空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

割っても良いけれど、ウイスキーはまずはストレートで!

 ウイスキーを飲んでいて、時々疑問に思うことがある。
 日本人は、ウイスキーと言うと何故「割って飲むもの」と思い込んでいるのだろうか。

 一昔前までは、ウイスキーと言えば日本では水割りが当たり前だった。
 筆者が大学生だった頃、サークルの飲み会で先輩にウイスキーの水割りを作らされ、そして「濃い!」と叱られた事がある。
 ウイスキーの何倍もの水で割った上に更に氷を入れて、ほんの少しだけ味と香りのするとても薄くしたものをゴクンと飲むのが、かつての日本人のウイスキーの飲み方だった。
 そして今ではサントリーの宣伝攻勢で、「ウイスキーはハイボールにして、ビールのようにゴクゴク飲むもの」というイメージが定着している。

 だから酒と肴をテーマにした、酒飲みが主人公が漫画でも、ウイスキーと言えばハイボールで飲むのが当たり前になっている。
 例えば新久千映さんの『ワカコ酒』では、主人公のワカコは日本酒など他の酒については「この料理には、コレ」といろいろこだわるのに、ウイスキーはハイボールでしか飲まない。
 後藤羽矢子さんの『うわばみ彼女』でも、主人公は日本酒なら「吟醸酒より山廃が好き」と言い、30度の泡盛も割らずにそのまま飲んでしまうほどの酒豪なのだが、ウイスキーに関してはやはりまずハイボールなのだ。

 で、その『うわばみ彼女』の主人公が、スキットル(ウイスキー等を入れる金属製の小型の容器)のカッコ良さに憧れて、3巻に収録された第33話でようやくウイスキーをストレートで飲むのだ。
 が、スキットルで飲むべきウイスキーは何故か「アメリカの!! ちょっと安めの!!」と決めつけ、その安めのバーボンを空腹な状態で「グッグッ、プハ~ッ」と飲んだ揚げ句にお腹を痛くしてしまうのだ。
 そして彼氏が買ってきてくれたツマミを食べて一息つき、さらにウイスキーを水割りにして飲んで、主人公は彼氏にこう言うのだ。
「粋とかにこだわりすぎて、あたしたち背のびしすぎてたのかも…。あたしたちの身の丈にあった呑み方がいいのかも…」

 つまり日本では、ウイスキーは“うわばみ”といわれるような酒飲みでも割って飲むもので、ウイスキーをストレートで飲むような人間は、うわばみを越えたひどい酒乱という扱いになるようだ。
 そして筆者は、良いウイスキーはストレートで飲むのが一番好きだ。

 断っておくが、筆者は酒豪どころか自他共に認める下戸である。
 酒は日本酒なら盃一杯で顔が赤くなり、限度は一合だ。それ以上飲むと、本当に頭が痛くなる。
 ビールも350mlの缶一本が適量で、それ以上飲みたいとは思わない。
 そんなひどい下戸だが、それでも良いウイスキーはストレートで飲みたい。

 と言っても、ウイスキーをハイボールや水割りで飲む事まで否定するつもりは無い。
 ハイボールや水割りには、それなりの飲み易さがある。
 ニッカの創業者である竹鶴政孝氏も、普段はハイニッカを1:2の水割りで飲んでいたという。
 そしてハイボールにすると、酒齢の比較的若い手頃な値段のウイスキーでも、香りが立って良い感じになるのも確かだ。

 だが良いウイスキーをストレートで味わうことを覚えてしまうと、水や炭酸で割るとせっかくの味が薄まり水っぽくなってしまうように思われてならないのだ。
 それはもちろん、良いウイスキーは水で割ってもハイボールにしても美味い。
 しかし良いウイスキーはストレートの方がもっと美味いと、筆者は思う。
 酒齢の若い安価なウイスキーは、アルコールの刺激がキツ過ぎるから、水割りやハイボールにしなければ飲みにくい。
 だが良いウイスキーについては、割ってしまう前にまずストレートで味わってみて欲しいと思う。
 お得意の宣伝攻勢で日本人を「ウイスキーはハイボールで飲むもの」と洗脳したサントリーでさえ、山崎のシングルモルトの良いものについては「まずはストレートで」と言っている。

