空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

反省ばかりの一年でした

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 二か月ほど前の写真ですが。
 柿の収穫時期はなかなか難しくて、少し獲り遅れただけで鳥(主にヒヨドリ)につつかれてしまいます。
 来年こそは鳥に盗られる前に、しっかり収穫しようと思っています。

 実際、今年はこの柿のように、怠け心をおこして「まだ大丈夫」とやるべき事をやらずに済ましてしまう事が何度もありました。
 その反省を胸に、来年こそはもう少し頑張りたいと思っています。

 このブログに目を留めて下さった皆様にとって、来年が良い年であるようお祈りしております。

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太陽を撮るのが癖になっています

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 雲と太陽を重ねて撮ってみました。

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里帰りもしません

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 今頃、里帰りに出掛けている方も大勢いらっしゃる事でしょう。
 私は里帰りも何もせず、ただじーっと大人しくして年末を過ごす予定ですwww。
 大掃除? しませんよ、そんな面倒な事。
「日々の掃除で充分」という事にして、寝正月を堪能させていただくつもりです。

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仕事納めの日に思う

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 今日は仕事納めの日ですね。
 でも実際には「年末年始も関係ねえ、オレはずっと仕事だよ」という方も少なくなりつつあるようですね。
 近所のスーパーも、数年前から元日から営業するようになりました。

 昔はと言うか、筆者が小学生の頃には元日はもちろん二日も、下手をすれば三日も休みのお店が少なくなく、繁華街も静まり返っていたものでした。
 人が集まっているのは神社だけで、子供としてはせっかくお年玉を貰っても遣える店がなくて残念だった記憶があります。

 でも、お年玉を早速遣える子供にとっては都合が良いでしょうが、年末も正月も関係なく働かなければならない人が増えた現在は、「善いの中になった」とはとても言えないような気がします。
 多少不便があっても、年末年始には多くの人がゆっくりできるような世の中だった昔の方が、人に優しい世の中だったような気がします。

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悪くはないがまた買って飲みたいとは言い切れないブラックニッカ・ディープブレンド

 サントリーの角瓶には、昔からの黄色いラベルの角瓶(黄角)の他に、白角黒43°(黒角)の合わせて三種類がある。
 同様に、ブラックニッカにも昔ながらのブラックニッカ・スペシャルの他に、ブラックニッカ・クリアブラックニッカ・リッチブレンドブラックニッカ・ディープブレンドの四種類がある。
 角瓶もそうだが、ブラックニッカも同じブランド名でありながら味や香りはそれぞれ別物のように違うから厄介だ。

 で、今回はこの夏に終売になったブラックニッカ8年と入れ替わるように発売された、ブラックニッカ・ディープブレンドを取り上げてみたい。

ブラックニッカ・ディープブレンド

 始めに断っておくが、筆者は甘くスモーキーで力強いタイプのウイスキーが好きである。
 だからシングルモルトではラガブーリンアードベッグなどのアイラ島のものや、スカイ島のタリスカーなどを好んで飲んでいる。
 そしてブレンデッドでは、ジョニーウォーカーシーバス・リーガルなどが好きだ。
 だから「ウッディな新樽の香り、心地よく続くピートの余韻」というのをキャッチフレーズにしていたブラックニッカ・ディープブレンドには、飲む前から割と期待していたのだ。
 ブラックニッカの中で最もピーティーという話も聞けば、期待はますます盛り上がってしまう。

ブラックニッカ・ディープブレンド2

 それで早速買ってみたディープブレンドのキャップを開けてみると、すぐに甘くスモーキーな香りが漂う。
 そして口に含んでみるとまず甘く、45度というアルコール度数の割にはなめらかだ。
 飲んだ後にもスモーキーフレーバーが残るが、アフターフレーバーそのものはあまり長く残らない。

 瓶の裏面の説明に「豊かで伸びのある甘い味わい」と書いてある通り、確かに甘みは感じる。
 ただそれは繊細なハニーな甘さでも、キャラメル系の強い甘さでもなく、どこかチョコレートに似たものを感じるほのかな甘さだ。
 だからビター系の甘過ぎないチョコレートでもかじりながら、濃いめにしてゆっくり飲んだら美味しいと思う。

 このウイスキーは、間違いなく力強い味わいのウイスキーだ。
 だから何倍かに割ってハイボールにしても、薄くなり過ぎて物足りなくなることなく、しっかり元の味わいを残している。
 重厚さを売りにしたようなウイスキーだが、意外にもハイボール派にもきっと好まれる味だと思う。
 但しハイボールにすると香りはとても薄くなるし、複雑な味と香りをゆっくり楽しむなら、やはりトワイスアップやストレートで飲んだ方が良い。

