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空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

ニッカの本格芋焼酎『金黒』

 以前、このブログでニッカが造った甲類乙類混和芋焼酎の黒かのか(佳の香)について、「ニッカの恥」とまで酷評した。
 その評価は今も変わらず、昔から「安かろう、まずかろう」のまがいものの安酒を売ってきたサントリーならともかく、技術と良心が売りのニッカが何故このような粗悪品を世に出しているのか、全く理解できずにいる。

 で、「ニッカが焼酎を手がけるなら、社名に恥じぬ本格焼酎を出すべき」と思っていたのだが。
 実際、出していたのだ、ニッカも本格焼酎を。
 その名を、金黒という。
 黒麹仕込みで、鹿児島産の黄金千貫を全量使い、通常より時間をかけ芋とろ火焚き贅沢蒸留をしたというから、つい味に期待をしてしまう。
 それで早速買って飲んでみた。

ニッカ・金黒P1150236

 封を切った途端に豊かな、フルーティーとも言える甘い香りが辺りに広がる。
 いかにも黒麹の本格芋焼酎らしい強い香りだが、決して臭くない。
 その香りの印象で、つい「こいつは“当たり”か」と思ってしまう。

 まず、6:4の比率で水で割ってみる。
 すると黒麹の本格芋焼酎とは思えない、拍子抜けするくらいスッキリした味になる。
 香りはかなり薄まるし、芋の甘さは殆ど無く、薄味ゆえかアルコールの硬さと刺激を感じる。
 そして甘さの代わりに苦味を感じる。
 本格焼酎らしいコクと味わいは「それなり」にあるが、他の黒麹を使った本格芋焼酎より軽い味に思える。
 白麹のスッキリした焼酎を好む人には良いだろうが、黒麹の個性がガツンと来る強い味の本格焼酎を好む者には全く物足りない。
 黒麹の本格芋焼酎だと言うが、水割りではそのコクも甘さも感じられない。

 で、お湯割りにしてみたのだが、割る比率は同じ6:4でも、水割りとお湯割りではまるで別物になる。
 本格芋焼酎らしい甘い香りがしっかりと立ち、味も甘くとろりとしてまろやかになり、水割りで感じた苦味やアルコールのキツさが嘘のように消える。
 この金黒は常温の水割りでは駄目で、温めて初めてメーカーの言うとろりとしたコクを楽しめる。
 メーカーはまた「透き通る後味」とも言うが、本格芋焼酎のコクと味わいを保ちつつ、クセの無さとスッキリ感の方が先に立つ、万人向けの飲みやすい焼酎だ。
 それなりに良い焼酎だとは思うが、「さすがニッカの製品だ!」と褒めるほどのものではない。

 といったところで、金黒の評価を終えようと思ったのだが。
 この金黒、香りはとても良いのだ。
 昔の本格焼酎、特に芋焼酎と言うと「臭い酒」というイメージがあったが、この金黒、香り高く甘やかで、匂いに嫌なところが全く無いのだ。
 その素晴らしい香りにひかれて、試しに割らずに常温ストレートで飲んでみた。
 美味い!
 これがただ香り高いだけでなく、度数25%のまま飲んだのに甘くまろやかで、しかもコクもあれば味に深みもある。
 割った時の方がただ味も香りも薄いだけでなく、アルコールの刺激も強く感じるから不思議だ。
 ただ常温ストレートの金黒は、味の主体は甘さだが、ビターさも僅かに感じる。
 度数25%のまま飲んだせいか、後味は僅かにピリッとドライ。
 だがグイグイ飲まず、ゆっくり味わって飲めばキツさを感じず、気持ち良く美味しくとても飲める。

 さらにこの金黒を、ストレートのまま燗をつけて飲んでみた。
 するとさらに甘く豊かな味になり、まろやかでかつコクも味も深くなる。
 ストレートでも常温で飲むよりさらに甘くなり、苦味もアルコールの刺激も無くなる。
 後味もより甘くなり、常温で飲んだ時に感じたドライさは消える。

 結論だが、この金黒、ストレートで燗をつけて飲むべき本格芋焼酎だ。
 割ると物足りなくなり、ストレートで飲んでこそ美味しいなど、「さすがはウイスキー会社の本格焼酎だ」と言いたくなる。
 筆者の個人的な好みでは、ストレートの燗>お湯割り≧ストレートの常温の順に美味しい。
 常温の水割りは、断言するが美味しくなく、飲むに値しない。

