空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

当ブログが、サントリーから告訴される!?

 ヨーロッパに留学したある若い日本人が、向こうの学生生活でまず驚いたのが、ヨーロッパ人の学生同士の激しい言い合いだった。
 で、その言い合いが収まった後で、日本人の留学生は側にいたヨーロッパ人の学生に話しかけた。
「凄い喧嘩だったね」
 すると相手のヨーロッパ人の学生は、驚いた顔で日本人の留学生にこう言い返したそうだ。
「喧嘩? 何を言ってるんだ、ただ議論していただけじゃないか」

 この日本人とヨーロッパ人の感覚の違いが、筆者には実によくわかる。
 空気を読み、皆と同調することを第一とする日本人の間では、「議論=口喧嘩」ととらえている人が非常に多い
 だから日本人は、議論が下手で同じ考えの人達だけで固まり合い、違う考えの人とまともに議論する事すら出来ない人が非常に多い。
 そして批判や反対意見を自分個人に対する個人攻撃や誹謗中傷ととらえ、感情的になって本当に喧嘩をする愚かな人がとても多い

 考えてもみてほしい。
 人はみな同じなのではなく、人はみな違うのだ。
 AさんとBさんでは、考え方や価値観や好みその他がいろいろ違っていて当然なのだ。
 だからAさんがBさんと違う考えを持ち、Bさんに「いや、自分はそうは思わない。それは違うと思う」と意見を言う自由も当然ある筈である。
 しかし日本ではそこで事実に基づいた冷静な議論にはならず、「AさんがBさんに喧嘩を売った」と理解されるのである。そしてBさんは「Aのヤツに自分を否定された」と怒り出し、議論でなく感情むき出しの罵り合いになるのである。
 下手をすれば本当に手が出て暴力沙汰になる事さえあり、そこまで至らなくとも後々まで遺恨が尾を引き、いい大人が「その後はずっと無視したり、イジメたりする」などといった行為に走る事もある。

 筆者はアスペルガーで空気が読めないからか、感覚が日本人離れしているからか、どうしても理解できない。
 AさんがBさんの意見に反対して批判する事が、どうして「Bさんを否定し、誹謗中傷した」事になるのだろうか。
 なぜ日本人は意見や立場の違う人とまともな議論が出来ず、批判をすればすぐ感情的な反発をするのだろうか。
 同じ意見や好みを持つ者ばかりで固まって、異論は自分に対する悪口と見なして絶対に許さない
 そう、違う意見を正当な批判と理解できず、悪口としか受け止められない愚かな人がこの国には多過ぎるのだ。

 このブログを読んで下さっている方はご存知と思うが、筆者はサントリーに批判的である。
 筆者が「こうあってぼしい」と願う酒造りと、サントリーの酒造りに対する姿勢が、あまりにも違いすぎるからである。
 で、幾度かその事についてブログの記事にしたところ、この7月19日にビリーさんという方から、こんなコメントが届いた。
 そのタイトルは『幼稚な考え』であった。

 ビリーさんはそのコメントを皆が読める公開のメッセージでなく、筆者個人に対するメールとして送ってきたので、その是非を皆さんに判断していただく為に、あえてその全文を公開する。

 まず、サントリーはニッカよりも不正はしていない。
 あなたは、自分の狭い知識の中で、狭いウイスキーの中で話しをしているのではない。ただ、サントリーが嫌いという固定観念があるがゆえにゴタゴタ小言を、書いて。結果サントリーが嫌い。実に幼稚な人だかわいそうだ。
 つけ加えると、今スコットランドの蒸留所は非常に品質が悪い。設備が汚い。スコッチより山崎、白州、響、竹鶴等のウイスキーのほうが、世界で通じる洋酒になっているのは間違いない。あなたの舌が悪いのではなく、世界の味覚が、ジャパニーズウイスキーになじんできている。
 サントリーを誹謗中傷すれば、blogで、さえも訴えられる可能性もある。早く消しなさい。


