空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

四年に一度の2月29日です

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 筆者は長年通院中の身の上でありますが、去年、通院しているクリニックの駐車場の隅で咲いている昼顔の花を見つけました。
 その小さなクリニックは、広めの庭にいつも花をたくさん咲かせています。
 病院のような場所だからこそ、花があると心がなごみます。

 ところで、今年は四年に一度の閏年ですが。
 この2月29日という日があって、貴方は「助かった!」と思われたでしょうか、それとも「チッ、損をした」と思われたでしょうか。
 その人の仕事の事象によって、その点は様々だと思います。
 私の場合は、一ヵ月が何日であろうとこなさなければならない仕事の量は同じなので、「助かった」と思ってしまう方です。

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日本人のビールの飲み方に異議あり!(東京ブラック)

 ビールは元は乾燥・焙煎した麦芽を糖化してホップを加え、これに酵母を加えて常温で発酵させて造るものであった。
 しかし冷蔵技術が進んでから、低温で発酵させる下面発酵ビールが主流になった。
 これが現在の日本人が多く飲んでいる、喉越しすっきりタイプのビールである。

 だがこの喉越しを楽しむ下面発酵のピルスナータイプのビールではなく、昔ながらの常温で発酵させる上面発酵のビールのみを造っているメーカーも日本にはあるのだ。
 それが長野県軽井沢町の、株式会社ヤッホーブルーイングである。
 で、今回はそのヤッホーブルーイングの上面発酵のビールの中から、東京ブラックという黒ビールを飲んでみた。

東京ブラックP1090514

 まず缶の裏側の説明を読んでみると、こう書いてある。

本場イギリスでは、
エールビールの特徴を活かした
濃厚な黒ビールが人気です。
ロースト麦芽と薫り高いホップが醸し出す
香ばしい味わいは世界中で愛され、
遠く日本にも輸出されています。
新鮮な濃厚エールビールを
味わうために、
ヤッホーブルーイングは
日本で「Tokyo Black」を
製造しています。


 さて、缶のプルトップを開けてグラスに注いでみると、以前飲んでみたキリン一番搾りスタウトと同様にかなり黒く、泡も茶色である。
 薫りはただ香ばしいだけでなく、その中にフルーティーさも感じられる。
 色自体はかなり濃くて、日本の普通の淡い色の下面発酵のビールしか飲んでいない人は、「これはさぞ苦くて飲みにくいのではないか」と思うかも知れないが、さにあらず。
 苦味と言ってもホップの苦味よりも麦芽をローストした香ばしさの方が主で、さらに上面発酵のエールビールらしいフルーティーな甘さや酸味が苦味の中に僅かに感じられる為、爽やかさがあって意外に飲みやすい。
 普段ギネスのビールを飲み慣れている筆者からすれば、苦味もほど良い程度で全く抵抗がない。

 苦味と香ばしさは、むしろキリン一番搾りスタウトの方が強く感じるくらいだ。
 と言うより一番搾りスタウトはシンプルに苦く香ばしい感じで、東京ブラックの方が濃く力強く複雑な味わいだ。
 この東京ブラックは濃厚だが口当たりは良く、香ばしい苦味が苦手でない人ならグイグイ飲めてしまうだろう。しかし調子に乗ってたくさん飲むと、胃にズシリと飲みごたえと酔いを感じるから気を付けた方が良い。
 飲み易くてもそこはやはり濃厚エールビールであって、喉越しで飲む日本の普通のビールとは違う。

 また、このビールも含めて上面発酵のエールビールは、キンキンに冷やしてグイグイ飲んでは勿体ない酒なのだ。
 事実この東京ブラックも、冷蔵庫から出してグラスに注いだすぐ後よりも、少しぬるく感じるくらいになった時の方が味も香りもずっと深くなる。

 ビールの本場と言われる国々では、日本のようにキンキンに冷やして「喉越しが勝負!」と言わぬばかりにグビグビ飲んだりしないものなのだ。大きなジョッキにたっぷりと注ぎ、それをゆっくり、じっくり味わいながら飲むのが普通だ。
 この東京ブラックも、10~13℃くらいにややぬるくしてゆっくり味わいながら飲むと、心から「美味いなあ」と思う。キンキンに冷やした時より、香りも味わいもずっと豊かに感じられる。

