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空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

反共主義者の筆者が考える日本共産党の存在価値

 前提としてまず言っておく。
 筆者は自由主義者で、かつ個人主義者でもある。
 ゆえに個人の自由を奪おうとする全体主義は、右であれ左であれ大嫌いである。
 だから天皇を神とし軍部の暴走を許した戦前の日本も、かつてのソ連や今の北朝鮮や中国のような共産主義国も、同様に嫌悪している
 この国を戦前に戻したい日本会議とそれに連なる者達を忌み嫌っていると同時に、共産主義者も昔から敵視してきた。
 筆者はまだ中学生の頃から、一貫して反共主義者である。

 だが筆者は、「今の日本に共産党は必要だ」と断言する。
 それは筆者が子供の頃から反共主義者である以上に、徹底した現実主義者だからである。
 筆者はイデオロギーなどより、「現状を正しく見る目と、現実の問題を変える力」の方をはるかに重視する。
 筆者は原理主義者や教条主義者が大嫌いで、その種の人達(物事を単純化して考え、現実から目を背け、己の主義主張を盲信して押し通す輩)とは肌が全く合わない。
 その筆者の認識では、日本会議や右翼勢力は有害無益であり「無くても全く困らないし、むしろ無くなった方がこの国の為になる」が、日本共産党は少なくとも今のこの国に無くては困る。

 理由を言おう。
 この国、少なくとも自由と民主主義を重んじる今の日本に、教育勅語や天皇の神格化を含め戦前の日本を再評価したり、かつての大日本帝国が引き起こした侵略戦争を「アジアを白人支配から解放する為の正義の戦争だった」などと正当化する右翼の行為と存在は、まさに「百害あって一利なし」でしか無いからだ。
 百害どころか、筆者には“億害”や“兆害”に思える。
 筆者にとって、国の元首が“現人神”で、その国に住む人々は“国民”でなく“臣民”で、軍部がその神である天皇の権威をふりかざして「天皇陛下の為に死ね!」と強いたかつての日本は、今と北朝鮮と変わらぬ悪夢そのものの独裁国家である。
 だからその戦前を美化し、日本をまた戦前に戻そうとする勢力は、筆者から見れば北朝鮮の指導者と同じくらい嫌悪すべき敵である。
 どこからどう眺めても、「神の国である戦前のニッポン、大好き!」な今の日本の右翼勢力に、評価できる良いところなど何一つ無い。

 それに比べて、日本共産党にはまだ取り柄がある。
 それは権力に対する追求が鋭い点だ。
 自由な民主主義国であろうと、権力を握った者は私利私欲に走りがちで、権力は必ず腐敗する。
 そして長期政権になればなるほど、その腐敗は酷くなる。
 例えば安倍政権だが、忖度という言葉が使われたのは政権が発足した当初からだろうか。
 忖度が盛んに行われるようになったのは、安倍政権が長く続いてからだ。
 まあ、安倍政権の“お友達優遇”は昔からだが、それが露骨に酷くなったのも、政権が長く続くにつれてだ。
 その権力の問題点を最も敏感に探り当て、それを国会で最も的確かつ鋭く追求している野党は、ズバリ日本共産党だ。

 政権に批判的な国民を「あんな人達」と罵倒し、国会で質問に立つ野党議員には知性やウィットの欠片すら無い下品な野次ばかり飛ばしている安倍首相だが、筆者は彼が共産党の議員を野次っている姿を見たことが無い。
 野党であっても自民党より更に“右”で、国会では友党と言える日本維新の会の議員を野次らないのは、よく分かる。
 だが政治思想は安倍首相とは真逆の、立憲民主党よりはるかに“左”で、安倍首相から見れば敵であろう共産党の議員にお得意の野次を飛ばさないのは、ズバリ首相も共産党が怖いからだろう。

 先日の国会で、安倍首相が質問に立つ立憲民主党の議員を「共産党か!」と野次った。
 共産党の議員は野次らないが、立憲民主党の議員は「共産党か!」と野次る。
 それを見れば安倍首相の共産主義者に対する敵視と差別意識、しかし「共産党の議員を直に野次ると反撃が怖い」という本音がわかる。

 だから今の日本に共産党は必要なのだ。
 例の首相主催の桜を見る会を最初に問題にして追求したのも、日本共産党だ。
 日本共産党とは、ズバリこの国の権力が腐るの防いでいるワサビなのだ。
 その“国のワサビ”として、日本共産党は存在価値がある。

 筆者の住む県には、ワサビの名産地がある。
 筆者はそこで、高級なワサビを食べて驚いた。
 ワサビは何と、甘いのだ。
 あのピリッとした辛さの下に、何とも言えぬほんのりとした甘味がある。
 少なくとも産地の高級なワサビには。
 美味しい、ものすごく美味しい!
 それでついワサビを食べ過ぎてしまった筆者は、その少し後に激烈な腹痛に苦しむことになった。

 共産党の存在とは、まさに“それ”なのだ。
 寿司にワサビが付いているのもただ香味と辛味を楽しむ為でなく、殺菌作用も期待されているからである。
 だから少量つけて食べるならピリッと利いて美味しいし、殺菌作用もあるが、食べ過ぎると酷い腹痛を起こし、それのみ主食として大量に食べたら体を壊してしまう。
 それが共産党だ。
 議会に無くてはならないが、議席は程々で良く、うっかり選挙で勝たせて政権など取らせたら国を壊してしまう。