 ただね、裏面のラベルには「アルコール分45%でしっかりとした飲みごたえがありながら、まろやかで飲みやすいウイスキーです」と書いてあるが、それには少し疑問がある。
 確かに「アルコール分45%にしては」まろやかだ。しかし他のアルコール分40%の同価格帯のウイスキーと比べてしまうと、やはりアルコールのキツさと言うか、舌を刺す刺激を感じてしまう。
 はっきり言ってしまえば、このディープブレンドより同じニッカでちょっとだけ安い、ブラックニッカ・スペシャルの方が明らかにまろやかでなめらかだ。

 千五百円もしないこのディープブレンドを、四千円くらいするシングルモルトのタリスカー10年と比較する方がおかしいのだが。
 タリスカー10年はアルコール分46%だが、ストレートで飲み比べてみても、その度数の強さを感じない。
 しかしディープブレンドの方は、その度数の強さを舌で感じてしまうのだ。

 だから無理に45%になどせず、一般的な40%か、せめてブラックニッカ・スペシャルと同じ42%にしておいたら、よりなめらかで飲みやすくなっただろうにと残念に思う。
 ただ「角瓶の黒43°を越えなければ」という販売戦略上の問題があって、あえて45%にしたのかも知れない。

 このディープブレンドは、スモーキーフレーバーが売りのニッカの中でも、かなりスモーキーで力強い味わいだと思うが。
 しかし同じスモーキーで力強いタイプのニッカG&Gと飲み比べてみると、ディープブレンドの方が明らかに口当たりが荒いのがわかる。
 値段の差以上に、ニッカG&Gの方がより熟成されたなめらかさと味わいの深さがある。

 続いて同じブラックニッカで、値段の近いリッチブレンドやスペシャルと比べてみよう。
 力強さやピート香や味の奥行きでは、ディープブレンドが明らかに勝っている。しかしディープブレンドには、リッチブレンドのシェリー樽原酒による華やかな香りが無い。
 力強さやスモーキーさでは、ディープブレンドはスペシャルにも僅かだが勝っている。しかしスペシャルも決して味やスモーキーさに物足りなさがあるわけではなく、むしろよりなめらかな味わいでシェリー樽原酒による華やかな香りもあるスペシャルの方が、優しく魅惑的に感じられるくらいだ。

 ブラックニッカおなじみの“髭のおじさん”ことローリー卿が金色にプリントされたこのディープブレンドは、決して悪いウイスキーではない。
 しかし筆者は同じブラックニッカなら、ディープブレンドより少しだけ安いスペシャルの方がずっと完成度の高い美味いウイスキーだと思うし、「同じ価格帯でウイスキーを買うとしたら、何を選ぶか?」と問われたら、間違いなくジョニ赤ベルホワイト&マッカイティーチャーズグランツ・ファミリー・リザーブ、あるいはフェイマス・グラウスなどを選ぶ。
 これはあくまでも個人的な好みの問題だが、「悪くはないが、同価格帯でもっと美味いウイスキーは他にも幾つもある」というのが、筆者のブラックニッカ・ディープブレンドに対する評価だ。

 筆者は何ヶ月か前に、このブログで「原料不足を理由に、サントリーは良質なウイスキーばかり値上げして、最も売れている角瓶の価格を据え置くのはおかしい」という趣旨の記事を書いた。
 そうしたらつい最近、サントリーは来年の4月から角瓶やオールドやスペシャル・リザーブなどの値上げをすると発表した。
 筆者の家の近くの量販店のこのチラシの写真でわかる通り、値上げ前の今でさえ角瓶は、ジョニ赤やホワイトホースやバランタインなどの定番スコッチより少し高い値段で売られているのだ。
 サントリーは角瓶を、今より二百円近く値上げする予定のようだが。
 ジョニ赤やホワイトホースなどより三百円近く高くなるであろう角瓶をあえて選ぶユーザーが、はたしてどれだけいるだろうか。

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 それと同じ危惧を、筆者はニッカに対しても抱いている。
 ニッカは今年、サントリーに追従するようにブラックニッカの価格は据え置きつつ、主に値の高いウイスキーを値上げした。
 だから来年にはニッカもまたサントリーと同様に、ブラックニッカなど手頃な価格帯のウイスキーの値上げに踏み切るのではないかと心配している。
 繰り返し言うが、ジョニ赤やホワイトホースより何百円も高いブラックニッカなど、「存在価値が無い」と言っても言い過ぎではないと思う。

