空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

微妙に違う青空の発色

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 白い雲が、湧き上がるように上の方に伸びて行っていました。

 ところで、空を撮っていて思うのですが、空の青の色の出方がデジカメのメーカーによってかなり違いますよね。
 雲の白の表現はどのメーカーのカメラもほぼ同じなのですが、青の発色や深みはけっこう違うように思います。
 個人的には、私は一時期のパナソニックのルミックスの青がとても好きです。
 キヤノンやニコンはまあまあ無難で、ちょっと残念な感じなのがフジでした。
 それはあくまでも、私の主観による好みの問題ですけれどね。

 ちなみに、この写真は「無難な」キヤノンのデジカメで撮ったものです。

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青空を飛んで行く飛行機

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 多分おわかりにならないと思いますが、青空を飛行機が飛んでいました。
 ちょっと拡大してみますね。

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 こんな感じで、双発のジェット旅客機のようです。

 我が家は航空路の真下にあるのか、毎朝、数機のジェット機が(多分)東京から西の方へと飛んで行きます。
 そしていつ見ても、飛んで行くのはこのタイプの双発のジェットです。
 でも、かなり上空を飛んでいるのか音はそれほどうるさくはありませんし、「青い空を飛行機が飛んで行く光景も悪くないな」と思いながら眺めています。
 とは言うものの、飛行場周辺の人達にとっては、飛行機など騒音のもとで迷惑かも知れませんね。

 実は、我が家の上空は飛行機だけでなくヘリコプターもよく飛んでいて、高度の問題かこちらはかなりうるさいです。

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どうしても追い払えないのです

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 例の、二階の屋根に侵入を繰り返している茶猫さんです。
 態度も日増しに大きくなっていて、二階の屋根を己がテリトリーと認識してこのようにくつろいでいます。
 我が家にはとても気の弱い飼い猫がいるので、このように他の猫に侵入されてしまうと困るのですよ。我が家の猫が、怯えてパニックを起こしてしまうので。
 それでも侵入して来た他所の猫を追い出すことも出来ないのが、猫の魅力に憑りつかれた者の弱いところです。

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臭い付け

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 立木を登って二階の屋根に侵入して来ている、どこかの飼い猫とも野良ともつかない茶猫さんが、我が家にさかんに臭い付けしています。

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ブラックニッカ・リッチブレンド

 ブラックニッカリッチブレンドは以前にも飲んだことがあったが、「何とも言いようのないウイスキー」という印象だった。
 千円ちょっとで買えるウイスキーとしては悪くない、しかし何かが足りないという気がしてならなかった。
 それで今回、その「何か」を確かめるべく、改めて飲み直してみることにした。

ブラックニッカ・リッチブレンドFINEPIX F300EXR 501

 まず封を切ると、ほのかに甘い香りが漂う。
 グラスに注いで揺らすとその甘い香りが華やかに広がるが、同時にアルコールの匂いも比較的はっきりと感じる。
 しかししばらく経つとアルコールの匂いは薄れ、甘く華やかな香りに落ち着く。

 口に含むとまず甘さを感じる。
 が、続いてアルコールの刺激もやってきて、少し舌がピリピリする。
 噛むようにして味わうと、やはり甘い。それもハニー系の心地よい甘さだ。
 スモーキーさも無いわけではないが弱く、そのせいか優しいが少し物足りない感じを受ける。
 アフターフレーバーもあまり強くないが、甘さと、僅かなスモーキー香が口の中に残る。

 以上は封を切った当日の印象で、数日経つとシェリー樽で貯蔵したという原酒の甘く華やかな香りがより際立つようになり、それでアルコールの刺激もやや感じにくくなる。
 そして開封当日には弱いと思ったピート香も、程々に感じるようになる。

 瓶の裏面には「芳醇なコクと華やかな香り、爽やかな余韻のウイスキーです」とあるが、華やかな香りは確かに感じるし、爽やかな余韻もわかる。だがコクについては、芳醇とまでは言えないように思った。
 無論、同じブラックニッカでもクリアと比べれば、香りだけでなくコクも段違いだ。
 しかしブラックニッカ・スペシャルと比べてしまうと、コクも力強さもスモーキーさも物足りなく感じてしまう。そしてブラックニッカ・スペシャルの方が熟成感があって、リッチブレンドは原酒が僅かに若いような印象を受けた。
 香りはリッチブレンドの方がより華やかだが、ブラックニッカ・スペシャルもシェリー樽の原酒を使用しているので香りは充分に華やかだ。

