空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

今日も林檎の花の写真です

psa530-080409-039.jpg

 以前、津軽を旅した時に、リンゴ園によく「加工林檎あります」という看板が立ててあって。
 まっ、表面に傷があるとかで、ジュースやお菓子などにする為の二級品という事ですが。
 でもそれを、木箱で千円くらいで売っているので、見かけにこだわらない人にはお買い得かも。
 ただ現地の人達は、その加工林檎の事を「クズ林檎」とも呼んでいるらしいです。

 私はかつて、職場の上司に青森の極上の林檎を贈った事があるのですが。
 ところがその生食用の極上の林檎を、上司の料理好きな奥さんにお菓子にされてしまいまして、「極上林檎を、クズ林檎扱いかよ!」と、内心とてもガッカリした事があります。


スポンサーサイト

PageTop

津軽が店頭に出回っています

psa530-080409-032.jpg

 写真は林檎の花ですが、実際には既に店頭に林檎の実が出回っています。
 今は津軽やサン津軽が多いですが、食べやすくて結構好きです。
 山形県産や長野県産などの“津軽”も多く出回っていますが、青森県産のものが一番美味しいに思ってしまうのは、やはり「津軽」という名前のせいでしょうか。
 それはともかくとして、津軽は実が柔らかめでフジなどに比べて日持ちしないので、店頭にある今のうちに食べておかないと、また来年まで食べるのを待たなければなりません。
 だから店頭で津軽を見かけたら、できるだけ買うようにしています。

PageTop

今宵は満月だそうです

psa530-080409-030.jpg

 今夜は満月、だそうです。
 さて、貴男のお住まいの地方では、お月見ができるでしょうか。
 私の住む地方の天気予報では、とりあえず「晴れ時々曇り」という事なので、夜空に雲がかからぬ事を、或いはかかっても雲の切れ間から見えてくれる事を期待して月を見ようと思っています。

PageTop

眞澄の純米酒と、諏訪湖南岸の小さな酒屋の思い出

 もうかなり以前の、筆者がまだ体力も気力も充実していて、殆ど休まずに長距離をドライブしてもまるで平気だった頃の事だ。
 筆者はまだ夜も明けぬうちに家を出て、かなり遠くまで車を走らせて写真を撮りまくり、そしてまた夜遅くに家に帰り着くような事をよく繰り返していた。

 そんな調子で、一時期は長野県に繰り返し通った。
 乗鞍や安曇野や白馬や戸隠など、あちこちの景色を堪能し、そして各地の美術館も観て回った。
 ただ長野県を走って少し面倒だなと思うのが、諏訪湖の周辺を通過する事だった。
 諏訪湖の北岸の諏訪市から岡谷市までの間を通る国道20号線は、信号も多く踏み切りもあって、混雑しがちでスムーズに走れない事が少なくなかった。

 傍らには中央高速道路があるから、今なら躊躇わずにそちらを使う。
 だが当時は金が無く、しかし体力と気力はあったから、高速道路は極力使わずに、早起き(時には徹夜)をしてでも一般道を走り抜いて長距離ドライブをするのが常だった。
 しかしそれでも、混雑しがちで信号も多い国道20号線の諏訪湖のあたりを通るのは「面倒だな」と思っていた。

 そんな時に、諏訪地方出身の知人から「だったら諏訪湖の南側の県道を使うと良いよ」と教えていただいた。
 実際に走ってみると、その諏訪湖の南岸沿いを走る県道は、北岸を通る国道20号線よりずっと走りやすかった。
 諏訪湖の周辺は、人家は主に諏訪湖の北岸のさほど広くない平地に密集している。
 それに対し山が近くまで迫っていて、人家も比較的少ない県道沿いの南岸の方は、道も真っ直ぐで信号の数も交通量も少なく、国道20号線よりずっと走りやすかった。
 それで長野県に行き、諏訪市を通る時には、いつも諏訪湖の南側の県道を使うようにした。

 そのようにして間もない頃、日がすっかり落ちてから例の諏訪湖の南側の県道を通った時、道沿いにある一軒の酒屋の明かりがふと目に留まった。
 その頃の筆者は、地酒にかなり興味を持っていた。で、どこかに出かける度に、その土地の酒を買って帰っていた。
 だから明かりに引き寄せられる蛾か何かのように、車を止めてその酒屋に立ち寄ってみた。

 その酒屋は近代的な酒屋とはほど遠く、いかにも古めかしい木造の小さな店で、入り口の引き戸も桟も木で出来ていた。
 そして奥の畳の間からゆっくりと出て来た店の主もまた、どう見ても七十代、もしかしたら八十に手が届こうかというお爺さんだった。

 顔見知りの近所のお得意さんばかり相手にしているような、地域の小さなお店は、通りすがりの観光客には気詰まりで居心地も良くないことがよくある。
 しかしその酒屋の主のご老人は、通りすがりの一見の客である筆者を柔らかな笑顔で迎えてくれた。そして「何をお求めで?」と尋ねるでもなく、筆者が店内の商品を見て回るのを、笑顔のままゆっくり待っていてくれた。
 そして選んだ酒を買って店を出る時も、穏やかな笑顔で送ってくれた。