 この東京ブラックも含めて、上面発酵のエールやスタウトなどのビールは、くれぐれも冷蔵庫でキンキンに冷やして喉越しでゴクゴク飲んだりしてはいけない
 そうして飲んでも決して不味くはないのだが、本当の旨さの半分も感じられない。
 白状するが、筆者もヤッホーブルーイングの主力商品であるよなよなエールを他のビールと同じように、冷蔵庫から出してすぐゴクゴクと飲んで、「案外フツーのビールだな」などと見当外れな感想を持ってしまった事がある。
 夏の暑い時期などには、下面発酵の軽いビールをキンキンに冷やして「ゴクゴク、プハーッ」とやっても構わないが、エールビールでソレをやるのは、ドンペリを味わうことなく一気飲みをするように勿体ない事なのだ。

 自由で平等と思われる西欧は実は意外に階級社会で、労働者階級と上流階級の区別がはっきりしているものだ。しかし日本は小泉政権以降に格差社会になりつつあるとは言え、社会的階層による価値観や生活スタイルの差は西欧ほどはっきりしていない。
 イギリスに現に存在するような、お城に住み暮らしている先祖代々からの貴族さまが、この日本にどれだけいるだろうか。上流と言っても、日本の場合は一代で財を築いたような、ただお金があるというだけの人達が少なくない。
 そのせいか日本人には、物や飲食物についても「金を出して買えば、どう使おう(飲み食いしよう)と自由だ」という考えの人が少なからず存在するように筆者には思える。
 ある種の飲み屋で店員や他の客らの掛け声と共にドンペリをイッキ飲みする行為は決して違法ではないが、心と良識のある者にはそれが下品に見えるということが理解できない日本人が案外多いのだから困る。
 なるほど、その人が金を出して買ったものを、どう使いどう飲食しようが自由かも知れない。しかしものにはやはり「正しい使い方や飲食の仕方」が確かにあって、それに外れたことをすれば、傍の良識ある人に「下品だ」と思われても仕方ないと覚悟すべきでああろう。

 筆者は日本人の酒の飲み方について、二つ大きな不満を持っている。
 ウイスキーというと、何故すぐハイボールにしてしまうのか
 ビールというと、何故キンキンに冷やして喉越しでゴクゴク飲んでしまうのか

 日本人は、日本酒なら冷やにしたり燗をつけたり、焼酎ならロックや水割りやお湯割りなどにして、様々な飲み方を楽しんでいるのに。
 なぜビールとウイスキーは、条件反射的に同じ飲み方しかしないのだろうか。
 それが筆者には不思議だし、ひどく不満でならない。

 米やコーンやスターチなど副原料の入っている、欧州のビールの本場の国々ではあり得ない“自称ビール”や、発泡酒や新ジャンル酒なら、キンキンに冷やして喉越しでグビグビ飲むのが良いだろう。
 しかし良いビール、特に上面発酵のエールビールは、キンキンに冷やして喉越しで飲んでは勿体なさ過ぎるのだ。
 そしてそのエールビールを楽しむには、まだ寒い今のうちがちょうど合っている。
 冷蔵庫から出し、少しぬるくなるまでしばらく待ってから飲むのも良いが。
 今の時期ならば、暖房が無く日当たりも良くない部屋に常温で放置しておけば、エールビールの適温と言われる13℃くらいに、自然になると思う。

 日本の夏は蒸し暑いし、だから薫り高く味わい深いビールをゆっくり飲むのではなく、喉越し勝負の軽めのビールをキンキンに冷やして「グビグビ、プハーッ」とやるのが当たり前になってしまったのだろうが。
 だからこそ、日本がまだ蒸し暑くなる前の今のうちに、まず香りを楽しみ、じっくり、ゆっくり味わって飲むべきエールビールの美味しさを知ってほしいものだと切に願う。

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猫ブーム、とは言うけれど…

 この2月22日は“猫の日”で、そして今は猫ブームなのだという。
 猫に関連する支出や商品の売り上げも伸び、アベノミクスならぬネコノミクスという言葉さえ作られてしまったくらいだ。
 実は筆者も猫と共に暮らしており(飼うという言葉を使いたくない)、猫依存症と思われるくらいの猫好きである。
 だが猫を好きだからこそ、猫を一時のブームの対象にする事に抵抗を感じる。
 猫はモノではなく、心と命を持った生き物なのである。だからただ「可愛いから」と、一時の感情だけで家に迎え入れるような事はして欲しくない。

 例えば貴方は自分の結婚相手を選ぶ時に、容姿や家柄で決めるだろうか。
 もし容姿と家柄で連れ合いを選ぶ人がいたとしたら、「随分と下らない人だね」と、口に出しては言われないまでも心の中では軽蔑されるだろう。
 しかし猫を家族に迎え入れる時には、この容姿と家柄(血統)で選ぶ人が少なくないから呆れる。