 日本人は、何故ウイスキーをストレートで飲めないか。
 それはズバリ、日本人は「酒はゴクゴク飲むもの」と思い込んでいるからだ。
 日本酒はアルコール度数16%くらいで、25%の焼酎ですら割って飲むことが多い。そして日本人に最も親しまれているビールとなれば、度数5%前後だ。
 つまり日本人は軽い酒をゴクゴク飲むことに慣れ過ぎていて、強い蒸留酒を味わいながらゆっくりチビチビ飲むことができないのだ。
 例の『うわばみ彼女』ではないが、度数40%かそれ以上のウイスキーをストレートのまま「グッグッ、プハ~ッ」と飲めば、かなりの酒豪でも喉を焼き腹を痛くしてしまって当然だ。
 で、ウイスキーも水で割って日本酒以下の度数にして飲むか、ハイボールにしてビールのように飲むかのどちらかにしてしまうのだろう。

 日本人は度数25%の芋焼酎や麦焼酎や米焼酎でさえ、割って薄めて飲んでいる。
 そんな日本人がウイスキーをストレートで飲むには、それなりのコツがあるのだ。
 度数40%のウイスキーは、長年樽熟成した高価なものでもアルコールの刺激はかなりキツい。
 だから日本酒やビールのように、ウイスキーをストレートでゴクリと飲んだら痛い目に遭う。高価なシングルモルトや長期熟成したブレンデッドでも、だ。

 日本人がウイスキーをストレートで飲む場合、まず「飲む」という意識を捨てた方が良いと、筆者は思う。
 飲むと言うより、唇を浸すという感じて味わうのがストレートで飲むコツだ。
 まずグラスに鼻を近づけて香りを楽しみ、唇をそっと浸し、僅かに口中に入った液体を舌の上で転がし、飲み下したら息をして残り香を楽しむ。
 そのようにして、30mlのワンショットを30分くらいかけるつもりで飲むのがベストだ。
 その一杯を飲む間に、時折チェイサーの水も飲んでアルコールの刺激で痺れた舌の感覚を戻すことも忘れないと、もっと良い。

 日本酒や、特にビールをゴクゴク飲むのに慣れた人には、イライラするくらい面倒に感じてしまうかも知れないが。
 一度これを身につけ、良いウイスキーのコクと深い味わいを知ってしまうと、割ったウイスキーは薄く水っぽくて物足りなく感じるようになってしまう。
 水割りの飲みやすさも、ハイボールが若くて安価なウイスキーの香りを引き出すことも理解はしているのだが。
 しかし筆者は、良いウイスキーはやはりストレートで味わいたいと思ってしまう。

 繰り返すが、筆者はかなりの下戸だ。
 それでもウイスキーは、良いものはまずストレートで飲みたいと思う。
 日本人は酒をゴクンと飲んでしまい、ゆっくりチビチビ味わうことを知っている人がとても少ない。
 ゴクゴクと飲むのではなく、一杯を30分くらいかけてゆっくりじっくり味わう飲み方を知る人がもっと増えれば、ウイスキーの本当の味わいを理解してくれる人も増えるだろうにと、とても残念に思う。

 ウイスキーをストレートで飲もうがロックで飲もうが、水割りにしようがハイボールにしようが、それは好みの問題だし個人の自由なのだが。
 ただウイスキーが度数40~50%で出されているのは、出荷する側が「その度数で飲むのが一番美味い」と思っているからであろうし、最初から割って飲むものと決めつけてしまうのではなく、ストレートの味も一度は試してみて貰えたらと思う。

 ストレートの濃い味と長い余韻を知ってしまうと、割ったものは薄く水っぽくて余韻も残らず、飲みやすいけれど物足りなさも感じさせられてしまう。
 とは言え、安いウイスキーは味と香りが足りない上に若いアルコールの刺激が強いから、水で割るなり、ハイボールにするなりした方が良い現実は否定シマセン。
 サントリーが「ウイスキー=ハイボール」と日本人を洗脳して角瓶を売りつつ、シングルモルト山崎の良いものについては「まずはストレートで」と勧めている現実が、ウイスキーの飲み方を如実に語っているように思える。

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権力者や有名人になどなりたくない

 何年も前、職場の忘年会の出し物で、筆者が所属していた課で『水戸黄門』をやることになった。
 主役の黄門さまは、もちろん課長である。
 それに異議はない。

 実は筆者は、芝居で『水戸黄門』をやるなら是非やりたい役があった。
 助さんか格さん?
 いやいや、筆者はそんな正義の味方のヒーローをやれるようなキャラクターではない事は、自分でもよくわかっている。
 風車の弥七?
 残念だが、そんな格好の良い役柄は、筆者には似合わない。

