空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

チューリップ二輪

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 チューリップもいろいろありますが、貧乏性の私は、十球まとめて四百円くらいで売られている、安い普通のものが一番好きです。

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値段を考えれば案外悪くない、甲州韮崎GOLD

 食料品も扱うDIYショップのお酒コーナーで偶然にコレを見つけた時、一瞬「ワインか?」と思ってしまった。
 何しろ瓶の黒いラベルに金の大きな文字で、甲州と書いてあるのだから。
 さらにその文字に交差させて、横に白文字でKOSHUとも書いてある。
 しかし改めてよく見てみると、ラベルの下側にはウイスキーと書いてあるし、瓶の中の液体も綺麗な琥珀色である。

 ウイスキーの色は濃く綺麗だ。
 そして原材料も、モルトとグレーンだけである。
 しかし度数は37%で、値段も本体のみで797円、税込みで860円とかなり安い。
 製造者も山梨県の株式会社サン.フーズと、少なくとも筆者は初めて聞く名前である。
「これは地雷か?」と、思ってしまった。

 しかしウイスキーを造ってくれる会社が日本に増えるのは良い事だと思い、支援するつもりも込めて2本買ってしまった。
 ウイスキーの熟成には何年もかかるし、数年先の需要まで見越して生産せねばならない。
 ただ近年のウイスキーブームに乗って、「これはイケる!」と安易に考えて韮崎市に蒸留所を造ったわけではなかろうと筆者は思う。

甲州韮崎ゴールドP1100551

 さて、キャップを開けてみると、穏やかな甘い香りを感じる。香りそのものは弱い方だが、アルコールの刺激もまた殆どしない。
 グラスに注いで揺すってみて、甘い香りの中からようやくアルコールの匂いが出て来る感じだ。
 そのままストレートで飲んでみても、感じるのはまずほのかな甘さで、アルコールの刺激はこの価格帯のウイスキーにしては間違いなく少ない。

 もちろん、12年モノのブレンデッド・スコッチとは出来がまるで違う。
 税込みで860円の安ウイスキーだけに、香りは弱いしアルコールの刺激もそれなりにある。
 しかし税込み860円の製品にしては穏やかな香りと味わいの中にコクとウイスキーらしい深みもあり、なかなか上出来のウイスキーと言えよう。
 断言するが、サントリーのトリス・クラシックやニッカのブラックニッカ・クリアなどより良い出来だと筆者は思う。

 この甲州韮崎GOLD、ストレートで飲んでも税込み860円の製品とは思えないほどアルコールの刺激は少ない。そして優しい甘さと、ナッツのような味わいを感じる。
 元々香りが控え目なせいか、アフターフレーバーも弱い。
 しかし若いアルコールのピリピリした感じはこの価格帯のウイスキーとしてはかなり少なく、普段気楽に飲む用のウイスキーとしてはまろやかで上出来と言えよう。

 アルコール度数が37%のせいか、トワイスアップにするとアルコールの刺激が殆ど無くなる代わり、少し薄く水っぽく感じてしまう。
 で、さらに氷も入れ1:3程度の水割りにしてみると、本当に薄い水っぽいものになってしまう。
 ちなみに常温の水で1:3に割ってみると、コクや香りは殆ど無いものの、ほのかな甘さはしっかり感じることが出来た。

 さらにオン・ザ・ロックでも飲んでみたが、アルコールの刺激が少し和らいでストレートより飲みやすくなる。
 しかし同時に、氷で冷やされると持ち味の甘みが無くなってしまう上に、元々控え目な香りも引いてしまうので、あまりお勧めしたくない。

 で、ハイボールにもしてみたが、これが意外にイケた。
 ハイボールにしても香りはさほど立たないが、ウイスキーらしい味わいとコクはしっかり残り、ビターさの中に僅かな甘みも感じられてなかなか良い感じだ。
 筆者は個人的にハイボールはあまり好きではないが、この甲州韮崎GOLDについてはハイボールが最も合っていると思う。
 でなければストレートか、ウイスキー1に対して水0.8くらいの、トワイスアップよりやや濃いめの常温の水割りが良い。