 端的に言えばリッチブレンドの方が甘く派手で、スペシャルの方はより味わいが深くスモーキーだ。
 アルコールの刺激も、度数40%のリッチブレンドより42%のスペシャルの方が少ないように感じるから不思議だ。
 去年の秋に出たブラックニッカ・ディープブレンドのような味の深みや強さは無いが、香りの華やかさではディープブレンドよりリッチブレンドの方が明らかに勝っている。
 クリアとは、同じブラックニッカでも比較にならない。クリアはじっくり味わうのではなく、割って気楽に飲む為のウイスキーだ。

 割ると言えば、リッチブレンドのハイボールも試してみたが、これが意外に悪くない。
 以前にも繰り返し書いてきたように、筆者はハイボールは嫌いだ。しかしリッチブレンドはハイボールにしてもウイスキーの味わいを保ち、そしてほのかに甘くとても飲みやすかった。
 はっきり言うが、リッチブレンドはハイボールにも向いている。
 甘く華やかな香りの下にアルコールの刺激があり、そしてハイボールに合っているところなど、ニッカはサントリーの角瓶(スタンダードの黄角)を意識して、「同じ価格帯でニッカが造ればこうなるのだ」と言うつもりで、このリッチブレンドを出したように思えた。

 ただリッチブレンドのハイボールを飲んだ直後にもう一杯、リッチブレンドをトワイスアップで飲んでみたところ、そちらの方が間違いなく美味かった。
 薄く割らずに濃いめで飲んでみると、ハイボールでは感じられなかった深みやスモーキーさがしっかりとした印象で感じられた。甘さもまた、より強くわかった。

 どこか似ているが、「ハイボールには合うが、それ以外では美味くない」のが角瓶(黄角)で、「ハイボールにも合うが、濃いめで飲むともっと美味い」のがリッチブレンドだ。
 実際、角瓶(黄角)よりリッチブレンドの方が滑らかで香りに品があり、スモーキー香もそこそこある点でも勝っているように筆者は感じた。

 とは言うものの、「また積極的に買って飲むか?」と問われたとしたら、筆者の答えは否だ。
 悪くはないし、千円ちょっとで買えるウイスキーとしては良い出来だ。ただ香りは充分に魅惑的なのだが、力強さと深みに少し欠ける気がする。
 力強さと深み。以前に飲んだ時に「何か物足りない」と感じたのは、まさにそこなのだ。
 それでジョニーウォーカーの赤やベルやホワイト&マッカイなどの定番のスコッチと比べてしまうと、そちらの方が勝っている気がしてしまう。
 しかし同価格帯の国産ウイスキーの中では良い出来で、お値段だけの値打ちは間違いなくあると思う。

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AKBの横山由依は安倍首相よりエラい

 ここ数年、メディアで「感動(勇気、元気)を与える」という言い回しをよく耳にするようになった。
 感動や勇気や元気などの、目に見えない、形も無いものについて「与えた」り「貰った」りするような言い方は、以前は決してされなかった筈だ。

 そのようなものを、与えたり貰ったり出来る筈が無いじゃないか……というようなイチャモンは、とりあえず脇に置いておくとして。
 その種の不自然で言語的にもおかしい言い回しは、筆者の記憶ではまず「感動(勇気や元気)を貰った」という言い方から始まったように思う。
 スポーツや音楽や小説や映画や誰かの言葉などに心を揺さぶられた人達が、ただ「感動した」とか「勇気(元気)が出た」と言うのではなく、少しひねって、多分しゃれた気の利いた言い方のつもりで、感動や勇気や元気などを「貰った」と言うようになって。
 そしてそれを耳にしたスポーツ選手などが「ああ、感動や勇気や元気はモノと同じようにやり取り出来るのだな」と誤解してか、それらの感情を「与える」と言い表すようになったように思う。

 筆者は今、「感動(勇気や元気)を与える」という言い方をする人達について、「スポーツ選手などが」と言ったが。
 実際、その種の言い方をする人は、スポーツ選手に目立って多いように思う。
 自分の歌や演奏で「感動(勇気や元気)を与える」と発言する芸能人や音楽家はそれほど多くないし、特に作家など文章を書くことを生業にしている人で「私の書く作品で読者に感動を与えたい」などと言う人は、少なくとも筆者は知らない。

 感動や勇気や元気などの感情を「与える」にしても「貰う」にしても、どちらにしても間違っているのだ。
 何故なら感動や勇気や元気は、その人の心の中から自発的に湧いてくるものであって、他から与えられたり貰ったりするものでは無いからだ。
 その証拠に、同じスポーツのシーンを見たり音楽の演奏を聞いたり誰かの言葉を聞いたりしても、皆が同じように心を揺さぶられるわけではない。それに感動するかどうかは、ひとえにそれぞれの受け手の気持ちにかかっている。
 もし感動や勇気や元気が与えたり貰えたりするものならば、その同じプレイや演奏や作品や言葉などを見たり聞いたり読んだりした人すべてが同じように感動し、あるいは勇気や元気が湧いて来なければおかしい。

