空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

雲と太陽

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 昨日は春分の日でした。
 今日からはもう、夜より昼の方が長くなっている筈です。
 早く暖かくなってほしいものだと、心から願っています。

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都市の空

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 今の中国の都市部ほど酷くはありませんが。
 私が幼い頃の日本には光化学スモッグというものがあって、晴れていても都市部の空は灰色く汚れていました。
 光化学スモッグ警報なるものも、時々出されました。
 でも今では、日本では都市部の空も綺麗です。
 ありがたい事です。

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クラフトラベル柑橘香るペールエール

 缶に大きな字で[Craft Label]と書いてある、不思議なビールが店頭にあった。
 その文字の下に“柑橘香るペールエール”とは書いてあるものの、メーカー名は見当たらない。

クラフトラベルP1100592

 で、缶の裏面には、こう書いてある。

ビールのある日々に、
新鮮な驚きと楽しさを。
そんな思いを込めた、ちょっと前向きで
ハレやかな気分になれるビールです。
フレーバーホップが織りなす
柑橘の香りと、
個性的なのに親しみやすい
味わいをお楽しみください。


 ……なかなか旨そうじゃないか。

 で、缶の横をよく見てみると、小さな目立たない字で「販売者:ジャパンプレミアムブリュー株式会社、製造者:サッポロビール株式会社」と書いてある。
 奇妙な事に、この販売者のジャパンプレミアムブリューと製造者のサッポロビールは、どちらも会社の所在地が「東京都渋谷区恵比寿4-20-1」になっている。
 ついでに言えば、製品についてのお問い合わせ先は販売者のジャパンプレミアムブリューでなく、製造元のサッポロビールお客様センターになっている。

 会社の所在地は同じなのに、なぜ販売元と製造元を分けなければならないのか、なぜ堂々とサッポロビールと大きく書いて売り出さないのか、そのあたりの事情はよくわからない。
 だがとりあえず、クラフトラベルとして売られているこのビールは、サッポロビールの製品である事は間違いないようだ。

 実は筆者は、缶の裏面の宣伝文句を見て「買って飲んでみよう!」と思った。
 これがサッポロビールの製品だと気付いたのは、家に買って帰って、缶の横の細かい字までとっくりと見てからの事である。

 このクラフトラベル柑橘香るペールエールのプルタブを開けた途端に、柑橘の華やかな香りがあたりに広がる。
 グラスに注ぐと、色はウイスキーのような美しい琥珀色だ。
 口をつけると、しっかりとした、しかし心地良いホップの苦味と香りを感じる。しかしただそれだけでなく、麦の甘味も感じる。
 コクがあり、ホップがただ苦いだけでなく魅惑的な香りと深い味わいを楽しめる。そして後味もとても爽やかだ。

 実はこの製造者がサッポロビールで販売者がジャパンプレミアムブリューのCraft Labelには、他にHello! ヴァイツェンというビールもあって、これもなかなかに旨い。個人的には、サントリーのプレミアムモルツ・香るエールより好きなくらいだ。
 で、この同じCraft Labelの柑橘香るペールエールとHello! ヴァイツェンを比べてみると、Hello! ヴァイツェンは苦味がほのかで甘く軽やかで、かつ香りも華やかで飲みやすい。それに対し柑橘香るペールエールの方がホップが効いていて正統派のビールにより近く、飲みごたえもこちらの方がある。
 しかしどちらにしろ、Craft Labelの柑橘香るペールエールとHello! ヴァイツェンはどちらもかなり出来が良く、ビールはゆっくり、じっくり味わって飲みたい筆者などは、「同じサッポロのヱビスより間違いなくこちらの方が旨いし、好きだ!」と思ってしまう。

 誤解しないでほしいが、ヱビスは国産の大手メーカーのビールとしてはかなり好きだ。
 しかしそのヱビスより、このCraft Labelの柑橘香るペールエールとHello! ヴァイツェンの方が美味しくて出来が良いと、筆者は個人的に思う。