 やりたかったのは、実は悪代官である。
 小判がギッシリの菓子折りを貰い、可愛い女子がいたら「よいではないか、よいではないかー」と権力を笠に着て迫る。
 ある意味、「男のロマン」と言っても良いのではないかと、筆者は密かに思っている。

 悪代官は、過去のしかもフィクションの話だが。
 しかし我が日本の北隣には、1人の絶対権力者が他の者すべての生殺与奪の権を握り、カネも女性も思いのままにしている独裁国家が現に存在している。

 例えばもし貴方が、その北の独裁国家の指導者になったとしたら。
「私利私欲なく24時間国民の為に尽くす、清廉潔白な政治をします」
 本音でそう言い切れる人が、果たしてどれだけいるだろうか。
 筆者も含めて、人間は我欲のある弱い人間だ。
 一庶民でいる時には綺麗事を言っていても、いざ絶対的な権力を握り、何でも思いのままにできる立場を得たら、贅沢な暮らしをし、嫌いな者は虐めてお気に入りの者を引き立て、美女を集めて自分専用の“歓び組”を作りかねない人が少なくないのではないだろうか。

 まあ、それでも筆者にも良心はありマスから。
 悪代官は最後には正義のヒーローにやっつけられるべき存在であって、現実に存在して善玉に勝ってはならない事はわかっている。
 で、「最後にはやっつけられる」という前提の上で、賄賂で私腹を肥やし美女に無体な振る舞いに及ぶ悪代官、是非やってみたいなあと思っていた。

 ところが例の職場の忘年会での出し物の『水戸黄門』で、筆者に割り当てられたのは、とんでもなくショボい役だった。
 悪代官どころか、悪徳商人でも、その手下のヤクザどもでもない。
 ついでに言っておくが、うっかり八兵衛でもない。
 ズバリ、“病気のおとっつぁん”だった。

 いや、それでも本番では、与えられた役を精一杯演じさせていただきマシタよ。
 布団に横たわり、ゴホッ、ゴホッと咳込んで。
 そして娘役の女性に背中をさすられながら、「お美津、いつもすまねぇなぁ……」と。
 で、娘の“お美津”が「おとっつぁん、それは言わない約束よ」と言っている時に、ヤクザ達がなだれ込んで来て、借金のカタに娘を悪代官のもとに連れて行こうとする。
 布団から這い出し、ヤクザの膝に縋って「お美津ぅ~!」と悲痛な声を絞り出すものの、ヤクザに蹴られてガクリと崩れ落ちてあえなく死ぬ。
 端役とは言え、病気のおとっつぁんをちゃんと演じられたとは思う。
 それでも最後にはやられる悪役でも、やはりやりたかったデス、悪代官。

 話は変わって、中川俊直代議士が重婚やストーカーなどの女性問題を起こして、経産省の政務官を辞任し自民党も離党した。
 中川代議士だけではない、カネや女性の問題でスキャンダルを起こして世間から叩かれる有名人は数多い。
 筆者は思うのだが。
 政治家にしろ、芸能人にしろ。地位や権力を手に入れると“悪代官化”して、カネや女性など何でも思いのままにしようとしてしまう人が少なくないのだろう。
 そしてまた、権力者や有名人には腹に一物ある商人や女性が寄って来るのもまた事実だ。

 あるミュージシャンがこう言っていた。
「音楽を始める動機なんて、オンナにモテたいからに決まってる」
 それは極論にしても、芸能人に異性に注目されたい気持ちがあるのも事実だろう。
 ホリエモンも「愛もカネで買える」と言っていたように、芸能人でなくともお金持ちになれば女性にモテるのも事実だ。
 実際、結婚を意識する年齢になると、お医者さまや青年実業家や一流企業の社員など収入の高い男性は、婚活でモテモテだそうだ。
 そして政治家には、女性だけでなく利権のおこぼれにあずかろうとする業者も寄って来るようだ。

 権力を握って、世の中を思いのままにしたい。
 有名になって、異性にモテたい。
 そんな動機で政治家や官僚や財界人や芸能人になること自体を、筆者は否定しない。それが法律で許す範囲内であれば、カネやモテを目標の地位を得る為に頑張る活力にしても悪くはないだろう。

