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空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

光る雲

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 今日は平成最後の日ですね。

 でも十連休とか、私には「関係ねえよ!」って感じです。
 仕事とか、平常通りですし。
 そして今日も診療して下さる病院に、悪くしている膝の治療とリハビリに行きます。

 とは言うものの、「今上天皇が退位されてしまう」という事に関しては、感慨が深いです。
 歴史を顧みて、今の天皇ほど素晴らしいお方はおられた例が無いし、今後も今上天皇ほど尊敬に値する方は、まず現れないのではないかと思っております。

 大変申し訳ないし無礼を承知であえて言うのですが、次の天皇陛下に、今上天皇のような言動は期待できないのではないかと思っております。
 さらに言えば、次の皇后は、今の皇后さまとはまるで違う残念な存在になってしまうのではないかと危惧しています。
 これが杞憂であれば、本当に良いのですが……。
 

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昭和の日

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 今日は昭和の日、元は天皇誕生日でした。
 私は大学で歴史を勉強しまして、天皇については「良い所も欠点もある我々と同じ人間」で、「尊敬できるかどうかは、その陛下のお人柄による」と思っております。
 ですから私には、「嫌いな天皇」が何人もいます。
 孝謙・称徳天皇とか、後醍醐天皇とか、後白河法皇とか。
 信仰は個人の勝手ですが、神話を史実と思い込み、天皇を「神の子孫でみな素晴らしい方々」とか信じている人を見ると、口には出しませんが「頭がおかしいのではないか」と思ってしまいます。

 そんな私ですが、昭和天皇は「なかなか立派な方だったのではないか」と思っております。
 戦争の時代の件に関しては、少し不満がないではありません。
 しかし天皇は絶対の戦前に、ただの君主でなく“現人神”として育てられた方としては、立派過ぎるほど立派なのではないかと思っています。
 最後まで君主であられて、我ら下々の者の間に入って下さることは無かったけれど、何しろお育ちが“神様”ですから。
 天皇制には懐疑的で、君が代も歌いたくない私ですが、昭和天皇は良い君主であられたと評価しています。


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四季 八鶴 純米大吟醸

 日本の都道府県の中では、筆者はまず青森県が好きである。
 人にもし生まれ変わりや前世があるならば、「自分は前世、青森県に生きていたのではないか」と思うほどである。
 第二の故郷、と思うほど筆者は青森県に愛着がある。

 だからしめ鯖も八戸産があれば必ず買うし、酒も青森県の日本酒が好きでよく飲む。
 近所に腕利きの酒のバイヤーがいるスーパーがあって、そこではニッカのピュアモルト余市や宮城峡の他に、青森県上北郡百石町の純米ねぶたが置いてあって、そこにいつも置いてある純米ねぶたは筆者の定番の晩酌酒だった。
 その純米ねぶたは、筆者を初めて「日本酒って、美味しいんだな!」と感嘆させた、個人的に思い出深い酒である。
 残念ながら、そのスーパーは創業者が亡くなって代替わりした数年後に倒産してしまった。

 で、最近は青森県の酒をなかなか飲めずにいたところ、市内の別の酒屋で久し振りに青森県の日本酒を見つけた。
 四季八鶴
 それも純米大吟醸である!
 造っているのは、八戸市の八戸酒類株式会社である。
 躊躇わずに買った。

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 キャップを開けると、梨に似た、とてもフルーティーな香りが漂う。
 筆者はそれに魅せられて陶然としたが、「酒は何かを食べながら飲むもの」と考えている、吟醸酒が嫌いな人は苦手かも知れない。
 筆者は「酒は食事を流し込むようにガブガブ」でなく、ワインのように味わって飲む酒類の酒飲みなので、こうした香り高い酒は大歓迎だ。

 飲むと透明な、澄み切った味だ。
 安いカップ酒や紙パックの酒のような味の濁りが、全く感じない。
 優しく甘く、そして心地良い辛さもあり、最後に程々の渋味が味を引き締めている。
 さすがは純米大吟醸酒だ。

