空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

WiLLという「コドモで非常識」なオピニオン誌を嗤う

 日本をあの愚かで悲惨な戦争に引きずり込んだ要因の一つである教育勅語が最近妙に持ち上げられ、社会科のみならず道徳の教材としても利用することを認めると、閣議決定された。
 いざ事が起きれば皇室と国家の為に命を投げ出せと教え込んだ部分は意図的に隠され、「親孝行や友情などの大切さを教えるものだ」とのデタラメがまかり通っているのが、安倍政権下の日本の現状である。

 その日本の右傾化の現状は、書店に行くだけでもわかる。
 史実を無視し現実をねじ曲げて解釈する極右のオピニオン誌が、筆者の住むような地方都市の書店ですら、目立つ場所にズラリと平積みにされている有り様だ。

 例えば「オトナの常識」と謳うWiLLという月刊誌など、毎号のように「日本は何一つ悪くナイ、あの戦争は侵略では無かったし、日本軍は立派だった」と言い立て、中国と韓国と民進党などを口汚く罵るのを売りにしているのだが。
 そんな雑誌が書店の目立つ場所に平積みにされ、そしてよく売れているのが今の安倍政権下の日本なのだ。
 ちなみにそのWiLLには、『アッキーのスマイル対談』という、安倍首相夫人の昭恵氏がホストとして誰かを招いて対談する記事が連載されている
 その点を見るだけでも、大学で歴史を学んだ筆者が「史実を無視して戦前戦中の日本を賛美する愚かな極右の妄言」と呆れ果てているWiLLの論調は、安倍政権の歴史観に近いものがあるのだとわかる。

 そのWiLLによると、森友学園の疑惑を野党が追及するのも「魔女狩りごっこ」で「イジメ」で、リニアは「世界に冠たる日本の技術」で「世界を救う」のだそうだ。
 森友学園の問題を追求するのが魔女狩りでイジメなのが、WiLLの認識では「オトナの常識」であるようだが。それに共感する日本人の大人が、どれだけいるだろうか。

 非常に危険な情勢にあり、現地の自衛隊が戦闘状態にあると認めている南スーダンの問題でも、WiLLの言うオトナの常識では「日報なんてどうでもいい、そこに駐留(とどま)ることが大事なんだ」そうだ。

 また、筆者はリニアが通る地元に住んでいるが。
 皆さんは知っているだろうか。WiLLで東海旅客鉄道株式会社の名誉会長と櫻井よしこ氏が対談して「世界に冠たる日本の技術」称えるリニアは南アルプスを貫いて通り、その為に地下水脈を破壊し、大井川の水量が大幅に減ることになるのだ。
 さらに南アルプスにリニアを建設するにあたり、掘り出した土はちゃんと運び出して環境に問題のないよう配慮して処分するのではなく、南アルプスの山中に投棄する計画になっている
 速度が世界一のリニアを作る為には、環境を大破壊しても構わない。
 そんな姿勢で作られるリニアが「世界に冠たる日本の技術」で「世界を救う」とは、本当に笑わせてくれる。
 リニアが作られる地元に住んでいる筆者としては、「それならリニアなど作るのはやめ、南アルプスの自然を救って欲しい」と心底思うのだが。それはWiLLと櫻井よしこ氏の考えでは「コドモの非常識」なのだろうか。

 そしてまた、WiLLは今月号でも飽きずに中国と韓国(および北朝鮮)を叩き、「日本軍は悪くナイ、軟禁大虐殺はデッチ上げだ!」と騒いでいる。
 北朝鮮を叩くのはまあ良い。北朝鮮の指導者が非常識を越えた狂気に満ちた存在で、北朝鮮が危険で邪悪な国である事は事実だから。
 だが毎号のように、「日本は過去に悪い事をした」と思いたくない頭と心の弱い人を洗脳するかのように、「南京大虐殺は無かった」と言葉を変えてプロパガンダを発信し続けるのは、いい加減にやめて貰いたいものだ。
 もちろん表現や言論の自由はある。
 しかし作為的な嘘や悪意に満ちたデマは、その自由の範疇には入らないと筆者は思うが、違うか?

 本年5月号のWiLLには、南京大虐殺について幾つも記事が載せられている。
「腹立つなァ!! 南京大虐殺四十万人……百田尚樹」
「実録映画が証明する・ありもしない南京大虐殺……立命館大学名誉教授北村稔、日中問題研究家松尾一郎」
「南京事件の死者数がわかった・その数1793人……近現代史研究家水間政憲」

 戦前、特に戦中の日本が軍の統制下にあり、言論の自由など無かったのは誰にも否定できない事実だ。報道や映画にはすべて当局の検閲が入り、当局に都合の悪い部分はすべて処分されていた事実を否定できる人は誰も居まい。
 WiLLの5月号では、その日中戦争の最中に日本が制作した『南京』という映画をもとにして、立命館大学名誉教授と日中問題研究家が「ありもしない南京大虐殺」と主張していた。
 で、その立命館大学名誉教授と日中問題研究家の感覚では、中国やアメリカの映画は嘘だらけのデタラメで、日本の映画は無条件で真実という事のようだ。
 そして日本の戦犯たちは、その中国やアメリカの嘘の為に処刑されたのだと言う。