 確かに十年くらい前はウイスキーの消費が低迷していて、それで今のウイスキーブームで貯蔵している原酒が足りなくなっているのかも知れない。
 しかしだからと言って値上げして、良質な輸入スコッチやバーボンより高くしてしまったのでは、国産ウイスキーの存在価値が無くなってしまうのではないだろうか。
 サントリーがハイボールで消費を煽り、さらに『マッサン』の人気でウイスキーの消費が伸びるずっと前から、ブームと関係なくウイスキーを愛して飲み続けてきた者の一人として、筆者は繰り返される国産ウイスキーの値上げを苦々しく思いながら眺めている。
 まあ、これでサントリーの宣伝攻勢で「ウイスキー=角瓶」と洗脳されている多くの日本人が、他にもっとある良質なスコッチの味も知ってくれるようになれば、それはそれで良いことなのであろうが……ね。

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親の我が儘を「家族の多様性」と言いくるめて子供にツケを負わせる偽善

 先日、最高裁で夫婦同姓規定については合憲、再婚禁止6ヶ月については違憲という判決が出たが。
 個人的には「ちゃんと離婚もしないで他のオトコとデキてしまって、しかも子供まで作ってしまうなんてどれだけビッチなんだよwww」という思いもあるものの、まあ妥当な判決だと感じた。

 しかし新聞の論説や“進歩的な識者”の声などを見ると、「家族の多様性を認めるべきだ」という不満があるようだ。
 彼らが言いたいのは、「事実婚の家庭や、子連れ再婚の家庭や、同性婚の家庭や、あるいは精子や卵子の提供を受けて生まれた子がいる家庭などの存在を認めて、彼らが生きやすいようにしろ」という事のようだが。
 元々思想が保守的で、進歩的でもリベラルでもない筆者には、彼らの言う“家族の多様性”というのが、ただの親の身勝手に思えてならないのだ。

 たとえ結婚した相手がどんなに酷い妻や夫であったとしても。夫婦は、あくまでも大人同士が自由意志で互いの合意に基づいて相手を選んでいる
 相手が浪費癖のあるヒス妻だろうが、パチンコ狂いで酒飲みのDV亭主だろうが、大人が自分の意志で選んだわけだ。
 大人なのだから、惚れて一緒になる相手を誤ってしまった責任は、自分自身にもある。
 自分で選んだ責任を棚に上げ、「呆れ果てたクズ男(女)だ」と、相手ばかりを責めるのは大人げないと言うものだ。

 そして離婚も再婚も、その決断をしたのは大人同士である自分達だ。
 だから離婚や再婚の際に様々な苦労があるとしても、それは覚悟して甘受すべき当然の事であろう。

 たとえ好きになってパートナーに選んだ相手が同性で、それに伴う苦労があったとしても、それも大人である当人同士の決断による結果だ。
 不妊治療の末に、精子や卵子の提供を受けてまで子を作った場合も、その結果の全責任はそこまでして子供を産む決断した夫婦にある。

 繰り返し言うが、子は親の意志(あるいは性行為)のみにより産まれるものであって、子は親を選べないのだ。
 しかし親たちは、自らのパートナーを自分の意志なり感情(好み)なりで選んでいる
 浮気や賭事や浪費やDVやモラハラなどをするようなパートナーを、子供の親として自分で勝手に選んでいるのだ。

 そんなダメな大人を親に選んでおいて、子供には「あなたの為に我慢して別れないでいるのだ」などと言ったり。
 または夫婦の都合で勝手に離婚して、さらに子供に会う事も養育費を払う事も放棄したり、あるいは自分が厭だからと、子供を別れたもう一方の親に会わせる事を拒否したり。
 あげくの果てには、知らないオッチャンやオバチャンを家に連れ込んで、その人をお父さんやお母さんと呼ぶ事を強制したり。
 それで「育てて貰った恩を感謝しろ」とは、親とはどこまで身勝手な生き物かと呆れてしまう。

 想像してみてほしい。
 貴方の親が、賭事や浪費やDVやモラハラや虐待などをする毒親であっても、離婚や再婚を繰り返すような淫奔な親であっても、二人とも父親あるいは母親であるような同性カップルであっても、あるいは第三者の他人に精子や卵子の提供までさせて生むような両親であっても、子である貴方に選ぶ事は全く不可能なのだ。
 それでも子供は、ただ「育てて貰ったから」というだけで、恩を感じてどんな親にも感謝しなければならないのだろうか。
 少なくとも筆者には無理だ。
 知的で高収入でかつ愛情豊かな夫婦のもとに産まれたいなどと、贅沢は言わない。親を選ぶ事のできない子の立場として、せめて普通で人並みな両親のもとに産まれたいと願うのは、子供の我が儘だろうか

