空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

恥知らずな本土の“ウヨク”たち

 この6月23日に、沖縄県糸満市摩文仁の平和記念公園で、今年もまた沖縄全戦没者追悼式が営まれた。

 初めに断っておくが筆者は本土の人間で、親戚にも沖縄県民はただの一人もいない。
 そして戦争映画や戦争のドラマで登場人物の軍服を見ただけで、どこの国の軍隊かだけでなく、階級まで一発で言えてしまうレベルのミリオタでもある。
 戦車や装甲車をチラッと見ても、「九七式中戦車チハ改だね」とか「転輪から見て、これはティーガー重戦車の前期型だ」とか、すぐにわかってしまう。
 ただそれだけでなく、それぞれの軍がどう戦ったか、戦史についても一般人以上に詳しく知っているつもりだ。

 で、その筆者が断言するが、あの戦争で沖縄に配備されていた日本軍は、沖縄島民を守る為にそこにいたわけではなかった
 日本の大本営は、沖縄を米軍の本土侵攻を一日でも遅らせる為の捨て石として使ったのだ。
 だから大本営は沖縄の日本軍に持久戦を命じ、そして沖縄の日本軍はそれに従い、島民まで戦闘に利用した。
 日本軍が現地の少年を鉄血勤皇隊として最前線に駆り出しただけでなく、少女まで従軍看護婦として利用した事は、誰にも否定できない史実である。

 沖縄は本土を守る為の捨て石なのだから、日本軍には「島民を守る」という意識などまるで無かった
 それで若い島民を戦場に追い立てただけでなく、沖縄の方言を使っただけでスパイとして虐殺したり、島民の食料を強奪したり、島民を壕から追い出したりもした。
 日本兵が壕の中で泣く幼子を殺すような事も、沖縄の各地で起こった。
 その結果、兵士でも何でもない沖縄県民の四分の一が亡くなった。

 何しろ「島民の命より、本土を守ることが大事」なのである。
 沖縄での戦いの特徴は、島民(非戦闘員)に対する配慮が全くなされず、正規軍より沖縄の住民の犠牲の方が多かったということだ。
 断言するが、日本軍は沖縄で住民を守らなかった
 日本軍が戦ったのは、本土を守る為にである。
 だからつい先日亡くなった沖縄県元知事の太田昌秀氏も、自ら鉄血勤皇隊として沖縄戦を戦った経験から、「軍は決して住民を守らない」という思いを強く抱くようになってしまった。

 全ての軍が、自国の民間人を守らないわけではないのだが。
 例えば大戦末期の東部戦線のドイツ軍は、残虐行為を働くロシア兵からドイツの民間人を守る為に、負け戦とわかりつつ圧倒的に優勢なロシア軍と戦った。
 そして撤退する時にも、避難民の先頭に立ち退路を切り開いた。
 だからドイツ人はナチスと戦争を起こす事に対しては今も強いアレルギーを持ちつつ、「軍隊=悪」という考えは持たなかった。
 そして日本の“軍隊”が今でも名目は自衛隊のままであるのと違い、ドイツは戦後早くに再び軍隊を持つようになった。

 ドイツ軍には「ヒトラーとナチスに従い、侵略戦争を起こした」という非もあるが、少なくとも大戦末期には国民を守ろうともした。
 そういう軍隊もあるのに、沖縄の日本軍は住民を守るどころか、住民を戦場に追い立て、その食料や命を奪い、本土を守る為の犠牲にした
 その沖縄戦の歴史と現実を、本土の日本人は決して忘れてはならない。
 軍は、少なくとも建前は国と国民を守る為のものであるが。
 しかし日本軍は沖縄で住民を守るどころか、むしろ死に追いやった。
 だから沖縄の人が「軍は住民を守らない」と思ってしまうのも、無理からぬ事なのである。
 軍に対する抵抗感が本土と沖縄で違うのは、歴史的に見て当然の事なのだ。
 そして今でも、「県のあちこちを米軍基地として接収され、米兵が治外法権的な存在として君臨し、頭上を米軍機が飛び交っている」という現実が、沖縄にはある。

