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空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

【リニア建設】愛知県と大村知事の傲慢無礼

 皆さんに想像していただきたい。
 A家、B家、C家、D家、E家、F家、G家と、7軒の家が同じ町内に並んでいるとして。
 そのうちC家からF家までの北側は山になっていたので、それまで道路は7家の南側に通していた。
 ところが主にA家とG家が、「山を切り開いてでも、北側に真っ直ぐで広い道を造ろうじゃないか」と言い出した。
 B家とC家とF家も、それに賛成した。
 そしてE家も、「道を造れば便利になる」と聞いて賛成した。
 肯かなかったのは、D家ただ1軒である。

 D家が賛成できなかったのは、北側の山はD家の敷地に大きく深く張り出していて、しかも切り崩すには高すぎた。
 そして迂回するとなると道が真っ直ぐではなくなるので、「D家の敷地内はトンネルで通す」ということだった。
 つまりD家はその新しく計画している北側の道を使えず、道が出来てもD家だけには全くメリットが無いということだった。

 それだけではない。
 D家は工事予定の北側の山を水源とする井戸水を生活用水と、作っている農作物の生産にも使っていたのだが、建設工事業者は「トンネル工事でその水が減少する」と言う。
 さらに「トンネル工事で掘った土を他に捨てに行くと面倒だしお金もかかるので、D家さんの庭に捨てさせて欲しい」とも。

 D家からすれば、「ふざけるな!」という話だ。
 ただ「D家には何のメリットも無い」というだけならば、「隣近所の人達の為に」と我慢もしよう。
 だが「生きるために必要な、大切な水が涸れるかも知れない」、そして「掘った土はD家の庭に捨てさせろ」、ここまで勝手を言われても「ご近所さんの為だから」と我慢できるとすれば、それはマゾという人達だけだ。

 だからD家は新しい道路の工事の着手を渋り、「水は涸れないよう、元の量がちゃんと出るよう確約して工事方法も説明して欲しい」、そして「庭に土を捨てるにしても、我が家の庭を決して荒らさないようにしてほしい」と求めた。
 当然の要求だと、貴方は思わないだろうか。
 ご近所の皆さんの為の工事を「絶対反対、ヤメロ!」と騒いでいるのではない。
 ただ「迷惑をかけないで欲しい」と、当然の事を求めているだけだ。

 ところがそれにG家がキレた。
 G家の主は「道路造りをわざと邪魔している」、そして「常識はずれだ!」とD家を罵倒した。
 それでD家の奥さんがG家に行き、トンネル工事をすればD家にとって貴重な生活用水にどれだけ影響があるかを書いた書類も持参して、説明をした。
 それに対し、G家の主は書類をろくに読みもせずに「科学的じゃない、科学的な説明をしろ!」と一蹴し、さらに「奥さんじゃ駄目だ、D家の主人が俺ンとこに挨拶に来い」と言い放った。
「ではお話しに行きます」
 D家の主人がそう言うと、G家の主人は「来ても奥さんと同じ話をするんだったら、会わねえからな!」と上から目線で言い放った。

 おわかりだろうか。
 これがリニア建設で揉めている、静岡県と愛知県の問題の本質である。
 そしてD家が静岡県で、傲慢きわまりない無礼なG家の主人とは、愛知県の大村知事である。

 リニア建設で、沿線の都と各県はそれを歓迎している。
 何しろ東京と名古屋を時速五百キロで結ぶ高速鉄道が出来、それが利用できるのだから。
 始発の東京と終点の愛知、そして駅が出来る神奈川、山梨、長野、岐阜も喜んでいる。
 ただ静岡県だけは、事情が違う。
 何しろ静岡県内については「高い南アルプスの横っ腹にトンネルを開けて通す」というのだから。
 リニアの沿線の都と各県のうち、静岡県にだけは駅が無い。
 つまりリニアを通すメリットが、「静岡県には何一つ無い」ということだ。

 それだけではない。
 静岡県の中部地方の各市町は、南アルプスを源流とする大井川の水を飲み水だけでなく、農業用水や工業用水として利用している。
 大井川の水は、静岡県民の命にかかわる水なのだ。
 その水源地を、リニアを通す為に掘削するというのだ。

