空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

生きてさえいれば

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 私は生まれた時から病弱で、今も通院が欠かせません。
 でも、通院した病院の駐車場からふと見上げただけで綺麗な空が目に入り、良い気分になれたりします。

 病弱なのは生まれつきだから、いちいち悩んだり体質を恨んだりしませんよ、私は。
 生きていれば、病院から見上げた空が綺麗だっただけでも、幸せな気持ちになれます。

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今日も空を撮る

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 空を撮るのは気楽で良いです。
 今は写真はスマホで撮るのが当たり前に近くなっていて、カメラで写真を撮っているだけで人目を引いてしまいます。
 けど、カメラで空を撮っていて不審者扱いされた事は、少なくとも私はただの一度もありません。
 ただ、空を見ながらカメラを構えて歩き、それで見事に転んで笑われた事はあります。

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広い空の下にて

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 昔は、写真を撮ることに関して世間がとても寛容でした。
 スナップ写真とか言って、街行く見知らぬ人を勝手に撮る人達もいましたし、それでトラブルになる事も少なかったように思います。
 何しろ昔はネットなど無かったので、撮られた写真が知らぬ間に広く公開されてしまう事もありませんでしたしね。
 しかしネットが当たり前になっている現状で、写真に撮られる事について人が神経質になってしまうのも、よくわかります。

 ただその反面、「今や自由に撮れるのは、空くらいしかない」とも言われるようになってしまいました。
 私のように郊外の住宅地に住む者は、まだ広い空が撮れるから良いですが。
 都会に住む写真好きの人達はいったい日々何を撮っているのだろうと、少し心配になってしまいます。

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やはり広い空が好き

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 私の住む市は、中心部こそ高層マンションが立ち並んでいますが。
 私の住む少し郊外の住宅街では、広い空を眺めることができます。

 実は私は、生まれは東京都区内です。
 で、大学も都区内の学校に通いました。
 だから東京の暮らしにも抵抗はありませんし、東京で暮らしたいと思わないわけでもありません。
 ただ、東京に戻って広い空が見られなくなったら、やはりそれだけは寂しく思うでしょうね。

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いつも傍らに置いておきたいジョニ黒

 ジョニ黒ことジョニーウォーカー・ブラックラベル12年は、筆者が生まれて初めて「ウイスキーって凄いな、良いな」と思った製品である。
 以来、筆者はジョニ黒をウイスキーの善し悪しを判断する一つの基準にしている。
 で、今回改めて、そのジョニ黒をじっくり味わってみた。

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 他の12年モノのブレンデッド・スコッチより個性がはっきりしていて、一言で言えば甘くスモーキーで力強い。
 トップノートはチョコレートに似た甘い香りで、スモーキー香もしっかりと感じる。
 口に含むと甘さもあるが、ビターさやスパイシーさも感じる。しかし滑らかで、チェイサー無しでもストレートで飲める。
 12年間樽熟成したウイスキーらしく、余韻も長く続く。

 同じジョニーウォーカーのレッドラベルと比べると、意外にもジョニ赤の方が甘さやスモーキーさがはっきりしている。
 が、その分だけジョニ赤はシンプルで味と香り共に深みに欠ける。ジョニ黒の方がずっと滑らかで、ジョニ赤には若いウイスキーの荒っぽさがある事も言うまでもない。
 個性がはっきりしていて気軽に飲める赤と、味わい深くより複雑な黒といったところか。

 同じ12年モノのブレンデッド・スコッチと比べると、香りの点ではシーバスリーガルの方が明らかに華やかだが、ジョニ黒の方が味わいが力強く、そしてよりスモーキーだ。
 バランタイン・ゴールドラベルはジョニ黒のような力強さも、シーバスリーガルのような華やかさも無いが、とても端正で優しくバランスが最も良く取れている印象。
 最もスコッチらしい個性が強く甘くスモーキーなジョニ黒に、華やかな香りで余韻も最も長く続くシーバスリーガル、そして端正でバランスの最も良く取れたバランタイン・ゴールドラベル、といったところか。

 国産の同価格帯のウイスキーでは、ニッカのスーパーニッカがなかなか悪くないと思っているが。
 比べて飲んでしまうと、スーパーニッカよりジョニ黒の方が明らかに滑らかな上、スモーキーさでも力強さでも上回っている。
 ただ、去年の秋にブラックニッカ発売60周年を記念して限定発売されたブラックニッカ・ブレンダーズスピリットと比べると、「良い勝負だな」と思ってしまった。
 どちらも甘くスモーキーで、なかなか似ているのだ。
 あえて言うならばジョニ黒の方が個性が強く、ブラックニッカ・ブレンダーズスピリットの方がマイルドで穏やかといったところか。

