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空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

空と雲と太陽

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 今週、レンズマニアの私がお勧めしてきた、ズマールやビオターなどのレンズは、女性を撮るのに向いた柔らかい写りのレンズです。
 男性を男らしく撮るならば、やはりニコンですね!
 お勧めはニッコールの50mmF2や105mmF2.5で、そうお高くもないのにカッチリ写ります。
 風景を撮るのにも、ニコンのレンズは良いですね。

 でも「ニコンのレンズは最高!」と盲信して、それで女性を撮るのは考え物です。
 何しろニコンのレンズは硬めでシャープ過ぎるので、女性の肌の荒れとかもしっかり克明に写してしまうのですよ。
 髪も硬めに写りますし。

 ニコンのカメラとレンズで女性を撮っているプロの写真家も少なからずいますが、女性に限らず柔らかで優しい写真を撮りたい方には、レンズマニアの私としてはニコンはお勧めしかねます。

 昔は女の子ばかり追いかけていた私も、今では花や空や風景ばかり撮っています。
 女の子を追いかけていたあの情熱、どこへ行ってしまったのだろうと思うと、つい遠い目になってしまいます。

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空と太陽

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 昨日、「女性を撮るならライカのズマール!」と書きましたが。
 ツァイスのビオター58mmF2、ミノルタのロッコールMC58mmF1.4、ペンタックスのスーパータクマー55mmF1.8(Ⅰ型)も、なかなか良いです。
 ビオターは安いとは言えませんが、国産のロッコールやスーパータクマーならかなり安く買えます。

 ミノルタのロッコールMC58mmF1.4と、ペンタックスのスーパータクマー55mmF1.8(Ⅰ型)、どちらも絞り開放で逆光気味にして女性を撮ると、驚くほど綺麗に撮れます。
 どちらも1960年代の古い物なので、今のデジカメで使うにはマウントアダプター、そしてそれなりの技術が必要になりますが、是非一度試してみて欲しいです。
 特にペンタックスのスーパータクマー55mmF1.8(Ⅰ型)など、ジャンクコーナーに千円するかしないかの値段で転がっていますので、試す価値はあると思います。
 今のレンズには無い、味のある描写を是非楽しんでみて下さい。



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白い雲

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 レンズマニアの私が、今、とっても愛しているレンズは、ドイツのライツ社(現ライカ)のズマール(Summar)5㎝F2です。
 ライカのカメラとレンズは製造番号で作られた年がわかるのですが、それによると私のズマールは、何と1935年製のようです。
 1935年って、ヒトラーとナチスが政権を取って間もない頃ですよ!
 日本で言えば昭和10年、美濃部達吉の天皇機関説に怒った軍部と右翼が、内閣に国体明徴声明を行わせた頃です。
 そんな84年も前のレンズが現役で使えるのだから、ドイツの技術力には驚きです。

 このズマール、今のデジカメに付けて使えるんですよ。
 ミラーレス一眼に、マウントアダプターを介して取り付ければ。
 ピント合わせはマニュアルになりますし、露出もオート機能は制限されますが、コツさえ掴めば充分撮れます。

 それで先日従妹を撮ったところ、「綺麗!」と大好評でした。
 私の腕ではないんです。
 レンズが良いからなんです。

 ズマールは野球で言えばムービングファストボールのような写りで、ピントはちゃんと合っているのにフワリと柔らかくて光が滲んで、今のレンズやパソコンでの画像処理とは違う美しさがあるんですね。
 で、このズマールを使って撮っては、「良い写真をありがとう」と褒められています。
 逆光には弱いしフレアは盛大に出るしとなかなかの“クセ球”ですが、良いですよ~、このズマール。
 写真を女性に褒められたい人には、是非お勧めです。

 ただガラスの材質がとても柔らかくて、「綺麗にしよう」と普通に拭いただけで一発で傷だらけになります。
 それだけにコンディションの良い現存品は少ないので、要注意です。

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屋根の上の空

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 私は大のカメラ好きですが。
 でも本当は、「カメラ好き」である以上に「レンズ好き」なんです。
 処理プロセッサーの影響が強くなったデジカメ時代の今でも、「写真はまずレンズで決まる」と思っています。

 だからケータイやスマホのカメラは、まず使いませんね。
「これはイイ!」と思えるレンズを搭載したカメラでしか、写真は撮りません。

 でも可愛いんですよね、ケータイやスマホのレンズ。
 直径1mmくらいしかなくて、でもコーティングもキッチリしてあって、光を当てるといろんな色に反射して。
 ケータイのカメラのレンズを虫眼鏡で眺めては、「可愛いなあ」とニンマリしている、レンズマニアで変態な私です。

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夕空の飛行機雲

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 ケータイの待ち受け、皆さんはどうなさっていますか?