 権力を監視し、問題を探り出して鋭く追求する。
 その為の議席は共産党に与えねばならぬと、筆者は考えている。
 だから筆者は反共主義者だが、国政選挙では時折比例代表で共産党に、市議会の選挙でも時に共産党の候補者に票を入れることがある。
 決して“主食”にしてたくさん食べてはいけないが、寿司に付ける程度には必要で、ワサビの無い寿司は物足りなく生臭いだけでなく殺菌作用も期待できなくて体にも良くない
 その程度に今の日本に共産党は必要だと、筆者は考えている。

 それにしても、首相主催の桜を見る会に対する、首相の地元民の反応と認識は酷い。
 例えば安倍首相の元秘書から下関市長になった、前田晋太郎氏の発言はこうだ。

 問題が国会で追求されている事に対しては。
「野党側のやりとりを見ていると、いよいよネタが尽きたのかなと」
 つまり前田市長によれば、野党はネタが無いから苦し紛れに問題にしているのだ……と。

 年々、招待される人が増えている事に対しては。
「規定で上限ってあるんですか。ないでしょ? 税金でっていう言い方するんだったら、最初に開催した昔の首相からおかしな話なんじゃないですか」
 いや、吉田茂首相が始めた頃には、招かれていたのは主に外国の駐日大使などだったのだが。

 そして前田市長は、こうも言う。
「私が行ってみて思うことは、やっぱり70、80歳のおじいちゃん・おばあちゃんたちがネクタイぴしっとしめて、着物着て、人生一番の大勝負で新宿御苑に向かうんですよ。あの時、あの喜んで行っている姿を見ると地方を元気にしてくれている会だなと思っていました。我々、地方の人間が新宿御苑に足を踏み入れることなんてなかなかできないんですよ。ものすごく名誉なことを受けている方が増えていくのは悪いことなんですかね」
 ではなぜ首相の地元の“おじいちゃん・おばあちゃんたち”だけ招かれて税金でもてなされ、各界の有名人に会えるのだろうか
 国民の税金を使っているのに「首相の地元の後援会だけ優遇」は、間違いなく悪いことだとわからないのか、長州人は。

 さらに前田市長は、こうも言う。
「総理主催でしょ? この国は民主主義ですよ。ある程度の権限が与えられておかしくないと思いますけどね。選挙で勝って主催になって、多くの方に喜んでもらえるのって悪いことですか? そして総理大臣になったら我々有権者は会えませんからね。他の代議士みたいに。声を届けたくても届けられない。そういう方が地方で耐えて耐えて地方で歯食いしばって、自分が何十年も頑張って応援してきた代議士がトップを取って、招待状が届いて、やっぱり今まで応援してきてよかったなって、いいじゃないですか」
 いや、権力者がやりたい放題に出来る独裁制の国ならともかく、「この国は民主主義」だからこそ今の首相主催の桜を見る会は問題でアウトなんだってば。
 多くの方に喜んでもらえるのって悪いことですか……って、その首相が税金で喜ばせている“多くの方”は全国民ではなく、首相の地元の人達でしょうが。 違うか、下関の市長さんよ?
 ものすごく名誉なことを受けている方が増えていくのは悪いことなんですかね……って、その増えていく名誉なことを受けている方は、首相のお仲間や、首相の地元の人だけだろうが。
 自分が何十年も頑張って応援してきた代議士がトップを取って、招待状が届いて、やっぱり今まで応援してきてよかったなって、いいじゃないですか……って、つまり自分が応援した政治家が首相になれば、自分も桜を見る会で、国民の税金でもてなされて当然という意味だよね、下関の市長さん。

 最後に前田市長は、理屈を人情論にすり替えて、さらに野党に文句をつける。
「そういうなんか、人情的な感覚というのは公金を扱ってルールにのっとって正しくやっていく中では、あまり言っちゃいけないのかもしれないけど、そういうのもあっていいんじゃないですか。そのおじいちゃんたちの家にいったら、桜の会の升を玄関に飾ってますよ。来年も行けるかなってもう1年、元気に生きなきゃいけんなって楽しみにしているわけですよ。そういう実情を、都会の国会議員はわかってんのかなって思いますけどね。特に野党議員
 桜を見る会に出たおじいちゃんたちの家に行くと、桜の会の升を玄関に飾り、来年も行けるかな、もう1年元気に生きなきゃいけんなって楽しみにしている実状を都会の野党議員はわかってない……って、そもそもその特権を得ているのは、首相の地元の後援者だけだよね。
 その桜を見る会が、全国民の血税であがなわれていることを、貴方は全然わかっていないよ、下関の市長さん。
 で、「長年応援してきた政治家が首相になったのだから、税金でそれくらい優遇して貰って同然」ってか?
 今の日本が民主主義国家だということ、本当にわかっているのか、下関の市長さんよ。

 ちなみに安倍首相の元秘書で下関市長の前田晋太郎氏は、桜を見る会に毎年招待されており、招かれる条件である前田氏の功績について、自身も「わからない」と言っている。
 こんな無茶苦茶な屁理屈をこね回す人が、民主的な選挙により市長に選ばれているのだ。
 下関市の心ある方には申し訳ないが、他県の者からすると「下関市は民度が低いな」と思わざるを得ない。

 民度が低いのは、下関の市民だけではない。
 下関の前田市長の発言は、心ある多くの人達に批判されているが。
 しかしネットを見ると、おそらく安倍首相の岩盤支持層であるネトウヨ達なのだろうが、「下関市長がバッシングされている」、「なぜ悪いのかわからない」という声を少なからず見る
 そして安倍首相の支持率も、どの世論調査でも五割に近い
 11月17日の毎日新聞の、読者による川柳に、こんなものがあった。
リーダーを 見てその国の 民度知る
 日本国民の民度は誰もが等しく一人一票で指導者を選ぶ民主主義国にふさわしいのだろうかと、疑念を持ちたくなってしまう。
 今の日本がこんな状態だからこそ、筆者は反共主義者だが共産党に期待して、「政権は絶対に取らないでほしいが、議席を増やしてほしい」と思ってしまう。