 筆者はその店を気に入って、長野県に行き例の諏訪湖の南岸の県道を通る度に、その小さな酒屋に立ち寄るようになった。
 そして何度か通ううちに、店の主人は筆者の顔を覚えてくれ、雑談もするようになった。

 マニュアル化されているチェーン店と違って、個人商店の空気や対応は、その店の主によって千差万別であるが。
「接客とは、なかなか難しいものである」と、つくづくと思わされる。
 店に入ると即座に「いらっしゃい!」と大声で迎えられ、じっくり品定めをする暇も与えずに寄って来られ、「何をお探しで? ご予算は?」などと尋ねられると、欲しいものが無くても何か買う事を強要されているような気がして居心地が悪くなってしまう。
 かと言って、殆ど空気扱いで笑顔ひとつ見せずに放っておかれるのもまた、あまり良い気分ではない。

 実際、観光地でない地方の個人商店ではよくあるのだ。チラリと一瞥して「顔見知りのお得意さまじゃねえな」と見切った後は「いらっしゃい」の一言もなく、店主は仏頂面のままただレジの向こうに突っ立っているような店が。
 そんな時には商品を急いで見て、欲しい物が無ければすぐさま退散し、あったら買いはするものの、「この店では二度と買うまい」と心の中で決意する。

 その点、例の諏訪湖の南岸の小さな酒屋のお爺さんは理想的だった。
 一見の客である筆者を「いらっしゃい」と笑顔で迎えた後は、余計なことは言わず、しかし笑顔のままゆっくり品物を見定めさせてくれた上で、気持ち良く送り出してくれた。
 それで諏訪を通る時にはその店に立ち寄るようになり、顔を覚えてもらった後は言葉を交わすようにもなったが、その店主との会話は売り手とお客と言うより、お酒に詳しい近所のお爺さんと酒談義をするような、ごく自然な感じだった。

 そこはただ店の主が好感の持てる方だというだけでなく、小さいながら地元の日本酒は意外に数多く揃えていた。
 ウイスキーやワインなどは見当たらず、ビールすらさてあったかどうかというくらいで、殆ど日本酒専門店という感じだった。
 しかもその日本酒も、CMをバンバン流しているような大手のものは置いてなく、地元の諏訪周辺のものばかりを多彩に取り揃えていた。
 諏訪の銘酒と言えばまず真澄だが、麗人舞姫その他の酒もいろいろそこで買う事ができた。確か隣の茅野市のダイヤ菊も置いてあったと思う。

 とは言え、その店に立ち寄るのは長野県まで写真撮影や美術館巡りに出かけた時のみだから、そう頻繁に行ったわけではない。
 しかも残念ながら筆者は少しの酒ですぐ酔ってしまう下戸のうちだから、立ち寄っても四合瓶の酒を一本か二本買う程度で、決して上得意と言えるような客では無かったが。
 それでも店主のお爺さんは筆者をちゃんと覚えていて、いつも温かい笑顔で迎えてくれた。

 そしてその店主のお爺さんは、筆者に決して自分から勧めて酒を売りつけようとはしなかった。
 いつもの穏やかな笑顔のまま筆者が酒を選ぶのをゆっくりと待ち、「これはどんな酒?」とか「これとあれはどう違うの?」とか尋ねると詳しく教えてくれるのが常だった。

 筆者は以前は、日本酒は大嫌いだった。
 反知性主義に染まった右翼たちが恥知らずにも「自衛の戦い」や「アジアを白人支配から解放する戦い」などと美化する、あの無謀で阿呆な太平洋戦争のおかげで米不足になり、以来、日本では酒にアルコールを混ぜ大量の水を加えて嵩増しし、そして薄まった味を糖類や酸味料などを添加して誤魔化す悪習が広まった。
 その酒を“三増酒”とも呼ぶが、アルコールと水などで本来の酒を三倍にも嵩増し出来るのだから、メーカーとしては美味い話だよね。
 だから戦後に日本が復興してむしろ「米余り」になった後も、アルコールと水による酒の嵩増しと糖類や酸味料などの添加は続けられた。

 旨いわけ無いだろ、アルコールと水で嵩増しした上に、その薄まった味を糖類や酸味料などで誤魔化したまがい物の酒が。
 以前の大手メーカーの日本酒は殆ど“それ”で、だから昔の日本酒は本当に酷い味だった。ただ酔っぱらう為に飲むものであって、その味や香りを楽しめるようなものでは無かったのだ。
 だから戦中戦後の物の無い時代に酒を飲み始めてその酷い味に慣れた者は別として、戦前のちゃんとした酒の味を知っている者や、世の中が豊かになってから酒を飲み始めた者たちの多くが日本酒にそっぽを向くようになった。

 で、主に若い世代の間で日本酒離れが進み、「これはいけない」と危機感を抱くようになったのが、地方の意欲ある酒蔵だった。
 実際、吟醸酒や純米酒を積極的に造って売り出したのは地方の意欲ある酒蔵で、大手のメーカーはコスト軽減と利益率の方を優先し、オートメーション化した大工場で少なからぬ量のアルコールなどを加えた安い酒を作り続けた。
 その現状は今でも大して変わらず、国内や世界で高い評価を受ける日本酒は、みな地方のあまり大きくない酒蔵で造られている。大メーカーは吟醸酒や純米酒も出してはいるものの、その評価はさして高くなく、主力商品は現在も大量に安く売られている紙パック入りの“アル添酒”だ。