 私はかつて、若気の至りで女の子の写真などを待ち受け画像にしていました。
 でもそうすると、人にのぞき込まれるんですね、知人だけならともかく、通りすがりの見知らぬ人にまで。
 男性とかだけでなく、オバサンとかにも覗き込まれるんですよ。
 それで待ち受け写真を、猫に替えました。
 そうしたら覗き込まれること、殆ど無くなりましたね。

 とっても気楽です。

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国産の“黒ビール”に思う

 筆者は酒ならウイスキー(特にスコッチ)が最も好きだが、ビールも好きでよく飲む。
 フルーティーなブァイツェン、殆ど苦くないホワイトエール、それとは逆に激苦のインディア・ペールエールなど、糖質副原料をたっぷり使った日本ののど越し最優先のラガー系以外のビールならば、何でも喜んで飲む。
 そんな筆者は、黒ビールも大好きだ。
 特にギネスのエクストラスタウトなど、心から美味いと思う。

 しかしギネスのエクストラスタウトはそう安くないし、置いてある店もそう多くない。
 で、あるスーパーのプライベート・ブランドの新ジャンル酒の黒のあまりの安さ(税込みで85円!)につられてつい買って飲んでしまい、そのあまりの不味さに閉口させられたことがある。
 だがそれは激安のPB製品(ベトナム製)だからで、国産の新ジャンル酒の黒タイプならばそう酷くはなかろうと期待し、サッポロ麦とホップ黒を買って飲んでみた。
 ちなみにサッポロは国内のビール大手メーカーでは筆者が最も好きなメーカーで、麦とホップも一番マシな味と香りの新ジャンル酒と個人的に思っている。

サッポロ・麦とホップ黒P1160505

 麦とホップ黒のプルタブを開け、グラスに注いでみる。
 新ジャンル酒には香りが弱いものが多いが、これはグラスに注ぐと、ローストされた麦芽の香ばしい良い香りが漂う。
 新ジャンル酒の中ではかなり良し!
 良い本物のビールには及ばないが、少なくとも香りは下手なビールに迫る。

 しかし味は、本物の黒ビールに遠く及ばない。
 ローストされた麦芽の香ばしさより、新ジャンル酒らしい独特の酸っぱさを感じてしまう。
 それでも黒ビールの香ばしさも「そこそこ」はあり、麦の甘さも感じる。
 新ジャンル酒の酸っぱさはあるものの、本物のビールの半額ほどという値段を考えれば悪くない。
 例のPB製品の黒タイプよりは、はるかにマシ。
 それでも本物の黒ビールとは別物で、黒ビール好きには全く物足りない味だ。
 ギネスを好きで飲んでいる者が飲めるようなシロモノではない。
 ただ、あまり苦くない上にコクも新ジャンル酒にしては感じるので、コクのある新ジャンル酒を求めている人には良いかも知れない。

 サッポロが好きで、麦とホップも「新ジャンル酒としてはかなり良い」と評価している筆者だが、麦とホップ黒については期待外れだった。
「黒ビールはこんなモノじゃねーよ!」と、心から思った。
 で、新ジャンル酒でなく本物のビールの黒なら、もっと美味しくギネスに迫れるのではないかと期待し、キリン一番搾り〈黒生〉を飲んでみた。
 ちなみに〈黒生〉でない通常の一番搾りは、値段の割に良い味のビールと思っている。
 個人的にはスーパードライなどより百倍も、いや千倍も一番搾りの方が好きだ。