 繰り返すが、感動や勇気や元気は、そのプレイや演奏や作品や言葉などを、見たり聞いたり読んだりした受け手一人一人の心の中から自然に湧いて来るものなのだ。
 だからスポーツや音楽や小説や映画や言葉などで、感動や勇気や元気を与えたり貰ったりするという表現は、絶対に間違っている。

 それでも「感動(勇気や元気)を貰った」という言い方は、自分の心を揺さぶるプレイをした選手なりミュージシャンなり作品の制作者などに対する、受け手の敬意が感じられるからまだいい。
 それと違って筆者が「許せない!」と感じ、怒りすら覚えるのは、自らの上から目線と傲慢さに気付きもせずに、自分のプレイなり演奏なり作品なりで、他人に「感動(勇気や元気)を与えたい」と言って恥じない人達だ。

「感動(勇気や元気)を貰った」という言い回しにつられてか、特によくスポーツ選手などが「感動を与えるようなプレイをしたい」などと言うが。
 例えば貴方は日頃お世話になっている職場の上司や親戚などにお中元やお歳暮を贈ったとして、「上司にお歳暮を与えた」などと言うだろうか。
 毒親ではない良い両親の誕生日に、感謝の気持ちを込めて贈り物をする時にも、「親にプレゼントを与えた」などと言うだろうか。

「与える」という言葉の意味を広辞苑で調べてみると、まず「自分の物を目下の相手にやる」とある。
 上記の例に挙げた、上司や親などの目上に対する場合だけでなく、同い年の友達同士であっても「おい、お前にこれを与えよう」とは言わないだろう。
 実際に対等な相手から「与える」という言い方をされて何か物をよこされたら、有り難いと思うのではなくカチンと来る筈だ。少なくとも、日本語を正しく理解している者ならば。

 だからカネを貰ってプレイしているプロのスポーツ選手はもちろんのこと、芸能人などが皆に対して「感動(勇気や元気)を与える」などと言うのは、全く失礼千万な事である。
 そして一般人が言うにしても、「与えるという言葉は目下の相手限定であって、対等な相手や、ましてや目上に使うのはとても失礼なのだ」という常識は心得ておいた方が良い。

 与えるという言葉が、目下の相手にしか使ってはいけない上から目線の威張った言葉なのだという事すらわからない。
 今の日本人は母国語の理解力すらその程度なのに、グローバル化を名目に、財界の要請と文部科学省の旗振りで「小学生から英語教育を!」とかチャンチャラおかしいと思うのは、筆者だけだろうか。

 とは言うものの、スポーツ選手が気軽に「皆に感動を与えるプレイをしたい」とか、その言葉からにじみ出る上から目線に気付かずに傲慢で失礼な言葉をつい言ってしまうのは、まあ仕方の無い事かも知れないと思う。
 何しろ彼ら彼女らはスポーツで頑張り、主に体を鍛えてきた人達だから、言葉のニュアンスには疎くても仕方がないとも言える。
 だが言葉を大事にしなければならない人々、特に言論人や政治家やこの国の指導的な階層の人々に、その程度の日本語のニュアンスすら理解できない人が居ては困るし、現にいるとしたら日本にとっても悲劇だと思う。

 ところがだ、昨年の12月22日に日本の恥をあれだけ世界にさらした新国立競技場の問題にようやくけりがつき、A案とやらに決定した事について、我が国の安倍首相がこうコメントした。
世界の人々に感動を与えるメインスタジアムにして、世界に誇れるレガシーにする
 ……言っちゃいマシタよ、世界の人々に「感動を与える」って。

 残念ながら、このお方の日本語のニュアンスに対する理解力も、どうやら“その程度”らしいデス。
 そして我が国はその安倍政権が長く続き、国民の半数近くがこの首相を支持しているのでアリマス。
 まあ、「感動(勇気や元気)を与える」という言い方に何の違和感も抱かない日本人がこれだけ多い現在、それも何も不思議ではないのかも知れない。
 日本人の民度と知的レベルが下がりつつあるのだよね、実際に。