 親のうちの一方が、酒乱だとか暴力をふるうとか博打好きだとかの場合には、離婚はまあしても良いだろうとは思う。
 よく「子供の為に」と言って、離婚を思いとどまる親もいる。しかし世の中には、居るより居ない方がまだマシな親が存在する現実も、筆者はよくわかっている。

 実を言えば筆者の父親はアルコール依存症で、また競輪にもよく出掛けて大金を賭けていた。
 だから筆者は、「そんな男性を夫に選んだ母も悪いし責任は十分にある」と思いつつも、「場合によっては離婚も止む無しだな」とも考えていた。
 もし母に「お父さんと離婚したいのだけれど、どう思う?」と問われたとしたら、筆者は決して反対しなかったと思う。

 しかし子供に良い影響を与えない親との離婚は可でも、離婚した親の再婚には強い抵抗がある。
 何故なら親の再婚相手、継父や継母との同居は、親が子供の嫁や婿と同居するのとはまるでわけが違うからだ。

 子供の嫁や婿が自分の家に来て同居する場合、親たちは「親で世帯主」という上の立場でいられる。
 しかし親が再婚する場合は、見ず知らずのオッチャンなりオバチャンが、自分がもっとも安心できる我が家というテリトリーの中に目上の立場で侵入して来て、親として振る舞う事になるのだ。
 そのような状態は、少なくとも筆者にはとても耐えられない。
 そしてその親の再婚相手にも連れ子がいて、その初対面の子供とも“兄弟”になる事を強制されるなど、想像するだけでも厭で虫酸が走る。

 当人には心から愛しい大切な相手でも、子供にしてみれば離婚した親の新しい恋人など何の親しみも感じない、むしろ嫌悪感すら感じる見ず知らずのオッチャン(オバチャン)でしかないし、そんな相手と同居し親として接するなど、子供にとってはただただ苦痛でしかない。
 その事実が立派な大人である親たちに何故理解できないのか、筆者はとても不思議でならない。

 実父がアルコール依存症でギャンブルもしていた事を告白したついでに、もう一つカミングアウトしよう。
 筆者は生まれつき精子が全く無いわけでないがひどく少なく、子供を作る事がまず不可能である。
 だから結婚にもあまり積極的になれず、子供を作る事もほぼ諦めている。

 自分の体の欠陥を知った時には、それはショックだったさ。我が家には姉が居たが既に他家に嫁いだし、我が家で男の子供は筆者だけだから、筆者の黒沢家は筆者の代で途絶えさせてしまう事になるだろう。
 その事に対する葛藤も、もちろんあった。
 しかし今ではそれを何とか乗り越えて、ご先祖様には申し訳ないがそれが運命だと割り切るように努めている。
 見ず知らずの第三者から精子の提供を受けてまで子を作ろうなどと、思った事は夢にも無い
 何故ならその何としてでも子供を欲しいエゴが、子供に重荷を負わせる事になるからだ。

 だから筆者は、同性のカップルが「自分達も子供が欲しい!」と望む気持ちが全く理解できない。
 何故なら男と男、もしくは女と女のカップルは、最初から生物学的に子供が作れる筈が無いと分かり切っている筈だからだ。にもかかわらず他人から精子を貰うなり、代理母を頼むなりして、親子関係か複雑な子供を医療行為で強引に作る事は、後にその子に出生に関する重荷を負わせる事にしかならない

 また、不妊治療の一つとして、そうした医療行為を選んで子供を作った夫婦も。
「貰った精子から産まれようが、代理母から産まれようが、育てた親に愛さえあればそれで良い」
 親自身はそう言い切れて満足なのだろうが、見ず知らずの精子や母胎から産まれる運命を背負わされた当の子供としては、そんな単純に割り切れるものでは無かろう。
 だから筆者は、異性である女性と結婚しても子供を作るのはかなり難しい体質だという現実をしっかりと受け止め、「第三者の精子提供を受け遺伝学上の父のわからぬ子供を作り、その重荷を子に背負わせるような事は決してするまい」と考えている

 マスコミ関係者やリベラルな識者は、本当に気楽に「家族の多様性」という言葉を口にする。
 しかし筆者に言わせれば、離婚した親の再婚も。
 子供を欲しくてたまらない夫婦が、精子提供や代理母による出産にまで踏み切る事も。
 同性同士のカップルが、「自分達も普通の夫婦のように子供が欲しい!」と願うのも。
 そして「婚姻中に産まれた子は、戸籍上の父親の子とみなす」という民法の問題による無戸籍の子の問題も。
 すべて親のエゴによるもので、そのツケによるしわ寄せが、みな子供の上にのし掛かっているようにしか見えない。