 少なくとも筆者は“ねこ”という生き物が好きなのである。
 猫という生き物の気まぐれで自由を好んで自己主張が強くて、しかし心を許すととても愛情深い性質が大好きなのである。
 筆者はこれまでに何匹もの猫たちと親しくしてきたが、それらはすべて雑種のただの猫である。外見で選んで買ったり貰ったりしたのではなく、彼ら彼女らの魂と触れ合い、自然に親しくなって友あるいは家族になってきた。
 だから彼ら彼女らの魂の重さを見ようとせずに、見かけの可愛さや血統で猫を選ぶ、自称“猫好き”の人間を軽蔑する。
 さらに言えば、突然変異と突然変異を掛け合わせ、野生には自然に存在し得ない新たな猫を人間のエゴで作り出す輩を、もっと軽蔑する。

 例えば猫が、なぜ尖って薄い三角の大きな耳を持っているのか、おわかりだろうか。
 それは鼠などの小さな動物の存在に気付いてその居場所を正確に判断し、そっと迫って捕らえる、捕食性の肉食獣である猫に必要だからだ。
 だから猫の耳は大きく薄く、前から後ろに自由に動く。
 猫にとって、聴力はとても大切なものなのだ。
 なのに「可愛いから」と、突然変異で折れた耳の猫ばかり人為的に交配し、耳の折れた種を作り出すなど、人のエゴと醜さの象徴としか思えない
 そしてそうした猫を「可愛い!」と愛する人たちも、筆者には馬鹿としか思えない

 ペルシャ猫の異様に低いボタンのような鼻を「可愛い」という人達もいるが。
 猫は嗅覚に優れた生き物で、猫がものを食べる時には、見た目でなく匂いでそれが食べられるものかどうか判断しているのをご存じか。
 だからこそ鼻は、顔の先端に飛び出している。
 自然界の猫には存在しない低い鼻は、人には可愛く見えても当の猫には不便なのだ。
 そして目と鼻の位置が近すぎる為に、ペルシャ猫は流涙症や鼻炎を起こしやすい事をご存じか。
 これもまた、人間のエゴが生み出した動物虐待と言えまいか。

 猫だけでなく、猫科の動物は細い木の枝や塀などの上を歩けるが、その際には体のバランスを取るのに尾を使っている。
 筆者もこれまでに何匹もの猫と親しく付き合ってきたが、運動能力が高い猫は決まって尾も長く、それに比べて尾の短い猫は今一つだった印象がある。
 その尾の長さと運動能力に関する正確なデータは取っていないが、尾が猫科の動物に必要なものであることは事実である。
 しかし人間は、自然には存在する筈もない、尾の無い猫を作り出した。

 そして人間は、四肢の短い猫や、毛の無い猫なども人為的に作り出した。
 その種のただ人間の見た目に可愛いだけの、はっきり申し上げれば奇形の猫を人為的に作り出す者は「ゲス」だし、それを高い金を出して喜んで買う人間も「愚か」である

 例の毛の無い猫は、猫の毛にアレルギーのある人にも飼えるので、猫の毛に悩まされている自称“猫好き”にはありがたい存在なのだそうである。
 だが当のその猫は、品種改良wwwの結果、毛が無くなってしまったものの、寒さに強いようにも“改良”されたわけではない。
 だからその毛の無い種類の猫は、他の猫たちよりも明らかに寒さに弱いそうだ。
 ただでさえ暖かい地方の生き物である猫が、防寒用の毛皮を奪われた状況を想像してみてほしい。
 人の手厚い保護なくしては生きて行けない生き物にされてしまった当の猫たちが、「ボクたちは、おかげで人間さまに可愛がられるようになりました!」と人間に感謝していると思えるだろうか。
 筆者は人間が“品種改良”したと称する、自然界では存在し得ない猫たちを見る度に、人間のエゴと醜さをまざまざと見せつけられるようで、心から嫌な気分になる。

