空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

懐かしの『同級生2』⑥・『いちご100%』と『恋愛ラボ』そして『ふぁいなる・あぷろーち』

 小説やマンガを読んでいてさ、最初は面白いと思ってすごく熱心に読んでいたのに、主人公が恋する相手が絞られて来たら急に気持ちが醒めちゃって、読み続ける気が無くなった……って経験、キミにも無いかなあ?
 黒沢はそーゆーコトが度々あってね、例えば河下水稀さんの『いちご100%』とか、宮原るりさんの恋愛ラボ』とか。
 誤解の無いようにまず言っておくけれど、黒沢は河下水稀さんも宮原るりさんも大好きだよ。もう、ネットで予め調べて、コミックスの新刊は出た当日に書店に行って買うくらいに。
 けどそれだけに、大好きなキャラが黒沢から見てヘンなヤツの方とくっつきそうになると、メチャ腹が立っちゃうんだよねぇ。「何でコッチを選ばないで、こんなヤツ寄りになるのかなぁ?」って。

いちご100% 1 (ジャンプ・コミックス)いちご100% 1 (ジャンプ・コミックス)
(2002/08/02)
河下 水希

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『いちご100%』は有名だから、知っている人も多いと思う。けどあえて概略を言うと、真中というヘタレ男が、東城綾、西野つかさ、北大路さつき、南戸唯の四人の美少女の間で、フラフラ、よろよろする……といったお話なんだ。
 で、その四人のヒロインたちを黒沢から見ると、「西野さんこそ理想そのもの、でもあまりに完璧過ぎて、長く一緒に居たら気疲れしてしまいそう。実際に彼女にするなら、やはり一番気が合う北大路さんでしょ」って感じでさ。あと、南戸唯は「どーでもイイ」って感じで、東城綾に至っては「ウザ過ぎ、消えてくれ」くらいに思ってた。
『いちご100%』のファンには、東城綾を熱烈に支持してる方々が数多くいることも承知してマス。その人達にはあらかじめ「ゴメンナサイ」って土下座して謝っちゃうしかないけれど、黒沢には「鬱陶しい、面倒くさいオンナ」としか思えなかったよ。

 わかってマス、東城綾みたいに内気で思ってるコトもなかなか言えないで、でも心の中ではイロイロ思ってて、「このツラい気持ちを、どうかわかって……」と主人公を遠くからジトっと眺めているようなタイプを「女らしくて、いじらしくて可愛らしい」と思う男子が大勢居ることくらい。
 けどね。
 ズバリ言っちゃうけど、この東城綾って“察してチャン”そのものだから。そしてその察してチャン的態度を「女らしくて可愛い」と思えるとしたら、それはキミにリアルな恋愛体験が少ないからだよ。
 だってさ、恋愛も含めて物事って、ただ思ってるだけじゃ、どうにもならないんだよ遠くから「好き、好きなの……」って、じっと相手に念wを送ってるだけじゃダメなんだ。

 物事って、何らかのアクションを起こさなきゃ動かないものだし、恋愛だってそうだよ。好きなら好きで、勇気を出して思い切って自分からアピってかなきゃ、状況は何も変わらないって。
「好きで遠くから想い続けてたら、相手が気持ちに気付いてくれて、しかも自分を好きになってくれて告ってくれて……」なんて、小中学生向けの少女マンガのセカイだけだから。
 気持ちってものはさ、現実には「ちゃんと言わなきゃ、伝わらない」ものなんだよ。だって人間には、テレパシーなんて無いんだからさ。
 よく「共感力が大切」とか「空気を読め」とか言われるけれど、それにだって限界アリマス、ってば。

 なのに相手にちゃんと言わないで、自分で勝手に我慢した挙げ句に、不満をつのらせて「何てわかってくれないの!」ってブチ切れて喧嘩になるパターンが、現実の恋愛では何と多いことか……。
「気持ちは相手にちゃんと伝える」って努力をせず、普段はイイ顔して「ワタシは平気だから」みたいに振る舞っててて、けど心の中ではモヤモヤをいっぱい抱えてる察してチャンって、リアルな恋愛ではマジで地雷女レベルに厄介だよ。
 だから『いちご100%』の北大路さつきや西野つかさは、心から「いいナ」って思えたよ。だって自分の意志や思ってるコトを、ちゃんと伝えてくれるからね。そして東城綾は、黒沢的にはかまってチャンのウザい地雷女……というコトで。

 まっ、西野つかさは女の子として理想的に描かれ過ぎているし、彼女が目指すところも高いんで、「実際にもしこんな彼女が居たら、釣り合うだけの男になれるよう頑張らなきゃ……ってプレッシャーがキツそうだな」とも思ったけどね。
 その分、気も話も合うし元気でフレンドリーな北大路さつきの方が、「長く付き合うなら絶対このコ!」って思っちゃったけどね。
 恋愛関係では辛い事も含めてイロイロあって、すっかりヨゴレた大人になってしまった黒沢としては、「女子としては①が西野つかさで②が北大路さつき、でも付き合うなら①が北大路さつきで②が西野つかさで、東城綾だけは絶対あり得ない」ってのが、黒沢の『いちご100%』の各ヒロイン評なのでアリマス。

