空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

旧武川村の神社

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 甲斐駒ケ岳の麓に、小さな神社がありました。
 北杜市、旧武川村の黒沢という所の神社です。
 地元の人には親しまれていて、子供の遊び場にもなっているようです。

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麓から見た甲斐駒ケ岳

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 甲斐駒ケ岳です。
 良い山だとは思うのですが、根性なしの私にはとても登る気にはなれません。
 だから山は、登らずにたいてい下から見上げています。

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あの独裁者も飲んでいる、シーバスリーガル12年。

 今はこのブログでも、酒に関する記事をいろいろ書いているが。
 しかし筆者は、長いこと酒が嫌いだった。
 正確に言えば、酒と言うより酒に飲まれる酔っ払いが大嫌いだった。
 特に酔って乱に及ぶ人間に対する感情は、今でも憎悪に近いものを持っている。

 筆者を“酒ギライ”にしたのは、まずは筆者の父親だった。
 筆者の父親は、いわゆる“アル中”と呼ばれる種類の人間だった。
 父は筆者が生まれる前から大酒飲みで、しかも飲んで暴れるタイプのタチの悪い酔っ払いだった。
 だから筆者は、幼い頃から酔って怒鳴って暴れる父親に怯えながら育った。
 それゆえ、酔って乱れる酒乱に対する嫌悪感は、生理的なレベルにまで達している。

 その酒ギライで酒乱の人間を憎悪している筆者が社会に出た頃には“アルハラ”などという言葉も無く、上司や先輩が勧める酒は拒まず、潰れるまで飲むのがむしろ協調性のある良い社会人のように思われていた。
 酒の付き合いが出来ない者は、社会人として失格。
 そのように世間では思われていた。
 そんな時代だから、あの“一気飲み”も盛んに行われていた。
 当然、酒はまず酔う為のものであり、質など二の次、三の次だった。
 日本酒はアル添どころか、糖類や酸味料まで入れたものが当たり前で。
 ビールも副原料入りの喉越しで一気に飲むタイプのものばかりで、ゆっくり味わって飲めるクラフトビールなどまず無かった。
 だから社会に出た筆者は、酒と酔っ払いがますます嫌いになった。

 その筆者が、まだ子供の頃に一度だけ、「このお酒はスゴい!」と思った事があった。
 筆者の父や、筆者自身は何も誇れるものの無い人間だが、母方の伯父の一人はただ人格者であるだけでなく、社会的にもそれなりの地位にある人だった。

 筆者の父は飲むと暴れる酷い酒乱だが、そんな家族内の恥を他人に言えるわけも無く、親戚にも内緒にしていた。
 だからその伯父は、父が酔うとどれだけ酷いかを知らず、「お酒が好きなら」と善意で高級酒を父に贈ってきたりした。
 父は酒があればすぐに飲み切ってしまうアル中だが、その伯父(父から見れば義兄)がくれた高級酒だけは、棚の奥に大切にしまってチビチビと飲んでいた。

 それだけに、そのお酒に子供心に強い興味を持ってしまったのだ。
 あの飲兵衛の親父が一気に飲まずに大切にするなんて、どんな凄いお酒なんだろう……と。
 で、未成年がお酒を口にするなど、本当にいけない事なのだが。
 しかし自制心に乏しい子供だっただけに、普段の酒ギライより好奇心の方が勝ってしまい、父が居ない時にほんの一口だけその酒を飲んでしまった。

 本当に、ほんの一嘗めだった。
 だがそのお酒は、本当に強烈だった。
 舌の上で何かが爆発したかのような強い刺激に襲われ、しかし同時に、ものすごく芳しい芳香にうっとりとさせられた。
 これは、子供の飲むものではない。
 そう痛いほど痛感すると同時に、香りの素晴らしさと、強烈なアルコールの刺激の下の重厚な味わいに感動させられた。
 だから筆者は、「大人になったら、お酒はウイスキーを飲んでみよう」と心に決めた。