 日本は蒸し暑いから仕方のない事なのかも知れないが、日本には「ビールは暑さをしのぎ喉の渇きを癒す為に、キンキンに冷やして喉越しでゴクゴク、プハーッと飲むもの」と信じている人が多すぎる。
 確かに暑い時には、筆者も軽めで安い新ジャンル酒をゴクゴク飲む事もある。
 しかし日本も熱帯ではないのだから、キンキンに冷やしたビールを喉越しで飲んで美味しいのは、夏から秋の初めまでのせいぜい四ヶ月くらいではないだろうか。
 冬には、この日本だって氷点下になるし、雪も降る。そんな時期に凍えながらキンキンに冷やしたビールを喉越しで飲んで、本当に旨いのかと筆者は疑問に思う。

 はっきり言うが、筆者は下戸だ。
 本当の話だが、日本酒を杯に一杯飲んだだけで顔が赤くなってしまう。
 よく、「健康に良い酒の適量は、ビールなら500mlで日本酒は一合、ウイスキーはダブル(60ml)で焼酎は120ml」と言われるが。
 筆者はそれだけ飲めばもう顔が真っ赤になり、足元も怪しくなってくる。そしてそれ以上飲むと、すぐ頭が痛くなってくる。
 その適量を超えて飲めば二日酔いになるし、二日酔いはとても苦しい。
 酒飲みの中には、「酒は飲んで吐いて強くなるものだ」という馬鹿がいるが。
 ほろ酔いの気持ち良さは、筆者にもよくわかる。
 しかし吐いて酷い頭痛に苦しんでまで酔っぱらいたい酒飲みの気持ちが、筆者には全くわからない。
 二日酔いに苦しみつつまだ飲む人を見ると、「オマエはマゾか?」と言いたくなる。

 そのくらい酒に弱いせいか、筆者は酒をゴクゴク一気に飲むのを好まない。
 だから大好きなウイスキーもストレートなどの濃い状態でチビチビ飲む事が多く、日本で流行っているハイボールはどうしても好きになれない。

 そういう人間だから、筆者は付き合いの飲み会で喉越しで飲むように作られた国産の大手メーカーのビールばかり飲まされて、ビールがずっと好きになれずにきた。
 特に国産の大手メーカーの、米やらコーンやらスターチなどの糖質副原料を混ぜ込んだビールなど、暑くて喉が渇いている時にキンキンに冷やして一気飲みするのでなければ、とても飲めないシロモノだ。
 喉越しが売りの副原料入りのビールを、少しぬるくなった状態で飲んでみてごらん。本当に不味いから。

 それが海外や日本の小さな会社が造ったエールビールを飲んで、「ビールって、こんなに香り高く味わい深くて美味しいものなのか!」と驚かされた。
 本当に良いビールは、キンキンに冷やすのではなく程良く冷たい程度で飲むと本当に美味い。
 ビールも含めて酒というものは、冷やし過ぎると香りが薄くなってしまうのだ。だから不味いビールはキンキンに冷やさないと厭な臭いと変な味が出て来てしまうし、本当に旨いビールは10~13℃くらいで香りが豊かになり、キンキンに冷やし過ぎるとせっかくの香りが台無しになってしまうのだ。

 筆者は酒に弱いから、後で苦しむとわかっていながら酔っ払うまで酒を飲むのは嫌いだ。
 良い酒を、ゆっくり、じっくり味と香りを楽しみながら、ほろ酔い程度に飲むのが筆者の流儀だ。
 だから日本の大手メーカーが作る喉越し重視の、味も香りも薄いビールをガブガブ飲むのも大嫌いだ。
 それだけに、このCraft Labelのように香り高く味わい深い、ゆっくり、じっくり飲んでこそ美味しいビールが、サッポロビールのような大手メーカーからも出された事を、とても嬉しく思う。

 まだ飲んでいないが、サントリーもプレモル香るエールの他に、CRAFT SELECTペールエールというのを出している。
 サッポロビールのCraft Label柑橘香るペールエールと同じで、これも「柑橘を思わせる爽やかな香りと心地よい苦味」が売りだと言う。

 暑い夏に喉が渇いた時の為に、喉越しで飲む従来の日本のビールがあっても良いとは思う。
 しかし日本もいつも暑いわけではないし、飲む人もいつも喉が渇いているわけではない。
 日本ではスーパードライのようなビールが人気だが、ビールの通にスーパードライは「最初の一杯こそ美味いが、二杯、三杯と飲むにつれて不味くなる」とも言われているわけを、日本のビール飲みにも少し考えてもらいたいものだ。
 いくら暑い夏でも、キンキンに冷えていないと不味くなるスッキリ系の薄いビールを、そう何杯も美味しく喉越しで飲み続けられるものではない。
 日本人もそろそろ「ビールは喉越しで、ゴクゴク、プハーッ飲むもの」という思い込みは捨てて、適度に冷やしたビールを、ゆっくり、じっくり味わって飲むことも知ってほしいと思う。