 例えば背の小さく華奢な体つきで、目が大きくスッキリした輪郭の女の子がいれば、筆者はつい「可愛いな」と思ってしまうが。
 しかしそのような見た目に可愛い女子を増やす為に、同じように小柄で可愛らしい顔立ちの男女を強制的に結婚させ、避妊ナシに子供をたくさん生ませるような試みがされたとすれば、「最低最悪の非人道的な行為」と非難糾弾されるに違いない。
 あるいはバレーやバスケットで世界で勝つ為に、背の高く運動神経に優れた男女を“国策”で強制結婚させたとしても、同じように非難されるだろう。
 より小さく可愛い女子や、より強く大きなスポーツ選手などを強制により人工的に作り出す行為の醜さと、人間が動物に対してしている“品種改良”と、果たしてどう違うと言うのだろうか

 筆者はこれまでに何匹もの猫たちと仲良くなり、そして家族として共に暮らして来たが。
 しかし見かけや品種で友や家族になる猫を選んだ事は、本当にただの一度も無い。
 どの子もみな家の周りにいた雑種の野良猫で、その子の方から「入れてくれー!」と家の中に入って来たり、病気で弱っているのを見捨てておけずに筆者が助けたりと、家族になったきっかけは様々だ。

 そして毛の色や模様だけでなく、性格も本当に様々だった。絵に描いたようなツンデレだったり、ただひたすら素直な良い子だったり、臆病な甘えっ子だったり、おっとりお姉さんだったり、見かけだけでなく性格も本当に千差万別だった。
 前に一緒に暮らしていた子を亡くしてしまうと、つい「似たような猫を」と思ってしまうのだけれど、同じ性格の猫とは本当に二度と巡り会えないね。
 で、前とは違う性格の猫と暮らし始める事になるのだけれど、そうしてみると、その違う良さがだんだんわかってきて……。
 だからどの猫にも人格ならぬ“猫格”があって、それぞれ世界でただ一匹のかけがえのない存在なんだとわかってくる。
 そしてそうなると、品種や血統で共に暮らす猫を選ぶ事がどんなに愚かなのか、よくわかってくるよ。

 そんな筆者には、あえて特別変異の猫を人為的にかけ合わせて自然には存在しない種を作り出したり、その自然界には適応できない猫たちを「可愛い」と愛でる人達の気持ちが全く理解できない。
 猫は、なぜありのままの猫ではいけないのだろうか……って思うよ。
 2月22日の“猫の日”に、猫ブームやネコノミクスについてのニュースをテレビで繰り返し見て、筆者は声を大にしてこう言いたくなったよ。
 本来の、ありのままの姿の猫を愛せない者に、猫好きを名乗る資格はない!

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河原のお花畑

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 所要があって車を走らせていたところ、ある河原にこんな花畑があるのに気付き、すぐ車を止めて写真を撮りました。
 用事があって忙しくても、綺麗なものに気付けるだけの心のゆとりが持っていたいものだと思います。

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パセリの花芽を食害するアゲハの幼虫

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 蝶も成虫になってひらひら舞っているのを見ると「綺麗だ」とは思うのですが。
 でも植物を育てている者にとっては、その幼虫はただキモいだけでなく大事な作物を食い荒らす害虫でしかありません。
 これはアゲハチョウの芋虫(とカメムシ)ですが、これくらい大きな幼虫となると、食害される量もハンパではありません。
 ですから見つけ次第、容赦なく退治してしまいます。

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ゴーヤーの花

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 ゴーヤーは丈夫で、発芽率も悪くないので、今年も春になったらまた庭に種を撒こうと思っています。
 でもこのゴーヤーの花だけでなく、ウリ科の花は大小に関係なく好きです。
 本当は南瓜の種も何度か撒いて発芽もさせたのですが、いつもいつの間にか飛んで来た小さなウリハムシに食われて枯死させられてしまうのです。
 それに、ちょっと油断するとウドンコ病にもやられてしまうし。
 その点、ゴーヤーは病害虫に強いので安心です。

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青空と月

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 朝方や夕方に、時々青い空に月が浮かんでいるのを見ることがあります。
 ちょっと不思議な気もしますが、青空に白い月が浮かんでいる光景を見るのも好きです。

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2月22日は…

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 猫好きの方ならご存知でしょうが、今日は“猫の日”なのであります。

 競輪競馬からパチンコまで賭け事は一切やらず、禁煙もかなり以前にキッパリして酒も程々にしか飲まず、おまけに風俗のお店にも生まれてから一度も行った事が無いという、あらゆる誘惑や依存症と縁の無いような私ですが、たった一つだけ弱点があるのです。
 それはズバリ、私が重度の“猫依存症”だという事です。

 これまでも、交際した女性に何度「あたしと猫の、どっちが大事なの!」と、何度ブチ切れられたかわかりません。
 そして今もまだ独身のまま、猫を膝に乗せてこのブログを書いています。