 リニアの工事をするJRによると、そのトンネル工事の結果、大井川の水の水量は明らかに減るという
「それは困る」と静岡県が言うと、JRは最初、「渇水期の夏だけ、水を戻しマス」と言った。
 それでは駄目だ、水を全て戻せと県が言うと、JRはようやく「わかりました、工事で減った分は全量戻します」と言った。
 だが県が「どのようにして全量戻すのか?」と問うと、JRは明確な回答はせずに「全量戻しますから、とにかく工事を開始させて下さい」と言うのだ。
 悪く受け取れば「工事さえ始めてしまえばこっちのもの」で、工事の結果減った水が戻らなくても「当初の計算と違って上手く行きませんでした、工事のやり直しは出来ません、ゴメンナサイ」とテヘペロで済ますつもりではないかとさえ思える。

 だから静岡県は、工事を始める前に「トンネル掘削工事によって減るとわかっている水源地の水を、全量どう戻すのか?」と聞いているのだ。
 JRはそれに明確な返答が出来ずに、「とにかく全量戻しますから、先に工事を始めさせて下さい」と無理を言っている。
 実際、水源地にトンネル工事の為の大穴を開け、そして減った水を全量戻すのは、素人目にもかなり難しく思われる。
 だから工事後に大井川の水が減っても、「想定外でした、今更どうにもなりません」と事後承諾を強要されそうな気がしてならない。
 その水源の保全に対する安心が得られない限りリニアの工事は認められないのは、自治体とその長として当然のことではないか。

 さらにもう一つ。
 JRはトンネル工事で出た掘削残土を、持ち帰って海の埋め立てなどに使うのではなく、現地、つまり大井川の上流の適当な場所に捨てると言うのだ。
 そこは南アルプスの手つかずの大自然の中であり、貴重な動植物が存在する。
 工事のコスト軽減の為に、掘削残土を現地の貴重な自然の中に捨てる。

 これがJRのやり方であり、リニア建設である。

 静岡県民にメリットは一つもないばかりでなく、「トンネル工事で大井川の水量が減っちゃうかもだけど」だの、「トンネルを掘って出た土は、その場に捨てさせてネ」だのと、酷いデメリットを押しつけてくれている。
 こんなリニアの工事に賛成できる地元の県民がいたら、それは頭がおかしい。
 でなければ、JRから仕事やお金を貰っている業者だけだ。
 だから県民の大半は、リニア建設に反対だ。

「利用者の少ない静岡空港の近くに新幹線の新駅を造らせたくて、その駆け引きにJRに駄々をこねているのだ」などという穿った見方が一部マスコミに流れている。
 しかし少なくとも筆者の知る県民の全員が、大井川の源流を荒らすこと、現地に掘削残土を捨てることに純粋に怒っている。
 新幹線の新駅を造らせたくてリニア建設に反対している人になど、一人も会ったことがない。

 ただ「リニア建設、絶対反対!」と言うのではない。
 トンネル工事で貴重な水源を荒らすな、掘削残土で自然を荒らすなと求めているだけなのだ。
 これは当然の要求ではないか。
 リニア建設で静岡県にメリットは無くても我慢する。
 但しその代わり、デメリットもゼロに近付けてほしいだけ
なのだ。
 それは我が儘なことだろうか。

「我が儘だ!」と怒り狂っているのが、愛知県と大村知事である。
 静岡県は、大井川源流の水量減少の問題も含めて、トンネル工事で自然環境がどんな影響を受けるかを検討した意見書をまとめた。
 大村知事はこれに対し、ろくに読まずに「科学的論拠に基づいてない」と決め付けた。
 それに反論した静岡県知事に対し、大村知事は「自分で直接説明に来い」と言い放ち、さらに「上から目線で極めて非常識」とも言った
 上から目線で極めて常識なのはどちらなのか。
 その大村知事の言葉、そっくりそのまま大村知事に返したい。
 静岡県民の心情など全く理解しない、愛知県の損得しか頭に無い大村知事は、リニアに対する静岡県の態度について「止めたいから止めているとしか受け取れない」とも言った。
 そして「リニアがストップすれば国土交通省の責任になる。(事業が)止まれば安倍政権の失態だ」と、暗に国に静岡県に圧力をかけるよう求めることまでした。

