安倍首相が大好きなお祖父サマの岸信介氏が首相在任時に改定した安保条約に、「日本施政権下の領域におけるいずれか一方への武力攻撃に対しては共通に対処・行動する」とはっきり書かれているのだ。
 そしてアメリカ政府は、尖閣諸島が日米安保条約の及ぶ範囲内であると明言している
 だからわざわざ戦争法案など強行して決議せずとも、安倍首相とその支持者たちが恐れるように中国が尖閣諸島を武力で占拠したら、アメリカ軍には自衛隊と共に“対処・行動”する義務が既にあるのだ。
 さらに日本は米軍に多くの基地を提供し、その基地をアメリカの戦争にも利用させている上に『思いやり予算』という名の多額の金を貢ぎ、米兵には治外法権を与えてその犯罪の摘発すらままならない……という有り様なのだ。
 この上さらに今度の戦争法案で、「自衛隊員の血もアメリカの為の戦争で流させよう」というのだから、その卑屈ぶりには呆れ果てる
 安倍首相を熱心に支持する人達は、『売国』とか『自虐史観』とかいう罵声を、意見を異なる人達によく浴びせかけるが。
 安倍首相が押し進めようとしている戦争法案こそが『自虐』で『売国』ではないかと、筆者は声を大にして言いたい。

 安倍首相と彼を支持する「この法案は平和を守る為のものだ」と信じている人達は、「日本を守る為にアメリカ兵に血を流させるのは申し訳ない、だから自衛隊員もアメリカの為の戦争で血を流し、それで対等になれる」とでも考えているのだろうが。
 しかしもし正気で「アメリカと対等の立場に立ちたい」と考えているならば、アメリカ国内にも自衛隊の基地を置かせて貰い、その基地の維持費に『思いやり予算』をアメリカ人の税金から払って貰い、基地と自衛隊員には治外法権を認めて貰わねば、とても“対等”とは言えないではないか

 もしアメリカに「対等なんだから米国内にも自衛隊の基地を置かせろ、その金も出せ、そして治外法権も認めろ」と要求したら、アメリカ人は誇りを傷つけられたと激怒するに違いない。
 だが我が国はアメリカに治外法権の基地を自国内に何カ所も置かれ、その維持費を『思いやり予算』として国民の税金から取られ、米兵の犯罪の摘発もままならない現状を強いられているのだぞ。
 我が国がここまでしていて、もしアメリカがいざという時に「日本は守りマセン、中国に攻められても自力で頑張ってクダサイ」と言うとしたら、それこそ“やらずぶったくり”というやつに他ならないし、そんな役立たずな日米安保条約など、即刻破棄すべきであろう。

 にもかかわらず逆にもっと下手に出て、「どうか日本を守って下さい、アメリカ様の戦争には自衛隊も差し出しますから」とは、その発想が自虐的すぎて、笑う気にもなれない
 そしてそんな戦争法案を、「日本を守る為」と心から信じて賛成する国民が少なからず存在する現実にも呆れる。

 安倍首相は自衛隊をアメリカの良いように派遣するのではなく、「日本の存立危機にかかわる時のみに限定する」と言う。
 しかしそもそも、その“日本の存立危機”という定義そのものが不明確で、内閣の判断によるというのだから恐ろしい。
 先の太平洋戦争も、「満州での日本の権益を認めてくれれば、北支からは撤兵する」などの条件で譲るべきところは譲れば、外交交渉で避ける事が出来たかも知れなかったのだ。にもかかわらず当時の日本の政府と軍部は、米英に1ミリも譲らず逆に仏領インドシナを侵略するという暴挙に出て、石油の禁輸を招いた挙げ句に「我が国の存立危機だから」と戦争に打って出る有り様だった。
 だから政府による国の存立危機の判断など、とても危なっかしくて信用できるものではない

 実際、安倍首相とその内閣も、我が国の存立危機の例の一つとしてホルムズ海峡の封鎖を挙げていたが。国内には約半年分の石油の備蓄があり、また石油の産出国は中東だけではない。
 その半年の間に外交で事態を解決する努力も充分に払わずに、「国の存立危機」として自衛隊の派遣する例として挙げるのは、太平洋戦争を始めたかつての日本政府の発想と全く変わらぬ。
 そう言えば安倍首相の祖父の岸信介氏は、太平洋戦争を始め日本を破滅の縁に追いやった東条内閣の閣僚で、それでA級戦犯の容疑者として逮捕されたのだったな。