キリン・一番搾り(黒生)P1140898

 で、初めて一番搾り〈黒生〉のプルタブを開けてグラスに注いでみたが、香りはそれほど立たず、地味と言える。
 色はコーラくらいにかなり濃く、泡も茶色だ。

 味はホップの苦味よりローストされた麦芽の苦味を感じるが、ギネスと比べるとその苦味もかなり抑えられている印象だ。
 普通のビールのホッブの苦味を、ローストされた麦芽の苦味に置き換えた感じ……と言えば、おわかりいただけるだろうか。
 だから黒ビールなのに、あまり苦くない。
 そして重くなくスッキリした味で、のど越しでゴクゴク飲めてしまう。
 その分だけ、コクも味の奥行きも感じられない。
 ギネスのエクストラスタウトが好きな筆者には、全く物足りない味だった。
 これはのど越しでゴクゴク飲む日本人の為のビールで、じっくり味わって飲むビールではない。
 肝心のローストされた麦芽の香ばしさや苦味はかなり抑えてあり、ギネスを飲んで黒ビール好きになった者には全くもの足りない。
 しかしその穏やかなローストされた麦芽の香ばしさや苦味が、ビール本来の甘さやコクや味を消してしまっている。
 このような“黒ビールもどき”を飲まされるくらいなら通常の一番搾りの方が余程もマシと、心から思った。
 ギネスを飲んで黒ビールが好きになった人には、日本人向けにアレンジされた国産の“黒ビール”は合わないのではないかと、つくづく思った。
 それでも麦とホップ黒など、黒ビール風の新ジャンル酒よりは、ずっとマシではある。
 飲んでいる時に感じるのはローストされた麦芽の程々の苦味だが、後味に麦の甘さが残る。

 一番搾り〈黒生〉がかなり期待外れで、それで本来の一番搾りが猛烈に飲みたくなった。
「本当の一番搾りは、一番搾り〈黒生〉より遙かに美味い筈」と、痛切に思って。
 それで一番搾り〈黒生〉を飲んだ翌日、早速スーパーで新・一番搾りを買って、その日のうちに飲んでみた。

キリン・新一番搾りP1160747

 プルタブを開けただけで、芳醇なビールの良い香りが広がる。
「これだ、この香りだよ!」と、思わず呟いた。
 グラスに注ぐと、色は澄んだ黄金色で泡は真っ白だ。

 飲むとコクと旨味、そして爽やかなホップの苦味を感じる。
 飲み応えあり!
 それだけにのど越しでゴクゴク飲むには少し重いし、これだけコクと旨味のあるビールを唐揚げなど食べ物を流し込む為にガブガブ飲んだら勿体ない。
 これはスーパードライと対極に位置する、ゆっくり味わって飲んでこそ美味いビールだ。
 のど越しでガブガブ飲みたければ、同じキリンの新ジャンル酒の本麒麟や発泡酒ののどごし〈生〉で充分だ。
 同じ一番搾りの〈黒生〉より遙かに美味しくコクもある。
 一番搾り〈黒生〉は日本人向けに黒ビールらしい個性を抑えマイルドに造られたのかも知れないが、香ばしさも足りず、コクや旨味も少なく中途半端に思えてしまう。

 “新”になった一番搾りも、やはり美味いと思った。
 一番搾り〈黒生〉と飲み比べて、つくづくそう思った。
 もちろん価格差があるだけ、ヱビスやプミアム・モルツの方が、新・一番絞りより個性的で味と香りも強い。
 しかし逆に見れば「新・一番搾りの方がクセが無く飲みやすい」とも言える。
 新・一番搾りも後味に麦芽の甘さがホップの香りと共に残る。
 最高とは言わないが、新・一番搾りは良いビールだと、一番搾り〈黒生〉を飲んで心から思った。
 そして同時に、「黒ビールを飲みたければ、国産品でなくやはりギネスを!」とも思った。

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保守左派が考える財政と福祉の問題

 まず前提として、筆者の政治的な立ち位置を説明しておく。
 端的に言うと、筆者は“保守左派”であるらしい。
 基本的には自由主義者で思想は保守的、右であれ左であれ全体主義は大嫌いで、安倍首相が嫌悪する戦後レジームの時代に育ち、それを謳歌し、今も大切に思っている。
 筆者が“保守”というのは、「戦後の自由で民主主義的で比較的公平な、総中流であった日本の社会を守りたい」という意味であって、「戦前に回帰したい」という意味では全く無い。
 だから新自由主義は大嫌いで、新自由主義者が目指す“小さな政府”にも反対である。

 しかしその新自由主義者と何でも自己責任にしたい風潮に批判的な筆者でも、今、日本の国家財政が破綻に瀕していることは、よくわかっている。
 小さな政府には反対の筆者にも、政府が返済の当ての無い多額の借金をして、それを人気取り(支持率の維持)の為にバラ撒いているように見える。
 だから現政権が押し進めている、教育の無償化の方針などを見ていると、「おいおい、大丈夫か?」と不安になってしまう。