 最も一般的な飲み方であるお湯割りは、甘く飲みやすくスッキリしているが、ストレートで燗をつけたものより甘さも香りもコクも弱まる。
 常温のストレートは、お湯割りより甘く香り高いが、ややビターだ。
 個人的にはストレートの燗が一番香り高く甘くコクがあり味わい深く、美味いと思う。
 しかしスッキリした味を好む方や、酒はゴクゴク飲みたい方には、お湯割りを勧めたい。
 ただの水割りは香りも甘さも無く薄味で、しかも苦味とアルコールの刺激を感じさせ、そのまま常温ストレートで飲むよりずっと不味いので要注意だ。

 このニッカが造った本格芋焼酎、割るか割らないか、常温か燗をつけるかで味と香りとコクが激変するから要注意だ。
 だが個人的には、割らずにただ燗をつけて飲んで、「香り高く甘くまろやかで、コクもあり味わい深い、飲みごたえのある良い焼酎だ」と思う。
 焼酎に飲みごたえを求めず、甘くスッキリした味を好む方はこの金黒、是非お湯割りでどうぞ。

ニッカ金黒・価格P1130589

ニッカかのか価格P1130590

 それにしても。
 筆者はこの鹿児島産の黄金千貫を全量使用し芋とろ火焚き贅沢蒸留で造った本格芋焼酎の金黒を、あるホームセンターのお酒コーナーで797円で買ったのだが。
 そこのお酒コーナーでは、同じニッカ製造の、例の「廃糖蜜から作った甲類焼酎と称するアルコールに、本格焼酎を2~3割垂らしただけ」の佳の香を、何と747円で売っていた
 もちろん容量は、どちらも同じ900mlである。
 まともな美味しい本格焼酎を売り値797円で造れるのに、それに近い値段で「廃糖蜜から作ったアルコールに、本格焼酎をちょこっと垂らしただけ」のまがい物を売り続けているとは。
 親会社のアサヒビールが作らせているのかも知れないが、佳の香のようなまがい物を作り続けている現実を天国の竹鶴政孝氏が見たら、きっと泣くだろうと言いたい。
 だがアサヒが佳の香などをニッカに作らせてるのは、そんなインチキ焼酎が売れているという現実があるからだ。
 佳の香などを作らせて売っているアサヒも気に食わないが、最も悪いのはそんなまがい物を平気で買っている消費者であろうと、筆者は思う。
 生産者には「良いものを作るぞ!」というプライドを持って欲しいが、消費者にも良い商品を見抜く目が必要だと、心から思う。

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トランプのゴラン高原に関する発言に注目せよ!(アメリカが同盟国として信頼できない理由)

 この21日に、トランプ大統領はイスラエルが不法に占領し続けているシリアのゴラン高原について、「イスラエルの主権を、米国が全面的に認める」と発言した。
 このニュースに目を留めた日本人は、ごく少数だろうが。
 しかし筆者は、「トランプは無知で狂ったエゴイストだ」と再確認した。

 イスラエルの首都は、国際的にテルアビブと認められているが。
 それについてもトランプは異を唱え、紛争の地であるエルサレムに米国大使館を移した。
 シリアのゴラン高原をイスラエルのものとする発言は、それに続く愚挙で暴挙である。

 どれだけトランプが無知で狂っているかを説明する為に、少し歴史を語ろう。
 ヒトラーとナチスがユダヤ人を差別していることは、第二次大戦以前から世界に知られていた。
 そして迫害を受けた多くのユダヤ人が、彼らの宗教(ユダヤ教)で「神に約束された地」とされているパレスチナに行きたがった。
 彼らは元々パレスチナで生まれ、迫害を受けて故郷に帰りたがったのではない。
 約二千年も前に古代ローマ帝国にパレスチナを追われ、散り散りになって世界各地で代々ずっと暮らしていたのに、ヒトラーの迫害を受けて「そうだ、パレスチナに行こう」と考えたのである。

 しかし当時のパレスチナを支配していたイギリスは、ユダヤ人の受け入れを渋った。
 何故ならユダヤ人が行きたがったパレスチナは無人の地ではなく、そこには既に人が住んでいたからである。
 そしてその多くは、イスラム教徒のパレスチナ人であった。
 そこにヒトラーに迫害された大勢のユダヤ人、宗教も言語も文化も習慣も違うユダヤ教徒が大勢なだれ込んだら、大混乱が起きることは目に見えていた
 また、ナチスにユダヤ人が虐められていた事は皆が知っていたものの、まさか絶滅強制収容所で何百万人も虐殺されているとは、イギリスなどドイツの敵国はおろか、一般のドイツ市民ですら知らなかった。
 だから戦時中、イギリスはパレスチナに迫害を受けたユダヤ人が逃げて来るのを拒んだ。

