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空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

高い空

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 大晦日も、我が家では別に何もしませんねぇ。
 まあ、年越し蕎麦を食べるくらいですかね。

 実は私、以前は紅白歌合戦すらあえて見ない人だったんですよ。
 何と言いますか、NHKの「大晦日は皆が紅白を見るもの」という押しつけがましい態度が気に入りませんで。
 日に何度も繰り返しやっている、3~5分程度の番宣の時間にやれば充分なのに、紅白の出場者をわざわざニュースの時間をさいて放送したり。
 誰が紅白に出場するかが、社会や政治の問題より重要なワケないだろ!
 そんな反発心から、私は紅白すらあえて見ないでいたのです。

「こうするのが普通」
「みんなはそうなのだから、オマエも」
 日本人が大好きな集団の同調圧力、私、大っ嫌いなんです。
 空気を読んで皆に同調するより、変わり者と呼ばれても我を通す方を選びます。
 それが私です。

 けれど近年では、紅白も見ています。
 脳梗塞も心筋梗塞もやった病弱な八十代の母が、紅白くらい見たいと言うもので……。
 ま、見てやりますよ、親孝行のつもりでwwww。
 そう言えば日向坂が出るんですよね、今年は。

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雲越しに太陽を見る

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 年末ですが。
 我が家は本当に何もしません!
 近所では餅をつく家もありますが、そんな事はしませんし、大掃除すらナシです。
 まあ、ただの掃除は普通にしますが、それも日頃と同じです。
 玄関には注連飾りをかけ、鏡餅も飾り、それで新年を迎える準備は終わりです。
 だって「年末年始だから」と気張るの、メンドクサイですからwwww。
 ハイ、私は横着者です。

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檸檬堂鬼レモンと酒乱について語る(酒に罪は無い、悪いのはその人の本性だ)

 最初に断っておくが、筆者は甘ったるい飲み物が好きではない。
 だからジュースも果実100%の製品以外は飲みたいと思わないし、コーラも嫌いだ。
 それゆえ酎ハイについても、ほぼ「甘ったるい」としか思えない。

 そんな時に目にしたのが、コカコーラ・ボトラーズジャパン製造の、こだわりレモンサワー檸檬堂鬼レモンである。
 果実17%ということは、一缶350mlのうち59.5ml、ほぼ60mlがレモン果汁ということである。
 それだけレモンが入っていれば、確かに鬼レモンの名にふさわしかろうと思い、試しに買ってみた。
 他の缶酎ハイと違い、甘ったるくないことを期待して。
 ちなみに檸檬堂には、鬼レモンの他に果汁10%の定番レモンなどがある。

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 さて、鬼レモンだが。
 飲んでみると確かに酸っぱい!
 だが飲めないほど強烈な酸っぱさでも、不快な酸っぱさでもなく、甘さを感じずに問題なく飲める。
 とは言うものの、他のレモン味の缶酎ハイより格段に酸っぱいので、「ゴクゴク飲む」というわけにはゆかない。
 急がず普通に味わいながら飲んでちょうど良い感じだ。

 ところがですね、この最初は「酸っぱい!」と思った檸檬堂鬼レモン、飲み進めるうちに甘く感じるようになってくる。
 酸っぱさに慣れたのかどうか、飲むほどに甘さを、缶酎ハイにおなじみの後から添加された人工的な糖類の甘さをその中に感じるのだ。
 そして飲み終えた後に残ったのは、歯にまとわりつくような甘さだった。
 この檸檬堂鬼レモン、最初は驚くほど酸っぱいのだが、結局は甘い缶酎ハイの仲間である。

 実はこの檸檬堂鬼レモン、意外にカロリーが高いので要注意だ。
 普通のビールや缶酎ハイは100ml当たり50kcal前後だが、これは100ml当たり80kcalある。
 一缶飲めば、280kcal摂取することになる。
 酸っぱいのに、何故こんなにカロリーが高めなのか。
 それは原材料を見ればわかる。
 レモン、スピリッツ、果糖ぶどう糖液糖、食塩、炭酸、酸味料、香料、酸化防止剤(ビタミンC)とある。
 この中で特に要注意なのは、果糖ぶどう糖液糖だ。
 これは体に吸収されやすく、太りやすい成分だったような記憶がある。