 この甲州韮崎ゴールドの裏のラベルには、こう書いてある。

 豊かな緑が広がる八ヶ岳の麓、甲州韮崎の地でこだわりぬいた原酒をじっくりと熟成、ブレンドしました。甘い樽熟香と、まろやかで奥深い味わいをお楽しみ下さい。


 これはあくまでも税込価格860円という価格帯も考えた上での私見だが。
 千円未満のウイスキーとしては、充分に合格点をあげても良いと思った。
 今、筆者の手元にある甲州韮崎ゴールドは、キャップを開けると微かにピート香もある甘く魅惑的な樽熟香を漂わせる。
 普段、気軽に飲むウイスキーとしてはなかなかに良い製品だ。

 この株式会社サン.フーズのウイスキーには、ゴールドの文字が付かないただの甲州韮崎もあって、こちらは原酒の希釈にグレーンの他スピリッツも使っているらしい。
 そのスピリッツ入りのただの“甲州韮崎”の方はまだ飲んだ事が無いが、どちらにしろ千円もしないのだ、どうせ飲むならモルトとグレーンのみで造った甲州韮崎ゴールドの方をお勧めしたい。
 筆者は甲州韮崎ゴールドを飲んで、値段の割に意外にアルコールの刺激が少ないのに驚いた。
 それがこの甲州韮崎ゴールドの魅力でもある。
 なのにあえて樽熟成ナシのスピリッツを入れて、アルコールの刺激をツンツンさせ、せっかくのまろやかさをブチ壊しにするなど、馬鹿げた行為としか思えない。

 安い割には良い出来と思ったこの甲州韮崎ゴールドだが、筆者は一つだけ不満がある。
 それは度数が37%という事だ。
 スピリッツを入れてでもより安く売りたい、そして飲む方も最初からハイボール等で割って飲むのが前提であろう甲州韮崎の方は、酒税も最も安い度数37%で良かろう。
 しかしモルトとグレーンだけで造った上級品のゴールドの方は、世界標準の度数40%であるべきと筆者は思う。
 事実ストレートやトワイスアップで飲んでみて、甲州韮崎ゴールドの度数37%は「やや薄い」と感じる。
 この甲州韮崎ゴールド、原酒をあと少し多く入れて度数を40%にしたら、もっと香り高く味わい深いウイスキーになっただろうと残念に思う。

 インターネットでHPを見てみると、この株式会社サン.フーズが単式蒸留焼酎免許を取得したのは2013年で、ウイスキー製造免許を取得したのは2014年だという。
 と言う事は、この甲州韮崎ゴールドの原酒は最初から株式会社サン.フーズの韮崎工場の蒸留所で蒸留したものではなく、輸入したものなど買ったものを韮崎で寝かせてブレンドしたものではないだろうか。
 しかしだとしても、元は本みりん等を造っていた従業員55人の地方の小さな会社が、税込み860円でこれだけのウイスキーを造れたのは、なかなか立派なことだと思う。

「度数を40%まで上げてほしい」とか、「もう少し華やかな香りが立てばもっと良い」などの不満は幾つかあるものの。
 大サントリーの白州蒸留所からさほど遠くない山梨県韮崎市で新たにウイスキーを造り始めた株式会社サン.フーズが、将来さらに美味しいウイスキーを造ってくれる事を期待してやまない。

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本当の非国民は誰か(沖縄高江のヘリパッド建設に考える)

「ボケ、土人が」
「シナ人」

 これが沖縄の東村高江で米軍用ヘリコプター離発着帯(ヘリパッド)建設工事に抗議活動する住人らに、大阪府から派遣された機動隊員が浴びせた言葉である。
 そしてその機動隊員の言動に対し、
「一生懸命命令に従い職務を遂行していたのがわかりました。出張ご苦労様」
 と労いの言葉をかけたのが、松井一郎大阪府知事である。

 沖縄では米軍とその基地に対する反感が強いが、沖縄の人達の反基地運動を、本土の右寄りの人達は「サヨクの一部の運動家のしている事」と見なしている。
 違う。
 10月22日のTBSの報道特集でも、TBSはヘリパッドの建設が強行されている東村高江の住人たちの家すべてを個別訪問してアンケートを取っていたが、高江の住人の大半はヘリパッドの建設に反対で、夜の十時過ぎにも米軍のヘリが轟音を立てて離着陸している現状を訴えていた。
 ヘリパッドの建設に賛意を示した高江の住人は、僅か一人であった。