 ぬるめのビールというと、不味そうだと思う日本人は多いだろう。
 で、そのぬるめのビールを喉越しでなくゆっくり飲むなど、想像するだけでゾッとするというビール飲みが、日本には少なからずいるのではないだろうか。
 だが実は、本当に旨いビールはややぬるいくらいでより香り高く味わい深くなるのだ。
 暑くてしかも喉が渇いていれば、キンキンに冷やしてありさえすれば新ジャンル酒だって美味しく感じる。
 そのビールが本当に旨いかどうかは、ややぬるくなった時点で、喉も渇いていない状態でじっくり味わって飲んで初めてわかるのだと、筆者は思う。

 これは好みの問題だろうが、筆者は日本の大手メーカーの副原料入りのビールは「本当に不味い!」と思っている。
 だからサッポロやサントリーが、副原料を使わない香り高くて味わい深いビールを出してくれようとしている事を、心から歓迎したい。

 日本の夏は蒸し暑いとは言え、秋の半ばから春の終わり頃まではそう暑くはない筈だ。
 何故そんな時期にもビールはキンキンに冷やして喉越しで飲まねばならないのか、皆さんは不思議に思ったことは無いだろうか。
 麦芽とホップだけで造ったクラフト系のビールの多くは、喉越しで飲むには確かにやや重い。
 しかし喉越しで飲むには苦くて重いビールも、キンキンに冷やすのでなく程良く冷やせば香りも立つし、ゆっくり、じっくり飲めばまた違う豊かな味わいが感じられる筈だ。

 暑い夏はともかく、せめて秋の半ばから春の終わり頃までは、ビールをキンキンに冷やして喉越しで一気に飲むのは控えたらどうだろうか。
 あまり冷やし込まずに、ゆっくり、じっくり飲んで美味しいビールの存在を知ると、「ビールは暑い時に喉越しで飲んでこそ美味しいよね」などと言えなくなる。
 筆者は香り高く味の濃いエールビールを、真冬にも楽しんで飲んでいる。
 と言うより、「暑い時に喉の渇きを癒す為に喉越しで飲むなら、麦茶で充分」と思っている。

 それはともかく、販売者がジャパンプレミアムブリューで製造者がサッポロビールのCraft Labelは、ヤッホーブルーイングのエールビールにも負けない、なかなか良いビールだ。
 出来ればこれをうっかりキンキンに冷やして喉越しで一気に飲んだりせず、ゆっくり、じっくり味わって飲んでみてほしいデス。

 繰り返すけれど、「ビールはみなキンキンに冷やすもの」というのは間違いだから。
 キンキンに冷やすべきビールは、大手メーカーのビールに多いラガー系で副原料入りの、味も香りもライトなやつだけだ。
 香りの良さが特徴のビールをキンキンに冷やすと、その香りの良さが半減してしまいマス。
 エールビールなど、程々に冷やしゆっくりじっくり飲んでこそ美味しいビールもあるのだという事を、もっと多くの日本の人に知ってもらいたいと、切に願う。

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金原ひとみなるニコチン中毒患者の妄言

 受動喫煙を防ぐ為の禁煙や分煙に腹を立て、「いつでも何処でも煙草を吸わせろ!」とヒステリックに騒ぎ立てる喫煙者の言動を、ある医者が「まるでニコチンが言わせているかのようだ」と評した。

 無論、中には周囲の者に気遣いながら、遠慮しながら煙草を吸っている紳士たちもいる。
 しかし一方で他人の存在にまるで構わず、遠慮の欠片すら無く煙草を吸い、注意しようものなら狂ったように怒り出す喫煙者も間違いなく存在する。

 例えば酒を飲む者が「オレの酒が飲めねえ、って言うのか!」と凄み、周囲の者にも無理に酒を飲ませる行為がアルハラである事は、どこの誰にも否定できない事実だ。
 煙草を吸わない者にも受動喫煙を強いる喫煙者の存在は、非喫煙者にとっては間違いなく“ニコチン・ハラスメント”だ