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本当にキレイな酒だった南部美人

 唐突だが、筆者の住んでいる所は雪など稀にしか降ることの無い、暖かい地方である。
 その地元の酒屋で、“南部美人”という酒を見つけた。
 南部と言っても「日本の南の方」という意味では無く、青森県東部と岩手県北部を合わせた一帯の南部地方の事を意味する。

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 瓶を手に取り蔵元の所在地を見てみると、岩手県二戸市福岡字上町13と書いてある。
 二戸と言えば岩手県でも北のはずれで、隣はもう青森県の三戸町だったりする。
 かつて八戸市や恐山や尻屋崎などを旅した時に通過した事があるが、本当にもう緑の山の中の、静かで自然いっぱいの市だった。
 関係ないけれど、二戸市には金田一温泉があったりするんだよね。

 で、そんな北東北の地酒が、遠く離れた筆者の住む県でも売られているのかと思うと何か感動してしまって、思わず買ってしまったよ。
 ただその南部美人は、酒屋の店頭でも冷蔵保存されていた生貯蔵酒だったけれど、残念ながら本醸造だった。普通酒ほど多くはないとは言え、醸造アルコールなるものを混ぜて薄めた酒であることは事実なんだよね。
 普段から「純米以外は、日本酒と認めない!」と公言していた筆者としては、それで少しためらいかけてしまったけれど、二戸の地酒を飲んでみたい気持ちの方が上回って、そのままレジに持って行ってしまったのだ。

 で、キャップを開けてグラスに注いだ瞬間、爽やかでフルーティーな香りが辺りに広がった。
 が、それはいわゆる吟醸香というやつではなく、ほのかな果実香という程度の、柔らかで優しい香りなのだ。だから吟醸酒にありがちな、「吟醸香が食事の邪魔になる」という事はまず無いと思われる。

 飲んでみると、この酒は間違いなく辛口だとすぐにわかる。瓶に日本酒度とかの表示は無かったが、かなりの辛口であろうと思われる。
 しかし気安く「辛口」や「鬼ころし」などを名乗る安いアル添酒にありがちな、添加した醸造アルコールの刺激による辛さでは無く、米本来の旨味のある辛さだ。
 今は日本酒と言えば淡麗辛口が良しとされがちだが、この南部美人は辛口で“麗”であっても決して“淡”ではなく、どっしりとした確かな味わいがある。

 と言っても、キレが良いから重くは感じない。
 しかし淡麗辛口と言われる酒より、間違いなく強い飲み応えがある。うかつにガブリと飲むと、辛さや力強い味わいがガツンと来るぞ。
 けれどチビチビ大事に飲めば、爽やかな香りと優しい口当たりが楽しめる。
 この酒はガブガブ飲むより、少しずつ味わって飲んだ方が絶対に美味しいし、飲み手にも優しい口当たりになる。

 筆者は日本酒も好きなのだが、実際には蒸留酒を飲む事が多い。
 と言うのは、日本酒も含めた醸造酒は、蒸留酒より酔いが醒めにくく感じるからだ。
 蒸留酒は酔いが回るのが早いけれど、醒めるのも早い。しかし日本酒やワインなどは、同程度に酔ってもそれがなかなか醒めてくれずに後まで残るような気がする。
 実際に各種の酒を摂取するアルコールの量が同じになるようにして飲んだ場合、ラムやジンやウイスキーなどの蒸留酒は比較的酔いが醒めやすく、それに対して日本酒などの醸造酒は酔いが抜けにくく、最も悪酔いしやすかったのは赤ワインだったという実験結果も発表されている。

 で、この南部美人だがガツンと来る飲み応えがあったので、「これは酔うかな」と覚悟した。
 ところがこの南部美人は、辛さや強さを感じるのは最初の一口か二口くらいまでで、すぐに抵抗無くスイスイ飲めるようになって来る。
 そして他の日本酒より、酔いの醒め方も心地良いように感じた。

 あと、グラスに注いでみるとこの南部美人は、けっこう黄色みを帯びているのがわかる。
 おそらくこの南部美人は、濾過する際に使う活性炭の量をかなり控えめにしているのだろう。
 日本酒の濾過に活性炭を多く使うと、酒の雑味が良く取れる。だが活性炭が取るのは酒の雑味だけてなく、旨味もまた取り去ってしまうのだ。
 ……そりゃあそうだよねぇ、「雑味だけ取って、旨味や香りは残す」なんて都合の良い活性炭があるワケ無いもの。

