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空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

天に伸びて行く雲

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「学生時代、自分は夏休みをどう過ごしていたのだろう?」と、ちょっと考えてみました。

 そうですね……ダラダラしてました。
 でもバイトもしたし、高3の夏にはバイクでツーリングをして湘南に行ったりしました。
 そして横浜から来た女子高生たちと、お友達になったり……。
 受験生の自覚、全く無かったです。

 思い出してみると、けっこう“青春”してました。

 けど今は出逢いも恋愛もなく、ただ暑いだけの夏を過ごしています。
 何しろもう年ですから、暑いのに遊びに出掛ける気力も体力も無いですよ。

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青空と雲

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 お盆休みはまだ先ですが、学校はどこも夏休みですね。
 大人になって思えば、学生時代の夏休みは長かった。
 でも学生時代には長いとも思わず当たり前に過ごし、あっと言う間に終わらせてしまったような気がする。

 もったいなかったな、と心から思います。

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グレンフィディック・ピュアモルト(?)

 筆者は、賭け事は一切やらないが。
 ただネットオークションは、時々やっている。
 ネットオークションは、まず狙っている物の相場を知っておき、かつ“引き時”を心得てやれば、なかなか面白い。
 終了時刻が迫る中、競争相手も引かずにいる時に、熱くなってこちらも値段をさらに釣り上げてしまうと、思わぬ高値で競り落とす羽目になって痛い目を見る。
 だからどれだけ欲しい物があっても、予算を越える額になったら潔く引く、冷静な心を失わぬことが肝要だ。
 逆に競争相手が少ない場合は、良い物が思わぬ安値で手に入る事もある。
 それがネットオークションの醍醐味だが、ネットオークションはある意味賭博にも似ていると思わないでもない。

 で、先日、妙な物を競り落としてしまった。
 グレンフィディックピュアモルトである。
 現行品ではない古酒で、Amazonなどで調べてみると相場は七千円を越えていた。
 そのグレンフィディックのピュアモルトが、1円から出品されていた。

グレンフィディック・ビュアモルト①P1140041

 何故そんな古酒が、1円から出品されていたのか。
 それは開封品だったからである。
 元の酒を飲み切った後の空き瓶に、サントリーのレッドやトリス、もしくは水を詰めてある可能性も否定できない。
 もちろん、「ノークレーム、ノーリターン」である。
 さらに送料は落札者負担だ。
 つまりは、1円とは言え「グレンフィディック・ピュアモルトの空き瓶を、送料負担で落札する羽目になるかも知れない」わけである。
 そのリスクを覚悟の上で、一発勝負でソレに入札してみた。
 そんなバカは筆者一人だったようで、競争相手も現れず、その1円で「グレンフィディック・ピュアモルトらしきもの」を落札してしまった。
 ちなみにその1円の他に、送料が850円かかった。

グレンフィディック・ピュアモルト③P1140045

 で、その「開封済みのグレンフィディック・ピュアモルトの瓶に入っていたもの」だが。
 キャップを開けると、間違いなくウイスキーの香りが漂ってきた。
 僅かにアルコールの匂いはあるものの、安いウイスキーの匂いではない。

 グラスに注ぐと黄金色で、フルーティーで、かつ花を思わせる優しい柔らかな香りが辺りに漂う。
 口に含むとまず甘く、そしてビターだ。樽のウッディな味わいも感じる。
 シングルモルトのグレンフィディックに似た優しい味わいだが、シングルモルトより複雑な味わいだ。
 ただノンエイジだけに、グレンフィディック12年より僅かに若く固さがある。
 しかしストレートで、チェイサー無しでも気持ち良く飲める。
 余韻も豊かで長い。

 香りそのものは花の甘い香りが主体だが、樽の香りもしっかり感じる。
 シングルモルトのグレンフィディック12年に通じる甘く軽やかな花のような味わいと香りだが、このピュアモルトの方がより複雑で深みのある味だ。
 甘い花の蜜の印象が強く、余韻も長く続く。

 試しに同じ会社で出しているスタンダード・スコッチの、グランツ・ファミリーリザーブと飲み比べてみたが。
 まるで別格だった。
 グランツ・ファミリーリザーブの方が明らかにアルコールの臭いがキツいし、飲んでみても若いアルコールの刺激が強く味も薄っぺらで、グレンフィディック・ピュアモルトには豊かにあったふくらみも柔らかさも無い。

 次にバランタイン12年と飲み比べてみた。
 やはりここでも、ノンエイジと12年モノの差は感じる。
 バランタイン12年の方が僅かにまろやかで丸い。
 そして味と香りのバランスもバランタイン12年の方が勝っていて、グレンフィディック・ピュアモルトの方が軽く感じてしまうし、コクも僅かに弱い。
 しかし花の蜜の甘さと香りという個性がグレンフィディック・ピュアモルトの方がハッキリしていて、良い意味での軽やかさもある。
 余韻も、グレンフィディック・ピュアモルトの方が強くて長い。
 バランスの良さが際立つバランタイン12年、グレンフィディックらしい個性のある当製品、という印象を受けた。