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雲の河

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 花見は、江戸時代の江戸でも広く行われていました。
 最初はお寺の境内に咲く桜を、お寺や公儀が好意で庶民にも公開していたようですが、徳川吉宗が庶民の為に桜を江戸のあちこちに植えたのです。
 で、庶民の人気は、吉宗が植えさせた桜の方に集まりました。

 と言うのは、お寺ではお酒を飲んで騒ぐとか、厳禁でしたから。
 そして夕暮れになれば、花見に来た人は追い出されて寺の門も閉められるので。

 一方、吉宗が庶民の為に桜を植えさせた所では、飲んで食って騒いでも良しで、夕暮れ時になっても追い出されません。
 桜の花の下で飲んで食べて歌って騒ぐのは、江戸時代からの庶民の楽しみだったようです。

 けれど私は「花よりお酒」というタイプではないので、せっかくの見事な桜の花の下で、それをろくに愛でもしないで飲んで騒ぐの、実はあまり好きではないんです。
 私なら、静かなお寺で酔わずにじっくり桜を見て楽しみたいですね。
「桜は桜、お酒はお酒」という感じで、それぞれ別個に楽しみたいんです。

 本当に私は、一度に一つの事にしか集中できない人なんです(発達障害かも)。
 酒を飲めば桜が見えなくなるし、桜を見れば酒の味がわからなくなる……という感じで。
 桜も見ながら「花を見ながら飲む酒は、さらに美味い」とか、全く思えないんです。

 だから私、生きた花と言うか綺麗なお姉さんがお酒を飲ませてくれるお店に全然興味が無いし、行きたいとか全く思わないんです。
 私にとっては「お酒はお酒、お姉さんはお姉さん」で、両方を同時には楽しめないので。
 だから私、外にお酒を飲みに行くなら、綺麗なお姉さんがサービスしてくれるお店より、銘酒を揃えたバーを迷わず選びます。

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青と白のセカイ

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 というわけで、写真を撮り始めると熱中してしまう私は、桜はたいてい一人で撮りに行きます。
 撮り始めると私、傍から見れば間違いなく“変な人”ですよ。
 桜の木にはりついて、桜の花の間近にレンズを近づけ、あーでもない、こーでもないと角度を変えて撮りまくってますから。
 桜の木全体や桜並木より、咲いている花そのものの方に興味が向いてしまうんです。
 だから私、桜を撮る時には接写ができるカメラやマクロレンズを必ず持って行きます。

 で、時々撮りながら歩くのではなく、一本の桜の木にへばりついては、分かれた細い枝に咲く一輪の花とかを飽きずに撮りまくっているのですから。
 女の子を連れていけば呆れられ、愛想を尽かされますって。

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雲が描く絵

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 弘前城の桜。
 これを見たのは、私、本当に「たまたま」だったんですよ。
 ゴールデン・ウィークに津軽に行って、あちこちを回ったんですが、八甲田山系とか津軽半島とか竜飛岬とかを車で回っていて、車では観光しにくい弘前市(城下町で道が迷路のようになっている)には行く予定がなかったんです。
 ですが同行していた女の子と少しでも長く一緒にいたくて(筆者にも昔はそんな時代がありました)、帰る予定の時間を延ばして、「弘前の桜を見てから帰ろうか」と。

 何しろ弘前市街は“迷路”ですから、車は駐車場に預けて、市内は徒歩で移動しました。
 凄かったです、弘前城の桜。
 無数の桜が咲き乱れ、その桜の向こうに天守閣が見え、舞い散る花びらによる花筏で城のお堀はピンク色に染まっていて……。
 その天守閣に登ると、桜の向こうに岩木山が見え、そしてお城の庭から津軽三味線が聞こえてくるんです。
 夢の国のようでした。

 さぞ写真を撮りまくっただろう……って?
 それが弘前城は、行く予定になかったものですから。
 カメラは小さなコンパクト・カメラしか持っておらず、しかもまだ写真はフィルムで撮る時代で、旅の終わりゆえ、残りの枚数も十枚も無くて……。
 それで写真は「ここぞ!」というところでだけ撮って、後は景色を心に留めてデートに専念しましたよ。
 だからデートも良いムードだったんですが、私としてはやはり「気合いを入れて撮れる一眼レフのカメラと、予備のフィルムを持っていれば……」という気持ちを、今でも捨てきれずにいます。

 春に弘前城にもう一度行って、あの桜を存分に撮りたいです。
 でも駄目なんですよねえ、何しろ弘前城は桜の名所で、桜の時期には二百万人を越える人が押し掛けるのですから。
 まず取れないんですよ、ホテルや旅館が。
 そして道の駅などを利用して車中泊をするには、その時期の津軽の夜は寒すぎる。
 さらに無理して行っても、今は桜の時期の弘前城も当時よりずっと、人、人、人……でしょうからねえ。

 だから私にとっての弘前城の桜は、コンパクト・カメラで撮った数枚の写真と、心に残る記憶だけで終わりそうです。

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この写真にもゴーストが…

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 桜の時期のデート、そう言えば二度ほどしました。
 春の京都と、桜の満開の弘前城公園です。