 筆者は青森県を旅行した時に、箱絵に目をひかれて衝動買いした、青森県上北郡の桃川株式会社の『ねぶた純米酒』で、日本酒の旨さに目覚めた。地方の酒蔵が伝統を守って真面目に造った日本酒は、テレビCMで誰もがその名を知っているような大メーカーがアルコールなどあれこれ混ぜて作る怪しげな酒とは、味も香りもまるで別物だった。
 無論、地方の小さな酒蔵が造っている地酒すべてが旨いわけではない。しかし手を抜かずに真面目に高品質酒造りに取り組んでいる酒蔵の酒は、本当に旨いのだ。
 越乃寒梅や久保田や八海山などの、今では有名になり過ぎたような地酒でなくとも、地元の人々にしか名の知られていない酒の中にも旨い酒は本当にいろいろある。

 筆者は地酒に目覚めて日本酒を飲み始めた頃には、香りが良くスッキリとした味の淡麗辛口系の酒を好んだ。しかしいろいろ飲むうちに淡麗辛口ではやや物足りなくなり、スッキリした中にも味に深みと力強さのあるものが好きになってきた。
 で、例の諏訪湖の南岸の小さな酒屋で、店主のお爺さんといろいろ話しながら、山廃や生酛から濁り酒まで、いろいろな種類の日本酒を飲んでみた。
 そしてその酒屋にあった諏訪近辺の酒をあれこれ試した後で「真澄の純米酒が一番好きだ」と言ったら、店主のお爺さんはにっこりして、「離れて住んでいる息子が帰って来た時には、真澄の純米を一緒に飲むのだけれど、つい飲み過ぎて足腰が立たなくなってしまう」と、とても嬉しそうに話してくれた。

 その小さな酒屋に行くと、出て来るのはいつも同じお爺さんで、「息子さんも店の跡は継がないのだな」と、少し寂しく思った。
 そしてそれから暫く後にまたその店に寄ったところ、出て来たのは奥さんらしいお婆さんで、いつものお爺さんの姿は無かった。
 そしてお婆さんは殆ど無言で、と言うより不機嫌に近い空気をずっと放っていて、「ご主人はどうされました、お元気ですか?」と尋ねることすらはばかられる感じだった。
 で、例の真澄の純米酒を一本買って、そそくさと家路を急いでしまった。
 次にその店に立ち寄った時にも同じ事が繰り返されて、お爺さんの様子を聞くことも出来ないまま、その店に立ち寄る事すら止めてしまった。

 また、筆者は元々身体があまり強くないのだが、今では通院と薬の服用が欠かせない状態になってしまっている。
 それで車で遠出をする事もめっきり減り、長距離をドライブする時には財布をはたいてでも高速道路を使うようにしている。
 だから長野県に行く事があっても、いつも目的地の近くまで高速道路で行っていて、例の諏訪湖の南岸の県道すら、もう長いこと通っていない。
 そのため、あの古びた小さな酒屋が今もまだあるかどうかすらわからないでいる。

 その後、幸いな事に真澄は筆者の住む市の銘酒ばかり扱っている、こだわりの強い頑固一徹な店主(アル添の日本酒や、副原料入りのビール類は大嫌い)が経営する酒屋でも売っている事を知った。
 筆者は普段その店でスコッチを買っているが、年に一度か二度くらい、真澄の純米酒も買って飲んでいる。
 そして飲む度に改めて「旨い」と思い、同時にあの諏訪湖の南岸の小さな酒屋のお爺さんの、柔らかで穏やかな笑顔を思い出す。

PageTop

戦争法案を成立させた本当の愚か者は誰か

 安倍政権が言う“平和安全法制”こと戦争法案が、とうとう国会で強行採決された。
 この戦争法案の成立に、世論調査によれば過半数の国民が反対しているが。
 しかしそれでも三割近くの国民が、この戦争法案の成立に賛成しているという。
 そして戦争法案に賛成する彼らは、口を揃えて中国の脅威をその理由に挙げるのだが。

 少し考えてみてもらいたい。
 例えば身近に威嚇的で怖い巨漢がいるとして、だから「いざという時にその巨漢から守って貰う為に、また別のもう少しマシなマッチョで強い人の子分になっておこう」というのは、まあわかる。
 結局、それが日米安保条約というやつだ。
 その為に日本は、国内の土地を何カ所も治外法権の基地として米軍に差し出し、“思いやり予算”という貢ぎ物もし、駐留する米兵が引き起こす犯罪にも耐えている

