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空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

新旧両方のティーチャーズの飲み比べ

 近年、筆者のお気に入りのスタンダード・スコッチが二種、リニューアルされた。
 ホワイトホースと、ティーチャーズである。
 リニューアルした後、どちらも店頭での小売り価格が安くなったのは結構なことだが、同時にどちらも味が落ちたような気がしてならず、とても残念に思っていた。

 そんな時、オゴ-ログogotchさんから、新旧両方のティーチャーズを頂いてしまった。
 で、早速比べて飲んでみることにした。
 以前は、かつて飲んだ旧いタイプのティーチャーズの味と香りの記憶をもとに、リニューアルされたティーチャーズの記事を書いた。
 しかし今回はogotchさんのご厚意により、同時に飲み比べてみることが出来たので、より正確な比較ができる。
 ちなみに、写真の右の方が以前のティーチャーズで、左が現在売られているリニューアル後のティーチャーズである。

ティーチャーズ新旧P1120543

 リニューアル前のティーチャーズには、裏のラベルに小さな文字で「高いパーセントでハイランドのピーテッド・モルトを使用している」という趣旨のことを書いてあった。
 しかしリニューアルされたものは、表のラベルに比較的大きな字で“HIGH IN PEATED MALT”と明記してある。
 その通り、キャップを開けると確かなスモーキー・フレーバーが漂う。
 スタンダード・スコッチでこれほどスモーキーさを前面に出したのは、ジョニ赤くらいではないだろうか。
 そしてただスモーキーなだけでなく、甘い香りも感じる。
 しかし同時に、若い熟成の足りないアルコールの刺激的な匂いも強く感じる。

 飲んでみると味も甘いが、同時に若いアルコールの刺激を舌にツンツン感じる。
 これは原酒がとても若い。
 曲がりなりにもスコッチだから、国産の安いウイスキーのように、若すぎるベビーモルトや殆ど樽熟成していないグレーンを使ったりはしていないだろうが。
 スコットランド産のスコッチだから、現地の法に従って、最低三年は樽貯蔵しているのは確かだ。
 しかしその三年ギリギリしか樽貯蔵していないのではないかと疑わせる、原酒の若さを感じる。

 ただ近所の酒屋で本体価格898円という安さを考えれば、決して悪いウイスキーではない。
 余韻にもちゃんとピート香が残る。
 とは言うものの、ストレートで飲むとやはり若いアルコールの刺激がキツい。
 胃に食べ物が残っていない状態でうかつに飲むと、胃がカーッと熱くなるのがわかるし、喉も焼けやすい。
 このウイスキーの正式な名前は“ティーチャーズ・ハイランドクリーム”だが、リニューアル後のティーチャーズは若いアルコールの刺激がキツ過ぎて、ハイランドのモルトによるクリーミーさを全く感じられない。
 なめらかさやクリーミーさの点では、ジョニ赤はもちろん、少し前に飲んだカティーサークとも比較にならない。

 このリニューアル後のティーチャーズ、ストレートでも飲もうと思えば飲める。
 しかし味の面でも香りの面でも若いアルコールの刺激がツンツンし過ぎていて、ストレートで飲むより割ってハイボールにでもした方が美味しく飲めるのではないか。
 少なくとも本体で1238円はするサントリーの角瓶でハイボールを飲むよりは、898円で伝統ある本物のスコッチのティーチャーズのハイボールを飲んだ方がマシだし、お代も安く済む。

 さて、以前のティーチャーズだが、リニューアル後の現行タイプのものと比べて飲んでみると、なめらかさが明らかに違う!
 以前のティーチャーズはただスモーキーフレーバーがあるだけでなく、若いアルコールのツンツンした嫌な感じが殆ど無く、“ハイランドクリーム”と名乗る資格が充分にある。
 そして飲み比べてみると、今の新しいティーチャーズは味に深みがなく、ピート香ははっきり感じるものの味が単調な印象を受けた。
 価格で言えば、以前のティーチャーズの方が少し高かった。
 しかし以前のティーチャーズはストレートでも充分に美味しく飲める、お値段以上のスコッチだった。
 それに比べて今のティーチャーズは、安いが割ってハイボールにするしか飲みようが無い、どうと言うことの無い安物スコッチという感じだ。

 ちなみにかつてのティーチャーズは、いろんな輸入会社が取り扱っていた。
 しかしリニューアル後のティーチャーズは、ほぼサントリーが一手に取り扱っている。
 これは筆者の邪推だが、サントリーはティーチャーズを傘下におさめ、日本のハイボール・ブームに合うよう、割って飲むのを前提にした新しいティーチャーズを、WM.TEACHER & SONS社に作らせたのではないだろうか。
 より若い原酒を使わせ、より低価格のものを。
 安くなったのは消費者にとっては結構なことだが、その分だけ原酒も若いものを使い、アルコール臭くて刺激も強く少しもクリーミーでない駄作にしてしまったのでは、まるで意味がないではないか。

 筆者がティーチャーズを知ったのは、良酒しか置かないこだわりの強いリバティという酒店で、「良心的なスタンダード・スコッチ三種のうちの一つ」として紹介されていたからだ。
 ちなみに、その店が勧める良心的なスタンダード・スコッチ三種は、かつてのティーチャーズ、それにホワイト&マッカイベルだ。
 その頃のティーチャーズは裏のラベルの説明文がもっと長く、「通常のブレンデッド・スコッチはモルトを30%くらいしか使わないが、このティーチャーズは45%使用している」とも書いてあった。
 その頃の、リニューアル以前のティーチャーズは、本当に美味しかった。
 そのティーチャーズをリニューアルの名のもとに台無しにしてしまったサントリーが、筆者はとても憎い。