 つい先日、厚生省の諮問機関である中央社会保険医療協議会は、3349万円もの白血病の新薬にも健康保険を適用すると決めた。
 そのキムリアという薬だけでなく、近年は急速な医療の進歩と歩調を合わせて医療費も高騰している。
 人の命はお金に代えられないし、「金持ちは助かるが、貧乏人は現にあるその薬を使えずに死ぬ」ということはあってはならないと思う。
 だからキムリア等の高額な薬に健康保険を適用させること自体には、筆者も大賛成である。
 ただ現在の健康保険の制度では、高額な医療費がかかっても、請求すればかなりの額が返ってくる。

 無論その制度も、所得により差が付けられており、お金のない者と豊かな者とでは返ってくる金額が違う。
 しかしその差は、筆者にはお金持ちにかなり甘いように思える。
 例えば最も所得の高い層でも、自己負担額は〔252,600円+(総医療費-842,000円)×1%〕という計算になり、例の3349万円也のキムリアを使っても、億万長者の大金持ちでも自己負担額は60万円に満たなくなる。
 つまり億万長者の医療費も高くてせいぜい数十万円で、残りの数千万円は「保険料で皆が出す」ということになるのだ。
 おかしい、と思わないだろうか。
 これでは我が国の健康保険制度が破綻してしまう。

 教育費も医療費も「誰でも無料」という方針には、筆者は反対だ。
 何故なら「今の我が国にはそれだけのカネが無い」からだ。
 福祉は絶対に必要だが、払うゆとりのある豊かな者には払って貰わねば、とても国家財政がもたない。
 なのにカネに困っていない豊かな者の教育費も無料にし、医療費の負担もごく僅かにする必要が、何故あるのだろうか。

 保育所等の無償化について、安倍政権はトンチンカンな事をしている。
 保育所が足りずに待機児童が少なからずいる現状で無償化しても、まるで意味が無いではないか。
 それより保育料を払える所得のある者たちからはカネを取り、それで保育所を増やした方がはるかにマシだ。
 この点については、政権が暮らしに困っていない中以上の所得の者に媚びているように思えてしまう。

 高等教育に対する援助は、それとは逆に薄く少なすぎる。
 国が援助しようと言う所得層と金額を見ると、政権は本当に貧しくて生きるのにも苦労している層しか助ける気が無さそうに見える。

 穿って見れば、「保育の問題は多くの親にとって切実な問題だから票になるが、高等教育はそうでもない」と政権が考えているように思えてしまう。
 日本は主に製造業で高度成長を遂げた。
 しかし製造業は、今や発展途上国のものである。
 日本が生き延びるには、科学や医療や知的財産の面で頑張るしかない。
 アメリカはかつて、日本によって製造業を衰退させられた。
 だからアメリカは、コンピューターや医療などに生きる道を求めて成功した。
 しかし日本は製造業にこだわり、新しい産業への構造改革が遅れた。
 これが平成の、失われた三十年だ。
 日本が医療やITなどの分野で成長するには、高等教育が絶対に必要だ。
 子供を大学に進学させる学費をまかなえる豊かな層だけでなく、全国民の子弟の中から優秀な者を見出して高等教育を施さねば、日本の未来は無い。
 それを政府は、真剣に考えるべきだ。
 票と人気を取ることよりも日本の未来を、政権与党には考えてもらいたい。

 破綻の危機に瀕しているのは、年金も同じだ。
 筆者は維新の会もその創始者の橋下氏も好きではないが、その橋下氏が年金の問題について、実に良い賢明なことを言った。
 橋下氏は年金を「ある一定の年齢になったら必ず貰えるもの」ではなく、相互扶助の制度として、あるレベル以上に収入のある高齢者には支給しないようにしたらどうかと提案したのだ。

 大変もっともだと、筆者は思う。
 業績の良い会社の社長や役員、天下りのお役人、株や不動産などで収入のある人、それに多額の歳費を税金から支給されている国会議員などの豊かな暮らしをしている高齢者は、年金など全く不要な筈だ。
 確かに年金は、必ず貰えるのが前提ではあった。
 しかし年金制度の破綻が目の前に迫っていて、制度そのものの改革が必要とされている現状を考えれば、橋下氏の言う「収入の多い高齢者には支給しない」という改革が最も理にかなっているし、多くの人の賛同も得られるのではないだろうか。