 愛知県の大村知事は静岡県の対応を「常識を逸脱している」とまで言い、「リニアを止めてしまうというのが静岡県民の総意なのか」と疑問を述べた。
 総意とまでは言わないが、六割を越える県民が静岡県知事のリニアに対する姿勢を支持している。
 言い切るが、この静岡県で現状のままリニアの工事をなし崩しで進めたい者は、JR関係者、そして工事でお金を貰える業者だけだ。

 静岡県は、リニア担当の副知事に工事に伴う問題点をまとめた報告書を持たせて愛知県庁を訪問させ、いろいろ説明したのだが、大村知事は記者会見で「ただ単に工事を止めたいから止めるというふうにしか受け止められない」と言い放った。
 そして「静岡県知事が直接説明に来い。副知事の説明で理解しろということか。上から目線だ」とも言うから、静岡県知事は大村知事に面会を申し出た
 すると大村知事は、「従来の説明であれば面会の必要はない」と面会を断ってきた。
 
大村知事が「副知事風情では失礼だ、静岡県知事が直に俺ンとこに会いに来いや!」と言うから、静岡県知事が会いに行くと言えば今度は断る。
 常軌を逸していて上から目線で傲慢無礼なのはどちらかと、大村知事に問いたい。


 愛知県はリニアの開通を見越して名古屋の再開発をしているから、開通が遅れると困るのだろう。
 そしてその関係者から突き上げを受け、静岡県に八つ当たりしまくっているのだろうが。
「静岡県民どもよ、愛知県の為に犠牲になれや」と言いたげな、上から目線で威張った愛知県とその知事の態度は、リニア開通の為にただ犠牲にさせられる静岡県民としては我慢できぬほど腹立たしい。

 実は筆者は、個人的には静岡県の川勝知事は大嫌いだ。
 だから知事選の時には、常に対立候補を支援してきていて、川勝知事に票を入れたことはただの一度も無い。
 それでもこのリニアの問題については、筆者は完全に川勝知事の姿勢を支持する。
「皆が賛成しているのに、オマエだけが反対しているから工事が進まないのだ。四の五の言わずにオマエは隣近所の皆様の為に黙って犠牲になれや」
 居丈高にそう言いたげな愛知県の大村知事の姿勢は非常に不愉快だし、そんな男を知事に選んだ(選挙で大村知事に票を入れた)愛知県民も軽蔑する。

 筆者は疑問に思うのだが、トンネル工事と掘削残土の投棄で貴重な水源と自然を破壊してまで、リニア建設は必要なのだろうか。
 リニアは時速五百キロというのが売りだが、新幹線も速度を上げつつあり、今や時速三百キロを越えている。
 今後も技術革新は進み、新幹線はさらに速くなるだろう。
 リニアも新幹線も、速度や所要時間はさして変わらない。
 将来そうなっても、莫大な費用を投じ貴重な自然を破壊し静岡県民の反対を押し切ってでも「リニア建設は必要だ」と言い切れるだろうか。

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花と雲

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 北国在住でない学生さんは、この夏はちょっとお得ですね。
 だって、9月1日が日曜日だから、夏休みが実質1日延びるわけですよ。

 この1日は、私のように夏休みの宿題を後回しにして溜め込む怠け者には、大助かりですよ!

 その延びた1日を、有効に使って下さいね。

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花と空

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 秋は夏の焼け残り……といのは、太宰治の言葉ですが。
 夏も終わりかけていますが、秋になってもどうせ暑いままなんですよね、どうせ……。

 実は我が家にはエアコンは一台しか無く、それは高齢の母の居室に設置していますので、私はずっと、この夏の暑さを扇風機のみで耐えてきました。

 ……本当に、早く涼しくなって欲しいです。
 寒ければ服を着込めば良いだけですが、暑い時に脱ぐには限界がありますからねぇ。
 暑いからって、裸で過ごせばタイホですしwwww。


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青より紺に近い空

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 昔は、夏の夜が好きでした。
 日が落ちると昼間の熱気がスッと引いて、心地良い夜風が体を撫でるように吹いて。

 けれど今は駄目です、私の住む県では、夏はいつも熱帯夜で寝苦しくて。
 トランプ大統領は「フェイクニュースだ!」と騒いでいますが、地球温暖化は事実だと肌で感じます。

 けれど良いですよ、北国の夏は!
 北国と私の住む中部地方との違いは、北国の夏は今でも夜が快適ということです。
 昼間は暑くても、夜になると涼風が吹いて本当に快適になります。