 春の京都はですね、嵯峨野に行きました。
 ええ、桜がちょうど良く咲いている時期でした。
 しかも日曜日でした。
 天気も晴れで。

 想像、つきますよね?
 京都駅から嵯峨野に向かう電車の中からまず、東京都心の通勤ラッシュ時も顔負けの顔負けの、鮨詰め状態の混雑ぶりで。
 そして嵯峨野駅に着くと、人がどっと、JR新宿駅の雑踏レベルで流れ出して。
 人、人、人……で、とても写真に専念して桜を撮るどころではありませんでした。
 その時に同行してくれた彼女は、写真に理解があって、自分でも写真を撮る女性だっただけに、せっかく一眼レフを持って桜の時期の京都に行ったのに、思うように写真が撮れずに残念でした。

 インバウンドがどうとか言う今より前の時代で、そんな有り様でした。
 だから断言します。
 桜が見たければ、桜の時期(特に週末)に京都に行ってはなりません。
 桜ではなく、ほぼ人ばかり見る羽目になります。
 まあ一万八千人も招待したという安倍首相の「桜を見る会」も、実態は「桜ではなく、首相ら与党政治家の後援会員に芸能人などの有名人を見せる会」なのでしょうがねwwww。

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青空と雲と太陽とゴースト

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 日本人は飽きやすくて忘れっぽく、特に政権の疑惑や問題点(森友・加計問題とか、辺野古の埋め立てとか)もすぐに過去の話として忘れ去るか、水に流したがりますが。
 一つの事に長く集中する性格の私は、首相主催の「桜を見る会」の問題、絶対に忘れないし、もう聞き飽きた過去の話として済ませたりしませんよ!

 でも私、桜を誰かと一緒に見に行くこと、あまり無いです。
 何しろ「一つの事に長く集中する性格」である私は、桜が綺麗に咲いていれば、ガンガン写真に撮りたくなってしまうので。
 たとえそれがデートであっても、二人並んで「綺麗だね」とか話しながらゆっくり歩くのではなくて。
 彼女そっちのけで、時間も忘れていろんな角度で桜をバシャバシャ撮り続けてしまうんで、とても「桜舞い散る下でロマンティックなデート」など出来ないんです。

 ……これでは、「桜の時期のデート」どころか、彼女すらできませんよね。

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ブラックニッカ・スペシャル

 筆者は昔から、ブラックニッカ・スペシャルが大好きである。
 ブラックニッカの原点とも言うべきウイスキーで、瓶の形もラベルも昔ながらでどこか懐かしい。
 ただ欠点は、これを置いている店が少ないことである。
 たまたま見つけて買ってみて、「値段の割に、何と出来の良いウイスキーだろう!」と驚嘆したものの、とにかく売っている店が筆者の住むような田舎では少なくて、なかなか飲めずにいた。
 ところが幸いなことに、近所の酒屋がこれをいつも売るようになり、久しぶりに買って飲んでみた。

ブラックニッカ・スペシャルLUMIX FX9 456

 キャップを開けた直後の香りは、穏やかで甘い。
 アルコールの匂いも少しあるが、同時に樽の好ましい香りも感じる。
 口に含むと、アルコール度数42%なのに甘くビターで滑らかでマイルドで、ストレートで美味しく飲める。
 甘さとビターさの後に、ほのかなスモーキー香が追いかけてくる。
 アルコール度数42%だけに、コクと味の深みをしっかり感じる。
 開封直後でまだ充分に空気と触れ合っていない時点で、扱っている店がPOPで「千円台のスコッチを飲んでいる方にぜひ試していただきたい」と宣伝しているのがよくわかる出来の良さだ。
 実際、このブラックニッカ・スペシャルを越えるスタンダード・スコッチは数少ない。
 筆者はウイスキーの中でもスコッチが最も好きでいろいろ飲んできたが、その筆者がそう認める。

 グラスを回して空気と馴染ませるに従い、香り高く味もまろやかになる。
 ストレートで、チェイサー無しで美味しく飲めてしまう。
 価格(税込みで千五百円せず角瓶とほぼ同額)を考えれば、信じられないほど良い出来だ。
 同じブラックニッカでも、ブラックニッカ・リッチブレンドなどより遙かに良い出来だし、このブラックニッカ・スペシャルを飲むと、ブラックニッカ・ディーププレンドが荒々しく感じてしまう。
 ウイスキーは開封して何日かかけ、充分に空気と触れ合わせてから飲む主義の筆者が、開栓直後に飲んで「もう一杯飲みたい!」と思ってしまった。
 それくらい、この価格帯では出来が良い。
 甘くビターで、スモーキーな余韻が長く残って心地良い。
 これは良い!
 日々晩酌用に飲むならこれで充分と、開栓直後に心から思った。

 さて、開栓してから一週間後に、スタンダード・スコッチの雄、ザ・フェイマス・グラウスを飲んだすぐ後に飲んでみる。
 開栓直後に感じたアルコールの匂いが殆ど消えていて、ザ・フェイマス・グラウスの方がよりアルコールの刺激を感じるくらいだった。
 香りはとても豊かで、飲むとまろやかで甘くビターで程々にスモーキー。
 コクもあるし、味わい深い。
 味も香りもザ・フェイマス・グラウスに勝るくらいで、開封直後より明らかに、さらに良くなっている。
 シェリー樽由来の甘く艶やかな味と香りも魅力!
 これは開封直後にはよくわからなかった。
 これは素晴らしい!
 税込みで千五百円しないウイスキーの中では、最高級と言える。
 あの「日本で最も売れているウイスキー」であるサントリーの角瓶とほぼ同じ価格だが、是非ともストレートで飲み比べてみてほしい。
 質と格がまるで違うのがよくわかる筈だ。

