空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

安倍政権で「日本の報道の自由度」急落中!

 安倍政権は、政治的な公平性を名目にして、日本のマスメディアに圧力をかけている。
 公器でもあるマスメディアが不偏不党であるべきなのは、当然のことである。
 だが“政治的な公平性”と“不偏不党”は、似ているようでも中身はまるで違うのである。

 大学生の頃、筆者は文学部の史学科で国史を専攻していた。
 歴史、それも我が国の歴史を学ぶわけだから、教授や学生ら個々人の歴史の解釈には、当然その者の政治的な信条も影響してくる。
 そして当時は、「知識人=リベラルでサヨク」という時代だった。
 だから自由主義なのだが思想は保守寄りで、自民党の宏池会や旧田中派を支持していた筆者は、学内では異色な存在で、「コチコチの右翼」とまで言われていた。そして現実を見ずに理想論だけ振りかざす青臭い左翼の同級生たちを一人で論破していたので、左派の人間にはかなり憎まれていた。

 ところがどうだ。安倍政権が誕生しネトウヨが勢いづき、『WiLL』や『歴史通』や『諸君!』のような、過去の我が国の侵略の歴史を否定して美化する雑誌が書店に平積みにされている今日では、筆者は「反日の左翼」とされているのである。

 筆者自身の思想信条は、昔も今も変わっていない。基本的に保守で左翼は大嫌いだが、日本が過去に犯した侵略戦争の過ちも認めている。
 筆者自身は何もブレていないのにかかわらず、昔は「右翼!」と憎まれ、そして今は「左翼!」と叩かれるのである。
 世の中の空気とは、これだけ極端に変わるものなのだ。
 そして“中立”もそれに合わせて、世間が左寄りの時代には左に、右寄りの時代には右にブレるものなのである。

 各種の世論調査で発表されている、各政党別の支持率で考えてみてほしい。
 右翼の連中はは民進党すら左翼だと言うが、純粋な意味で左翼と言えるのは共産党と社民党くらいのものだろう。そして両党の支持率は、合わせても5%も無いだろう。
 と言う事は、今の日本に左翼など20人に1人くらいしかおらず、大半を占めているのは中道と右翼である。そしてその中道と右翼の間を取ったら、今の日本で言う公平中立の立場とは“中道右派”という事になる。
 しかし知識人やジャーナリストの多くが左派であった時代には、日本の“公平中立”はもっと左寄りだった。
 だから不偏不党である事は出来ても、正しく公平中立である事はひどく難しいのだ。
 そして現政権はその公平中立なる怪しげで不確かなものを振りかざし、マスコミに圧力をかけている。

 不偏不党とは、「特定の主義や政党に加わらないこと」である。
「政府の政策でも良いものは良いと言い、悪いものは批判する」のが不偏不党であって、何でも政府と野党の両方の言い分を紹介すれば良いというものでは無い筈だ。
 ところが「政府の悪い政策にも賛成意見も併せて報道せよ」というのが、現政権のマスコミに対する姿勢だ。
 そして強制的に徴収される「皆様の視聴料」で成り立っている筈のNHKの会長すら、明らかに政権の息のかかった者が据えられ、「政府が右と言うものを左とは言えない」と公言する始末だ。

 政府が右と言い、そして事実も右ならば、それを右報道するのは正しい事だし、政権に対するすり寄りでも何でもない。
 しかし事実が左ならば、政府がどれだけ右と言い張ろうと「左だ!」と報道するのが、真の意味の不偏不党だろう。

 だが現政権は公平中立の名を借りて、政府が右と言うものに左と言うマスコミに圧力をかけている。
 そしてその結果、日本の報道は萎縮し、国際ジャーナリスト組織『国境なき記者団』が発表している「世界報道自由度ランキング」で日本の順位が急落しつつある。
 ちなみにあの鳩ポッポで“宇宙人”とも呼ばれた鳩山政権の時、国際ジャーナリスト組織が見た日本の「報道の自由度」は世界で11位で、民主党政権末期の野田政権でさえ22位であった。
 ところが安倍政権に変わった途端(2013年)に何と53位にまで急落し、翌2014年には59位、2015年には61位と毎年落ち続け、そして今年はとうとう72位にまで落ちてしまった

