空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

我が家のパンジーは黄色ばかりです

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 パンジーもまた、寒い花の少ない時期に咲いてくれる可愛い花です。

 話は変わりますが、上の学校に進学する時、例えば中学生から高校生になるこの春休みに、「卒業式は済ませたけど自分はまだ中学生なの? それとも入学してないけどもう高校生なの?」と悩んだ事はありませんか?
 正解はですね、「両方」なのです。
 3月31日までが中学生で、4月1日から高校生なのです。
 他の場合もそれと同じで、この3月31日と4月1日で身分が切り替わるのです。

 私も中学を卒業した春休みに、好きな女の子と県庁所在地のある都市に映画を観に行きました。
 でも中学の校則では、「保護者の同伴無しに、学区外に行ってはならない」と明記されていたのです。
 ですから子供の目には大都市の、それも盛り場に女の子と行くなど、とてつもない大冒険で何かイケナイ事をしているような気持になってワクワクした事を、今でもよく覚えています。

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僅かな日を求めて

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 我が家の庭に時折来る、雄の大きな野良猫さんです。
 猫は周囲を見渡せるから高い所が好きと言いますが、ただそれだけでなくここは日の光も当たりやすいんですよ。
 でも、この日のように日差しの弱い時でも、僅かな日光を求めてこの台の上に蹲っている姿が、何とも哀れでした。
 野良猫暮らしは自由かも知れないけれど辛いですね、特に冬は。

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ツワブキ

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 ツワブキの花です。
 私は何故か、葉がテカテカ光る植物はあまり好きではないんです。
 けどツワブキは好きで、咲いているとついカメラを向けてしまいます。
 花の少ない寒い時期に咲いてくれる、大切な花の一つです。

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遊んでいます

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 紐を獲物に見立てて遊んでいる猫さんです。
 こういう野性味を失わずに、敵とみなした物には容赦なく牙をむき爪を立てるところが、猫好きにはたまらなく可愛く魅力的に見えてしまうんです。

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チッソ社員が作り積水化成品工業を産んだ“ウイスキー”

 チッソ、かつては日本窒素肥料と言った会社の系列に積水化成品工業という会社がある。
 積水化成品工業は、あの積水ハウスや積水化学工業などの積水グループの一員であり、我が国の発泡スチロール製造の最大手でもある。
 その積水化成品工業と日本窒素肥料(チッソ)が、何と戦後の一時期に“ウイスキー”の製造と販売に手を染めていた事実を、ウイスキーがお好きの皆さんはご存知だろうか。

 終戦後、まだ日本窒素肥料と名乗っていたチッソは、プラスチック部門にも進出する事を考えた。そしてその為に、積水互助会という組織を作った。
 ちなみに日本窒素肥料ことチッソは、積水系列の企業や旭化成の母胎企業である。
 で、その積水互助会の資金調達に取り組んだのが、日本窒素肥料の社員であった福本正雄氏であった。
 その福本氏が何をしたかと言うと、ズバリ闇屋である。
 その時の事を、福本氏自身が月刊ビッグ・トゥモローのインタビューでこう語っている。

 何をしたかというと、米軍のキャンプから、ジョニ黒とかベル、ホワイトホースの空ビンを拾ってきてそれをきれいに洗う。続いて、紅茶の出がらしに湯をかけて、色がついた“原液”をまず造る。それにメチルでエチルでもとにかくアルコールを混ぜて“ウイスキー”を造って、それをビンにつめる。これがぎょうさん売れた売れた。このカネをもとにして工場をつくったもんだよ。ただ、毒になったらアカンから、一応調べなければいかん。そこで、ネコにこれをなめさせて調べた。ネコが死なんのなら、人間も大丈夫と思ってね。そうでもせんとアンタ、皆、死んどったよ。


 ……おわかりだろうか。
 積水化成品工業は誰もが名を知る積水グループの一員で、今や日本で最大手の発泡スチロールのメーカーだが。
 もとを正せば、アルコールに出がらしの紅茶で色を付けた、甲類焼酎とも呼べないものを拾って来たスコッチの空き瓶に詰めて“ウイスキー”として売って儲けた金で設立されたのである。
 しかもその使用するアルコールがエチルかメチルかを確かめるのに、生きた猫を使っていたのである。