 そして第二次世界大戦後、ナチスがユダヤ人にどれだけ酷いことをしたかが知れ渡ると、世界の人はショックを受け、世界がユダヤ人に同情的になった。
 さらにユダヤ人には、ユダヤ教を狂信する“シオニスト”という者達がいる。
 そのシオニストは、「ユダヤ人を迫害から守るには、ユダヤ人の国が必要だ。そしてその国は“約束の地”であるパレスチナに作るべきだ」と考えていた。
 そのシオニストの運動と、世界のユダヤ人に対する同情が合わさり、パレスチナやその周辺のイスラム教徒の住人達の反対を押し切って、ユダヤ人の国イスラエルが建国された
 ナチスのユダヤ人迫害を軽く見て、何百万ものユダヤ人を悲惨な死に追いやってしまった“反省”から、欧米諸国は現地のイスラム教徒の声には耳を貸さなかった。
 当時の世界の声は、ほぼ「ユダヤ人は可哀想、国を持たせてあげよう」だった。

 しかし繰り返すが、パレスチナにユダヤ人の国があったのは、古代ローマ帝国の時代である。
 その古代ローマ帝国に滅ぼされた国が、約二千年も経った後でイスラム教徒とアラブ人が多く住む地に国連の“同情”でポコッと出来たわけである。
 揉めないわけがない。
 当然、周囲のアラブ人(イスラム教徒)たちと戦争になった。
 そしてその戦いに、イスラエルは勝った。
 それはユダヤ人が勇敢に戦ったこともあるが、第一の勝因は「アメリカがイスラエルを全面的に援助した」為である。

 アメリカは、元々移民の国である。
 だからアメリカには以前から多くのユダヤ人が住み、中には経済的に成功している者もいた。
 そしてナチスがユダヤ人を迫害すると、さらに多くのユダヤ人がアメリカに移り住んだ。
 ゆえにアメリカではユダヤ人(ユダヤ系アメリカ人)の政治的な発言権が強く、アメリカは一貫してイスラエルびいきである。
 ユダヤ系アメリカ人の支持が無いと、大統領に当選するのも難しいという。

 世界(国連)は「ナチスに虐められたユダヤ人が可哀想だから」と、ユダヤ人の“約束の地”という言い分だけを聞き、住人の大半がイスラム教徒のアラブ人であったパレスチナにユダヤ人の国イスラエルを建国させたが。
 繰り返すが、パレスチナのユダヤ人の国がローマ帝国に滅ぼされてユダヤ民族が“流浪の民”になったのは、二千年も前の話だ。
 もし「ユダヤ人が可哀想だから」とシオニストの“無理”を通してパレスチナの地にイスラエルを建国したように、世界の国々や民族の居住地を二千年前に戻すとしたら、どうなるだろうか。
 アメリカは土地をネイティブ・アメリカンに引き渡し、白人と黒人はヨーロッパとアフリカに帰らねばならないし。
 ヨーロッパも「ゲルマン民族は、東に帰れ」という話になる。
 この日本だって、弥生人をルーツにもつ多くの日本人はアイヌや蝦夷に国土を引き渡し、大陸(朝鮮や中国)に戻らねばならないだろう。
 いくら「ユダヤ人が可哀想だから」と言って、歴史を二千年も巻き戻し、「古代ローマ帝国の時代に滅んだ国を、既に先祖代々その地に住んでいる人達の気持ちを無視して再建しよう」というのは、余りにも無茶で無理な話だったのだ。

 なのにユダヤ人の絶滅を計画し、実際に残酷な方法で何百万ものユダヤ人を虐殺したナチスの行為があまりにショッキングだった為、「ユダヤ人が可哀想」という感情に凝り固まり、「そこにはずっと以前からイスラム教徒が多く住んでいたのだ」という事実を無視する“ユダヤ人びいき”の人が実に多い。
 漫画の神様とも言われる日本のあの手塚治虫ですら、その種の愚か者の一人だ。
 手塚治虫の名著とされる、ナチのユダヤ人迫害の問題をテーマにした『アドルフに告ぐ』など、「ユダヤ人=みな可哀想な善人、ドイツ人とアラブ人=みな悪人」と、実に単純に、馬鹿にもわかりやすいように人間を色分けしてある。
 そしてイスラエル建国の経緯も、「ユダヤ人はアラブ人に一緒に国を作ろうと言ったのに、アラブ人が一方的に戦いを仕掛けてきた」と、実にイスラエル寄りに書かれている。