 シーバスリーガル12年と比べると、やはりシーバスリーガル12年の方がややまろやかだ。
 グレンフィディック・ピュアモルトは花の香りと蜜の甘さを強く感じるのに対し、シーバスリーガル12年は濃い甘さでチョコの味わいだ。
 どちらもそれぞれに良さがあり、優劣は付けがたい。

 最後に同じピュアモルトの竹鶴と飲み比べてみた。
 同じノンエイジでも、竹鶴の方が明らかに若いし固く、アルコールの刺激をより感じる。
 グレンフィディック・ピュアモルトと、バランタイン12年やシーバスリーガル12年の熟成度の差は、飲み比べてみて初めて「僅かに違う」と感じる程度だが、グレンフィディック・ピュアモルトと竹鶴ピュアモルトの差は明らかだ。
 香りも、グレンフィディック・ピュアモルトの方が華やかで豊かだ。
 グレンフィディック・ピュアモルトの甘さは花の蜜のようで軽やかなのに対し、竹鶴ピュアモルトはチョコに似た濃い甘さで、コクも竹鶴ピュアモルトの方が強く感じる。
 ただ飲み比べてしまうと、竹鶴ピュアモルトの原酒の若さと固さがどうも気になってしまう。

 さて、中身を詰め替えられていた可能性も否定できない、1円で競り落とした開封済みのグレンフィディック・ピュアモルトだが。
 ピュアモルトと思える上質な味わいだったし、味と香りもシングルモルトのグレンフィディック12年に似通うものを感じた。
 だから筆者は、瓶の中身も「多分グレンフィディック・ピュアモルトであろう」と判定している。

 送料込みで、851円。
 実に良い買い物をしたと思っている。
 シングルモルトのグレンフィディック12年との飲み比べも、とても楽しい。
 しかし七千円を越える金額を出してまで買うウイスキーではない、とも思っている。
 コレを七千円で買うくらいなら、四千円しない10~12年モノのシングルモルトか、五千円でバランタイン17年を買いたい。
 お金持ちであるか、よほどの思い入れがあるなら別だが、プレミア価格の付いた終売品のウイスキーは、普通の人はやはり手を出さない方が利口だ。

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反日という言葉を誤用する愚か者ども

 安倍政権が成立してから、『反日』という言葉がネット上だけでなく、右翼系オピニオン誌でも盛んに使われるようになった。

 彼らによれば、まず日本の過去の戦争責任(侵略戦争や捕虜や現地人の虐殺や資源の収奪など)を認める、常識と正しい歴史認識を持つ者達が反日で。
 だから日本が朝鮮半島を統治していた時代の徴用工問題を研究するのも、反日。
『万引き家族』でカンヌ国際映画祭の最高賞を受け、しかし公権力と距離をおきたいとの考えから政府の祝意を断った是枝監督も反日。
 そして安倍政権に反対する者もまた、反日と非難される。

 ここで『反日』という言葉の正しい意味について、広辞苑で調べてみよう。
「日本に反対すること。日本や日本人に反感をもつこと」だそうである。
 ところが今の日本では、反日という言葉は「過去に日本は侵略戦争をしてアジア諸国に申し訳ないことをしたと認める者、及び安倍政権に反対する者」という意味で使われている。

 日本の侵略戦争と日本軍が犯した残虐行為から目をそむけ、黒も白と言い張る歴史修正主義者の厚顔無恥ぶりにも呆れ果てるが。
 日本という国と現政権を一緒くたに捉え、安倍政権に批判的な人達を「日本に反対する者」と考えて反日と罵る者達の低脳ぶりにも、ほとほとウンザリさせられる。

 第二次世界大戦で同じように侵略戦争を始めて敗戦国となったドイツは、自国の戦争責任をしっかり認めていて、謝罪も繰り返ししている。
 ドイツの首相は、ドイツ軍の虐殺に遭った人達の記念碑の前で、ひざまづいて謝罪もしている。
 ドイツが思想信条や言論の自由のある民主的な国であることは、殆ど誰もが認めているが。
 しかしそのドイツではナチス思想を主張したり広めたりすることは、法律で禁じられている。

 それに対して、日本はどうか。
 思想信条や言論の自由を口実に、「日本軍は立派で虐殺も略奪も無かった、あれはアジア諸国を白人支配から解放する為の正義の戦争だった」などという、正しい歴史をねじ曲げる嘘八百が、ネットだけでなく大手を含む出版社が発行する書籍やオピニオン誌で公然と広められ、日本が過去に犯した過ちを認める常識ある者が反日と非難される有り様だ。

 例えば自分の子供が、万引きなり、イジメなり、何か悪いことをしたとしよう。
 我が子可愛さのあまり、証拠を突きつけられても黒を白と言い張り、「ウチの子は絶対悪くない! そんなことしてない! これはウチの子を貶める陰謀だ!!」と大声で喚き散らして周囲の者達を責めて罵るのが、親として正しい態度なのだろうか。
 いや、それは我が子を最も駄目にする、最悪の“親の愛”だ。