 米軍の為のヘリパッドの建設に反対なのは、現地の人々の民意である。
 一部のサヨクの運動家などでは決してない。
 そしてそれらの住人に大阪府の機動隊員が浴びせた罵声が「ボケ、土人。シナ人!」であり、その行為を「一生懸命命令に従い職務を遂行していたのがわかりました」と賞賛したのが松井府知事である。

 ここで沖縄の歴史を少し振り返ってみよう。
 沖縄は、元々は日本とは違う文化を持つ琉球王国であった。
 それを薩摩藩が侵略し、明治維新後には琉球処分を強行して日本の一つの県にした。
 そして知事を始めとする公的機関の要職には、本土の者が送り込まれた。
 また、教育では標準語励行県民運動を押し進め、学校で沖縄の言葉を使った子供には、罰として方言札を首にかけさせた。

 戦争が始まると本土と軍部の沖縄支配はもっと過酷なものとなり、沖縄を「守った」我が大日本帝国軍は標準語以外の使用を禁じ、沖縄の言葉で喋る住民をスパイと見なして処分した。
 処分という意味は、もちろん「殺す」という事である。
 その一方で、島田叡知事など一部の立派な人々は別として、沖縄に戦火が近付くと本土から来ていた多くの役人が「出張」と称して本土に逃げ帰った。
 そして実際に沖縄で戦いが始まると、現地では14歳以上の中学生まで鉄血勤皇隊として軍に徴用され、その多くが命を落とした。
 さらに沖縄戦の中で、お年寄りや女性や子供を含む県民の約四分の一が亡くなった。

 沖縄戦の後、沖縄はアメリカが支配する土地となったが。
 アメリカが民主主義の国などと言うのは名ばかりで、アメリカは、少なくともアメリカ軍は沖縄で支配者として振る舞った。
 銃剣とブルドーザーで住民を追い立てて広大な基地を作り、夜は女を求めて民家に押し入ってきた。
 口では民主主義と言いながら、米軍のやり方に抗議する住民には「戦争にどちらが勝ったか、わかっているのか!?」と言い放った。

 本土の右寄りの者には「沖縄の人間は土地を基地として貸して儲けていて、基地を返されると困るのは彼ら自身だ」などと言う者がいるが、全くの間違いである。
 沖縄の人達は進んで土地をアメリカ軍に貸したのではない、銃剣とブルドーザーで追い立てられて無理に接収されたのだ。
 アメリカ軍は最初、その土地代を一括で払おうとした。
 つまりアメリカは、接収した沖縄の土地を永遠にアメリカの基地として使おうとしたのだ。
 住民たちはそれを拒み、いつか返還される日を夢見て、そしてその土地の本来の所有者は自分(沖縄の住人)である事を示す為に、土地代が毎年払われるように頑張った。
 にもかかわらず一部の右寄りの本土の者たちは、沖縄の人がカネを得る為に喜んで土地を基地として貸しているように言い立てる。

 日本人の沖縄支配も差別的なものだったが、アメリカによる支配は明らかに武力による植民地支配だった。
 だからアメリカ兵による犯罪も頻発した。
 それで沖縄は本土復帰を目指し、1972年に沖縄はアメリカから日本に返された。
 しかしアメリカ軍とその基地は、そのまま沖縄に残る事になった。

 ヘリパッドの建設に反対する住民に「ボケ、土人、シナ人!」と罵声を浴びせた機動隊員を出した大阪府と、その言動を「一生懸命命令に従い職務を遂行していたのがわかりました」と賞賛する松井府知事を支持して一票を投じた大阪府の人達に、ぜひ想像して貰いたい。
 もし大阪府に、米軍基地の七割が集中し、米軍関係者による犯罪も起き、そしてその罪を犯した米兵は日米の地位協定によって守れているとしたら。
 もし大阪府の土地の一割以上がフェンスで囲まれた治外法権の米軍基地で、深夜にも米軍機が轟音を立てて離着陸するのが当たり前の日常になっていたら。
 そんな状況の中で、さらに大阪府の自然の森を切り開き、集落を囲むようにヘリパッドが新しく建設されるとしたら。
 それでも貴方は、基地の建設に賛成できるだろうか。
 それでも「基地に反対するのは、一部のサヨクだけ」と言えるだろうか。