 ちなみに、その伯父がくれたお酒とは、ジョニーウオーカーの黒である。
 ジョニ黒は今では高級酒と言う程のものでは無いが、当時は関税の関係で八千円以上した。

 さて、大人になった筆者は、同じ大学の仲間と何度かお酒を飲みに出掛けた。
 筆者は酒乱の人間や「オレの酒が飲めないのか!?」と凄む奴が大嫌いだから、自分の意志で酒を飲みに行く時には酒癖の悪くない気の合う少人数の仲間と乗みに行く事にしている。
 で、大学の仲間と飲みに行ったある時、ウイスキーが出された。
 子供の頃の体験で、「ウイスキーは素晴らしく美味しいもの」と思い込んでいた筆者は、ワクワクしながらその“ウイスキー”を飲んだ。

 ……不味かった。
 反吐が出るほど不味かった。
 香りは貧弱だし、それに何よりアルコールの刺激が余りにもキツい。
 味もヘッタクレも無く、ただアルコールの刺激が舌にビリビリ来るのだ。
 ストレートだけでなく、水で薄く割ってもまだアルコールの刺激がキツくて不味い。
 甲類の焼酎に、色とほんの少しの味と香りを付けただけ。
 その“ウイスキー”とは、まさにそんな感じだった。
 それがサントリーの、あの角瓶であった。

 日本で最も大きな洋酒メーカーの、そして最も売れている“ウイスキー”がクソ不味いのだから、「ウイスキーとは、実は不味いものだったのだ」と思い、筆者は子供の頃の記憶は間違いだったのかと悲しくなった。

 日本には「長いものには巻かれろ」という言葉があるが、筆者は(ガキとも言うが)かなりのへそ曲がりで、筋や理屈の通らない事は断固拒否するのをモットーにしている。
 例えば理屈抜きで「皆がそうしているのだから、お前も従え」と強制されると、意地でも逆らいたくなる性格だ。
 その変に意地っ張りな性格のせいで、生き辛い事も多いし損もかなりしている。
 だが今もってガキでへそ曲がりな筆者は、損をし敵を作ってでも意地と筋を通す方をあえて選ぶ。

 だから筆者は、「オレの酒を飲めないのか!?」とか「さあ、イッキ!」とか「酒の付き合いが出来ない者は社会人失格だよ?」とか言う奴の酒は、意地でも絶対に飲まない。
 で、酒飲みに対してトラウマがある筆者の気持ちをわかってくれて、「無理しなくていいんだよ」と言ってくれる人の酒は、頑張ってでも飲む。
 ガキだよね? 大人じゃないよね?
 だが、それが黒沢一樹という人間なのだ。

 で、その筆者の気持ちを理解してくれて、アルハラなどという言葉もまだ無かった時代に酒を無理強いしなかった良い上司が、ある時に新年会に筆者も招いてくれた。
 場所はその上司の自宅で、料理は奥様の手作りでとても美味しかった。
 そして出された酒はまずビールだったが、次に筆者はウイスキーを勧められた。
 大学時代に同級生と飲んだ時の記憶で、ウイスキーは不味いものと思っていたから。
 だが尊敬する良い上司が勧めてくれるだからと、我慢して飲んでみた。
 ……美味しかった。
 香り高くて飲みやすく、メチャメチャ美味しかった。
 それはシーバスリーガルの12年で、上司がニコニコしながらこう言った。
「黒沢が来るから、こいつを用意しておいたんだ」

 そのシーバスリーガル12年は、子供の頃の筆者を感動させたジョニ黒とはまた違う味と香りだったが。
 しかしサントリーの角瓶を飲んで「ウイスキーは不味いもの」と思い込んでいた筆者の偏見を打ち破って、ウイスキーを筆者の最も好きな酒にしてくれた。

 と言うと、「サントリーの角瓶だって、充分美味いぞ!」と怒られてしまいそうだが。
 今の角瓶は違うのかも知れない。
 しかし筆者が大学生だった頃の、以前の角瓶は本当に酷かった。
 何しろまず、当時の角瓶は“リキュール・ウイスキー”だったのだから。
 僅か22%のモルト原酒を樽貯蔵ナシの“グレーン・アルコール”なるもので希釈して、それにリキュールで香りと味を付けたものを、特級のウイスキーとして売っていたのだ、大サントリーは。
 焼け跡闇市の終戦直後の混乱期にではなく、高度経済成長を遂げ日本が立派に先進国入りした後にもなって、だぞ。
 筆者がサントリーの社風を嫌い、このブログで度々サントリーのウイスキーを悪く言うのは、そういうわけだ。
 特級の角瓶ですらそうだったのだから、貧乏な大学生や若い社会人が“ウイスキー”として飲んでいたそれ以下の製品(ホワイトやレッド)の中身はもっと酷かった。