 平成の初期に、オウム真理教というカルト教団が日本を震撼させた。
 例のサリン事件を起こす前から、オウムは怪しい危険な教団だと、多くの人がわかっていた。
 だがサリン事件を起こす前には、オウム真理教の教団の存在そのものは違法ではなかったし、たとえ貴方の家の隣に教団施設が出来るとしても、誰も止めることはできなかった。
 で、そのカルト教団であるオウム真理教が、サリン事件を起こす数年前に、九州の波野村という小さな村に教団ごと移転しようとした。
 何しろ移り住んでくる予定の信者の数は、地元の村民より多い。
 だから選挙をすれば、村長も信者で、村議の多くも信者になってしまう。
 村がカルト教団に乗っ取られ、“オウム村”になってしまう。
 それで村民はこぞって反対運動を起こしたのだが、日本は自由な民主主義の国で、信教の自由も、居住地を選ぶ自由も認められている。
 だから信者ごとのオウム教団の流入を拒む方法は法的には無く、村はオウムがやって来るのを防ぐのにとても苦慮した。

 話をパレスチナとユダヤ人の問題に戻そう。
 確かに第二次大戦後にパレスチナにやって来たユダヤ人は、現地のイスラム教徒のアラブ人に「一緒に国作りをしよう」と言った。
 しかしやって来たユダヤ人達は、現地のイスラム教徒のアラブ人より遙かに多かった。
 ユダヤ人に対する差別は、何もナチスドイツの専売特許ではない。ボーランドでもロシアでも、ヨーロッパ各地でユダヤ人に対する差別はあった。
 ただナチスのように皆殺しにしようとまではしなかっただけの話で、ユダヤ人に対する差別は世界各地であった。
 だから世界の各地から、新しく建国されようとしている“イスラエル”にユダヤ人が集まってきた。
 新しくやって来たユダヤ人の方がずっと多い状況の中で国作りをすれば、そこは元はイスラム教徒のアラブ人(パレスチナ人)が多数派だったのに、新しい国は「ユダヤ人とユダヤ教優先の国」になるに決まっている。
 信教の自由と居住地の自由を認めている法律を無視してでもオウム教団と信徒の移転を拒まなければ、波野村が間違いなく“オウムの村”になっていたであろうように、国連がイスラエルの建国を認めたせいで、現地に元から住んでいたパレスチナ人は少数派になってしまったのだ。
 だからパレスチナ人は、後から大勢でやってきたユダヤ人と戦わざるを得なかった。
 手塚治虫の言う「ユダヤ人が一緒に国作りをしようと言ったのに、アラブ人が戦いを仕掛けた」という見方は、一見正しいようだが実に一方的で薄っぺらい、底の浅い見方だ。

 で、国連の同情で、文字通り情で理を曲げて建国されたイスラエルは、アメリカの強力な援助で幾度も繰り返された周辺のアラブ諸国との戦いに勝った
 そして戦争に勝つ度に、ガザ地区やゴラン高原やヨルダン川西岸を占拠した。
 国連はそのどれもイスラエルのものと認めていないが、イスラエルは軍事力で勝手に支配を続けている。
 そしてトランプは21日に、国連安全保障理事会がイスラエルに撤退を求め続けているゴラン高原について、「イスラエルの主権を全面的に認める」、つまり占領地をイスラエルの正式な領土と認めると表明した。
 その勝手に占領し続けているゴラン高原の主権をイスラエルに認める理由は、トランプによれば「占領から52年が過ぎているから」だそうだ。

 ちょっと待て。
 だとすると、たとえ不当な戦争でも、戦争に勝って長く占領し続けていれば、その国の領土として主権が認められるということになる。
 ちなみに我が国は、1945年から74年間も北方四島をロシアに、1952年から67年間も竹島を韓国に、軍事力で不法に占拠されているが。
「占領から52年が過ぎているから、占領した国の主権を認めるべき」というトランプの説に従えば、北方四島の主権はロシアに、竹島の主権は韓国に当然あることになる。
 どの国に主権を認めるかは、道理や正義ではなく、占領している長さで決める。
 こんな「軍を送って、占領し続けたものが勝ち」という発想の大統領と同盟を組んでいて、果たして日本は安心安全だろうか。

 安倍首相とその支持者はともかく、少なくとも筆者は甚だ不安である。

 言語に詳しいアメリカの知識人によると、トランプ大統領の英語力は小学校高学年程度だという。
 パレスチナやイスラエル建国の歴史や、現地の宗教や民族の問題の難しさを殆ど何も知らず、ユダヤ系アメリカ人の支持と資金を得る為なら、何でもする。
 こんな低能で無教養な大統領の言うことを安倍首相は何でも聞き、トランプが喜ぶくらいアメリカ製の武器をたくさん買い、さらにトランプをノーベル平和賞に推薦すらする。
 トランプが大統領として君臨しているアメリカ人も不幸だろうが、その“トランプのポチ”としか言えない安倍に長期政権を許している日本もまた不幸で、かつ国民は愚かとしか言えない。
 そう言えば安倍は、首相である己について繰り返し「立法府の長」と豪語した
 立法府の長は国会の議長で、首相は「行政府の長」だと、中学生でも知っている筈だ。
 己の手で何としてでも憲法を変えてやるという執念が、そう言わせているのかも知れないが。
 それにしても、居酒屋でクダを巻いている名もないオッサンならともかく、一国の首相として安倍は頭が悪すぎる。
 小学校高学年程度の語彙しかない大統領に、中学校レベルの知識も無い首相。
 同盟を組むにはお似合いかも知れないが、その政治指導のもとに暮らす国民としては不安が大きすぎる。