 近年では、大メーカーからアル添、醸造用アルコールで薄めた大吟醸酒が、比較的手頃な価格でよく売られているが、香りも味の深さも段違いだ。
 よくある淡麗辛口ではない、甘辛両方の味わいがある“旨口”だ。
 ただ、水のようなサラサラ、スッキリした日本酒が好きな方には、アル添の大吟醸酒の方が好みに合うかも知れない。

 しかしこの八鶴の純米大吟醸が青森県産として誇るに充分値する、八戸酒類の逸品であることには間違い無い。
 味がしっかりしていてコクがある上に、透明感に溢れていて味に一点の曇りも無く、嫌味が全く無い。
 そして後味も、とても爽やかだ。
 外国人や、ワインが好きで日本人のくせに日本酒を馬鹿にする人に、これを是非とも飲んで欲しいと思った。
 筆者が青森県びいきだからでなく、公平に見て純粋に「美味い!」と感嘆した、とても良い酒である。


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“令和”は最悪の元号である

 平成が、令和になると決まった。
 安倍首相はそれを己の手柄のように振る舞い、マスコミにしゃしゃり出て支持率を10%も上げた。
 そして業界も、令和への改元商戦を行っている。
 令和という新元号に対する、国民の好感度も高い。
 しかし筆者は、あえて「ちょっと待て!」と言いたい。
「令和が、そんなに良いか?」と、皆に問いたい。
 筆者に言わせれば、六つ考えられた元号の候補のうち、令和は最悪の候補であった。

 なぜ筆者は“令和”を気に入らないか。
 それはズバリ、令の字の意味が良くないからである。
 命令の“令”という字が、「天皇は神」の専制国家だった戦前戦中の日本ならいざ知らず、少なくとも民主主義国家である今の我が国の新元号にふさわしい文字である筈が無い。

 ちなみに漢字源という漢和辞典には、令の字の意味についてこう書かれている。
 ①神のお告げや、君主・役所・上位者のいいつけ。
 ②おきて。お達し。
 ③よい。清らかで美しい。
 ④おさ(長)。
 ⑤遊びごとのきまり。
 ⑥命令する。
 ⑦しむ。せしむ。
 ⑧もし。
〈解字〉
 会意。「△印(おおいの下に集めることを示す)+人のひざまずく姿」で、人々を集めて、神や君主の宣告を伝えるさまをあらわす。清く美しいの意を含む。もと、こうごうしい神のお告げのこと。転じて長上のいいつけのこと

 おわかりだろうか。
 令とは、確かに令和を擁護する一部の学者が言い張るように、「清く美しい」の意味も含んでいる。
 しかし元来は、人が覆いの下に集まってひざまずく姿から作られた文字であり、「人々を集めて神や君主の宣告を伝えるさま」をあらわしていて、神のお告げや長上の言いつけが“令”の字の根本かつ本質である事実は確かだ。
 一部の学者らが言い張る「清く美しい」との意は、その「神のお告げや主君の言いつけ」というところから派生した副次的な意味に過ぎない。

 常識で言おう。
 令和の“令”の字を見て、「ああ、令嬢などの、清く美しいという意味だね」と真っ先に連想した人がどれだけいるだろうか。
 まず命令の令を連想するのが、普通ではないか。

 もう一つ言っておくが、辞書はその意味をランダムに書いているわけではない。
 辞書によって違うが、
 ①使用頻度の高い順
 ②本来の意味
 このどちらかの順で書かれている。
 つまり「本来の意味」か「よく使われている順」で、先に書かれているということだ。
 そして問題の“令”の字は、
 ①神のお告げや、君主・役所・上位者のいいつけ。
 ②おきて。お達し。
 ③よい。清らかで美しい。
 の順で載せられている。
 令の本来の意味は「神のお告げや君主(役所)の言いつけ」で、令和を擁護する一部の学者の言う「清らかで美しい」という意味は、「掟やお達し」よりマイナーで使用頻度も少ない事実は、辞書の順でも一目瞭然だ。

 話は少し逸れるが、皆さんは“悪”や“鬼”が「良い意味でもある」という事実をご存知だろうか。
 嘘だと思われるかも知れないが、事実そうなのだ。

 平安末期に、源義平という武将がいた。
 源義朝の長男で、保元の乱や平治の乱で勇戦した若武者である。
 頼朝や義経の兄にあたる人である。
 この源義平は、別名“悪源太義平”という。
 そしてこれは決して悪者だから付けられた悪名ではなく、何と褒め言葉なのである。