 日本は決してタダでアメリカ様に守っていただいているわけではなく、ちゃんとそれなりの代価を払っているのだ。
 更に日本のあちこちに米軍基地が存在する事で、アメリカは中国や北朝鮮を牽制する事も出来ている。
 中曽根康弘氏が首相在任時に、日本をアメリカ軍の“不沈空母”と語って物議をかもした事実があるように、日本はアメリカ軍のアジア地域の重要な戦略拠点でもあるのだ。
 在日米軍基地がただ日本を守る為だけに存在するのではなく、アメリカの戦争にも役立っている事は、ベトナム戦争がよく証明している
 もし日米安保条約が無く、日本に米軍基地が置けないとしたら。日本や韓国や東シナ海はもとより、南シナ海や東南アジアすべてが容易に中国の勢力圏内に組み込まれてしまうだろう。
 そしてそれは、アメリカにとっても絶対に望ましくない事態であろう。

 我が国は決して、好意とお情けでアメリカ様に守っていただいているわけではないのだ。
 だからもし中国が我が日本の施政権内に軍事侵攻するような事があれば、その時には胸を張って「日米安保条約により、自衛隊と共に戦ってくれ」と米軍に要求すれば良いだけだ。
 事実、安倍首相が敬愛する祖父の岸信介氏が首相在任時に改定した安保条約に、「日本施政権下の領域におけるいずれか一方への武力攻撃に対しては共通に対処・行動する」と明記されている。

 その事実にあえて目を瞑り、あたかも日本がアメリカの好意でタダで守っていただいているような「安保ただ乗り論」を主張し、「アメリカに見捨てられ、いざという時に中国から守って貰えないとコワいから、日本もアメリカの戦争に協力しよう」というのが、先日、安倍内閣が強行採決した“平和安全法制”こと戦争法案なのだ。
 南シナ海でフィリピンやベトナムが中国軍と衝突した時にも、北朝鮮が韓国に攻め込んだ時にも、自衛隊もアメリカ軍の後方支援について行きましょう。
 これが安倍首相が「平和を守る為」と称する、この度の安全保障関連法の正体
なのだ。

 ジョージ・オーウェルの名著『1984年』の中で、独裁的な社会主義国家となった未来の英国で国民が政府に洗脳され、言語も“ニュースピーク”に統制され、「戦争は平和である」と言われるようになるが。
 自国を守るのではなく、アメリカ軍について他国にまで戦いに出て行こうというこの法律を、「平和を守る為の、平和安全法制」と称する安倍政権のやり口は、オーウェルの描いた『1984年』のニュースピークそのものではないか。

 断っておくが、筆者は思想的には保守だ。経済難民の受け入れにも、同性婚にも夫婦別姓にも反対だし、憲法第9条は非現実的だと思うし、自衛の為の戦争は当然の権利と考えている。
 しかし安倍政権と安全保障関連法には、断固反対し続ける。

 筆者は生まれた時から小柄で、しかも喘息などの持病があり病弱だった。さらに家の事情で、東京から地方の市に引っ越さざるを得なかった。
 都会から引っ越してきた小柄で弱そうな男の子が、引っ越した先の学校でどんな扱いを受けるか、おそらく容易に想像がつくだろう。
 当然、イジメられたさ。

 ただ筆者は小柄で体力も無くても、気だけは強かったからね。その度にブチ切れて文字通り「狂ったように」暴れ回って、「アイツはヤバいヤツだから、あんまり手出ししないようにしておこう」という風に持って行ったよ。
 筆者の幼い頃には、学校だけでなく社会全体が「いじめっ子より不登校の方が重罪で問題児」という雰囲気で、イジメられても引き籠もりなんて許されなかったのだ。だからいじめっ子たちのドレイになってイジメられ続けて生きるか、さもなければ体を張って戦うか、どちらかしか道は無かったんだよね。
 それで筆者は、どんなに殴られ蹴られようと、戦い続ける方を選んだわけだ。

 もちろん、筆者の生存とプライドを賭けた死にものぐるいの“戦い”が学校全体を変え、「イジメはやめよう」という空気が生まれました……なんて美談にはならなかったよ。
 筆者は「キレるヤバいヤツ」というレッテルを張られて敬遠され、ターゲットは他のもっと弱い者に変わっただけの話で、イジメは相変わらず校内に存在し続けたよ。
 ただ筆者は、少なくとも“自衛”する事だけは出来た。
 同時に、筆者に出来るのはそこまでだという事も、戦う過程でよくわかっていた。
 数の力の強さも暴力の怖さも、身にしみてわかっていたからね。

 結局、学校だけでなく人の世界すべてを動かしているのは理屈や理想論ではなく“力”だし、戦争も含めて暴力も絶える事は無い
 筆者は子供の頃から皆に殴られて、それでも歯を食いしばって一人で殴り返す事で生きて来たからね。だから「暴力は絶対にいけない」とか「話せばわかる」とかの綺麗事は大嫌いだ。
 個人であって国家であれ、「話も道理も通じないヤツら」は必ず存在するのだ。

 ただ、筆者が学校でイジメられた時に、ブチ切れてやり返す事でなぜ“自衛”できたのか。
 それは筆者がひたすら「やられたら、やり返す」事だけに専念していて、自分からいじめっ子たちに喧嘩を売ったりしなかったからだ。
 筆者は「やられたら、やり返す」けれど、いじめっ子たちが他で何をしていようが全く構わずにいた。だからいじめっ子たちも、やがて筆者の事は無視して構わないようになった。
 もし筆者が正義感ぶって、自分からいじめっ子たちに喧嘩を売って手を出していたら、それこそフルボッコにされて今頃は生きていなかったと思う。