 にもかかわらず沖縄の人が米軍基地に批判的な発言をすると、本土の日本人から「反日」だの「売国奴」だの、さらには「死ね!」と罵声を浴びせられるそうだ。
 そのような愚かで心ない日本人が少なからずいる事を、筆者は同じ日本人として恥ずかしく思う。

 基地に反対する沖縄の人を、「反日の売国奴」呼ばわりする日本人に聞きたい。
 貴方の都道府県に、沖縄に匹敵するくらい多くの米軍基地があるか。
 貴方の頭上に、いつも米軍機が轟音を立てて飛んでいるか。
 貴方の周囲に、当たり前に米兵とその家族が存在しているか。

 米軍基地の大半を沖縄に押しつけておいて。
 自分の家の近くには米軍基地も無く、頭上を米軍機が昼夜を問わずに飛ぶことも無く、各種の特権で保護された米兵とその家族が近所を闊歩しているわけでも無いくせに。
 なのに基地に反対する沖縄の人を「反日の売国奴」呼ばわりする本土の日本人こそ「死ねばいい」と言いたい。


 本土を守る捨て石にされた沖縄戦の現実を知り、さらに異常に米軍基地が集中している沖縄の現状を知っていれば、基地に反対する沖縄の人に「反日の売国奴め、死ね!」などと心ない言葉は言えない筈だ。
 筆者は「沖縄の米軍基地は無くすべきだ」とまでは思っていない。
 しかし日本を守るのに日米同盟と在日米軍が必要なのであれば、在日米軍とその基地の負担は各地域で公平であるべきだと考えている。
 自分の近所に米軍基地を置かれるのは嫌なくせに、過重な基地負担に苦しみ基地に反対する沖縄の人を「反日の売国奴」呼ばわりするなど、全くもって笑止千万である。
 もし米軍基地に反対する沖縄の人を、「反日の売国奴」と罵るならば。
 それと同時に米軍基地を貴方の住む地方自治体で受け入れたいと宣言して、貴方の愛国の志を見せてみたらどうかね、日本のウヨクの諸君!
 まさか「自分の街に米軍基地が出来るのは嫌だが、基地に反対する沖縄の人間は反日の売国奴」というわけではあるまい?

 ウヨクの人間達は、よく「基地が無くなり米軍が居なくなったら、沖縄はすぐ中国に取られる」と言うが。
 そう言う人間は、軍事の知識が無さすぎるし勉強不足だ。
 詳しく説明すると長くなってしまうからかい摘んで言うが、沖縄にいる米軍は、沖縄を守る為に居るのではない事くらい、その編成を見ればわかる。
 沖縄に駐留する米軍に、なぜ海兵隊が多い? そもそも海兵隊とは「攻めて来た敵を迎え撃つ為の軍」でなく、「上陸作戦の専用部隊」なのだ。
 アメリカ様が、無人の小島のたかが尖閣諸島ごときを取られたら奪い返す為に、沖縄に駐留して下さっていると思うか?
 それとも、沖縄を中国の脅威から守る為に駐留して下さっていると?
 違う。
 あの沖縄の海兵隊は、東アジアに有事が起きた際に、東アジア(台湾や韓国など)に在住するアメリカ人を救出する為に存在しているのだ。
 そもそも沖縄の米軍とはその為に存在するのであって、ウヨクのよく言う「沖縄に攻めて来るかも知れない中国軍を迎え撃つ為」に存在してくれているのではない
 軍事を知る者ならわかる筈だが、沖縄の米軍は、沖縄に攻めて来た侵略軍を迎え撃つ為の編成と装備ではない。