 貴重なやんばるの森を切り開いてのヘリパッドの建設に反対する住民に「ボケ、土人、シナ人!」と暴言を吐いた大阪府の機動隊員を「一生懸命命令に従い職務を遂行していたのがわかりました」と誉めて労う松井府知事を支持して一票を投じた大阪府の人の見識を疑う。

 問題は、松井府知事とそれを支持している大阪府民だけではない。
 2013年に、沖縄の全市町村の首長らが、米軍輸送機オスプレイの沖縄配備反対を安倍首相に訴えて、東京の銀座でデモをした。
 その際、沿道からこんな言葉が飛ばされたという。
「非国民!」
「日本から出て行け!」


 もう一度言う。
 住民の同意無しに銃剣とブルドーザーで奪われ、強制的に米軍基地にされた土地は、沖縄県の一割を越える。
 そして在日米軍基地の七割は、沖縄にある。

 米軍基地に反対する沖縄県の人をサヨクの運動家と決め付け、「非国民」だの「日本から出て行け」だのと罵声を平気で飛ばせる本土の人間に問いたい。
 貴方は自分の土地を、米軍に基地として差し出しているのだろうか?
 貴方の頭上を毎日毎晩、米軍機が轟音を立てて飛んでいるのだろうか?
 貴方の近辺に、日米地位協定で守られた米軍関係者がいて、若い女性にちょっかいを出すなどして身の危険も感じたりしているのだろうか?

 自分は米軍に土地も取られず、轟音を上げる米軍機が頭上を飛ぶ事も無く、酔った米兵にからまれたりした事も無く。
 そのくせ国防の為には米軍と沖縄の基地は必要だと言い立てて、米軍基地に反対する沖縄の人に「非国民が、日本から出て行け!」と平気で言える面の皮の厚い本土の右寄りの人こそ、日本から出て行くべき非国民であろう。

 米軍基地に反対する沖縄の人に「ボケ、土人が!」と言う機動隊員を「一生懸命命令に従い職務を遂行していたのがわかりました」と労う松井府知事と、それを支持する大阪府の人々は、沖縄の米軍基地の移転先として「ぜひ大阪にいらして下さい」と名乗り出るべきだろう。
 大阪府の機動隊員や府知事に限らず、自らの土地に米軍基地と米軍機と米兵を受け入れる気も無いくせに、自分は基地や米軍機の騒音や米兵の存在とは無関係に暮らしているくせに、沖縄の人達をサヨクの非国民扱いしている人達にもまた同様の事を言いたい。
 沖縄の米軍基地の移転先として自分の住む町を立候補させ、自らの土地もその用地として貸し出す。
 在日米軍とその基地に反対する沖縄の人達を「ボケ、土人、非国民!」などと罵るのは、まずそれからだ。


 繰り返すが、沖縄は日本の米軍基地の七割を引き受けさせられ、県の土地の一割以上が治外法権の米軍基地となっているのだ。
 こんな現状が、日本の他の都道府県で想像できるだろうか。
 それでもなお、その現状に抗議すると本土の日本人からサヨクの非国民扱いされ、大阪府から派遣された機動隊員からは「ボケ」だの「土人」だの「シナ人」だのと罵られるのである。
 そしてその機動隊員の言動を「一生懸命命令に従い職務を遂行していたのがわかりました」と誉めて労う府知事と、その知事を支持して一票を投じた人々が大勢いるのが、今の日本の在日米軍を巡る現状だ。

 一部週刊誌などの報道によれば、高江のヘリパッド建設に反対する人々の中には、「ぶっ殺すぞ!」などの暴言を吐いたり、沖縄防衛局職員をペンチで殴ったりした者もいるという。
 大阪府の機動隊員の暴言も、そうした現状があっての事なのだろうが。
 しかしそれでも、警察官が民間人の暴言にヘイトスピーチ顔負けの差別的な暴言で応じるのは、全くよろしくない。