 つまりこの檸檬堂鬼レモンはレモン果汁をたっぷり使い、その酸っぱさを果糖ぶどう糖液糖の強い甘さで打ち消し、さらにその甘さを酸味料で抑え、香料でレモンらしさをより強く出しているのだろう。
 この檸檬堂鬼レモン、レモンもたっぷり使っているが果糖ぶどう糖液糖と体に吸収されやすい糖分もしっかり使っている。
 その結果が、カロリー100ml当たり80kcalというデータになっているのだろう。
 この檸檬堂鬼レモン、気をつけた方が良い。
 他の缶酎ハイと違って甘ったるさはかなり少なく、料理、特に揚げ物など洋風の料理にも合いそうだが、実は他の“甘ったるい缶酎ハイ”より1.5倍もカロリーが高い。
「レモン果汁たっぷりで甘さを感じにくいが、実は糖分もたっぷり」ということだ。
 この酸っぱさに騙され、「甘くないから」と思ってガンガン飲むと、ズバリ太る。

 ただこの檸檬堂鬼レモン、アルコール分も9%と高い。
 それに酸味も強いし、ガブガブ大量飲酒はしにくいと思うのだが……。
 カロリー高めだし、アルコール分も高めで酔いやすい。
 だからこの檸檬堂鬼レモン、飲む時には要注意だ。

 ところで、年末年始でもあり、お酒を飲む機会が多いと思う。
「お酒さえ飲まなければ、良い人なのだが」と言われる酒癖の悪い人が、よくいる。
 はっきり言う。
「酒さえ飲まなければ良い人」など、この世に存在しない。
 何故ならば、酒の効果は「抑制をとる」のであって、「人を変える」のではないからだ。

 思い出してみてもらいたい、貴方の知る身近な酒癖の悪い酔っ払いを。
 例えば日頃は真面目なのに、酔うと抱きついたり触ったりして女性にセクハラを働く。
 そのような酔っ払いは、オバチャンやブスなどにも見境なく抱きついているだろうか?
 断言する。
 酔ってセクハラを働く酔っ払いは、泥酔していてもまず間違いなく若くて容姿の良い女性に抱きついている。
 いくら酔っていても、相手はちゃんと選んでいるのだ。

 また、絡んで暴言を吐く酔っ払いもいるが。
 日頃尊敬している大好きな人に暴言を浴びせる酔っ払いがいるだろうか?
 酔っ払いが絡んだり暴言を吐いたりする相手は、まず間違いなく普段から不満を抱えている相手だ。

 繰り返すが、酒の効果は「抑制を無くす」である。
 酒には人を助平にする催淫効果も、人を粗暴にする効果も無い。
 つまり酔った時の言動はすべてその人の本音であり、本性なのだ。
 日頃は真面目なフリをしていても、元々助平で下心もあるから、酒で抑制がとれて狙っていた女性にセクハラを働くのだ。
 日頃はハイハイ言うことを聞きご機嫌を取っていても、内心では嫌いで軽蔑しているから、酔って抑制がとれると絡んで暴言を吐くのだ。
 断言する。酔った時の言動はすべてその人の本音であり、本性である。
 酒を飲むと「人が変わる」のではなく、「隠していた本性が丸出しになる」のである。
 だから「酒を飲めば本音がわかる」というのは、真実である。

 ゆえにこの年末年始には、お酒を飲む人たちの言動を注視していて貰いたい。
 酔っぱらった時の姿を見れば、その人の本性がわかるから。
 繰り返すが「酒さえ飲まなければ良い人」など、この世に存在しない。
 酒は人を変えない。
 酒はただ抑制をとるだけである。
 酒が悪いのではなく、酒を飲むとトラブルを起こす人は本性が“悪”なのである。

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筆者が神社に初詣に行かない理由

 そろそろ年が明け、初詣に行く方も少なくないと思うが。
 筆者は初詣には、あまり行かない。
 静かに我が家で除夜の鐘を聞きながら、良い酒(大晦日から元旦にかけて飲むのはたいてい日本酒)を傾けつつ新年を迎えることが多い。
 初詣は行っても寺で、神社には行かない。
 初詣でなくとも、天照大神とその係累を祭った神社には「絶対に参らない」と、個人的に固く心に決めている。
 筆者はまだ歴史を知らない小学一年生だった頃、元帝国陸軍軍曹で志願して軍人となった父に連れられて伊勢神宮に行かされたことを、生涯の汚点と思っている。
 歴史を学び、自分の意志で行動を決められる大人となった今は、伊勢神宮には死んでも行きたくないと思う。