 例えば子供が万引きをしたと言われた場合、「店員の言うことを鵜呑みにしろ」とは言わない。
 まず子供と店員、双方の言い分を聞き、証拠も確かめて「確かに我が子が悪かった」とわかったら、謝罪して子供を厳しく諭すのが正しい親の愛だ。

 だから筆者は公平に史実を検討した上で、日本は侵略戦争を犯したと認め、南京事件などの虐殺事件も起こしたと考えている。
 しかし日本の非を認めることは反日なのだと、安倍政権の支持者たちやネトウヨは考えている
 そして黒も白と言い、国が過去に犯した過ちも無かったことにするのが愛国だと、政権の支持者やネトウヨは考えている

 ここで『フラガール』等の映画を作った監督李相日氏が、2013年に述べた言葉を紹介しよう。

「僕は韓国や中国の主張や要求が全て正しいとも思っていません。『どちらが正しい』とくくれるほど単純な問題ではないと思う。でも、あってはならないのは、歴史の中で実際にあったことを『なかった』と覆い隠してしまうことですよ」


 安倍政権下の日本は、その「歴史の中で実際にあったことを『なかった』と覆い隠」そうという空気が、これまでになく異様に強い。

 と言うと、「李相日監督は韓国籍だから、そんなことを言うのだ」とイチャモンを付けてくる人が出てくるだろう。
 ならば南京事件を否定する人達は、昭和天皇の弟で、陸軍の参謀として実際に中国にも行かれた三笠宮さまの、南京事件に対するこのお言葉を、どう考えるか。

 犠牲者数が議論されているが、数が問題なのではない。虐殺が行われたこと自体が問題なんだ。


 今の日本の右翼に言わせれば、三笠宮さまも「反日」なのだろうか。

 さらにもう一人、日本の右翼の大物、一水会顧問である鈴木邦夫氏の言葉を紹介したい。

 日本は常に正しい道を歩いてきたのだろうか。過去を振り返ればアジアの国に弁解できないことをしたのではなかったか。そうした過ちも直視し、それでもこの国がいとおしいと思う気持ちが愛国心だと思う。威勢のいいことを言ってその声の大きさを競うことが愛国心ではないはずだ。


 至言である。
 全く共感する。
 日本は過去に、周辺のアジアの国々に対し大きな過ちを犯した。
 その事実を認めた上で、筆者は日本という国を好きで愛している。

 しかしこの鈴木邦夫氏の言葉が理解できず、我が子の非は絶対に認めず周囲を責めるモンスターペアレンツさながらに、「日本は絶対悪クナイ!」と言い張り、過去の日本の過ちを直視する者に反日のレッテルを貼る者が多い現状が、筆者はとても情けない。

 ここで、あのアドルフ・ヒトラーの言葉も紹介しよう。

 大衆は愚かだ、感情と憎悪でのみコントロールできる。


 反日という言葉で憎悪をかき立てようとする者と、それに乗せられる者が、今の日本には恐ろしいほど多くいる。

 筆者が近年とても気にかかるのは、政権や政府に反対する者に反日のレッテルを貼る風潮だ。
 誤解しないでもらいたい。
「安倍政権=日本国」ではないのだ。
 安倍政権に反対する愛国者、日本という国を愛するからこそアベ政治に反対する者は数多くいるのだ。
 筆者もその一人である。

 情報を国家で牛耳り、大事なことは国民には知らせない特定秘密保護法。
 テロ組織とレッテルを貼れば取り締まれてしまう、現代の治安維持法とも言える共謀罪。
 自衛隊を米軍と共に海外で戦えるようにする戦争法案。
 そして残業の概念無しに働かせ放題の「働き方改悪」でしかない高プロ制度に、カジノ法。
 安倍政権は、国民の為になる良い事は何一つしていない。

 外交の安倍と胸を張るが、外遊して諸国にカネをばら撒く一方で、弱い者への福祉は切り詰められている。
 福祉は切り詰めても防衛費は増やし、北朝鮮や中国に対する強硬姿勢で人気は得ているものの、その外交による具体的な成果は出ていないではないか。
 小泉元総理は拉致された北朝鮮から取り返したが、右翼やネトウヨが大好きな安倍首相は、安倍首相自身が自分の外交力で北朝鮮からどんな譲歩を引き出したと言うのだ?

 アベノミクスで、金や株を持っているごく一部の豊かな層は利益を得た。
 しかし普通の働く人達で、「暮らしが良くなった!」と喜んでいる人がどれだけいるだろうか。
 少なくとも筆者の周辺で、安倍政権で暮らしが良くなった実感を持つ者は誰一人としていない。

 こんなろくでもない事ばかりしている戦前大好き、A級戦犯大好きの安倍政権(安倍首相は刑死したA級戦犯たちを「日本の繁栄の礎となった昭和殉難者」と広言している)が長く続き、三割以上の人が支持している現実が不思議でならない。
 いつから日本人は、マゾばかりになったのだろうか。
 日本の右翼たちは、日本が過去に犯した過ちを直視して認めることを“自虐”と言うが。
 この政権で金儲けできたわけでもないのに、こんな安倍政権を支持している一般庶民こそ“自虐”が大好きなマゾ国民であろう。