 安倍首相の考えでは、そのホルムズ海峡の封鎖でも「日本の存立危機」に該当し、自衛隊を派遣(正確には派兵)する理由になると言うのだから。
 だとすればその時の政府の判断一つで、どんな理由で世界のどこに自衛隊が派遣されるかわかったものではない。
 我が国は資源に乏しく、国民が生きて行くのに必要な物資の多くを輸入に頼っているが。
 そのホルムズ海峡の理屈で言えば、ある国が我が国に必要な物資を輸出しなくなる度に、「さあ自衛隊を派兵!」という事にもなりかねないではないか。

 そもそもこの度の戦争法案では、自衛隊を出動させる「日本の存立危機事態」の基準すら明確にされていないのだ。
 そしてその判断は、「政府に一任しろ」と。
 馬鹿を言うな、海外派兵のような戦争に繋がりかねない重大時を、「政府を信じて一任」など出来るものか!

 かつて国民が政府を信じて従ったが為に特攻などの酷い戦争をさせられ、都市は無差別爆撃で焼け野原になり原爆も落とされ三百万もの日本人が命を落とす事になった事実を、筆者は決して忘れない。
 あの戦争を、「自衛の戦争」とか「アジアを白人支配から解放する為の戦い」などと言う知性と理性と冷静な判断力に乏しい人達(自称愛国者)が、残念ながら今の日本で増えつつある。そしてそれは、安倍首相を支持している層に目立って多い。
 しかし筆者は、太平洋戦争は「避けるべきだったのにその時の日本のアホな指導者達が強行した侵略戦争であった」と断言する

 話は戻るが、日本の本当の危機は遠く離れたホルムズ海峡などではない。
 名指しは避けているが、安倍首相は恐らく中国の脅威に対抗しようとして戦争法案の成立を急いでいるのだろう。
 しかし戦争法案が無くとも日本には日米安保条約があるし、尖閣諸島も日本の施政権下にあるとアメリカの現政権も明言している。
 だからもし中国が尖閣諸島に兵を送れば、日米両軍が反撃する事も、そしてすぐ近くの沖縄には多数の米軍基地がある事も中国はわかっている筈だ。
 さらに中国がたかが尖閣諸島などの小島を手に入れる為に、ただでさえ鈍りつつある経済成長を台無しにする覚悟で、重要な輸出相手である日米両国と戦闘状態に突入するとは考えにくい
 中国が日本の領土を武力で侵す危険は「無い」とは言わないが、冷静に考えれば、中国にとってもそれはデメリットがかなり大きい行為なのだ。

 安倍首相の言う“存立危機事態”が起きる可能性がおそらく最も高いのは、マスコミでは殆ど話題にされていないが北朝鮮であろうと筆者は見ている。
 あの国は経済が崖っぷちの状態で、食料もギリギリの状態にある。
 それでもかつては中国や旧ソ連の援助があったから何とかやって来られたものの、今ではその両国との関係も微妙だ。
 そんな今、もし今年日本を襲ったような台風が北朝鮮を襲ったらどうなるか。
 農業は壊滅状態に陥り、追い詰められた指導部が飢えた国民たちを食わせる為に、韓国へ攻め込む事を決意しかねない。

 実際、北朝鮮の人々の中には「飢えた暮らしをずっと続けるくらいなら、いっそ戦争で死んだ方がマシだ」と言っている人達が現にいるという。
 飢えの苦しみは24時間ずっと続くが、死ぬ痛みは一瞬だ、と。
 で、豊かな“南”に攻め込んで腹一杯食えるなら、その後は死んでも構わない……と。
 台風でも日照りでも冷害でも、近年の異常気象でもし北朝鮮の人々がもっと飢える事になれば、あの国は本当に何をするかわからない

 で、仮に北朝鮮が韓国に攻め込んだとしよう。
 その場合、米韓相互防衛条約により、アメリカは当然韓国に軍隊を送って支援する。
 その時日本は、前回の朝鮮戦争の時のように、対岸の火事として北朝鮮と韓国&アメリカの戦いを眺めていれば良いだけだ。例の“戦争法案”をまだ可決していない今までならば。
 日本には憲法第9条があるし、北朝鮮が直接に日本を攻撃して来ない限りは、自衛隊も動かなくて良いし、動いてはいけないからだ。

