空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

高齢ドライバーの運転免許と、米国の銃規制の問題

 今、日本では高齢者の運転による悲惨な事故が増えつつあり、高齢者に運転免許を自主返納してもらおうという動きがある。
 そしてアメリカでは銃による殺傷事件が問題になり、銃を規制して持たないようにしようという動きがある。
 この無関係のように思われる二つの動きに、筆者は似通った問題点を感じている。

 もし筆者がアメリカに住むとしたら、護身用のピストルを持つことを真剣に考えると思う。
 銃による悲惨な事件が頻発している事は、よくわかっている。
 できれば銃など、持たない方が良い。
 しかしそれ以前に、「アメリカには銃がたくさん出回っていて、凶悪事件も起きている」という現実がある。
 悪人が当たり前に銃を持ち歩いている以上、こちらも銃で自衛せざるを得ないだろう。
 事実、銃で武装した強盗に襲われたアメリカのある店の店主が、ピストルを撃ち返して反撃して強盗を追い払うという事件があり、少し前にテレビでも放送された。
 世の中に銃が無数にあり、悪者がもちろん銃を持っている以上、市民も銃を持たねば身は守れない。

 アメリカの銃規制派は、「だからこそ銃を手放させ、皆が銃を持たない社会にしなければ」と言う。
 銃による犯罪を減らすには、もちろんそれがベストだ。
 が、それは現実味の無い理想論だ。

 アメリカにはまず、数え切れないほど多くの銃が出回っているという現実がある。
 その状態で一般市民に銃の所持を禁止し、持っているライフルやピストルを警察に差し出して手放す事を命じたらどうなるか。
 答えは明白だ。良き市民だけが銃を手放して丸腰になる一方で、悪い奴は銃を手放さずに隠し込む。
 つまり強引で一律な銃規制は、銃を悪人の手にだけ残し、悪人をより有利に、そして良き市民をより無力にするだろう。

 また国土が広いアメリカには、「警察を呼んでも、来てくれるまでに何十分もかかる」という田舎が幾らでもある。
 そうした警察もあてに出来ないアメリカの田舎では、自分と家族の身は自分で守るしか無いのもまた現実だ。

 だから筆者は、アメリカでの銃規制は悪者をより有利にするだけで現実味が無いと思っている。
 そして日本でも、警察等は高齢者に運転免許の自主返納を呼びかけているが、それも同様に事故防止の現実的な効果が無いように思える。
 それは何故か。
 アメリカで「銃は危険なものだから手放せ!」と呼びかけたら、素直に応じて手放すのは良き市民であろうのと同様に、日本で警察の求めに応じて免許を返納している高齢者は、日頃から運転に気を配っている良きドライバーであろうからだ。

 考えてみて貰いたい。
 高齢とはいえ、能力の衰えを意識して己の運転によく気を配っているドライバーが、そうそう事故を起こすだろうか。
 側面や後ろを擦るとかの小さな物損事故は起こすかも知れないが、暴走して大事故を起こすような事はまず無いだろう。
 逆走したり、暴走したりした挙げ句にニュースにもなる人身事故を起こすような高齢者は、たいてい衰えの自覚の無い自信過剰なドライバーだ。そしてその中には、認知症の疑いのある人も少なくない。

 テレビのニュースや新聞の投書欄などで、自ら運転免許を返納したお年寄りの姿を見たり声を聞いたりしていると、頭のしっかりした意識の高い人ばかりだ。己の衰えた部分を意識し、気を付けてゆっくりと車を走らせれば、まだ運転を続けられそうに見える。
 そして「おじいさん、もう運転は止めたら?」と言いたくなるような危なっかしいドライバーに限って、自信満々で「いや、ワシはまだ大丈夫だ!」と聞かないのが現実だ。

 だから高齢者に自主的な免許の返納を促すのでは、良心的なドライバーだけが運転をやめ、衰えの自覚の無い危険な高齢ドライバーばかり残りかねないように思える。
 ちょうどアメリカで銃規制をすれば、良き市民だけが銃を手放し、悪者ばかりが銃を持つ結果になりかねないように。

 筆者は高齢者の免許は自主的な返納を促すのではなく、更新時に運転シミュレーターなどでの試験が必要だと考える。そこで危険と判定された者には再講習と再試験を課し、それでも駄目な者は容赦なく免許を取り上げるべきだ。
 本人の自覚に頼るだけでは、自覚のある善良な人だけが損をする結果になる。