 確かに終戦直後のあの時代には多くの日本人がアルコールに飢えていて、飲めるものならカストリでも何でも飲んだ。だから中には、「福本氏がそういう商売をしたのも仕方ないよ」と言う人もいるだろう。
 だがそれならば出がらしの紅茶で色を付けたりせず、正々堂々と『アルコール飲料』として売れば良いのである。ただのアルコールであろうと、喜んで飲む人は(当時は)少なからず居たのだから。
 百歩、いやウイスキーを愛する者として百万歩譲ってその色付きアルコールを“ウイスキー”として売るならば、『積水ウイスキー』あるいは『チッソ・ウイスキー』として売るべきであった。
 そうではなく、ジョニ黒やベルやホワイトホースの瓶に詰めて売ったところに、詐欺と言われても弁解の出来ない福本氏と積水互助会の悪意を感じる。

 その拾って来たジョニ黒やベルやホワイトホースの空き瓶に詰めた色付きのアルコールが、何故福本氏の言うように「ぎょうさん売れた売れた」のか。
 それはスコッチ・ウイスキーなど飲んだ事の無い当時の日本人達が、ソレを本物のウイスキーと誤認したからに違いあるまい。
 断言するが、これは詐欺以外の何物でもない。
 そして今の積水化成品工業は、その詐欺商法から誕生したのである。

 経済の成長が鈍化し、中国や韓国にも追い抜かれつつある日本では、その反動か中国や韓国を叩く風潮が強まっている。
 そして「日本製こそ信頼できる良い物で、中国や韓国の企業は真似ばかりして粗悪な製品を作っている」と思っている者も多い。
 しかし数十年前の日本は、今の中国や韓国以上のコピー天国でニセモノ大国だったのである。
「日本の技術ばかり盗む狡い国」と中国や韓国を蔑む前に、数十年前の我が国の実態も省みて反省すべきであろう。
 何しろチッソ様のような大企業が、拾って来たスコッチの空き瓶に出がらしの紅茶で色を付けたアルコールを詰めて“ウイスキー”として売って大儲けし、それで積水を名乗る会社を育てたのだから。

 で、その詐欺商法を先導して工場設立の資金を稼いだ福本正雄氏は、積水化成品工業の初代社長に就任している。
 その福本氏は詐欺かつ動物虐待と言われても己の所行を恥じるどころか、月刊ビッグ・トゥモローのインタビューにこう述べている。

 攻める経営とはこんなもの。きれいごといってる人は、誰ひとり今日まで歴史をつなげることができとらん。


 本当にそうだろうか。
 終戦後の混乱を生き延びて今日まで生き残っている企業はすべて、詐欺同然の後ろ暗い事をしているのだろうか
 だとしたら、筆者は日本の企業と、日本の資本主義を軽蔑する。

 まあ、例の福本氏が勤めていた企業というのが、あの日本窒素肥料ことチッソだからね。
 メチル水銀を含んだ工場排水を海に垂れ流して水俣病を引き起こし、一万を越す被害者を出しても頑として責任を認めようとしなかった、あのチッソだ。
 そのチッソの社員である福本氏が、紅茶で色付けしたアルコールをスコッチの空き瓶に詰めて“ウイスキー”として売り、そして「攻める経営とはこんなもの。きれいごといってる人は、誰ひとり今日まで歴史をつなげることができとらん」と居直って恥じないのも、あの会社の人間ならではの感性かも知れない。
 チッソがあれだけの公害を引き起こし人を殺しても恥じずに、今もまだ積水グループや旭化成などを傘下におく大企業として存在しているのもまた、福本氏やチッソに言わせれば「攻める経営とはこんなもの」という感覚なのであろう。

 筆者ならば、飲める程度に薄めたアルコールならただ“甲類焼酎”として売る。それに出がらしの紅茶で色を付けて“ウイスキー”と称して人様に売るような詐欺行為など、死んでもしたくない。
 ましてやそれをジョニ黒やベルやホワイトホースの空き瓶に詰めスコッチと誤認させようと企むなど、悪魔の所行としか思えぬ。
 そして使ったアルコールがエチルか猛毒なメチルか確かめるのに生きた猫を使い、「そうでもせんとアンタ、皆、死んどったよ」と居直るなど、さすがはメチル水銀を海に流して酷い公害を出したチッソの元社員だと皮肉の一つも言いたくなって来る。