 けど、『いちご100%』のメインヒロインは、その“察してチャン”の東城綾なんだよ。途中からはともかく、少なくとも最初の設定ではね。
 主人公の真中は最初、西野つかさを「好きだ!」って思って告るんだけど、実はそれは勘違いで、彼がホントに恋した相手は東城綾だったんだ。そして告った行きがかり上、勘違いに気付いた後も真中は西野つかさと付き合い続けるのだけど、東城綾はその後もずっと、密かに真中を想ってて……。
 その設定や経緯を見れば、「結局本命は東城で、やがて誤解が解け西野とは別れて、東城とくっつく事になるんだな」って思っちゃうじゃん。小説やマンガをそれなりに読み慣れていて、ストーリーの先ヨミもある程度できちゃう人なら、特にね。

『いちご100%』って、タテマエでは「東・西・南・北、四人の美少女の“真ん中”でフラフラするヘタレ主人公」って設定なんだけど、実際には「ホントに好きだった東城」と「勘違いで告白して付き合うコトになってしまった西野」の、この“東西”の間でフラついてる……って感じなんだ。
 だから途中から参戦してきた北大路さつきが、噛ませ犬と言うか当て馬と言うか、ずっと損な立場に置かれて冷たい扱いを受け続けていたのは、まあ仕方ないと思ってたけどさ。
 それでも自分の実体験からも「リアルに長く付き合って行きたいなら、こーゆータイプの子が間違いなく一番なんだけどな」って思ってただけに、北大路さつきがつれない扱いを受け続けるの、読んでいて辛かったデス。

 で、残る本命の東城と対抗の西野を比べると、黒沢の見るところでは「西野=理想の憧れの美少女、東城=察してチャンの面倒くさくてウザい女」だったから。
 けど初期設定やストーリーの流れを考えれば考えるほど、「西野とは別れて、本来好きだった東城とくっつく」という結末しか見えなくなっちゃってさ。
 しかもストーリーが進むにつれて、西野は主人公を置き去りにするようにして、自分の夢を追いかけて、主人公の手の届かないような高いところにどんどん登って行っちゃうんだよ?
 そーゆーのを見るにつけ、「コレって、やはり後の別れに至る伏線だよなぁ」という予感が強くなってさ。

 でも察してチャンでジメっとした東城と違って、西野ってホント良いコなんだよ。そして西野を「良いコだよナ」って思えば思う程、その先を読み進めるのが辛くなっちゃってさ。
 だって「アホ主人公が良いコをフッて、ウザい女とくっついてメデタシ、メデタシ」なんて結末、あえて見たいと思わないもの。
 だから『いちご100%』全19巻のうち、黒沢は10巻めまでしか読めなかったよ。
 ただ、つい最近になってネットの情報でたまたま知ったのだけど、実際の結末は“大人の事情”やら何やらで、ある意味予想外だったようだけどね。で、この『いちご100%』の読んでいなかった後半の部分を、近いうちに読んでみようと改めて思ってマス。


恋愛ラボ 1 (まんがタイムコミックス)恋愛ラボ 1 (まんがタイムコミックス)
(2008/03/07)
宮原 るり

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 あと、宮原るりさんの『恋愛ラボ』も似たような感じで、途中から読めなくなっちゃってマス。
 主人公のリコについては、まあ「どーでもいい」って感じで。元気な良い子なのはわかるけど、負けずギライで見栄っ張り(勝ち気?)な女の子って、黒沢はどーもあまり好きになれないないんで。
 でもこのリコの親友のマキさん、イロイロ世間からズレたヘンな子なんだけれど、すっごく可愛くて良いコでさー。
 ただね、このマキさんに絡んでくるヤンって男が、極め付きの厭な野郎なんだよ。
 平たく言えば、無愛想で皮肉っぽい屁理屈屋という感じかな。まあ顔は良いから、女子はある程度「クールでステキ!」って支持するだろうけど、同性の男から見れば、十人中九人は「好感持てねぇ~」ってヤツだよ。
 そして話の流れで行くと、この可愛くて良いコのマキさんが、何かこのヤな野郎のヤンとくっつきそうな予感がしてさ。少女マンガによくある、「最初は険悪な仲→でもナゼか気になる→気がついたらスキ(ハァト)」ってパターンで。
 一方、主人公のマキのお相手になりそうなサトシくんの方は、誰から見ても良いヤツの好青年でさ。
 それだけに「何なんだよ、この扱いの差はッ!」って、腹が立ってならないんだよ。