 あの昭和16年の時点で。
 鬼畜米英と叫び、戦争への道をひたすら突き進むのと。
 何とか話し合いで解決できぬものかと、和平の道を必死に模索するのと。
 貴方はどちらを愛国者と思うか。
 馬鹿は「戦争だ、アメリカなどブッ潰してやる!」と勇ましく息巻く者を愛国者と思い、「何とか和平を」と訴える者を反日と思いがちだ。
 大国に勝算も無く戦を仕掛け、結局国を滅ぼした右翼や軍人らこそ亡国の愚者どもで、腰抜けと罵られようと戦争を避ける努力をした者こそ本気で国を案じた愛国者である。
 しかし愚か者には、それがなかなか理解できない。

 戦争中、日本で最も勇敢だった愛国者たちは誰か。
 戦場で散った者たちではない。
 彼らは二番目に勇敢だった。
 戦時中に最も勇敢だった日本人は、あえて戦争に反対して特高警察や憲兵に逮捕され、激しい拷問と虐待を受けて獄死した人達だ。

 繰り返すが、「国=政府」ではない
 現政権の高プロやカジノ法の数の力による強行可決でもわかるように、政府も間違いを犯すことがよくある
 そして政府が誤りを犯した時には、それを正すのが真の愛国者だ。
 だがそれを理解できない馬鹿は、自分が支持する政権を批判する者に「反日」のレッテルを貼り、「日本から出て行け!」と罵声を浴びせる。
 おそらく自分が無力で卑小な存在だから、政権を支持することで感情的に政権と一体化し、自分も今の政権と同じように強くなったと思い込み、そして政権に批判的な者を反日と罵倒する事で己の立ち位置を上げ自尊心を保っているのであろうが。
 それにしても、「国を愛すること」と「政府を支持すること」を混同し、異なる考えを持つ者をすぐ反日と罵る人達は、あまりにも愚かだ。

 例の『万引き家族』の是枝監督は「過去の反省に立ち、公権力とは距離を保つ」と語ったが。それは実に正しい。
 権力(政府)が常に正しいわけではないことは、過去の歴史を見れば誰にでもわかる。
 だから「国を愛すること」と「現政権を支持すること」は全く違うし、「国を愛し、日本の行く末を案じるからこそ、現政権に断固反対する」という人も存在することを、反日だの、非国民だのといった、あの愚かな戦争の時代を思わせる言葉が当たり前に使われている今だからこそ、皆に理解していただきたい。

 最後に、ナチスの時代にドイツで密かに流行った小咄を、今の日本に合わせて少しだけアレンジして紹介したい。

 安倍政権を支持する良心的な人は、残念ながら知的ではない。
 安倍政権を支持する知的な人には、良心がない。
 安倍政権を支持する知的で良心的な人、そんな人は存在しない。


 実際、安倍政権を支持する良い人には論理的な話が通じないし、安倍政権を支持する知的な人といえば、政権に与して利益を得ている金持ちや政治家や官僚などの悪い人たちばかりだ。
 少なくとも筆者は、安倍政権を支持する「知的で、かつ良心的な人」を知らない。
 ご存知ならば、是非とも紹介していただきたいものである。

 良心ある人が沖縄にのみ基地負担を負わせたり、高プロ制度やカジノを作ったりするとは、筆者にはとても思えない。
 知的で邪悪な人たちが政権中枢にいて、悪い人ではないが知的ではない大衆が操られ、実績でなくムードでそれを支持する。
 これが安倍政権とその支持率の実態と、筆者は見ている。

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写真の下に高層マンションの上の階が写り込んでいます

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 自転車で街中に向かい数分走ると、某工務店が建てた高層マンションがあります。
「もしマンションに住むなら、最上階が良いかな」と漠然と思っていたのですが。
 実はマンションと言うか高層ビルの最上階は、夏は他の階よりも暑いのだとか。

 眺めは良くても、夏は辛いだろうな……とは思いましたが。
 高層マンションの最上階に住めるようなお金持ちは、エアコンを充分に使って暮らしているだろうから、下の階より暑いという事にも気付かずにいるのかも知れませんね。

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日が傾いても涼しくなりません

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 毎日、とても暑いです。
 息苦しいほど暑いです。

 でも、現場で働いている人達は、もっと辛いですから。
 車で外出する時、道路工事の交通整理をしている人などを見ると、「大変だなあ」と心から思います。
 だから交通整理の人と出会った時には、「お疲れ様、お体を大切に」という気持ちを込めて頭を下げています。

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夕暮れ時に自転車に乗って

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 私の住んでいる所は、地方の市の一応住宅街です。
 高いビルは周囲にはありませんが、それでも電線やら、近くの家々が空を覆っていて、広い空を撮るには少し離れた場所の公園等まで行かねばなりません。

 面倒ですが、血中コレステロールが高いとかかりつけのお医者様に注意されていますので、これも健康の為と思って自転車で写真を撮りに出掛けています。

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夕暮れ時から元気になります

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 私は元々夜型の人間なのですが、この暑さでますます昼間に行動するのが嫌になってしまいました。
 日が落ちると、本当にホッとします。