 確かに筆者はこのブログで、サントリーに対する批判を繰り返してきたが。
 ただ筆者は感情のままに罵詈雑言と悪口を浴びせたのではなく、日本消費者連盟やサントリーの元社員が書いた本などの資料に基づいて批判してきた筈である。
 日本も加盟しているマドリッド協定に明らかに違反するポートワインなる怪しげなものを売り続け、ポルトガル政府から激しい抗議を受けた事も。
 少なくとも1980年代までウイスキーにリキュールや甘味果実酒を混ぜ続け、特にあの角瓶などモルト原酒をグレーンアルコールと称する樽熟成ナシのアルコールで希釈し、リキュールで香りづけして売ってきた事もまた、悪口や誹謗中傷でなく間違いのない事実である。

 筆者は前記のビリーさんに、サントリーを誹謗中傷していると言われた。
 ここで誹謗中傷と批判の意味の違いを確認しておこう。
 辞書によれば、誹謗とは「悪口を言い相手を貶めること」で、中傷は「無実の事を言って他者の名誉を傷つけること」、そして批判は「人物・行為・判断・学説・作品などの価値・能力・正当性・妥当性などを評価すること。否定的内容のものをいう場合が多い」とある。

 繰り返すが筆者は、サントリーの負の側面を批判しただけであって、ありもしないデタラメを言ってけなしたわけではない。
 ビリーさんは、筆者のブログはサントリーに対する誹謗中傷と言うが。ビリーさんはその前に、誹謗中傷の意味をもう一度学び直した方が良い。

 筆者はただ、サントリーが過去にしてきた事実を書いたまでの事である。
 だがビリーさんなどのサントリーびいきの日本人達から見れば、その事実を事実として言うことすら「悪口を言い貶めた、誹謗中傷だ!」という事になるのである。
 そう、日本人とはそういう民族なのだ。
 異常に空気を読み合い、他者には同調圧力をかけ、反対意見を言われると「悪口を言われた、個人攻撃をされた!」とキレる。
 だから日本では、批判や反対意見はすぐに感情的な口喧嘩となり、まともな議論ができる人がとても少ない。

 情けない事だし、「これで考えや価値観の異なる他国の人達とまともに話し合いができるのか?」と不安になってくる。

 筆者は正真正銘の日本人だし、日本という国も愛しているが。
 この「批判や反対意見=自分に対する悪口で誹謗中傷」と感じる人が多く、意見や立場の違いを認めて真っ当な議論ができない事を、心から残念に思う。

 例のビリーさんがただ根っからサントリーが好きな方なのか、それともサントリーのウイスキーを扱う仕事をしている方なのかはわからないが。
 いずれにせよサントリーには都合の良くない事実を書いただけで「誹謗中傷で訴えられる」、だから筆者のブログも上から目線で「すぐに消しなさい」とは、本当に笑わせてくれる。

 人間には、大まかに分けて二通りあって。
「訴えるよ」と脅されると、「コワい、コワい」とビビってしまう人ばかりではなく、逆に「おお良し、訴えるなら受けて立とうじゃないか!」と燃えてしまう者もいるのだ。
 サントリーに都合の悪い事はいろいろ書きまくったが、少なくとも筆者は嘘は書いていない。
 その無名の一ブロガーである筆者のもとに、大サントリー様wwwから告訴状が届くかどうか、今からわくわくしている。

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デートの費用は男が持つべきなのか?