 今の角瓶の原材料表示を見ると「モルト、グレーン」となっているから、リキュールで味と香りを付けるのは流石に止めたのだろう。
 しかし日本洋酒業界の規定によると、「モルトは麦芽を、グレーンは穀物を意味する」のだそうだ。
 だから角瓶の原材料の“グレーン”が「ちゃんとしたグレーン・ウイスキー」か、それとも「樽貯蔵ナシのただの穀物アルコール」かは、今もって謎なのである。

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 さて、話は戻るが、今回記事に取り上げたいシーバスリーガル12年は、サントリーの角瓶のせいでウイスキー嫌いになっていた筆者を、再びウイスキーの魅力にとりつかせてくれた思い出深いウイスキーだ。

 封を切りキャップを開けると、それだけで果実にも似た、甘く豊かな香りが辺りに広がる。
 ただ果実の香りだけでなく、ハニーな香りやら、樽の香りやら、スモーキー・フレーバーやら、いろいろな香りが複雑に混ざり合う。
 味はまず甘く、そしてビター。軽過ぎず、しかし重過ぎもせず、滑らかでストレートで抵抗なくスッと飲めてしまう。
 そして余韻は長く、心地良い。

 それはもちろん、日本酒や焼酎などを飲むようにゴクリと飲んでは駄目だが。
 唇を湿らすように、少しずつゆっくり味わえば、良い芳香に満ちていて、安いウイスキーにありがちなアルコールの刺激は殆ど感じない。チェイサーもあまり必要としないくらいだ。
 グラスに口をつけ、少しだけ口に含み舌の上で転がしてから飲むと、鼻孔いっぱいに良い香りが広がる。
 飲み干した後のグラスにも、甘さと樽の香りとスモーキーさがたっぷり残り、その香りさえ愛おしく感じるくらいだ。

 筆者はこれを、ジョニ黒、そしてブラックニッカ・ブレンダーズスピリットと飲み比べてみたが。
 香りの複雑さと豊かさの点では、間違いなくこのシーバスリーガル12年が一番だ。
 これに比べると、ジョニ黒の香りはややシンプルで、そして甘さとスモーキー香が突出しているように思える。
 味わいは、ジョニ黒の方が重厚で力強い。
 しかしシーバスリーガル12年が劣るというわけでなく、こちらの方がバランスが取れていて味も香りも複雑で、一般的にはより好まれるかも知れない。
 ただ、筆者個人としては、ジョニ黒の個性ある味の方が少しだけ余計に好きだが。
 ブラックニッカ・ブレンダーズスピリットの香りは、シーバスリーガル12年の華やかさには僅かに及ばない。しかしブラックニッカ・ブレンダーズスピリットには濃く甘いチョコに似た強い香りとスモーキーさがあり、これはこれで捨てがたい。
 味も、ブラックニッカ・ブレンダーズスピリットの方が濃く甘く滑らかだ。

 ジョニ黒とブラックニッカ・ブレンダーズスピリットは、良い出来だが味と香りに個性がある。甘さやスモーキーさがはっきりしているから、飲む人を少しばかり選ぶかも知れない。
 好きな人は大好きだろうが、中には苦手な人もいるかも知れない……という感じだ。
 その点、シーバスリーガル12年は香りはとても華やかな上、ハニーな甘さやら樽香やら果実香やらスモーキー香やらいろんな要素が、突出する事なくバランス良く複雑に絡み合っている。
 味と香りのバランスの取り方が本当に見事で、「ウイスキーは好きだが、これは嫌い」と言う人はまず居ないだろうと思われる。

 最近、韓国に亡命した北朝鮮の政府高官によると、金第一書記らの特権階級は中国の貿易会社を利用して贅沢品を手に入れていて、その中にシーバスリーガルも含まれているという。
 あの国の、悪評高い独裁者と同じ酒を飲んでいるのかと思うと、何か妙な気分になるが。
 まあ、金第一書記に好かれようと、シーバスリーガルに罪は無いし、ある意味「あの独裁者すら認めた銘酒」と言えるかも知れない。
 さあ、貴方も豊かな味と香りのシーバスリーガルを飲んで、独裁者の気分を味わってみたらいかがかな?

