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空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

選択的夫婦別姓と立憲民主党の愚

 戦前戦中の日本の軍国主義者は大嫌いだが基本的には保守である筆者は、子供の頃から自民党を支持してきた。
 しかし対米従属の新自由主義が大嫌いで、なおかつ軍国主義のかつての日本を美化するような言動には反吐が出る筆者は、小泉純一郎政権の誕生で自民党の候補者に票を入れるのを止め、第二次安倍政権が長く続く今はさらに反自民に転じた。
 安倍首相は民主党政権を何度も「悪夢のような」とこき下ろすが、筆者に言わせれば安倍政権は「悪夢そのもの」だ。
 筆者にとっては、無能で何も出来なかった混迷と停滞の民主党政権時代の方が、今の安倍政権より明らかに「まだマシ」なのだ。

 とは言え、反自民(正確には反安倍)である筆者にとって悩みの種なのは、「反自民(反安倍)の意思を表明する票を、どの党に入れるか?」である。
 まず筆者は右翼と同じくらい左翼も嫌いなので、社民党や共産党は論外である。
 となると、戦後の自由な政治を嫌い、戦前とA級戦犯を美化する安倍首相に比べ、無能でも「まだマシ」な民主党系の候補者しか無い。
 ところがその民主党の一部が権力欲に駆られ、無思慮かつ無分別にも小池という風に乗ろうとして仲間を切り捨て、「反安倍で非左翼の中道」でまとまるべき党を分裂させてしまった。
 だから筆者にとって、「先の国政選挙で結果的に安倍自民党を勝たせた“戦犯”の国民民主党も論外」ということになる。
 すると消去法で、立憲民主党しか残らなくなる。
 まあ、未知数で不安材料は山ほどあるものの、れいわ新撰組という選択肢も無いではないが……。

 ところがその消去法で唯一残った立憲民主党は、安倍自民党に対決する姿勢を明確にしようとして、提案する政策がリベラル寄りになり過ぎている
 それが筆者は、とても気に入らない。
 その一つが、立憲民主党が推進させたい選択的夫婦別姓である。

 選択的夫婦別姓について語る前に、ひとつ確認しておこう。
 今でも結婚する際に「嫁に貰う」だの「婿に取る」などと、考え無しに言う馬鹿たちがいるが。
 戦前戦中はともかく、戦後の日本には「嫁に貰う」も「婿を取る」も無いのだ。

 例えば鈴木太郎と田中花子が結婚するとする。
 選択的夫婦別姓の推進論者がよく言うように、日本では今でも妻が夫の姓を名乗るケースが多い。
 で、結婚した田中花子が“鈴木花子”となったとしても、決して「花子は田中家を離れて鈴木家に入った」わけではないのだ。
 逆に鈴木太郎が妻の姓を名乗り“田中太郎”になったとしても、「鈴木家を離れて田中家の婿に入った」わけでもない。

 勘違いしないで貰いたい。
 結婚した二人がどちらの姓を名乗ろうとも、男女とも「一方の家を出て、相手方の戸籍に入るわけではない」のだ。
 戸籍を確認して貰いたい。
 結婚したら、二人が選んで名乗る姓はどうあろうとも、両者ともがお互いの家を出て二人で新たな戸籍を作るのだ。

 夫婦別姓を推進したい人達(特に“リベラル”な女性たち)は、「結婚して相手の家に入らなければならないのが嫌だ」と言う。
 それは違う。
 仮に鈴木太郎と田中花子が結婚して、妻が夫の姓を名乗ることになり、花子は“鈴木花子”となったとしよう。
 しかし花子は田中家を捨てて鈴木家に入ったわけではなく、太郎と二人で新しい家族を作ったのだ。
 花子が田中家を出るのと同時に、太郎も古い鈴木家を出て、太郎と花子でまた別の新しい鈴木家を作ったのだ。
 少なくとも今の戸籍では、そういう事になっている。

 だから世の夫たちも誤解しないで貰いたい。
 仮に妻となる女性が貴男の姓を名乗る事を選んでくれたとしても、貴男にとっての家族はその妻と生まれてくる子供のみなのである。
 もしも結婚したら「妻のみが家を出て、ボクちんのパパやママやお兄ちゃんやお姉ちゃんたち家族の一員になる」と思いこんでいるとしたら、貴男は時代錯誤の大馬鹿野郎だ。
 結婚するということは、お互いが親の元を離れ新しい家族を作るということなのだ。
 少なくとも、戦後の民法では。
 例え結婚後に義父母や義きょうだい達と同居するとしても、法的にはそれは変わらない。
 まずこの事実を頭に叩き込んでから、夫婦別姓の問題を考えて欲しい。

 日本は昔も今も、夫婦が同じ姓を名乗るが。
 しかし結婚してどちらの姓を名乗るにしても、少なくとも今は「自分の家を捨てて相手方の家に入る」でも、「相手の家を捨てさせて我が家の家族の一員にする」でもないのだ。
 どちらの姓を名乗ろうが、「お互いに家を出て二人で新しい家族を作る」のだ。
 で、その二人で新しい家族を作る際に、一家の姓がバラバラで良いのだろうか。

 世界では、夫婦別姓という国も珍しくない。
 ただその国では歴史的に「夫婦別姓で、生まれた子供は自動的に夫の姓を名乗る」という伝統があり、だから夫婦別姓でも何も揉めないのだ。
 家に来た嫁は死ぬまで他人で、家族になるのはその妻が産んだ子供からというのが、基本的なスタンスなのだ。

 しかし我が国は違う。
 我が国は古来から、夫婦は同じ姓でやってきた。
 我が国の長い歴史による習慣だ。
 夫婦別姓論者(特に女性)は、それを無視して一気にぶち壊そうとしている。
 子供の姓の問題、そしてそれを受け入れることを求められる祖父母など親族の感情の問題をまるで無視して、「女も旧姓のまま結婚したい!」という感情と欲求だけで突っ走ろうとしている。
 韓国など他国で夫婦別姓で揉めないのは、同じように「古来から夫婦別姓でやってきた長い歴史があるから」という事実を、日本の夫婦別姓推進論者はまるで無視している。
 実に愚かだ。
 夫婦同姓の歴史の長い日本にそれを、しかも拙速に導入しようとしたら、いろいろ揉めるに決まっているだろう。

 例えば結婚したらお互いに家を出て、夫婦二人で新しい家族を作ることになる(互いの親きょうだいはもはや“親族”であって“家族”ではない)のだが。
 しかし結婚したら世の中を二人だけで生きて行くわけではなく、結婚後もお互いの親きょうだい達と付き合っていかなければならない。
 仮に日本でも選択的夫婦別姓が認められ、鈴木太郎と田中花子が別姓で結婚したとしよう。
 鈴木太郎と田中花子の二人は、それで良いし満足だろう。
 だが二人の子供はどうなるか?