 例に挙げた『いちご100%』や『恋愛ラボ』だけでなく、男女にかかわらず「好感を持ってたキャラが、厭なヤツとカップリングされると、そのストーリーに対する気持ちが一気に醒めてしまう」ってこと、けっこう無いかなあ?
 何しろ黒沢は、好みや価値観がフツーとズレてることが多いらしいから、小説やマンガを読んだりドラマや映画を見たりしていて、「何でA美でなくB絵とくっついちまうんだよッ」って腹が立っちゃうコト、少なくないんだよねえ。
 そしてアプローチをかける相手を誰にするかだけでなく、主人公の行動面でも不満がいろいろ出てきて、イラっとしてきたりしてさ。「ソコで何でそんなコトしちゃうかな、もっと別のやり方があるのに」みたいな。

 その点、アドベンチャー系のゲームはイイよ。仲良くする相手も、そしてどう行動するかも自分で決められるからね。物語の進行を傍からただ眺めているしかない他の創作物と違って、ゲームは自分が主人公になってストーリーを動かして行けるんだ。
 無論その結果も自分に返って来て、目も当てられないバッド・エンドになっても、それは“自己責任”ってコトで。
 でもそれだけに、自分の選択の結果に対するハラハラ感は、作者の作った一本道のストーリーを追ってるだけの小説やマンガなどよりずっと強いよ。
 もちろん幾つもある選択肢やその結果も、所詮は制作者が組み上げたプログラムの中でのコトでしか無いよ。「ゲームでは、自分が主人公として行動できる」というのも、お釈迦様の掌の上の悟空レベルの錯覚に過ぎないんだけどさ。
 でも「メインヒロインのA美がキライなタイプだったら、自分好みの脇役のB絵をヒロインにした物語に変えられちゃう」っての、やはり小説やドラマなどには無いスゴい魅力だと思う。


φなる・あぷろーち (プリンセスソフトコレクション)φなる・あぷろーち (プリンセスソフトコレクション)
(2006/03/02)
PlayStation2

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 いつかまた詳しく紹介するつもりだけど、『ふぁいなる・あぷろーち』ってゲームがあってね。コレには五人のヒロインが出てくるのだけど、黒沢は押し掛け嫁wの益田西守歌(しずか)のルートにしか進む気になれなかったよ。
 って言うか、他の四人については「この女にわざわざ手を出す理由がワカラン」あるいは「この子に手を出しちゃ、人としてマズいだろ」って感じでね。
 で、黒沢はその益田西守歌ルートだけで『ふぁいなる・あぷろーち』を終えて、もうそれ以上やってないんだ。
 と言っても、決してつまらなくて放り出したのではないよ。益田西守歌とのグッド・エンドだけでもう充分満足……って感じでゲームを終えたんだ。
 さらに言えば、続けて他の子とのルートをプレイしたら、益田西守歌とのエンディングの余韻をブチ壊しにしてしまうような気もして、それ以上続ける気になれなかったんだ。
 他のキャラについては「興味ナシ」か「個人的にはムリ」でも、自分の好みにバッチリ合う子が一人でもいれば、恋愛ゲームってそれでかなり満足出来ちゃうんだよね
 まっ、『ふぁいなる・あぷろーち』で「益田西守歌しかあり得ねーだろ」って思ったのは、あくまでも黒沢個人の価値観の問題であってさ。だからその人の好み次第で、「自分の妹」やら「親代わりの従兄の彼女」やら「婚約者のいるお嬢サマ」やら、あるいは「ちょっと素っ気ない幼なじみ」といった他のキャラを振り向かせてみるのもアリだろうし。

『ふぁいなる・あぷろーち』に限らず、恋愛ゲームのヒロインと言うか、一つの作品の中で選べる相手は5~6人というのが大半だね。ま、中には「選べるお相手は十数人」なんて恐ろしいゲームもあるにはあるけれど、ソレは割と特殊な例だから脇に置いておくとして。
 言い換えれば、恋愛ゲームはたった一本で、その気になれば「違うタイプの女の子との“恋愛”を5~6回体験できてしまう」というワケ。
 タイプの違う5人を越える女の子との恋愛なんて、実人生ではそう体験できるものではないよね。それを考えると、ギャルゲーってなかなかスゴいのではないかと思うよ。
 しかも実際の恋愛では、失恋すると精神的なダメージは想像を絶するものがあって、仕事や勉強にも重大な影響が出たりするよね。下手をすれば、生きて行く気力さえ無くなったりするし。
 でもゲームでの“失恋”なら大丈夫、バッド・エンドになってしまった瞬間は心にズーンと来るけれど、一晩寝ればまた元気に学校や職場に行から。
 だから黒沢はギャルゲー未体験の人にこそ、「頭から馬鹿にしないで、試しに一度やってみたら?」って言いたいんだ。

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