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残念ながら、人は事実に基づく正しい論理でなく感情によって動かされる。

 筆者は先週、「答えよりも、その結論に至るまでの思考の過程が大切」と書いた。
 しかし世の中には、思考の過程や理由より答えのみを重んじる人が多くいるのが現実だ。
 実際には、理屈や根拠抜きに答えのみを求める人の方が多いのではないかと思われる。

 筆者は父と母、それに姉の四人家族で育った。
 その中で筆者は孤独だった。
 四人の中で、筆者のみ問題に対する答えの出し方が違っていたからだ。

 例えば父と母と姉は、何事についても答えをポンと出す。
 筆者から見れば「理屈も思考も抜きかい!」と思えるほど素早く、感覚的かつ直感的に答えを出す。
 そして筆者は、それがとても苦手だった。
 答えや結論は、幾つもの根拠に基づき、それらを比較検討してよく考えた上で出したいのだ。
 そんな筆者から見れば、父や母や姉は、まるで考える前に答えが出ているかのようだった。
 そしてその父や母や姉から見れば、よく考えてからでないと答えを出さない筆者は「のろま」のように思え、さらに出した答えについて理由を説明したい筆者は「くどい」人間のように感じられたようだ。

 筆者にとって「わからない事」は、世の中に幾つもある。
 結論を出す理由や根拠が乏しいうちは、筆者にとって答えは「わからない」なのだ。
 だが父や母や姉のようにまず答えを求める人達は、その「まだわからない」という状態をひどく嫌う。
 その種の、根拠に基づく理論でなく直感と感覚に頼って結論を素早く出す人達は、「わからないという事が、わからない」のだ。
 そして直感に頼らず理論で考える筆者には、「よく考えずになぜわかるのかが、わからない」のだ。
 この「よく考え抜いて答えを出す人」と「考える前に直感と感覚で答えが出てしまう人」の間には深い溝があり、両者の議論は噛み合わず、理解し合える事は決して無い。
 その現実を、直感で素早い答えを出す父や母や姉と家族として暮らす間に、筆者は嫌と言うほど思い知らされた。

 アメリカのトランプ新大統領は、大統領に就任した直後にまたマスコミに噛みつき、そして恫喝した。
 大統領就任式に参加した人数をメディアが25万人と報じた事を「嘘だ」と言い切り、メディアに対し「代償を支払うことになるだろう」と脅した。
 トランプ大統領の就任式に参加した人数について、メディアは180万人が参加したオバマ前大統領の就任式の写真と比較するなどして証拠も示した。
 それに対する、トランプ大統領の発言は凄い。自分の就任演説に参加した者が「150万人いたように見えた」と言い、演説をした特設会場だけでも25万人いたと言った。
 ただ見ただけで「何万人いた」と具体的な数字まで断言できるのだから、トランプ大統領の“眼力”には恐れ入る。
 確かな証拠も無く、ただ己の目だけで観衆の人数を確信を持って言い切るなど、筆者にはとても出来ない。
 このトランプ大統領も筆者の父や母や姉などと同じ種類の、証拠や理論に基づいて考える前に直感と感覚で答えが出てしまう人なのだろう。
 そしてトランプ大統領は、証拠の比較写真を突きつけられても「悪質な捏造だ、デマだ!」と、黒を白だとあくまでも言い張る。

 それにしても、とにかく感情的なスローガンを繰り返すばかりで、確かな根拠や証拠に基づいた話をしないトランプ大統領の話には嘘が多い。
 例えばトランプ大統領は、選挙運動中から盛んに「アメリカは自国を犠牲に外国を潤わせた」と言ってきた。
 確かにグローバリゼーションで、アメリカの労働者は苦しんだ。
 しかし同時に、アメリカの大企業は巨額の利益を得ている。
 大統領就任式の演説で、トランプ氏は現在の治安状況を「殺戮」という言葉で表現した。
 しかし長期的なデータで見れば犯罪は減っており、この何世代かの中で今は最も安全なのだと言う。
 さらにトランプ大統領は、自国の産業界の為にか、地球温暖化についても嘘だと言っている。
 このように感覚と直感、それに自分の利益でものを言うトランプ大統領の発言には、事実かどうかのファクト・チェック(真実確認)が欠かせない。