 夫婦別姓の他国では、生まれた子供は夫の姓を名乗ると昔から決まっているから揉めないのだ。
 しかし日本の夫婦別姓論者は、「子供の姓をどちらにするかは、夫婦で話し合って決める」と言う
 揉めるし不満も残るに決まっているだろう。
 仮に夫婦で不満を残さずに決められたとしても、そこに口を出してくる双方の親族もいる。
 例えば夫婦が二人で決めて「子供は妻の姓にすることにしました」と事後報告したら、夫側の親族、特に子供の祖父母はそりゃあ面白くないデスよ。
 逆に子供の姓を夫側にしても、妻側の親族が面白くないのは同じだ。
 今は夫婦同姓だから、その子供達の姓も生まれる前から既に決まっているわけで、不満が出て来る筈も無い。
 子供の姓についての不満や問題ならば、結婚する際に解決済みなのだ。
 しかし夫婦別姓で、しかも「話し合いで選べる」となると、親族をも巻き込んで必ず揉める

 さらにまた、その姓の選択の問題は必ず生まれてきた子供も巻き込む。
 なぜ自分が父方(母方)の姓にされたのだという疑問は、思春期の子供をきっと襲う。
 夫婦同姓で、しかも夫の姓を名乗るケースが多いこの国で生まれた筆者は、父方の姓を名乗っているが、実は父方の親戚は嫌いなのだ。
 父には申し訳ないが、父方の親戚にはただ可愛がられた覚えがないというだけでなく、人間的にも好きになれない嫌な人(平たく言うとセコくて口うるさい上にこすっからい輩)が多かった。
 それに比べ母方の親戚は良い人が多く、母の姉の夫という血の繋がりのない姻族ですら、筆者にとても良くしてくれた。
 だから「母方の姓を名乗りたかった」と、筆者は心から思った。
 この国が夫婦同姓で、母が結婚して父の姓を名乗ったから、筆者も諦めて父方の姓を名乗っているが。
 もしこの国が夫婦別姓で、しかも子供の姓をどうするか予め決まっておらず、日本の夫婦別姓論者の言うように「夫婦で話し合って決める、あるいはある程度の年齢になったら子供にも選ばせる」のだとしたら、筆者は絶対に「母方の姓にしたい!」と言い張っただろう。
 そして父を激怒させただろう。

 夫婦別姓論者は、子供の姓は「夫婦の話し合いで」と言う。
 そして中には、「ある一定の年齢になったら、子供自身に選ばせても良い」と言う人達もいる。
 彼らは「人はみな話し合いで穏やかに解決できる」と信じているらしい。
 この世には論理的な話が通じない感情的な人がいることや、お互いに譲れない問題があること、譲れても譲った方に遺恨や感情的なしこりが残ることを、ご存知ないらしい。

 夫婦別姓で生まれた子供の姓の問題については「夫婦の話し合いで」と言っても、結局はどちらかが譲るわけで、譲った方の親族は面白くない。
 また、鈴木太郎と田中花子の子供の姓を「公平に」ということで、「第一子は鈴木で、第二子は田中に」などと決められたら、きょうだいで姓が違うというややこしい話になる。
 そしてそのきょうだいにしても、「なぜ自分は田中にされたのだ、鈴木の方が良かった」という不満が出てくる。
「選べる道が多くなる」ということは、ただハッピーなだけでなく「不満もそれだけ多くなる」という現実を、夫婦別姓論者はご存知ないらしい。
 実に脳天気でお気楽な人達だ。

 夫婦別姓については、「別姓の夫婦に生まれた子供の姓をどうするか」についてすら、まだちゃんと皆が納得できる案を出せずにいる。
「夫婦で話し合って」と言い、「ある一定の年齢になったら、改めて子供に選ばせても良い」とも言う。
 夫婦で話し合ってと言うが、その夫婦の力関係は平等なのか?
 対等に、理性的に話し合える知的な夫婦が、この世にどれだけいると思う?
 惚れた弱みとも言うし、当初より相手を愛してしまった方が譲ってしまったりもするだろう。
 選ばれなかった苗字の親戚(特に祖父母)の感情とその後に残るしこりも、ちゃんと考慮しているのだろうか?
 子供にも選ばせても良いとも言うが、それは何歳の事だ?
 ある年齢の女の子には「理屈なく父親が嫌い」という傾向がある事は有名でもあるが、それも考慮しているのか?


 こうした子供の苗字の問題ひとつすら熟慮せず、ただ「姓を変えたくない、別姓で結婚したい!」という自分の思いと都合だけで前のめりに突っ走る人が、夫婦別姓を推進したい人に非常に多い
 と言うか、夫婦別姓を実行した場合に起きるであろう諸問題を熟慮し、それに対する皆が納得できる考えを提示した上で夫婦別姓を進めようとする人を、少なくとも筆者はただの一人も見たことが無い
 筆者の知る限りで、夫婦別姓論者は自分の感情で突っ走りたい、「子供より、親である自分が大事」という人ばかりだ。

 毎日新聞に、小国綾子という記者がいる。
 この人も、ガチガチの夫婦別姓論者だ。
 この人はかつて毎日新聞に夫婦別姓を強力に押し進めたい旨の長文の記事を書いた。
 その記事の末尾には「ご意見をお送りください」と記されていたから、今回書いた趣旨の、夫婦別姓にした場合の、主に子供の問題について書き、記者はそれをどう考えるか質問をした。
 しかしその長文の疑問と質問は黙殺され、回答は無かった。
 そしてこの2月18日に、小国記者は再び選択的夫婦別姓を強く押し進めたい旨の記事を書き、選択的夫婦別姓で子供に問題があっても、それは多様性を認めない社会が悪いのだと述べていた。
 社会や周囲の人々が良かろうが悪かろうが、夫婦別姓を受け入れるにはこの社会には現に問題が多々あると筆者が述べたのに、頭から夫婦別姓は多様性の一つで絶対善として「それを認めない社会が悪い」と言い切るのだから、この記者とはそもそも会話や議論にならない。
 それにしても、このような己の理念で突っ走って現実を見ようとしない人が記者として記事を書いているのだから、毎日新聞には呆れる。
 まあ、こんな新聞でも、左翼の朝日新聞や、安倍政権ベッタリの讀賣新聞、それにガチウヨの産経新聞より「まだマシ」だから消去法で購読しているが。

 姓を変える苦痛も、社会的にそれなりに地位を築いた後で姓を変える煩わしさも、筆者は理解する。
 だから筆者は、以下の二つのことを提案する。
 ①旧姓の社会での通称使用を広く認める。
 ②結婚したら夫の姓を名乗るものと決めつけず、男性も積極的に妻の姓を名乗る。