 男女が親しくなりデートをすると、一つの難しい問題に直面する事になる。
 それはズバリ、「デートにかかる費用を、どちらがどう持つか?」である。

 以前は、デートの費用は男が負担するのが当たり前だった。
 しかし男女平等が当たり前の世の中になり、そして男が明らかに経済的に優位な立場にあるとは限らない今、割り勘というケースも少なくなくなった。
 だが女性の本音を聞いてみると、女性はやはり「男性には奢ってほしい」と思っている女性が多いようだ。
 そして割り勘を求める男に対して、「セコい」とか「器が小さい」などという感情を抱くらしい。

 これを読んでくださっている男性の方々からは、「口では男女平等とか言いながら、カネの事となると女は都合良く男をあてにするからズルい」という怒りの声が聞こえてきそうだ。
 だが女性というものは、妊娠し出産したら何年間かは働けなくなる生き物である。
 いくら男女平等を叫ぼうと、妊娠中と出産後のある程度の期間はパートナーである男性の収入に頼って生きなければならない現実は変わらない。
 だから女性は本能的に、自分に気前の良い、デートの費用くらい持ってくれる男性に好感を抱き、頼りがいを感じるのだろう。

 筆者の場合、交通費や食費や現地での遊興費や宿泊費など、デートの費用は基本的に筆者がすべて出してきた。
 育った時代のせいか、それとも持って生まれた性格なのか、支払いの場では男が黙ってサッと全額出した方がスマートだと思うからだ。

 割り勘派の男性にお尋ねしたいが、会計の時に相手の女性からどうお金を受け取っているのだろうか。
 今は8%の消費税が加算されるし、何千円ちょうどとか何万円ちょうどとか、綺麗に割り切れる金額を請求される事は少ない。むしろお食事2人分で3380円とか、細かい金額を請求される場合の方が多い。
 それを「3380円を2で割って……」とか、「君が頼んだのは1180円のパスタと380円のミルクティーだから……」とか、いちいち端数まで暗算して小銭まで出して貰うのだろうか。デートとして、それは興醒め極まりないと思うのは、筆者が古いタイプの男だからだろうか。

 まあ、「ボクが3千円出すから、キミは端数だけ出して」と女性に求めるやり方もある。
 だがそれでも、「オレの方が多く出している」という気持ちが男性側に残る事には変わりない。
 だったらスッパリ全部男が出した方がスマートだし、気分的にもスッキリするのではないだろうか。

 サイテーなのは、女性にも割り勘や応分の負担を求めるくせに、そのお金はそっと出させ、会計の時にはいかにも自分が出したかのように払おうとする男である。
 男の顔を立てろ、という事なのだろうが。
 そんなに“男の顔”とやらを立てたければ、最初から全部自分が払えば良いではないか。
「男女平等だから」と女性にも応分の負担をさせておいて、会計となると“男の顔”とやらを立てたがる奴は、ハッキリ言うが男としてゲスである。
 割り勘を当然と思うなら、人前でも堂々と女性にもカネを出させるべきだ。それを「恥ずかしい、男としての顔が……」とか思うなら、割り勘などせずに自分で奢れよ。

 断っておくが、筆者は別に金持ちというわけではない。むしろカネは無い方だし、しかも写真というお金のかかる趣味を持っている上に、欲しい書籍類は躊躇わずに買う悪癖もある為、カネの工面にはいつも苦労している。
 だから筆者は、かけるべき所にはお金はかけるが、それ以外の方面に対する支出は徹底的に切り詰めている。
 例えば筆者の車は古い軽自動車だし、服やバック等の持ち物もブランド物は一切持たないでいる。

 筆者は自分の感性や教養を高める為のお金は惜しまないが、持ち物や衣服で自分を飾る事に一切の興味が無いのだ。
 大切なのは、人としての中身と思っているから。
 だから見栄を張る必要も感じないし、外面を飾って「スゴい!」と思われたくもない。
 だからデートも古い軽自動車で平気で迎えに行くし、それを恥ずかしいとか貧乏くさいと思うような女性など、こちらの方からお付き合いはお断りだ。