 よくDVの夫から逃げている間に他の男性と恋仲になり、さらに離婚もしないままに子まで作って無戸籍のまま育てる母親がいるが、筆者にはそんな親は「とんでもないバカ母だ」としか言えない。
 DVを受けたなら、ちゃんと医師の診断書を取り警察にも訴え、弁護士を頼み慰謝料を取って離婚すれば良いだけの事だ。
 その努力もせずにただ逃げ、それだけでなく離婚もせぬうちに他にオトコを作り(法的には不倫)、さらに子供まで作って無戸籍のまま育てるなんて、親としてどこまで無責任なのだろうと呆れる

 その種の親は頭で考えて行動するのでなく、すべてただその時の情に流されるまま生きているのだろうが。
 いくらDV亭主が怖いにしても、自分が生んだ子の為に戦おうとしないどころか、子供を道連れの犠牲にしてその人生を台無しにしようとするのだから情けない

 親同士は、大人が互いに選び合って合意の上で夫婦になっているのだし、離婚するのも同性同士でパートナーになるのも、当人同士の自由だが。
 しかし子供は、何度も繰り返すが親を選ぶことは出来ないのだ。
 親が再婚して勝手に継父や継母を家に連れて来られたり、両親が共に同性だったり、実の父親が誰とも知れぬ精子提供者だったり、無戸籍で育てられたりしたら、子の立場としては本当にたまらない
 親の我が儘を通して重荷を子に負わせておいて、それを「家族の多様性」だなどと綺麗事で言いくるめるのはいい加減にして欲しいものだと、子供の立場から切に願う。

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それは黄門様でも、助さんでも格さんでも、弥七でもありませんよ?

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 私は“良い子”ではないので、クリスマスもプレゼントも貰えずに過ごし、そして今日の午後は月に一度の通院に費やさねばなりません。
 もう覚えていないくらいずっと前から、薬がなければまともに過ごせない体になってしまっています。

 そのせいでしょうか。
 ずっと以前に、職場の宴会の出し物で『水戸黄門』をやったのですが、上司から私に割り当てられた役は助さんでも格さんでも弥七でも、それどころか八兵衛ですらなく、「病気のおとっつぁん」でした。
 ……やりましたよ、ゴホゴホと咳き込み、娘役の若い女性社員に背中をさすられながら、
「すまねえなあ、おみつ。ワシがこんなからだになっちまったばっかりに」
「おとっつぁん、それは言わない約束よ」
 というアレを。
 で、“病気のおとっつぁん”の私は、借金のカタに娘を女郎に売り飛ばしに来たヤクザに、見事に蹴り殺されました。

 けど本当は、私にはもっと他にやりたい役があったんです。
 黄門さまでも助さんでも格さんでも弥七でもないですよ。
 今でも機会があればやってみたいのは、ズバリ“悪代官”です。
 悪代官とか悪家老って、ある意味「男のロマンだ」とか思う私は、やはり頭がおかしいのでしょうか。
 でも“正義の味方”って、何か嘘っぽくて偽善的な匂いがして好きになれないんですよ。

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今宵は愛猫と共に過ごします

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 はい、今年も“シングル・ベル”で過ごす私が通りますよ、っと。
 別に良いじゃないですか、クリスマス・イブをカップルで過ごさなくたって。
 私は共に暮らしている老いた猫さえ元気でいてくれれば、12月24日も楽しく過ごせます。

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デジカメの受光素子は強い!

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 この雲の中に、太陽があります。
 肉眼ではとても正視できない眩しさですが、カメラの受光素子はしっかりその光景を捉えてくれました。

 今日は天皇誕生日ですが、今の天皇皇后両陛下は、希にみる人格高潔で立派な方だと思います。
 あまりにご立派過ぎるので、今後もこのような天皇が日本の君主として現れて下さるかどうか、少し不安になってしまいます。

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空を撮る利点と危険www

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 よく写真を撮りますが、空を撮るのは気楽で良いです。
 何しろ、不審者扱いされませんのでwww。
 道端だけでなく、スーパーの駐車場やら、公園やら、歩道橋の上やら、あちこちで空の写真を撮っていますが、カメラを空に向けている限り誰にも何も言われませんし、変な目でも見られません。
 但し足元に不注意になってしまいがちで、これまでに何回かみっともなく転びました。

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