 ちなみに「朴大統領の名誉を傷つけるコラムを書いた」という事で産経新聞の記者を裁判にかけた韓国が70位で、一国二制度とは言え中国の強い圧力を受け、中国の指導者に批判的な本を出した者が“失踪”してしまうような香港ですら69位である。
 それ以下の72位という国際ジャーナリスト組織の評価に「恥ずかしい」と思わない日本人は、感覚がどうかしていると筆者は思う。

 安倍首相はどうやら、第一次安倍政権が短命に終わったのは「マスコミの批判的な報道のせい」と思っているらしい。それで第二次安倍政権が発足してから、露骨にマスコミに圧力をかけ、政権寄りの報道をする放送局や新聞社のみを優遇している。
 そしてその結果が、国際ジャーナリスト組織による日本の報道の自由度は「世界で72位」という評価だ。
 高市総務相の電波停止発言も聞き、さらにこの72位という国際評価も聞いてもなお「日本には報道の自由がある」と思っている人がいるとしたら、頭がおかしいとしか言いようがない。

 高市総務相は、「政治的な公平性を欠くと判断した放送局には電波停止を命じる可能性がある」と発言したが。
 その「政治的な公平性」とは、いったい誰が判断するのか。
 この熊本の震災で放送されなかったが、政権に近いとされるある民放は、安倍首相をゲストに招いた番組を作る予定だったという。
 ではその安倍首相を招いた番組には、政権にも批判的な政治家やコメンテーターも招かれていたのだろうか。「もしも安倍首相やそれに近い人だけを招いて、安倍首相の話を聞くだけの“なごやかな”雰囲気の番組になったとしたら、政治的な公平性を欠く」と考えるのは筆者だけであろうか。
 高市総務相の念頭にある「政治的な公平性を欠く放送」とは、安倍首相と政権に批判的な番組であって、筆者には「政権寄りの放送なら不公平でも全然OK」と考えているように思えてならない。

「政府が右と言うことを、左とは言えない」と公言するような者を公共放送のトップに据え、批判的な報道には電波停止までチラつかせる一方、政権にすり寄る放送局には積極的に出演しようとするような安倍政権が長く続いている事を、かつては自民党を支持していた国民の一人として筆者は恥ずかしく思っている。

 ベトナム戦争があった頃のアメリカには、報道の自由が間違いなくあった。それで左翼や共産勢力の息のかかった者まで含めて、多くの記者が最前線に取材に赴いた。
 その結果、戦場の悲惨さだけでなくアメリカ軍の残虐行為まで世界中に報道され、アメリカ内外でアメリカ政府に対する非難が巻き起こった。
 あのベトナム戦争で、アメリカはベトナム軍でなく報道と世論によって負けたようなものであった。
 だからそれに懲りたアメリカは、その後のアメリカが関与した戦争では報道を厳しく規制するようになった。

 報道の自由は、民主主義国家の基本である。
 しかし政権に対する自由な批判は、政権の命取りになりかねない。
 その現実を、安倍政権も理解しているのだろう。
 だが安倍政権の「すり寄るマスコミに対するアメと、批判的なマスコミに対するムチ」は余りにも露骨で、民主主義の原則を踏みにじっている

 2009年から2012年日本の民主党政権は、いろいろな意味で酷かった。
 しかし少なくともあの当時には、政権を「酷い、サイテーだ、なってない!」と好き放題に叩く自由があった
 何しろ自国の首相を鳩ポッポだの、宇宙人だの、空きカンだの、カンカラカンだのと、好き放題に罵れたのだ。
 しかし今はどうだ。
 政権を批判する報道をしただけで、政府に「政治的な公平性を欠く」と睨まれ、電波停止を命じられかねないのだ。それで放送現場に「萎縮するな」と求める方がおかしい。
 だから今では、政府を批判する時にも必ず政府側の言い分も伝えねばならなくなっている。