 サントリーはおそらく、「ウイスキーをストレートで飲むなら山崎を、それ以下のものはハイボールにして割って飲め」と言いたいのだろう。
 そしてストレートでも美味しく飲めた伝統ある銘酒ティーチャーズを、より若い原酒を使わせ価格を下げさせ、割らねば飲みにくいハイボール用の安酒にしてしまった。

 ティーチャーズ本来の味を知りたい方は、是非リニューアルされる前のものを探してみて頂きたい。
 筆者の住む家の近くのドラッグストアのお酒コーナーに、これもリニューアルされ安くなったが不味くなってしまったホワイトホースの、以前のものが薄く埃をかぶってまだ何本も残っている。
 だから旧いティーチャーズも、地方の酒屋やドラッグストア等のお酒コーナーの片隅に、まだ残っているかも知れない。

 新旧のティーチャーズを見分けるポイントだが、旧いものはラベルの中央にWM.TEACHER & SONS社のTとWの文字を組み合わせたマークがあり、瓶にもそれが大きく刻印されている。
 そして新しい方は瓶がスリムになり、刻印されているのも社名から麦(?)の絵柄に変えられている。
 このスリムな瓶で麦の絵柄が刻印されているティーチャーズは、「より安いスコッチをハイボールで飲みたい」という人以外は、買っては駄目だ。

ティーチャーズ旧ボトルP1120551

ティーチャーズ新ボトルP1120552

 それにしても、良質で知られた伝統あるスタンダード・スコッチの味と香りまで悪い方に変えて、ハイボールにして割って飲む用の安酒にしてしまうとは。
「良い酒を造っていたメーカーも、サントリーに買収されるとこうなる」という見本を、ティーチャーズが実にわかりやすく教えてくれた。

 だからこそ、ogotchさんから頂いたリニューアル以前のティーチャーズは、「心して大切に飲まねば」と強く思った。

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人の心を動かすのは感情のみ(冷静で論理的な言葉は無意味)

 我が家の猫は高齢で、腎臓病を抱えている。
 それで筆者は四週に一度、動物病院に薬を貰いに通っているのだが。
 先日、そのかかりつけの動物病院に行ったら、待合室にドーベルマンがいた。
 そして飼い主さんは、ドーベルマンのリードを長めに持っていた。
 そのドーベルマンはすぐに筆者の側に寄って来て、筆者の足などの匂いを嗅ぎ始めた。

 全然怖くなかった。
 そのドーベルマンは少しも緊張も警戒もしておらず、リラックスしていたのが体全体から伝わってきていたから。
 さらに尾を振って、そしてとても優しい目をしていた。
 良い子なのだな、とすぐにわかった。
 そしてヨシヨシと撫で、次に筆者はつい猫好きがやりがちな事をしてしまった。

 親しい猫同士は、鼻をくっつけ合って互いの匂いを確認し合う。
 だから猫と共に暮らして長い筆者は、つい猫を相手にするように、そのドーベルマンの鼻に自分の鼻を近寄せてしまった。
 するとそのドーベルマンも鼻を寄せてきて、筆者と“彼”は顔を寄せ合いしばらく互いの匂いを嗅ぎ合った。
 筆者は初対面のドーベルマンにも、平気でそんな真似をしてしまう人間である。

 筆者は家ではいつも猫を膝に乗せ、寝る時も猫と一緒という大の猫好きだが。
 しかし猫だけでなく、他の動物も好きである。
 だから動物園にも、よく行く。
 そして動物にも、かなり好かれる。

 筆者が小学一年生の頃、通学路に秋田犬がいた。
 小学生の筆者より大きいくらいの犬で、しかも学校から「噛むから、近寄ってはいけません!」とも注意されていた。
 筆者は躊躇わず、その秋田犬に触れた。
 そしてすぐに仲良くなった。

 子供の頃から小柄だった筆者には、学校の給食は少し多すぎた。
 それで筆者はいつも給食のパンを半分残しては、その秋田犬にあげていた。
 それでか筆者は、その「噛む」と言われ恐れられていた秋田犬とさらに仲良しになった。

 その秋田犬に噛まれたこと、実は一度だけあるのだ。
 いつものようにその秋田犬と戯れていた時、筆者は調子に乗ってつい強くギュッと抱き締めてしまった。
 次の瞬間、パクッと噛まれた。

 怖くなかったデスよ、全然。
 噛まれたと言っても殆ど痛くなく、「嫌なことをされたから、たしなめるつもりで噛んだのだな」と、小学一年生の筆者にも本能的にすぐにわかった。
 だから「ごめんね」と秋田犬の頭を撫で、すぐに仲直りをした。

 そんな筆者だから、通学路にいる他の犬達にも好かれた。
 人を見るとさかんに吠えたてる、大きなシェパードとも仲良くなった。
 そのシェパードは、人に激しく吠えるから恐れられていたが。
 実はそのシェパードは人にかまって遊んで欲しくてたまらず、それで人を見ると吠えていたのだ。
 で、吠えるから人は怯えて遠ざかり、だからシェパードはより激しく吠えたて、人からさらに逃げられるという悪循環だったのだ。
 そのシェパードに、小学生の筆者は近寄って行った。
 シェパード君、狂喜乱舞デスよ。
 小柄の小学生の筆者よりも大きいそのシェパードは、筆者の両肩に前足をかけてのしかかり、筆者の顔を舐めまくりで……。

 小学校の低学年の頃から、人から恐れられていた秋田犬やシェパードと平気で戯れてきたような筆者だから。
 初対面のドーベルマンに寄って来られても、怖くも何でもないのだ。