 実は筆者の大学生時代からの友人に、今も警視庁の警官として勤めている者がいる。
 彼はテレビでよく放送される、『警察24時』などの取材も受けた。
 筆者も『警察24時』は時々見ているが、絡んでくる酔っ払いや暴言を吐く市民にも辛抱強く穏やかに対応している姿には、いつも心を痛めつつ感心している。

 で、筆者はある時、その警官の友人に「どうしてそんなに辛抱強く応対できるのか」と尋ねた。
 すると友人は笑ってそれが仕事だからと言い、さらにこう付け加えた。
「ただ暴力を振るわれたり限度を超えることをしてきたら、公務執行妨害で逮捕するから」

 そうなのだ。
 警察官は、市民を逮捕拘束できるという権力を持っているのだ。
 そうした強い立場だからこそ、限度を超えるまでは紳士的かつ穏やかな態度で市民に接する必要がある。
 高江のヘリパッドの問題でも、反対派の住民が暴力をふるうなど法に反する行為に及んだら、法に則ってただ逮捕すれば良いだけのことである。
 警察官とヘリパッド建設反対派の民間人を同等に扱い、「反対派の住民も暴言を吐いたのだから、大阪の機動隊員も暴言で応じたのも理解できる」と言いたげな、新潮社の週刊誌などの論調は筆者にはまるで筋違いに思える。

 沖縄には本土の者が体験した事の無い悲惨な歴史があるだろうし、ヘリパッド建設の強行という国の横暴を許せない気持ちもわかるが、暴力は良くない。
 だからヘリパッドの建設に反対する為にもし暴力をふるった者がいたとすれば、法に則りすみやかに逮捕すれば良い。
 ただ暴言に差別的な暴言で応じるなど、法を執行する警察官にあるまじき愚行だということは明らかだ。
 そしてその暴言を吐いた警察官を管理する大阪の公安委員会を所轄する府知事が「一生懸命命令に従い職務を遂行していたのがわかりました。出張ご苦労様」と発言する始末なのだから、松井府知事と彼を支持する大阪の人々の意識の低さには呆れる他ない。

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花たち

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 春に撮った、色とりどりの花たちです。
 今は探しても、花がなかなか咲いていません。
 春がまた来るのが待ち遠しいです。

 以前にも書きましたが、私は真冬にも滅多に雪の降らない暖かい地方に住んでいます。
「そのくせ」と言うべきか、「それだから」と言うべきか、寒いのはとても苦手です。

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白い薔薇

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 暗がりの中で、薔薇が一輪、ひそやかに咲いていました。

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一輪で見ると可愛かったのですが…

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 これもまた、密生していた花です。
 一輪一輪は、けっこう可憐で心を惹かれたのですが、全部まとめて撮ってみたら何か変な感じになってしまいました。

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鉢の花

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 庭の鉢に密生していた花を撮りましたが、こうして見ると何か不気味な感じがしますね。

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かたばみの花

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 かたばみの、小さな小さな花です。
 数ミリ程度の目立たない花で、間違いなく雑草扱いされますが、よく見れば可愛いです。

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ジョエル・ロブション氏の名を槓したエビス二種

 食通では無い筆者はその名をまるで知らなかったが、ジョエル・ロブション氏と言えば三つ星を何度も獲得した、フランス料理の世界では超有名な巨匠らしい。
 そのジョエル・ロブション氏の名を冠したエビスが二種、限定醸造された。
 ジョエル・ロブション氏の名前を使っているからと言って、特に高いわけでもなかったので、早速購入して飲んでみた。

エビス華やぎの時間P1100331



 その二種のうち、まず“華やぎの時間”と名付けられた方だが、缶のプルタブを開けた途端に華やかな甘い香りが周囲に漂う。
 グラスに注いでみると、ビールは明るく綺麗な黄金色だ。
 飲んでみると全く嫌みなくスイスイ飲める。

 説明には、薫り高いネルソンソーヴィン種や、ドイツの伝統的なハラタウブラン種とハラタウトラディション種の「厳選された3種のホップの個性を引きだした」と書いてある。
 しかし決して苦すぎるという事は無く、ホップの苦味は爽やかで心地良い程度だ。
 そして苦味よりも、フルーティーな甘さの印象の方が強いくらいだ。
 だから「ビールは苦いから」と敬遠している人でも、充分に美味しく飲めると思う。