 明らかに人材不足で政権担当能力も無く、政治は決められない事ばかりでも、バカをバカと非難する自由があった民主党政権と。
 特定秘密保護法でも安保関連法でも、マスコミの批判は許さず政府の政策を強引に押し進める現政権と。
 さて、貴方はどちらの政権の方が日本にとって「よりマシ」と考えるだろうか。

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実は良い子が多いです

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 黒猫を「不吉だ」とか言って嫌う人が少なくないようです。
 でも実際には、黒猫には人なつこい、性格の良い子が多いんですよ。
 この子も首輪も無い野良らしい子ですが、人を警戒せずに甘えてきます。

 ところで、今日は「昭和の日」なんですってね。
 私は今の今まで、4月29日は「みどりの日」だとばかり思い込んでいました。
 2007年に、自民党と公明党が昭和の日に変えたそうなのですが、うかつにも全く知りませんでした。

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カモミール

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 種を店で買ったのは一度です。
 なのに毎年、たくさん咲いてくれます。

 アブラムシがたかるので嫌う人もいますが、私はカモミールは好きです。
 問題のアブラムシも、放置しておけばいつの間にか天敵のテントウムシがやって来て食べてくれますしね。

 でも、これで「ハーブティーを淹れよう」などと思うと、アブラムシ退治に大変な思いをするでしょうね。

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数年ぶりです

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 我が家の梅の木は小さくて、花は咲いても実をつけてくれる事はそう多くありません。
 実が全くつかない年が、ここ数年続きました。
 でも今年数年ぶりに、たった一つだけ実をつけてくれました。

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柿の若葉

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 柿の若葉と躑躅です。

 柿の若葉は天麩羅にすれば食べられると聞きますが、「草食動物じゃあるまいし、葉っぱを食べるなんて」という抵抗感が先に立ってしまい、まだ食べてみた事はありません。
 美味しいんでしょうかね、柿の葉なんて。

 と、躊躇っている間に、毎年柿の若葉に大量の毛虫が発生してしまうのです。
 今年もまた、柿の若葉に虫に食われた痕跡があちこちに出来てしまっています。

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赤のヒメヒオウギ

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 ヒメヒオウギですが、種がたくさん獲れて、丈夫なのでよく増えて咲いてくれます。

 本当は、個人的には白のヒメヒオウギの方が好きなのですが、何故か白の方はなかなか増えてくれず、我が家の庭では毎年赤いヒメヒオウギばかりが元気に咲いてくれます。

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ボストンクラブ豊醇原酒の終売が迫る

 この春にキリンがウイスキーのラインナップを変え、富士山麓をリニューアルした他、オークマスター樽薫るを新製品として出した代わりにボストンクラブの終売を決めた。

 そのボストンクラブには淡麗原酒豊醇原酒の二種類があり、初めから食中酒として造られたらしい淡麗原酒の方には、筆者は全く興味が持てなかった。
 そもそもアルコール度数37%って、それだけでもこのボストンクラブ淡麗原酒が「本格的ではない、安売り用のウイスキー」とわかるではないか。
 が、ラガヴーリンタリスカーなど、ピート香の利いたウイスキーが好きな筆者としては、「ヘビーピートモルト由来の豊かなスモーキーフレーバーとしっかりとした飲みごたえ」を謳っている豊醇原酒の方には、以前から興味を持っていた。
 ついでに言えば、こちらの豊醇原酒の方はアルコール度数もちゃんと40%ある。

 で、このボストンクラブ豊醇原酒は、発売されて間もないうちに飲んでみたのだが、その感想は何とも微妙だった。
 最初に飲んだ一本は、「千円未満の安いウイスキーにしては美味い」と思った。キリン独特の、どこかバーボンの風味を感じる部分には違和感はあったものの、しっかりとしたスモーキーフレーバーには充分満足できた。
 それでこのボストンクラブ豊醇原酒を八百円台で売っていた店で、二本ほど追加して買ってしまった。