 アルコール度数42%なのに、ノーチェイサーのストレートで飲んでもアルコールのキツさが少しも無く、2%の度数の高さがそのまま味の濃さと香りの高さにつながっている。
 飲んだ後も、甘く華やかでスモーキーさの残る余韻が長く続く。
 筆者はこのブラックニッカ・スペシャルを、普段、晩酌用として日常的に飲むお気に入りのウイスキーに加えようと決めた。
 これぞブラックニッカの原点で、ニッカのウイスキーの基本とも言える。
 甘く、シェリー樽由来の豊かな味と香りがあり、ビターで少しスパイシーで適度にスモーキーで、ウイスキーの美味しさの要素すべてが凝縮されている。
 これが税込み千五百円でお釣りが来るとは、お買い得すぎる!
 今のウイスキー・ブームで、ジャパニーズ・ウイスキーの原酒不足が深刻化し、休売や終売になるウイスキーが相次いでいるが。
 もしこのブラックニッカ・スペシャルが休売や終倍になったら、筆者はニッカを深く恨む。

 難点は、こんなに良い、しかも晩酌用として気軽に飲める価格のウイスキーを置いてある店が少ないことだ。
 日本はウイスキー・ブームだと言うが、これよりも角瓶の方が遙かに売れていて、「ブラックニッカ・スペシャルは無いが、角瓶なら常にある」という店が大多数なのだから、日本のウイスキー好きを自称する者達(ブームになって飲み始めた“にわか”のウイスキー飲み)のレベルがわかるというものだ。
 所詮、日本の自称“ウイスキー好き”の大多数は、ウイスキーと言えばハイボールでしか飲まない輩なのだろう。
 そんな愚痴はともかくとして、とにかく税込みで千五百円しない価格で買える普段用のウイスキーの中では、このブラックニッカ・スペシャルは突出した出来の良いウイスキーだ。

 そのブラックニッカ・スペシャルを、ジョニ赤と飲み比べてみる。
 グラスに注いだ瞬間に、ブラックニッカ・スペシャルはシェリー樽の甘く豊かな香りを感じる。
 ブラックニッカ・スペシャルの方が、穏やかでまろやかな味わいだ。
 一方のジョニ赤はビターさやスパイシーさを強く主張し、よりスモーキーだ。
 コクや味わい深さについては、殆ど差が無い。
 ジョニ赤の個性の強さと力強さの方を好む人も間違いなくいる筈だが、ブラックニッカ・スペシャルの方がより多くの幅広い層の人達に好まれそうだ。
 ジョニ赤もスタンダード・スコッチの中ではかなり飲みやすい方だが、アルコール度数40%のジョニ赤より42%のブラックニッカ・スペシャルの方がさらにまろやかに感じた。
 ジョニ赤に一歩も引けを取らない出来で、海外にも出したい、世界に誇れる日本の日常用のウイスキーだ。

 試しにこのブラックニッカ・スペシャルを、ブラックニッカ・ブレンダーズスピリットと飲み比べてみた。
 香り高く力強くいろいろな味がギュッと凝縮されていて、ブラックニッカ・ブレンダーズスピリットは本当に良いウイスキーだ。
 比べてしまうと、ブラックニッカ・スペシャルの方が味も香りも穏やかである。
 だが、味と香りの傾向は両者とも同じだ。
 ブレンダーズスピリットの方が明らかに味が濃いが、ブラックニッカ・スペシャルはまろやかで飲みやすい。
 ブレンダーズスピリットのアルコール度数は43%で、両者の度数は1%しか違わないから、いかにブラックニッカ・スペシャルの出来が良いかがわかる。
 価格差はほぼ1/2だが、それだけの差を感じない。
 ブレンダーズスピリットもノンエイジで、味の濃さに差はあってもまろやかさ(アルコールの刺激)に差は殆ど無いから、おそらく両者の差はモルトウイスキーの使用割合ではないか。
 そしてブラックニッカ・スペシャルがいかにちゃんと造られ樽熟成もされたカフェグレーンを使っているかも、よくわかった。

 ブラックニッカ・スペシャルをブラックニッカ・クリアとも飲み比べてみたが、思うにブラックニッカ・クリアのグレーンはカフェ式ではない。
 そしてグレーンの熟成期間も(ニッカ製品の中では)かなり短い。
 ブラックニッカ・クリアもトリスやレッドに比べればずっとマシだが、同じブラックニッカでもクリアとスペシャルには、お値段の差を遙かに越えた質の差があると感じる。
 端的に言えば、スペシャルはチェイサー無しのストレートで美味しく飲めるが、基本的にクリアは何かで割らねばアルコールの若さがキツ過ぎてとても飲めない。

 さらに、ブラックニッカ・スペシャルをジョニ黒とも飲み比べてみた。
 ジョニ黒は甘く力強くビターでスパイシーでスモーキーな上に、とても滑らか、まろやかで、安定した美味さだ。
 12年物のブレンデッド・ウイスキーの中でも、頭一つ抜きん出ている印象。
 ジョニーウォーカーの赤と黒の差は、まろやかさと熟成感だ。
 そのジョニ黒を飲んだ直後に、ブラックニッカ・スペシャルを飲んでみた。
 意外なことに、まろやかさと飲みやすさに関しては、両者に目立った差は無かった。
 だが続けて飲み比べるとブラックニッカ・スペシャルは良く言えばライト、はっきり言えば味が薄く感じる。
 香りも、ジョニ黒の方が高い。
 それはおそらく、モルトの比率がジョニ黒の方が高いからだろう。
 それにしても、まろやかさや飲みやすさでは、ジョニ黒と大きな差を感じないとは。
 ブラックニッカ・ブレンダーズスピリットとの飲み比べでも感じたが、ブラックニッカ・スペシャルは良いグレーンを使っている。
 飲み比べれば、もちろんジョニ黒の方が明らかに上だ。
 しかし価格差ほど味と香りの差は感じないし、税抜きでなら千二百数十円で買えるウイスキーでこれだけの味と香りは希少である。
 ブラックニッカ・スペシャルはニッカの良心とも言える逸品だと、心から感じた。
 余市モルトの力強さとスモーキーさ、宮城峡モルトの甘さと華やかさ、そしてカフェグレーンのまろやかさのハーモニーが素晴らしい。