 この福本正雄氏は、既に故人となっているが。
 日本では「死んだ者を悪く言ってはならない」というのが常識になっていて、たとえ人殺しの極悪人であっても死んだ後に悪く言うのは良くないという空気がある。
 しかし筆者はあえて言おう。
 福本さん、あなた今は地獄に堕ちているよね?
 もし天国や地獄が本当にあるとして、福本氏が成仏して天国に行けているとしたら、筆者は神も仏も信じるのを止めたい。
 だが経済界では福本正雄氏は名経営者と言われ、今の世にも通じる名言を幾つも残していると高く評価されているのだから、日本の経済界には倫理も職業人としての誇りも何も無く、一般の人とどこか感覚がズレているように思える。

 今、世界で最もウイスキーを消費している国はインドである。
 ただインドで“ウイスキー”と呼ばれているのは、廃糖蜜から作られた安価なアルコールに10~15%ほどのモルトウイスキーを混ぜただけの、スコッチやバーボンなどの定義から言えばとてもウイスキーとは呼べないまがい物である。
 しかし日本でも、かつてはそのような“ウイスキー”を当たり前に作っていた。サントリーやニッカのようなメーカーでもそうだったのだから、他は推して知るべしである。

 原材料に「モルト、グレーン」と表示してあっても、それが本物のウイスキーであるとは限らぬのが日本の洋酒業界の実状だ。何故なら日本のウイスキーの規定では、モルトは麦芽を、グレーンは穀物を意味すると定められているからである。
 原材料に「モルト、グレーン」と書かれていても、それは決してモルトウイスキーとグレーンウイスキーを意味するわけではないから、ご注意を。
 あのサントリーですら、自社のウイスキーに原料は穀物だが樽熟成はまるでしていない“グレーン・アルコール”なる怪しげなものを使用していた

 福本正雄氏が作った、出がらしの紅茶で色を付けたアルコールをスコッチの空き瓶に詰めたような恥知らずで酷いものこそ、今は存在しないが。
「日本は立派なウイスキーの世界五大産地だ!」と威張る前に、数十年前には福本氏が作ったようなまがい物が“ウイスキー”として出回り、そして今もなおモルトを樽貯蔵すらしていないアルコールで希釈しただけのものが“ウイスキー”として売られている現状を恥じるべきだと恥じるべきだと考える。

 それにしても、福本氏がいかがわしい商法で稼いだ資金で作った積水化成品工業は、今や日本一の発泡スチロールを生産する企業で、その福本氏の出身会社で水俣病を引き起こしたチッソも、今もまだ日本で屈指の大企業であり続けている。
 まさに福本氏の言う通り「攻める経営とはこんなもの。きれいごといってる人は、誰ひとり今日まで歴史をつなげることができとらん」で、日本では企業はあくどいほどより栄えるものなのかも知れない。現に今でも、日本では欧米では考えられないようなブラック企業が多数存在して栄えている。
 中国や韓国を「ニセモノばかりのパクリ大国!」とか「公害たれ流し!」と叩く前に、我が国もかつてはそうであった現実を省みるべきと考える筆者は、媚中的で自虐的な非国民なのだろうか。

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嫌な辛い出来事は忘れたい日本人と震災遺構

 あの東日本大震災から五年が過ぎた。
 そして三月になる度に、マスコミで「あの悲劇を忘れてはならない」という番組や記事が掲載される。

 東日本大震災の被害と教訓を後の世代に語り継ぐ事に関しては、誰も異論はないが。それと違い意見が真っ二つに分かれるのが、震災遺構の問題である。
 住民に避難を呼びかけながら津波にのまれた防災庁舎や、多くの犠牲者を出した小学校の校舎などを、「被災の実状を後世に伝える震災遺構として残すべきだ」という意見がある一方で、「見るだけで思い出して辛いから、一刻も早く取り壊してほしい」という声も少なからずある。
 残すべきという意見はもっともだと思うものの、見るだけで辛いという情もわかるし、正解というものがない問題だけに、被害の有り様をまざまざと見せつける“廃墟”をどうするべきか、結論を出すのはなかなか難しい。
 特に筆者の住む県は被災地では無く、当日も震度4の揺れに襲われた程度で実質的な被害は何も無かっただけに、下手に意見を言うと無責任な放言になってしまいかねない。

 それでもあえて筆者の個人的な意見を言わせていただければ、被災者の方、特に遺族の方は辛いだろうが、震災遺構は残した方が良い。
 何故なら、実物より人間の感情に強く訴えるものは無いからだ。