 だから酒の雑味を取りたければ、まず米を丁寧に磨いて精米歩合を高くするのが筋なのだ。コストをケチって精米歩合を抑え、その代わり濾過に活性炭を大量に使って雑味と一緒に旨味まで取り去ってしまうなんて、本末転倒だよ。
 その点、精米歩合を60%に上げ、活性炭の使用を抑えて米の旨味をしっかり残したこの南部美人は、良い酒造りの王道を行く、真面目に作られた酒だと自信を持って言える。
 惜しむらくは、造られた二戸から遠く離れた筆者の地元で売られていた南部美人が純米でなく、大量ではないにしろ醸造アルコールが使用されている本醸造だった事である。

 店頭でも冷蔵保存されていたせっかくの生貯蔵酒だが、筆者はこの南部美人に燗をつけて飲んでもみた。
 で、ぬる燗にすると口当たりは優しくなるが酸味が強まり、熱燗にすると代わりに苦味が前に出てくるようだ。
 どちらにしろ燗をつけると柔らかく飲みやすくなるが、フルーティーな香りは消えてしまう。
 当たりが柔らかくなるので、たくさん飲むなら燗酒も良いかも知れないが、個人的にはキリッと冷やしたものを少しずつ味わって飲むのがベストだと思う。

 女性向けと言うより、酒好きの男性に勧めたく思ったが、南部美人は間違いなく良い酒だ。
 HPを見てみると、南部美人は純米酒や吟醸酒なども積極的に出していて、中でも純米大吟醸酒はJALのファーストクラスで出されていたこともあったという。
 それを知って、筆者の地元の酒屋に南部美人が本醸造酒しか無かった事をひどく残念に思った。
 純米大吟醸とは言わないが、機会があったら南部美人の純米吟醸酒をぜひ飲んでみたいものだと心から思った。

 それにしても、店には本醸造しか置いて無かったにしろ、青森との県境の岩手県北の蔵元が醸した酒を遠く離れた県でも買って飲めるのだから、今は良い時代になったと思う。
 筆者が酒を飲める年になった頃など、日本酒と言えば日○盛とか黄○とか月○冠とかの大手メーカーの大量生産品(アル添で糖類や酸味料まで混ぜ込んだクソ不味い酒)ばかりで、真面目な酒造りをしている田舎の酒蔵の地酒などごく一部の通以外には見向きもされなかったし、だから今のように他県や海外でも売られるようになるなど、当時には全く考えられなかったよ。

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くたばれ、DVヒロイン!(意外に多い女性から男性へのDV)

 近年、マンガを読んだりアニメを見たりしている途中で、イヤ~な気分になる事がある。
 それはズバリ、対象が男性のマンガやアニメには、暴力ヒロインが少なからず出て来る事である。

 例えば数年前の恋緒みなと氏の『イオ』というマンガでは、主人公は幼なじみの三姉妹のうち、同い年の次女に好意を持つのだが。
 この次女というのが、なかなかにヒドい。顔とスタイルだけは良いものの、素直でなくてやたらにツンケンするだけでなく、主人公に暴言と暴力を浴びせるのである。
 それに比べて長女はいかにも“お姉さん”という感じの優しくおっとりした人で、三女は無口だが家事が良く出来て気も付く良い子である。
 で、主人公はその三女に一途に慕われて告白もされるのだが、何とその子をフッて“素直になれない暴力女”の次女を選ぶのである。
 筆者は思ったよ、「この主人公は罵られたりぶったり蹴ったりされたいマゾ男、ってことか!」とね。
 で、筆者の気持ちは一気に醒めて、主人公が三女をフッた時点で『イオ』を読むのを止めたよ。

 しかし“素直になれない暴力女”のヒロインが、最近の男性が対象のマンガやアニメには本当に少なくないのである。
「本当は好きなんだけど、素直になれないの」って女の子なら、少女マンガにもよく出て来るけれど。
 しかし少女マンガの主人公は、少なくとも好きな男に暴言を浴びせたり暴力を振るったりはしない。
 だが男が読むマンガのヒロインは、しばしば主人公に暴言を浴びせたり暴力を振るったりするのである。しかもそれでもなお、主人公はその暴力女が好きなのである。
 罵られ、ぶったり蹴ったりされてもまだ好き……って、「今の男って、そんなにマゾばかりなのかよ!」と呆れてしまうね。