 本土を守る捨て石にされた沖縄戦の現実も知らず、基地の加重負担の現実にも目もくれず、米軍が沖縄に何の為に居るのかも理解せずに、基地に反対する沖縄の人に「反日の売国奴、死ね!」と罵声を浴びせる。
 そんな本土の日本人が少なからず存在する事を、同じ本土の日本人として心から恥ずかしく思うし、沖縄の人々に申し訳なく思う。

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コメント


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現実は、曲がりません。

私自身、沖縄も。

ビジネスで行ったことがあります。

故に断言をいたしますが、沖縄と
それ以外の都道府県との「溝」は
埋まりません。

コレは無理です。

まず根本的に、勘違いをしているのは
「本土」というのは「領土」のこと。

つまり沖縄が日本の領土である以上
沖縄戦は「本土戦」以外の何物でも
無いという現実です。

にも関わらず「本土決戦は無かった」と
日本国民の中に言う人間がいる。

コレも現実です。

プラス沖縄戦において日本軍が取った
行動と戦術、アメリカの行動と戦術。

そして発生した実害も現実です。

現実は、曲がりません。

ゆえに「溝」は埋まりません。

そりゃあ、そうでしょう。

見捨てられた側が見捨てた側を
信用する訳がありませんよ。

普段偉そうなことを言っておいて
肝心な時にやるべきことをしない。

その結果、自分達の家族や友人の
死体の山をオンタイムで見た人が
山ほどいる土地の人間に対して、
信用しろと言う方がおかしい。

可能であれば日本人として実際に
ヒロシマ、ナガサキ、オキナワと
そして、フクシマ。

この四つは行った方がいいです。

私自身、行って良かったと思う
「歴史の現場」ですね。

ogotch | URL | 2017-07-01(Sat)21:51 [編集]


Re: 現実は、曲がりません。

> 沖縄と
> それ以外の都道府県との「溝」は
> 埋まりません。
>
> 見捨てられた側が見捨てた側を
> 信用する訳がありませんよ。
>
> 可能であれば日本人として実際に
> ヒロシマ、ナガサキ、オキナワと
> そして、フクシマ。
>
> この四つは行った方がいいです。

 私は“視える人”によれば、いろんな霊を背負って来てしまいやすい霊媒体質らしいです。
 でも沖縄と長崎と広島とフクシマ、遊びにではなく歴史を学びに行ってみたいです。

 おっしゃる通り、沖縄も本土の内で、沖縄戦も唯一日本国内で戦われた場所ですよね。
 けれど沖縄と本土を分けて考えている人は少なくないです。
 沖縄と本土の溝が埋まる、いや少しでも浅くなる日は来るのでしょうか。

 その為には、「お互いに歩み寄る」というのではなく。
 沖縄以外の日本人が、沖縄を理解する努力をしなければならないと思います。

 かつて大学で同じ学部だった、長崎出身の人がもう理屈抜きの感情的な絶対反戦論者で、私はその人の論理抜きの絶対反戦の意見(自衛の戦争もダメ)に閉口してしまいましたが。
 しかし「祖母が被爆者」というその長崎の人の心情を考えればそれも無理からぬ事、と言うか原爆の惨状を知っている人につまらぬ理屈など言った私の方が愚かだったのだと、ogotchさまのコメントを読んで改めて思いました。

黒沢一樹 | URL | 2017-07-05(Wed)16:19 [編集]


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| | 2017-08-25(Fri)19:23 [編集]


Re: タイトルなし

 8月25日の内緒コメント様、私は歴史が好きで大学も史学科に進み日本史を学びました。
 その私は「明治維新が日本を発展させた」という見解に、大いに懐疑的です。
 新政府を作った薩長の“志士たち”はカネや女に汚く、そして軍国主義政策を推し進めて日本を破滅の淵に追いやったと理解しています。
 ですから私はいわゆる“志士たち”が嫌いで佐幕派寄りで、と言うより会津藩が大好きなんです。
 それゆえ会津の方からコメントが戴けて、とても嬉しかったです。
 それにしても、今もまだ長州閥が生き残っていて、山口出身の首相が「明治維新百五十年を長州出身の首相で迎えたい」などと発言している事に、強い憤りを感じています。