 この二つが実現すれば、夫婦別姓など必要ないのではないかと、筆者は考える。

 職場では旧姓で通し、名刺も旧姓を書く。
 しかし結婚後の姓も、職場の同僚には周知させる。
 それである程度の地位を築いた者が、結婚で姓を変える問題は無くなる筈だ。

 旧姓使用では駄目だという夫婦別姓論者は、こんな極端な例を出す。
 職場では旧姓で働くある人の子供が学校で急病になり、学校から職場に電話がきた。
 だが職場の同僚は結婚後の新しい姓を知らなかった為、その電話が繋がらなかった。

 その人は職場の同僚には新しい姓を、子供の学校には旧姓を秘密にしていたのだろうか?
 社員全体ならともかく、同じ職場で働く同僚の旧姓と本名を記憶できないような者は、社会人として失格ではないかと思うが、どうか。
 旧姓使用を広く認め、職場など公的な場では旧姓を使い続け、だが同僚には新しい姓も教える。
 そして私的な場では新しい姓を使いつつ、子供の学校など必要な相手には旧姓も教える。
 それで良いではないか。

 今では共稼ぎで、なおかつ妻の方が夫より収入や社会的地位が高い場合も少なくない。
 だから結婚する際には、「夫婦のうち、変えても社会的な影響の少ない方が姓を変えれば良い」と筆者は考えている。
 男女とも、頑なに「結婚したら、妻は夫の姓にするもの」と思い込むのではなく、結婚後に妻の姓を名乗る夫がもっと増えるべきと、筆者は考えている。

 残念ながら、筆者はまだ独身だが。
 かつて筆者が交際していた女性は、兄弟姉妹の無い一人っ子だった。
 だから彼女が結婚したら、彼女の家は途絶えてしまう。
 筆者はその彼女と交際していた時、「彼女と結婚したら、彼女の姓に変えても良い」と本気で思っていた。
 ちなみに筆者のきょうだいは姉一人で、姉も結婚して夫の姓を名乗っていたから、もし筆者が結婚して彼女の姓になったら、筆者の家は途絶えてしまう。
 それでも構わないと、筆者は思っていた。
 好きな彼女の為なら、自分の姓を変えても良い。
 筆者にはその覚悟があったから、夫婦別姓にこだわる人達の気持ちがさっぱり理解できないのだ。
 世の中には、「あたしの姓はあたしのアイデンティティーだ、だから変えたくない!」と言う夫婦別姓論の人もいるが。
 筆者は自分が姓を変えたくらいで変わるような、ちんけなアイデンティティーは持ち合わせていない。
 姓を変えても、筆者は「自分は自分」で人としての中身は何も変わらない。

「名前など符丁に過ぎない」と言った人がいるが、筆者も同感だ。

 ただ「自分の姓を変えるのはイヤだ!」という一念だけで。
 長い長い歴史のあるこの国の夫婦同姓の制度をブッ壊し、子供の姓という難問に対する明確な対応策すら示さずに、とにかく選択的夫婦別姓を導入しようという人達の短慮としか思えない思考が、筆者には全く理解できない。

 容易に考えられる弊害から目を背け夫婦同姓の制度をブッ壊して別姓に変える前に、旧姓の通称使用を広く認めるとか、妻側の姓を名乗る男性を増やし、夫婦になる二人のうち社会的地位の高い方の姓を名乗るのを当たり前にするとか、やれる事はいろいろあるのに。

 明治“維新”では有為の人を多く殺し、多くの人の犠牲の上に成立した明治政府は、その後は自由民権運動の大弾圧をして、安政の大獄など問題にならぬほど多くの人を殺した。
 そして軍国主義政策を進め、戦争を繰り返し、多くの国民を死なせた。
 明治維新の行き着くところが、先の世界大戦と多くの国民を道連れの犠牲にした大日本帝国の崩壊である。
 だから筆者は、歴史を学んだ者として明治維新を全く評価していない。
 歴史に“if”は禁句だが。
 幕末に徳川家と佐幕派が考えていた、諸藩の藩主を議員に、将軍を議長にした議会を作って新国家を建設するというプランで進んだ方が、余程も平和的な未来が待っていたのではないかと夢想する。
 ちなみに明治維新政府は、政府に反対する者を弾圧するだけでなく、約十年毎に戦争と侵略を繰り返していた。
 それに比べ、徳川幕府は秀吉の朝鮮侵略の後始末をして朝鮮との国交を回復しただけでなく、幕末まで約二百五十年以上、一度も対外戦争をしなかった事も付け加えておく。
 にもかかわらず大衆は、維新が大好きだ。
 だから明治維新が今も過大に評価され、維新を名乗る政党が関西では自民党をしのぐ勢いだ。

「自民党をブッ壊す!」と叫んだ小泉純一郎は、アメリカの言いなりに新自由主義をこの国に導入し、この国を派遣さんばかりの格差社会にして、自民党ではなく日本をブッ壊したが、大衆には大人気である。
 とにかくこの国の国民は、熟慮して問題に対する対策も考え抜いた上で慎重に変えて行くより、今あるものを考え無しに乱暴に「ブッ壊して」ドラスティックに変えるのが好きで、その種の煽動的な指導者に喝采を送る
「日本をもう一度洗濯」で有名な坂本龍馬も、筆者は過大評価され過ぎていると考える。
 龍馬など、司馬遼太郎が小説に書くまでは殆ど注目されていなかった筈だ。

 ずっと夫婦同姓だったこの国の制度を壊し、選択的であれ、これまであり得なかった夫婦別姓という新しい制度をわざわざ取り入れなくても。
 旧姓の通称使用を広く認めるとか、男も妻側の姓を名乗るとか、解決策はいろいろあるのだ。
 事実江戸時代には、子供が女子のみの家に少なからぬ男が婿に行き、その家の姓を名乗っていた。
 なのに“リベラル”とか“進歩的”とか言われる人達は、子供の姓など諸問題が考えられるのに、何故それらから目を背けて「とにかく、やっちゃおう!」とばかりに夫婦別姓に前のめりになるのか、それがまるで理解できない
 そして自民党の穏健派などとも組んで政権を担える中道政党であるべき立憲民主党が、右派色の濃い安倍自民党との対決姿勢を鮮明にする為に、選択的夫婦別姓に賛成などリベラル色を強めている現実が、筆者としては非常に残念である。