 まあ少女マンガにも、「好きな彼氏は強引なオレ様オトコ」ってパターンもよくあるけれど。
 しかしそれは適度に尊大で、迷ったり戸惑ったりしている主人公をグイグイ引っ張って行くという感じであって、少なくとも主人公にモラハラ的な暴言を浴びせたり、ましてや暴力を振るったりなどしない。
 と言うより、女性向けのマンガや恋愛小説で、もし主人公の女性に相手の男性が暴言を吐いたり暴力を振るったりしたら、一発で読者にドン引きされてしまうだろう。
 しかし男性向けのマンガやラノベやアニメには、例の暴力ヒロインが当たり前に出て来るのである。
 そして困った事に、暴力ヒロインは「マゾ男子を喜ばせる想像上の存在」ではなく、現実にも存在するのだ。

 この2月8日の毎日新聞の記事によると、大阪府の高校生グループが府内の約1000人の中高生にデートDVについて調査したところ、男子の3割以上が「彼女から暴言や暴力を受けて傷ついた」経験があるそうなのである。
 で、それに対して彼氏から暴力を受けた女子は12%で、彼女から暴力を受けた男子の半分以下なのだそうだ。
 DVと言うと「女子が男から被害を受ける」というイメージだが、現実にはその逆なのである。

デートDV(大阪の中高生)P1090530

 毎日新聞に載っていた、その大阪府の高校生の調査結果を転載するが、「暴言」や「暴力」だけでなく、「LINEチェック」や「お金の要求」でも、女子が男子にしている割合の方が高い現実を見ていただきたい。
 さすがに「性的強要」のみは、女子より男子の方が多い。
 しかし彼氏に性行為を強要された女子が16%いるのに対して、彼女に性行為を強要された男子も12%ほど存在するのもまた現実である。
 ……男子の草食化がここまで進んでいる、という事ですかな。

 そしてその調査によると、男子たちは「死ね、デブと暴言を吐かれるが、好きなので別れられない」とか、「叩かれて嫌だが、男として我慢せざるを得ない」などと言って、女子からの暴言や暴力に耐えているのである。
 マンガやラノベやアニメの話ではなく、リアルの世界で現実に。

 それも「まあ中には、彼氏に暴言を吐いたり暴力を振るったりする女子も稀にいるだろうよ」というレベルの話ではないのだ。
 調査対象は大阪の中高生1000人だが、付き合っている相手からDVを受けている割合は、女子よりも男子の方が多いのである。
 DVと言うと、世間的には「女性が男からされるもの」というイメージが強い。しかし現実には(少なくとも若い世代では)その逆なのである。

 だが男性向けのマンガやラノベやアニメでは、主人公に暴言を吐き暴力を振るうヒロインが相変わらず登場している。そして美少女の暴言や暴力は、まるで“ご褒美”か、せいぜいギャグ程度にしか扱われていない
 その種のマンガでは、ヒロインにどんな暴言を吐かれても主人公は傷つかないし、どれほど酷く殴られ蹴られしてもすぐに怪我ひとつ無い状態に復活しているのが常である。
 しかし現実にはどうだろうか。
 相手が女の子なら、どんな暴言を吐かれても男ならまるで傷つかないのだろうか。
 相手が女の子なら、殴られ蹴られしても男なら少しも痛くないのだろうか。

「そんな事は絶対に無い!」と筆者は断言する。

 男だって、女と同じ人間なのだ。酷いことを言われれば傷つくし、暴力を受ければただ痛いだけでなく強い屈辱感も味わう。
 しかも男は、女性からDVを受けてもなかなか反撃出来ないのだ。ただ「自分が男で、相手が女だから」という理由で。

 何しろ女性からの暴言や暴力は、「素直になれないツンデレ女性の裏返しの愛情表現」とされ、笑い話かご褒美のようにしか扱われていないのが現状だ。
 だから男がその女性の暴言や暴力に同じようにやり返せば、モラハラのひどいDV野郎のレッテルを貼られて皆から非難されてしまう。
 で、「男だから」というだけで、彼女から暴言を浴びせられようが暴力を振るわれようが、男は誰にも相談できずに、一人でじっと耐えているのである。

 もし女性が同じように彼氏から暴言や暴力を受けていたら、女性ならすぐに友達に“相談”するだろう。すると友達は「何よ、その酷いモラハラDV男!」と皆で憤慨してくれるだろう。
 しかしもし男が同じように彼女のDVを友達に相談したら、「だらしねぇ~」と笑われるのがオチだろう。
 男が女性からDVを受けても同情されるどころか、真剣に取り合っても貰えずに笑い話のネタにされるのが実態だ。
 だから(一部の)女性たちがますますつけ上がって、「相手が男なら、どんな暴言を吐き、暴力を振るっても構わない」と信じ込むようになる。