 筆者はかなり以前に煙草を吸うのを止めた非喫煙者だが、煙草を吸う人に「貴方も禁煙しなよ!」と言うつもりは全くない。
 煙草が有害であるのは事実だが、酒、それに糖分や油を多く含んだ食品も多量に摂取すれば健康に害がある事は同じだ。
 煙草は麻薬と違って合法な嗜好品だし、喫煙者がリスクを承知の上で煙草を吸うのは全く構わないし、個人の自由だと思っている。

 ただ煙草が他の嗜好品と違うのは、有害成分を多量に含んだ煙が周囲に広がり、煙草を吸わない者まで巻き添えに受動喫煙させる事である。
 喫煙者の存在は、「オレの酒をオマエも飲め!」と強要するアルハラの酒乱と全く同じである。
 断言するが、煙草を吸わない者もいる公共の場での喫煙は迷惑だし有害だ。
 だから筆者は路上を含む公共の場での喫煙はすべて禁止し、煙草を吸いたければ自宅か喫煙者専用の店や場所のみで吸うべきだと考える。

煙草の吸い殻P1110323

 路上を含む公共の場所で喫煙する者の存在に、煙草を吸わない者は心から迷惑している。
 写真を見ていただきたい。
 これが煙草の吸い殻だが、フィルターがどれだけタールで茶色に汚れているか、一目でわかるだろう
 だから喫煙者の肺は、タールで真っ茶色に汚れている。
 そしてそのタールで汚れた有害な煙を、喫煙者はフィルターで漉して吸っているのに対し、煙草を吸わない者はフィルター無しにそのままダイレクトに吸わされているのである。
 このフィルターのヤニを見れば、喫煙者が周囲の煙草を吸わない者にどれだけの健康被害を与えているかがわかる筈だ。
 筆者の母の友人にも、煙草など全く吸わないのに夫が喫煙者だったせいで、肺癌になってしまった方がいる。

 喫煙者に説明していただきたい。
 煙草を吸わない者まで、なぜ喫煙者の煙草に肺を汚され、健康を損なわれなければいけないのだ?
 煙草を吸う自由は、無論ある。
 しかし「煙草を吸わない者にまで有害な煙を吸わせる権利」は、どの喫煙者にも無い筈だ。

 煙草を吸わない者は、喫煙者の健康を心配して「煙草は止めたら?」と言っているのではない。
 ただ「巻き添えに受動喫煙させられたくない」という、至極真っ当な主張をしているだけである。

貴方の吸う煙草の煙を、煙草を吸わない私に吸わせないで下さい
 煙草を吸わない者は、喫煙者にただそれだけを望んでいるのだ。
 にもかかわらず多くの喫煙者が、「肩身が狭い、煙草を吸わせてもらえない」と、まるで自分達が被害者であるかのように思っている。
 間違えないでもらいたい。
 喫煙者は、煙草を吸わない者に受動喫煙を強いる加害者なのである。

 この3月7日の毎日新聞の夕刊の『ナビゲート』というコラムに、その被害者意識丸出しで「自分達は煙草を吸わない人に迷惑と健康被害を与えている加害者なのだ」という認識がまるで無い、喫煙者の一方的な言い分が載せられていた。
 それを一読すれば、喫煙者がいかにニコチンに依存し、煙草を自由に吸えないとなるとどれだけ無茶苦茶で手前勝手なことを言うかがよくわかる。
 そのニコチン中毒患者は金原ひとみという作家だが、金原氏が書いた『最初の一服』というコラムの全文をここに引用してみよう。