 敵の数が多くて強大な時には、奮戦すれば自衛までは出来る可能性はある。しかし力の勝る相手を完全に打ち破ることは、現実的に不可能なのだ。いくら道理と正義が我が方にあるとしても、だ。
 ベトナムは、「戦争であの強大なアメリカに勝った!」と自慢しているが、果たしてそれは事実だろうか。
 勝ったと言っても、「米軍を国内から撤退させた」だけはないか。アメリカ本土にまで攻め込み、ホワイトハウスにベトナム国旗を立てたわけではない。
 しかもアメリカはベトナムに軍事的に負けたと言うより、アメリカ国内外で盛り上がった反戦の世論に負けたのだ。それが現実である。

 ただ戦争と言っても、国内に侵略して来た敵軍と戦って自国を守り抜く事と、国の外に出て時の政府が閣議で敵だと決めた相手と戦う事とでは、意味も中身もまるで違ってくる
 そして前者がこれまでの憲法解釈で認められていた自衛権であり、後者まで可能にしたのが安倍内閣が“平和安全法制”と称して強行可決した戦争法案である。
 日本に攻めて来た敵と戦って撃ち破るのは、正当な自衛の為の戦いである事に疑問の余地はない。だが国外にまで出て戦うとなると、それはもはや「自衛の戦い」ではなく、今度は我ら自身が侵略者の立場になるのだ。

 例えば小泉政権時代に、PKOでイラクに派兵された自衛隊がもし武器を取って戦うような事態に陥って死者も出したとしたら。
 現地のイラクの人々は、自衛隊を友軍と見ただろうか、それとも侵略軍と見ただろうか。

 仮に近未来に北朝鮮が、経済の破綻と食糧難の末に韓国に攻め込んだとしよう。その時には米韓相互防衛条約により、当然アメリカ軍は韓国に救援に行く。そうなれば安倍首相と与党(自民党だけでなく“平和の党”を標榜していた公明党も含む)が強行可決させた平和安全法制こと戦争法案により、自衛隊も“後方支援”に韓国に派遣される事になるのだが、果たして韓国の人々は、日本の自衛隊を援軍として歓迎するだろうか。
 筆者には、それらが甚だ不安である。

 安倍首相とその一味が強行可決させてしまった安全保障関連法に賛成する人々に聞きたい。
 貴方は日本の自衛隊員に、アメリカの戦争について行かせ、どこか国外で血を流させる覚悟があるのだろうか。
 貴方は自衛隊員に祖国日本を侵略者から守る為の戦いでなく、「アメリカの為に北朝鮮軍と戦って韓国で死ね」と言えるだろうか。
 或いは、PKOだからと「南スーダンやシリアやイラクやアフガニスタンで戦って死ね」とか言えるだろうか。


 筆者は、自衛隊が血を流すのは日本の施政権内に侵略して来た敵から祖国を守る為のみでなければならないと考えている。
 しかしそれを完全にぶち壊してしまったのが、安倍首相とその一味が強行可決させた戦争法案だ。

 あの法律は日本を守る為ではなく、日本がアメリカの戦争を助ける為のものなのだ。だからこそアメリカは法案の早期の成立を安倍首相や防衛省の幹部に求め、そしてその成立を大歓迎したのだ。
 だからアレを“平和安全法制”と称するなど、オーウェルの『1984年』が描いたニュースピークの「戦争は平和である」レベルの大嘘で、実態は“戦争法案”で間違いないのだ。
 それがわからない人がいるとしたら、それこそ日本の国益を損なう売国奴か大馬鹿野郎だ。

 ここで再び、中国の脅威について考えてみよう。
 戦争法案に賛成する国民たちは、決まって中国の脅威を理由に挙げる。
 しかし以前にも、そして今回も触れたように、中国の脅威に対応して我が国を守るには、現在の日米安保条約だけで充分なのである。
 にもかからず、その日米安保をアメリカのお情けと誤解し、いざという時に見捨てられる事を怯えて、アメリカの戦争に自衛隊も差し出す約束までして「日米同盟をより強固にするのだ」と言っている人達の売国ぶりと自虐ぶりには呆れ果てる。

 繰り返すが、今回可決された安全保障関連法は、日本の国土と国民を守る為のものでなく、アメリカの戦争に自衛隊をついて行かせる為のものなのだ。
 あの東日本大震災であれだけ活躍し、今月の鬼怒川などの氾濫でも精一杯働いてくれた我らが同胞の自衛隊員たちを、異国の戦場に送ろうというのだ、安倍首相とその一味は
 そしてその法案の成立に、国民の三割近くが賛成しているのである。