 デートでの食事も同じで、その時に筆者にお金のゆとりがあればホテルの最上階のレストランとかお洒落なレストランとかに(全額こちら持ちで)ご招待するが、お金が無ければファミレスに平気で連れて行く。
 デートにかかる費用は全額こちらで持つから、その代わり車が古い軽だろうが、どこで何を食べようが文句は言うな、というわけである。
 いや、もちろん相手の好みも考えもするし、「どこに遊びに行きたい?」とか尋ねもするよ。そうして相手の意向も考慮した上で「デートは(費用も含めて)こちらに任せて」というわけ。

 で、デートの費用はこちらが全部持つけれど、無理はしない。
 好きな女の子に「ここに連れてって!」と言われても、無理な時は無理ときちんと言うよ。
 以前の夏に、ある女の子と数日間旅をして。ハイ、交通費も宿泊費も食事代もすべて筆者持ちデス。
 で、その間もなく後に同じ相手に「今度は東京に連れてって!」とねだられた時には、「駄目、お金がナイ」ってきっぱり言った。

 デートの費用は全額持つ代わり、カネが無ければ見栄を張らず、駄目な時は駄目と言う。これが筆者のやり方なのだ。
 無理はしてないから、女の子に奢ってもそれほど負担に感じないのだ。
 むしろ可愛い女の子と楽しい時間を過ごせたのなら、そのくらいのコストは負担しても充分OK、と言うか。

 筆者の経験で言うと、割り勘を自分の方から言い出してくる女性は、素直に奢られる女の子より意識過剰で付き合いにくい女性が多かった。
「貴方とアタシは対等な友達で、恋愛感情も無いし借りを作りたくないの」みたいな感情が見え隠れしていてね。
 むしろ素直に奢られて「ありがとー、ごちそうさま」とニコッとしてくれる女の子の方が、ずっと可愛げがあったね。

 ただ本当に性格の良い子は、何度か奢られた後で多過ぎない程度のお金をそっと渡して来たね。
 筆者が「別にいいよ」と言っても、「いいから、受け取って」と。

 デートして、相手の女性がお金を出さない事に不満を感じるのは、その男性が無理をしているからではないかと思う。
 相手の希望ばかり聞き、そして見栄も張り、行きたくもない所に高いお金を払ってデートに行くから不満が溜まるのだと思う。
 見栄を張らずにありのままの自分を出し、「それで振られるなら仕方ない」くらいの気持ちで、無理の無い予算で自分も行って楽しい所に行けば良いのだ。

 割り勘にするのも、男が多めに費用を持つのも、お金は男が全部払うのも、それはそのカップル次第だけれど。
 ただ言えるのは、女性すべてが「オトコが奢って当然」と思ってるわけではないけれど、「奢られると嬉しい」という女性が多いのも事実なのだ。
 だからデートでは男が黙ってさっさと会計を済ませた方が、好感度が高まる場合が多いね。
 で、「ワタシもお金出すよ」とか「今度はワタシに払わせて」とか言ってくれるかどうかは、その相手の気持ち次第という事で……。

 良いか悪いかは別問題として、「男が奢るもの」と覚悟した上でデートした方がうまく行くのは事実だ。そして奢るなら、かかる費用を負担に感じないよう、無理せず見栄を張らない事が大事だね。
 筆者はデートで女の子に奢りはしてきたけれど、決して貢ぎはしなかったから。
 だからデートがいつも全額自分の奢りでも、「可愛い子と楽しい時間を過ごせたのだから、ま、いいや」と割り切れているよ。
 と言うか、一緒に過ごして楽しくない、御飯を奢るくらいのお金も惜しいような女性とは、そもそもデートなどしない方が利口なのだ。

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清楚な花は美しい、けれど…

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 こういう清楚な花も良いものですが。

 しかし人間の女性で清楚をウリにしているような子は要注意ですよ。
 女性の清楚には、フリをしているだけの偽装が少なくありませんので。

 また、地味系の可愛い子は、目立たないようでいて実際にはかなりモテている場合が多いです。
 男性は、派手な目立つ美人さんより、地味にも見える清楚系の子を好むものだから。
 で、どこにでもいそうなあまり目立たない子が、実は競争率が高くてプライドも高かったりします。

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季節を無視して撮り溜めた写真をアップしちゃいます

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 季節外れの写真でスミマセン。
 でも、地味だけれど白い花も良いものですね。

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花の好みはまず色重視です

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 花の名は知りませんが、この色が好きで撮りました!