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空と雲と太陽

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 私、コレクター気質でカメラを集めている他に、猫を偏愛しているのですよ。
 いや、猫はコレクションしません。
 家族として家に迎え入れるのは、常に一匹です。
 ただその偏愛度が、傍から見ればまともではないようで。
 家にいるときは、猫はたいてい膝の上ですし、寝る時も一緒ですし。
 だから結婚したとしても、それまでずっと一緒に寝ていた猫を布団から出すとか、考えられないのですよ。

 そんな有り様だから、どの彼女とも「あたしと猫と、どっちが大事なの!?」と必ず喧嘩になり、そしてフラれます。

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青空と雲

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 こんなコレクター気質の私でも、恋愛はそれなりに出来ました。
 だって、カメラはただ集めていただけでなく、写真もかなり撮っていましたから。
 そして何か熱中しているものがある男は、若い女性には魅力的に見えるようです。
 少なくとも、初めのうちは。

 けれど「カネの使い方がおかしい」とか、「彼女より趣味を優先しがち」という実態が明らかになると、遠からずフラれてしまうのです。

 私、幾人かの女性とお付き合いしてきましたが。
 フッた事は一度もありません。
 すべてフられてきました。

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空と言うより殆ど雲です

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 考えてみれば、私は幼い頃からコレクター気質でした。
 保育所に通っていた頃から、車のオモチャやミニカーを集めてましたしね。
 そして中学生の頃にはオーディオに凝り、高校生になってから今に至るまでずっとカメラに熱中して……と。

 女性に言わせると、「コレクションしたがる男は、子供っぽい人が多い」そうですが。
 ま、否定はしません。
 心に何か欠けた部分があるから、それを満たすためにモノを集めているのだという説もあります。


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空はどこまでも高く…

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 昨日は、ライカに対する愛を、熱く語ってしまいましたが。
 実は私、ライカよりもフォクトレンダーというメーカーのクラシック・カメラの方が、もっと好きなんです。
 ヴィテッサを2台、ヴィトマチックⅡを1台、ヴィトマチックⅡaを4台、それにウルトロン50mmF2付きのヴィトマチックⅡaとⅢbを1台ずつ、ヴィトーⅡを2台、それにヴィトーBを11台ばかり集めてしまいました。
 ヴィトーBを11台って、まず可愛いし、それにバリエーションが本当にいろいろあるので、全部欲しくなってしまって……。
 頭、おかしいですね、私。
 でもフォクトレンダーのカメラはライカよりずっと安く、値段の桁が本当に一つ違うので助かります。

 こんな重症のコレクターですので、私、車は軽自動車ですし、普段着もユニクロなんです。
 ええ、独身ですとも。

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高い空と雲

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 私もまた、クラシック・カメラの愛好者ですが。
 ライカの泥沼にハマってしまうと、それはもう大変です。
 何しろバリエーションがいろいろあって、例えばフィルムで撮るライカだけでもバルナック型とM型とR型があり、バルナック型にはa型、b型、c型、スタンダード型、Ⅱ型、Ⅲ型、Ⅲa型、Ⅲb型、Ⅰc型、Ⅱc型、Ⅲc型、Ⅲd型、Ⅰf型、Ⅱf型、Ⅲf型、Ⅲg型があります。
 さらにⅢcだけでも、段付きの戦前戦中型、戦後型、シャークスキン・タイプ、さらにⅢfに改造されたものもあります。
 また、Ⅲfもブラックダイアルとレッドダイアル、それにセルフタイマー付きの3種類あるのですよ。

 私が最初に手に入れたライカは、Ⅲcのシャークスキンでライツ社でⅢfに純正改造されたものでした。
 その一台で満足していれば良いものを、「普通のⅢcを欲しい」と思ってしまい、つい買ってしまったところその感触に惚れ込み、「普段、気軽に使えるように」と理屈をつけてもう一台買ってしまいました。
 さらに第二次世界大戦中に造られた、レアな段付きのⅢcも欲しくなり、高い金を出して買ってしまう始末……。
 それに飽き足らず、私が「バルナック型のライカの完成形」と思うⅢfのレッドダイアルを、つい2台ゲットして。
 それでもまだ満足できず、第二次世界大戦より前に造られた、これまたややレアなⅢbも買ってしまいました。