 大型犬でも、怖がらずにその犬が発している空気と感情を読めばいい。
 まず、体は緊張して警戒していないか。
 目つきは険悪ではないか。
 鳴き方も、脅すような唸り声ではないか。
 そのどれでもなく、リラックスした状態で、しかも尾も振っていたりしたら、大型犬でも恐れる必要は全く無い。
 目もとても大事だ。
 睨みつけているのか、キラキラした好意的な目なのかも、怯えずにちゃんと見ればわかる筈だ。

 こんな筆者だから、馬にもたいてい好かれる。
 青森県の尻屋岬に行った時にも、そこにいた野生の馬の方から興味を持たれて寄って来られ、撫でたら喜ばれて、懐かれて甘噛みされた。

 某動物パークに行った時、「噛むから近寄らないで下さい」と張り紙を出された、大きな馬がいた。
 ハイ、躊躇わずに近寄りましたとも。
 手を伸ばしたらその馬は何の警戒もせず、気持ち良く鼻面を撫でさせてくれて、「こんなに大人しくて良い子なのに、どうして危険な馬扱いするのだろう」と、心から思った。
 ところがそれを隣で見ていた当時の筆者の彼女が、同じように手を伸ばしたところ、その馬は一変した。
 ブルヒヒヒィィン! といななき、唇をまくり上げ歯を剥き出して彼女の手を噛もうとしたのだ。
「ムカつく!」と、彼女は大変ご立腹だったけれど、筆者は思わず笑ってしまったね。

 とにかく馬でも犬でも猫でも、筆者は動物にはよく好かれる。
 噛む馬でも猛犬でも、ドンと来いなのだ。
 なのにニンゲンの女性には、いつもフラれてばかりである。

 筆者は女性に縁が無いわけではないのだが、どうも長続きしない。
 それで付き合っては別れ(正確にはフラれ)、付き合っては……の繰り返しで、今もまだ独身のままだ。

 筆者には年子の姉がいて、しかもイトコ達も女ばかりである。
 そして病弱だったせいで「外で思い切り体を動かしたい!」という欲求も無く、保育所に通っていた頃からインドア派で、室内で遊んだり本を読んだりするのが好きだった。
 だから幼い頃の友達と言えば、男子よりずっと女の子の方が多かった。

 筆者は小柄でしかも童顔である為、女性に異性と意識されにくい。
 だから恋愛感情は持たれないものの、学生時代には同級生の女の子とはすぐに友達になれた。
 筆者は幼い頃から女の子に囲まれて育った為、女性に話しかけるのに全然緊張せず普通に接することができる。
 これは大きな武器だった。
 そして通った学校は保育所から大学までずっと共学で、職場にも女性がいた。
 だから筆者には、いつも親しい女の人がいた。
 ただ問題は、女性と友達にはなれてもそれ以上の関係になるのはなかなか難しく、そして恋人同士になれても長続きしない。
 そしてその「女性と付き合えてもフラれてしまう理由」を、最近になってようやく気付いた。

 前にも述べたように、筆者の身近には幼い頃から女の子がいた。
 だから筆者は自分を「女慣れしているし、女の子のことはわかっている」と思い込んでいた。
 しかしそれは大間違いで、筆者は実は女性をまるでわかっていなかったのだ。

 近年になって、よく男脳とか女脳とか言われるようになった。
 そして筆者は子供の頃からずっと女性たちと接して生きてきながら、脳の方は“超”の字が付く程の、完全な男脳だったのだ。
 女性と接して話すことには慣れていて何の抵抗もなくても、発想や感覚や考え方がすべて“男”で、女性の気持ちをまるでわかっていなかった。
 だから仲良くなるのは早くても、すぐにフラれてしまってきたのだった。

 よく「女性は共感脳で、男性は問題解決脳だ」と言われるが、筆者も問題解決脳そのもので、「共感などしても何の意味も無い」と思ってしまう。
 例えば、職場に意地の悪い嫌な上司がいたとする。
 親しい女性からそう相談されたとしたら、筆者ならその上司にどう対処したら良いかを一緒に考える。
 抗議するか、スルーするか、それとも社の労務管理所や公的な機関にパワハラで訴えるか。
 筆者は、問題に対してはどう行動するかが大事だと考えている。
 話を聞いて、ただ「大変だね、辛いね」と共感して同情しても、「嫌な上司がパワハラを繰り返す」という状況は全く変わらない。
 だから“共感”したところで、その人は職場に行けばまた上司に意地悪をされ、身近な恋人や友人に同じ愚痴を繰り返すことになる。
 愚痴を言うことで当人のストレスは解消されるかも知れないが、それは一時的な対症療法だから、ストレスはまたぶり返し、そして周囲の人に同じ悩み事(愚痴)を繰り返す。
 この同じ愚痴を繰り返し聞かされ、同じ話に何度も共感と同情を強要される方としては、たまったものではない。
 ゆえに典型的な男脳の持ち主の筆者としては、「共感なんてクソくらえ、問題に対処してそれを解決することが第一だろ」と考えてしまう。
 そしてその筆者の問題解決脳の発想と思考が、共感脳の女性には「冷たい、気持ちをわかってくれない」と見えてしまうのだ。

