空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

権力者や有名人になどなりたくない

 何年も前、職場の忘年会の出し物で、筆者が所属していた課で『水戸黄門』をやることになった。
 主役の黄門さまは、もちろん課長である。
 それに異議はない。

 実は筆者は、芝居で『水戸黄門』をやるなら是非やりたい役があった。
 助さんか格さん?
 いやいや、筆者はそんな正義の味方のヒーローをやれるようなキャラクターではない事は、自分でもよくわかっている。
 風車の弥七?
 残念だが、そんな格好の良い役柄は、筆者には似合わない。

 やりたかったのは、実は悪代官である。
 小判がギッシリの菓子折りを貰い、可愛い女子がいたら「よいではないか、よいではないかー」と権力を笠に着て迫る。
 ある意味、「男のロマン」と言っても良いのではないかと、筆者は密かに思っている。

 悪代官は、過去のしかもフィクションの話だが。
 しかし我が日本の北隣には、1人の絶対権力者が他の者すべての生殺与奪の権を握り、カネも女性も思いのままにしている独裁国家が現に存在している。

 例えばもし貴方が、その北の独裁国家の指導者になったとしたら。
「私利私欲なく24時間国民の為に尽くす、清廉潔白な政治をします」
 本音でそう言い切れる人が、果たしてどれだけいるだろうか。
 筆者も含めて、人間は我欲のある弱い人間だ。
 一庶民でいる時には綺麗事を言っていても、いざ絶対的な権力を握り、何でも思いのままにできる立場を得たら、贅沢な暮らしをし、嫌いな者は虐めてお気に入りの者を引き立て、美女を集めて自分専用の“歓び組”を作りかねない人が少なくないのではないだろうか。

 まあ、それでも筆者にも良心はありマスから。
 悪代官は最後には正義のヒーローにやっつけられるべき存在であって、現実に存在して善玉に勝ってはならない事はわかっている。
 で、「最後にはやっつけられる」という前提の上で、賄賂で私腹を肥やし美女に無体な振る舞いに及ぶ悪代官、是非やってみたいなあと思っていた。

 ところが例の職場の忘年会での出し物の『水戸黄門』で、筆者に割り当てられたのは、とんでもなくショボい役だった。
 悪代官どころか、悪徳商人でも、その手下のヤクザどもでもない。
 ついでに言っておくが、うっかり八兵衛でもない。
 ズバリ、“病気のおとっつぁん”だった。

 いや、それでも本番では、与えられた役を精一杯演じさせていただきマシタよ。
 布団に横たわり、ゴホッ、ゴホッと咳込んで。
 そして娘役の女性に背中をさすられながら、「お美津、いつもすまねぇなぁ……」と。
 で、娘の“お美津”が「おとっつぁん、それは言わない約束よ」と言っている時に、ヤクザ達がなだれ込んで来て、借金のカタに娘を悪代官のもとに連れて行こうとする。
 布団から這い出し、ヤクザの膝に縋って「お美津ぅ~!」と悲痛な声を絞り出すものの、ヤクザに蹴られてガクリと崩れ落ちてあえなく死ぬ。
 端役とは言え、病気のおとっつぁんをちゃんと演じられたとは思う。
 それでも最後にはやられる悪役でも、やはりやりたかったデス、悪代官。

 話は変わって、中川俊直代議士が重婚やストーカーなどの女性問題を起こして、経産省の政務官を辞任し自民党も離党した。
 中川代議士だけではない、カネや女性の問題でスキャンダルを起こして世間から叩かれる有名人は数多い。
 筆者は思うのだが。
 政治家にしろ、芸能人にしろ。地位や権力を手に入れると“悪代官化”して、カネや女性など何でも思いのままにしようとしてしまう人が少なくないのだろう。
 そしてまた、権力者や有名人には腹に一物ある商人や女性が寄って来るのもまた事実だ。