 熱帯夜は辛いんですよ、毎晩熟睡できなくて。
 夜になれば涼しいというだけでも、北国に住む価値はあるように思えてしまいます。

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鮮やかな黄色

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 私、ローンも含めて「お金を借りる」という事が大嫌いなんです。
 何しろ父親が賭け事好きで、借金ばかりしていたものだから。
 幼い頃にお金の苦労をしているので、借金は絶対にしたくないです。

 でもそのくせ、預貯金は苦手なんですよ。
 多趣味で欲しいものが多すぎるので、手元にあるお金は使いたくなってしまんです。

 持っているお金はすぐ使ってしまう。
 こんな私の性格を知っていた昔の彼女は、呆れ顔でこう言いました。
「結婚したら、貴男には1円もお金を持たせない。でないとあたし、気が狂っちゃう」

 そのせいかどうか、その元彼女とは結婚に至らずに別れることになってしまいました。
 そして今も独身で、趣味にお金を遣える生活を満喫していますwwww。

 ただ私、どれだけ欲しいものがあっても借金だけは絶対にしません。
「手元にあるお金は遣っても、手元にない(自分の物ではない)お金は遣わない」がモットーですので。

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空を見上げる花たち

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 寒くない地方の学生さん達は、夏休みの宿題に追われている頃でしょうか。

 私はですね、学生の頃にはちょうど今頃、「夏休みの宿題を始めようかな」なんて思いかけていました。

 ただ思うだけで実際に宿題に取り組むのは、もっと切羽詰まってから……などということも、よくありましたwwww。

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20 BARRELS カベルネ・ソーヴィニヨン 2015

 ogotchさんから戴いたお酒の第四弾は、チリの赤ワイン、20 BARRELS カベルネ・ソーヴィニヨン 2015である。
 造ったのはコノスルのビシクレタと同じ醸造所で、その中でも良く出来た製品を選別したものらしい。

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 コルクを抜いた途端に、素晴らしい芳香が漂う。
 グラスを回さなくても、その香りの良さが充分にわかる。
 グラスを回すと、香りはよりフルーティーで豊かになる。
 味は重くなく、それでいてベリー系のフルーツの豊かな味を感じる。
 爽やかな酸味とほのかな甘味と、後味をサッパリさせる僅かな渋味のハーモニーは絶妙!
 色もとても美しいルビー色。
 宝石のようなワインだ。
 このワインを口に含んだまま息をすると、胸がスッとする。
 しっかりした味わいがあるのにまろやかで口当たりが良く、優しい中に深い熟成感を堪能できる。

 そのまま飲んでも、とても美味しい。
 しかし上手に食べ合わせる物を選ぶと、さらに美味しくなる。
 筆者はチーズ(ゴルゴンゾーラ)を選んだが、フルーティーさが更に引き立って、信じられないほど美味しかった。
 同じチリのコノスルのビシクレタのカベルネ・ソーヴィニヨンもかなり美味しかったが、この20 BARRELSは格が違うと痛感させられてしまった。
 このワインの充分に熟成されたフルーティーな味と香りの豊かさに、飲んでいて陶然とさせられてしまう。
 うっとりするほど、素晴らしいワインだ。

 正直、筆者は赤ワインはそれほど好きではなかった。
 フランスのシャトーで造られた、3~5千円はする赤ワインも何本か飲んだが、さほど好きにはなれなかった。
 しかしこの20 BARRELSは、それらをはるかに上回る出来だった。
 赤ワインより白ワインの方が好きだと断言できていた筆者を降参させ、「赤ワインは素晴らしく美味しい!」と唸らせた逸品である。

 心地良い香りと奥深い美味しさしかなく、嫌味は全く無い。
 ただ「美味しい、素晴らしい!」と言うしかない。
 フルーツのまろやかな甘味と心地良い酸味、そして後味をサッパリさせる僅かな渋味の調和の素晴らしさを褒めたいという言葉に尽きる。
 フルーティーさとフレッシュさを謳うリーズナブルな価格のワインには葡萄の味と香りをそのまま感じるものが少なくないが、20 BARRELSの奥深い熟成感はそれらとは全くの別物でランクが段違いだ。

 ラベルは裏も含めて全て英語で、語学が不得手な筆者には何が書いてあるのか説明がよくわからなかった。
 しかしこの赤ワインも、あまり冷やし過ぎない方が良い。
 冷たいと渋味を感じ、少しぬるめの適温になると、フルーツの甘味とまろやかさと香りが前に出て来る。