 ところが、その追加で買った方のボストンクラブ豊醇原酒は、どうしても美味いとは思えなかった。スモーキーフレーバーよりも、何故か熟成不足によるアルコールの刺激がツンツン感じられてしまったのだ。
 それで二本買った追加のボストンクラブ豊醇原酒の残り一本は、手を付けずに今も放置してある。
 しかしそのボストンクラブがこの6月に終売になると聞き、千円未満で買える唯一のヘビーピートモルト使用のウイスキーであるこのボストンクラブ豊醇原酒に、再び興味が湧いてきてしまった。
 一本目で感じたように、値段の割に美味いウイスキーなのか。
 それとも二本目の時に感じたように、お値段なりのアルコールの刺激がキツい安酒なのか。
 そのあたりを、このボストンクラブ豊醇原酒が店頭から無くなってしまう前にじっくり見極めてみようと思った。

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 で、例の飲まずに家の貯蔵庫に放置したままにしてあるボストンクラブ豊醇原酒の封を切って飲んでみても良かったのだが。
 店頭でボストンクラブ豊醇原酒を見てみると、家に保存してあるものと色合いがかなり違うのだ。
 同じボストンクラブ豊醇原酒でも、現在の製品は以前の製品より色合いが間違いなく薄い。
 それで今の物と昔の物の違いも確かめてみたくなって、あえて新しい物を買って飲んでみることにした。
 同じボストンクラブ豊醇原酒なのに色合いがどれだけ違うかは、写真でご覧の通りである。

 さて、新しい方のボストンクラブ豊醇原酒の封を切ってみると、まず甘い香りが漂う。売りである筈のヘビーピートモルト由来のスモーキーフレーバーよりも甘さの方が際立っている。
 飲んでみても甘い。ストレートで飲んでもまず甘さを感じる。しかしただ甘いだけでなく、甘さの中にビターさもある。
 スモーキーフレーバーを売りにしているものの、スコッチというよりバーボンに近い風味を感じる。だからピート香の利いたスコッチの好きな方は、あまり味に期待しない方が良い。
 とは言うものの、バーボンそっくりというわけでもなく、バーボンの甘さにスコッチのビターさとピート香を合わせたような、不思議な風味を感じた。
 豊醇原酒と名乗っているが、その名の通りに甘さやビターさやスモーキーさなどのいろいろな味と香りが混ざり合っていて、千円未満のウイスキーにしては豊かな味と香りがある。

 封を切って数日経つと、甘さだけでなくスモーキーフレーバーがそれなりに立ってくる。
 以前の濃い色だった豊醇原酒に比べ、今の豊醇原酒はスモーキーさやバーボンに似た味やアルコールの刺激など、あらゆる面でマイルドになって飲みやすくなった印象がある。
 しかし反面、ボストンクラブ豊醇原酒の売りであったヘビーピートモルト由来のスモーキーフレーバーは間違いなく薄くなった。
 筆者としては、スモーキーさが薄れた事を残念に思う。しかしマッサンこと竹鶴政孝氏が苦労したように、日本人にはスモーキーフレーバーを好まない人も多く、それを考えればボストンクラブ豊醇原酒の「ピート香も抑えて飲みやすくマイルドに」というブレンドの変更は、正しい判断だったのであろう。
 それにピート香を以前より抑えたとは言うものの、飲んだ後のアフターフレーバーにはスモーキーさが確実に残っている。

 筆者はウイスキーはワンショット(30ml)を20~30分くらいかけ、ゆっくり、じっくり飲むのが好きだ。グラスに注いだらまず色と香りを楽しみ、そしてほんの少量舌に乗せて味を楽しみ、飲み込まずにそのまま呼吸して香りも楽しむ。それから飲み込んで、またアフターテイストを堪能する。
 そうした飲み方を愛しているから、近頃の日本でやけに流行しているハイポールという飲み方は、どうしても好きになれないのだ。