 政治的な思惑のある映画は、どこの国のものでも自国に都合の良い点だけ取り上げ、都合の悪い部分は隠蔽しているものだ。
 それが常識というものだろう。
 だから中国やアメリカのプロパガンダ映画はそのまま真実ではないし、疑って見なければいけないのは当然の事だ。
 しかし同時に、言論が統制され、軍の厳しい監視の目の下で作られた日本の映画の方も信用できないに決まっているではないか。

 だがWiLLで対談していた立命館大学名誉教授と日中問題研究家は、「中国とアメリカの映画は嘘だらけで、日本の映画はそのまま真実」という立場で「ありもしない南京大虐殺」と主張している。
 自称“日中問題研究家”の方は、まあともかくとして。
 この程度の見識で立命館大学名誉教授が勤まるとは、立命館大学や大学教授の質も下がったものだと呆れ果てる。

 さらに「実録映画が証明する」という映像も、16ミリフィルムのやや不鮮明な画面で、南京の蒋介石の邸宅などの外観だけをロングショットで遠くから見せただけで「ほら、略奪の跡など全然ないじゃないか!」と言っているのだから笑止千万だ。
 これを見て「やはり南京で虐殺も暴行も略奪も無かった」と信じる人は、最初から「日本は悪くない、日本軍は正義の戦争をしたのだ!」と信じたい人しかいないだろう。
 本当に映画で「南京大虐殺は無かった」と証明したいなら、日本でも中国でもない中立の第三国の制作による、建物の内部や路地裏まで詳しく写し、市民の肉声も聞いた映像が必要だ。
 言論人や大学教授ともあろうものが、軍や国の検閲も経て日本に都合の悪い部分はすべて削除した“実録映画”とやらをすべて真実だと決めつけ、それを南京大虐殺がなかった証拠だと鬼の首を取ったかのように誇らしげに言い立てるなど、本当に愚かだ。

 さらに「南京事件(南京大虐殺とあえて言いたくないのだろう)の死者数がわかった、その数1793人」との記事を書いた自称“近現代史研究家”がいるが。
 実は筆者も、中国側が言う犠牲者の数には大いに疑問を持っているが。
 で、その近現代史研究家なる水間政憲氏の言う犠牲者の人数が、仮に正しかったとしても。
 貴方の街に、侵略してきた敵兵に殺された1793人の死者が転がっている様子を想像してみてほしい。
 無惨、としか言いようが無い筈だ。
 そして同胞として、怒りが腹の底からこみ上げてくる筈だ。
 中国が主張する三十万とか四十万とかいう人数に比べるから、問題にならないような些細な数と思ってしまうだけの話であって。
 仮に、真実1793人であったとしても。
 それだけの死体が転がっている様を想像すれば、大虐殺と感じて当然だと筆者は思う。

 WiLLに寄稿するような言論人は、常識では理解しがたい奇妙な思考回路を持っている。
 南京大虐殺について、彼らはいつもこう言うのだ。中国側の言う犠牲者数はおかしい、だから南京大虐殺も無かったのだ……と。
 言論や報道の自由のある今の日本でさえ、デモや集会の参加人数が主催者発表と警察発表でかなり違いがあることは、よくあるではないか。
 主催者発表と警察発表に違いがあるからと言って、「デモや集会も無かった」と言い張る人間は馬鹿だけであろう。
 そんな単純な事が、WiLLに寄稿したり、WiLLを買って愛読したりする「オトナの常識」を標榜する人達には、なぜわからないのだろうか。

 昨年惜しくも亡くなられた、筆者も尊敬するある方が、南京事件についてこうおっしゃった。

 犠牲者数が議論されているが、数が問題ではない。虐殺が行われたこと自体が問題なんだ。


 おっしゃったのは、昭和天皇の実弟で、歴史学者でもあり、戦争中には軍人として中国戦線にも行きその実態を見てきた三笠宮さまである。
 日本の右翼とは、本来皇室を尊ぶものではないか。
 にもかかわらず、歴史学者でもなく、戦争中に中国戦線に行った事も無い自称“保守”の者が、三笠宮さまのお言葉を否定するような主張をして恥じないのは、どういう事であろうか。

 また、一水会顧問の鈴木邦夫氏も、こう言っている。

 日本は常に正しい道を歩いてきたのだろうか。過去を振り返ればアジアの国に弁解できないことをしたのではなかったか。そうした過ちも直視し、それでもこの国がいとおしいと思う気持ちが愛国心だと思う。威勢のいいことを言ってその声の大きさを競うことが愛国心ではないはずだ。


 近年、安倍政権のもとで妙に“売国”だの“非国民”だのといった戦前戦中によく使われた言葉で他者を貶める自称“愛国者”が増えているが。
 鈴木邦夫氏のような姿勢こそ、今の右翼に欠けている正しい愛国心だと、筆者は考える。

 WiLLが何故、自誌を「オトナの常識」と呼びたがるのか。
 それはズバリ、WiLLの論調がコドモで非常識だと自覚しているゆえのコンプレックスによるものと、筆者は考えている。
 本当に大人の常識人が読むオピニオン誌なら、わざわざ「オトナの常識」などと標榜しない筈だ。

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