 ライカのタチの悪い所は、いろいろバリエーションがあるだけでなく、資料も多くて、製造番号だけでカメラやレンズがいつ生産されたかもわかってしまうのです。
 だから同じエルマーというレンズでも、戦前のモデルと戦後のモデルの両方が欲しくなってしまって……。
 私がライカで最も好きなレンズは、ズマール5㎝F2というやつなのですが。
 私はその1938年製のズマールをただ手に入れただけでなく、知る人ぞ知る山崎光学さんで再研磨&コーティングしました。
 ハイ、もちろんそれなりのお金がかかりました。
 それで満足せず、今度は1935年製のズマールを手に入れました。
 でも本当は、わけあって1934年製のズマールが欲しくて、探している最中なんです。

 クラシック・カメラに興味を持ち始めた方に、忠告します。
 ライカにだけは、手を出さない方が良いです。
 文字通り、泥沼にハマり込みますから。

 でも愛しいんですよ、ライカ。
 手触りと感触がものすごーく魅惑的で、「これが半世紀以上前に造られて、ずっと動き続けているのだな」と思うと、歴史とロマンを感じまくっちゃうんです。
 私、この泥沼からもう抜け出せないです。

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エビス 薫るルージュ & THE HOP 2018

 先日、酒屋で二本のヱビスの限定醸造品を手に入れた。
 一本は、YEBISU 薫るルージュ
 そしてもう一本は、YEBISU THE HOP 2018
 後者のTHE HOP 2018の方は、その名でわかる通り去年の秋に生産された限定醸造品の、売れ残りの最後の一本である。
 その賞味期限ギリギリの、THE HOP 2018の方から飲んでみる。

サッポロ・エビス・ザホップ2018-P1160054

 上質なホップの素晴らしい、ハーブを思わせる華やかな香りが、プルタブを開けただけで辺りに広がる。
 グラスに注ぐと、香りはさらに素敵だ。
 筆者はビールをグラスに注がず、香りも楽しまず泡も生かさずに缶のプルタブから直に飲む人の気持ちが理解できない。
 筆者はビール類は、それがたとえ新ジャンル酒であろうと必ずグラスで飲む。

 さて、味だが名前は“THE HOP”でも意外に苦くない。
 苦さは程良い程度で、軽やかと言っても良い。
 そして重いと感じさせないのに、コクと飲み応えはちゃんとある。
 口当たりは優しく、麦芽の甘さも感じる。
 実に美味しく飲め、そして余韻にホップの苦さをしっかりと感じる。
 と言っても決して不快な飲みにくい苦さではなく、ハーブを思わせる香り高い、心地良い苦さだ。
 使っているホップが良質な厳選されたものだと、飲んでいてよくわかる。

 このTHE HOP 2018、喉越しでゴクゴク飲んでも爽やかだし、ゆっくりじっくり飲んでも美味しい。
 ただ、喉越しで飲むとより苦さを強く感じ、ゆっくり味わって飲むと軽やかで、かつ甘さや奥の深い複雑な味を感じられる。
 上質なホップによる後味の素晴らしさ、心地良さは格別。
 ホップの良い香りが、口の中に余韻として長く残る。
「ビールは美味しい!」と心から感じさせてくれる逸品で、その売れ残りの最後の一本に出会えて、とても幸せだった。

サッポロ・エビス・薫るルージュP1160196

 続いて、YEBISU薫るルージュを飲んでみる。
 プルタブを開けると、甘く香ばしい芳香が豊かに立ち上る。
 色はルージュと言うより、美しい琥珀色だ。
 だが普通のビールより、確かに少し赤い。

 甘くコクがあり、とても豊かな味だ。
 ホップの効きは優しく、苦いというのではなくハーブ感が豊かだ。
 ゆっくり飲むと甘く優しく深い味で、喉越しでゴクゴク飲むとホップのハーブ感をしっかり感じる。
 飲んでいる時は「苦い」と思わないのだが、余韻として上質な苦味がしっかり残る。
 香り高く味わい深く、そして心地良い余韻が長く残り、とても美味しい、素晴らしいビールだ。
 だが香りも味も強く、そして甘さもある為、食べ物を流し込むように飲むには向かない。
 これはビール単体で、じっくり、ゆっくり味わって飲むべきビールだ。

 それにしても、香り高く味わい深く余韻も長く、とても素敵な良いビールだ。
 メーカーは「グラスに注いで、薫りや色を楽しみながら、特別なひと時をお楽しみ下さい」と言うが、確かにその通りの、とても幸せなひと時を過ごさせてくれる素晴らしいビールだ。