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地元民にはこれが当たり前の風景

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 富士山の周辺に住む人たちは、こんな風景を当たり前のようにいつも見ています。
 富士山を見るには車等で出掛けなければならない場所に住んでいる私としては、少し羨ましいです。

 でも地元の住民にとって富士山は、「いつもそこにあるのが当たり前」って感覚なんですよね。
 美しい風景って、むしろ遠くから来た旅行客を感動させているような気がします。

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よく雲を使ってごまかします

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 富士山は形がシンプルなので、逆に撮るのが難しいです。
 で、つい雲などを画面に入れて、撮る腕の拙さをごまかしてしまいます。

 ウインドウズ7から10への乗り換え、時間はかかりましたが案外簡単に出来ました。
 ただ、操作に慣れるまでが少し大変そうです。
 私などビクチャのファイルがすぐには見つけ出せず、「無くなってしまった、困った、どうしよう!」とうろたえてしまう有様でした。
 情けないです。

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ちょっと贅沢な酎ハイ、こくしぼり

 酒類メーカーにとって、酎ハイはいろんな製品を出しやすい、魅力的な市場だそうである。
 確かに酎ハイには甘いものやら甘くないのをウリにしたものや、百円未満のものから百五十円以上するものまでいろいろある。

 で、このブログでも以前にも酎ハイについて何度か書いたが、今回は果汁を多く使った、サントリーのややお値段高めな酎ハイ、こくしぼりについて述べてみようと思う。

サントリーこくしぼり葡萄P1100069

 まず、こくしぼり芳醇ぶどうを飲んでみた。
 普通の缶チューハイは、果汁を使っていてもせいぜい数%程度で、実は香料と糖類と酸味料でそれらしい味を作っているものが多い。
 しかしこの芳醇ぶどうは、果汁28%である。

 缶チューハイの中では、果汁の使用量は間違いなく多い方に属する。
 しかしこのこくしぼり芳醇ぶどうもまた、香料や糖類や酸味料を使っている。

 以前、キリン本搾りシリーズを飲んでみた。
 本搾りシリーズはお酒と果汁だけで造られていて、香料や糖類や酸味料などは一切使っていないのがウリである。
 で、値段も量販店で百円ちょっとと手頃で、それでいてかなりの率の果汁を使っていた。
 例えば本搾りオレンジなど、果汁45%だった。

 しかしその本搾りシリーズは、飲んでみるとどれもアッサリしている印象を受けた。
 飲み続けているうちに「これは旨いな」と思うようになるのだが。
 最初の一口の印象は、「薄いかな」と思ってしまうのである。
 一缶すべて飲み切ってしまうのなら良い。
 だが第一印象には、どこか物足りなさが残るのである。

 その点、こくしぼり芳醇ぶどうは最初から味も香りも濃くて、本絞りで感じた「最初の一口の物足りなさ」が無い。
 ただ香料や糖類や酸味料を加えている分だけ、どこか味に作りモノっぽさも僅かながら感じてしまう。
 果汁が数%で、味と香りを殆ど香料等で作っている安物の缶チューハイとは質が違うが、それでもやはりどこか「手を加えた味だな」と感じる不自然さが残る。

 このこくしぼりは、缶チューハイの中では少々お高めだ。
 大手のスーパーのお酒コーナーで買ったのだが、一缶で170円(税込み)だった。
 それだけにこのこくしぼり芳醇ぶどうは、ただ果汁を28%も使っているだけでなく、隠し味にワインやブランデーも加えている。ここが果汁は僅かで、ほぼ香料と糖類と酸味料で味を作った他の安物の缶チューハイと違うところだ。
 うん、ワインはわからなかったがブランデーの風味は間違いなく感じた。
 多めの果汁にブランデーの風味が重なってか、味に深みとコクを感じる。