 今度は広辞苑で、という字を調べてみよう。
 ①よくないこと。天災・病気などのような自然的悪、人倫に反する行為などのような道徳的悪の総称。正義・道徳・法律に反すること。
 ②みにくいこと。不快なこと。
 ③おとること。
 ④たけだけしく強いこと。
 ⑤歌舞伎の敵役。

 つまり悪源太義平とは、④の「猛々しく強い源氏の太郎(長男)の義平」という意味の、褒めた呼び名なのだ。
 ちなみに漢字源の悪の欄にも、「たけだけしく強い者」と書かれている。

 の字も、漢字源にはこう書かれている。
 ①死人のおばけ。
 ②地獄で使者を扱う者や死人たち。人力以上の力を持ち、人間を害するもの。
 ③飢餓に苦しむ亡者。
 ④いやな人。ずばぬけているが、いやらしい人。
 ⑤あの世の、死後の世界の、人の住まない異様な所。
 ⑥人間業とは思えない。並外れて優れた。
 ⑦二十八宿の一つ。今の蟹座に含まれる。

 この⑥の意味から派生した言葉として、漢字源では「鬼才」や「鬼工」が紹介されていたが。
 例えば「鬼才の陶芸家」や「世に稀なる鬼工」などと紹介されて、「鬼と呼ぶなど失礼だ!」と怒る人など、まず居ないだろう。
 鬼才も鬼工も鬼とけなしているのでなく、「人間業とは思えない、並外れて優れた才能がある」と褒めているのだと、常識がある人なら誰でも知っている。
 ちなみに池波正太郎の『鬼平犯科帳』で有名な、長谷川平蔵が“鬼平”と呼ばれているのも、間違い無く良い意味だ。

 おわかりだろうか。
 悪や鬼という字にすら、良い意味はあるのだ。
 令和を擁護する一部の学者が「令嬢や令夫人という言葉がある通り、令は良い意味なのだ」と言い張っている現状は、筆者には「鬼才や鬼工という言葉がある通り、鬼は良い意味なのだ」と言っているようにしか見えない。
 もし「神のお告げや役所の言いつけをひざまづいて承って和せよ」という“令和”が良い元号なら、例えば“鬼和”や“悪和”だって良い元号の筈だ。
 命令の“令”の令和は「令嬢などの言葉もあるから良い意味でOK」なのに、鬼和や悪和は鬼や悪に良い意味があっても駄目な正当があるなら、是非とも教えていただきたいものだ。

 常識的に、令という文字を見て普通の人達が連想するのは“命令”だ。
 命令より先に、「清い」だの「美しい」だのを連想する人は、まず稀だ。
 そして平成の時代の前には、昭和の時代が64年も続いた。
 その長かった昭和の時代の記憶がまだあるうちに、また“和”の文字が後に付く元号になるとは。
「神のお告げや君主(役所)の言いつけをひざまずいて承れ」が本来の意味である“令”に付け加えて、64年も使い古した“和”の文字だ。
 筆者はこの“令和”という元号に、まだ平成の時代のうちの今からウンザリしている。

 しかし国民の過半数以上が、この令和という新元号に好感を持ち、歓迎しているという。
 そんなに神のお告げや君主(役所)の言いつけをひざまずいて承りたいか。
 平成のすぐ前に64年間使い続けても、まだそんなに“和”の文字が好きで使いたいか。

 この日本国民の感性には、本当に呆れる。

 まあ、このアベ一強の時代だから、国民はアベ様の命令を皆で和してひざまずいて承りたいのかも知れないが。
 アベ政治も令和という新元号も、少なくとも筆者は大嫌いだし、真っ平御免だ。

 令和を歓迎している国民の多くは、字の意味など考えず、ただ「レイワ」という音の響きが、六つの候補の中で一番気に入っているらしい。
 字の意味を考えず、ただ響きで「良い!」と思ってしまうあたり、漢字より平仮名やカタカナが大好き(ひらがなは優しい、横文字はカッコいい!)で、ものを深くじっくり考えるのが嫌いな今の多くの日本人らしい判断と言えるかも知れない。