 ただ残念な事に、トランプ大統領のような政治家の発言にはファクト・チェックが必要だと考えるのは、筆者のように「感覚や感情より、根拠や理論的な正しさが大切」と思う人だけだ。
 トランプ大統領や、彼のような煽動政治家を熱狂的に支持する人達は、いくら根拠を示し理屈で話しても「デマだ!」と頭から否定し、黒を白と言い張って聞かない。そしてその国全体が酷い状態に陥ってから、「我々は騙されたのだ」と言い逃れをする。
 かつてヒトラーとナチスを支持したドイツ人や、天皇を神と信じ「鬼畜米英をやっつけろ!」と叫んだ日本人のように。

 話を聞いてみると、トランプ大統領の発言に共感する人は、日本にも意外なほど多くいる。
 端的に言えば、自国第一主義はどこの国でも当然で、そして中国に強硬な姿勢を示しているのがまた良いのだそうだ。

 冷静になってほしい。
 同じ自国第一主義でも、どの国がそれを言うかで意味が全く違ってくる。
 例えば『ドラえもん』で、のび太やスネ夫が「ボクが第一だい!」と言い出したところで他に迷惑はかからず、やり過ぎればジャイアンにガツンと痛い目に遭わされるだけで何も問題は無い。
 だがジャイアンが「オレ様が第一だ!」と言い出したら、のび太やスネ夫ら皆が酷い目に遭い、そしてその無茶を制止できる者は誰も居ないのだ。

 同じ暴言で有名なドゥテルテ大統領の言動が大目に見られているのは、フィリピンが小国で、いくらドゥテルテ大統領が空威張りしようとも困る国は少ないからだ。
 だがアメリカは、フィリピンとは違う。
 トランプ大統領の一言で、あの世界のトヨタですらメキシコに新工場を作る計画に横槍を入れられて困っているではないか。
 トランプ氏が大統領に就任する以前から、世界が彼のツイッターでの一言に一喜一憂している。
 これでも、「自国第一主義は、どこの国でも当然」と言えるだろうか。
 どこぞの小国ならいざ知らず、世界に強い影響力を持つ大国が自国第一に振る舞ったら、それこそ“世界のジャイアン”と言うしかない状態になるだろう。

 考えてもみてほしい。
 今、中国がジャイアン的な振る舞いをしているから、日本を含めたアジア諸国が困っているのではないか。
 そこにアメリカもまたジャイアン化したら、日本はもっと困る事になる。

 確かにトランプ大統領は、中国に強硬な態度に出ている。少なくとも、今のところは。
 しかし同時に、トランプ大統領はアメリカの貿易赤字の問題で日本をも名指しして批判している。
 今、トランプ大統領が中国に強硬な態度に出ているのは、あくまでも自国アメリカの為である。それを「日本に味方して、日本を中国の脅威から守ってくれる」などと誤解して、トランプ大統領に好感を持ちその政権を支持する日本人がいるとしたら、思想信条の自由は認めるが、その人は間違いなく馬鹿である。
 自国第一主義を振りかざして中国にも強硬な態度に出ているトランプ大統領だが、だからと言って決して日本の味方でもない。ここを誤解してはならない。
 トランプ大統領は「アメリカ人を雇い、アメリカ製品を買え!」と主張しており、そして日本は対米輸出にも大きく頼っている。

 少なくとも筆者には熟慮より感情と直感に従って行動しているように見えるトランプ大統領だが、実際に大統領として職務を執行するようになれば、嫌でも現実と向き合わざるを得ない。
 メキシコ国境に塀を作るなど、トランプ大統領が選挙演説中にした公約を実現する事はまず無理だ。で、副大統領などの政治家がうまく補佐すれば、トランプ政権は案外まともな政治をするかも知れない。
 しかしそうなれば、トランプ氏を大統領に押し上げた支持者との約束を裏切ることになる。
 だから今後のアメリカは、自国第一主義を貫いて各国と摩擦を起こし世界情勢を不安定にするか、公約を曲げて支持者の怒りを買い国内が混乱するか、どちらにしろ良い方向には向かわないだろう。