 下手なジュースよりずっと果汁の味を感じるし、果汁を僅かしか使っていない他の安い缶チューハイより間違いなく旨い。
 メーカーがプレミアムと謳うだけのことはある。
 が、税込みで170円という実売価格ほど、他の缶チューハイより旨いとは言い切れない。

 こくしぼり芳醇ぶどうは旨い。
 それは間違いないのだが、香料や糖類を加えている分だけ甘さや味の作りモノっぽさが気になるし、筆者だったら百円ちょっとで買え、そしてお酒と果汁だけで作られたスッキリした味のキリン本搾りの方を選びたいと思ってしまう。

サントリーこくしぼり桃P1100054

 さて、続けてこくしぼり豊潤ももを飲んでみた。
 細かい事だが、同じこくしぼりホウジュンでも、葡萄の方は“芳醇”で、この桃の方は“豊潤”と字が違うのでご注意を。

 このこくしぼり豊潤ももは、缶を開けた途端に桃の豊かな香りが漂う。
 飲んでみても、桃の味を濃く感じる。ただ少し甘過ぎるかも。

 このこくしぼり豊潤ももも、こくしぼり芳醇ぶどうと同じで、果汁は28%だ。そして香料と糖類と酸味料も加えられている。
 ただ果汁の割合は同じでも、桃の方が葡萄より味も香りも強いようだ。
 そのせいか、こくしぼり芳醇ぶどうで感じた香料等の作りモノっぽさをあまり感じない。

 ただ、桃の味と香りが強過ぎるのか、これにも隠し味として使われているブランデーと桃のリキュールの味も殆どわからなかった。
 良く出来ているとは思うのだが、少々甘過ぎて、一缶すべて飲み切るとかなり重く感じる。加えている糖類をもう少し減らした方が、スッキリした良い味になると思うのだが、それは個人の好みの問題かも知れない。

 筆者の感想では、どちらも旨いが酒として飲むなら芳醇ぶどう、酔えるジュースとして飲むなら豊潤ももが良いと思う。

 実はこのこくしぼり芳醇ぶどうと豊潤ももを、女性にも試しに飲んでもらってみた。
 芳醇ぶどうについては、「ふーん」というだけで、特に美味しくも不味くも無いという感じだった。
 しかし豊潤ももについては、「これは美味しい!」と繰り返し言っていた。
 筆者には甘過ぎるように思えた豊潤ももの甘さも、女性に言わせればこのくらいの甘さがちょうど良いのだそうだ。

 筆者個人が缶チューハイを飲むとしたら、このこくしぼりより、キリンの本搾りを選ぶが。
 ただ女性に勧めるには、このこくしぼり豊潤ももは最適かも知れない。

サントリーのんある気分P1100090 サントリーのんある気分ジンライムP1100106

 余談だが、筆者はノンアルコール飲料を殆ど飲まない。「酔えないビールやカクテルなど意味ないし、そんなモノ飲むくらいならウーロン茶やミネラルウォーターでも飲んだ方がマシ」と思っていたのだ。
 が、先日大手のスーパーのお酒コーナーで、こくしぼりシリーズと同じサントリーのんある気分ソルティドッグテイストが、税込みで108円で売っていたので、安いジュースでも飲むつもりで買ってみた。
 実際、こののんある気分はお酒コーナーにありながら、炭酸飲料と書かれている。

 悪くなかった。
 こう言うと多くの人を敵に回してしまいそうだが、実は筆者はコーラは嫌いで全く飲まない。あのベタッとした濃い甘さが苦手なのだ。
 同じ理由で、筆者はサイダー類の多くも飲まない。
 筆者にとって市販されている炭酸飲料やジュースの大半が甘過ぎるのだ。