 今年一月、フランスで全ての煙草が黒いパッケージに統一された。プレーンパッケージ法という、パッケージにつられての購入をなくすためのものらしい。ジタンやゴロワーズなど、フランス人の慣れ親しんできたデザインもこれで見納めだが、今後は日本でジタンやゴロワーズを買って行けばフランス人は羨ましく思うかもしれない。煙草屋のカウンターの向こうは一面真っ黒で、小さい字で書かれた銘柄のみで区別する他なく、煙草屋も苦労しているようだ。
 一方日本では飲食店での全面禁煙が検討されているらしい。つまり日本の数少ない美点の一つが、今消えつつあるのだが、多くの人が歩きながら煙草を吸っているフランスに対して、路上喫煙が嫌がられる日本はどこで煙草を吸えばいいのか。
 こうした煙草に対する一連の流れは不可解、かつ不愉快にも感じているのだが、喫煙者の権利を訴える気には到底なれず、さらに健康への影響を問いただす必要もない。誰も煙草が体にいいと思って吸っているわけではないからである。
 だが人はパンのみで生きられるわけではない。では霞を食って生きているのか。いや私は煙草を吸って生きてきた。どんな状況、それも悲惨な状況であるほどに煙草の味は引き立つ。何故なら全ての一服は過去へと、その最初の一服へと回帰していくからである。それは誰もが初めて煙草を吸った時、傍にあったであろう世界を否定する力が、世界が自分を否定する力を凌駕したあの一瞬への繰り返される回帰なのだ。


 ……これが喫煙者である女性作家の言い分であるが、突っ込み所が多過ぎて、どこから反論したら良いか困るくらいだ。
 喫煙者は、本当に頭がオカシイ。
 金原氏を全ての喫煙者と同一視してはいけないだろうが、コラムを読んで正直にまずそう思ってしまった。

 まず「日本では飲食店での全面禁煙が検討されているらしい。つまり日本の数少ない美点の一つが、今消えつつある」とあるが、飲食店、お酒を出す店だけでなくレストランや喫茶店でも煙草の煙が流れて来て否応なしに受動喫煙させられている現状を、どこの誰が“日本の美点”などと思っているだろうか。
 飲食店で遠慮なく煙草を吸え、煙草を吸わない者が我慢しているような状況を“美点”だなどと思えるのは、金原氏などごく一部のニコチン依存症のヘビースモーカーだけだろう。
 喫煙者でも紳士淑女なら、少なくとも煙草を吸わない者がいる場所での喫煙は遠慮する。

「多くの人が歩きながら煙草を吸っているフランスに対して、路上喫煙が嫌がられる日本はどこで煙草を吸えばいいのか」と言うが、路上は幼い子供も含めて多くの非喫煙者がいる場所だ。
 路上喫煙は、その煙草を吸わない弱者に我慢と受動喫煙を強いる事になる。
 だから路上喫煙は嫌がられるのだ。
「どこで煙草を吸えばいいのか」って、自宅や喫煙者だけが集まる場所で吸えば良いだけではないか。
 世の中に酒を飲む者は大勢いるが、殆どは家か飲み屋で酒を飲んでいる。我慢できずに道を歩きながら酒を飲んでいる者がいたとしたら、ひどいアル中と後ろ指を指されるだろう。
 酒飲みは酒を飲むべき場所を心得ているのに、喫煙者はなぜ煙草が我慢できず、仕事中にも食事の前後にも路上でも、つまりいつでも吸いたがるのか、それが筆者には理解できない。
 少なくとも筆者は金原氏のように、路上喫煙して周囲の煙草を吸わぬ人達にも受動喫煙させても平気でいられるような人にはなりたくない。

「多くの人が歩きながら煙草を吸っているフランス」と、金原氏はまるで「おフランスでそうなのに、日本は遅れているしおかしい」とでも言いたげだが。
 実はフランスは喫煙率が24.1%で世界第9位の、言わば喫煙大国なのだ。
 ちなみに日本の喫煙率は19.3%で世界第23位だ。
 よくフランス大好きで、文化的にも進んだ素晴らしい国だとフランスを崇拝する人がいるが。
 しかし金原氏が大好きな“おフランス”は、少なくとも喫煙率に関しては日本より遅れているのだ。
 だからこそ金原氏の言う“プレーンパッケージ法”なるものを施行してまで、喫煙率を下げようとしているのではないか。
 繰り返し言うが、煙草を吸わない者や幼い子供も多くいる公共の路上での喫煙は「嫌がられて当然」であって、多くの人が歩きながら煙草を吸っているフランスの方がオカシイし遅れているのだ。