 感情に訴えるわかりやすいスローガンより確かな根拠に基づく理論を重んじる筆者は、政治家の善し悪しも「これまで何をしてきて、これから何をしてくれるのか」で判断する。
 しかし多くの人はよく考えるより直感と感情に重きを置いて、実績や実際の言動より、「何かやってくれそう」という(特にちゃぶ台返し的な)期待感で一票を投じる。
 その「何かやってくれそう」という根拠の無い期待が民主的な選挙でヒトラーを生み、そしてトランプ大統領を選んだ。
 何をしてくれるのか具体的にわからないのに、公約の実現性には疑問も多いのに、ただ「何かやってくれそう」という漠然とした期待感で一票を投じ、そして国の将来を左右してしまう民衆が、筆者はとても恐ろしい。

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甲斐の山々

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 今は北杜市になっている、旧武川村から見た甲斐駒ケ岳です。

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記念写真は、どうも…

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 時折、お花畑をバックにして記念写真を撮る方がいらっしゃいますが。
 私には、どうしてもそれが出来ないのです。
 自分の姿形を考えてしまうと、花に申し訳ないような気がして……。
 私は以前から童顔と言われ、実際の年齢より若く見られがちでしたが。
 しかし最近では、「香川照之に似ている」と言われる事が多くなりました。
 そんな男が花畑の前でニターっとしていても、何か怖いだけじゃないですか。

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とても寒いです

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 写真は春に撮ったものですが、現在はとても寒いです。
 雪も滅多に降らない地方に住んでいますが、それでも最低気温が氷点下になる日が続くと、寒さが骨身に沁みます。

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虫の目には目立つらしいです

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 人の目には可憐に綺麗に見える花たちですが、昆虫の目には毒々しいくらいどぎつい派手な色に見えているみたいです。
 ま、だからこそ虫たちは、花に集まるのでしょうがね。

 でも私は、派手なタイプの女性はあまり好みません。
 地味なくらいの、目立たなくて可憐な女性が好きです。

 けれど女性の方が実は一枚上手で、最近では派手目な女性より、ちょっと見には地味な清楚系の女性にタチの悪いシタタカな人が多いのだから、困ったものです。

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お花畑

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 お花畑です。

 実は私を含めて、私の親族には少し鬱の傾向がある者がいます。
 頭の中も、これくらいお花畑状態になってくれれば、少しは鬱も良くなるんですがね。

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福徳長種類の“無銘”を飲んで考えた

 近所のスーパーのお酒売場で、無銘という200mlのペットボトル入りのウイスキーを見つけた。「そのまま飲み頃!」というのが売り文句の、最初から度数12%に薄めた、水割りウイスキーだ。
 メーカーは、博多の華などの焼酎等を製造している福徳長酒類だ。
 この福徳長酒類は、博多の華も同じ度数12%の、同じ200ml入りのペットボトルで売り出している。
 キャップの色も「そのまま飲み頃!」という売り文句も、無銘と博多の華は全く同じだ。

水割りウイスキー無銘P1100949

福徳長酒類P1110112

 で、そのまま割らずに飲める焼酎と同じアイディアで売り出されたものと思われるが。
 税込みで130円という安い値段に興味を引かれて、どんなものか試しに買って飲んでみた。

 キャップを開け、グラスに注いでも、ウイスキーとしての香りはほのかでしかない。
 それでありながら、僅かだがアルコールの臭いがするのはいただけない。
 が、飲んでみると、度数12%まで水で薄めているにいては、意外にウイスキーらしい味がする。特にウイスキーの甘い味を感じる。
 ただやはりアルコールの刺激だけが舌に残り、アフターフレーバーは残らない。

 度数12%というと、度数37%のお手頃価格のウイスキーを1:2で水割りにしたのと、ほぼ同じ度数になると思われる。
 それでブラックニッカ・クリアを1:2の水割りにして、この無銘と飲み比べてみた。
 すると意外にも、この無銘の方がウイスキーらしい味わいと甘味を強く感じた。
 ただブラックニッカ・クリアは1:2まで水で薄めると、アルコールの刺激は全くと言って良いほど感じなくなる。しかし無銘は、ほぼ同じ度数の水割りなのに、熟成していないアルコールの刺激を間違いなく感じる。