 ただ、世の中はそんなに甘くない。
 江戸時代にはある程度の賄賂は悪とみなされず、今のお中元やお歳暮のような感覚で贈答されていた。非難されるのは、田沼意次のように限度を超えて貰い過ぎた場合のみだった。
 明治や大正の頃だけでなく昭和の中頃までは、政治家が妾を囲っていても、騒がれる事は殆ど無かった。「政治家の仕事は、政治をきちんとやる事」という暗黙の理解があって、有力者の女性問題を含めた私生活については、マスコミも見て見ぬ振りをして殆ど報じなかった。
 しかし今は違う。賄賂は犯罪として摘発されるし、女性問題もワイドショーや週刊誌等で厳しく叩かれる。
 この今の日本では、北の国の独裁者と違ってたとえ権力を握っても、カネや女性を思いのままにできるわけではないのだ。
 まあ、首相などの権力者の意向を忖度して、首相や首相夫人に近い人に有利になるよう動くお役人も、今現在もいるようではあるが。

 筆者は本当に無名で無力な上にカネも無い一市民であるが。
 それでも痩せ我慢でなく、政治家や有名人については別に羨ましいと思わない。
 むしろ「いろいろ注目され、好き勝手に出来なくて大変だろうなあ」と気の毒にすら思う。

 良い事ではないし、筆者自身も大嫌いなのだが、不倫をする人はこの世の中に大勢いる。
 ただ無名の一般人の場合、不倫をしても責める人は周囲の人間だけで、離婚して慰謝料を払えばそれで済んでしまう場合が多い。
 しかし政治家や有名人は違う。大勢の記者に追い回されて叩かれ、謝罪の会見をさせられ、地位を失う場合も少なくない。
 確か不倫をした自民党の議員は、議員辞職した筈だ。
 そして芸能人も、ゲスとまで呼ばれて叩かれたりしている。

 不倫でないただの恋愛でも、有名人はマスコミに追い回される。
 アイドルなど、異性にモテて騒がれたいからその仕事を目指したのだろうに。
 なのにAKBなどでは恋愛禁止で、それを破って恋愛した事が暴露されると問題にされる。
 芸能界という美男美女が大勢いる世界にいて恋愛も自由に出来ないとは、空腹でご馳走を目の前にしているのに食べることを禁じられているくらい辛いことだろう。

 筆者の友人に、中学校の教師をしていた男がいる。
 彼はある時、書店に行った。そして雑誌を立ち読みしていたのだが、そのコーナーには少しエッチな雑誌も置いてあった。
 そしてたまたまそこに、教え子の生徒の1人がいた。
 翌日には学校の生徒の間で、もうかなりの噂になっていた。
「S先生が本屋で、エロ本を立ち読みしていた」
 そしてその噂には尾鰭がついて、こう変わった。
「S先生が本屋で、18禁のエロ本を読んでた」
 その噂は、最終的にこうなった。
「S先生が本屋で、18禁のエロ本の封をビリビリ破って中を見ていた」
 中学校のたかが一教師でさえ、地元ではこれくらい人の目に監視され、ただ書店で立ち読みをしただけでもあらぬ噂を立てられるのである。
 政治家や芸能人などの全国の人に顔を知られ、大勢の記者にも日頃から追いかけられている有名人ともなれば、どれだけ人の目を気にして生きなければならないか、想像しただけでも気の毒である。

 政治家など、業者の差し出すお金を貰い、綺麗な女性には「よいではないか、よいではないかー」とやりたいだろうに。
 芸能人や財界人だって、女は股がけし放題でハーレム状態でいたいだろうに。
 しかし権力を握ったら悪代官の真似をするどころか、逆に普通の人よりも清廉潔白に生きているフリをし続けなければならないのだから、さぞ大変だろう。
 モテたくてアイドルになったのに事務所から恋愛禁止を命じられているアイドルには、本当にお気の毒さまと言うしかない。