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雲の向こうに日差しが…

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 でもプラモデル作り、今はしてないです。
 好きな気持ちはまだありますし、つい買ってみたくなるんですが。
 ただ無いんですよ、完成したモデルを置く場所が。
 最初のうちはまだ良かったのですが、幅10cm、長さ15cmはあろうという戦車を何十台も作ってごらんなさい、本当に置き場所に困りますから。
 で、プラモデルは繊細なパーツで作られていますから、掃除をする家族にハタキでもかけられたら一発で細かい部品が壊れます。
 自分の子であろうが、親戚や知人の子であろうが、子供は怪獣と同じです。
 子供はすぐプラモデルに興味を持ち、遊んで無惨に破壊してくれます。

 また、模型は作るのに時間と手間がかかりますからね。
 組むのにも時間がかかるだけでなく、塗装は塗っては乾かし、塗っては乾かしの繰り返しで。
 で、その間はずっと机いっぱいに、さまざまな工具や、いろんな色の塗料が並べられています。
 有機溶剤入りの塗料や接着剤、そして刃物など、危険なものがあれこれあります。

 私、猫と暮らしていますので。
 そして猫は、机の上に飛び乗りますから。
 その猫が塗料を浴びたり、刃物で手足を切ったりするリスクを思うと、プラモデル作りを再開する気持ちになれなくて。
 塗料にはスプレーも使いますが、あれも人間もマスクが必要な有害なものなんですよね。
 まあ、私にとっては「猫との暮らし>プラモデル作り」だったという事です。
 で、猫バカな私は猫の安全な暮らしの為に戦車や兵士の模型作りを止め、猫には無害な戦史研究の本を読んでいます。
 あと、近年では「模型の代わりに、本物の軍服や、実際に軍で使われた水筒や雑嚢などを集める」という、お金のかかる&無意味なこともしていますwww。
 本当にバカです。


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青と白

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 子供の頃に田宮模型のドイツ軍の戦車やドイツ兵を作って育ったものだから、ただミリオタであるだけでなく、ドイツびいきにも育ちましたが。
 でも私、意外でしょうがロシア人とユダヤ人も好きなんですよ。

 田宮の模型作りからドイツ軍の第二次世界大戦での戦いぶりに興味を持つようになり、戦史研究、そしてナチズムの研究も始めまして。
 で、ナチスドイツ軍と言えば、ユダヤ人を差別して虐殺し、そして戦争での最大の敵はソ連(ロシア)で、ロシア人とは血を血で洗う残忍な戦闘を繰り広げました。
 だから興味を持ったんです、「ユダヤ人やロシア人とは、どんな人たちだろう?」と。
 そしていろいろ調べた結果、私、ユダヤ人もロシア人も好きになりました。
 ただ旧ソ連や今のロシアの指導者は好きになれないし、今のイスラエルという国は心の底から大っ嫌いです。
 なぜ「ユダヤ人は好きなのに、イスラエルは大嫌いなのか?」という点について話すと、とても長くなってしまいますから、ここでは省略しますが。
 矛盾しているようですが、「ある者が大好きせいで、その敵も好きになってしまう」ということ、実際にはあるんですよ。

 例えば今、ゲームの影響もあって戦国武将が若い人にも人気ですよね。
 で、仮に上杉謙信が好きだとすれば、仇敵はやはり武田信玄ですよね。
 となれば、当然その武田信玄についても、「どんな奴か?」と調べるじゃないですか。
 そしてその結果、好きな人の敵も「なかなかの人物ではないか」と思ってしまう事もあるんですよ。

 で、私は小学生の時にただ「カッコいいから」と始めたドイツ軍のプラモデル作りから、ドイツに興味を持ち、第二次世界大戦史を調べまくり、さらにはその敵のロシア人やユダヤ人にまで興味を持ち好きになってしまったのでアリマス。


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雲の勢い

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 作っていたプラモデルが、ドイツ軍の戦車と兵士に偏っていたのは、ただ「カッコよかったから!」ですが。
 でも昔の田宮模型のミリタリー・ミニチュア・シリーズは、ただ作りやすい上に、説明書がまたスゴかったんですよ。
 ただ作り方だけ書いてあるだけではなくて、そのモデルの歴史まで書いてあるんです。
 例えばⅢ号戦車なら、どういう過程で開発され、他国の戦車との違いはどうで、戦争中にどう改良されてと、それはもう“歴史と背景”まで詳しく書いてあるんです。
 だから昔の田宮模型のミリタリー・ミニチュア・シリーズの説明書は、とても分厚い。

 ドイツ軍の88mm対空・対戦車砲の模型の説明書など、タミヤの説明書の凄さの代表的なものですね。
 その88mm砲は、最初は対空砲として開発されるんですが。
 でも戦争が始まると、連合軍の戦車の装甲がドイツ軍の想像以上に分厚くて、ドイツ軍の対戦車砲の弾をすべて跳ね返してしまう。
 それで窮余の策で、ロンメル将軍が88mm対空砲で敵の戦車を撃たせて、それでようやく連合軍の戦車をくい止めた。
 で、以来88mm砲は対戦車砲としても使われるようになるのだけれど。
 その88mm“対空”砲で撃たれて戦車を撃破され、捕虜になったイギリス軍の兵士が、捕らえたドイツ兵に文句を言うのです、「対空砲で戦車を撃つなど、卑怯じゃないか!」と。
 それにドイツ軍の将校が、こう言い返すのです。
「対戦車砲で撃ち抜けない戦車で攻めてくるのも卑怯じゃないか」
 田宮模型のミリタリー・ミニチュア・シリーズの解説書は、こんなエピソード満載だったんです。
 だから当然、田宮模型のミリタリー・ミニチュア・シリーズを作った少年たちは、戦史にも興味を持つ立派なミリオタに育つのです。
 ハイ、私も田宮模型のミリタリー・ミニチュア・シリーズを作ることからミリオタになった一人です。

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日没直後の頃

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 私のドイツ好きは、歴史が長い(wwww)ですよ。
 実は私、子供の頃、ものすごく不器用だったんです。
 私の母が不器用で、その遺伝なのでしょう。
 それで図画工作には、保育所の頃から苦労してきました。
 でも今は、私、不器用ではないです。
 機械の扱いも全く苦手ではないです。
 それは全て、小学4~5年生の頃にプラモデル作りにハマったおかげです。

 私がハマったのは、田宮模型のミリタリー・ミニチュア・シリーズ、特にドイツ軍の戦車や兵士たちのプラモデルです。
 理由はただ、「カッコいいから!」です。
 よく作りましたねぇ、Ⅱ号戦車とドイツアフリカ軍団の兵士セットとか、Ⅲ号戦車とドイツ指揮官セットとか、ハノマーク装甲兵員輸送車とか。