 ブラックニッカ・ブレンダーズスピリットはなかなか評判が良く、わりと早いうちに店頭から無くなってしまったが。
 ところがこの4月になって、筆者の住む町のある酒屋の店頭にまとめて10本ほど出て来た。
 もし今どこかの店頭でブラックニッカ・ブレンダーズスピリットが残っているのを見つけたら、是非買ってみて、ジョニ黒と飲み比べてみていただきたい。
 優劣については個人の好みの問題もあると思うが、ジョニ黒に匹敵する同価格帯の国産のブレンデッド・ウイスキーと言ったら、ブラックニッカ・ブレンダーズスピリットしか無いと、筆者は思う。

 千円ちょっとで買えるスタンダード・スコッチは、味も出来もいろいろだ。
「意外に良いじゃないか!」と思えるものもある反面、あまり感心できないものも少なくないのもまた事実だ。
 しかし12年モノのブレンデッド・スコッチに不味いものはまず無いと、筆者は思っている。そこにあるのは、ただ個人の好みの問題だろうと、筆者は思う。

 で、もし筆者が他人に12年モノのブレンデッド・スコッチを勧めるとしたら、まずスコッチのすべての要素をバランス良く取り入れたバランタイン・ゴールドラベルを、華やかな香りを好む人にはシーバスリーガルを勧めるだろう。
 しかし筆者個人が飲むとしたら、やはり最もスモーキーで個性の強いジョニ黒を一番に選んでしまう。
 他にもっと良いウイスキーがある事もわかっているのだが、筆者にウイスキーの素晴らしさを初めて教えてくれたこの一本が常に傍らに無いと、どうも落ち着かないのだ。

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同性カップルは里親にふさわしいか?

 先日、大阪で男性同士のカップルが里親として認められた。
「LGBTに対する偏見はイケナイ!」という声が大きく、「同性愛なんてキライだ」などと言えなくなりつつある今日この頃の日本である。
 同性のカップルが里親になる事に関しても、「愛さえあれば良いんじゃない?」というのが、大方の論調ではないだろうか。

 しかし筆者は、同性のカップルが親になることについて、どうにも抵抗がある。
 何故なら生物学的に、同性同士のカップルに子が生まれる事はあり得ないからだ。
 単性生殖や雌雄同体の生き物を除き、ほぼすべての動物は雄と雌、父と母の間から生まれてくる。
「両親とも男」とか「両親とも女」という子供は、自然の状態ではまずあり得ない
 だから「同性のカップルが子を持つ」というのは、自然の摂理に反する事なのだ。

 昆虫から類人猿に至るまで、雌雄の区別ある動物は雄と雌とが求め合い交尾して子孫を残し、繁殖してきた。
 その中で、ただ人類の一部だけが同性に愛情を抱き、生殖行動までしている。
 無論、同性同士の性交で子が生まれる事は、生物学的に絶対にあり得ない。
 だから「人類の一部に、同性に性的な愛情を抱く者が存在する」という現実は嫌でも認めざるを得ないが、しかし同時に同性愛者も「自分達は子を持つ事ができない」という現実も受け入れるべきなのだ。
 子を持てない同士だと百も承知の上でカップルになったにもかかわらず、「自分達も子を育てて家族ごっこをしてみたい」など、欲が深いのにも程があると筆者は思う。

 と言うと、LGBTを擁護する人達は、必ずこう反論する。
「愛情の無い男女のカップルと、愛情のある同性のカップルと、どっちが親にふさわしいと思うの! 親の性はどうでも、愛情さえあれば子供は幸せなのよ!!」と。
 また、男女のカップルでも不妊の夫婦は珍しくない為、「子を持てない夫婦が里親になるのとどう違うのよ! 不妊の夫婦が里親になれるなら、同性のカップルだって構わないでしょ!!」とも。

 ちょっと待ってもらいたい。欧州の一部の国とは違い、日本ではまだ同性婚は認められていないのだ。
 一部の地方自治体では近い形で認めているが、日本国としてはまだ認めていない。
 世間では、家族というものはまだ「お父さんとお母さんと子供がいる」という形なのだ。

 それは確かに、今はシングルマザーやシングルファーザーの家庭も増えてはいる。
 しかし「同性の親が二人いる」という家庭は、ごく稀であろう。
 そして同性のカップルのもとに里子に出すという事は、その子供にそうした特殊な家庭環境を受け入れ、かつLGBTに対しての深い知識と寛容さを持つ事を強いる結果になる。
 思春期前の子供に両親が同性であることの意味を正しく理解させ、かつ受け入れさせるのは、非常に難しい事ではないだろうか。
 その送り出される里子が思春期にさしかかる頃の子であれば、里子の気持ちはさらに複雑になる。