 有名人が大変なのは、清廉潔白でいなければならないのは“今”だけではないからだ。
 問題を起こす政治家が多すぎるので殆ど忘れられかけているが、例えば少し前には、若い時代の下着ドロの過去を暴かれ、『パンツ大臣』と呼ばれた自民党の政治家がいた。
 政治家だけでなく芸能人でも、無名時代に付き合った相手から週刊誌に告白手記を出されたり、デビュー以前の“ヤンチャ”行為を暴露されてしまったりもする。
 若気の至りによる過ちや恥ずかしい過去の一つや二つ、人には誰しもあるだろうに。
 しかし有名人は、それすらいつ暴かれてしまうかも知れないのだ。
 世間に顔や名を知られている有名人は、本当に大変である。

 筆者は無名で無力で、しかしだからこそ好きな人と付き合い、法律の許す範囲内で好きな事を自由にして暮らしてゆける。
 自分のやりたい事を、誰の目も気にせず、誰にも遠慮せずにすることができる。
 政治家や芸能人がスキャンダルで叩かれているのを見るにつけ、無名で顔を知られていないからこその自由と気楽さを、しみじみと味わっている。

 つい先日も、復興担当大臣が暴言で辞職したが。
 筆者など、このブログで暴言を幾度も繰り返している。
 しかし無名の私人だから、言い過ぎたらその過ちを認めれば許されている。
 本当に気楽だ。
 もし筆者が有名人なら舌禍事件を何度も起こしたであろうし、そしてひどく叩かれ、地位を失う事になっただろう。
 そしてそれを恐れるあまりに、言いたい事も自由に言えない暮らしをするのも、さぞ腹が膨れる思いでストレスが溜まる事だろうと思う。
 少なくとも筆者は、皆に顔を知られ、どこに行っても人に注目されるような有名人になど、本当になりたくない。

 で、その無名でいたい筆者が考える、一番の幸せだが。
 有名にはなりたくない。
 しかしある程度のカネが無いと、老後や病気をした時に困る事はわかっている。
 カネは本当に、「ある程度」で良いのだ。
 何故ならカネがある事を他人に知られると、良くない人達が集まって来る事がわかっているから。
 そしてカネを得る為に、他人に恨まれるような悪い事や、過労死しかねないような長時間労働もしたくない。
 とすると、宝くじが当たるのを待つくらいしか無いですかな。
 まあ、国の年金制度が信用できさえすれば、宝くじなどあてにしなくても済むのだけれど。

 悪代官でもOK、とまでは言わない。
 多少の金銭や女性の問題には目をつぶるから、国民が安心して暮らしていける社会にしてくれる政治家が増えるよう望みたい。
 政権が変わる度に議席数が大きく変動する小選挙区制のせいで、今の国会議員の多くが当選回数3回以下の、政策通でない未熟な議員なのだという。
 小選挙区制と劇場型選挙により、国会議員の質がかなり落ちたと言われるが、筆者も同感だ。以前のような政策通で国民を第一に考え、時には首相や政府にもNOと言う与党議員は、本当に減ってしまった。
 このままでは、国民として政治家より宝くじをあてにするしか、本当になくなってしまう。

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この“強さ”が自分にも欲しいです

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 リアルで見てしまいました、通称“イタ車”というやつを。
 この車のオーナーのように、他人にどう思われようが自分の好きなものは「好きなんだ!」と主張できる強さが自分にもあればなあと、ちょっと思ってしまいました。

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 そろそろゴールデン・ウイークですね。
 私は出不精なので、ゴールデン・ウイークだからといってどこかに出掛けるわけでもありませんが。
 それでも「晴れの日が続いて、皆が楽しい休日を過ごせるといいな」と思います。

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雲越しの太陽

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 カメラの受光素子の為には良くないのでしょうが、私は太陽を写真に撮るのが何故か好きです。
 と言っても、直接に撮るのではなく、雲をベールのように使って透過光として撮る場合が殆どですが。
 それにしても、今のデジカメのレンズと受光素子は、強い逆光にも本当に強いです。

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空と雲

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 空の青さと雲の白さが目に沁みました。

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雲と太陽

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 空の高い所に、魚の鱗のような雲が広がっていました。



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やはり美味しい、いちばん桜

 この春も出ました、オリオンビールの“いちばん桜”。
 オリオンビールの製品は、普通は沖縄で売られている。しかし毎春、アサヒビールがこのいちばん桜を季節限定で売り出している。