 筆者はNHKなどの報道機関が、天照大神について「皇室の祖先とされている」と放送する度に腹立たしくてならない
 皇室の祖先が神だなどと、子供でもわかる嘘っぱちの伝説だろうが!
 断言する。
 皇室の祖先は大陸からこの島国に渡って来た征服民族の長であり、平たく言えば「我ら国民と同じただの人」である。
 敗戦までは現人神、生きた神と称し、国民が神として拝むことを強制されていた昭和天皇も、人間宣言をしたではないか。
 天皇やその祖先が神であるなど、断じてあり得ない!

 筆者は「天皇制は廃止すべきである」と思っているわけではないし、歴代天皇の中には尊敬すべき素晴らしい人が何人もいる事実を、歴史を学んで良く知っている。
 しかし日本の天皇家については、諸外国の王室とは違う違和感と警戒感を抱いている。

 理由を言おう。
 例えばイギリスの国王(女王)を尊ぶ英国民は少なくないが、国王や王家の人々を神やその子孫と信じている国民は誰一人いない。
 そして英国王も神や神の子孫と自称した事もなければ、自身を生き神さまとして国民に拝ませた事も無い。
 諸外国では、国王や王家の者は尊ばれても「同じ人」なのだ。
 伝説や神話を史実と混同した挙げ句に、王家の者を神と信じる“既知外”は存在しない。

 だが我が国では、皆様のNHKですら天照大神を「皇室の祖先」と報じている
 それだけではない。
 一部の歴史教科書も「天照大神の孫の瓊瓊杵命がこの国を統治する為に高天原から高千穂峰に下り(天孫降臨)、その曾孫が初代天皇の神武天皇となった」という全くあり得ない嘘っぱちの神話を、あたかも史実であるかのよう生徒らに印象付けようとしている。

 皆さんは、なぜ日本の皇室の長が他の立憲君主国のように国王や皇帝ではなく“天皇”なのかを、ご存知だろうか。
 まず“王”は君主であり、“皇帝”は王を越える絶対的な支配者の意であるが、どちらも間違いなく人間である。
 だが天皇は違う。
 古代の日本はその制度の多くを中国(随や唐)から習ったが、その中国では国、つまり地上の支配者が皇帝であり、そして天にあって宇宙を支配する神が天帝であった。
 その“皇帝”と“天帝”を併せたのが、日本の“天皇”なのである。
 つまり天皇とは、「天上天下を共に支配する皇帝であり神」という意味なのだ。
 天皇は、今や「日本国の象徴」ということになっているが。
 称号を天皇ではなく皇帝とし、神話と史実を峻別して「皇室の祖先は天照大神ではなく、今も昔もただの人である」と明言しない限り、筆者は皇室を崇拝し尊敬できない。

 ちなみに、天皇のことを英語では“Japanese emperor”または“mikado”という。
 筆者は天皇は“日本国天皇”でなく英語表記の通りJapanese emperor、“日本国皇帝”であるべきだと考える。
 天皇が“天皇”と自称し、国民からもそう呼ばれている限り、天皇は「神の子孫の現人神である」だの、「天皇の祖先は天照大神で、その孫が天から降臨してきて日本を支配した」などという、愚にもつかぬ神話から切り離せない。

 筆者の老母は「天皇陛下は現人神さまだ!」と教えられ、学校で毎日拝むことを強制されてきた。
 それだけではない。
 その“神”である天皇の為に、何百万という日本人が戦争で命を落とした。
 この国の権力者は、天皇が神であることを利用し、その名の下に権力を悪用し、意に添わぬ者らに非国民や不敬罪の汚名を着せて虐待し、更に無謀な侵略戦争さえ起こしてきた。
 だから戦後、天皇制を廃止しない代わりに天皇は人間宣言をした。