 令和という新元号は。
 その内閣が行った政治や業績の中身の具体的な検討もせずに、ただトラウマのように「民主党政権よりマシだから」と、どんなに酷い政治をとろうが安倍内閣をムードとイメージだけで支持する今の日本の大衆にふさわしい、新元号かも知れない。

 少しだけ知的な人は、新元号について「漢籍から離れて万葉集から取った日本らしい元号で……」とか言い出すが。
 そう知ったかぶる前に、その万葉集に書かれた言葉も、実は漢籍から借りた“孫引き”であって、純粋な日本古来のものではないと知っておけ。

 筆者は令和という新元号を、何から何まで、全く気に入らない。
 しかし世の中は、ほぼ歓迎ムードである。
 それでも筆者は、少なくとも“令和”の時代が続く間は極力元号を使わず、西暦を基準にして生きようと思っている。
 筆者は無宗教(と言うより神を信じる行為が嫌い)なので、キリストが生まれた年を起源として作られた西暦も気に入らない。
 しかし安倍官邸も強く推した、「神のお告げや、君主や役所(安倍官邸?)の言いつけをひざまずき、皆で和して承れ」という意の令和よりはまだマシだ。
 筆者はここに、公文書を書くなどやむを得ない場合を除いて“令和”という新元号は極力使わないことを宣言する。

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空の青

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 私、いろいろ失敗ばかりしてきましたし、後悔も多いですけれど。
 それでも好きな事は可能な限りして来ましたし、死ぬのはそれほど怖く無いです。
 どうせ未婚ですし、親とか看取るべき存在を送ったら、後は別にいつ何があっても良いかな……という感覚でいます。

 むしろ死ぬより怖いのが輪廻転生、生まれ変わりです。
「次は先進国の金持ちの、愛ある両親の子供でオネガイシマス」みたいに、リクエストが通るわけでは無いですからねぇ、生まれ変わりって。
 生まれ変わった先が南スーダンとか北朝鮮だったらどうしようかと思うと、死ぬのが、と言うより死んで生まれ変わるのが本当に怖くなってしまいます。
 今、世界は食糧難で、多くの子供たちが飢え、学校にも通えずにいますから。
 それを考えると、死ぬより生まれ変わるのが本気で怖いです。
 日本のような先進国にまた生まれても、子供を虐待する親だっていますしね。

 そんなわけで、貧乏暮らしで病気もしていますが、まだ当分死なずに生きていようと思っています。

「死にたい」とか思っている方!
 怖いですよ、生まれ変わるのは。

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目に沁みる空の青と雲の白

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 私、今は猫が居るから家を空けてどこかに行ったりしませんが。
 猫が居なかったり、あるいは家族がまだ元気で猫の面倒も充分に見てくれていた昔には、いろいろ旅行に出て写真を撮りまくっていました。

 で、津軽に初めて行った時に、とても不思議な感覚に包まれました。
 初めて行った場所なのに、すごく懐かしいんです。
 名所でなく、津軽平野の広い田んぼの中に立つと、ものすごく心が落ち着く。
 何故か「ここが故郷!」って感じました。

 私、瀬戸内の島やら、奥久慈やら、飛騨高山やら、長野各地やら、綺麗な場所にはかなり行きましたが。
 津軽に行った時のような説明できない懐かしさを感じた事は、他のどこでもありませんでした。

 同じ青森県内でも、下北や南部も「綺麗だな」とは思っても懐かしさは感じない。
 同じ津軽でも、青森市や西海岸や津軽半島は別に懐かしくない。
 ただ岩木山を見上げられる津軽平野にだけ、不思議に故郷のような懐かしさを感じるんです。
 本当に何も無い、広い田んぼの中なんですけれどね。

 私、ドイツ兵として戦死するもう一つ前の前世は、津軽で生きていたかも知れないと思っています。
 太宰治の名作で私の愛読書『津軽』に書かれている津軽人の性格に、私も共感する部分がありますし。

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湧き上がるような雲

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 チベットのダライ・ラマとか、前世の記憶を持ったまま生まれて来る人達がいるようです。
 輪廻転生って、本当にあるのでしょうかね?
 実は私は、転生もあり得ると思っています。