 でも近年は異常気象で、夜になってもなかなか気温が下がりません。
 日本を覆う高気圧が強すぎる為、夜になると雲が出て、テレビの気象予報士さんによると「布団を被せたような状態」で気温が下がらないのだそうです。

 いつも、夜になると空を見上げ、夜空を覆う雲を見ては溜息をついています。
 昼間は晴れて強い日差しが降り注ぎ、夜は雲が出てその昼間の熱気を閉じ込める。
 最悪です。
 以前は、夏の夜が大好きだったんですが……。

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本麒麟とアサヒ匠仕込(ビール類をキンキンに冷やす意味)

 新聞の経済面に、「ビールの消費が落ち込む中、新ジャンル酒の売り上げは好調」と書いてあった。
 ビール類の中で、ビールと発泡酒の売り上げは落ちているのに、新ジャンル酒だけは売り上げが伸びているという。
 筆者の印象では新ジャンル酒には不味いものが多く、とてもビールの代わりにはならぬように思えたのだが。
 で、新ジャンル酒の売り上げが伸びている理由を知りたくて、試しによくテレビのCMで流されている本麒麟と、「上質な苦みと飲みごたえ」を売り文句にした限定醸造のアサヒの匠仕込を飲んでみた。

キリン・本麒麟P1130388

 まずは本麒麟から。
 グラスに注ぐと色は濃いが、香りは弱い。少し金属的な臭いもある。
 味も薄めで、まず酸っぱい。そして後から苦味が追いかけてくる感じだ。
 これをキレが良いと言うのかも知れないが、後味も弱い。
 旨味は、程々に感じる。
 同じキリンの本物のビールである一番搾りとは格段の差があるものの、新ジャンル酒の中ではかなり旨味がある方だ。

 麦芽とホップの他に、大麦とコーンと糖類を使っている。
 それだけ糖質副原料を使っている割には、その種のビール類にありがちな金属的な味を感じない(臭いは僅かにある)のは、メーカーの言う長期低温熟成の結果かも。
 酸っぱさは気になるが、苦さも適度で新ジャンル酒としては旨味もあるし、喉越しも良く、新ジャンル酒としては良品だ。
 しかし麦芽とホップだけで造った本物のビールである一番搾りとは、味や香りなどすべての面で格段の差を感じる。
 一番搾りとこの本麒麟の味と香りの差は、間違いなく値段の差以上にある。

 本麒麟を飲むなら、筆者なら飲む量や回数を減らしてでも一番搾りを飲みたい。
 ただ夏のこの時期に、帰宅直後や風呂上がりなどの暑くて喉が渇いている時、ろくに味わうことなく喉越しで一気に飲むなら、これで充分過ぎる。
 度数も6%なので、普通のビール類よりほんの少しだけだが余計に酔える。
 苦味を強めて酸味を消し、僅かな金属臭を消す為にも、これはキンキンに冷やして飲むべき。
 この本麒麟、ぬるくなるにつれて酸味や金属臭が強くなり不味くなる。

アサヒ・匠仕込みP1130842

 次はアサヒの匠仕込だが、これは以前に外で飲む機会があって、その時には「何て不味い、ヒドい酒だ!」と呆れた。
 とにかくイヤ味だけの不味い酒で、グラス一杯すら飲み切ることが出来ずに残してしまった。
 その経験と、本麒麟を飲んだ時の印象から、今度は自宅の冷蔵庫の最も冷えやすい場所に置いて、意図してキンキンに冷やしてみた。

 するとなかなかどうして、あのヒドく不味かったのが嘘のように普通に飲めてしまった。
 香りこそ弱いものの、香りそのものは悪くない。
 よく冷やすと前に飲んだ時に感じた酸っぱさとイヤな味は見事に消え、程良い苦味のみ感じて喉越し良く気持ち良く飲めた。
 ただ後味にあまり上質でない苦みと酸味が残って、その点は今一つだった。

 以前にこれを飲んだ時には、コーンやスターチなど糖質副原料を使ったビール類に特有の酸っぱさとイヤみを強く感じた。
 しかし意図してキンキンに冷やしたところ、香りは弱いものの、味にも香りにもイヤみ無く、程良い苦さのみ感じて、じっくり味わうこと無く喉越しで一気にゴクゴク飲むなら美味しく飲めた。
 で、あえて少し残してぬるくして飲んでみたところ、酸っぱい嫌な臭いはするし、味も酸っぱくイヤみを強く感じて激マズだった。
 これはキンキンに冷やして喉越しで飲んでこその新ジャンル酒で、少しでもぬるくなるだけでも、それどころか冷蔵庫内での置く場所を間違えただけでも不味くなる。
 じっくり、ゆっくり味わって飲もうものなら、それこそ激マズだ。

 で、匠仕込を飲んだ経験から、本麒麟も冷蔵庫で最も冷える場所に置き、キンキンに冷やしてもう一度飲んでみた。
 すると僅かに感じた金属臭も消え、程良く苦く変な酸味も感じること無く喉越しで気持ち良く飲めた。
 しかしぬるくなると、匠仕込と同じでやはり激マズだった。