 まずいとまでは言わない。
 しかしウイスキーを炭酸で薄く薄く割ってゴクゴク飲むハイボールは、ウイスキーの折角の味と香りの大半を損なってしまっているように感じられるのだ。
 特に豊かな味と香りを持つ良いウイスキーほど、ハイボールにするとその良さが台無しになってしまうように思える。
 逆に、ストレートや濃いめではとても飲む気になれないような安いウイスキーは、ハイボールにすると抵抗無くスイスイ飲めてしまったりする。
 だから筆者は、ハイボールは安いウイスキー限定の飲み方と思っている。まあ、タリスカーのハイボールに挽いた胡椒を振って飲むと美味しい、という話はよく聞くのだが……。
 日本のウイスキーの第一人者である土屋守氏も、その著書の中で「シングルモルトや長期熟成のウイスキーはストレートやトワイスアップに、リーズナブルなウイスキーや熟成年数の短いウイスキーはハイボールに向いている」と書いておられる。例外はあるものの、ハイボールにするにはやはり千円程度のウイスキーが向いているのではないだろうか。

 で、キリンはハイボールを飲む人達の為に、ボストンクラブの終売を決めオークマスター樽薫るを発売したが。
 筆者はボストンクラブ豊醇原酒でハイボールも作ってみたが、意外に悪くないと思った。炭酸で薄く割っても、持ち味の甘さとスモーキーさがちゃんと残っているからだ。
 だから筆者は、「このハイボールで何故ダメなのだ、どうして終売にする必要があるのだろう?」と疑問に思ってしまった。

 だがキリンのHPによると、日本のハイボール飲用者の求めるウイスキーとは、「すっきりしていて、飲みやすい」ものなのだそうだ。
 実際、プロのバーテンダーさんの中にも、スモーキーフレーバーの残るハイボールを嫌う人がいる。

 筆者はハイボールが元々嫌いだから、元のウイスキーの個性がしっかり残る、おそらく「すっきりしていない」ハイボールが好きなのだろう。
 実際、サントリーが売り出している角ハイボール缶も、角瓶をただ炭酸で割っただけの『濃いめ』は「まあ飲める」と思ったが、レモンも入れている通常の角ハイボール缶は一口飲んだだけで「ゲロまずっ!」と思ってしまった。
 ハイボールにレモンを搾って入れる人が少なからずいるが、筆者はウイスキーに酸味は違和感しか抱けない。
 しかしレモンの絞り汁を入れたハイボールを、「サッパリしてより美味しい!」と評価する人が多いのもまた事実である。

 だから思うのだが、少量のウイスキーをちびちび時間をかけて飲む者と、ハイボールにしてゴクゴク飲む者とでは、ウイスキーの好みが真逆なのではないだろうか。
 筆者はハイボールも1:2.5かせいぜい1:3までにして、氷も入れずに元のウイスキーの味を残して濃いめで飲む。しかし日本ではそれは少数派で、1:4くらいに割り氷もたくさん入れレモンも搾って「薄くサッパリ」させて飲むのが普通なのだろう。
 だから筆者が「案外イケる」と感じたボストンクラブ豊醇原酒も、日本のハイボール飲用者には不評だったのだろう。それでキリンも、ハイボールに割って飲む用に新たにオークマスター樽薫るを作らざるを得なかったのだろう。

 そのオークマスター樽薫るの発売で、ボストンクラブは豊醇原酒も淡麗原酒もこの6月に終売と決まったが。
 日本では珍しい千円未満のヘビーピートモルトを使用したウイスキーに興味のある方は、是非今のうちに味見してみてほしい。
 裏のラベルには「ヘビーピートモルト由来の豊かなスモーキーフレーバー」とか書いてあるけれど、実際にはブレンドを変えられて「ほどほどのスモーキーフレーバー」になっているので、ピート香が苦手な方でなければそれほど抵抗なく飲めると思いマス。
 これを終売にして、新たに「ハイボールとしておいしく飲めるブレンド」のオークマスター樽薫るを出さなければならないほど、ボストンクラブ豊醇原酒のハイボールが不味いとは、筆者には思えなかったのだがなぁ……。