 さらに金原氏は喫煙について「健康への影響を問いただす必要もない。誰も煙草が体にいいと思って吸っているわけではないからである」と言うが、煙草を吸わない者は、少なくとも筆者は喫煙者の健康など心配していない
 金原氏も「煙草が体にいいと思って吸っているわけではない」そうだし、金原氏を含めた喫煙者は肺癌なり、喫煙が引き起こす動脈硬化による数々の病気なりで勝手に死ねば良いと思っている。
 心配しているのは、煙草を吸わない者達まで受動喫煙させられる事に対してだ。
 受動喫煙の害は、今では医学的に異論の余地なく証明されている。
 煙草のフィルターにべったりと付着したヤニでわかるように、煙草の煙が体に良い筈が無い。そして筆者ら煙草を吸わない者は、喫煙者のせいで受動喫煙させられ、有毒な煙をフィルター無しにそのまま吸わされているのだ。
 金原氏を含む「煙草が体に良くなくても、わかって吸っているんだから放っておいて!」と言う喫煙者には、「ふざけるな!」と怒鳴りつけてやりたい。
 貴方が煙草で自分の健康を損なうのは勝手だが、周囲の他人の健康まで受動喫煙で巻き添えにするのは、本当に絶対に止めてもらいたい
 繰り返すが、煙草を吸うのが許されるのは、周囲に煙草を吸わない者がいない場所だけだ。

 喫煙者の健康を心配しているのではない、「受動喫煙で煙草を吸わない者の健康まで損なわないでくれ」というのが、今の日本の禁煙や分煙に対する動きなのだ。
 金原氏などの喫煙者は、くれぐれもそこを誤解しないでもらいたい。
 喫煙者が煙草を吸って自分の健康を損なうのは個人の勝手だが、煙草を吸わない他人にまで受動喫煙させる権利は、どの喫煙者にも無い筈だ。

 それにしても、「誰もが初めて煙草を吸った時、傍にあったであろう世界を否定する力が、世界が自分を否定する力を凌駕したあの一瞬への繰り返される回帰なのだ」とは、あまりにも“トンデモ”な理論に恐れ入った。
 たかが煙草を吸うだけで、「自分を否定するセカイの力を凌駕」とか、少なくとも筆者は思いもしなかった。

 以前にも書いたが、筆者はかつて煙草を吸っていた。そして大学生のうちに、キッパリと禁煙して今に至る。
 その筆者が煙草を初めて吸った動機は、まず好奇心だ。それと「大人に見られたい」という背伸びだ。この二つ以外に、煙草を吸い始めた理由は全く無い。
 そして初めて煙草を吸った時には、ただ煙くて気持ち悪かった。
 セカイが自分を否定する力がどうのこうのなどと、全く頭を過ぎりもしなかった。
 また「全ての一服は過去へと、その最初の一服へと回帰していく」とも金原氏は言うが、筆者は煙草を吸っていた時に過去や最初の一服の事など、まるで思いもしなかった。

 だが金原氏は今もなお、煙草を吸うと過去に、「世界を否定する力が、世界が自分を否定する力を凌駕したあの一瞬」に回帰すると言う。
 さらに金原氏は「初めて煙草を吸った時、傍にあったであろう世界を否定する力が、世界が自分を否定する力を凌駕した」のを、“私は”ではなく“誰もが”と言う。
 本当に煙草を吸えば“誰もが”「自分を否定するセカイ」だの「それを凌駕するセカイを否定する力」だのと、セカイ系の中二病のちょっとヤバい感覚にとらわれてしまうのだろうか。
 少なくとも筆者の知る限り、煙草を吸う動機はたいてい好奇心と背伸びとカッコつけで、「セカイが自分を否定する」とか、「そのセカイを否定する力を得た!」とか言う者は誰もいなかった。

 それにしても、たかが煙草を吸っただけで「自分を否定するセカイを凌駕する力」を得たとか、安っぽいファンタジー系のライトノベル小説にも無いような発想と感性には恐れ入る
 そしてその中二病的な感性のお方が、日本では有名な人気作家として生きていられるのだから驚きだ。

 煙草を吸い、そして日常をニコチンに依存するまでに至ると。
 いつでも、どこでも煙草を吸わずにいられなくなり、そんな自分を正当化する為にありもしない日本の美点をデッチ上げたり、フランスの悪い点をさも良い所のように言ったり、他人に対する受動喫煙の害は無視して「健康への影響を問いただす必要もない。煙草が体にいいと思って吸っているわけではない」と居直ったり、果ては「セカイが自分を否定して、喫煙でそのセカイを凌駕する力を得た!」などと中二病そのものの妄想話を持ち出してきたり。
 有名な人気作家ですら、ニコチン中毒になるとこうなるのだという事が、3月7日の毎日新聞夕刊のコラムでよくわかった。
 喫煙とは、本当に恐ろしいものである。