 筆者はビールはゆっくりじっくり味わって飲みたい人間で、冷やし過ぎると香りと甘味や味の深みを殺して苦さだけを突出させてしまうから、日本人がビール類をキンキンに冷やしたがることに疑問を持ってきた。
 麦芽の使用率が高い、香り高い本物のビールは、キンキンに冷やすと味と香りが痩せ、11~13℃程度の、ひんやりする程度に冷やした方がむしろ美味しい。
 筆者はそういうビールを好んで飲んできたから、冷蔵庫のどこで冷やしておくか、今まで全くこだわらずにいた。
 しかし糖質副原料をいろいろ使った“ビールもどき”に関しては、キンキンに冷やさないと不味いのだと理解した。
 キンキンに冷やすことで変な酸っぱさや、金属的な味や臭いが消え、程良い苦味だけを感じ、喉越しで気持ち良く飲み干すことができる。
 但し一気に飲み干せなかった分が残ってぬるくなると、イヤみや変な味と臭いが出てきて不味くなる。
 新ジャンル酒ではないが、アサヒのスーパードライが「最初の一杯は美味いが、二杯、三杯と飲むにつれて不味くなる」と言われるのは、そういうわけだろう。

 糖質副原料をいろいろ使ったビール類は、キンキンに冷やしたものを冷たいうちに一気に飲み干してこそ美味く、飲み残してぬるくなると不味くなる。
 そのことを、今回よく理解できた。
 キンキンに冷やし、暑さをしのぎ喉の渇きを癒す為に喉越しで一気に飲み干すなら、新ジャンル酒もそう悪くない。
 と言うより、それなりのお値段の、麦芽の使用率が高い(99%以上)のビールをキンキンに冷やしてその味と香りを殺し、喉越しで一気飲みしてしまっては、あまりにも勿体なさ過ぎる。
 暑く喉が渇いた時には、キンキンに冷やした新ジャンル酒を。
 ゆっくり、じっくり味わって飲みたい時には、糖質副原料を使わぬ良いビールを、程々に冷やして。
 このような飲み分けが、ビール類には必要だろう。

 これまで筆者は、「新ジャンル酒には不味いものが多い」と思ってきたが。
 キンキンに冷やせばイヤな味と臭いが薄まり、暑くて喉が渇いている時に限れば案外飲めるものだと今回学習した。
 糖質副原料をあれこれ使ったビール類は、少しでもぬるいと暑くて喉が渇いている時でも不味く、「冷たい水の方がずっとマシ!」と思ってしまうから、そこは要注意だ。

 糖質副原料を多く使ったビール類を飲んで、筆者は初めて「ビールはキンキンに冷やさないと」と言う人の気持ちを理解した。
 そして「ビールはキンキンに冷やすべき」と言う人がどんなビールを飲んでいるかも、よく理解した。

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「サムライを名乗る資格とは?」 ワールドカップの対ポーランド戦について考えてみた。

 予選から始まり、テレビ放送と新聞紙面のかなりの割合を占領し続けたロシアワールドカップも、ようやく終わった。
 優勝が決まり、それより前に日本チームが帰国して何日も経つ今でも、筆者は日本チームの対ポーランド戦での戦いぶりと、日本チームが“サムライ”と呼ばれ、そして自らもそのつもりでいる事に割り切れない思いを抱いている。

 サッカーなどスポーツだけでなく、ビジネスや日頃の生活など人の生き方について広い意味で、法律やルールについてどう考えるか、世の中の人々は二種類に大別できる。
 まず「法律(ルール)に違反してなければ、何をやっても悪くない」と考える人達がいる一方、「法律に触れていなくても、人として倫理的にやってはいけない事がある」という人達もいる。
 そしてこの二種類の人達の、考え方や生き方の差はひどく大きくて、埋めて分かり合うことはまず不可能だ。

 話は、ワールドカップの日本対ポーランド戦に戻る。
 サムライと呼ばれ、自らもそう自認している日本チームは自力で勝ってグループリーグを勝ち抜くのではなく、同グループの他のチームの試合経過を眺めつつ、イエローカードの差で2位になれるよう、ポーランドにそれ以上の失点をせず0対1で負けることを選んだ。
 その為に自チームで“パス回し”をするなど、無気力試合とも言える、正々堂々とはとても言えない戦いぶりを全世界に見せて観客からブーイングを浴びた。
「それでサムライか!」と、世界の各国から言われた。

 しかし日本チームは「それもグループリーグを勝ち抜く作戦」と言い、「ルールには反していないのだから、何も悪くない」と擁護する人達も少なくない。
 日本チームとそれを擁護する人達は、例の「法律(ルール)に違反してなければ、何をやっても悪くない」と考える人達だ。
 ただ「法律に触れていなくても、人として倫理的にやってはいけない事がある」と考える筆者は、正々堂々と全力でガチンコ勝負をしてグループリーグを敗退した方が、ずっと“サムライ”らしいし、散り方も美しかったと思う。
 もちろん全力で戦って自力で予選を勝ち抜いた方が、もっと美しいし気持ちもスッキリする。