 この薫るルージュもTHE HOP 2018も、どちらも甲乙つけがたいヱビスの逸品だが。
 THE HOP 2018の方はほぼ売り切れてしまっていると思うので、まずは薫るルージュをお楽しみ下さい。
 そしてもし、どこかのお客があまり来ないような酒屋で、THE HOP 2018が残っているのを見つけたら、迷わず買ってみてほしい。

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NHKは「視聴者はバカ」と舐めている

 筆者の職場には休憩室があって、そこは主に昼食をとるのに使われている。
 その休憩室にはテレビがあって、チャンネル権は部署で最も地位の高い上司が握っている。
 昼休みにそのテレビで何を見るかで、その上司の人としての“質”がほぼわかる。
 まずNHKのニュースから見る上司は、たいてい教養もあるし人としても“当たり”で。
 一方、躊躇わず民放の、お笑い系のバラエティ番組にチャンネルを合わせる上司は、まず尊敬できない、人としてもクズな奴ばかりだった。
 だから筆者は、職場に新しい上司が来た時には、昼のテレビで何を見るかを注目している。

 ところが、だ。
 近年ではこの、「NHKのまともな番組を見る上司は当たりで、民放のバラエティ番組が好きな上司はカス」という筆者の“尺度”が通用しにくくなっている。
 それは近年のNHKが悪い意味で急速に“民放化”していて、まとも情報番組や報道番組にまで芸人を使い、無理に笑いを盛り込もうとしてバラエティ化させているからだ。
 端的に言えば、NHKの番組の低IQ化が近年急速に進んでいる。
 テレビを見ていて、「NHKは、テレビを見る人は知的好奇心が無く集中力も持続しない馬鹿ばかりと思っているのではないか」と、近年とても感じる。

 例えば昼のニュースの後の、『昼ブラ』から『旬感ゴトーチ!』への変化を見てみよう。
 以前の『昼ブラ』は、日本各地の見どころをアナウンサーとリポーターが紹介して歩く形式で、これは落ち着いて見ることができた。
 番組の制作者は“盛り上げ”のつもりの馬鹿騒ぎではなく、内容の面白さで見せてくれていた。

 ところが数年前から、その『昼ブラ』にワイプ、いわゆる“窓”が採用されるようになった。
 で、リポーターがカメラに向かい「見てくださーい!」と叫び、“窓”のゲストが「うわー、すごーいっ!!」とかオーバーリアクションで大袈裟に騒ぐパターンになった。
 それと同時に、リポーターに芸人が多く使われるようになり、笑えぬボケやツッコミを聞かされ、馬鹿げたおふざけを見せられることが増えた。
 まるで民放の、騒々しいバラエティと同じだ。
 そう感じて呆れていたら、『昼ブラ』は『旬感ゴトーチ!』に改編され、中身がもっと低劣になった。

 まず芸人のリポーターと窓のゲストだけでも騒々しかったのに、それにさらに“ゴトーチ・ハンター”なる、取材した場所の、殆ど素人に近い人まで番組に加える始末だ。
 しかもその、ゴトーチ・ハンターの登場させ方が酷い。
 リポーターと窓のゲストの会話を断ち切って、まだ話が続いている最中に、「ピポピポピポッ!、ピポピポピポッ!!」と緊急臨時ニュースのチャイムより騒々しい、神経を逆撫でするチャイムを鳴らして割り込んでくるのだ。
 そして話の流れをぶった切って登場するゴトーチ・ハンターと言えば、たいていが現地の素人さんだ。
 その“素人さん”が、おそらく生まれて初めて全国放送のテレビカメラの前に立つわけだから、アガって舞い上がっているのが丸わかりだ。
 だから元々素人の喋りが余計につたなくたどたどしくなり、現場の説明や紹介がものすごく下手で、見ていて心から苛々させられる。

 また、以前の『昼ブラ』は番組の流れがゆったりしていて、現地の興味深いものをじっくり見せてくれていた。
 だが『旬感ゴトーチ!』は、どこに取材に行こうが僅か23分の番組を「見る」と「感じる」と「食べる」の三つのテーマに分けている。
 繰り返すがたった23分の番組内で、どこへ行こうが「名所を見て、何かを体験して、名物を食べる」のだ。
 さらにそこにリポーターと窓のゲストの騒がしい会話や下らないお笑いと、けたたましいチャイムで割り込むゴトーチ・ハンターなる素人さんのつたない喋りが加わる。
 何もじっくり見せず、現地の面白さはろくに伝えずに、ただ馬鹿騒ぎをしながら駆け足で通り過ぎて行くだけだ。
 これで番組制作者は「前より賑やかで盛りだくさんになった」と自己満足しているのだろうから、本当に呆れる。