 だが政権は、年金の支給開始年齢の引き上げや、年金の額の引き下げを考えている。
 しかしそのどちらの方法をとっても、多くの高齢者が暮らしに困る事になる。
 だがそれなりに収入のあるお年寄りは、年金を貰うのを我慢してもらったところで、何も困らない
 だから橋下氏が言った通り、年金を支給するのは、無収入もしくは低収入の高齢者だけで良いと、筆者は考える。

 痛みを伴わない、もしくは痛みの最も少ない年金制度の改革としてまず考えられるのは、橋下氏の言う、今は払えば誰でも貰えるのが前提の年金を、収入の少ない人だけが貰える相互扶助制度に変える事のみだと、筆者は考える。
 平均かそれ以上の収入を得ている恵まれた老人(会社経営者や天下りの役人や国会議員など)にも、なぜ無収入の老人と同じ年金が必要なのだろうか。

 この「支給するかどうかは、収入に応じて決める」という年金制度の改革は、国会議員がその気になって提案すれば、すぐ実現すると思うのだが。
 しかし国会議員たちは「支給開始年齢の引き上げ」や「支給額の引き下げ」は考えても、橋下氏の言う「相互扶助による収入に応じた支給」は考えたがらない
 それは国会議員たち自身の多くが、年金を受け取っているからではないか。

 筆者はかつて、共産主義の人と論争したことがある。
 その共産主義の人によれば、「皆で力を合わせて物を充分に生産すれば、もっと欲しいという人は居なくなり、皆が幸せになる」のだそうだ。
 そしてそれが、共産主義なのだ……と。
 その共産主義の人は、「コーヒーを一杯飲む場に砂糖が山ほどあれば、皆が必要なだけ取り、必要以上にたくさん取ろうとする欲張りな人はいなくなる」とも言った。
 しかし筆者は、「それは違う」と断言できる。
 自分の必要以上に物を手に入れたがる欲張りは、間違いなくいる。
 何しろ筆者自身が、その一人だからだ。

 筆者は「服はユニクロ、車は軽自動車で平気」、そして「残業代を稼ぐより早く家に帰って趣味に時間を使いたい」という人間で、一見、物欲も金銭欲も少ないように見える。
 だが好きなクラシック・カメラに対する執念は異常で、例えばライカは8台、フォクトレンダーのカメラは21台持っている。
 国産のカメラに至っては、百台以上持っていて、その数すら自分で把握できないでいる。
 もちろん、到底一人で使いこなせていない。
 しかし「カメラはもう充分」とは思っていない。
 欲しいカメラは、まだまだある。
 人の欲は底無し沼のようなもので、充分な量があっても「まだ欲しい!」と思うものだ。

 お金持ちも、それと同じだ。
 お金持ちはお金に鷹揚で、お金にこだわらない……と思うのは、大間違いである。
 いや、逆にお金が好きでお金に執着しているからこそ、お金が溜まるのである。
 お金に鷹揚で、惜しまず他人にも恵んでくれているお金持ちなど、少なくとも筆者は知らない。
 お金持ちほど、実はお金の使い方にシビアだ。

 だから年金の問題でも、「お金持ちには支給しないようにしたらどうか?」と提案すると、お金持ちたちは断固反対する。
ワシの小遣いが無くなる!」と。
 日本の年金制度が危機に瀕していて。
 そして何も生活に困ってないどころか、庶民より明らかに豊かな暮らしをしていても。
 それでも「ワシの小遣い」でしかない年金ですら、手放すのに断固反対するのが、我が日本のお金持ち
なのだ。

 年金は収入が乏しくなった高齢者の為の相互扶助の制度に変え、少なからぬ収入のある高齢者には支給しないという橋下氏の案は、筆者には至極もっともに思えるのだが。
 例えば健康保険だって、病気にならない健康な者は保険料を払うばかりではないか。
 だが「損だ!」と騒ぐ者は、殆どいない。
 いつか自分も病気になるかも知れないし、そして他の皆の為にもなるからと、相互扶助の精神で保険料を払い続けている。
 年金も、それと同じで良いではないか。
 年金を貰うのは収入が暮らしに困るレベルに下がってからでは何故駄目なのか、筆者にはまるで理解ができない。
 健康で殆ど病院に行かぬ者も、不平を言わず健康保険料を払い続けているように。
 高齢でも人並みかそれ以上に稼げている者は、その幸せを噛み締めて年金の受給は辞退すべき
だ。