 しかしそれだけでは足りぬと、筆者は考える。
 天皇は人間宣言を徹底し、ただ自身が神であることを否定するだけでなく、「皇室の祖先は天照大神などの神ではなく国民皆と同じ人間で、神話と史実はまるで違う」と明言すべきだ。
 そして天皇ではなく“日本国皇帝”と名乗るべきだ。
 神である天帝と地上の支配者である皇帝を併せた“天皇”という称号を名乗る限り、日本の皇室は、天照大神を祀る神官や、天皇が神であった戦前を良しとして歴史を逆戻りさせたい極右勢力との縁が、その意にかかわらず切ることが出来ない。

 だから筆者は初詣に天照大神とその係累を祀る神社には行かないし、初詣でなくともその種の神社には絶対に足を踏み入れたくない。
 皇室が「我らは天照大神の子孫などではない、祖先はただの人間だ」と明言するまで、天照大神を祀る神社勢力と縁を切るまで、筆者は天照大神とその係累を祀る神社には足を踏み入れない。
 天皇を神として富国強兵と侵略戦争に狂奔した、明治維新から昭和二十年の敗戦までの軍国日本の近代史をよく学んでほしい。
 天皇を神とする怖さ、その神とされた天皇の権威を権力者が悪用する怖さが、心の底からわかる筈だ。
 貴方が根っからの極右の軍国主義者でない限り。
 だから筆者は、「天皇を神や神話や神社勢力から切り離せ!」と、声を大にして叫びたい。

 貴方はご存知だろうか。
 歴史教科書では、江戸幕府は保守的で閉鎖的で、特に幕末には愚かで状況の変化に対応できなかったかのように書かれているが。
 そして明治維新があかたも「進歩的で良いこと」のように書かれている。
 だから“維新”の文字を党名に掲げた政党すらある。
 その進歩的で素晴らしい筈の明治維新政府は、明治政府が成立して数年も経たないうちに韓国を侵略する征韓論を持ち出した。
 征韓論は結局認められなかったが、その理由は「侵略は良くない」でなく、「時期がまだ早い」からである。
 で、その数年後に韓国に軍艦を送り示威行為をして挑発し、江華島事件を起こして徐々に朝鮮侵略を進めて行った。
 また、1874年には台湾出兵、さらに1894年に日清戦争、1904年に日露戦争と戦争を続け、1914年には必要も無いのに第一次世界大戦にも参戦する。
 さらに1931年には満州事変、1937年には日中戦争と、太平洋戦争を始める以前から明治維新以後の大日本帝国は戦争ばかりだ。
 歴史で「文明開化をした進歩的な政府」と教えられている明治維新後の政府は、実態を見ればほぼ十数年毎に戦争をしている。
 筆者は太平洋戦争について、東条英機ら一部の軍人が悪いのではないと考えている。
 明治維新政府は最初から対外侵略的で、軍事力により植民地を持つ帝国建設を目指していたのだ。
 あの悲惨な結果を招いた太平洋戦争は、明治維新後の政権の対外拡張的で侵略主義的な政策の集大成に過ぎない。
 太平洋戦争を始めた、東条ら昭和十年代の軍人だけが悪かったのではない。
 そもそも天皇を神と掲げて富国強兵による侵略政策を進めてきた、薩長による明治維新から悪かったのだ。

 ちなみに明治維新を誉め称える人達から無能扱いされている江戸幕府だが。
 江戸幕府は幕末に至るまで二百五十余年も、戦争をせず平和な世を保ってきた。
 そしてただ停滞の世の中で安閑と暮らしていたわけではなく、世界に誇れる日本独自の文化も築いてきた。
 さらに対外情勢に無知だったわけでもなく、オランダなどから情報を収集し、外国との問題も戦争でなく何とか交渉で解決しようと努力していた。
 その幕府に強引かつ無法に戦を仕掛け、そして幕府を潰して富国強兵と侵略戦争への道へとひた走ったのが、多くの日本人、特に薩摩と長州、あと何故か関西の人が大好きな明治“維新”である。

 明治維新後の大日本帝国では、国民皆が天皇を神として拝まされて。
 そしてその神である天皇の名の下に無謀な侵略戦争を起こし、結果は数百万の国民が命を落とす悲劇となった。
 どれだけ多くの国民が神である天皇の為に戦場にかり出され、「天皇陛下、万歳!」と叫んで死んでいったことか。
 筆者はその事に対する思いがあるから、天照大神とその係累を祀った神社には参る気になれないし、天皇が相変わらず天照大神を祖先として神事を行っていることにも複雑な思いがある。