 同じくアメリカでも、殺人や傷害や強盗などの凶悪事件を起こした前歴者には、生涯にわたり銃の所持を禁ずればよいと考える。
 現に無数の銃が社会に出回っているアメリカでは、一律に銃の所持を禁止するのではなく、犯罪傾向のある者に銃は持たせない。そうすれば銃による犯罪が無くならないにしても、少なくとも減る事は確かだろう。
 日本の高齢者の免許も、それと同じだ。良識と自覚のある人に返納を呼びかけるより、免許の更新時に高齢ドライバーは皆テストして、危険な運転をする者は免許を取り上げてしまった方がより効果的だ。

 例えばアメリカの田舎では警察は呼んでもすぐ来てくれず、だから田舎の住人には自衛の必要があり、一律の銃規制は無意味だ。
 それと同様に、日本にもバスさえ通らず、どれだけ年を取っても車が無ければ生きて行けないような過疎地も多くある事もまた事実だ。
 だから過疎地の高齢者に対しては、「部落から近くの町の店や病院に通うだけ許可する」というような限定免許を考える事も必要だろう。

 高齢者の事故が増える中、警察等は高齢者に免許の自主的な返納を呼びかけているが。
 その呼びかけを聞く度に、筆者は「それで自分の運転は大丈夫かと真剣に考えるようなお年寄りは、よく気を付けさえすれば返納しなくてもまだちゃんと運転できるんだよ。その呼びかけに耳を傾ける気の無い、自信満々の高齢ドライバーこそ問題なのに」と、いつも考える。

 アメリカでは、善良な市民ばかりが「銃の無い社会を!」と訴えているが。
 日本の高齢ドライバーも、自分の運転の衰えを自覚できる注意深くて良心的な人ばかりが免許を返納していて、本当に危険な高齢ドライバーを減らす結果にはなっていないように思えてならない。

 筆者の伯母も、八十代の前半で免許を返納した。
 筆者から見れば少しスピードは遅いものの、充分安全に運転できていた。しかしそれでも、衰えを自覚して自主的に免許を返納した。
 そして車を運転する機会の多い筆者は、その伯母よりずっと危なっかしい運転をしている高齢ドライバーのマークを貼った車に、いくらでも出遭う。

スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

共通項。

共通項。

この車と銃の二つに関しての
前提条件は政治から歴史から
相当に異なるので。

あえて共通項を見出すなら、
「免許制」という所だろうと
私は考えています。
(私個人は完全に分けてます。)

しかるべき道具が しかるべき人達へ
しかるべき期間に 使われる。

「免許制」は それを行うための
システムに他なりません。

そう考えると実は、日本の車の免許も
アメリカの銃の免許も。

システムとして根本的なところに
欠陥が見られます。

【日本の車の免許】
「使う資格が充分ある人」なのに、
客観判定無に資格を失うことがある。

【アメリカの銃の免許】
「使う資格が全然ない人」なのに、
必須判定無に資格を得ることがある。

だから、改善法は「とても簡単」で
得る時も返す時も 必要な能力に対し
客観的なテストを徹底させる。

それだけで良くなるわけです。

それを機関がやらない。
それを報道で言わない。

私は こちらの方が不思議です。

何で ですかね?(苦笑)

ogotch | URL | 2017-01-14(Sat)23:09 [編集]


Re: 共通項。


> 得る時も返す時も 必要な能力に対し
> 客観的なテストを徹底させる。
>
> それだけで良くなるわけです。
>
> それを機関がやらない。
> それを報道で言わない。
>
> 私は こちらの方が不思議です。

 日本の高齢のドライバーの問題をアメリカの銃の問題と一緒に語るのは、確かに無理があり、こじつけに近くなってしまいました。

 ただ、どちらの問題にしても、何か良識のある人にばかり働きかけて、本当に問題のある人は放置しているように見えるのが、どうも気になりまして。

 それにしても、ogotchさんはどんな問題も、理路整然と明快に答えを出してくださいますね。
 いつもいつも、本当に感心しています。
 そして感謝しています。

黒沢一樹 | URL | 2017-01-19(Thu)15:32 [編集]