 無謀にもブラックニッカ・スペシャルを、筆者お気に入りのアイラ島のシングルモルト・スコッチ、フィンラガン・オリジナル・ピーティーと飲み比べてみた。
 フィンラガン・オリジナル・ピーティーの直後にブラックニッカ・スペシャルを飲んでしまうと、さすがにアルコールの刺激が少しだけ強く、そしてピート香の弱さとヨード香の無さが物足りなく感じられてしまう。
 だがそれでも、ブラックニッカ・スペシャルはそれなりに美味しく飲める。
 ピート香が穏やかでヨード香が無い分、筆者のようなアイラの癖のあるスコッチ大好き人間は別として、一般の人にはブラックニッカ・スペシャルの方がフィンラガン・オリジナル・ピーティーより飲みやすく親しみやすいかも知れない。

 筆者は、ウイスキーがあれば何でも躊躇なくハイボールにしてしまう、今の日本のウイスキー・ブームは大嫌いだ。
 しかし今の日本人は「ウイスキーはハイボールで飲むもの」と盲信している人ばかりだから、嫌々このブラックニッカ・スペシャルもハイボールにして、他のお手頃価格の国産ウイスキーとも飲み比べてみた。
 筆者の好みで、ハイボールはいつも1:3の濃いめにして、氷は入れずに飲んでいる。

 まずは日本人の定番、角瓶のハイボールから。
 ほのかに甘いウイスキーの香りがして、そしてビターで甘く飲みやすい。
 角瓶をストレートで飲んだ時に感じる、あのイヤ~な若いアルコールの刺々しさは無いが。
 不味くはない、しかし「美味しい!」とも全く思わず、「まあ飲める」といったレベルで、「また飲みたい!」とは決して思わない。
 断言するが、筆者にとっては角瓶のハイボールなどより、同じサントリーの新ジャンル酒である金麦の方がまだマシで旨味も感じる。
 角瓶のハイボールを心から「美味しい!」と思って好んで飲む人達(残念ながら多数の日本人)とは、筆者はとても分かり合える気がしない。

 続いてブラックニッカ・スペシャルも同じようにハイボールにしてみたが、角瓶のハイボールと大差は無い。
 だがブラックニッカ・スペシャルのハイボールの方がスッキリ爽やかな上に、スモーキーさと、シェリー樽の香りと甘さを感じる。
 角瓶のハイボールには、スモーキーさもシェリー樽の香りも無い。
 ハイボールにしても、やはり角瓶よりブラックニッカ・スペシャルの方が美味しい。
 しかしそのブラックニッカ・スペシャルのハイボールを飲んだ直後に、ブラックニッカ・スペシャルをストレートで飲むと、「ストレートは何と美味しいのだろう!」と痛感する。
 角瓶ならともかく、せっかく良く出来ているブラックニッカ・スペシャルを、炭酸で何倍にも割ってハイボールにしてしまうのは、あまりにも勿体な過ぎると心から思う。

 ハイボールにしてしまうと、ブラックニッカ・スペシャルもブラックニッカ・クリアと大きな差は無い。
 ただブラックニッカ・スペシャルの方が味が少し濃く、ピート香やらシェリー樽の香りがほのかに感じられるというだけだ。
 日本に多い喉越し最優先のビールを飲むように、唐揚げなどを流し込むようにガブガブ飲むなら、むしろブラックニッカ・クリアのハイボールの方がスッキリ飲みやすいくらいだ。
 結論は、「ハイボールにして飲むならブラックニッカ・クリア、どうしてもサントリー製品というならトリスで充分」ということだ。
 筆者に言わせれば、角瓶はハイボールで飲むにしても味は“お値段以下”で割高だ。

 最後に、ストレートはどうしてもキツいという人の為に、トワイスアップも試してみた。
 ブラックニッカ・スペシャルのトワイスアップは香りこそストレートより少し弱くなるが、飲みやすくとても滑らかになるだけでなく、フルーティーな甘さが引き立つ。
 その分だけビターさとスモーキーさは薄まってしまうが……。
 さらに余韻も短くなるものの、水っぽくはならず、それなりに美味しく飲める。
 日本酒や本格焼酎を飲み慣れていて、「ウイスキーをストレートで飲むのはキツい」と思っている人には、まずこのブラックニッカ・スペシャルの、常温(氷なし)でのトワイスアップを試してみてほしい。
 ちなみにお酒を氷で冷やすと香りが台無しになる上に、甘味が引いて苦味を強く感じ味のバランスも崩れるので、筆者はウイスキー等(特にブランデーに氷入れるのは不作法で非常識!)に氷を入れることを勧めない。

 ブラックニッカ・スペシャルは、置いてある店こそ少ないが、角瓶とほぼ同じ価格でそれより遙かに美味しいジャパニーズ・ウイスキーだ。
 ハイボールでも、もちろん角瓶より美味しい。
 しかしストレートやトワイスアップなど濃いめで飲んでこそ、その真の味がわかる。
 ブラックニッカ・スペシャルはニッカの良心がわかる、まさしくお値段以上の晩酌用ウイスキーだ。

 このブラックニッカ・スペシャルを、近年になって置くようになった近所の酒屋は「千円台のスコッチを飲んでいる方にぜひ試していただきたい」と宣伝しているが、筆者なら「角瓶を美味しいと思って飲んでいる方にぜひ試していただきたい」と言いたい。
 まあ、ウイスキーと言えばハイボールしか飲まない人には、角瓶以外の何を勧めても無意味かも知れないが……。

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日本国民よ激怒せよ!