 これまでは、中国もある意味で日本に安心していられた。何しろ憲法第九条が厳然としてあり、自衛隊は存在するものの、あくまでも日本を守る為のものであり、戦って人を殺した事はただの一度も無いのだ。
 だから過去に侵略されたとは言え、日本がすぐまた攻めて来ると思っている者は、中国にも殆どいない筈だ。
 平和憲法に縛られている自衛隊は日本から出て来る事はなく、中国も「こちらから手出しさえしなければ大丈夫」と安心していただろう。
 中国が日本の軍事力を本気で心配せねばならない場合があるとすれば、それは武力で日本を侵略する事を決意した時だけであったのだ。

 しかし今後は違う。中国は南シナ海に軍を送り、南沙諸島や西沙諸島を軍事力で占拠して、フィリピンやベトナムと揉めている。そこでもしフィリピンと中国の間で軍事衝突が起き、フィリピンの友好国でかつ旧宗主国のアメリカが軍を送って支援したとしたら、日本の自衛隊も後方支援と称して出て行く可能性が少なくない。
 当然、中国は「自衛隊が日本の施政権内から出て来て、中国軍と対峙する可能性が現実的に高くなった」と見るに違いない。
 つまり中国から見て「こちらから手出しさえしなければ大丈夫」だった日本が、安倍首相が無理押しに可決させた戦争法案により「現実に敵として出て来る可能性のある相手になった」という事だ。

 それにしても、安倍首相とそのお仲間や、アメリカの顔色ばかり見て戦争法案を推し進めた外務省や防衛省の幹部たちは、自分の体を張って生きるか死ぬかの喧嘩をした経験が本当にあるのかどうか疑問だ。
 筆者はイジメに精一杯の反撃はした。しかし自分の体力の無さも、相手の数の多さや強さもよくわかっていたから「やられたらやり返す」だけの“自衛”に留めた。
 本当は敵のいじめっ子たちに、復讐してもっと痛い目に遭わせてやりたかったさ。でももし相手が本気で腹を据えて徹底的にやる気でかかって来たら、殺されかねないとわかっていたから諦めたんだよ。
 つまり筆者のイジメとの戦いもベトナム戦争のベトナムと同じで、反撃して自分には手を出さないようにさせただけで、決して相手を倒したわけでも、イジメを無くしたわけでもなかったんだ。
 いくら相手が憎たらしくても、死にたくなければそれ以上強気に出ちゃいけない……って限度があるんだよ。

 でも安倍首相の一味と、彼らが強行可決させた戦争法案を支持する人達は、何故か「日本がよりアメリカにくっつく姿勢を見せれば、中国は怯えて引き下がるだろう」って盲信しているんだよね。
 アメリカ様の威を借りて「おいコラ、痛え目に遭いてえのか!」と脅せば、何で中国がビビると信じているのか、その根拠が筆者には理解出来ない。

 中国の力にはこちらも力を、というのだろうが。
 しかしだ、ガンをつけられたからと「やんのかコラ!」と凄んだら、相手がビビるどころか、むしろ「おう、やってやらあ!」と相手もより本気になって力で応じる可能性を考慮していなかったとしたら、安倍首相と戦争法案に賛成する国民たちは全くの愚か者だ。

 事実を言おう。
 日本の戦争法案成立に、中国は全くビビっていない。
 その証拠に中国の国際情報誌『環球時報』は9月18日の社説でこう書いている。
中国は日本の選択に影響を与えることはできないが、唯一できることは軍事力をさらに一歩大きくすることだ
 ま、現実を見れば安倍総理とその一味がゴリ押しして成立させた戦争法案は、日本に平和をもたらすどころか、中国により軍事力を強くする決意をさせただけ……という事ですな。
 そしてもし中国がその通りに軍拡をさらに押し進めたら、この戦争法案を強行可決させた安倍総理とその一味(与党である公明党も含む)は、どう責任を取るつもりなのだろうか。

 ついでに言えば、WAC出版の『歴史通』などの右翼系のオピニオン誌で、「東南アジア諸国は、日本のおかげで白人支配から独立できたのだ!」とよく得意げに書かれているが。
 その日本が解放したwww東南アジアのインドネシアの有力紙『コンパス』は、9月19日の社説で「軍国主義の復活のきっかけになるのではという懸念が国内外にある」と書いている。

 そうした懸念は東南アジアだけでなく、フランスの国立シンクタンクの日本研究者も、安倍政権の安全保障関連法の強行可決についてこう批判している。
全体主義の過去への回帰で、日本の民主主義を弱める。日本が通常の軍隊を持つことには賛成だが、それはあくまで、民主主義的な政権によることが前提で、今の日本は本当の意味での民主主義国家とは言えない
 どうですか。
 フランスの国立シンクタンクの日本研究員にも、安保関連法案は全体主義の回帰で、安倍政権は民主主義的な政権とは言えないと批判されているのが現実なのだ。

 それにしても、近年やけに勢いの増している右翼系のオピニオン誌で、「中国軍は、実はこんなに弱い!」とか「実際に戦えば自衛隊が圧勝!」というような記事を時折目にするが。
 そう言いつつ、その“弱い中国軍”が脅威だから戦争法案が是非とも必要だ……というのだから、右翼の人達の言う事は矛盾し過ぎていて笑える。
 中国軍は弱いのか、それとも強くて脅威なのか、ハッキリさせてほしいですね、右翼系のオピニオン誌の編集者の皆さんとライター達は。