 天皇の祖先は天照大神などではなく、間違いなく我らと同じ人である。
 それを認められぬ人は、余程の低脳か既知外である。
 そして明治維新後に天皇が神とされ、国民皆がその神である天皇に絶対服従することを強要された為に、多くの国民が命を落とすことになった。

 無論、筆者の大嫌いな古代の持統天皇なども神を自称していたが。
 しかし古代から江戸時代までは、天皇が神を自称していても、多くの民衆には関係のない事であった。
 国民皆が天皇を神と教え込まれて拝まされ、たった一つしかない大切な命まで捧げさせられたのは、明治維新から敗戦までの間のこである。
 筆者は歴史を学び、その事実をよく知っている。
 だから皇室が今も天照大神に対する信仰や神事を続けている事に、実に歯がゆい思いをしている

 そんな筆者だけに。
 この元旦にも無邪気に伊勢神宮など天照大神とその係累を祀った神社や、明治神宮などに初詣に行く人は、余りにも無知で鈍感過ぎると感じる。

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雲の海

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 こんな性格だから、猫の気持ち、よくわかります。
 そして猫とは、とても上手くやって行けます。
 女性とは喧嘩になりますけれど、家族に迎えた猫とはいつも仲良しですし。
 だから親には「そんなこと言ったら畜生道に堕ちるよ」と呆れられますが、「死んだら猫の世界に行って、亡くなった猫たちと再会してまた一緒に暮らしたい」と本気で思っています。

 私、犬にも馬にも好かれますけれど。
 それでも猫は特別なんです。
「猫と彼女と、どちらを選ぶ?」
 そう迫られたら、マジで悩みますね。
 ただ「女は裏切ったり浮気したりするけれど、猫は愛を注げば裏切らない」と思ってしまうあたり、私の猫好きはヤバいレベルに達してしまっていますね。
 彼女は何人も変わった(すべて彼女にフタマタをかけられた挙げ句にフラれてきた)けれど、猫とは死ぬまでずっと共に過ごしてきた。
 こんな人生ですが、悔いはないですよwwww。
 クリスマスも“クリボッチ”でしたが、猫さえいれば寂しくないですから。
 ハイ、年末年始も猫と過ごしマス。
 幸せですよ、マジで。

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太陽から雲が湧く

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 恋愛でも、この猫的な性格で何度かトラブってきました。
 何しろ気まぐれで、好きな相手にも犬のようにシッポを振って甘えてなついたりしませんから。
 相手に優しくする時もあるけれど、常に彼女最優先というわけでなく、自分の都合がある時や、何か他の事に没頭している時には彼女にも素っ気ないですし。
 だから「なかなかなついてくれない」と、かつての彼女にマジで半泣きされた事もあります。

 今になれば、「猫だと思って扱ってくれ」と説明しておけば良かったと思います。
 気まぐれでべったり甘えたりしないし、ふらりと外に出て自分の好きなことに没頭したりしてしまうけれど、きちんと餌をやって世話をしていれば必ず戻って来るよ……と。

 私を含めた度を超した猫好きは、ドヤ顔をした“ドヤニャン”や、人相の悪い地域のボス猫といった感じの“ワルネコ”を「可愛い!」と愛します。
 そんな可愛気の無いドラ猫ばかり撮った写真集まで、幾つか出されてもいます。
 私もそのような可愛気の無い“ドヤニャン”や“ワルネコ”と思って接してくれるよう説明して頼んでいたら、その女性たちも私と上手くやれただろうにと、今になって心から思います。

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力強い雲

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 私が「写真を撮りたい!」と強く思ったのは、小学校六年生の時でした。
 大好きな美人で大人っぽいKさんに片思いしていて、せめてKさんの写真なりとも持っていたいと思いまして……。
 で、小学校の卒業式の日に、学校に家のカメラを借りて持って行き、お願いして撮らせて貰いました、Kさんの写真。
 中学の修学旅行の時にも班の写真係を買って出て、また別の好きだった女の子の写真ばかり撮っていました。
 そしてそれが高じて、「将来は可愛い女の子をより綺麗に撮る写真家になりたい!」と。
 ですから高校時代など、自分専用の一眼レフカメラと交換レンズを買って、学校の可愛い子を撮りまくりですよ。
 馬鹿だけれど純粋でしたねえ、その頃は。