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過去のツッパリ時代を武勇伝のように語るヒロミ氏

 この世には、立場を笠に着て下位の者に理不尽な要求をする者が少なからずいる。
 学校や職場での先輩による後輩イジメから、企業間での下請けイジメまで、下の立場の者や企業に理不尽なことをする輩は当たり前に存在するのが現実だ。
 で、貴方に聞こう。
 貴方はその上の立場の者たちの理不尽な要求を、「当然のもの」と思って受け入れ、そして同時に貴方より下の立場の者にも同じように理不尽な要求をして当然と思っているだろうか。
 それとも「立場がどうあれ、理不尽な要求は人としてすべきでない」と思うだろうか。

 毎日新聞に『学校と私』というコラムがあって、毎回各界の有名人に学生時代の思い出をインタビューしているのだが。
 そしてこの3月14日に、タレントのヒロミ氏がインタビューに応じていた。
 それによると、ヒロミ氏は中学時代からツッパリで、高校は生徒が逃げないように塀にバラ線(鉄条網)を張り巡らせたような工業高校に通ったという。
 で、ヒロミ氏は高一で早速オートバイの免許を取り、改造バイクを乗り回して「おまわりさんによく追いかけられた」そうである。
 これだけでも、若い時のヒロミ氏の人となりが想像できるだろう。

 そしてその時代の自分について、ヒロミ氏はこう語っている。

「暴走族」のつもりはないのですが、友達が集まると結構な人数になるので、周りからは100%、暴走族に見えたでしょうね。
 不良の社会は縦社会で、理不尽な先輩の要求にも応えないといけない。でも、そういうのは社会に出たら山ほどあるから、社会に出て役立った部分がすごくある。不良はいいかげんに生きてると思われるかもしれないけど、結構ルールが厳しいんです。人生には無駄がないなと思います。


 このヒロミ氏の言葉を聞いて、胸がムカつく思いをしたのは筆者だけだろうか。
 この種の、己の過去の愚行に対して反省のカケラも無く、それどころか武勇伝のように話す元ツッパリを見ると、少なくとも筆者は胸くそが悪くなる。

 真面目に生きている他の大勢の人間は、ツッパリや暴走族の存在に心から迷惑してんだよ。
 なのにヒロミ氏は「若気の至りで、昔は周囲の皆さんに迷惑をかけました」と世間に詫びるどころか、逆に「不良の社会には世の中に出て役立つ事がすごくある」と自慢げに語る始末だ。
 この種の元ワルだった過去を武勇伝として語る者は、人間の屑だと筆者は思う。

 で、そのヒロミ氏が「社会に出て役立った部分がすごくある」と語った事とは、平たく言えば「先輩の理不尽な要望に応えること」である。
 つまりヒロミ氏は、「上司や客の理不尽な要望に応えること」が、社会人して必要な資質と考えているのであろう。

 実際、己の有利な立場を笠に着て、部下や取引先や下請けなどの弱い立場の者達に理不尽な要求をする者は、確かに幾らでもある。
 だが世間の皆が皆、全員が下の弱い立場の者らに理不尽な事を求めているわけではなかろう。
 だから筆者は、「人には、自分より下の弱い立場の者には理不尽な事を求めて当然と考えている者と、そうでない者の二通りが存在する」と考えている。
 そして筆者は、「上の立場だから、下の弱い立場の者には理不尽な事を求めても良い」と考えている者達を軽蔑する。

 と言うと、「オマエは世の中がわかってない、小学生かよwww」と非難する方がきっと出て来るだろう。「下請けには値下げを強要し、正社員を派遣に置き換え、重いノルマを課しサービス残業をさせて会社はようやく生き延びているのだ、綺麗事を言っていたら競争に負ける」と言い、社会のいろいろな理不尽を肯定する方が必ずいるだろうと思う。
 だがその社会の理不尽さを「世間とはそういうものだ」と肯定していたら、世の中がとても住みにくいものになるのではないか。

 元請け会社が下請けに無理を言い、だから下請けも孫請けに無理を言う。そうしたらその無理をすべて負わされる一番下の孫請けはどうなるか。
 部長が課長に、課長が係長に、そして係長が平社員に無理を言っていたら、一番下の社員は過重な負担で潰れてしまうのではないか。