オリオンいちばん桜2017年P1110309

 日本の大手メーカーのビール類は、麦芽の他にたいてい糖質副原料(米やコーンやスターチなど)が使われている。
 そうしたビール類は、よく言えば軽く喉越しが良く感じるが、はっきり言えばコクも香りも薄い、飲みごたえの無いものになりがちだ。
 しかしこのオリオンいちばん桜は、副原料を使わず麦芽とホップだけで造った、「贅沢なコクと香り」を謳った麦芽100%のビールである。

 プルタブを開けると、フルーティーで華やかな香りが広がる。
 グラスに注いで味わってみると、スッキリしていて飲みやすく、嫌味が全く無い。そして軽やかな味でありながら、コクはしっかりとある。
 ホップの苦味も軽やかで、「ビールは苦いから好きじゃない」と言う方にも美味しく飲んでもらえると思う。
 そして最初に感じた適度な苦味は、次第にフルーティーな甘さに変わってくる。
 ビールと言うと「苦い」というイメージがあるが、このいちばん桜には、苦さの他に僅かだが甘みが確かにある。
 嫌み無く本当にスッキリしている上に、麦の旨さと甘さを感じられる良いビールだ。
 後味もとても良く、アロマホップを使用しているというだけあって、飲んだ後にホップの良い香りが口の中に残る。

 ビールは、暑い国とそうでない国とで味わいがかなり違う。
 暑い国のビールは、暑さをしのぎ喉の渇きを癒す為に飲むものになりがちで、だからどうしても喉越しでゴクゴク飲みやすい軽いビールが多くなる。
 一方、ドイツやベルギーやイギリスなどの、夏でもそう暑くない国ではビールをゴクゴク一気飲みする必要もないので、ゆっくり味わって飲むのに向いた、コクのある香り高いビールが好まれる。

 で、暑い国でゴクゴク飲んで「美味しい!」と思ったビールを日本の暑くない時期に飲むと、現地で飲んだ印象と違って「何でこんなモノを美味しいと思ったのだろう?」と不思議に思う事がある。
 一方、暑くない欧州のビールは、味わってゆっくり飲む人には良いが、喉越しでゴクゴク飲む人には旨味もよくわからず、ただ重いビールに思えてしまうようだ。

 つまり喉越しで「ゴクゴク、プハーッ」と一気に飲む人には、スーパードライのようなコクも味も香りも薄い糖質副原料入りのビールが向いていて、ゆっくりじっくり味わって飲みたい人には麦芽と良いホップで造った欧州系のビールが向いているということだろう。

 実は筆者はスーパードライのような糖質副原料入りのビールは好きでなく、ビールもゆっくり味わって飲まなければ勿体ないと思ってしまう種類の人間だ。
 香り高くコクのあり味わい深いビールを、筆者は好む。

 で、ビールは喉越しで飲むのに向いたものはコクも香りももの足りず、コクがあり香り高いものは、喉越しで飲む人はただ重く感じてしまう傾向にあるが。
 しかしこのオリオンビールのいちばん桜は、軽やかで一気に飲んでも美味しく、ゆっくり味わって飲めばコクと香りを楽しめる。
 喉越し派の人にも、ゆっくりじっくり飲む人にも向いた、とても良いビールだと筆者は思っている。

 アサヒビールは、このいちばん桜を季節限定で販売している他に、オリオンビールも通年販売している。
 正直に言うが、副原料入りの通常のオリオンビールは筆者はあまり好きではない。いちばん桜のようなコクも香りも無く、ただスッキリ飲める喉越し派だけの為のビールという印象だ。
 もしもオリオンビールを本土で通年売るのならば、副原料入りの通常のオリオンでなく、いちばん桜の方にするべきだと心から思う。
 通常のオリオンより、麦芽100%のいちばん桜の方が間違いなく美味しい。

 筆者は毎年、春にこのいちばん桜を飲むのを楽しみにしている。
 今年のいちばん桜も、期待通りに美味かった。
 この美味しいビールを春だけでなくいつも売ってくれるよう、アサヒビールに望みたい。

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煙草の害に知らぬ顔の、喫煙大好き自民党

 望まない飲酒を相手に強要する行為は、アルハラと言われる。
 ならば喫煙者が自分の煙草の煙を、周囲の煙草を吸わぬ者に受動喫煙させる行為もまた、ニコチン・ハラスメントと呼んでしかるべきであろう。

 煙草は法律で禁じられている物ではないし、喫煙の自由は誰にもある。
 しかし「自分の煙草の煙を周囲の者にも吸わせる権利」は、どこの誰にも無い筈だ。
 だから煙草を吸わぬ者が受動喫煙させられぬよう政府が責任をもって対策を講じるのが、世界の潮流なのだ。