 翌日になると少し香りが控え目になり、少し酸味と渋味が増すが、まろやかで、かつ奥深い味わいの上質なワインである事に変わりはない。
 味と香りの落ち方が少ないのに、驚かされた。
 翌々日は香りこそ弱くなるものの、酸味も渋味も強くならず、まろやかかつフルーティーで充分に美味しい!
 筆者は懇意にしているこだわりの酒店の店主に「ワインは酸化するから三日で飲み切れ、それ以上経ったら煮切りワインとして料理に使え」と教わったが、これを料理などに使ってしまったら勿体ないと心から思った。
 良いワインは酸化にも負けないと痛感させられた。

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猫は死に目を隠さない

 よく、「猫は死ぬ姿を隠す」、あるいは「死期が近くなると死に場所を探す為に家を去る」と信じている人がいるが、それは大間違いである。
 筆者と仲良くしていた野良猫も含め、筆者と心の距離が近かった猫はみな筆者のごく近くで、筆者に看取られながら逝った。
 何十年も猫と共に暮らしてきた筆者の実感から言うと、人と心の距離が近い猫は、死期が近くなると逆により人を頼り、人の側から離れない
 人が側から離れると、むしろ不安がって鳴く。

 筆者が初めて共に暮らした猫は女の子で、そのせいもあってか性格はいわゆる“ツンデレ”だった。
 雑種だったが、猫嫌いの人を除く全ての人に「可愛い!」と褒められる美人さんだったが、人に媚びず、家族の膝に乗ることも嫌がった。
 構うとウザがる。
 しかし放っておくと、すり寄って来る。
 ベタベタ甘えないくせに、気がつくといつの間にか側にいる。
 そんな実に猫らしい猫だった。

 筆者に彼女ができて、電話で話していると、違う部屋に居ても必ず筆者の足元に来て、筆者の顔を見上げて可愛い声で「にゃーおう」と鳴く。
 だから筆者は猫を撫でながら彼女との話を続けるのだが、おかげで彼女にキレられた。
「声が変わった!」と。
 猫の相手をしながら話す筆者は、いつも彼女と話す時より随分と優しい声になっていたらしい。
 それで猫は、その時の彼女にかなり恨まれていた。

 その猫は気は強かったが生まれつき心臓が強くなかったらしく、若い頃からあまり活発ではなかった。
 だからシニア期にさしかかると、階段を登る時にも途中で一休みするようになった。
 そしてある晩、夕食(夜ごはんという言葉を筆者は嫌い)の寿司のうち、大好きな海老をあげると喜んで食べ、食べ終わると猫はリビング兼用の食堂を去り、暗く静かな座敷に向かった。
 一人で静かに寝るのが好きな猫だったから、別に特に気にもしなかった。
 その一時間くらい後、猫は静かにまたリビングに戻って来て、筆者の足元にやって来た。
 そしてすぐに文字通り倒れ、痙攣を始め、慌てて抱き上げ「しっかり、頑張れ、頑張れ!」と励ましたのだが、そのまま筆者の腕の中で逝ってしまった。
 おそらくそのしばらく前から体調が思わしくなく、人の居ない静かな暗い場所で体を休めていたのだろう。
 なのに逝く直前に、苦しい体で筆者の足元まで戻って来たのだ。

 次に家族になった猫は、よく我が家の庭に来ていた野良猫から生まれた、生粋の野良猫だった。
 それだけに人から逃げてばかりで、なつくということは、なかなか懐かなかった。
 だが母猫も居なくなり、そしてその子も酷い猫風邪を引いて弱って、そこを見かねて保護した。
 実はその猫、猫風邪だけでなく猫伝染性白血病も患っていた。
 それで生死の境をさまよっているところを看病し、動物病院にも通って何とか助けた。
 だから筆者にベタベタの、かなりの甘え猫になってしまった。
 定位置は筆者の横か膝の上、という状態である。

 その猫、可愛がって可愛がって育てたのだが。
 白血病が悪化して、四歳を目前にして逝ってしまった。
 その時には常に人の側にいたがり、筆者の姿が見えないとずっと鳴いた。
 だからずっと膝に乗せ、最後は一緒にベッドに寝ながら看取った。