 あるミュージシャンがこう言っていた。
「音楽を始める動機なんて、オンナにモテたいからに決まってる」
 それは極論にしても、芸能人に異性に注目されたい気持ちがあるのも事実だろう。
 ホリエモンも「愛もカネで買える」と言っていたように、芸能人でなくともお金持ちになれば女性にモテるのも事実だ。
 実際、結婚を意識する年齢になると、お医者さまや青年実業家や一流企業の社員など収入の高い男性は、婚活でモテモテだそうだ。
 そして政治家には、女性だけでなく利権のおこぼれにあずかろうとする業者も寄って来るようだ。

 権力を握って、世の中を思いのままにしたい。
 有名になって、異性にモテたい。
 そんな動機で政治家や官僚や財界人や芸能人になること自体を、筆者は否定しない。それが法律で許す範囲内であれば、カネやモテを目標の地位を得る為に頑張る活力にしても悪くはないだろう。

 ただ、世の中はそんなに甘くない。
 江戸時代にはある程度の賄賂は悪とみなされず、今のお中元やお歳暮のような感覚で贈答されていた。非難されるのは、田沼意次のように限度を超えて貰い過ぎた場合のみだった。
 明治や大正の頃だけでなく昭和の中頃までは、政治家が妾を囲っていても、騒がれる事は殆ど無かった。「政治家の仕事は、政治をきちんとやる事」という暗黙の理解があって、有力者の女性問題を含めた私生活については、マスコミも見て見ぬ振りをして殆ど報じなかった。
 しかし今は違う。賄賂は犯罪として摘発されるし、女性問題もワイドショーや週刊誌等で厳しく叩かれる。
 この今の日本では、北の国の独裁者と違ってたとえ権力を握っても、カネや女性を思いのままにできるわけではないのだ。
 まあ、首相などの権力者の意向を忖度して、首相や首相夫人に近い人に有利になるよう動くお役人も、今現在もいるようではあるが。

 筆者は本当に無名で無力な上にカネも無い一市民であるが。
 それでも痩せ我慢でなく、政治家や有名人については別に羨ましいと思わない。
 むしろ「いろいろ注目され、好き勝手に出来なくて大変だろうなあ」と気の毒にすら思う。

 良い事ではないし、筆者自身も大嫌いなのだが、不倫をする人はこの世の中に大勢いる。
 ただ無名の一般人の場合、不倫をしても責める人は周囲の人間だけで、離婚して慰謝料を払えばそれで済んでしまう場合が多い。
 しかし政治家や有名人は違う。大勢の記者に追い回されて叩かれ、謝罪の会見をさせられ、地位を失う場合も少なくない。
 確か不倫をした自民党の議員は、議員辞職した筈だ。
 そして芸能人も、ゲスとまで呼ばれて叩かれたりしている。

 不倫でないただの恋愛でも、有名人はマスコミに追い回される。
 アイドルなど、異性にモテて騒がれたいからその仕事を目指したのだろうに。
 なのにAKBなどでは恋愛禁止で、それを破って恋愛した事が暴露されると問題にされる。
 芸能界という美男美女が大勢いる世界にいて恋愛も自由に出来ないとは、空腹でご馳走を目の前にしているのに食べることを禁じられているくらい辛いことだろう。

 筆者の友人に、中学校の教師をしていた男がいる。
 彼はある時、書店に行った。そして雑誌を立ち読みしていたのだが、そのコーナーには少しエッチな雑誌も置いてあった。
 そしてたまたまそこに、教え子の生徒の1人がいた。
 翌日には学校の生徒の間で、もうかなりの噂になっていた。
「S先生が本屋で、エロ本を立ち読みしていた」
 そしてその噂には尾鰭がついて、こう変わった。
「S先生が本屋で、18禁のエロ本を読んでた」
 その噂は、最終的にこうなった。
「S先生が本屋で、18禁のエロ本の封をビリビリ破って中を見ていた」
 中学校のたかが一教師でさえ、地元ではこれくらい人の目に監視され、ただ書店で立ち読みをしただけでもあらぬ噂を立てられるのである。
 政治家や芸能人などの全国の人に顔を知られ、大勢の記者にも日頃から追いかけられている有名人ともなれば、どれだけ人の目を気にして生きなければならないか、想像しただけでも気の毒である。