 理想主義者は「愛さえあれば良い」、そして「LGBTのカップルのもとで育てれば、むしろ性の多様性に対して理解が深まって、本人にとっても良い」と言うのであろうが。
 ただ心身共に未熟な子供が同性のカップルのもとに里子として送り出された後、思春期を迎えて「両親は同性同士」という自分の環境を素直に受け入れられるか、そしてどのような恋愛観を持つようになるのか、筆者は非常に心配である。

 例えば不妊の夫婦が養子を迎えたとしよう。その子がまだ乳幼児であった場合には、親が告白するまで養父母を実の親だと思って育つだろう。
 また、ある程度の年齢で自分が養子だと知っていたとしても、愛情を持って大切に育てられれば、その子は養父母を自然に「お父さん、お母さん」と呼べるだろう。
 だがその養い親が同性カップルだった場合、その事に子供は躊躇いを感じないだろうか。自分の親が二人とも「お父さん」あるいは「お母さん」であるとか、どちらか一方を男なのに「お母さん」、女なのに「お父さん」と呼ばなければいけないような事態は、子供を混乱させないだろうか。

 死別や離別によるシングルマザーやシングルファーザーは、世間にもよくある事だし、子供も受け入れられるだろう。
 しかし「親がどちらも同性」という生物学的にあり得ないカップルは、子供をひどく混乱させる。
 とりわけ思春期になれば、親の性的嗜好や自分の性のあり方についても、深く悩む事になるのではないか。
「愛さえあればOK」という安易な考えで、同性のカップルのもとに里子に出す事は、出された子供に大きな精神的な負担をかける結果になるのではないかと筆者は危惧する。

「同性のカップルに偏見を持ってはいけない!」
「愛情の薄い夫婦より、愛情ある同性カップルの方が良い!」
 そんな建前じみた理想論を言う前に、まず自分の事として考えてみてほしい。
 普通の家には、お父さんとお母さんがいる。
 けれどボクの家に居るのは、どっちもお父さん(お母さん)だ。
 そのような家庭に、貴方は耐えられるだろうか。
 自分の親が同性で愛し合ってるという現実を、貴方は受け入れられるだろうか。

 同性同士で愛し合うカップルは、現に存在する。
 しかし生物学的に、同性のカップルに子は生まれない。
 だから筆者は、同性のカップルはいかなる形でも子を持つべきでないと考える。

 LGBTに対して正しい理解を持つには、かなりの知識と人間に対する深い理解を必要とされる。
 不惑の年を越えた立派な大人でさえ、「自分の子供がLGBTである」という事実をなかなか受け入れられず、深く悩んだり傷ついたりする。果てには、カミングアウトした我が子を拒絶してしまう親さえいたりするのが現実だ。
 同性カップルのもとに里子に出すというのは、大の大人でさえ受け入れるのが難しい性の問題を、幼い子供に否応なしに「受け入れろ!」と強要しているのと同じだ。

 社会がもっとLGBTに寛容になり、同性婚も、同性のカップルが養子を持つのも当たり前の世の中に既になっているのならば、ともかくとして。
 現状の日本で同性カップルのもとに里子を送り出すのは、理念優先で先走りすぎであり、その負担は結局は最も弱い立場である里子に出された子供にのしかかるのではないかと恐れている。

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羊の毛?

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 空一面に、羊の毛のような不思議な雲が浮かんでいました。

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画面右上に太陽がありマス

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 またもや、太陽を画面に入れて撮ってみました。

 フィルムのカメラで撮っていた時は、こんな無茶は殆どしなかったのですが。
 デジカメが意外に逆光に強いので、ついこんな撮り方をしてしまいます。

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夕焼け空

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 夕焼け空です。
 夕焼けを見られる事は案外多くないので、夕焼けに出会えると嬉しくなってしまいます。

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空は見飽きません

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 青空と白い雲は、どれだけ見ても、見飽きるという事がありません。

 それにじっと見ていたり写真に撮ったりしても、怪しまれたり通報されたりすることもありませんしね。
 以前はスナップ写真と言って、街を行く見知らぬ人を当たり前のように撮るカメラマン達もいましたが。
 今、見知らぬ他人の写真をいきなり撮ったりしたら、犯罪と言われてしまいますものね。

 その点、空を撮るのは不審者扱いされないので気が楽です。

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