 2020年に、日本で東京オリンピックが開催される。
 そして2004年以降のオリンピック開催都市では、すべて罰則付きの受動喫煙防止策を導入している
 それで厚生労働省は、当初は他のオリンピック開催都市と同様に、飲食店をすべて原則禁煙とする方針だった。
 だが飲食業界などの反発で、小規模なバーやスナックは例外として喫煙を認めることにした。
 この例外付きの受動喫煙対策は、世界保健機関(WHO)ランクでも、4段階のうち上から3番目の水準である。
 ちなみにWHOの調査では、世界の188カ国のうち49カ国が、飲食店やバーも含めて屋内全面禁煙としている。
 だから日本の厚労省の受動喫煙防止策は、オリンピック開催国としては「ユルユル」の最低ランクなのだ。

 しかしそれでも自民党は、この厚労省のユルユルで最低ランクの受動喫煙防止策を「厳しすぎる」と言い、認めない方針を固めた
 自民党は「飲食店が廃業に追い込まれかねない」と言い、飲食業者も禁煙にしたら「店が潰れる」と言っている。

 果たしてそれは、本当だろうか。
 ある飲食業者は、「店に来るお客の半分は煙草を吸う」と言い、だから禁煙にしたら店が潰れると言う。
 しかし日本の2016年の喫煙率は、煙草を販売している側のJTの調査でも19.3%に過ぎない
 と言うことは、もし「店に来るお客の半分は煙草を吸う」というのが真実だとしたら、飲食店に行くのは全体の約4割で、過半数の日本人は日常的に飲食店を利用していないという事になる

 日本の飲食業者は、「お酒を飲む人≒喫煙者」と思い込んでいるのではないか。そして「煙草を吸わない人は、お酒も飲まない」とも。
 だから受動喫煙させられるお客の迷惑など、どうでも良いと思っているのだろうが。
 しかしもし「お酒を飲む人≒喫煙者」だとすると、お酒を飲む日本人は2割しかいない事になる。
 お酒を飲む人がそれほど少数派になっているなら、飲み会など無くなってしかるべきではないか。
 しかし現実には、職場や仲間内での飲み会は今も頻繁に行われている。

 筆者の親しい友人は、中学時代の同級生達と度々同窓会を開いている。
 その友人の中学時代のクラスは非常に仲が良く、卒業してかなりの年月が経った今でも、正月やお盆で皆が帰省する度に、20人前後の同級生達が集まっては酒を飲んでいる。
 しかし喫煙者は、そのうちの2人だけだ。
 で、その2人が古い仲間で良い奴だから、他の18人が受動喫煙を我慢しているのだ。
 飲食業者は「禁煙にしたら、店が潰れる」と言うが、実態はこんなものだ。見ず知らずの他人の煙草の煙には嫌な顔をできるが、友人や上司の煙草には遠慮があって、なかなか嫌と言えずに仕方なく受動喫煙を我慢しているのだ。

 厚労省が最初に示した原則禁煙の案に対して、飲食業者は「店が潰れる、弱いものいじめだ」と猛反発した。
 その飲食業者に聞きたい。
 本当にいじめられている弱いものとは、誰か。
 断言するが、飲食店で煙草の煙にさらされ、受動喫煙させられている非喫煙者達だ。

 と言うと、煙草を吸う者らは「嫌なら、喫煙可の店に来なければいい」と言う。
 しかし世の中には、付き合いというものがある。仕事関係の飲み会で、喫煙者の上司や取引相手に「煙草は吸わないで下さい」などと言えるわけもなく、泣く泣く受動喫煙を我慢している者こそが、いじめられている弱いものなのだ。
 喫煙者の率が2割を切っているこの日本で、何故8割もの煙草を吸わない者たちが受動喫煙の被害を受忍しなければならないのか、筆者には全く理解できない。
 受動喫煙の害が明らかになっている現在、飲食店を含む公共の場所がすべて禁煙であれば、喫煙者の上司や取引相手に受動喫煙で苦しめられる事も無くなるのにと、心から思う。