黒沢一樹 | URL | 2017-08-30(Wed)00:33 [編集]


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| | 2017-09-04(Mon)12:40 [編集]


Re: ご返信有り難うございます。

 mirokureist様、またのコメントありがとうございます。
 私、恥ずかしながらパソコン操作に疎いゆえ、内緒コメントへの、非公開の返信の仕方がまだよくわからず、十分なメッセージが送れなくてすみません。
 今、その方法を探している最中です。

 私は、薩長の自称“志士”など、たちの悪いテロリストと思っています。
 当時、国の為に最も尽くしてきた会津があのような惨い目に遭わされて、残念で悔しくてなりません。
 なのに教科書では、今も明治維新が良い事のように書かれているのもまた、とても腹立たしいです。
 先の大戦で敗れた後、日本は形だけ歴史教科書を書き換え、しかし「明治維新は、本当に正しかったのか?」というような、本質的な問題は放置して、戦前の歴史観を数多く残しているような気がします。
 例えば今もまだ“建武の大混乱”は“建武の中興”のままですし、楠木正成も大忠臣ですし、井伊直弼はまだ悪人で安政の大獄という言葉もまだ残り、しかし安政の大獄など比較にならないほど多くの人を殺したり苦しめたりした明治新政府の悪行の数々(秩父事件や、自由民権運動に対する大弾圧や、政治犯を北海道の過酷な監獄で酷使した事など)は、ほぼ歴史で教えられる事はありません。
 もちろん、戊辰戦争で官軍が、どれだけ暴行略奪を働いてきたのかも。
 その一方で薩長の連中や、彼らが尊敬する吉田松陰は偉人に祭り上げられたままです。
 私は歴史教科書の見直しが足りず、今も半ば戦前の薩長中心の歴史観で書かれているように思えてなりません。
 それに文句を言わない東北や東日本の人達は、西日本(特に山口・鹿児島・高知)の人達に比べて遠慮深すぎると思います。

黒沢一樹 | URL | 2017-09-06(Wed)02:49 [編集]


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| | 2017-09-06(Wed)12:28 [編集]


Re: タイトルなし

 内緒コメントのmirokureisto様。
 私は会津の人を主人公にしたドラマや映画や小説や漫画が、もっと多く出れば良いなと思っています。
 昔は常に悪役だった新選組も、今ではドラマや小説や漫画でかなりの人気ですしね。
 大河の『八重の桜』以外にも、もっと会津を取り上げた作品が多く出れば、薩長土肥以外の日本人が義に殉じた会津の人達の心を知り、薩長中心の歴史観を改めてくれるのではないかと思います。
 現代では坂本龍馬が大人気ですが、龍馬を偉人に仕立て上げたのは司馬遼太郎の小説です。
 たった一人の作家の小説が、それまであまり注目されていなかった人を英雄にしてしまう事もあるです。
 だから誰か会津の義と官軍の暴虐を描いてくれる作家や漫画家や映画製作者がいれば、と思います。
 そう言えば、石田三成を主人公にした映画『関ケ原』も、大ヒットしていますよね。
 史実を学問的に語るより、ドラマや映画や小説や漫画をヒットさせる方が影響力が強いの言うのは寂しいものがありますが、それが現実のようです。

『本当に正しい事は100年以上経ってみないと分からない。だから、貴方は今自分が正しいと思った事をしなさい。』というのは、歴史学的にも確かに正しいです。
 けれど「ナチスや東条英機や安倍政権は悪だった!」と100年後にわかっても、今生きている私たちの救いにはなりませんよね。
 悪いものは悪い、「ならぬものはならぬ」と、今こそ会津の精神で強く主張せねばならないと、私は思っています。

黒沢一樹 | URL | 2017-09-13(Wed)01:02 [編集]