 しかし不思議なことに、日本チームのポーランド戦での戦いぶりを批判的に見るのは、筆者を含めてサッカーにあまり詳しくない一般人に多い。
 サッカー経験者や選手など、サッカーとの関わりが深い人ほど「ルールには反していないし、グループリーグを通過するためには仕方のない、当然のこと」と肯定的に見ている。
 どうやらサッカー関係者は、「勝つ為、予選を通過する為には、ルールに触れなければ何をやっても構わない」と考えているようだ。

 ひとつ書いておこう。
 ワールドカップには出るだけで賞金が貰え、勝ち抜けばその賞金の額も上がる。
 グループリーグに出たチームは、予選で敗退しても800万ドル(8億8千万円)貰え、グループリーグを勝ち抜きベスト16に残れば、その額は1200万ドル(13億2千万円)に跳ね上がる。
 ポーランド戦に「うまく負けて」グループリーグ2位の座を掴み、ベスト16に残った日本チームはそれを手にした。
 優勝チームの3800万ドル(41億8千万円)には遠く及ばないものの、それでもかなりの額であることに違いない。
 出場チームにはさらに出場準備金として150万ドルが与えられるから、日本は併せて1350万ドル、約14億8500万円を獲得したわけだ。

 日本チームが得たその金は、どこから出たのか。
 サッカー好きのどこかの大富豪が寄付してくれたわけではなく、わざわざ会場に足を運び金も出して入場した観客や、試合を中継したテレビ局の放送権料から出ているわけだ。
 日本チームはその観客に“サムライ”らしからぬ試合を見せ、そして監督の「作戦通り」に負けてグループ2位の座を手にしてベスト16に残り、1200万ドルの賞金を手にしたわけだ。
 その試合を見せられた観客、特に会場に足を運びお金を払ってあの試合を見せられた者は、「詐欺だ!」と怒りたくもなるだろう。

「グループリーグを勝ち抜くには、方法はあれしか無かった」
 そう日本チームの戦いぶりを擁護する人達がいるが、果たしてそうだろうか。
 0対1で負けていたなら全力で攻め、せめて同点に追いつき勝ち点で差をつけ、実力で2位の座を奪うべきではなかったか。
 たとえ追いつけなかったとしても、全力で攻めて負け、その結果としてイエローカードの差で2位になれたのだとしたら、“サムライ”として胸を張れただろう。
 しかしイエローカードの差を計算し、負けて良いつもりで“パス回し”で時間を稼ぎ、そうしてグループリーグを勝ち残るならぬ“負け残る”のは、どう見ても“サムライ”らしくない。

 サッカーに限らず野球でも、スポーツで日本代表になるチームは、よくサムライを名乗るが。
 日本人というと、外国人は“サムライ”というイメージを持つ。
 そして日本人もその気になり、自分達をサムライの子孫と思い、日本人には武士道が備わっているかのように誤解しているが。
 実は日本人には、サムライとその子孫は意外に少ない。

 明治三年の政府の調査によると、当時の日本国民の人口構成は以下の通りである。

 華族(公家や大名) 0.01%
 士族 3.64%
 卒族(足軽) 2.76%
 神官 0.49%
 僧侶 0.76%
 平民 90.62%
 エタ 1.47%
 非人 0.26%


 おわかりだろうか。
 日本人に“サムライ”など、足軽まで含めても6.4%しか存在しなかったのだ。
 日本人の九割以上が、いわゆる士農工商のうちの農と工と商だったのである。
 ちなみにその平民のうち、農の割合は農を8とすると商と工が1であった。
 つまり日本人のほぼ八割が、元農民だったということだ。
 日本人に“サムライ”を自称できる者など、一握りしか存在しないのが現実である。

 まあ、スポーツ選手は選ばれた特別な人達だから、サムライを自称しても良いだろう。
 だがサムライなら、サムライらしく振る舞うべきではないか。
 生き恥をさらす、という言葉があるが。
 サムライには美しい散り方があり、見苦しく生き残るより全力で戦って死ぬ方が賞賛される。
 パス回しでグループリーグを通過した日本チームは、「恥を世界にさらしてグループリーグを生き残った」とも言えよう。
 もちろんただ散ることが美しいのではなく、全力で戦い、そして勝って自力でグループリーグを通過するのが最善に決まっている。
 しかし西野監督はその最善の道をあえて捨て、試合に負けイエローカードの差でグループリーグを通過する、全力で戦わずに生き恥をさらして実利を得る道をあえて選んだ。
 異論はあろうが、勝つ為に全力で正々堂々と戦うのがサムライで、イエローカードの差を念頭にパス回しをし試合に負けてグループリーグを通過しようする姿勢は、ルール違反ではないが絶対にサムライと呼ぶにふさわしくない。