 無論、被災の様子は写真やビデオでも見る事が出来るし、被災者の体験を語り継ぐ事も活字として残す事も出来る。
 しかし被災地から遠く離れた地方の住民や、震災以後に生まれた次世代の者にとっては、映像や体験談は己の目で見ていない、ただ頭の中で想像したものでしか無いのだ。
 いくら被災を体験した方が当日の事を感情を込めて克明に語り、そして聞き手も涙しながら熱心に聞いたとしても、その時の津波の高さや破壊力の凄まじさまでは正確に伝わるものでは無い。

 2011年3月11日当日、筆者は長く続く異常な揺れに「これはただ事では無い」と感じ、揺れが収まると同時にテレビを付けた。そして仙台で震度7の速報を聴いた後、テレビをずっと付けっ放した。
 だからテレビ局のヘリコプターのカメラから中継される、各地を襲う津波の様子もリアルタイムで見た。波にのまれて行く家々や田んぼも、津波の渦に巻き込まれる船や車や人も、この目で見た。
 但し放送局のカメラを通して、暖房の効いた何不自由ない快適な部屋の小さなテレビ画面で。

 映像は意外なくらいに情報を伝えない。
 当日の寒さも伝えないし、波の高さや勢いの強さや水の冷たさも、見ている方はただ画面から推し量るしか無い。
 映像ですらそうなのだから、被災していない者にその日の事を体験談や活字でリアルに伝えるのは、もっと難しい。
 東日本大震災を体験していない者たちに、地震や津波の凄さや恐ろしさを最も生々しく心に響く形で伝えるものは、やはり震災遺構であろうと筆者は思う。その破壊された遺構を見てこそ、当日の波の高さや勢いを肌で感じる事が出来る。
 話で聞いたりテレビやパソコンの画面で動画を見たりするのとは、現地で見る本物の震災遺構の凄みはまるで違う筈だ。

 想像してみてほしい。もし広島に原爆ドームが無く、語り部の体験談を聞き写真を見るしかないとしたら、人々は被爆の被害を今ほどリアルに感じる事が出来ただろうか
 原爆ドームがあり、そして被爆して亡くなった方の遺品などの実物があるからこそ伝わるものも、確実にあるのではないだろうか。
 原爆ドームに関しても「思い出すと辛いから、無くしてほしい」という被爆者の声があったと聞くが、無くさず保存しておいて良かったと筆者は思う。

 ヨーロッパのポーランドでは、今もアウシュビッツの強制収容所が、ホロコースト記念館としてほぼそのままの形で残されている。「働けば自由になる」という有名な偽りの言葉を書いた入り口のゲートも、鉄条網も収容棟も、そしてユダヤ人を殺したガス室や死体を焼いた焼却炉も、当時のまま残されている。
 収容されていたユダヤ人の中には、生き残り解放された後も思い出すと辛くて、アウシュビッツに二度と行けないでいる者が少なからずいた。
 しかし生き残った元囚人たちは、「思い出すと辛いから、収容所は取り壊してくれ」とは言わなかった。自分は辛くて二度と行けなくても、悲劇とナチスの蛮行を後世に伝える為に、収容所はホロコースト記念館として残す事を選んだ。
 想像してほしい。もしアウシュビッツ強制収容所を「思い出すと辛いから」と壊して無くしてしまったとしたら、戦争を直に知らない世代の若いネオナチなどが「ホロコースト(ユダヤ人大虐殺)は無かった!」と言い出すに違いなかろう
 ちょうど今の日本で、安倍首相を支持する歴史修正主義者たちが「南京大虐殺は無かった!」と声高に叫んでいるように。

 三十歳以上の方なら今もよく記憶しておられるであろうオウム真理教事件に関して、筆者は一つとても残念に思っている事がある。
 オウム真理教の悪事が明らかになり、教祖の松本智津夫こと麻原彰晃が逮捕された後、山梨県旧上九一色村のオウム真理教の本拠が完全に解体されて更地にされてしまった事だ。
 筆者は当時から「せめて第7サティアンでもそのまま残して、カルト記念館にすべきだ」と主張して、友人たち皆から「何を考えてるんだ、非常識な!」と非難の大合唱を浴びてしまった。
 実は筆者のイメージには、アウシュビッツ強制収容所をホロコースト記念館として残して、ナチスと人種差別の罪を後世に残した事があったのだ。同様にオウム真理教が信者を極限状態に追い込み洗脳したり、サリン等を製造したりした教団の建物をそのまま残して、カルト宗教(と言うより何かを狂信して盲従すること)の恐ろしさと罪を後世に伝えるべきだと考えたのだ。
 そう説明したのだが、結局は誰にも理解しては貰えなかった。
「で、それに何の意味があるの?」
「地元の人たちの気持ちは考えてんの?」
「元信者がまた戻って来たらどうすんの」
 と、言えば言うほど白い目で見られて非難されるばかりだった。
 その結果が、今どうなっているか。二十代の若い世代はオウム真理教の恐ろしさを肌で知らず、アーレフと改称したオウム真理教の後継団体に入信している人たちが少なからずいると聞く。
 もし筆者がかつて提案したように、オウム真理教の洗脳や犯罪行為が行われた教団施設をカルト記念館としてアウシュビッツ強制収容所のように残しておいたなら、アーレフを含めたカルト教団に入信してしまう若者が少しは減っていたのではないだろうか。