 冷蔵庫から出してまだ間もない冷たいうちは、スッキリした感じが際立つ。
 だが少し時間をおいてややぬるくなり、ひんやりとした程度になってくると、フルーティーな甘さや爽やかな酸味が程良く出てきてより美味しく味わい深くなる。

 メーカーはこのビールについて「乾杯や食前酒として、料理を華やかにひきたてる」と書いているが、軽やかで香り高く嫌味の全く無いこのビールは、確かに乾杯の一杯や食前酒として飲むのに良いだろう。
 しかし軽やかでスイスイ飲めると言っても、決して薄味というわけでなく、深い味わいやコクもしっかりある。
 そしてその味わいやコクは、少しぬるめになってからゆっくり飲むと、よりよくわかる。
 メーカーは乾杯してグッと一気に飲むことを想定しているようだが、筆者はこれを喉越しにゴクゴク飲み干してしまうのは少しもったいないように思う。
 軽く飲みやすいとは言え、厳選したホップを使用した麦芽100%の本物のビールだけあって、他の副原料入りのビールや、増してや新ジャンル酒などとは出来がまるで違う。

 筆者個人としては、もう少し重めで味の強いビールの方が好みなのだが。
 それでも軽めでありつつしっかりした味わいで、嫌味の全く無いこのビールは、とても良いビールだと思う。

エビス・余韻の時間P1100327

 さて、ジョエル・ロブション氏の名を冠したもう一つのエビス、“余韻の時間”も飲んでみよう。
 プルタブを開けると、爽やかで華やかな香りが広がる。
 グラスに注いでみると、こちらの方が“華やぎの時間”より明らかに濃い色。
 しかし飲んでみると、これもスッキリしていて飲みやすく、嫌味というものがまるで無く美味い。
 甘やかでフルーティーな香りもまた魅力的だ。

 熟した果実を想わせる薫りのホップ品種「モザイク」を使用、と缶の説明に書いてあるが、確かにこちらの方が“華やぎの時間”よりさらにフルーティーだ。
 で、ホップの苦味もこの“余韻の時間”の方が強い。
 しかし苦いと言っても決して苦すぎる事はなく、筆者には心地良い範囲内の苦味に感じられた。

 メーカーは「食事中や食後のくつろぎに、大人の時間を演出する」と書いているが、味やコクもしっかりしていて、“華やぎの時間”よりもやや重い感じだが、筆者は個人的にはこの“余韻の時間”の方が好きだ。

 また、この“余韻の時間”も“華やぎの時間”と同じで、冷たいうちはスッキリした味わいでスイスイ飲める。そしてぬるくなるにつれ、コクが感じられるようになり、味と香りが濃く深くなってくる。
 どちらも食事の邪魔にならないスッキリ感があるが、“華やぎの時間”の方がより軽やかで飲みやすく、“余韻の時間”の方がコクと飲みごたえがある。

 筆者は“余韻の時間”を、食後にゆっくり、時間をかけて飲むのが好きだ。
 フルーティーでかつコクがあり深い味わいで、「美味いなあ」と心から思う。
 しかしビールを喉越しで飲む多くの日本人の嗜好には、軽く嫌味なくスイスイ飲める“華やぎの時間”の方が、より合っているような気がする。

 ジョエル・ロブション氏の名を冠したこの二種のエビス、どちらにしても軽やかなのに香りも良く味わい深く、食事の妨げにならない上に単独でビールだけで味わって飲んでも美味い、とても上質なビールだった。
 限定醸造なので、ビール好きの方はお店にあるうちに是非買って飲んでみてほしいと思う。

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「恋愛すれば輝く」という、まやかし或いは戯言

 先月、毎日新聞で若い世代の癌について記事を連載していた。
 乳癌や子宮癌など女性特有の癌があるゆえに、特に若い女性は癌になると恋愛や結婚を躊躇う方が少なくないという。

 実は筆者も二十代の頃に下腹部に大きな腫瘍が出来てしまい、大学病院で七時間以上もの手術を受けて摘出した。
 残念ながらそれで完治したわけではなく、日常生活には大きな支障は無いものの、体に後遺症を残してしまった。
 だから若くして癌になってしまった方の辛さは、筆者にもわからないでもない。