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空に湧き上がる雲

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 青い空や白い雲を、シャッターを押すだけで綺麗に撮れるカメラって、案外少ないです。
 空のみを撮る時には、オートホワイトバランスを解除して太陽光にセットすると、空の青が澄んだ青に、雲が白い雲がちゃんと白く撮れることが多いです。

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シルエットもまた良し、です

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 このカメラには暗部補正の機能が無い為、緑の木がほぼ完全に黒く潰れてしまっています。
 私はそれはそれで構わないと思っていますが、この木が鮮やかな緑に写っていたら、どんな写真になったでしょうかね。

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青空と雲

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 すぐ転ぶくせに、空を見上げるのが止められません。
 周囲から見れば“変な人”だと思います。
 ただ撮る対象が空だと、カメラを持っていても少なくとも変質者には見られません。

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ホワイト・デー

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 私はモテませんが、何故か義理チョコはそれなりに戴きます。

 で、悩むのがお返しなんですよね……。
 チンケなものでは相手の機嫌を損ねてしまいますし。
 かと言って義理チョコに本命っぽい気張り過ぎたものを返したら、重たく思われて相手を困らせてしまいますし。

 貰っても相手が重たく感じず、それでいて気が利いたものを探すのって、意外に大変なんです。
 けど義理チョコでも「欲しい!」と思ってしまうのが、男の悲しい性ですね。

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青空と太陽と街路樹

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 ぶっちゃけ言えば、撮ったコンデジの受光素子が小さい為、街路樹がほぼ黒く潰れてしまっています。
 ラチチュードが狭いんですよね、特に少し以前のコンデジは。
 でもそれで、逆に絵としては面白くなったような気がします。
 自己満足、乙! ってところでしょうか。

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バランタイン12年

 諸事情があって、東京にはたまにしか行けないのだが。
 その数年前に東京に行った時、帰る直前に妙にウイスキーが飲みたくなった。
 で、乗る高速バスの時間も迫っていたので、東京駅の売店でウイスキーの小瓶を買った。
 50ml入りのミニチュアボトルなのに、とても高かった。
 何年も前の事だから正確な値段は覚えていないが、一本(繰り返すが50ml)で千円近くした。
 それが、バランタイン12年ことブルーラベルとの初めての出逢いだった。

 何しろ疲れていたし、乗り心地も良いとは言えない高速バスに揺られながらだから、ゆっくり、じっくり味わうゆとりも無かったが。
 それでもとても美味しく飲みやすくて、50mlの小瓶などすぐに飲み干してしまった。

 で、そのバランタイン12年を、700ml入りの通常の瓶を買ってじっくり飲み直してみた。

バランタイン12年P1110138

 キャップを開けると、甘く豊かな、そして僅かにスモーキーな香りが漂う。
 口に含むと、滑らかで優しい味わい。
 甘くクリーミーで、舌の上で転がすと花の蜜を吸っているような上品な甘さを感じる。
 そしてそのハニーな甘さは、次第に清涼感のある心地良いスパイシーさに変わる。
 飲み下した後の余韻は、それなりに長く続く。アフターフレーバーは品の良い甘さと、そして僅かなスモーキーさだ。
 飲んでいる間はスモーキーさを感じないのだが、飲み干した後の息にスモーキー香が絶妙な残り香として残る。

 男性で、香水の匂いをプンプンさせた女性が好きな人はそう多くないだろう。
 実は筆者も、化粧の濃い香水臭い女性は好まない。
 しかし近付いても全く化粧臭くなく、なのに通り過ぎた瞬間に良い香りがほのかに残る女性にはドキッとして、思わず振り向いてしまう。
 このバランタイン12年のスモーキー香は、ちょうどそんな感じの魅惑的なスモーキーさだ。

 このバランタイン12年は、トワイスアップでもそれなりに飲める。甘さがより引き立つし、アルコールの刺激も全くなくなり、まろやかでとても飲みやすくなる。
 が、トワイスアップにすると同時にビターさも出てくる感じだ。そして味も香りも薄くなり、アフターフレーバーも長く続かなくなる。
 個人的には、ストレートで飲むのが一番ではないかと思う。その方が、味も香りもずっとギュッと凝縮された感じで魅力的だ。