 筆者は付き合った女性(複数)に、よく「あたしと猫と、どっちが大事なの!?」と本気で詰め寄られて怒られた。
 親にも、「猫と親と、どっちが大事なんだ」と言われた。
 筆者はどちらも大事にしているつもりだし、彼女や親を粗末にしたつもりはない。
 ただ彼女にしろ親にしろ、人間は言葉を話せるし、気持ちや意志をきちんと伝えられる。
 例えば体の具合が悪い時、人はそれを言葉で伝えることができる。
 しかし動物は言葉でものを言えないから、「どこか具合が悪くないか?」とか「気分はどうか?」とか、人間の方が態度や様子をよく見て判断しなければならない。
 だから一緒に暮らしている動物の様子に細かく気を使うのは当然のことと、筆者は考えるのだが。
 しかし女性はそれに対し、「不公平だ、あたしより動物の方を大事にする!」と腹を立てる。
 実に理不尽だと思うのは、筆者が典型的な男脳で問題解決脳だからだろうか。

 気付いたのは、男と女の脳や感情の違いについて問題にされるようになった最近になってからの事で、筆者にとってはもう手遅れに近い状況なのだが。
 筆者は言葉を喋れない動物に対しては、五感をフルに使って言外の意志や気持ちを感じ取る努力を、子供の頃から本能的にしてきた。
 目の色とか体の緊張具合とかちょっとした素振りなどから、犬や猫や馬などの気持ちをうまく察してきた。
 だから「噛む」と言われる大型犬とも仲良しだったし、今もドーベルマンに寄って来られても平気だ。
 しかし人間に対してはその“察する力”をあえて封じて、言葉の方を重んじてきてしまっていた。
「人間ならば論理的にものを考え、言葉でちゃんと話せ」と。
 そしてそれが「冷たい、気持ちをわかってくれない」と女性の不満を生んでしまっていた。
 ならば女性も下手に人間扱いせず、これまで仲良くしてきた猛犬と同じように「言葉ではなく、態度や目の色などで気持ちを察する」付き合い方をしていれば、交際も長続きして、筆者も今頃は結婚して家庭も持っていたかも知れないと思う今日この頃である。

 筆者はどうも、「人間なら言葉を使い、論理でものを考えるもの」と思い過ぎのようだ。
 残念ながら現実の人間は、論理的な正しさではなく感情で動く
 例えば筆者なら、もし保育園の不足について意見を言うとしたら、数字も挙げて論理的に、そして冷静に話す。
 しかし現実に人の心を動かしたのは、「保育園落ちた、日本死ね!」という暴言に近い感情の爆発だ。

 筆者はアベ政治が心から嫌いだ。
 特定秘密保護法も安保法制も共謀罪もすべて大反対だし、A級戦犯や教育勅語など戦前の日本を美化する姿勢には反吐が出る。
 筆者は小泉純一郎元総理も大嫌いだったが、安倍総理はもっと嫌いだ。
 戦後の総理で最低最悪の総理大臣だと、筆者は安倍氏のことを思っている。
 安倍総理は第一次内閣の時、病気で辞職し退陣したが。
 その時、安倍首相は身近な人に、「このままでは死んでも死にきれない」と言ったという。
 正直に言えば、筆者は「そのまま死んでくれれば、どれほど日本の為に良かったか」と心から思う。
 第二次安倍政権が誕生しなければ、特定秘密保護法や安保法制や共謀罪も今の日本に無かっただろうし、A級戦犯や教育勅語など戦前の日本を賛美する風潮も生まれなかっただろうから。

 しかしこのブログで筆者は、反アベ政治の姿勢は貫きつつ、安倍総理個人に対しては感情を抑え、個人に対する誹謗中傷は避けて、安倍総理の政治のどこがおかしいかを論理的に説明しようと努めてきた。
 私的な場面では、筆者は現首相のことを“アベ公”と呼んでいる。
 そのくらい嫌いで憎んでいるのだ、この国を極右の大日本帝国に戻したがっている、欧米のメディアでもナショナリストと認定されている、あの首相のことを。
 それでも文章にしてブログに書く時には、筆者は安倍総理または安倍首相または安倍氏と書き、暴言や感情論は避け冷静に論理で私見を述べてきた。
 しかし「保育園落ちた、日本死ね!」ではないが、人の心を動かすのは自制した冷静な論理による言葉でなく、「A級戦犯大好きで極右の、アベ公死ね!」というようなヘイトスピーチまがいの感情をそのままぶつけた暴言ではないかと思い始めている、今日この頃である。
 そしてそれが事実だとしたら、とても悲しいことだし、筆者は人間と日本という国に希望が持てなくなってしまう。

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茂る緑の木(日本に生まれ育って良かったと思うことの一つ)

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 緑が好きです。
 木が好きです。
 私の好きなスコッチに、スコットランドの北のオークニー諸島で造られている、スキャパというシングルモルトがあるのですが。
 その島に行った事は無いのですが、テレビでたまたま見たらヒースが咲いてピートが採れる、綺麗な島でした。
 ただ木が育つには北過ぎるらしくて、木が殆ど無いのが少し寂しかったです。

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せめて空でも見上げて一休みして…

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 今日は仕事納めの日ですね。
 ……と言っても、最近では土日も休めず、元日さえ働いている方も少なくないようですが。
 スーパーとかコンビニとか、確かにいつも開いていてくれれば便利です。
 けれど本当は、土日や祝祭日はできるだけ多くの人が休める社会の方が、人に優しい社会のように、少なくとも私には思えます。
 土日や祝祭日に開けているのは警察や消防署や救急病院やコンビニくらいで充分ではないかと、私は思います。

 とは言え、競争が激化しいる今の日本では、そうも言ってはいられないでしょうし、土日や祝祭日に働かねばならない人もなかなか減らないでしょう。
 今日が仕事納めでなく、年末年始も働かねばならない方々にも、できれば空を見上げてお茶を飲んで一休みするくらいしてほしいです。