 プラモデルはただパーツを接着するだけではなくて、塗装もして初めて完成なんです。
 だから1/35の、全身で5cmくらいしかない小さな兵士の、軍服のベルトとか水筒とか雑嚢とか、さらには階級章やボタンまで筆で塗り分けるわけですよ。
 もう、1mm以下の世界ですね。

 ええ、執念でやりました、好きだから。
 何度も失敗をしながら諦めずにプラモデル作りをしているうちに、いつの間にか私、不器用ではなくなっていました。
 保育所に通っていた頃、お遊戯に使うお面の塗り分けも出来ず、鋏も使えずに保育士の先生にガミガミ怒られ、それで大泣きして“登校拒否”に陥った私が、いつの間にか不器用でなくなっていたのは、ひとえにタミヤの模型のおかげです。

 今は器用とは言いませんが少なくとも不器用ではなく、家にあるもの(電化製品や家具など)も、故障したら買い換えるより前に「自分で直してみよう」と思えるようになったのも、すべて田宮模型さんのおかげです。
 ドイツ軍の戦車とかドイツ兵のプラモデルを作っていた何年もの経験があって、今では何か故障したらホームセンターやパーツショップに行って、出来る範囲で自分で直す大人になりました。


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夕暮れ時

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 日本の今の会社の経営者クラスの年代(60代以上)の人達は、今の若者について「海外に行こうという意欲のある者が少ない」と嘆きます。
「若い頃の自分達は海外に行きたくて、チャンスがあれば仕事でも留学でもしに海外に行ったのに」と。
 私は“若者”と言える年代ではありませんが、無いですねぇ~、「海外に行きたい!」とか、「海外に住みたい!」などと思ったことなど。
 時の政権に不満はあっても、私は日本の暮らしに満足していますし、政権もいずれは変わります。
 だから日本以上に海外を良いと思った事、私は無いです。
 それゆえ海外旅行すら、行こうという意欲が沸いてこないんですよ。
 で、「高い金を出して数日海外に行くくらいなら、趣味のことにそのお金を遣った方がずっと楽しい」と。

 そんな私ですが、ドイツだけは好きです。
 趣味のカメラも、ドイツ製のを集めています。
 カメラ以外でも、ナイフでも何でもメイド・イン・ジャーマニーというだけで良い物のように感じて、欲しくなってしまうんです。
 ……バカです。

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クレイモア

 筆者が一番好きなお酒は、やはりウイスキーだ。
 最近はビール類や日本酒等の記事ばかり書いていたが、ウイスキーもちゃんと飲んではいた。
 ただ飲むのがシーバス・リーガル、ジョニ黒にジョニ赤、それにブラックニッカ・スペシャルといった定番のウイスキーばかりだったので、記事にはなかなか出来なかった。
 だが最近、久しぶりに違うウイスキーを飲んでみたので、そのクレイモアについて書いてみる。

クレイモアP1180892

 クレイモアは千円ちょっとの、いわゆるスタンダード・スコッチだ。
 以前にも飲んで「これは良い!」と思ったのだが、惜しいことにジョニ赤やホワイトホースやティーチャーズなどのようにメジャーではなく、置いてある店はそう多くない。
 そのクレイモアを久しぶりに見つけたので、買って飲んでみた。

 キャップを開けて、いつものチューリップ型の小振りなグラスに注ぐ。
 花を思わせる、濃く甘い好ましい香りをまず感じる。
 ビターチョコを思わせる香りもある。
 この価格帯(千円台前半)のウイスキーにありがちなアルコールの匂いは、かなり少ない。
 飲んでみても若いアルコールのツンとした刺激は少なく、このクラスのウイスキーとしては屈指のまろやかさで、割らずにそのままストレートで楽しく飲める。
 コクもあり味わい深く、美味い。
 間違いなく“お値段以上”の良いスコッチだ!
 欲を言えば、骨太なスモーキーさがあればもっと良いと思う。
 筆者がスタンダード・スコッチで外せない定番と思うジョニ赤にあり、だがこのクレイモアに無いのは、はっきりと自己主張するスモーキーだ。
 ただそれは個人的な好みの問題だし、世の中にはスモーキー香が好きでない人も少なからずいる。
 だから客観的には、「ジョニ赤よりクレイモアの方がバランスが取れている」と言えるだろう。

 飲んでまず感じるのは、花の蜜や果物を思わせる甘さだが、後味はビターでサッパリしている。
 これは良い!
 味に厚みがある上にまろやかでもある。
 筆者は「そのウイスキーの本来の味と香りは、開封し時折空気に触れさせながら数日待った後でないとわからない」と思っているが、このクレイモアは開封直後から文句なく美味しい!
 甘くビターで味わい深くまろやかで、ジョニ赤にも負けない。
 はっきりとわかるスモーキーささえ求めなければ、こりを晩酌用の定番ウイスキーにしても良いと思った。

 開封して時々空気に触れさせながら、一週間ほど待つ。
 香りはより濃く甘くなり、元々少なかったアルコールの匂いは殆ど無くなる。
 香りにチョコレートの要素も感じる。
 飲むとまずハニーな甘さとコクを感じ、程良いビターさがそれに続く。
 飲み応えあり!
 アルコールの刺激は少なくまろやかで、ストレートで気持ち良く美味しく飲める。
 余韻に心地良いビターさが長く続く。
 そしてその余韻の中に、控え目ながらスモーキーさも感じるようになった。
 ブラックニッカ・スペシャルにも、どこか似ていると飲んでいて感じた。

 そこでクレイモアとブラックニッカ・スペシャルを、実際に飲み比べてみた。
 続けて飲んでみると、ブラックニッカ・スペシャルの方が軽やかで華やか、しかしクレイモアの方がコクと味に深みがある。
 しかし味や香りや余韻やまろやかさなど、評価点は総合的に見れば互角で甲乙付けがたい。

 さらにクレイモアをジョニ赤と、続けて飲み比べてみた。
 飲んだ後の満足感は同じだが、クレイモアの方が癖が無く飲みやすく、ジョニ赤の方がよりビターでスモーキーでコクを感じる。

 ジョニ赤やブラックニッカ・スペシャルと飲み比べてみて、改めて思う。
 クレイモアはとても良い、美味しいウイスキーだ!
 甘くビターでコクがある上にまろやかで飲みやすい。
 後味に、僅かだがスモーキー香もある。

 度数40%やそれ以上のウイスキーを飲み慣れていない人もいると思うので、1対1で水で割る、トワイスアップも試してみた。
 香りは心地良く問題ない。
 香りの主体は、花を思わせる甘さだ。
 飲みやすいし、それなりに味わいもあり、水っぽくはない。
 ただストレートでも充分に飲めるウイスキーだけに、ストレートを飲み慣れた人には少し薄く感じられて物足りないかも。
 しかし優しい甘さが心地良い。
 そしてほのかなビターさとスモーキーさも感じる。
 テレビや映画を見るとか本を読むとかしながら気軽にスイスイ飲むには、トワイスアップも悪くない。
 但しスッと心地良く飲めるが、余韻は無い。
 飲みやすく不満の無いトワイスアップに、より濃い味で満足感も高いストレートといったところだ。