 だがもし安倍首相が何としてでも成立させたい戦争法案が可決された後は、事情は全く変わって来る。
 何しろ遠く離れたホルムズ海峡と隣の韓国の戦争では、日本の感じる“存立危機”のレベルが違う。
 当然、政府は日本の存立危機事態に該当するとして、アメリカ軍の“後方支援”という名目で自衛隊を韓国に派遣するだろう。
 しかし「敵の背後に回って補給を絶つ」というのが、軍事の常識である。だから北朝鮮軍は、当然“後方支援”の自衛隊を襲撃するだろう。
 北朝鮮と韓国の間に有事が起きれば、米韓相互防衛条約により米軍も出動するし、戦争法案が成立すれば自衛隊も韓国に行かざるを得ず、そして北朝鮮軍との戦闘に巻き込まれる。自衛隊員にも間違いなく戦死者が出るだろうし、北朝鮮軍に捕虜にされる自衛隊員も出るだろう。
 不時着したヨルダン軍のパイロットが、ISに捕らえられて拷問の末に焼き殺された事はまだ記憶に新しいだろう。もし自衛隊員が北朝鮮に生きて捕らえられたら、どんな扱いを受けるか想像もしたくない。
 我が国民は、そんな事態が起きた時に果たして耐えられるだろうか

 それだけではない。
 歴史問題もあり、反日教育を受け続けてきた韓国人が、アメリカの要請で韓国に駆けつけた日本の自衛隊を、果たして“友軍”と見るだろうか。
 韓国を助けにやって来た自衛隊を、敵と見なす韓国軍の兵士や一般市民も、きっといるに違いない。
 さらにもし筆者が北朝鮮の軍事指導者なら、北朝鮮兵士の一部に韓国の民間人を装わせて、アメリカ兵や自衛隊員を攻撃させる。
 そしてそうした北朝鮮のゲリラ兵や、反日的な韓国兵や市民から思わぬ攻撃を受けた場合、自衛隊員は韓国の一般の善良な市民と北朝鮮人のゲリラを正しく区別できるだろうか。

 で、警戒の余り「やらなければ自分や味方が殺される!」と、誤って罪の無い韓国の一般市民を殺しでもしたら、国際的な非難が浴びせられる事は、ベトナム戦争やアフガン戦争などでアメリカ軍が既に体験している。
 ついでに言えば、韓国とアメリカに巻き込まれて日本も北朝鮮と戦争状態に陥った時、日本人に国内にいる在日朝鮮人と北朝鮮のスパイや破壊工作員の区別がつくだろうか
 いや、それは無理だろうと筆者は確信している。そして北の工作員によりテロや破壊活動が起きた挙げ句に、国内で在日朝鮮人に対する激しい差別が起きるだろう。かつて関東大震災の際に、疑心暗鬼から何の罪もない朝鮮人を虐殺したように。そして日本は、また国際社会から非難の的だ。
 もちろん、在日米軍や自衛隊の基地周辺だけでなく、日本の主要都市が北朝鮮のミサイルの的になる事も覚悟しなければならない。

 戦争法案を「日本の安全を守る為のものだ」と主張している人達は、その北朝鮮という厄災の存在をちゃんとわかっているのだろうか。
 もし北朝鮮が暴発して韓国に攻め込んだ時、戦争法案が成立していれば自衛隊も、まず間違いなくアメリカ軍の“後方支援”に駆り出される事になるのだ

 何度も繰り返すが、戦争法案に賛成する人達が主張する「国際情勢の変化=中国の脅威」には、現行の日米安保条約で充分なのだ。
 日本はアメリカに一方的に守って戴いている……って? とんでもない。我が国は基地を提供し治外法権も認め思いやり予算wwwも出し、米軍機の騒音や米兵の犯罪にも耐えているのだ。
 なのに更に自衛隊員の命までアメリカ軍に差し出そうという安倍首相やその周辺の卑屈さが、どうにも理解できない。
 売国とか自虐とかいう言葉は、この戦争法案を押し通そうとする安倍首相とその支持者にこそふさわしいと、筆者は断言する。

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