 例えば『昼ブラ』の劣化の始まりとも言える、あの“窓”だ。
 テレビ局の関係者に言わせれば、視聴者は窓をみると「安心する」のだそうだ。
 窓の中の人が驚いたり笑ったりするシーンが自分と同じだと、視聴者は「ああ、自分の感覚はおかしくないんだ」と思えるらしい。
 つまり番組に“窓”を取り入れているテレビの制作者は、「視聴者は“笑うポイントや驚くポイントすら自分で決められないバカ”と思っている」ということだ。
 ふざけるなよ、テレビ制作者!
 少なくとも筆者は、番組のどこでどう感じるかくらい、自分で決めたい
「ここで笑え、ここで驚け」などと、テレビに押しつけられたくなどない

 近年のNHKは、お笑い芸人を『旬感ゴトーチ!』だけでなく多くの番組に起用している。
 お笑い番組やバラエティ番組に芸人を使うのは、全くかまわないと筆者も思う。
 しかし近年のNHKは、何も笑わせる必要のない、内容の面白さで見せるべき情報番組や、酷い時にはNHKスペシャルのような報道番組や教養番組にもお笑い芸人を使い、ふざけさせて無理に笑わせようとしている
「視聴者はバカで飽きっぽく、内容を盛り沢山にして時々笑わせないと間が持たない」
 NHKは視聴者をそう見ているに違いない
と、近年の番組を見ていてとても強く感じる。

 もちろん民放もNHK以上に、視聴者をナメた、IQの低い人向けのバカバカしい番組を数多く放送している。
 だが民放はどれだけ下らなくても良いのだ、無料だから。
 嫌ならば見なければ良いだけの話で、だから筆者は民放でどれだけ窓と芸人を多用した阿呆らしい番組をやっていても気にしないし、時々放送される中身のある情報番組や報道番組は、ありがたく視聴させて貰っている。
 しかしNHKは、有料だろうが!

 先日、最高裁で「ワンセグでも受信できれば、視聴料を払わねばならない」という判決が下された。
 たとえ家にテレビすら無くても、ワンセグが受信可能なカーナビやスマホがあれば、高い視聴料をNHKに払わねばならぬということだ。
 そこまでして視聴料を取り立てているにもかかわらず、「どうせどのシーンでどう感じるべきかもわからず、お笑いがなければ番組を見続けられない、意識も低ければ集中力も無いバカばかり」と視聴者を見下しているNHKの番組制作者の姿勢が、筆者は心から腹立たしいし、許せない気持ちでいる。

 ちなみに『昼ブラ』から『旬感ゴトーチ!』への変化を「番組の著しい劣化」と見る筆者は、『チコちゃんに叱られる』も嫌いで見ていない。
 筆者はマゾではないので、五歳児という設定のクソガキに罵倒されるのは不愉快でしかなく、「ボーッと生きてんじゃねーよ!」などと口汚く罵られて何が楽しいのか、全く理解できない。
「ただ素直に“なるほどそうだったのか!”と思わせてくれば、それだけで充分面白いのに」と、心から思う。
 NスペやETV特集や『地球ドラマチック』などを好きでよく見ている筆者は、『旬感ゴトーチ!』や『チコちゃんに叱られる』などの、テレビ制作者が思う「中身より切り口の面白さ」を重視した番組は、見ていて全く楽しくないだけでなく逆に不快だ。

 と言っても、筆者は別に「NHKはお堅い報道番組と教養番組だけにしろ!」と求めたいのではない。
 筆者は『日本の話芸』の落語を録画し繰り返し見て楽しんでいるし、ウッチャンのコント番組も続けて欲しいと思っている。
 笑える楽しい番組と真面目に見るべき番組を、キッチリ分けてほしいだけなのだ。
 情報番組や報道番組にまでお笑い芸人を使い、何が何でもふざけて強引に笑わせようとする、「番組の視聴者はみな飽きっぽくて注意力が持続しないバカ」と見下した近年のテレビ関係者の姿勢が、心から腹立たしい。
 特に高額の視聴料を有無を言わせず巻き上げているNHKの番組劣化は、心から許せなく思う。

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空はキャンバス

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 こんな、青い紙に刷毛で白い絵の具を塗ったような空、私は好きです。

 でも忙しいと、空など見ている暇も無いですよね。
 忙しいの「忙」という字は、心を亡くすという意味だ……と、何かの本で読みましたが。
 仕事が無くなって失職してしまっては困りますけれど。
 心が亡くなるほど忙しいのも辛いですよね。




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