 千円ちょっとのウイスキーには、ストレートでは若いアルコールの刺激がキツ過ぎ、割らねばとても飲めない製品が少なからずある。
 日本でハイボールを異常なまでに流行らせたサントリーの角瓶など、その代表格だ。
 角瓶のハイボールがウケるのは、アレはストレートではまともに飲めない代物からだ。
 そんなストレートでは飲みづらいウイスキーが多い価格帯の中で、クレイモアはさほど有名ではないが実に良いスコッチである。
 ウイスキーブームと言うのであれば、このようなウイスキーこそこの国でもっと売れるべきであろう。

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アメリカとイランの敵対の根源にあるもの(大使館と外交官の安全と名誉の保全は国の責任)

 イランとアメリカとの仲が、非常に険悪だ。
 筆者はアメリカびいきではないし、下品で知的とはほど遠いトランプ大統領も好きではないが、この件については断言する。
 イランとアメリカが仲が悪い責任は、ほぼイランにある。
 悪いのはイランで、関係を何とかしたければ、まずイランかアメリカに謝罪するべきである。

 理由を言おう。
 親米路線をとってきたイランのパフラビー(パーレビ)王朝が、民衆とそれを煽るイスラム教指導者によって倒され、イランがイラン・イスラム共和国となった1979年に、イランは国際的に絶対に許されない非礼な行為をアメリカに行ったからだ。
 アメリカがイランをずっと敵視するのは、その為である。

 その1979年に、イランがどのような非礼をアメリカに働いたか。
 イランの首都テヘランにあるアメリカの大使館に、イスラム指導者に唆された革命防衛隊の若い連中が暴れ込み、破壊や文書の略奪など乱暴狼藉の限りを尽くした上に、大使館員を長期間にわたり人質にとり続けたのだ。
 大使館と大使館員の安全は国際的に保証されており、どんな理由があろうとも、親米のパフラビー王朝を倒した際に革命派のイスラム教徒がアメリカ大使館と大使館にした行為は、絶対に、断じて許されないのだ。

 ナチスドイツは、1941年6月にソ連との不可侵条約を破り、ソ連に宣戦布告なしの奇襲攻撃をかけた。
 それでソ連は広い国土を奪われ、ソ連軍は大打撃を受け、ソ連の民間人も酷い目に遭った。
 当時のソ連の人(ロシア人)にとって、ドイツ人は不意打ち攻撃をかけ侵略してきた仇敵である。
 だから前線では、酷いことが戦争当初から数々行われていた。

 例えばドイツ軍の中にはヒトラーの護衛隊から誕生したエリートである武装親衛隊があり、武装親衛隊は敵からは特に憎まれていた。
 その武装親衛隊もソ連に奇襲攻撃を加えた中に加わっており、独ソ戦の初期にソ連軍の捕虜になった親衛隊の兵士がいた。
 彼らはソ連の秘密警察に引き渡され、酷い拷問を受けた。
 その彼らは、1941年の冬近くに、進撃したドイツ軍によって発見された。
 撤退したソ連軍の便所の肥溜めの中で、遺体となって。
 しかもその肥溜めの中に放り込まれた時、彼らはまだ生きていたという。

 敵兵に酷い事をしたのは、もちろんソ連兵だけではない。
 ドイツ兵も投降したソ連兵を殺したり、虐待して死に追いやったりした。
 特にソ連軍を指揮する共産党の政治委員は、ヒトラーの指令により、見つかり次第、問答無用で射殺された。
 第二次世界大戦のドイツとソ連の戦争は、開戦当初からこのように非常に陰惨なものだった。

 しかしそのような状況の中でも、ソ連はモスクワのドイツ大使館と外交官に手を出さず、ドイツ大使と部下の外交官たちを無事にドイツに送り返した。
 そしてヒトラーもまた、ベルリンのソビエト大使館と外交官には手を出さず、ソビエト大使とその部下たちを無事にモスクワに送り返した。
 それが国際的なルールだからである。

 1941年の12月に、日本はアメリカに奇襲攻撃をかけた。
 宣戦布告前に、不意打ちでハワイの真珠湾を襲い、多くの艦艇を沈め大勢のアメリカ兵を殺傷したのである。
 当然、アメリカ人は激怒した。

 当時、大統領やアメリカの指導部には、欧州でイギリスを追い詰めているナチスドイツ、そしてそれと同盟して中国や東南アジアを侵略している日本と戦いたい意思があった。
 しかし国民はそうでなく、「アメリカが侵略されたわけでなし、他国の戦争にかかわりたくない」という者が少なくなかった。
 それを一変させ、「日本やドイツのファシストと戦おう!」と国民を一致団結させたのが、日本軍の奇襲である。
 以後、「パールハーバーを忘れるな!」はアメリカ人のスローガンとなった。
 アメリカの学生は大学で学ぶのを中断して軍に志願し、女性たちも兵器を作る工場に働きに出た。
 そして米国にいた日本人や日系人は、敵性国民として収容所に放り込まれた。
 しかしそんな空気の中でも、ソ連と同様にアメリカもまた、憎い敵の拠点である駐米日本大使館や外交官たちには手を出さず、大使と日本人の外交官たちを安全に日本に送り返した。

 当時の日本は鬼畜米英がスローガンだったし、国民の大半が戦争に賛成し、緒戦の勝利に大喝采を贈った。
 当時の日本国民はアメリカ憎しで凝り固まり、戦争前に友好の証として日本の全国各地の学校にアメリカから贈られた人形を焼くというような、子供じみた馬鹿げた事まで行われた。
 ちなみに交換に日本からアメリカに贈られた日本人形は、焼かれたり捨てられたりせずに残っている。
 しかしそれでも日本人は東京のアメリカ大使館には手を出さず、その安全を守り、大使とアメリカ人外交官は安全にアメリカに送り返された。

 おわかりだろうか。
 宣戦布告なしの奇襲攻撃を受けようが、侵略され軍だけでなく人民も大きな被害を受けようが、「大使館と大使館員に手を出すのはNG、絶対ダメ!」なのである。
 その原則は、ヒトラーやスターリン、それに東条英機といった、歴史上悪名高い独裁者や軍国主義者ですら守っている。
 鬼畜米英と叫び、アメリカから贈られた人形を焼いて喜んでいた我ら日本人も、アメリカ大使館と外交官には手を出さなかったのである。