 何しろ子供の頃からドイツ大好きで、ドイツの機械に魅せられ、ドイツの機械式のカメラを集めまくっているだけれでなく、思考も日本人よりドイツ人に近いですから。
 実はですね、何度かドイツ兵として東部戦線でロシア軍と戦う、異様にリアルで記憶にも長く残る夢を何度か見ていまして。
 そしてその夢の最もリアルなもので、ロシア軍の捕虜になり、逃げ出そうとして射殺されました。
 もしかしたら、私のすぐ前の前世はロシア戦線で死んだドイツ兵ではないかと思っています。

 私、ナチスもヒトラーも好きではないですが、ドイツ軍には子供の頃から強い親近感を抱いていまして、今もオフの日にはドイツ軍の迷彩服を着ていたりします。
 あと、戦争映画ではいつもひそかにドイツ軍を応援していたりします。

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電線さえなければ良かったのですが

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 でも人生をやり直せるなら、大学入学の時からやり直してみたいです。

 楽しかった……というのも、ありますが。
 東京で一人暮らしをして、大学に通う傍らいろいろなバイトをして、好きな写真を撮りまくって。
 けれど楽しかった気持ち以上に、悔いの方が多いです。
「あの時はこうすれば良かった、ああすれば良かった」という後悔の気持ちが、数限りなくあります。
 と言うより、私の大学時代と二十代の頃は若過ぎてバカ過ぎて、後悔と恥でいっぱいです。

 だから「もし出来るなら、大学入学の頃から生き直したい」と思います。
 けれど生き直すならば、記憶と、今の人としての経験値を引き継いだ状態でなければ、意味は無いです。

 失敗の記憶を引き継がずにただ若い時代に戻っても、どうせまた同じ失敗を繰り返してしまうでしょうから。
 若い頃の私、思い出すだけで赤面してしまうくらい、恥ずかしい馬鹿なヤツでした。

 まあ、今だってロクな人間ではないですけれど、ね(笑)。

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しつこく空と太陽を撮り続ける

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 もし生まれ変われるとしたら、貴方はいつに戻りたいですか?
 私は、子供時代から生き直すのは真っ平御免です。

 だって、思い出してみると小学校生活や中学校生活って、嫌なキツいことが案外多くありましたから。
 少なくとも私の子供時代はあまり楽しくはなく、むしろ苦しい事の方がずっと多かったです。
 生まれてから高校を卒業するまでの子供の頃より、大人になった今の方が毎日がずっと楽しいです。

 貴方は、どうですか?

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コークハイ

 つい先日、コナリミサトさんの『ひとりで飲めるもん!』というコミックスを読んだ。
 主人公は仕事も出来て美人でスタイル抜群のキャリアウーマンで皆から憧れられているが、実はリーズナブルなチェーン店で1人で食事をしながらお酒を飲むことを密かな楽しみとしている、紅河メイさん。
 で、その第7話(7軒目)で、彼女はフライドチキンのチェーン店に行き、フライドチキンとビスケットに、コークハイボールを注文する。
 そしてフライドチキンを豪快にガブリと食べ、コークハイボールをぎゅいっと飲んでフニャリとした顔になり、「なまらうみゃ~」と唸る。
 さらに紅河メイさんは、こうも言う。
ねえ誰!? ウイスキーをコーラで割ろうってひらめいた人!! 天才過ぎない!?

 筆者はウイスキーが大好きで、そして実はコーラは「嫌い」に近い。
 あの甘ったるさと、変な薬くさい苦さの両方が性に合わないのだ。
 だから『ひとりで飲めるもん!』でその主人公がコークハイを飲んで激賞するシーンを見て、思わず首を傾げてしまった。
「コークハイ、そんなに旨いか?」と。

 コークハイ、筆者も飲んだ記憶がある。
 酒を飲み始めた大学生の頃にだけ、何度か。
 その時の印象は、「お酒っぽくなく、とにかく飲みやすい!」だった。
 悪く言えば「酔えるコーラで、子供の飲み物」という感じだ。
 だから「美人で仕事もデキる28歳のキャリアウーマン」という設定の主人公が、コークハイを考え出した人を「天才過ぎる!」とまで激賞することに違和感を抱いてしまった。