 ただね、東京に出て本格的に女性を撮るプロの写真家を目指してわかったことがあったのです。
 女性を撮る写真家の世界は、ものすごく体育会的だと言うことです。
 例えば立木義浩さんという一流の写真家でさえ、同年輩(年齢差はほぼ数ヶ月)の写真家のAさんとBさんについて、「俺はAさんの言うことには何でもハイハイと絶対服従、そしてBは俺の言うことには絶対服従さ」と笑いながら話していました。
 そういう世界なんです。

 だからアシスタントは低賃金でこき使われ、時には鉄拳制裁もあります。
 撮られるモデルのアイドルや女優さんに「可哀想」と同情されるくらい、酷い扱いを受けます。
 それでいて親切に指導してくれるわけでなく、技術は「見て盗め」です。
 本当に昔の徒弟制度そのままだったんですよ。
 そして経験を積んでも師匠は独立の世話をしてくれるわけでなく、だからベテランの弟子は、仕事で顔見知りになった雑誌社の人にコッソリ写真を見せに行って、盗むように仕事を取って独立します。
 今はどうかわかりませんが、少なくとも私が写真家を目指す若者だった二十世紀にはそうでした。

 私、気性が本当に“猫”なんですよ。
 集団行動が嫌いで、たとえ相手が飼い主(上司や雇用主)でも違うと思う時にはノーと言う。
 先輩に理屈抜きで絶対服従ということが、どうしても出来ないんです。
 私が従うのは、尊敬できると自分が認めた相手のみです。
 だから体育会系の人は、天敵と言っても良いくらい相性が合わないんです。
 そして女性を撮る写真家の世界は、ガチの体育会的体質で(少なくとも以前は)。
 それで私、プロの写真家になるのを断念しました。

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ほんのり、夕焼け

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 ご存知ですか。
 写真家と言っても、何を撮るかによって収入は様々です。

 一番儲かるのは、何と言っても需要の多い広告写真です。
 ブツ撮りとも言いますが、カタログや宣伝に使うもの、服とか装飾品とか電化製品とか、とにかくあらゆる商品を、消費者の購買意欲をそそるように魅力的に撮る仕事です。
 そして次が、グラビアや写真集用に、アイドルや女優さんの写真を撮る“婦人科”とも呼ばれる分野です。
 実は写真家で収入が一千万を越えるのはこの二つの分野で、他の鉄道や風景や動物などを撮ったり、社会問題を追ったりしているような写真家は、ごく一部の超有名な人を除いては、年収数百万円程度が普通なんです。
 それも自分で企画し持ち込みをし、そして得られる収入も不安定です。

 実は私、その収入二番目の婦人科の写真家志望だったんですよ。
 その点では、将来は暗くなかったんですが……。
 ただ私の性格が“犬”ではなく“猫”だったからダメだったんです。

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夕暮れ時の川べり

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 学生時代、私はずっと写真家になりたかったんです。
 そして特に東京で暮らしていた大学生の間、出来る限り頑張ってきました。
 雑誌社に作品を持ち込み、見て貰うこともしました。

 それでその雑誌社で仕事をしているベテランの写真家さんは「良いじゃないか、この感じ」と言ってくれたのですが、社の写真部長に「露出がダメだ」と言われ、掲載は見送りになりました。
 とにかくもう一歩のところまでは行ったのです。

 けれどそこで奮起するのではなく諦めてしまったのは、まずお金の問題でした。
 写真を撮っている人はご存知と思いますが、写真を撮り続けるにはお金がかかります。
 電子データとして充電したバッテリーで何百枚でも撮れるデジタルの今と違い、写真はフィルムで撮っていた時代はなおのこと……。

 今はカメラとレンズがあれば、後は充電したバッテリーさえあれば良いのだから、写真を撮るのにお金がかかるという意識はあまり無いですよね。
 けれどアナログ写真の時代には、まずフィルムを買い、そして撮ったら現像しなければなりません。
 そのどちらにも、安くないお金が必要です。
 ちなみに今は一枚のSDカードに何百枚も撮れますが、フィルムは一本36枚がせいぜいです。
 私の試算では、一枚の写真を撮るのにほぼ百円かかりました。
 だから「写真を撮る」というのは、百円玉をばら撒きながら撮っているも同然だったのです。
 もちろん、カメラや交換レンズなどの機材にも、何万円単位のお金がかかります。