 もし右翼系のオピニオン誌で書かれているように中国軍が弱くて自衛隊が圧勝なら、そもそも「日本の平和を守る為の平和安全法制」なんて、全く必要ない筈じゃないデスカ。
 その自己矛盾に気付きすらせずに、「中国は弱い、日本は強い!」と言って自分のチンケなプライドと愛国心を満たす一方、安全保障関連法については日本を戦争できる“普通の国”にする為にゴリ押ししようとするのだから、その厚顔無恥に呆れ果てる。

 安倍首相が「日本の平和と安全を守る為に」と、オーウェルの『1984年』にあるニュースピーク顔負けの詭弁を弄し、強行可決までして成立させた戦争法案だが。
 その「力には(主にアメリカの)力を」の政策は、結局は中国をビビらせるどころか、中国にさらに一層の軍拡を決意させる結果になりそうだ。
 これで日本国内が侵略されてもいないのに、平和安全法制こと戦争法案により動員された自衛隊員が、もしも国外の戦場で命を落とすような事態になったら、安倍首相とその一味はどう責任を取るつもりなのだろうか
 いや、安倍首相だけではない、その際に責任を負わねばならないのは、選挙で与党議員に投票した有権者と、戦争法案の成立に賛成した国民全員なのだ。

 知っているだろうか。
 あの独裁者ヒトラーが、当時最も民主的だと言われたワイマール憲法下のドイツで、公正な普通選挙で国民に選ばれて権力の座に就いたという現実を。
 民主政治というのもは恐ろしいもので、いつ衆愚政治に落ち、さらに独裁者を生み出すかも知れない危険を伴っているのだ。
 ヒトラーはもちろん悪いが、もっと悪いのはナチ党に投票し彼を政権の座につけた有権者たちである。
 彼ら国民がムードに流されずにものの本質を見抜く正しい目を持ち、ナチ党とヒトラーに投票しなければ、ヒトラーとその一味は「頭のおかしな右翼」で終わり、世界はあのような惨禍を被る事は無かった筈だ。

 日本でも、それは全く同じ事が言える。
 この度の戦争法案の強行可決について、フランス国立シンクタンクの日本研究員は「全体主義の過去への回帰」と言い、安倍政権についても民主主義的な政権ではないと見ている。
 こんな安倍首相とその内閣を、まだ半数近い国民が支持し、そして戦争法案にも三割近くが賛成しているのが現実だ。
 今や安倍首相は“日本のヒトラー”で、政権与党もナチス党化していると見ているのは筆者だけだろうか。

 内閣法制局長官に、自分の息のかかった者を置き。
 NHKの会長や経営委員にもお仲間を送り込み、報道番組を骨抜きにして、安倍大本営発表放送協会にして。

 そして憲法や法律を無視して戦争法案の成立を強行する姿を見ていると、筆者には安倍首相は「民主主義の中から生まれながら、民主主義を踏みにじって独裁を目指している、悪い意味でいかにも長州出身らしい政治家」としか思えない

 しかし、そんな安倍首相を支え、戦争法案の成立を許してしまったのは、我ら国民自身ではないか!
 安倍首相とその一味も悪い。
 そしてかつて政府と軍にすり寄って戦争に荷担した罪も忘れ、政権にすり寄りその提灯記事ばかり書いている読売新聞や産経新聞などのマスコミもクソ過ぎると思う。
 だが筆者が最も悪いと思うのは、そんな安倍首相とその一味を支持し続けている国民だ。
 何故なら、国民が今のように支持し続けているからこそ安倍氏は首相でい続けられ、戦争法案も可決させられたからだ。

 はっきり言う。
 毎日新聞の世論調査では、安全保障関連法の成立を評価しない者も、強行採決を問題だと思う者も、違憲だと思う者も六割前後いるという。
 しかし安倍首相に力を与えたのは、安倍首相の率いる自民党を国政選挙で勝たせ続けてきたのは、我ら国民自身ではないか。
 今になっていくら悔やんで反対しても、もはや遅いというものだ。

 かつて「自民党をぶっ壊す!」と絶叫して国民の支持を得た小泉純一郎元首相だが、彼がした事と言えば海外の投資家を儲けさせ、正社員を派遣社員ばかりにして「日本をぶっ壊した」だけではないか。
 しかし多くの国民は、かなり後になるまでその現実に気付かず、小泉氏が首相を辞めた後も復活を期待する者がかなり多くいた始末だ。

 筆者自身の事を言えば、本質的に保守ゆえに20世紀の間はほぼ自民党に投票していた。
 しかし小泉氏が首相になって以来、筆者は一度たりとも自民党の候補者に票を入れた事は無い。
 あの「ブレない」と国民に大評価された小泉氏の政治姿勢は、「話し合いを基本とする民主主義を否定する、独裁も同然の危険なもの」と見ていたからだ。
 だから筆者は初めから小泉氏が嫌いで、八割もの国民が小泉氏を支持して熱狂している様子を情けなく思いながら眺めていた。
 ちなみに筆者は橋下徹氏も全く信用していないし、その支持者の気持ちや思考がまるで理解できない。
 また、石原慎太郎氏も、下品で野蛮なジジイのネトウヨとしか思えない。
 そして安倍首相は、戦後の日本の首相で筆者が最低だと思う人間である。