 首相主催の「桜を見る会」が来年は中止される事が決定して、もう幾日も経つが。
 それと首相の地元の人達の反応が腹立たしく、怒りがまだ収まらないので、古い話であるが、あえて書かせていただく。

 この「桜を見る会」を始めたのは吉田茂首相で、当初は外国の大使などを招いていた
 ならば国益にもなるし、税金を投入して行う価値は充分にあると思われた。
 それが規模が毎年増大し、招かれる客もに駐日大使らから「各界で功績のあった人々」に変わり、スポーツ選手からアイドル、果ては政治家の後援会員まで招かれるようになった。
 そして安倍首相ら政治家の後援会員もまた、「各界で功績のあった人」に該当するのだそうである
 その会場等の設営費やテロ対策費や警備費、そして飲食物の代金は全て血税であがなわれており、その額は五千万円を超えている
 平たく言えば、首相ら与党政治家の後援会員が「各界で功績のあった人」として首相や芸能人やアイドルたちと会える場に、春のうららかな日に桜の下に招待され、血税で接待されているのである。

 好景気で税金が有り余り、国民皆が幸せに暮らしているような時代なら、まだ良い。
 格差が拡大し、年金や医療などの先行きも不安で、あれこれ福祉は切り詰めようと言う状況で、野党に追及されるまでは、首相や与党政治家の後援会員らに対する、この「桜を見る会」と称する大盤振る舞いを続けようとしていたのである。
 一旦中止され、招待の基準や人数を見直すのは極めて当然のことである。
 ちなみにこの件を追求された当初、自民党の二階幹事長が「何か問題でも?」と報道陣に傲然と言い放っていた事実も付け加えておく。

 この二階幹事長の態度と認識も腹立たしいが、もっと許し難いのは、安倍首相の地元の後援会の面々の反応である。
 新聞報道によると、「桜を見る会」が問題になった後の、安倍首相の地元の後援会員たちの反応はこうである。
「自分のお金で行っているのに、何でそんなに言われるのか」
「往復の交通手段が国費ならまずいけど、自腹だったら問題ないでしょう」

 山口県下関市のさる地方議員も、東京の会場までの旅費や宿泊費は自己負担していて、だから「費用は自己負担しているので問題ないのではないか」と言っている。
「桜を見る会」に招待されていない一般市民は別として、少なくとも安倍首相の後援会員は「桜を見る会」が問題とされていることが不満で、納得もしていないという。

 馬鹿か。
 東京までの交通費や宿泊費は自腹でも、首相と「桜を見る会」は首相の自腹で行われているわけでははないのだ。
 繰り返すが、会場等の設営費やテロ対策費や警備費に飲食物の代金といった五千万円を超す費用は、全て国民の血税であがなわれている
 その安倍首相の地元の、首相の後援会員らが「桜を見る会」でタダで飲み食いし、タダで貰ってきている記念品は、国民の血税なのだ。
 筆者がそうした政治家の後援会員で「桜を見る会」に行きタダで飲み食いしていたなら、納税者の皆さんに申し訳なくて恥ずかしくなる。
 交通費と宿泊費を自腹で出しているからと、「首相や著名人や芸能人と会え、タダで飲み食いして記念品を貰って何の問題があるか」と居直るなど、厚顔無恥すぎて呆れ果てる。

 自分の後援会員を国民の血税で接待する首相に、それを何とも思わず「タダで飲み食い出来、首相や芸能人たちに会えてラッキー」くらいにしか思っていない後援会員たち。
 この“美しい国”を私物化している安倍首相だけでなく、そんな首相を支持している山口県民の愚かさと身勝手さは呆れるばかりだ。

 ちなみに筆者は、首相と「桜を見る会」に招かれ喜んで出て、その様子を喜々としてSNS等に発信している若い芸能人は毎年チェックし、軽蔑の対象にしている。
 芸能人でも、この道何十年というような実績のある著名人なら、「各界で功績のあった人々」として血税で接待することを認めても良い。
 だが、ももいろクローバーZなどの若いアイドルにどれほどの功績があったのか、とても疑問である。

 芸歴は短くとも見てくれの良い若い芸能人たちは、首相の後援会員らを接待するホステスやホストとして、「桜を見る会」の生きた“花”として便利なのだろう。
 そんな事も分からずに、首相と「桜を見る会」に招かれ「あたし(オレ)もここまでメジャーになったんだ!」とはしゃいでいる若い芸能人を見るにつけ、その軽薄さと低脳ぶりにうんざりとさせられる

 ちなみに筆者は大学で日本史を専攻したが、幕末期の日本人のうちで、好きで尊敬しているのは小栗上野介忠順や河井継之助、そして新撰組や会津藩の人々である。
 大久保利通以外の薩長、特に長州の政治家はみな大嫌いで軽蔑している。
 筆者に言わせれば吉田松陰も原理主義者の狂信的なテロリストで、先日アメリカ軍に殺されたISの指導者バグダディと大差ないように見える。
 明治“維新”とやらをしでかした、大久保利通を除く薩長の政治家は、みな頭は良いが我欲に満ち、利権を握って藩閥政治を長く続けた。
 特に長州の政治家は、有能ではあるが人として尊敬できない輩ばかりだ。
 中でも山県有朋とその子分どもなど、筆者は唾棄すべき輩と心から思っている。