 そう感じて気落ちしていた筆者だったが、去年の12月31日、つまり大晦日の午後12時15分からNHKで放送された、スタジオパークの特番を見て気分が少し良くなった。
 それに出たAKBの横山由依さんが、間近に迫る紅白についての意気込みを語る中でこう言った。
元気をお届けできたら
 エライ! 筆者は思わずそう呟いてしまった。
 日頃AKBにはあまり興味が無く、メンバーの顔と名前が一致するのは渡辺麻友さん一人だけだった筆者だったが、この件で横山由依さんの顔と名前も覚えてしまったよ。

 AKBのアイドルですら、「元気を与えたい」でなく、ちゃんと「元気をお届けできたら」と言っているのだ。
 にもかかわらず、今年の参院選で三分の二以上の議席を取って憲法改正を目指すと明言した我が国の首相ときたら、新国立競技場の建設で「世界の人々に感動を与える」と言ってのける始末だ。
 一国の首相たる者が「世界の人々に感動していただけるようなメインスタジアムにして」となぜ言えない、と心から呆れ果てる。
 今、筆者の脳内では「安倍首相よりAKBの横山由依さんの方が知的レベルも言語能力も高い」という事になっている。

 いや、もしかしたら安倍首相は、「与える」の意味合いを知った上で、あえて「世界に感動を与える」と言ったのかも知れないと危惧する。
 繰り返すが、「与える」とは目上が目下に対してのみ使える言葉だ。
 何しろ安倍首相と言えば、刑死したA級戦犯を「今の日本の繁栄の礎となった昭和殉難者」と称えるような、東京裁判を否定したい歴史修正主義者だから。
 そんな戦前の価値観の臭いが漂う安倍首相にとっては、日本人は今も世界で最も優れた大和民族で、その指導者はオレさまだと思っているのかも知れない。
 安倍首相の意識の中では、エライのは「オレさま>日本人>他の世界の人々」という順なのかも知れない。
 ちょうどあのヒトラーがドイツ人を支配民族と信じ、そしてその指導者である自分を最も偉大な存在と信じたように。

 だとすれば、一国の首相たる者が「世界の人々に感動していただける」ではなく、あえて「世界の人々に感動を与える」と言った理由も理解できる。
 安倍首相は単なる無知で「与える」という言葉を無造作に使ったのではなく、例の「オレさま>日本人>他の世界の人々」という意識で使ったのだとすれば、日本は今とんでもない指導者に導かれていることになる。

 自国の首相が、「与える」程度の簡単な言葉の使い方について若いアイドルより無知であることと。
 それとも「オレさま>日本人>他の世界の人々」という、ヒトラーにも似た誇大妄想を抱いているかも知れないことと。
 どちらも日本にとっては悲劇に違いないが、さて、貴方はどちらの方がより恐ろしいだろうか。

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また茶猫さんです

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 よほど我が家の二階の屋根が気に入ったのが、相変わらずくつろいでいらっしゃいます。

 でも、本当は今日が成人の日だったんですよね。
 体育の日もそうですが、連休を作る為に祝日が年によって変わるというのに、昭和に生まれた私は未だにどうも馴染めないでいます。

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蚤だけは勘弁して…

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 私はこれまでに三匹の猫を飼ってきましたが、どれも元は野良の子でした。
 だから家に迎え入れる度に、蚤や寄生虫の駆除に追われてきました。

 特に二番目の子は、拾った時から白血病で、四年しか生きてくれなくて悲しい思いをしました。
 で、今の子には予防注射やら、フィラリアや蚤や寄生虫の対策を徹底的に続けて、清潔な状態で健康に育てています。

 それだけにね、野良などの他の猫が我が家の庭に入って来るのは全然構わないし、糞とかされても苦笑程度で済ませているのですが、こうして二階の屋根にまで侵入して来た他所の猫(野良かも)に、いかにも痒そうに、首とかさかんにシャカシャカ掻かれると、「頼むから蚤とか落とさないでくれよー!」と言いたくなってしまいます。

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わが物顔に振る舞っています

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 猫好きにはたまらないっス、このポーズは。

 実は我が家の猫はとても臆病で、他の猫を見るとパニクってしまうのです。
 だから他所の猫に二階などに侵入されたら、可哀相でも出て行って貰っていたのですが、この子は追い出せませんでした。
 何かこの人懐っこそうで、警戒心もなくそばでクネクネしている姿が可愛過ぎて……。

 その時の我が家の猫ですか?
 腰を引きつつシャーッと言っていました。

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くつろぐ他所の猫さん

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 我が家の二階に侵入して来た猫さんが、屋根の上でくつろいでおりました。
 他所の猫でも、猫がくつろいでいる姿を見ると心が和んでしまうのは、私がかなりの猫バカなせいでしょうねwww。

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