 戦後の首相の中には、確かに無能な者や、賄賂や女性問題で退陣に追い込まれた者が何人もいた。
 しかしいくら無能だろうが、金を貰おうが女に手を出そうが、彼らは日本を再び戦争できる国にはしなかった
 内閣法制局やNHKを骨抜きにして、法律も報道も内閣の思いのままにしようとはしなかった
 御用学者と御用マスコミを操り、法律でなく内閣の判断一つで日本を動かし、戦争への道まで開いた安倍首相は「間違いなく戦後最低最悪の首相である」と筆者は断言する。
 そして同時に、そんな安倍政権をずっと支持し続けている有権者たちも「戦後最低レベルである」と言いたい。

 この度の戦争法案の問題で、過半数の国民にもやっと安倍首相の正体が見えて来たと思うが。
 しかし安倍首相本人は、「明治維新から百五十年目になる2018年も、長州出身の首相(つまり自分)で迎えたい」と言っており、長期政権への意欲が満々である。
 それどころか、自民党内には「東京オリンピックも安倍さんにやらせたい」という声があるらしい
 その安倍首相の見果てぬ野望を阻止できるのは国政選挙だけだが、それを来年まで待たねばならないのがひどく辛い。
 いや、待っても今の日本国民では、再びまた安倍自民党を勝たせて、安倍首相を本当に独裁者に押し上げてしまうのではないかと、ひどく恐れている。

 小泉政権が誕生して以来、筆者は「日本の政治家に」というより「日本の有権者に」失望してばかりだ。
 どうか日本の有権者の皆さま、筆者を失望から絶望のどん底に突き落とさないでほしいと、心の底から願う。

PageTop

猫バカ

psa530-080404-010.jpg

 我が家の庭によくやって来る野良猫さんです。
 危害など全く加える事なく庭先を提供して差し上げているのに、相変わらず人には威嚇的です。
 こんな子でも「可愛い」と思って居付くことを許してしまう私は、本物の猫バカです。

PageTop

青森VS長野

psa530-080409-027.jpg

 何度も言いますが、我が家の林檎の花は赤なんです。

 林檎の産地はいろいろありますが、まずは青森県と長野県ですよね。
 そのせいかお互いにライバル心があるらしく、青森と言うか津軽出身の友人は「林檎はやっぱり青森のが一番!」と言うし。
 けれど長野県出身の友人は、「林檎は長野のが良い、青森のは美味しくない!」と言い張ります。
 さて、青森産リンゴと長野産リンゴの優劣、貴方はどちらの肩を持ちますか?

 どちらの県にも知人のいる私としては、うーん、個人的に青森県に軍配を上げたい所ですが。
 でも一度食べた、飯田市の完熟の蜜入りのフジ、メチャ美味かった!

 というわけで、結局はどちらも美味しくて引き分け、という事で……。
 チキンですね、私も。

PageTop

我が家の林檎の木の花はなぜ赤いのか?

psa530-080409-023.jpg

 林檎の花と言うと、普通は白ですよね。
 なのに我が家の林檎の木は、赤い花を咲かせます。

 不思議に思ってネットで調べてみたところ、メイポールという授粉用の林檎なのだそうで。
 実はたまにしかならず、なっても小さくしか育たないのですが。
 例え育っても酸味が強く渋みもあり、食用には適さないそうです。

 別に選んでこの林檎の木の苗を買って来たのではなく、園芸店の店頭ではただ「林檎」としか書いてありませんでした。
 他にスターキングの苗木も買って来たのですが、こちらの方は枯れてしまって……。
 これが食べられない、授粉用の林檎なのだとしたら。
 早いうちにまた、何かの苗を買って来て植えなければ無駄になってしまいますね。

 ……ただ、林檎が平地で実る南限は、北関東あたりなのだとか。
 私が住んでいる県は、それより南の雪の積もらない県なんですけれど。
 また別の苗木を買っても、気候的に意味が無いかも知れませんね。

PageTop

実のならない桃

psa530-080404-017.jpg

 我が家の桃は花桃なのですが、それでも咲き終わると一応小さな実をたくさん付けます。
 でも決して大きくならずに殆どが落ちてしまい、杏程度に育ったとしても、とても食べられる状態にはなりません。
 ただ咲いた時の花の美しさを見ると、実のならない事などどうでも良くなってしまいます。

 さて、もしこれが女性だったらどうでしょうか。
 稼ぎも無く家事も出来ないけれどただすごく綺麗な女性と。
 見かけはそこそこだけれど、仕事も出来て家事もできる女性と。
 貴方なら、どちらの女性を選ぶでしょうか。

PageTop

ただ見る為だけのカモミール

psa530-080404-003.jpg

 実は私はハーブティーの類はあまり好きでなく、紅茶は飲んでもアールグレイは避けている……という人なのです。
 だからカモミールティーも飲みません。
 でもただ見て愛でる為に、毎年カモミールを庭で育てています。

PageTop