 政治家など、業者の差し出すお金を貰い、綺麗な女性には「よいではないか、よいではないかー」とやりたいだろうに。
 芸能人や財界人だって、女は股がけし放題でハーレム状態でいたいだろうに。
 しかし権力を握ったら悪代官の真似をするどころか、逆に普通の人よりも清廉潔白に生きているフリをし続けなければならないのだから、さぞ大変だろう。
 モテたくてアイドルになったのに事務所から恋愛禁止を命じられているアイドルには、本当にお気の毒さまと言うしかない。

 有名人が大変なのは、清廉潔白でいなければならないのは“今”だけではないからだ。
 問題を起こす政治家が多すぎるので殆ど忘れられかけているが、例えば少し前には、若い時代の下着ドロの過去を暴かれ、『パンツ大臣』と呼ばれた自民党の政治家がいた。
 政治家だけでなく芸能人でも、無名時代に付き合った相手から週刊誌に告白手記を出されたり、デビュー以前の“ヤンチャ”行為を暴露されてしまったりもする。
 若気の至りによる過ちや恥ずかしい過去の一つや二つ、人には誰しもあるだろうに。
 しかし有名人は、それすらいつ暴かれてしまうかも知れないのだ。
 世間に顔や名を知られている有名人は、本当に大変である。

 筆者は無名で無力で、しかしだからこそ好きな人と付き合い、法律の許す範囲内で好きな事を自由にして暮らしてゆける。
 自分のやりたい事を、誰の目も気にせず、誰にも遠慮せずにすることができる。
 政治家や芸能人がスキャンダルで叩かれているのを見るにつけ、無名で顔を知られていないからこその自由と気楽さを、しみじみと味わっている。

 つい先日も、復興担当大臣が暴言で辞職したが。
 筆者など、このブログで暴言を幾度も繰り返している。
 しかし無名の私人だから、言い過ぎたらその過ちを認めれば許されている。
 本当に気楽だ。
 もし筆者が有名人なら舌禍事件を何度も起こしたであろうし、そしてひどく叩かれ、地位を失う事になっただろう。
 そしてそれを恐れるあまりに、言いたい事も自由に言えない暮らしをするのも、さぞ腹が膨れる思いでストレスが溜まる事だろうと思う。
 少なくとも筆者は、皆に顔を知られ、どこに行っても人に注目されるような有名人になど、本当になりたくない。

 で、その無名でいたい筆者が考える、一番の幸せだが。
 有名にはなりたくない。
 しかしある程度のカネが無いと、老後や病気をした時に困る事はわかっている。
 カネは本当に、「ある程度」で良いのだ。
 何故ならカネがある事を他人に知られると、良くない人達が集まって来る事がわかっているから。
 そしてカネを得る為に、他人に恨まれるような悪い事や、過労死しかねないような長時間労働もしたくない。
 とすると、宝くじが当たるのを待つくらいしか無いですかな。
 まあ、国の年金制度が信用できさえすれば、宝くじなどあてにしなくても済むのだけれど。

 悪代官でもOK、とまでは言わない。
 多少の金銭や女性の問題には目をつぶるから、国民が安心して暮らしていける社会にしてくれる政治家が増えるよう望みたい。
 政権が変わる度に議席数が大きく変動する小選挙区制のせいで、今の国会議員の多くが当選回数3回以下の、政策通でない未熟な議員なのだという。
 小選挙区制と劇場型選挙により、国会議員の質がかなり落ちたと言われるが、筆者も同感だ。以前のような政策通で国民を第一に考え、時には首相や政府にもNOと言う与党議員は、本当に減ってしまった。
 このままでは、国民として政治家より宝くじをあてにするしか、本当になくなってしまう。

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