 繰り返すが、日本の国家財政は危機に瀕している。
 しかし「その人がお金に困るのは自己責任」と福祉を切り捨てるのは人道に反するし、先進国のする事とは言えない。
 だから票と支持率目当ての、人気取りの安易なバラ撒きの福祉は止め、税金はよく考えて使わねばならない。
 保育所の無償化より保育所を増やして待機児童を無くす方が先だし、お金持ちの子供の保育料まで安易に安くするのは愚策だ。
 また、能力のある中所得層以下の家庭の子供の高等教育に対する支援は、もっと手厚くすべきだ。
 健康保険料も、豊かな層にはもっと負担して貰わねば国民皆保険の制度が保たないと、筆者は考える。
 命は大事だが、今の日本は富裕層に高額医療費を返し過ぎだ。
 そして年金も、橋下氏の言う一定以上の収入のある高齢者には支給しない相互扶助の制度にしないと、到底保たない。
 政府の考える「年金受給開始年齢を遅らせる」や「年金額を減らす」などの策では、生活に困る高齢者を増やし、生活保護に追いやるだけだ。
 そこで教育勅語や道徳の親孝行の精神を持ち出して、年金の切り詰めや支給開始年齢の引き上げで生活に困窮した高齢者の経済的な世話や介護を、子供の家庭に押しつけるのは、国家として、為政者として狡い
 国家財政が危機に瀕している今、筆者は福祉そのものは切り捨てずに、その中身を見直して税金はより効果的に使い、負担も所得に応じて柔軟に変えるべきと思うが、皆さんはどうお考えになるだろうか。

 ちなみに筆者は、消費税の引き上げの延期に反対である。
 そもそも消費税の引き上げなしに、借金まみれの今の国家財政が保つ筈がない。
 だから持ち帰りとイートインで税率を変えるとか、キャッシュレスなら還元するとかの姑息な手段を取らず、きっちり一律10%に引き上げるべきだ。
 但しその代わり、生活保護費は引き上げ、低所得者層には減税すべきだ。
 ヨーロッパの福祉が充実している国では、消費税が20%前後の国も珍しくない。
 高福祉高負担は、世界的に当たり前なのだ。
 増税は誰でも嫌だが、低所得者層に充分な配慮をし、税の使い道もよく考え国民に公開した上で増税しなければ、おそらくこの国は保たないだろう。
 選挙での票を欲しさに、安易に教育費をタダにし健康保険制度と年金制度をそのままに放置し、さらに消費税引き上げの再延期などをしたら、日本の国家財政は間違いなく破綻する。

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電線の地中化を望みます

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 私は今週お話ししてきたような猫バカなので、猫が原因でも女性にフラれます。
 ある女性には、「アンタは猫と結婚しな!」との捨て台詞もいただきました。

 でも猫を愛し続けてきた人生、悔いは無いです。
 もし私が死んだら、これまで仲良くしてきて、そして先に逝ってしまった猫達に出迎えてもらってまた会うんだと、今から楽しみにしています。

 ちなみに“視える人”によれば、私には猫の霊が憑いているそうですが。
 全然いやではないです。
 むしろ嬉しいくらいで……。

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輝く太陽

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 私の猫バカ話を、もう一つ。
 彼女が出来れば、時には一緒に旅行とか行くじゃないですか。
 でも私、そんな時も気になってしまうのです、家に残した猫の事が。
 猫の世話については家族にくれぐれも頼んで出掛けるのですが、それでも心配になってしまうのです。

 で、宿に着くなり家に電話をかけて、まず第一声、「猫は? 猫は元気にしてる?」。
 ハイ、もちろん彼女にキレられましたとも。

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夕空

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 傍から見れば、私は猫を文字通り猫可愛がりしているように思えるようです。

 もう虹の橋を渡ってしまった、以前、共に暮らしていた猫は、私が当時の彼女と電話で話し始めると、家のどこにいてもやって来るんですよ。
 そして私を見上げて、可愛い声でニャアって鳴いて。
 私はその猫をヨシヨシと撫でながら電話で話し続けるのですが、彼女にキレられました。
「声が変わった!」と。

 ニャアと猫が鳴く声は電話の向こうにも聞こえますし、すると私の声が、いつも彼女に話す声よりもずっと優しくなるらしいです(自覚ナシ)。
 私はこんな猫バカです。

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