 だから好きな写真を撮る時間はあっと言う間に過ぎてしまい、「写真を撮るのに頑張る」と言うより「写真を撮る為の資金稼ぎのバイトに頑張る」という日々を過ごさざるを得ませんでした。
 夜にバイトをして昼間に写真を撮りに行き、その合間に大学にも通うというような生活を続けました。
 そんなバイト三昧の日々に、元々丈夫でない私の体がついて行けなかったんですね、結局。

 それが私がプロの写真家になるのを諦めた理由の第一です。
 そして第二は、私が撮りたかったものがマズかったという事です。

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サッポロビールの傑作、伝説のホップSORACHI 1984

 筆者はビールと言えば日本で主流のラガーより、エールの方が断然好きである。
 そしてビールを造っている日本の大手メーカー(アサヒ、麒麟、サッポロ、サントリー)では、サッポロが一番好きである。

 で、サッポロビール伝説のホップSORACHI 1984というエールビールを出した。
 空知郡上富良野町で生まれ、世界で認められたホップ、ソラチエースを使った、「日本のものづくりに誇りを感じながら」、「凛として、香り立つ」味わいを楽しむビールだそうだ。
 缶にも美しいホップの絵が描いてある。
「これは買って飲まねばならない」と、複数本買った。
 しかし買ってはみたものの大事にし過ぎてなかなか気軽に飲めず、賞味期限が近くなった今、ようやく飲んでみた。

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サッポロ・ソラチ②P1160514

 プルタブを開けてグラスに注ぐと、フルーティー、かつ爽やかなハーブ感のあるホップの香りが辺りに広がる。
 そして飲むと、まず甘くフルーティーだ。
 味に深みとコクがあり、少し後からホップのハーブ感とサッパリしたほのかな苦味が追いかけてくる。

 甘さとフルーティーさをまず感じるのだが、後味がとても爽やかなのは、ソラチエースという素晴らしいホップと、サッポロビールのものづくりに対する技術と誇りがもたらしたものだろう。
 ドイツやベルギーやイギリスの一流のビールにも負けない、逸品ビールだ!

 ただこのビールは、香りを堪能しつつゆっくりじっくり味わうべきビールだ。
 日本流に「キンキンに冷やして、喉越しでガブガブ飲む」など、もっての外の外道な飲み方である。
 良質な麦芽が豊かな甘さを、そしてホップのソラチエースがフルーティーさと爽やかなハーブ感と後味を引き締めるサッパリした苦味をもたらしているのだが、キンキンに冷やして喉越しでゴクゴクと、それもグラスも使わず缶のまま飲んだりしたら、ただ苦く重いだけで、持ち味の素晴らしい香りも甘くフルーティーで豊かな味わいもまるでわからないままだ。
 キンキンに冷やして缶のまま喉越しでがぶ飲みして美味しいのは、スーパードライなどの糖質副原料たっぷりのラガービールだけだ。

 日本の自称“ビール飲み”は、糖質副原料入りのラガービールの飲み方を「これがビールの正しい飲み方だ!」と信じ込み、それとは全く違うエールビールのちゃんとした飲み方も知らずに、例によってキンキンに冷やして喉越しでがぶ飲みして「エールビールなんて大して美味しくない」などとほざく。
「バカか!」と怒りたい。

 前にも繰り返し書いたことだが、例外もあるが、お酒を冷やし過ぎるのはあまり良いことではない。
 何故ならお酒に限らず飲食物は、冷やし過ぎると香りと甘味が大幅に減り、苦味が際立つからだ。
 だから冷やし過ぎると、味も香りも台無しになり、ろくに楽しめない。

 そしてそれを「スッキリした味と香り」と評する人もいるが、基本的には冷やし過ぎは味と香りを台無しにすると思っていただきたい。
 例えばワインだが、赤にも白にも適温がある。
 もし「ワインをキンキンに冷やして、喉の渇きを癒したり料理を流し込む為に、喉越しでゴクゴク飲みたい」などと言ったりしたら、その無知をあざ笑われるだろう。
「何と下品な」と。