 無論、長州にも尊敬できる立派な人もいる。
 だが立派な山口県人は政治家にならず、現場の作業員と共に汗を流し共に酒を飲んで鉄道建設の為に尽くすなどして、政治権力には目を向けずに役人として国の発展の為に働いた
 そして政治にかかわる長州人は利権と権力を握り続け、戦後になっても長州閥を脈々と繋いで血縁者から複数の首相を出して今の安倍首相に至っている
 政治と権力に対する長州の政治家の執念は、『リング』の貞子や『呪怨』の伽椰子よりなお強烈で恐ろしい。
 貞子や伽椰子はフィクションだが、戦後も首相の座を占めている長州の政治家は実在し、現にこの国を支配しているから、本当にたちが悪くどんなホラー映画よりも怖い。
 その長州の首相の末裔は、国会では何度諫められても野次ばかり飛ばして人としての器の小ささを見せつけ、「桜を見る会」では国民の血税で己の後援会員を接待している
 戦前ではない、二十一世紀で令和の自由と民主主義が当然となった筈のこの時代にだ。

 例えばあのヒトラーは、誰もが認める希代の悪人だが。
 しかしヒトラーは、民主的な選挙でドイツの首相に選ばれたのだ。
 ドイツ人がヒトラーとナチ党に己の一票を投じなければ、第二次世界大戦という惨禍は起きなかったのだ。
 つまり第二次世界大戦を引き起こした責任は、ヒトラーとナチ党よりも彼らに投票したドイツ国民にあるということだ。
 そして安倍首相が今の日本で長く権力の座にあり続けているのも、そして血税で行われている「桜を見る会」で接待されタダで飲み食いし記念品も貰って恥じない面の皮の厚い首相の支援者たちと、その事実を知っても大して怒らず安倍内閣の支持率も落とさない国民がいるからだ。
 いや、「自分は怒っているぞ!」と言う者もいるだろうが、せいぜい「良くないと思っている」という程度で、中国共産党という独裁的な権力と戦う香港市民の気迫の欠片すら見せていないではないか。

 芸能人たちを「桜を見る会」に集め、国民の血税で支持者をもてなす首相と、そこでタダで飲み食いしながら「自腹で東京まで行っているのに、何が悪い?」とまるで恥じずに居直る後援会員たち。
日本国民よ、もっと激しく怒れ!」と筆者は言いたい。
 筋の通らないことには激しく怒り、そして選挙の日までその怒りを持続せねば、日本は決して変わらないし良い国にはならない。

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太陽の輝きと空の青の深さ

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 ネットは、これはもう便利過ぎます。
 何か分からない事があれば、すぐに調べられますから。

 先日、母があるミュージシャンの音楽が好きだと言いまして。
 で、ネットで検索し、Amazonや楽天通販やヤフオクなどで、絶版になっているものの中古品まで含めて何点かをすぐに見付け出し、宅配してもらい、母にとても喜ばれました。

 私にしてみれば、ただパソコンで検索してポチッただけなんですがね。
 それで絶版品まで探し出せて買えてしまうのだから、すごいものです。
 ネットが無い時代には、東京などの大都会の専門店に行かなければ手に入らない物が、自宅でパソコンの前に座りながら買えてしまうのですよ。

 だから逆に、とても困ります。
 趣味の物が、どんどん買えてしまうのですから。
 私が偏愛しているクラシック・カメラやら、大好きな欧州某国軍の装備品やら、都会の専門店にしか無いレア物が、簡単に見つけられてしまうのです。
 今月も、クラシックカメラ一台とライカ用の交換レンズ、それに某国軍の大佐が実際に使っていた将校用のオーバーコートを手に入れました。
 ……おかげさまで私、貯金をどんどん減らしてしまっています。
 物欲に負け続けで、老後がとても心配です。

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雲が走る

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 まあ、小泉政権と安倍政権には、「自民党でなく日本を壊しやがって!」と恨みは山ほどありますが。
 それでも政治から目を逸らせば、昔より良くなった事もあります。
 ネットの普及と、写真などのデジタル化ですかね。

 私、高校生の頃から写真を撮り続けていますが。
 カネがかかったんですよ、写真は。
 ただカメラや交換レンズが高かっただけでなく、写真を撮ること自体にカネがかかったんです。

 写真を撮るには、まずフィルムを買い、そして撮ったら現像とプリントしなければなりませんでしたからねえ。
 その度にお金がかかり、フィルム代から現像&プリント料を合わせれば、一枚の写真を撮るのに百円くらいかかりました。
 だから写真は、百円玉をバラ撒きながら撮るようなものだったんです。
 で、私は高校時代も大学時代も、写真を撮る為にバイトばかりしていました。
 それでもいつもお金が足りず、「昔、もっとお金があれば、あれもこれも撮れていたのに!」と残念に思うことが、今でもあります。

 それが「写真はデジタル」となった今は、カメラと充電した電池さあれば、タダで何枚でも好きなだけ撮りまくれますからね。
 本当に、良い時代になったものです。

 とは言うものの、「写真はフィルム」の時代に、一枚一枚、お金と時間と手間をかけて撮ったからこそ腕が磨かれた……という部分も、確かにあります。
 私、どう写真に撮れるかが、撮る前からほぼわかりますから。
 だから撮る前に露出補正とかホワイトバランスの修正とかカラーエフェクトの変更とかをパパッとして、迷うこと無く時間をかけずにサッと撮ることが出来ます。
 それもフィルムのカメラで、写真の基礎をしっかり修行したおかげだと思っています。

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