 この無銘の原材料は、モルトとスピリッツだ。グレーン・ウイスキーを使わず、モルト原酒を樽熟成ナシのただのアルコールで希釈して、更にそれを水で割って作っているのだ。
 だからそのアルコールの刺激的な臭いと味を、間違いなく感じる。

 前にも書いたが、この水割りウイスキー無銘を売り出した福徳長酒類は、麦焼酎の博多の華も水で割って同じ度数12%のものを売り出しているが。
 熟成の義務や必要の無い焼酎を普段飲んでいる方は、この無銘のアルコールの刺激が気にならないかも知れない。
 しかし少なくとも樽熟成したモルトとグレーンのみで造ったまともなウイスキーを飲んでいる人なら、この無銘のアルコール臭さと舌に残る刺激が気になる筈だ。

 筆者はこの無銘を、リニューアル以前のホワイトホースを1:2で水割りにしたものとも飲み比べてみた。
 結果はホワイトホースの水割りの方がずっと滑らかで、アルコールの刺激は全く無く、しかもアフターフレーバーもちゃんと残った。
 ただ意外な事に、ウイスキーらしい味(特に甘さ)は無銘の方がやや濃いように感じた。

 アルコールの刺激の強さは、無銘>>>>ブラックニッカ・クリア>ホワイトホースだが。
 しかしウイスキーらしい味の濃さという点では、無銘>ホワイトホース>>>ブラックニッカ・クリアという結果になる。
 一体これは、どういう事だろうか。
 無銘はまず最初に価格設定があり、ブレンドにグレーン・ウイスキーを使わず、スピリッツと称する安価なアルコールで希釈する事で原価を下げ、その分モルト原酒をしっかり使ったのだろうか。

 実は筆者は、この無銘をバーボン(ジム・ビーム)を1:2で水割りにしたものとも飲み比べてみた。
 そしたら無銘にかなり似ていたのだ、その濃い味わいと甘さが。
 それで筆者は、この無銘はバーボンを水割りにしたものかと思いかけた。
 だが無銘の原材料には、「モルト、スピリッツ」と表記してある。
 もし無銘の原酒がバーボンなら、原材料にグレーンも入っていなければおかしい。
 それで筆者は、「バーボン樽で貯蔵したモルト原酒を使用したのではないか」と推測したが、真実はどうであろうか。

 この無銘が、それなりにウイスキーらしい味を出している事は認める。
 そしていつもお手頃価格の焼酎を飲んでいる方は気にならないだろうが、樽熟成したウイスキーを飲んでいる者としては、度数12%でこのアルコールの臭いと舌に残る刺激は気に入らない。

 話は変わるが、ウイスキーの世界的な産地と言えば、イギリス(スコットランド)とアイルランドとアメリカとカナダだ。
 そして近年、日本は勝手にその中に日本も付け加え、「ウイスキーの世界五大産地」と自称しているが。
 確かに近年、日本のウイスキーの質が向上し、世界で認められている。
 ただ質が向上したのは日本の一部のウイスキーであって、日本のウイスキーすべての質が良くなったわけではない。

 皆さんは、世界で最も多くの“ウイスキー”を生産し、かつ消費しているのがどこの国か、ご存知だろうか。
 イギリス? アメリカ?
 いや、実はインドなのだ。
 そのインドが何故、ウイスキーの世界○大産地を名乗れないのか。
 それはズバリ、インドで作られて消費される“ウイスキー”の質が悪いからだ。
 10%程度の原酒をアルコール(スピリッツ)で希釈したものが、インドでは“ウイスキー”として多く出回っているのだ。
 だから生産量と消費量がいくら世界一でも、インドは他国からウイスキーの世界○大産地として認められないのだ。

 で、日本の場合はどうであろうか。
 確かにサントリーやニッカやイチローズ・モルト等、世界で高く評価されるウイスキーを造っているメーカーもある。
 しかし同時に、日本は今もなおスピリッツや樽熟成ナシの穀物アルコールで希釈した“まがいものウイスキー”も作り続けている。