 去年まで一緒に暮らしていた猫も、野良猫の母から生まれた生粋の野良だった。
 最初は人から逃げてばかりだったが、母猫が居なくなり、そして「ここの家の人は猫を虐めない」と納得すると、我が家の軒先でいつも暮らすようになった。
 さらにやがて家の中にも入って来るようになり、外はかなり寒くなってきた晩秋のある日から、我が家に住み着いてしまった。
 この猫も「定位置は筆者の膝の上で、寝る時も同じベッド」というベタベタの甘え猫だった。
 この子は18年近く生きてくれたが、伝染性腹膜炎という致死率99%以上の難病で、四ヶ月以上の闘病の末に逝ってしまった。
 この子も常に筆者の側に居たがって、そして筆者の膝の上で看取ってあげることができた。

 この我が家の代々の猫たちは、死に目を隠すのではなく、筆者に看取られて逝くことを望んだ。
「それは室内飼いの猫だからで、自由に外に出られる猫は違うだろう」と言われるかも知れない。
 では、筆者と仲良しだった、ある野良猫の話をしよう。

 筆者は別に野良猫を餌付けしているわけではないが、野良猫の多い地区に住んでいて、そして猫好きだから、庭に猫が来ても決して追い払わないし、危害も加えない。
 そして我が家の庭には猫が隠れやすい茂みや、上から周囲を見渡せる大きな石もあるので、自然に野良猫がやって来る。
 軒下も、そんな野良猫の雨宿りの場所兼寝場所として好きに使わせている。

 それら我が家の庭に来る野良猫のうち、大きな男の子の虎猫が妙に人懐っこく、その子と特に仲良くなった。
 その子は毎日のように我が家に来て、そして筆者も撫でさすって可愛がった。
 その頃、筆者は初めて共に暮らした猫を亡くした後で、その子は筆者の心の隙間を埋めて癒してくれた。
 だが家族に迎え入れる決心が出来ずにいる前に、異変が起きた。
 数日姿を見ないな……と思っていたある日の夕方、玄関近くでその子が激しく鳴いていた。
 のたうち回って、怪我はどこにも無いが、立つことも出来ずにいた。
 慌てて家に入れたが、骨には異常も無いのに、立たせようとするとグニャグニャと横に倒れてしまう。
 そして倒れたまま、鳴いてもがく。
 食べ物をあげるとよく食べるし、どこがどう悪いのか全くわからない。
 一晩中、殆ど寝ずに看病した。
 立てないから、その場でオシッコを漏らしてしまい、その始末をする際、申し訳なさそうに、とても哀れっぽく鳴かれた時、筆者は「いいんだよ、いいんだよ」と言いながらとても辛かった。
 翌朝、すぐに動物病院に連れて行ったが、「猫エイズが脳に来てしまったせいで、治る見込みはない」ということだった。
 そしてその子は、そのまま動物病院に入院した。

 筆者はその子の見舞いに、仕事もあるから毎日夕方の五時過ぎに猫が好きなものを持って行っていた。
 その子の具合は、日に日に悪くなっていった。
 そして一週間ほど経ったある日、筆者はその子のことが妙に気になって仕方がなかった。
 それでいつもより一時間早く、四時過ぎに病院に行った。
 動物病院の小さな“個室”にいるその子は、ぐったり横になっていたが意識はあった。
 そして筆者と目が合って一分も経たないうちに呼吸が荒くなり、そのままあまり苦しむこともなく逝った。
 筆者には、その子が死に目に会う為に筆者を待っていたように思えてならない。

 おわかりだろうか。
 その子は完全に外で暮らしていた野良なのに、そして立てない状態だったのに這って我が家に助けを求めに来たのだ。
 そして逝く時も、筆者が来るまでちゃんと頑張って待っていた。
 筆者の顔を見て、安心したように逝った。
 ゆえに「猫は死ぬ姿を隠す」とか「死期が近くなると死に場所を探す為に家を去る」という俗説を、筆者は「嘘だ」と否定する。

