空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

稲田防衛相の発言に見る日本の政治の劣化

 時折、裁判の判決で世間の常識とはかけ離れた判決が出て驚かされることがある。
 だから裁判に一般国民も参加させる、裁判員制度が出来たのだが。
 法律家の常識と一般人の常識には、やはり見過ごせないズレがある事が、衆院予算委員会の稲田朋美防衛相の答弁でも明白になった。

 南スーダンの国連平和維持活動(PKO)に派遣された陸上自衛隊の昨年7月の日報に、南スーダン政府軍と反政府勢力との間で戦闘が生起したと記述されていた。
 その事について、稲田防衛相は「法的な意味での戦闘行為ではない。武力衝突だ」と説明した。
 その陸上自衛隊の日報によれば、その“戦闘”で政府軍と反政府勢力の双方合わせて150人の死傷者が発生した模様だという。
 稲田防衛相は、これを「戦闘行為ではなく、武力衝突だ」と言う。
 戦車が出動して双方に多数の死者が出るような、現地に駐屯していた各国のPKO部隊でさえ危険すぎて仲裁に入れなかった激しい戦いが、戦闘行為ではなく武力衝突だと言うのである。

 稲田防衛相によれば、現地に派遣された陸上自衛隊の日報にある“戦闘”という言葉は「一般的な辞書的な意味」であり、「法的意味ではない」と言う。
 戦闘の意味が、辞書にもある一般的な意味と法律による意味は違うのだと、筆者は初めて知った。

 稲田朋美防衛相という方は、軍事に関してはど素人だが法律のプロである。
 今では首相になった安倍晋三氏に誘われ、渡部昇一氏らに応援されて政治家になる以前には、稲田氏は弁護士であった。
 その稲田防衛相が、一般的な辞書的な意味と法的な意味では、戦闘の意味が違うのだと言う。
 稲田氏によれば、法的な意味で言う戦闘とは「国対国や、国と『国に準ずる組織』の間での武力紛争」なのだそうである。

 ならば、例えば明治十年の西南戦争について考えてみよう。
 これは中央での政争に敗れた西郷隆盛が、鹿児島の不平士族に擁されて起こした反乱だが。
 当時の鹿児島は独立国でもなければ、西郷らも国に準ずる組織を作り上げて日本という国と戦ったわけでもなかった。
 だから稲田防衛相の解釈に従えば、西南戦争は「法的な意味では戦闘ではない」という事になる
 熊本城の防衛戦も田原坂の戦いも、すべて戦闘でなく武力衝突で、西南戦争もこれからの歴史教科書では『西南武力衝突』と書き換えねば法的に整合性が取れなくなるだろう。

 ついでに言えば、幼い明治天皇を擁し錦旗を掲げた薩長軍が、大政を奉還した徳川慶喜が率いる幕府軍と戦った鳥羽伏見の戦いも、『鳥羽伏見の武力衝突』という事になる。
 まだ実質的に政権を取っていない薩長軍と、政権を奉還した形をとっている幕府軍との戦いは、稲田防衛相の言う「国対国や、国と『国に準ずる組織』の間での武力紛争」に該当していない。

 国対国や、国と『国に準ずる組織』の間での武力紛争以外は戦闘ではない。
 そんな事を言っていたら、源平合戦も南北朝の争乱も応仁の乱もすべて戦闘でなく、ただの武力衝突という事になってしまうではないか。

 我が国の憲法第九条に、「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」、そして「国の交戦権は、これを認めない」とある。
 だから稲田防衛相と現政権は、もし南スーダンに派遣された自衛隊が危険な目に遭っても、「これは単なる武力衝突であって、戦闘ではアリマセンし、国の交戦権を行使したわけでもアリマセン」と言い逃れるつもりなのだろう。

 危険な紛争地帯に、憲法に触れる可能性があるのにあえて自衛隊を派遣した。
 それを正当化する為に、戦闘の意味を「一般的な辞書的な意味と法的な意味は違う」などと詭弁を弄し、戦闘を武力衝突なのだと言い張る。
 筆者はアメリカの法廷を舞台にした映画で、辣腕の悪徳弁護士が手前勝手な法解釈をして、黒も白と言いくるめるシーンを時々見てきたが。
 衆院予算委員会で戦闘の意味解釈について自説を述べる稲田防衛相を、「さすがは黒も白と言い張る辣腕弁護士だ」と皮肉な思いで見た。

 しかしそれにしても。
 このような映画の悪徳弁護士顔負けの詭弁を弄する方が防衛相に任じられ、そして地元民にも支持され国会議員に選ばれている現実に、日本の政治がいかに劣化しているかを痛いほど見せつけられた。

スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する