 ただその癌にかかってしまった若い世代の、特に女性が恋愛や結婚を躊躇ってしまう事についての毎日新聞の記事に、いささか気になるものを感じてしまった。
 この9月13日の記事には、こう書いてある。

 闘病中でも「輝いていたい」と、恋愛に前向きな女性もいる。


 記事に取り上げられた癌患者に限らず、女性には「恋愛をすると輝く」と信じている方々が少なからずいる。
 だがもし男性が「恋愛をして輝きたい」と言ったとしたら、何かキモチ悪くないだろうか。
 いや、性別に限らず「恋愛をして輝く」という言い方や発想を、筆者は違和感以上の不快感をもって受け取る

 断っておくが、筆者は独身だが決して恋愛と無縁の人生を送ってきたわけではない。
 その筆者の実感からすると、「恋愛をすると輝く」という発想はあべこべなのだ。
 恋愛をするから輝くのではない、まず人として輝いているから異性も寄って来て恋愛が出来るのだ。
 間違えてはならない、これが現実だ。

 恋愛とは、まず相手があっての事だ。
 いくら本人が「したい」と思ったところで、当人に何らかの魅力がなければ出来るものではない。
 断言するが、男性であろうが女性であろうが、いくら恋をしても当人に魅力がなければ何も輝かない

 パナールというフランスの名車を造ったある技術者が、こう言った。
「仕事に打ち込み、詩の一つでも作っていれば、女などいくらでも寄って来るさ」
 筆者もそれに同意する。

 考えてみてほしい。
 異性のことばかり考え、異性の尻ばかり追っている者が輝いているように見えるだろうか?
 輝くというより、ただサカリがついてギラついているだけではないか。

 さらに聞こう。
 恋せずに自分の仕事に打ち込んでいる女性は、輝いていないとでも言うのだろうか。
 恋せずに趣味を持ち生き生きと活動している女性は、輝いていないとでも言うのだろうか。
「恋をしていない=輝いていない」という発想は、何とくだらないものだろうと筆者は呆れる

 断言するが、「恋をすれば、女は綺麗になる」などと言うのは、全くの戯言だ。
 元々お洒落でセンスの良い女性は、恋をしていなくても綺麗だ。
 恋でも趣味でも何かに打ち込んでいる女性もまた、恋とは無関係に輝いている。
 内から人間的な魅力がにじみ出ている女性もまた、恋愛していなくても人を引きつける魅力を発している。
「輝きたいから恋をする」などという発想は、そうした人としての魅力を無視した、愚かな恋愛至上主義に過ぎない。

 まず人としての魅力があるからこそ、人は輝き、異性にも好意を持たれるのだ。
 だから恋をしたければ、「まず自分の人としての魅力を磨け」と筆者は言いたい。
 仕事に頑張り、趣味に打ち込む。
 そうして人としての魅力を磨いていれば、恋など向こうの方から転がって来る。
 その人に魅力があり輝いているから異性とも親しくなれ恋も出来るのであって、恋をするから輝いて綺麗になるというのは、まるで話があべこべなのである。

 いくら恋をしたところで、仕事もダメで打ち込む趣味も無いような人としての魅力のない者は、少しも輝くわけがない。
 恋をしたければ、まず仕事を頑張るなり趣味に打ち込むなりして自分を輝かせろ。話はそれからだ。

 それにしても、世間の人達はなぜ恋をして、そして結婚しないと一人前とみなしてくれないのだろう。
 恋をしても別れる事もまたあるし、結婚しても離婚に至る事だって少なくない。
 恋せずに仕事に打ち込むのも良いし、趣味もまた恋と同じくらいに楽しい。
 恋愛も何度かしてきたが、「恋して結婚するのが一番の幸せ」とは決して思わない。

 そんな筆者のような人間が増えてしまうと少子化がますます進み、国としては困るのかも知れないが。
 それでも「人生、恋がすべてではない」と筆者は思う。
 独身者を「なぜ結婚しないの?」と問い詰めたり「早く結婚しなさいよ」と責めたりする風潮や、「女は恋をして綺麗になり磨かれる」と信じる恋愛至上主義者の存在は、恋愛以外の分野でも人生を充分に楽しめる人間には、少しばかり鬱陶しい。

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