 例の『デートDVを受けた経験』のグラフの「性的強要」の所を、もう一度見ていただきたい。
 彼氏に性行為を強要された女子が16%いるのに対して、彼女に性行為を強要された男子も12%ほど存在する現実を見て、「男が女子に性行為を強要するのは犯罪だけど、女子が男に性行為を強要するのはご褒美じゃん」と思った方がいるとしたら、貴方は感覚が狂っているよ。
 暴言や暴力と同じで、相手が望まぬ性行為を強要するのも立派なDVで、そこに男女は関係ないのだ!

 筆者自身はこれまでに両手の指の数を超えるくらい恋愛をして、そうして付き合った彼女の殆どにフラれた挙げ句に、今もまだ独身でいるのだが。
 筆者をよく知る女友達に言わせると、筆者は「顔が綺麗で性格の悪い女の人が好き」なのだそうだ。
 自分としてはあえて性格の悪い子を選んで付き合ったつもりは無いのだが、少なくともみな気が強い女性であった事は間違いない。
 ただ「気が強い」と言っても「勝ち気で負けず嫌い」とか「気性が激しい」とかではなくて、外見はいかにも女性らしくて落ち着いているのだけれど、芯に強いものがしっかり通っている感じの人が多かったデスね。

 で、その種の気の強い、同性から見れば性格の悪い女性と付き合ってきた筆者だけれど、DV女と付き合った事だけは、本当に一度も無いよ。
 された事と言えば、他にもっと良い男を見つけられて「アナタはもういい」とバッサリ切り捨てられたくらいでwww。
 別れる時にはいつもその繰り返しだったけれど、付き合っている間に相手の女性から「暴言」とか「暴力」とか「LINE(ケータイ)チェック」とか「性的強要」とか「お金要求」などのDV的な行為を受けた事は、本当に無かったよ。
 と言うか、筆者は彼氏に暴言を吐いたり暴力を振るったりするような女は大嫌いだし、そういう気配のある女性には近付かないようにしていたからな。

 例の女友達の言った「キミは顔が綺麗で性格の悪い女の人が好きよね」という言葉は、付き合った何人もの女性にフラれフラれ続けて今もまだ独身でいる現状から見れば、確かにその通りかも知れない。
 本当にいつも、見事なくらいに他の男に乗り換えてくれたものね、筆者の元彼女さん達は。
 でもその元彼女さん達は、別れる時はどうあれ、少なくとも付き合っている時はいつも筆者に優しく可愛く女らしく接してくれていたよ。暴言や暴力など、全く無かったし。
 もちろん筆者も、付き合った女性に手を上げた事も、それどころか声を荒らげた事だって一度も無いよ。
 そういう付き合いをしてきた筆者としては、DVモラハラ男も最低だと思うけど、彼氏に暴言を吐いたり暴力を振るったりする女など嫌悪の対象でしか無いね。
 だからマンガやラノベやアニメで暴力ヒロインが出て来るのを見るだけでも、本当に嫌な気持ちになってしまう。

 で、その筆者からのお願いなのだけれど。
 素直になれなくて好意の裏返しだかツンデレだか何だか知らないけれど、男に暴言を吐いたり暴力を振るったりするDV女をヒロインにして、可愛い存在として肯定的にマンガやラノベやアニメに登場させるの、もういい加減でやめてくれませんかね
 少なくとも女性向けのマンガや恋愛小説では、DV男は肯定的に描かれていない筈。
 暴言や暴力などをギャグやご褒美として肯定的に描くのは、もうSM専門誌だけにしてほしいものだと心から思う。
 世間が未だに「女の暴言や暴力は可愛いもので、女からの性的強要はご褒美」みたいな認識だからさ、彼女や妻のDVに苦しんでいる男性達が、「辛い、もうやめてほしい」って声を上げにくい雰囲気になっているんだよね、今の日本って。

 暴言や暴力やLINEチェックや性的強要や金銭要求がDVでサイテーなのは、男女に関係なく人類共通の事だから。
 例の大阪府の1000人の中高生を対象にした調査だけれど、今の若い世代ではむしろ女性から男に対するDVの方が多い現実を見て、「女子からの暴言や暴力くらいで男は傷つかないという誤った認識は、もういい加減に改めてほしい!」と、この電脳世界の片隅から小さな声を上げてみた。

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