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こんなカメラで空を撮っています

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 私のお散歩用カメラは意外に古いコンデジで、10年前のルミックスFX30です。
 コレがなかなかレンズがシャープで空の青の発色も綺麗で、とても気に入っています。
 画素数は七百万画素と、今ではスマホに付いているカメラ以下ですが。
 けれどA4サイズにプリントして普通に楽しむなら、それで充分なんですよ。
 大伸ばしするとか、見開きページの印刷原稿に使うとか言うのでなければ必要ないんです、二千万画素なんて。
「画素数が多ければ高性能」と思い込むのは、ド素人くらいのものです。

 で、私は今もFX30を持ち歩いて、こんな太陽を入れた空などを撮っています。

 このFX30が壊れてしまっては困るので、私は中古のFX30を何台か確保しています。
 先日、さるカメラ店のジャンクBOXで見付けたFX30は700円で、電池蓋が破損していましたがそれ以外は問題なく、しっかり撮影できました。
 それで某ネットオークションで壊れているFX30を安く買い、電池蓋のみ取り外して付け替えました。
 精密ドライバーを使って分解して、二時間ほどかけて。
 ニコイチ、というやつですね。
 私は既に、ここまでするマニアになってしまっています。

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夕空に走る光の筋

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 こんな風に、写真に光が写せてしまうと、何か嬉しくなってしまいます。
 写真は光と影を上手く扱うのが基本ですが、その光そのものって、なかなか写真に撮れないんですよね。

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カマキリ

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 見えますでしょうか。
 まだ幼いカマキリさんです。

 昨夜は、クリスマス・イブでしたが。
 当然、私には特に予定もなく、家で家族と過ごしました。
 独身だって、膝に猫が居て良いウイスキーが傍らにあれば、彼女なんかいなくてもイブの晩だって寂しくなんか……寂しくなんかないんだからねっ!

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ブラックニッカ・アロマティック(ブラックニッカ限定三種を味わう)

 この秋、ニッカがまたブラックニッカの限定ウイスキー、ブラックニッカ・アロマティックを出したことは新聞の経済欄のニュースで見て知っていた。
 だが生来のものぐさで「急ぐことはない、また後で買えば良いかな」と思っていたところ、自分で買う前に敬愛するogotchさんから頂いてしまった。
 おかげで、ニッカのこの秋の限定品をじっしり味わうことができた。

ニッカ・ブラックニッカ・アロマティックP1120422

 さて、封を開けてみると、途端に果実のような甘い香りが漂う。ハニーでも花でもキャラメルコーンでもなく、間違いなく果実の香りだ。
 あと、それに加えてごく僅かだが、チョコレートの香りも感じる。
 スタンダード・スコッチや千円台の安価な国産ウイスキーは、グラスを揺するとアルコールの匂いがツンと鼻孔を突き刺すものが少なくない。
 しかしこのブラックニッカ・アロマティック(以下BNアロマティック)はグラスを揺すると心地良い香りだけが優しく、かつ華やかに広がり、若いアルコールの刺激的な匂いは無いと言っても良い。
 これは良いウイスキーだと、香りを嗅いだだけで感じる。

 味も優しい上品な甘さが主体で、まろやかで角が無く、ストレートで気持ち良く美味しく飲める。
 ただ甘いだけではなく、樽の心地良い香りが後に残り、さらに僅かなビターさが味を引き締めている。
 香りは華やかだ、しかし決して自己主張が強すぎるということは無い。
 アクの強さやいやみのない、華やかでかつ品の良い美人、といったところだ。
 そして飲み口も優しく、ストレートを飲み慣れている人ならチェイサー無しでどんどん飲めてしまうまろやかなウイスキーだ。

 スモーキーさは、最初は全くと言っていいほど感じない。
 それが開封して空気に触れさせ数日経つと、ほんの僅かにだがスモーキーさらしきものも感じる。
 余韻は優しく心地良く、アイラ系のスコッチのように強いものが残るわけではないが、持ち味の果実香が控えめに、しかし比較的長く続く。

 これはとても繊細で上品なウイスキーだ。
 本当は、ビターさもスモーキー香も僅かながらあり、余韻も強くはないが長く続く。
 しかし優しく飲みやすいので、グイグイ飲んでしまうと「果実香のある、甘いウイスキー」という印象しか残りにくい。
 そしてこのウイスキー、割って飲むのに全く適していないのだ。

 水と1:1で割ったトワイスアップでも、甘さは残るが飲みやすくなる以上に薄味になり、そして何よりもこのBNアロマティックの持ち味である筈のアロマ、魅惑的な香りが消え失せてしまう。
 だからそれ以上に薄く割ったら、もっと酷いことになる。

 日本人は、ウイスキーと言うとすぐオン・ザ・ロックを連想しがちだが。
 水割りやハイボールも含めて、筆者はウイスキーに安易に氷を入れることを勧めたくない。
 何故なら、冷やすと飲食物は香りが沈み込み、そして甘さを感じにくくなるからだ。
 ウイスキーもそれと同じで、氷で冷やし込むと折角の香りが台無しになってしまう
 だから真夏でも、ワインに氷を入れて飲む人など滅多にいないのだ。
 そしてさらに、氷は甘みも感じにくくさせる。
 特に果実の華やかな香りと甘い味が持ち味のこのBNアロマティックに氷など入れたら、香りも味も本当に台無しになってしまう。
 だから筆者はオン・ザ・ロックは好まないし、特にこのBNアロマティックに氷を入れてはならないと、心から思う。
 特に水で割ってさらに氷を入れるなど、冒涜に近い行為だと個人的に思う。