 そんな筆者にとって、のんある気分のスッキリして抑えた甘味はとても心地良かった。
 よく見ると、こののんある気分のシリーズは、カロリーも糖類もゼロだという。アセスルファムKとスクラロースとかいう甘味料だけで甘さが作られているようだが、ただ甘過ぎないだけでなく、飲んでも太る心配が無いのは有り難い事である。

 で、同じのんある気分の、ジンライムテイストも飲んでみたのだが。
 これも同じように程良い甘さで一気に飲め、なかなか悪くないと思った。

 こののんある気分は、地元系の小さなスーパーでも税込み122円で売っていて、いずれにしても自販機で買うジュースより安い。
 で、カロリーも糖類もゼロでそれなりに良い味で、暑い時にゴクゴク飲むには向いていると思う。
 お酒の代用品と言うより、純粋に炭酸飲料として飲んで美味しいと思った。

 実は筆者は、ソルティドッグはカクテルとして何度か飲んだ事がある。
 そのせいか、のんある気分ソルティドッグテイストを飲んだ後、何となくだが、ごく僅かに酔ったような気分になった。
 一方、ジンライムは飲んだ事が無く、そしてのんある気分ジンライムテイストを飲んだ時には、ただただ「甘過ぎない炭酸飲料」としか思えなかったし、酔ったような気分には全くならなかった。
 つまりノンアルコール飲料で、お酒を飲んだような感じを少しでも得られるかどうかは、以前にその種の本物のお酒を飲んだ事があるかどうかによるのだろう。

 それはともかくとして、のんある気分が甘過ぎない炭酸飲料として充分に美味しく飲める事がわかったのは、猛暑に向かいつつある今、一つの収穫だった。

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ぜひ上皇の地位の復活を!

 先日、天皇陛下が生前退位のご意向を発表された。
 賢明かつ尤もな事である。

 筆者は以前から不思議に思っていた。
 天皇は何故、崩御されるまで天皇として多忙なお仕事をなさらなければならないのだろうか、と。
 昭和天皇に対しても感じたが、ご高齢でしかもご病気もあって、それでも天皇としての務めを果たそうとなさるお姿は、下々の者である筆者が垣間見るだけでも痛々しかった。

 日本には古来から、上皇(太上天皇)という地位がある。
 それなりのお年になった天皇は皇太子に位を譲り、上皇として自由な立場でお過ごしになっていた。
 今、皇太子殿下も既に五十歳を越えておられる。
 なのに何故今もまだ皇太子のままでいて、ご高齢の天皇陛下が多忙な日々を過ごさなければならないでいるのか、筆者は不思議でならない。

 筆者は昭和天皇がご高齢で病気がちになられた頃から思っているのだが、天皇はある程度の年齢になり、そして皇太子が天皇としての任を充分に果たせるようになったら、位を譲って上皇となる制度を整えるべきではないだろうか。
 国事行為や天皇としてのお仕事は、体力と気力もある壮年の新しい天皇に委ね、後は上皇として会社の顧問のような立場で天皇の良き相談相手になりつつ、公務から離れて自由な日々をお過ごしになれるように制度を変える(日本古来の制度に戻す)事は、ご高齢になっても公務から離れる事の出来ない戦後の天皇陛下にとっても望ましい事なのではないだろうか。

 天皇として為すべき事は若い後継者に任せて自由な立場になれる上皇という地位を無くしてしまったのは、実は日本を天皇主権の国に戻した明治新政府だ。
 明治新政府は、日本を一刻も早く欧米列強に負けぬ近代国家にしたかった。
 だから新政府は、法律等の制度もどんどん欧米のものを取り入れた。
 で、皇室についてもヨーロッパの王のような、崩御するまで天皇であり続ける皇室典範が定められてしまった。