 エールビールは、11~13℃程度の少しひんやりした程度が適温で、香りも立つし味もよくわかる。
 日本人は何故か、「ビールはキンキンに冷やして飲んでこそ美味しい」と盲信しているが。
 イギリスやドイツなどの涼しい国では、常温で飲むこともあるくらいだ。
 繰り返すが、エールビールには飲んで美味しい、味と香りが生きる適温があり、キンキンに冷やし込むべきではない。
 そしてその素晴らしい香りを堪能する為にも、エールビールは絶対にグラスで飲むべきで、缶からそのまま飲むなど愚の骨頂だ。
 風呂上がりや暑く喉が渇いている時、あるいは料理を流し込む為にガブ飲みするのではなく、エールビールはその豊かな味と香りを楽しみながら、ゆっくりじっくり飲むものだ。
 そのエールビールの飲み方について周知させる努力が、日本のビールメーカーには足りないように思える。

 程々に冷やし、香りも堪能しながらゆっくりじっくり味わってエールビールを飲めば、「ビールって、こんなに香り高く美味しいものだったのか!」と驚愕する筈だ。
 だが「ビールは風呂上がりなどにキンキンに冷えたものを喉越しでゴクゴク飲み干すもので、最初の一杯こそ肝心で後は惰性で飲むもの」と信じているような人達には、何を言っても無駄か。
 このサッポロビールの伝説のホップSORACHI 1984、味も香りも余韻も素晴らしすぎる逸品ビールだが、スーパードライなどが大好きな日本の自称“ビール飲み”達には、残念ながらその良さが決してわからないだろう。
 ああ、勿体ない!

 日本が、この伝説のホップSORACHI 1984のようなビールが「美味しい!」と評判になってくれるような国であれば良いのにと、心から思う。
 エールビールやクラフトビールが好きな筆者から見れば、この伝説のホップSORACHI 1984は最高級の傑作ビールだ!
 こんなビールもあるのに、相変わらずスーパードライが人気でよく飲まれているこの国のビール事情が悲しい。

サントリー・金麦香りの余韻エールタイプP1180673

 伝説のホップSORACHI 1984を飲んだついでに、新ジャンル酒のくせに「エールタイプ」の名を冠した金麦を飲んでみた。
 サントリー金麦香りの余韻エールタイプで、2019限定だそうである。
 缶に欠いてある売り文句は、「冬だけの贅沢な香り」である。
 で、「エールタイプを自称しているのであれば」と、冷蔵庫から出し暖房のある部屋で15分ほど置いて適度にぬるくし、チューリップ型の香りが立ちやすいグラスに注いで……と、エールビールを味わうやり方で飲んでみた。

 ジョッキより香りの立ちやすいグラスに注いでみたのだが、それでも新ジャンル酒の中ではマシな方なのだが、前夜に飲んだ伝説のホップSORACHI 1984などの本物のエールビールと比べてしまうと、嘆かわしいほど香りが貧弱だ。
 比較にならないし、「香りの余韻」という名が泣く。
 しかし僅かにだが弱い香りの中にフルーティーさもあり、エールの片鱗は感じる。

 味は香りよりマシで、エールビールに似た甘さと、フルーティーに近い味わいがある。
 もちろん本物のエールビールと比べたらコクも無ければ味の奥行きも無く、品格がまるで違う。
 だがゆっくり味わって飲める珍しい(貴重とも言える)新ジャンル酒で、本物のエールビールの1/2かそれ以下という価格を考えたら、充分過ぎるほどの品質と出来だ。
 最高の新ジャンル酒と言っても良い。
 もちろん本物のエールビールには全く及ばないが、これを造ったサントリーの努力と技術は誉めるべきだ。

 ただ、これを例によって日本流にキンキンに冷やして喉越しでゴクゴク飲んだら、せっかくのエールに似せた風味が台無しになってしまう。
 伝説のホップSORACHI 1984と同様に、ビール類は「風呂上がりや喉が渇いている時や料理を流し込む為に、キンキンに冷やして喉越しでガブ飲みしなけりゃ」と思っている人には、この金麦香りの余韻エールタイプもその良さを永遠に理解してもらえないだろう。
 本当のエールビールにはまるで及ばないものの、価格を考えれば良く出来た新ジャンル酒なのだが……。
 あと、伝説のホップSORACHI 1984など本物のエールビールは余韻も長く後味もとてもサッパリしているが、金麦香りの余韻エールタイプの後味はあまり良くなく、何か嫌な味が口の中に残ったことを付け加えておく。

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