 たとえ敵対する国であれ、外国の大使館と外交官の安全を守るのは、その国の義務だ。
 もし鬼畜米英のスローガンに踊らされた日本国民がアメリカ大使館に暴れ込んだり、アメリカ大使やアメリカの外交官に暴行を加えようとしたら、守るのは東条英機ら日本の指導者の責任なのである。
 大使館と大使館員の地位と安全は、それくらい尊重され守られているのである。

 例えば北朝鮮の外交官が、外交特権を利用して悪事を働いているのは有名な話である。
 外交官は、彼が持つ荷物を検査されない。
 だから北朝鮮の外交官は、偽札や麻薬などをスーツケースに入れて国境を越えて運んで外貨を稼いでいる。
 わかってはいるが、外交特権を持つ外交官だから、どこの国も手を出せないのだ。
 犯罪の証拠があっても、大使館内に踏み込むことも、大使や大使館員を逮捕することも許されない。
 出来るのは、悪事の証拠が明白な外交官を国外追放するか、大使館そのものを閉鎖させて国交断絶し、大使とその部下をすべて本国に送還することだけである。
 繰り返し言うが、「国を侵略され、はらわたが煮えくり返っているから」と大使館内に乱入し、大使や外交官に暴行を加えるなど、絶対に許されないのだ。
 外交官を捕らえて長期間人質に取るなど、論外の蛮行である。

 イラン人がアメリカを敵視し、イスラム革命の際に大使館に暴れ込んで暴行略奪し、アメリカ人の外交官を長期にわたって人質に取ったのには、歴史的、政治的な背景もある。
 イランの産業と言えば、まず石油である。
 しかしその石油の採掘権などの利権は、メジャーと呼ばれる欧米の石油会社が握っている。
 パーレビ王朝時代のイランでも、そうだった。
 だからモサデク首相がイラン国内でイスラム勢力と左翼の支持を受けて権力を握った時、モサデク首相は石油をメジャーから奪って国有化した。
 当然、メジャーとその背後にいる欧米は、利権を奪われて怒る。
 それで欧米、特にアメリカは親国王の軍部を支援した。
 そして軍部はクーデターを起こし、モサデク政権を倒して権力を国王に戻した。
 むろん、その背後にはアメリカがいる。
 国王はイランの近代化を進める一方、イスラム保守派と左翼を秘密警察を使って弾圧した。
 その背後にはアメリカがいると、イランの民衆も知っていた。
 我々の石油による利益が、欧米のメジャーに搾取されている……とも。
 だから反欧米・反王政、そして親イスラムの動きが強まった。
 その動きはやがて抑え切れなくなり、イスラム勢力による革命が起きて、パーレビ王政は1979年に崩壊するわけだが。
 そしてイスラム聖職者に指導された若い学生や革命運動家が、テヘランのアメリカ大使館に乱入し、乱暴と略奪の限りを尽くしただけでなく、アメリカの外交官を捕らえて長期間人質にするという愚行に走った。
 ヒトラーやスターリンや東条英機ですら許さなかった暴挙である。

 当時その暴挙に加わった、あるいは指導したイラン人たちは、今もなお自分たちの非を認めない。
 襲ったのは「アメリカがパーレビ王政を支援していた証拠を保全する為」で、「国民感情からも仕方ない」と。
 それを言うならば、アメリカの日本大使館やソビエトのドイツ大使館にも「侵略戦争を企てていた証拠がある筈」で、大使館内に暴れ込んで暴行を働いても「国民感情がそれを許した」だろう。
 しかしソ連のスターリンもアメリカのルーズベルトも、それを許さなかった。
 スターリンやルーズベルトは演説等でそれぞれの敵に対する憎悪を煽りつつ、大使館と大使館員の安全を国民から守った。
 イランの指導者には「革命を起こす自由」はあるが、同時に自分が煽った国民の怒りから「敵国の大使館と大使館員を守る義務」もあったのだ。
 しかしイランのイスラム革命を指導したイスラム聖職者は自らアメリカ大使館を襲わせ、大使館員を人質に取り、その国際法違反を今もなお正当化しているのだ。
 非常識極まりない。

 独裁的な政権を支援し、その国から利益を得ることは正義にかなう事ではないし、「良い事」とは決して言えない。
 しかしそのような事例は、今でもざらにある。
 例えばサウジアラビアは自由の無い独裁的な王国だが、アメリカはそれを支援している。
 日本だって、「今もアメリカの占領下にある」と言える。
 多くの権益をアメリカに握られ、少なからぬ国土を治外法権のアメリカ軍の基地と演習場として占拠され、おまけにその費用の7割以上も国民の税金から払わされている。
 これで独立国と胸を張れるのか。

 例えばGAFAが世界的に権益を握りつつあるが。
 もし日本に自主独立を掲げる左派的かつ民族主義的な政権が選挙で成立し、「GAFAの日本法人を国有化する」と宣言したら、どうなるか。
 たちまちアメリカに政権を転覆され、すぐにアメリカに忠犬ポチのように尽くす親米政権ができるだろう。
 GAFAに手を出さなくとも、「日本にもしアメリカの言いなりにならない自主独立を叫ぶ政権が出来たら、アメリカに必ず潰される」と断言できる

 メジャーが他国の利益を搾取するのは誉められたことではないし、独裁的な政権をアメリカが支援するのも良い事とは言えない。
 しかしその国の人がやって良いのは「革命を起こして政権を倒すこと」までで、いくらその国が憎いからと大使館に暴れ込むのは完全にアウトなのだ。
 だから筆者はイランとアメリカの不和に関して、「まずイランが大使館に乱入し、略奪暴行の限りを尽くした上に大使館員を人質に取ったという、許されざる不法行為を真摯に詫びるべき」と考えている。
 国民を弾圧したパーレビ王政をアメリカが支援した過去に文句を言うのは、その後だ。

 その点で、北ベトナム(現ベトナム)は幸運だった。
 1960年代から70年代にかけて、ソ連が背後にいる北ベトナムと、アメリカが支援する南ベトナムの間で長い戦争が行われた。
 そして北ベトナムは、南ベトナム国内の解放戦線を支援していた。
 ある年のベトナムの正月であるテトに、解放戦線と北ベトナムは、南ベトナムの首都サイゴン(現ホーチミン)に大攻勢をかけた。
 それを“テト攻勢”と言うが、サイゴンのアメリカ大使館は主要な攻撃目標になっていた。
 解放戦線と北ベトナムは、アメリカ大使を捕らえ、「砕けたガラスの上をアメリカ大使に裸足で歩かせ、勝利を世界にアピールしよう」と考えていた。
 だが南ベトナム軍と駐留していたアメリカ軍に打撃を与えたものの、テト攻勢は失敗し、アメリカ軍は大使館を守り切った。
 解放戦線と北ベトナムがもくろんだ、「アメリカ大使を捕らえて、惨めな姿を世界に晒させる」という計画は失敗したのだが、それで結果的に良かった。
 大使館をアメリカ兵が守り切った為、大使も捕らえられず、だからイランとの関係とは違い、アメリカとベトナムは後まで長く遺恨を残す結果にならずに済んだ。