 説明しよう。
 猫は、怪我や病気に対して非常に我慢強い生き物だ。
 人のように泣いたり喚いたりせず、じっと黙って暗く静かで落ち着ける場所で体を休めて回復を待つ。
 構いたがる人間、特に子供など、そんな時には邪魔で煩わしいに決まっている。
 だから具合が悪い時に猫は人の側を離れ、静かで落ち着ける場所に行くのだ。
 そして怪我や病気が重いとその隠れ場所でそのまま逝ってしまい、それがあたかも人には「死に目を見せないように姿を隠す」ように見えているのだ
 だから家族であるその家の人間と猫の心の絆が強く、猫が人を親のように思い慕っていて、そして人もむやみに構ったりして猫にとって煩わしいことをしなければ、猫は姿を隠さず人に頼り切って最期を看取ってもらおうとする
 これが、猫と長年共に暮らしてきた筆者の体験による実感だ。

 筆者の母の友人の猫の話をしよう。
 筆者の母の友人の家では、母の友人がその猫を最も可愛がっていた。
 ただ母の友人の家は田舎の旧家で、孫も含めた家族も多かった。
 そして田舎ゆえ、猫も飼い猫ながら室内飼いではなく、家の内外に行き来が自由の放し飼いにされていた。
 その猫の姿が、三日ほど見えなくなり、母の友人は猫をあちこち探した。
 そして家の外の庭で、猫が死んでいるのを見つけた。
 母の友人が家事をしている台所がよく見える、高い場所で。

 母の友人は、気付いてもやれず看取ってもやれなかったことを、ひどく嘆き悲しんだが。
 具合の悪くなったその猫は、子供も含めた家族の多くいる室内を避け、静かになれる場所を探して家を出た。
 だが遠くに行くのではなく、大切にしてくれていた大好きな人の姿を目で確認しながら、その存在を感じながら逝ったのだ。
 猫とは、そういう生き物だ。

 共に暮らしていてつくづく感じるが、猫はとても愛情深い生き物だ。
 人は浮気や不倫もするが、猫は猫の生態や習性や気性を理解してきちんと愛情を注げば、愛情をきちんと返してくれる。
 幾人もの女性と交際してきて、そして今も独身でいる筆者の実感を言おう。
 女は裏切るが、猫は裏切らない。
 猫より人の方が、ずっと邪悪である。
 貴方も猫をきちんと愛してみてほしい。
 猫は貴方を裏切らないし、死ぬまで側を離れない。

 だから筆者は、猫を虐待する人間を深く憎む。
 猫を虐待する人間は最低でも懲役刑、場合によっては死刑に処してしかるべきと考えている。
 筆者はこのレベルの猫バカである。

 明後日の26日は、逝くのを筆者が行くまで待ってくれた仲の良かった野良猫の命日である。
 筆者は共に暮らした猫たちの墓参りには欠かさず行っているが、明後日の野良クンの墓参りにも、当然行くつもりでいる。
 逝ってしまって何十年経とうが、縁のあった猫たちの墓参りを、筆者は決して欠かさずにいる。

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日を受ける花

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 良いと思う女性だけでなく、良いと思う政治家も私は普通の人達とは違うようです。
 私、古くは橋本龍太郎さんとか、近年では福田康夫さんとか、理知的な人が好きです。
 小泉純一郎とか田中真紀子とか小池百合子とか橋下徹とか安倍晋三とか、感情むき出しで人を扇動して動かそうとする政治家は心から嫌いです。

 けれど人気があって支持率も高いんですよね、理でなく感情で煽って人を動かす政治家が。
 その現実が私には、政治の劣化でなく大衆の劣化、民度の低下に思えてなりません。

 私、橋本龍太郎さんや、橋本龍太郎さんと親しかった方の本を買って読んでいます。
 そして福田康夫さんも好き過ぎて、あの「あなたとは違うんです」の名台詞入りのTシャツも買おうと思っています。

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花と青空

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 昨日、一昨日と、米倉涼子さんと小島瑠璃子さんのテレビCМについて書きましたが。
 難しいですね、人の美醜の感覚って。
 世間では「美人だ」と言われていても、自分にとっては中の下以下の嫌いな顔でしかない事、よくありますから。
 その逆も、よくあります。

 私、女優さんで言えば、蒼井優さんとか、黒木華さんとか、スッキリ薄味系の人が好みなんです。
 そして派手で濃い感じの人は苦手です。
 だから「地味顔が好き」と、よく言われます。

 でもこのように人の好みは多種多様だから、多くの人がカップルになって結婚できるんですよね。
 世の中の人の美醜の感覚が一緒だったら、モテるのはごく一部の人だけで、結婚なんか出来なくなってしまいますよね。


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