 戦争の際の残虐行為も、オウム真理教などの悪行も。
 日本人は不快な事柄や辛い出来事は記憶にとどめて常に反省するのではなく、早く忘れてしまおうとする傾向が他国の人たちより明らかに強い
 東日本大震災の津波も、思い出すのは辛かろう。
 だが「辛いから」と言って、忘れてしまって良いものだろうか。

 東日本大震災の被災地の複数の方が、「震災が日本の他の地域から忘れられてしまっているようだ」とメディアで語った。
 筆者自身も、あの頃の「東北を応援しよう!」という空気が日本から薄れているのを確かに感じる。戦争についてだけでなく震災についても、「日本人は忘れやすい(忘れたい)民族だなあ」と嘆きたくなってくる。
 ただ筆者は被災地の方の心情にも、ある種の矛盾を感じるのだ。
 被災地の方の感情を逆撫でしてしまうかも知れないが、あえて言わせてほしい。
 他の地方の日本人に「東北の被災を忘れないでほしい」と願いながら、同時に「思い出すと辛いから、震災遺構は残して欲しくない」と言うのは、何か矛盾してはいないか。
 日本人皆に「覚えていて欲しい」と願うなら、震災遺構も原爆ドームのように、たとえ辛くとも目に見える形で残しておくべきではないか。
 筆者は被災者ではないので、これを言うと大変失礼だとわかっているのだが、あえて言おう。
 被災地の方自身が「辛くなるから思い出したくない」と震災の跡を消し去ってしまえば、震災の悲劇は他の地域の人たちにはもっと忘れられてしまうだろう。

 被災地で骨組みだけ残った防災庁舎や、鉄骨のねじ曲がり壁が割れた小学校の校舎を現地でこの目で見てこそ、肌で伝わるものは多々あるのだ。
「わあ、あんな高さまで波が届いたのか!」とか、「津波の力って、こんなにもの凄いんだ!」とか。
 映像や活字や体験談だけでは伝えきれないものが、震災遺構には間違いなくある

 とは言うものの、「震災の痕跡があるものはすべて残せ!」と言うつもりは無い。
 広島の原爆ドームのように、後世に残すだけの価値のある震災の凄さをより良く伝えるものを、地元の方や遺族の方などとよく話し合った上で残して欲しいと、津波の体験の無い、そして予想される東海・東南海・南海沖地震の震源地に近い海沿いの市に住む者として、切に願いたい。

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野良猫さん

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 立派な体格の雄猫さんなのですが、野良らしく鼻風邪を引いています。
 可哀相だなと思うのですが、警戒心が強くて近寄ろうとすると逃げてしまいます。
 姿勢を低くして、穏やかな声で話しかけながら近寄ってもダメなのです。
 庭に居場所を提供する以外に何もしてあげられないのですが、これも人に馴れない野生の野良猫の宿命と、ただ見守るだけにしています。

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時折やって来るお客さま

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 どこかの飼い猫なのか人もさほど恐れず、お澄ましして写真を撮らせてくれました。
 けど、あまり近寄り過ぎると逃げてしまいます。

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今日も続きます

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 今日もまた白百合です。
 けどこの百合は昨日のと違って少し派手です。

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百合は白が好きです

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 百合もいろいろありますが、私は何故か白百合が一番好きです。
 それは清楚なイメージがあるからでしょうか。
 確かにマンガなどには“白百合女学園”とか出て来ますが、“黄百合女学園”とか“黒百合高校”とかありませんものねwww。
“鬼百合学園”とか言ったら、ギャグやバトルマンガのせかいになってしまいます。

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