 そう言えば、かつてイギリスのある人気ロックスターが、飛行機で移動中にCAにスコッチのセブンアップ割りを注文して話題になったことがあった。
 知る人ぞ知る、セブン&セブンというカクテルと言うか飲み物がありまして。
 カナディアン・ウイスキーのセブンクラウンを、甘い清涼飲料水のセブンアップで割ったもので、だからセブン&セブンと呼ばれる。
 で、せっかくのスコッチを、そのような甘い清涼飲料水で割って飲んだロックスターを、大人達は「だからロック歌手など、味のわからぬ下賤な輩なのだ」と蔑んだ。
 そこまで罵るのはどうかと思うが、せっかくのウイスキーを甘い清涼飲料水で割ってしまうのは、やはり「子供っぽい」という印象がある。
 そしてコークハイも、筆者の印象ではセブン&セブンと同様に、「お酒を飲み慣れない子供の飲み物」といったところだ。
 だから社会人になってからは、一度も飲んだ事がない。

 しかし考えてみれば、矢沢永吉(この人もロックスターだ)も『ウイスキー・コーク』というカッコいい曲を歌っている。
「オレ達の出逢いを見つめていたのは、甘くにがい、ウイスキー・コーク」というやつだ。
 で、昔その曲が好きだった筆者は、「28歳の仕事もデキる美人キャリアウーマン」という設定の主人公が「なまらうみゃ~」と激賞したコークハイに、急に興味が沸いてきた。
 ちなみに『ひとりで飲めるもん!』の主人公の父と母は、それぞれ北海道と名古屋の出身で、だから主人公は酔うと北海道弁と名古屋弁が混ざって出て来てしまうのである。

 が、最近はコークハイの他に、コーラ味の缶チューハイも出されている。
 ベースの酒にホワイトリカーやスピリッツを使ったものと、ちゃんとウイスキーを使ったものとでは、同じ“コーラハイボール”でどう違うのか?
 安価な甲類焼酎でなく、わざわざウイスキーを使う意味があるのか?

 それも知りたくて、まずコーラ味の缶チューハイから飲んでみた。

サントリー・ほろよいコーラサワーP1160263

 サントリーの、ほろよいコーラサワー
 飲んだ第一印象は、まず甘ったるい!
 だが缶に「軽やかで心はずむようなコーラ味をしゅわしゅわした炭酸でさわやかな味に仕上げました」と書いてある通り、薄いのではなく軽やかでサッパリした味だ。
 コーラのどぎつさや薬っぽさが無く、コーラは好きでない筆者にも飲みやすかった。
 筆者には甘ったる過ぎるが、若い人にはウケそうだ。

 アルコール度数は3%(今の新製品は4%)なので、「酒を飲んでいる」という感じは無く、「爽やかなコーラを飲んでいたら、ほろ酔いになっていた」という感じ。
 お酒を飲み慣れていない、あるいは酒に強くないがほろ酔いになりたい人に向いていそう。
 お酒に強い人には、多分もの足りない。

 特に美味しいとは思わないが、缶チューハイとしては悪くない。
 ただ味にも香りにもアルコールを感じさせるものが無いので、お酒に弱い人に「コーラだよ」と嘘をついて飲ませるのは厳禁だ。

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 続いて、コークハイとほぼ同じアルコール度数であろう、度数9%のキリン・ザ・ストロング・ハードコーラを飲んでみた。
 コーラだ!
 まるでコーラと同じ味と香り。
 だが通常のコーラより甘ったるくなく、スッキリ飲みやすく感じた。
 筆者は甘ったるいのは苦手だが、これは飲みやすいし、「美味しい」とすら思えた。
 しかし飲んだ後の印象は、やはり甘過ぎる。

 ただ度数9%(ビールのほぼ倍)だから、サントリーのほろよいコーラサワーはもちろん、ビールよりもかなり酔う。
 清涼飲料水のように飲みやすいので、調子に乗って普通のコーラのようにゴクゴク飲むと、強い人以外は簡単に酔い潰れるだろう。
 しかも飲んでもアルコールのツンとした刺激は感じず、黙って出されたらコーラとしか思えない。
 悪用厳禁の、とても怖い酒だ。