 今の日本では、ウイスキーと言えばハイボールで飲みたがる人が多いが。
 ハイボールにするとただ軽く(正確には薄く)飲みやすくなるだけでなく、炭酸の力で若いウイスキーから香りをより引き出せる場合もある。
 しかしこのBNアロマティックのハイボールは駄目だ。
 飲みやすい。
 ただそれだけになってしまう。
 軽いというより薄味になりコクも深みも無くなり、さらに香りも殆ど無くなってしまうからだ。
 決して不味くはないし、あの角瓶のハイボールよりは上品で繊細な味にはなるが。
 しかし「飲みやすい」というより、「持ち味が台無しになった」という印象の方がずっと強い。
 先にストレートで味わってしまってからハイボールを飲むと、「良さが無くなり、味も香りも腰砕けになった」としか思えなくなる。

 このBNアロマティック、良いウイスキーだが、その良さを堪能するのはなかなかに難しい。
 ストレートでは飲みやすく、しかも香りも味も存分に堪能できるのだが。
 何しろ氷を入れてロックにしても、水で割っても、炭酸で割ってハイボールにしても駄目なのだ。
 駄目と言うのは極論かも知れないが、本来の繊細かつ華やかな香りと味を堪能するにはストレートしか無い。

 先週、カティーサークについて書いた時、「ウイスキーは、本来ストレートで飲むのが一番」と私見を述べた。
 しかし筆者も実感しているが、ビールやせいぜい日本酒程度の軽い酒を日頃飲んでいる日本人には、度数40%かそれ以上のウイスキーやブランデーをストレートで飲むのは、なかなか難しい。
 何度か失敗して喉と舌が焼けるような辛い思いをしながら、経験をつみコツを掴まなければ、強い蒸留酒をストレートでは味わえない。
 だから日本人は、ウイスキーと言えば昔は水割り、そして今はハイボールにして、ビールや日本酒のようにゴクゴク飲んでいる。
 欧米人のように時間をかけ、じっくり、ゆっくり味わうのではなく。

 で、この私見では「ストレートでなければ美味しくない」BNアロマティックだが、ウイスキーをストレートで飲んでみる練習に最適であるように思えた。
 例えばサントリーの角瓶など、アレは薄く割ってハイボールにでもしなければ飲めないシロモノで、ウイスキーはストレートで飲みたい筆者でも、何かで割らねばとても飲めない。
 筆者の大好きなスコッチの銘酒タリスカー10年も、「舌の上で爆発するような」と評されるほどスパイシーで、筆者はストレートで平気で飲むが、「苦手な人もいるだろうな」というのはわかる。
 しかしこのBNアロマティックは口当たり良くまろやかで優しく、ストレートでとても飲みやすいのだ。
 日本酒やワインのようにゴクンと飲むのではなく、唇を浸すようにして、香りと味と余韻を楽しみながらワンショット(30ml)を30分くらいかけて飲むというセオリーを守りさえすれば、このBNアロマティック、ウイスキー初心者でもストレートで美味しく飲める。
 ストレート以外の飲み方では美味しくなくなるが、優しい味わいでストレートで飲みやすく、初心者がストレートで飲むのにものすごく適している。
 しかも価格は、これで二千円程度ときている。
 試しに、これと五百円くらいしか違わないあの角瓶と、ストレートで飲み比べてみてもらいたい
 特に、「ウイスキーはサントリー!」と信じて疑わない方々に。

 さて、このBNアロマティックで、バランスの取れたブレンダーズ・スピリットと、余市のモルトを主体にしたクロスオーバーと、宮城峡のモルトを主体にしたこのアロマティックで、ブラックニッカの限定品が三種揃ったわけだが。
 で、この機会にBNアロマティックを、ブレンダーズ・スピリットおよびクロスオーバーと飲み比べてみた。

 まずBNブレンダーズ・スピリットと飲み比べてみると、ブレンダーズ・スピリットの香りも充分好ましいが、アロマティックの香りの方が更に華やかだ。
 だがブレンダーズ・スピリットにも、穏やかなスモーキー香の他にアロマティックの果実に似た香りもある。
 飲んでみると、アロマティックの方がより甘い。そしてアロマティックの方が、良くも悪くもライトだ。
「良くも」というのはアロマティックの方が軽快で飲みやすく、「悪くも」というのはコクや深みはブレンダーズ・スピリットの方が明らかに上、という意味だ。
 が、ブレンダーズ・スピリットのような力強さこそ無いものの、BNアロマティックの飲み飽きしない優しいまろやかさも魅力だ。
 BNアロマティックは、心地良い甘さと樽香が後まで口の中に残る。

 さて、続いてBNクロスオーバーだが、これは口当たりこそまろやかだが、甘さのすぐ後にスモーキー香とヨード香がガツンと来る。
 それでいてただピーティーなだけでなく、シェリー樽の華やかな香りもあるし、コクも深みも充分で飲みごたえがある。
 だが香りの華やかさと飲みやすさは、BNアロマティックがこの限定三種の中で一番だ。