 近年、会社の都合で正社員を派遣に置き換えている職場が増えているが。で、低賃金で不安定な仕事をせざるを得ない弱い立場の人達が増えた結果、結婚できない人達が増え少子化に拍車がかかり、日本はとうとう人口が減少し始めた。
 安倍首相のアベノミクスだの三本の矢だのが、現実には首相が主張するほどうまく行っていないのも、安定した職が無く低収入の国民が増えている現状では、国内消費を増やしようが無いからではないのか。
 部下であれ取引先であれ、立場が下の相手には理不尽な事を求めても構わない。その今の日本の風潮が、少子化に拍車をかけ人口を減らし、結果的に経済成長にもブレーキをかけているのではないかと思うが、間違っているだろうか。

 小中学生レベルの綺麗事と失笑されるかも知れないが、立場が下の相手も正当に扱い、理不尽な事は求めず人としてきちんと扱うような社会にならねば、日本の人口減少と経済の衰退に歯止めはかからないと筆者は考える。
 高給でなくとも安定した収入の得られる正社員で、残業も欧米並みに少ない環境でなければ、どうして安心して子供を産み育て、消費にお金を回す事が出来ようか。
「低賃金の派遣の仕事で働き残業もして、さらに子供も産んで消費にもカネを遣え」と言う今の政府の政策や経済界の言い分は、弱者に対するとんでもない理不尽な要求に筆者には思える。

 大阪北新地の社交料飲協会の初代理事長が1980年に作った『ホステス心得帖』という小冊子が、近頃「男が読んでも為になるし、新人社員教育にも良い」と評判になっている。
 実は筆者も全文を読んでみたのだが、為になる事が数多く書いてあった。
 その中に「先輩・後輩の順序を守ること」と書いてあると同時に、こうも書いてあった。

 人間は、自分より立場の弱い人に対する態度で、その人の値打ちが決まる。

 過去のツッパリ時代や暴走を自慢げに語り、「理不尽な先輩の要望にも応えなければならず、それが社会に出てすごく役立った」と言うヒロミ氏と。
 先輩と後輩の序列は重んじつつ、立場の弱い者に威張ることを戒める大阪北新地のホステスと。
 さて、人としてどちらが立派であろうか。

 中国に「上敬下愛」という言葉がある。
 下の立場の者は上の者に敬意を払い、そして上の立場の者は下の者を慈しむ。
 それを実践してこそ皆が生きやすい社会になるのではないか思う筆者は、頭が綺麗事に走り過ぎて幼稚なのだろうか。
 少なくとも筆者は、立場を笠に着た理不尽な要求を当たり前と認めるような人にはなりたくないし、その種の人々を軽蔑する。

 ハイ、だから筆者は周囲の、特に上の立場の人達と衝突する事が少なくないデス。そして損をする事も度々あり、生きるのが下手だとも言われマス。
 それでもヒロミ氏のような、過去のツッパリ時代を自慢して「上の立場の者の理不尽な要求に応えるのが当然で、それが世の中というもの」と思うような人には死んでもなりたくないと、心から思っている。

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清楚な花に惑わされてばかりです

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 地味で目立たないけれど、よく見ると清楚で綺麗な小さな花。
 そう、私はいつもこのテの女性に引っ掛かって痛い目に遭ってしまうのですよ。
 小柄で華奢で、線の細い感じの女性と言うやつですね。
 男を惑わす最もしたたかな女性は、頼りなげな清楚系を装うものだということを、もっと早く知っておくべきだったと、今更ながら悔やんでいます。

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また躑躅です

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 また白い躑躅です。

 実は我が家には、赤い躑躅もちゃんとあるのです。
 なのに赤い方はいつもあまり咲かず弱弱しく、この白い方が毎年元気に咲き誇っています。

 女性もそれと同じで、一見派手そうに見える女性より、清楚でつい助けてあげたくなってしまう女性の方が、実は強くてしたたかなのではと思う、今日この頃です。

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