 シーバスリーガル12年ジョニーウォーカーの黒とも飲み比べてみたが、このバランタイン12年が味も香りも最も繊細な感じだ。
 シーバスリーガルの方がよりフルーティーで香りが華やかだが、「匂いがキツ過ぎ」と言う人もいる。
 確かにシーバスリーガルは「色っぽい大人の女性」と言う感じで、筆者も含めて好きな人は好きになるのだが、清楚で控え目な女性が好みの方には、少々色気過剰で派手過ぎに思えるだろう。

 そう、バランタイン12年は清楚で控え目な美人そのものなのだ。
 例えばジョニ黒も良い味と香りだが、ピート香がはっきりしていて、いかにも「スコッチです!」という自己主張がある。
 好きな人は大好きになるのだが、スモーキーさが苦手な人はあまり好きになれないかも知れない。
 甘さもバランタイン12年はハニーで上品なのだが、ジョニ黒はしっかりとした甘さを感じる。

 バランタイン12年は、バランスが本当に良く取れている優しいスコッチだ。
 初めは柔らかに甘く、そしてビターさやスパイシーさも続いて適度に出てくる。そして最後のアフターフレーバーにほのかにスモーキー香が残る。
 スコッチのいろいろな味わいが、最良のバランスの上にすべて備えられているという感じだ。

 筆者は10年以上貯蔵したシングルモルトと12年以上貯蔵したブレンデッドに不味いものはほぼ無いと思っている。
 そこにあるのは、まあ大体は個人的な好き嫌いであろう。
 で、シーバスリーガル12年とジョニ黒については、「好き嫌いが、それなりに分かれるだろうな」と思った。
 事実、筆者の知人にもシーバスリーガルの長く続く濃い香りを「しつこい、好きじゃない」と言った人がいた。
 そしてジョニ黒についても、その骨太で男性的な味わいをキツいと感じる人もいるだろう。
 その点で、このバランタイン12年については「嫌いとか苦手だとか言う人は、まずいないだろうな」と感じた。

 筆者自身は、シーバスリーガル12年もジョニ黒も大好きだし、喜んで飲むが。
 しかしもし他人に12年モノのブレンデッド・ウイスキーを贈るとしたら、筆者なら間違いなくこのバランタイン12年を選ぶ。

 氷で冷やすと香りが弱くなるし、バランタイン12年は繊細だからロックで飲む気にはなれず、またトワイスアップですら薄く感じたので、ハイボールも試してみることなく、筆者はひたすらストレートでこれを飲んでいる。
 滑らかで優しい味のウイスキーなので、チェイサーも少ししか要らず、ストレートで気持ち良く飲めてしまう。
 しかし強いクセも無くバランスも良く取れているので、日本人が大好きなハイボールにしたらグイグイ飲め過ぎてしまうのではないだろうか。

 結論としては、ストレートで気持ち良く飲める、バランスの取れたとても良いスコッチだ。
 ただ一つ文句を付けるとしたら、バランタイン・ファイネストとの質の差だ。
 ジョニーウォーカーの場合、赤と黒には味や香りに似通った部分がはっきりあって、ジョニ赤は「ジョニ黒の廉価版」という感じが強くある。
 しかしバランタイン・ファイネストには、12年の弟分と言えるような似通った部分があまり感じられないのだ。

 いや、バランタイン・ファイネストも、スタンダード・スコッチとしてはかなり良く出来たウイスキーだ。
 しかし一度12年をしっかり味わって飲んでしまうと、「ファイネストはもう飲まなくても良いかな、12年があれば充分だし」という気持ちになってしまうのだ。
 ジョニ赤には、ジョニ黒の血を引いた廉価版の弟分という存在価値があるのだが、バランタイン・ファイネストはその“12年の弟分としての血”が少し薄いように感じられる。

 そう言えば、ディスカウント系の大型酒店では、バランタイン・ファイネストはジョニ赤など他のスタンダード・スコッチより少し安い値段で売られていることが少なくない。
 少しでも安くする為に味を落とすより、他のスタンダード・スコッチと同じか少し高いくらいの値段にしてでも味を良くした方が、結局はバランタインの為になると思うのだが、どうだろうか。

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