 他のイギリスやアイルランドやアメリカやカナダではウイスキーの定義が法律でハッキリしていて、単純にしてわかりやすく言えば、「度数40%以上で穀物のみを使い、年単位で樽熟成したもの」しかどこの国でもウイスキーとして認めていない。
 それに比べて、「ウイスキーの世界五大産地の一角」を称する、我が日本はどうであろうか。
 日本の酒税法によれば、日本ではウイスキーは「アルコール(スピリッツ)や香料を加えたものもOK」で、しかも樽熟成の年数どころか、「樽熟成をしなさい」という規定すら無いのだ。

 このブログで、何回も繰り返し書いてきたが。
 日本の洋酒業組合の規定では、原材料のモルトは麦芽を、グレーンは穀物を意味するのだそうだ。
 だから原材料に「モルト、グレーン」と書いてあるからといって、間違いなく樽熟成してあるのだななどと信じたら大間違いなのである。
 事実サントリーは少なくとも1980年代まで、あの日本で大人気の角瓶に、樽熟成ナシのグレーン・アルコールと称するものとリキュールを混ぜていた。

 おわかりだろうか。
 廃糖蜜から作った最も安価なアルコールのみをスピリッツと称し、穀物から作ったアルコールなら樽熟成ナシでも「グレーン」で通用してしまうのだ、この日本という国では。
 そもそもウイスキーに樽熟成の規定が無いのだから、原材料に「モルト、グレーン」と書いてあってもちゃんと樽熟成を経た本物かどうか信用出来ないのが、この国のウイスキー業界の実状なのだ。

 なるほど、近年は日本のウイスキーが世界的な賞も取っている。
 しかしピンの方は良くても、キリの方はインド並に粗悪な製品が出回っている現状で「ウイスキー世界五大産地の一角」を自称するのはおこがましいと、筆者は考える。
 世界五大産地を称するなら、少なくともウイスキーの定義を他の四カ国と同一にして、「度数40%以上で穀物のみを使い、年単位で樽熟成したもの」のみをウイスキーと認めるよう、法改正すべきだ。
 法改正が無理なら、少なくとも日本洋酒業界内でそう自主規制すべきだ。
 樽熟成の規定すら無く、アルコールを混ぜてもOKという現状で「ウイスキーの世界五大産地」を自称するなど、日本人として他の四カ国に恥ずかしくないのだろうか。

 と言うと、「安いウイスキーの需要もある、それを認めないのは庶民イジメだ」と言う人も出て来るかも知れないが。
 他のウイスキーの世界四大産地、イギリスやアイルランドやアメリカやカナダの人達は、樽熟成ナシのアルコールを混ぜたまがいものの“ウイスキー”など無くとも、少なくとも何も困ってはいない。
 樽熟成ナシのアルコールを混ぜた安い偽ウイスキーが無くなって困るなら、甲類の焼酎を飲めば良い。それだけの話ではないか。

 ウイスキーには年単位の樽熟成が必要だし、樽熟成していないものはウイスキーと認めるべきではないと、福徳長酒類の水割りウイスキー無銘を飲んで改めて思った。
 廃糖蜜から作ったアルコールは、スピリッツと表示されるからまだ良いが。穀物を原料としたグレーン・アルコールは、我が日本国のウイスキーの原材料表示ではただ「グレーン」と表記されるのだから、本当にたちが悪い。
 そのただの穀物アルコールと、ちゃんと樽熟成したグレーン・ウイスキーを区別する為にも、日本のそのあたりの原材料表示は改めるべきだと思うが、サントリーやニッカなどの日本のウイスキーの大手メーカーはどう考えているのだろうか。

 日本でせっかく良いウイスキーを造っても。
 樽熟成の規定すら無く、樽熟成していないアルコールを混ぜても構わないなど粗悪な製法も許しているままでは、日本のウイスキーのイメージが落ちるばかりではないだろうか。
 筆者は別に、「お金持ちだけ飲める、高いウイスキーだけ造れ」と言っているのではない。
「安かろう、悪かろう」ではなく、安くてもそこそこ飲める製品を造る為、せめて他の世界のウイスキー四大生産国と同じレベルの製造基準が日本にも必要ではないかと、強く訴えたい。

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