 明治新政府が上皇という地位をあえて置かなかったのには、理由がもう一つある。
 薩摩と長州の者らが武力で作り上げた明治新政府は、明治憲法でも天皇を神聖不可侵の統治権者と定めた。
 しかしそれは建前で、実際に実権を握っていたのは主に薩長出身の元老や閣僚や軍人である。
 薩長の自称“志士”らは神に祭り上げた天皇の威を借ることで、己らの権勢を保っていた。
 その主に薩長の明治の元勲らにとっては、天皇は飾りものでしかなく、天皇に加えて上皇という存在も出来てしまう事を望まなかった。

 上皇による院政については社会の歴史の授業でも習ったと思うが、天皇と上皇の関係はなかなか微妙なものがある。
 譲位したのだから実権は天皇にある筈なのだが、何しろ上皇はその天皇の父であり、天皇家の家長でもある。
 譲位した上皇にまだ政治的な野心があり、そして天皇としての職務から解放され自由な立場であったら、どうなるか。
 当然、実権は上皇のもののままで、天皇は形だけのものになってしまう。

 明治の元勲たちも、そうした上皇の出現を恐れた。己らが神に祭り上げた天皇と上皇に喧嘩でもされ、それが政争の元にでもなるのは全く望ましくない。
 明治政府を支配していた薩長の者らにとって、天皇は自分たちの権力の元となる飾りものに過ぎなかったから、老齢でも病気がちでも構わなかったのだ。
 と言うより、むしろその方が都合が良かったくらいだろう。

 と言うわけで、明治新政府は皇室典範から上皇を外し、ヨーロッパの王や皇帝と同じように天皇も崩御するまで天皇であり続ける事になった。
 それは戦後も引き継がれ、だから昭和天皇も今上天皇も高齢になられても多忙な日々を過ごさざるを得なくなっている。

 人生五十年だった昔とは違い、今の日本の平均寿命は八十歳を越えている。
 だから今の「崩御されるまで天皇」という制度を続けていれば、「かなりのご高齢になられ病身でも天皇として公務に追われ、皇太子殿下は還暦近くになっても皇太子のまま」という繰り返しになってしまうのは目に見えている。

 昔の実権ある天皇や、薩長の者らに政治的に利用されていた時代の天皇ならば、上皇の存在は政争のもとになるだろうが。
 象徴である今の天皇の場合、上皇という存在が出来ても政争のもとになる心配は無い。
 だから「公務を離れて隠退生活を送りつつ、必要に応じ天皇の相談に乗る」という形で、ある程度の年齢になるか病で公務を務めきれない天皇は、皇太子に譲位して上皇になるという制度を、皇室典範に新たに盛り込んだらどうであろうか。

 どれだけお年を召され病身となられても天皇として公務を果たさねばならぬ陛下だけでなく。
 皇太子殿下にしても、還暦近くかそれを過ぎてから天皇となり多忙な日々を過ごさざるを得なくなるのは、かなりお辛い事ではないだろうか。
 それを一挙に解決するのが、日本に古来からある上皇の地位の復活だ。
 病身となられたら、あるいはある年齢に達したら天皇の位を皇太子に譲り、上皇として悠々自適の余生を送りつつ新しい天皇に適宜にアドバイスもする。
 そんな天皇の生前譲位と上皇の地位の復活を、今上陛下と皇太子殿下、そして国民皆の為に心から望む。

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富士山の麓の田舎町

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 富士山の麓の、芝川という所です。
 富士山が見える以外には何もない、本当にのどかな田舎町です。
 定年退職後に暮らすとしたら、こんな場所が良いかも知れないと思いました。
 ……と言いつつ、人は多いし道は混雑するし自然は無くても、実際には何かと便利な都市部に住み続けてしまうかも知れませんがね。

 そうそう、Windows10への無料更新の期限が迫っていますね。
 私も「更新しなければ」と思いつつ、パソコンの扱いに自信が無くてまだ手を付けていません。

 でも、頑張ってやってみます!
 もしこのブログが更新されなかったら、「ああ、Windows10の導入に失敗したんだwww」と憐れんでやって下さい。

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