 この限定三種のうちで、BNブレンダーズ・スピリットは本当にバランスの取れた良いウイスキーだ。
 華やかな香りもあり、穏やかなピート香もあり、甘くコクと深みがあって、余市と宮城峡のモルトの良いところを寄せ集めたようなウイスキーだ。
 2500円という価格を考えれば、非の打ち所のない逸品と言えるだろう。
 このBNブレンダーズ・スピリットを飲んでしまうと、スーパーニッカなど飲む気になれなくなってしまう。スーパーニッカも、決して悪いウイスキーではないのだが……。
 BNクロスオーバーはそのブレンダーズ・スピリットのバランスをあえて崩し、ピート香とシェリー樽の香りを突出させた個性的なウイスキーだ。
 好き嫌いがはっきり分かれるであろうウイスキーで、筆者はこの個性が大好きである。
 良い意味でその対極にあるのが、今回紹介したBNアロマティックだ。
 香りが華やかで味も甘くまろやかな、誰にでも好かれるストレートの入門用に良いウイスキーと筆者は思った。
 BNアロマティック、飲んだのはogotchさんから頂いたものだが、気に入って更に追加を酒屋に買いに走ったのは、言うまでもないことである。

 このブラックニッカ限定三種、どれを取っても良い出来だが。
 お気に入りのどれか一種類だけに絞るのではなく、三種揃えてその晩の気分に合わせて違うものを選んで飲むのは、とても楽しい。

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二つの裁判の判決に思う(猫のなぶり殺しと毒親殺し)

 もし貴方が裁判の陪審員になったとして、この日本で実際に起きた次の二つの事件について、貴方ならどんな判決を下すだろうか。

 まずは埼玉県深谷市で起きた、13匹もの猫虐待事件について話そう。
 大矢誠という52歳の元税理士の男が、2016年3月~2017年4月にかけ、13匹の猫に熱湯をかけたり、ガスバーナーであぶったりして、そのうち9匹を死なせた
 残る4匹は怪我をおい、命だけは助かった。
 しかもこの大矢誠という五十代にもなった税理士の男は、虐待の様子を録画し、動画をネットで公開していた。
 裁判によると、この大矢誠は「虐待に楽しみを覚え」、そしてその様子をネットで「公開することが目的化して」虐待と殺害を繰り返していたという。
 この事件について、担当の裁判官も「動物愛護の精神に反する悪質な犯行」と認めている。

 そして次は、2015年に仙台市で起きた、当時19歳の少年による父親殺害事件について話そう。
 この少年の両親は、少年が幼い頃から毎日のように激しい夫婦喧嘩をしていた。
 石油ストーブを投げつける。
 跳び蹴りを喰らわせたりする。

 両親のそんな光景を少年は幼い頃から目の当たりにして、物陰から怯えながら見続けて育った
 さらに少年が中学生の時に母親が家出をして、少年は父と姉との三人暮らしになった。
 すると父親は毎日酒を飲み、夜中に大音量でDVDを再生するようになった。
 そんな暮らしの中で少年は心を病んでしまったのだろう、リストカットを繰り返し、そして自殺未遂で入院するにまで至った
 しかし一方で、東日本大震災の際には、知らないおばあさんの家に水を運んでやったりと、他人を思いやれる優しい心もあった
 だが家庭環境は相変わらずで、事件の数ヶ月前には興奮して父親に馬乗りになり、自分の首に包丁を当てて「殺せ」と迫ったりもした。
 その果てに2015年の12月、父親と口論の挙げ句、父親の胸や背中をナイフで多数回刺し、父親を失血死させた。
 ちなみに少年の姉は少年の更生に協力する姿勢を見せ、被害者(少年の父親)の妻である母親も厳罰を望まなかった。

 で、下された判決だが。
 毎日DVを繰り返してきた酒乱の父親を殺した、精神的に追い詰められた少年は、懲役11年
 そして虐待に楽しみを覚え、熱湯をかけたりガスバーナーで炙るなどして13匹の猫もの猫を虐待した挙げ句に9匹も死なせ、それを動画に投稿もしていた埼玉県の大矢誠(52)の方は、執行猶予付きの懲役1年10月である。
 皆さんはこの判決を、「公平で公正」と思うだろうか?

 筆者の父は、俗に言う「飲まなければ良い人」というやつだった。
 酒さえ飲まなければ優しい良いところもある父だったが、ほぼ毎日大酒を飲み、そして飲めば人に絡み始め、怒鳴り、物を投げて暴れるなどした。
 実際、筆者もまだ保育所に通っていた幼い頃に、酔った父に手加減無しに殴られて空中を飛んだことすらある。
 飲んだら父は、もう誰にも手を付けられない。
 だから筆者は幼い頃からいつ父が酒を飲み始めるかとビクビクして、そして父が飲み始めると、絡まれる前にいつでも逃げ出せるようにしていた。
 深酒の挙げ句に父がまだ五十代の若さで亡くなるまで、筆者は父と酒に怯えながら生きてきた。
 おかげて筆者は、酔って乱れるアル中は今でも大嫌いだ。
 絡んでくる酔っ払いには、生理的な嫌悪と憎悪の感情しか持てない。

 大酒を飲み、酔って絡んで怒鳴って暴れ、家族にDVを働く父親のいる家庭で幼い頃から育ってきた。
 そんな筆者だから、父親を殺したという仙台の少年の苦しさはよくわかる。
 DVを繰り返す酔っ払いの親を、思わず殺してしまいたくなる気持ちは、本当によくわかる。
 そして幼い頃から夫婦喧嘩やDVを見て育った子供は、脳や精神に問題を抱えることは、医学的にも証明されている
 しかし裁判ではDVの影響を認めず、「犯行を正当化するほどの落ち度は被害者になかった」として、少年に懲役11年の判決を下した

 その裁判では、少年が父親を複数回刺して失血死させた事について「犯行は悪質で残忍」とされたが。
 しかしそれは違う。
 実際に刑務所に服役した経験のある作家の安部譲二氏が、『塀の中の懲りない面々』という著書でこんなことを書いている。