 それでも飲食業者は、「店に来るお客の半分は煙草を吸う」と言う。
 それを逆に言えば、「店に来るお客の残り半分は煙草を吸わず、受動喫煙を我慢している」ということになる。
 そしてその背後には、受動喫煙が嫌で飲食店に行かない人が大勢いるのだ。
 筆者自身も、禁煙でなく分煙すらされていない、受動喫煙を強いられる飲食店には、仕事の関係でやむを得ない場合以外は極力行かないようにしている。

「自分は煙草を吸わないが、他人の煙草の煙は嫌ではないし、受動喫煙も気にならない」と言う人を、筆者はただの1人も知らない。
 筆者も含めて、煙草を吸わない者は他人の煙草の煙が大嫌いだ。自分が吸わない煙草の、ただ不快なだけでなく有害な煙をなぜ吸わされなければならないのか、全く理解できない。
 受動喫煙を強いられるのは、一種の暴力である。
 そう思うのだが、義理や上下関係などの問題で、煙草を吸わない者は受動喫煙を我慢して同席しているだけなのである。
 それが飲食店にいる、煙草を吸わない約半数の者たちなのだ。

 喫煙者が日本人の約2割で、飲食業者の言う「店に来るお客の半分は煙草を吸う」というのが事実だとすると、煙草は吸わないが飲食店に行く者があと2割で併せて4割になる。
 つまり飲食店に行かない、言い換えれば新たなお客になる可能性のある日本人が6割もいるという事である。
 店を禁煙にすれば、ヘビースモーカーの客は去るかも知れない。
 しかし店の料理や酒に魅力があれば、煙草を吸わない者が新たな客として来る可能性もある筈だ。

 何しろ喫煙者は日本人の2割に満たないのだから、残る8割の非喫煙者をお客にした方が、ずっと利口ではないか。
 その現実を飲食業者はなぜ理解出来ないのか、筆者は不思議である。
 全面禁煙にした海外の例でも、店を禁煙にしてもお客が減るどころか、新たなお客が来て収益が減っていないという調査結果もある。

 今、日本の飲食店では喫煙者が好き放題に煙草を吸っていて、煙草を吸わない者が受動喫煙を我慢させられているのが現状である。
 これは世界の潮流や、2020年のオリンピック開催を考えれば全く異常な事である。
 煙草を吸わない者に受動喫煙を我慢させる日本でなく、煙草を吸う者が周囲の皆に受動喫煙をさせぬよう配慮する日本であるべきだ。
 煙草を吸わぬ者も同席するほんの2~3時間程度の飲食の間でさえ、煙草を吸わずにいられない。受動喫煙の害が知られ、周囲の者に迷惑をかけ健康被害を及ぼしても煙草を吸わずにいられない。ニコチン中毒とは、本当に恐ろしいものである。
 しかし自民党は煙草を吸わぬ者を受動喫煙から守る気などさらさら無く、ただでさえユルい厚労省の受動喫煙対策をさらに骨抜きにしようとしている
 世間での支持率は高いが、こんな政党に一票を入れられないと、心から思う。

 受動喫煙と言えば、癌の大きな原因の一つに喫煙があり、煙草から流れ出て受動喫煙させられる副流煙には、喫煙者が吸う煙より強い毒性がある事が、医学的にも証明されている。
 で、厚労省は「がん対策推進協議会」に、今年度から6年間の次期がん対策推進基本計画の素案を示した。
 その中の煙草対策で、受動喫煙の機会について「家庭では3%、飲食店では15%」にすることを目標としており、がん対策推進協議会の委員から「受動喫煙の割合はゼロにすべきだ」と不満が噴出しているという。
 当然のことである。
 受動喫煙の“目標”が「家庭で3%、飲食店で15%」という事は、「家では3%、飲食店では15%の非喫煙者が受動喫煙にさらされても構わないし、健康に問題もない」という話になるではないか。
 受動喫煙させられる機会は、目標はあくまでも0%にすべきだ。

 こんなユルユルで大甘な厚労省の受動喫煙の規制ですら「厳しい」と言う自民党政権のもとでは、日本は今後も煙草吸い放題の喫煙天国であり続け、筆者を含む非喫煙者はずっと受動喫煙にさらされ続けることになるだろう。

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空を見上げ過ぎて

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 空を撮るのが好き、と何度も書いてきましたが。
 空を見上げすぎたせいか、それとも年のせいか、上の方を見ると首が痛むようになってしまいました。
 肩凝りも酷くて辛いです。

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