 日本の誇るサムライの武士道とは、江戸時代に入り太平の世になってから、再び乱世にならぬよう幕府が作った、家臣に絶対服従を押しつけた主君に都合の良い武士の行動規範である。
 だから「君、君たらずとも、臣、臣たれ」、つまり殿が悪くても家来は従えというような、無茶なことも要求された。
 よく「武士は二君に仕えず」とも言うが、それも江戸時代に作られた武士道の道徳で、戦国時代までは家来が駄目な主君を見限って、他のもっと良い主君に仕え直すなど、よくある話で非難もされなかった。

 そもそも武士の主従関係とは、「御恩と奉公」が基本である。
 簡単に言えば、主君が御恩(俸禄や恩賞)を下さるから家来は仕えるのだ。
 だから「ろくに俸禄や恩賞をくれない主君など、家来の方から見限っても構わない」のである。
 それで戦国時代には、有能な武士ほど主君を替えてより高い地位と俸禄を約束する者に仕えたし、それは非難されることでもなかった。
 寝返りなどもよくある話だったし、武士道が出来上がった江戸期の侍たちから見ると、それ以前の、特に戦国期の武士など「何でもアリ」のように好き勝手に振る舞っていた。

 しかしその何でもアリに見える戦国の世の侍でも、ちゃんと道徳や倫理はあった。
 例えば武田家が滅びる時、早いうちに武田を裏切って寝返った木曽義昌や穴山信君はただ許されただけでなく、優遇された。しかしそれ以後、武田が滅びることが明白になってから寝返ろうとした者達は織田信長によりみな殺された。
 この違いが、おわかりだろうか。
 勝敗がまだ明らかでない間に裏切るのは良いが、勝敗が明らかになってから裏切るのは命を惜しむ卑怯者として非難されたのだ。
 勝つ為には裏切りや寝返りなど何でもしたように見える戦国時代のサムライにも、「してはいけない、人から非難される汚い振る舞い」はあったのだ。
 さて、イエローカードの差を考慮し、パス回しをして無気力試合でブーイングを浴びた日本チームのポーランドとの戦いぶりは、やはり「ルール違反ではないから何の問題も無く、グループリーグ2位になる為には当然のこと」なのだろうか、それとも「人から非難される、サムライらしからぬ振る舞い」のどちらだろうか。

 どこかの国の副総理が、「セクハラ罪という罪は無い」と傲然と言い放った。
 確かにセクハラ罪という罪はない。
 例えば職場で男性社員が、若い女性社員の体をイヤらしい目でジロジロ眺め回し、「胸、大きいねぇ。何カップ?」と尋ねたとする。
「女性を見てはいけない」という法律も、「胸のサイズを尋ねてはいけない」という法律もない。
 従って上記の男性社員は、法的に言えば無罪である。
 しかし女性の体をジロジロ眺めて「胸、何カップ?」と尋ねるのは、明らかにセクハラで、社会的に非難されるべき恥ずべき行為だ。
「法律(ルール)に触れてなければ、何をしても良い」と主張するのは、「セクハラ罪という罪は無いから、女性の体をイヤらしい目でジロジロ眺め回して胸のサイズを尋ねても問題ないし、何も悪くない」と言い張るのと同じだ。
「法律やルールに触れてはいないが、人としてしてはならない恥ずべきこと」が、この世の中には間違いなく存在するのだ。
 何故そんな常識もわからず、「法律(ルール)に触れてなければ何をしても構わない」と言い張る馬鹿で厚顔無恥な輩が少なからず存在するのか、筆者には理解できない。

 確かに日本は法治国家だが、「法律に触れなければ何をしても良くて非難されない」というのが法治国家というわけではない。
 ビジネスでも生き方でもスポーツでも、法律(ルール)に触れるかどうかという問題の前に、まず「人としてその行動はどうか?」という大問題がある。
 法律とルールがすべてのように言い張る人達は、「人の道などどうでもよい」と考えているように筆者には見える。

 まあ、「セクハラ罪という罪はない」と、まるでセクハラを助長するようなことを言い放つ政治家が副総理として存在しているようなこの国だから、あのポーランド戦での“日本のサムライたち”の戦い方を「ルールに反してないのだから何も問題ないし、グループリーグを通過する為には当然のこと」と言い張る人が少なからず存在するのも仕方のないことだろう。
 しかしあの戦い方を日本の恥と感じない人が多数いるのは、今の日本人の劣化の現れではないかと筆者は考える。

 結果的にグループリーグを通過した事で西野監督の評価は非常に上がり、監督にはCMのオファーが殺到していると聞くが。
 筆者は少なくとも西野監督はサムライではないし、チームもサムライの名にふさわしくない「ただのオールジャパン」に過ぎないと考える。
 サッカーのファンには熱狂的な、すぐ興奮する人間が多い為、この拙文にも多くの罵詈雑言が寄せられることだろう。
 それを覚悟して、あえて「ポーランド戦の試合ぶりは、サムライのする事ではない」と言いたい。

 サッカーだけでなく野球でもその他のスポーツでも、サムライ・ジャパンと呼ばれ、自らもそう名乗るなら、それにふさわしい行動と試合をすべきだ。
 倫理観もプライドも無く、「ルールに反しないなら何をしても構わない」と考えているのであれば、サムライの看板はぜひ下ろしてほしい。

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