 安部譲治氏と同房になった受刑者の中に、妻を殺した受刑者がいた。
 その受刑者は善良で妻に尽くし過ぎてしまい、挙げ句に妻に浮気をされ、そして逆上して妻を殺してしまったのである。
 しかも、二人も。
 その受刑者は最初の妻を殺し服役して出所した後に再婚したのだが、その妻にも裏切られ浮気をされてまた殺してしまったのだという。
 ただ違うのは、その妻の殺し方だった。
 最初の浮気妻は、滅多刺しにして殺して。
 そして二度目の浮気妻は、たったひと刺しで殺した。

 裁判では、どちらも尽くしたのに浮気されたという点で情状酌量された。
 しかし最初の滅多刺しにした方は「殺し方が残虐」とされ、そちらの殺人の方が、二度目の時より判決が重かった。
 しかし安部譲二氏が当人から聞いた話では、最初の殺人については「ただカッとして、無我夢中で滅多刺しにしてしまった」のであって、明確な殺意は無かったという。
 そして二度目の浮気妻については、初めから殺すつもりでいて、だからグサリとひと刺しで殺したのだそうだ。
 それを裁判官たちは全く理解していないと、安部譲二氏は著書の中で書いていた。

 おそらく例の仙台の少年もその妻殺しの受刑者と同じで、カッとして無我夢中で刺してしまったのだろう。
 想像してみてもらいたい。
 ほんの幼い頃から、暴れる父親を見てそのDVにさらされながら育ったら、“父親”という存在がどんなに恐ろしく思えるか。
 筆者にとっても酔って絡んで怒鳴って暴れる父親は、筆者が成長し体格はあまり変わらなくなった後も変わらず恐ろしい存在だった。
 トラウマ、というやつなのだろう。
 だから仙台の少年にとっても、幼い頃から暴言や暴力を目前で見せられてきた父親は、犯行時にも恐ろしい存在だったに違いないと、筆者にはわかる。
 倒さなければ、自分が殺される。
 そう思い、恐怖に怯えて無我夢中で滅多刺しにしたのだ。
 それが良い両親と良い家庭に恵まれて育った高学歴の裁判官には、まるで理解できない。

 筆者は現在猫と共に暮らしているが、動物は基本的に好きだし、動物にも好かれやすい。
 猫だけでなく、犬(猛犬を含む)や馬(野生馬や暴れ馬も含む)にも、たいてい好かれる。
 だからわかるのだが、動物にも感情は間違いなくある!
 嬉しいとか悲しいとか怒りとか、動物も人間とほぼ同じ感情を持っているのだ。
 違いはただ、その感情を言葉に出来ないだけだ。
 いや、慣れてくれば共に暮らす猫がただ「ニャア」と鳴くのを聞いただけでも、「お腹がすいた」とか、「朝だよ、起きて!」とか、「ドアを開けて!」とか、「遊んで」とか、「かまって」とか、何か意図があって話しかけてきたのだとわかるようになる。
 それだけに、その猫たちに熱湯をかけ、あるいはガスバーナーで炙るなどして楽しんで殺す人間に対しては、心からの憎悪を覚える。
 個人的には、その埼玉県深谷市の猫殺しの大矢誠(52)など、「判決は火炙りでOK」と思ってしまう。
 もし筆者が江戸時代の将軍さまや戦国大名なら、間違いなくそうする。

 猫好きの筆者の個人的な感情論は、取り敢えず脇に置いておいて。
 皆さんに、冷静に考えてみてもらいたい。
 幼い頃から親の激しいDVを連日のように見て怯えながら育ち、リストカットや自殺未遂を起こすまで追い詰められた仙台の少年が、そのトラウマの元凶である父親を殺した事件は、姉や母が厳罰より更生を望んでいても情状酌量が認められずに、判決は懲役11年で。
 その一方、虐待を楽しみ多くの猫を残虐な方法で殺していた、精神病質者とも言える危険な埼玉県の大矢誠は、執行猶予で今では野放しになっている。

 動物虐待は残虐な猟奇殺人につながるというのは、犯罪や医学の定説であるにもかかわらず。
 これが公平公正な法と言えるだろうか。

 つまり近年ではようやく動物愛護の精神も法に盛り込まれかけてはいるものの、実態はまだまだ動物はモノ扱いに近い、という事だろう。
 だから猫虐待の大矢誠も、裁判官にとっては「チョーシこいてモノを壊しちゃいました、テヘッ」という軽犯罪者と大して変わらない存在だったのではないか。
 でなければ多くの猫を虐待し、熱湯をかけガスバーナーで炙るような方法で9匹も殺し、さらにその動画をネットで公開するような猟奇で精神的にヤバい危険人物が執行猶予刑で世間に野放しとか、とても考えられない。

 筆者は多くの動物に接してきたからわかるが、猫だけでなく犬や馬にも悪意はない。
 捕食性の肉食動物は、腹が減れば本能に従って獲物を狩るが、ただそれだけである。
 その動物を楽しみの為に何匹も殺しても、そのサイコ野郎は執行猶予で世間に野放しで。
 しかし激しいDVで家族を追い詰める毒親を殺せば、殺したのが少年であっても判決は懲役11年である。
 人の命は、たとえそれがどんな酷い人間であろうとも、多くの動物たちの命よりもはるかに重くて大切だ。
 これが日本の現在の法である。
 どこか変だと、貴方はお思いにならないだろうか。

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カマキリの子供

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 カマキリです。
 子供ながら、撮り手の私を威嚇しています。

 カマキリと言えば。
 俳優の香川照之さんがEテレでカマキリ先生をやっていますが、私は香川照之さんに似ているらしいです(笑)。

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