 北ベトナムの共産勢力は、アメリカ国内の反戦運動の高まりで米軍がベトナムから撤退した後、ベトナム全土を制圧した。
 その後、共産主義ベトナムから逃れる難民の問題などで、アメリカとベトナムの関係は暫くは良くなかったが。
 ベトナムは今も一党独裁の共産主義国家とは言え、今は経済は自由化し、アメリカとも交流している。
 ベトナムで捕虜になった元アメリカ兵がベトナムを訪問したり、当時のアメリカの指導者がベトナムを訪問して、当時のベトナムの指導者と会談してお互いの事情や胸の内を語り合ったりもした。
 もしテト攻勢が成功して、アメリカ大使がイランでされたように人質になっていたら、アメリカとベトナムの関係はこうはなっていなかっただろう。

 国内で求心力を高める為に、仮想敵国を作り、その国に対する国民の怒りを煽ろうとする指導者は少なくない。
 下劣だが、それはよくある政治手法で、論理的にものを考える事が苦手で感情で動く大衆には非常に有効だ。
 ただ一つ忘れてはいけないのは、「ある国に対する国民の敵意を煽って支持を上げる一方で、その仮想敵国の大使館と外交官を、自分が火を付けた国民の怒りから守らねばならない」という事だ。
 それを忘れると、今のイランとアメリカのような長い遺恨を招くことになる。

 もちろん言論の自由はある。
 しかし大使館と外交官は「たとえ宣戦布告なしに自国に攻め込み国土を侵略してきた敵国の施設と一員であろうと、その安全を守らなければならない」ほど、尊重すべき存在なのである。
 だから大使館に対する侮辱的な行動も、国際的に許されていない
 ゆえに筆者は、韓国の大統領と現政権に非常な懸念と怒りを感じている。

 これを書くと、必ずや在日の人達や韓国びいきの日本人女性、それにわかった顔をする“リベラルな人達”に噛みつかれるだろうと予想できるが、あえて言う。
 法的には解決済みの従軍慰安婦問題を蒸し返し、その像を日本大使館前に建てるなど、非常な侮辱だ。
「喧嘩を売っているのか」と取られても仕方のない行為だ。
 しかし韓国の政権は、それを許し、放任している
 何故なら韓国の政権は反日の空気を煽ることで国民をまとめて支持率を上げているから、日本大使館を守ることで弱腰と見られて支持率が下がるのが怖いのだ。
 道理や国際法より、国内の支持率の方が優先というわけだ。
 まあ「法や道理より支持率とお仲間の意向が大事」というのは我が国の現政権も同じだが、韓国の大統領が許している日本大使館への侮辱は、日韓関係に大きな禍根と遺恨を残す。
 断言するが、日本大使館の前に従軍慰安婦像を建てたことによる日韓関係の悪化の責任は、すべて韓国とその指導者にある

 このように、国には各国の大使館と外交官の安全と名誉を守らなければいけない責任があるのだということを、皆様にもしっかり理解していただければと思う。
 イランとアメリカの関係悪化は、アメリカ大使館に暴れ込み外交官を長期間人質に取ったイランに全ての責任がある。
 同時に日本大使館前に従軍慰安婦像を建てることを許して放任している韓国は、日本人の韓国に対する感情の悪化に責任を持たなければならない。

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空を流れる雲の塊

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 それに比べて、保育所の年長さんの時の設楽先生は優しかったです。
 私は子供の頃からインドア派で、ヤンチャな所は全くなく、部屋で本を読むのが大好きでした。
 だから保育所でも外で遊ぶのではなく、中で本を呼んでお話ししていました。
 そして設楽先生は、その私の良いところだけを誉めて伸ばしてくれました。
 外で元気よく遊べとか、運動しろとか言わず、「お話が面白くて良い子ね」と。

 そんなインドア派ですから、保育所で遊ぶ相手は女の子ばかりで。
 そして幼児の頃は、モテるのは「スポーツの出来るイケメン」ではなく、一緒に遊んでくれる優しい子だったりします。
 ええ、私の生涯の一番の“モテ期”は、その設楽先生に「お話の面白い子」と誉められていた年長さんの頃だったかも知れません。
 私の周囲にはいつも女の子たちが居て、その中には後にモテモテの美少女になるCちゃんとかYとかも居まして。

 でもね。
 小学生、それも高学年くらいになると、モテるのは「スポーツの出来るイケメン」になるじゃないですか。
 で、小学校の高学年になったある日、学校の帰り道でその美少女になったYちゃんと出合いまして。
 Yちゃんは私を見ると眉を顰め、一緒にいた女の友達にこう言いました。
「私、昔は“あんなの”と仲良かったんだよ」
“あんなの”ですからねえ、ヒドいです。

 それはともかく、保育所の怖かった先生や優しかった先生のこと、オッサンになった今でも覚えていますから。
 保育士になりたいと思っている方、あるいは既に保育士をしている方。
「大きくなったら、子供たちは自分の事など忘れてしまうのだろうな」なんて思わないで下さい。
 保育所や幼稚園の子供たちは、先生のこと、意外なくらいしっかり覚えているものですよ!


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紅色の雲の筋が見えますか?

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 親戚や近所に幼児が居る皆さん、幼児の記憶力をナメちゃ駄目ですよ!
 私、保育所には年中さんから入所したのですが。
 私は子供の頃とても不器用で、だから親に鋏とか使わせて貰えなかったんです、「危ないから」と。
 けれど保育所では鋏を使う図画工作が普通にあって、まるで出来なかった私は担任のオバサン先生に罵倒レベルに叱責されたんです。
 ハイ、保育所の年中さんでなりました、登校拒否に。
 でも子供だから、泣いて叫ぶのを、親に担がれて無理矢理保育所に送り届けられました。

 ただ親は何もしてくれなかったわけではなく、私を激しく叱ったオバサン先生に、私が鋏を使えない事情を話してくれました。
 さらに母は「よろしく」と頼むだけでなく、そのオバサン先生に菓子折りも渡して。
 その菓子折り(中に小判は無し)のせいか、以後そのオバサン先生は優しくなりましたけれど。
 それでも「不当に叱った、怖い嫌な先生」という記憶は今も残っています。

 ちゃんと覚えていますからね、久保田先生!


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