 さて、いよいよコークハイを飲んでみよう。
 ベースのウイスキーに何を使うか、実はとても迷った。
 ストレートで美味しく飲める良いウイスキーをコーラで割るなど、筆者にはとても出来ない。
 しかし凛やトップバリュ・ウイスキーのような、原酒をスピリッツで希釈したような、日本でしか“ウイスキー”として通用しないまがい物では、ホワイトリカーをコーラで割った缶チューハイと味や香りの比較をすることが出来ない。
 で、「最低限モルトとグレーンだけで造られていて、そして甘いコーラで割っても惜しくないもの」といろいろ考えた結果、選んだのがサントリートリス・クラシックだ。

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 そのトリス・クラシックを、コーラで1:3に、やや濃い目に割ってみた。
 香りは、コーラそのものだ。
 ウイスキーの香りも、アルコールの匂いも感じない。
 矢沢永吉の『ウイスキー・コーク』の歌詞の通り、甘くにがい。
 そして想像以上に、とても飲みやすかった。
 アルコールの刺激がコーラの甘さで隠され、ウイスキーの強いアルコールとコクがコーラをピリッとさせ、コクも増している。
 キリンの缶チューハイのハードコーラより甘ったるく、そして苦い。

 350mlの缶ビールが楽に入るグラスで飲んだのだが、コークハイだと言われなければ、ただのコーラと思ってゴクゴク飲んでしまうだろう。
 酒に弱い筆者は、グラス半分ほどゴクゴク飲んだあたりで酔いを自覚した。
 これは危険な酒だ。
 ハイボールは、ウイスキーの味と香りがちゃんとあるから「酒だ!」とわかる。
 そして甲類焼酎やスピリッツで割ったコーラ味の缶チューハイは、微妙にスッキリ薄味になるから「これは何か変だ」と気付くかも知れない。
 だがコークハイはウイスキーのコクや甘さやビターさも加わるので、「薄くなった」とわかりにくい。

 他の甘い炭酸系清涼飲料水と違って、コーラは元々甘くて苦いので、甘さとビターさがあるウイスキーと意外に味が似ている。
 ウイスキーとコーラの相性、案外悪くない。

 ただウイスキーの味と香りは、コーラの味に隠されてしまうので、ストレートで飲める良いウイスキーをコーラで割ってしまうのは、やはりもったいない。
 もったいなさ過ぎる。
 もし筆者の大好きなラガヴーリンやタリスカーなどでコークハイを作られたら、筆者は間違いなくキレる。
 が、ストレートではもちろんハイボールでも美味しくないような安物ウイスキーを捨てずに消費するのに、このコークハイは最適だ。
 ストレートではコクも無くただ辛いだけで不味くて飲むに耐えず、トワイスアップなら薄味ながら何とか甘さとビターさを感じられて、まあ我慢すれば飲めるものの、それ以上薄く水で割ると薄すぎて駄目で、ハイボールでは一応ウイスキーの味と香りはあるものの薄味で、穀物の甘さが無くただビターなだけなので、味わって飲むのではなく食事を流し込むのになら使えそうなレベルのトリス・クラシックが、コークハイの材料としては充分に役に立った。
 トリスはハイボールよりコークハイの方が、間違いなく美味しい。

 そのトリスで作ったコークハイを飲んだ後で、残った同じコーラをそのまま飲んでみたが。
 トリスで割ったコークハイの方が、甘さも苦さもより強く感じ、そのままのコーラの方がスッキリした味に感じられた。
 ウイスキーは、コーラに混ぜるとコーラの甘さと苦さを間違いなくより引き立てる。

 例の『ひとりで飲めるもん!』の作者さんのようにコークハイが「なまらうみゃ~!」ものだとも、ウイスキーをコーラで割ろうと思った人を「天才だ」などとも、とても思えないが。
 しかしウイスキーとコーラの相性は思ったほどは悪くないことと、ストレートでも水割りでもハイボールでも美味しくない安いウイスキーを捨てずに処理するのにコークハイはとても良い方法だとわかったことは収穫であった。
 しかしこれを酒をまだあまり飲み慣れていない若い人やアルコールに強くない人に飲ませるのは、特に「コーラだよ」と偽って飲ませるような悪用は、繰り返すがくれぐれも厳禁である。

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