空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

生きる意味に悩んでいる人達に

 よく、「自分は何の為に生きているのだろう?」とか、「自分がこの世に生まれてきた意味は、一体何なのだろう?」とか考えて悩む人がいるが。
 正直に言って、筆者はその種の事を考えて悩んだりした記憶がない。

 だいたい、70億人もいる全世界の人間一人一人が何か特別な存在で、「生まれた意味」だの「使命」だのが予め用意されているわけなど無いことくらい、少し考えればわかる筈ではないか。

 人は“愛”とも称する種族保存の本能と性欲で生殖行動をし、精子と卵子が結合した結果として一人の人間が生まれてくる。
 ただそれだけの事に過ぎない。
 地球全体から見れば、貴方も筆者も70億人のうちのたった1人に過ぎない。
 庭付きの一軒家に住んでいれば、庭によく蟻の巣がいつの間にか出来ていたりするが。
 その巣に群がる、見分けもつかない無数の働き蟻のうちの1563号(仮)と自分も同じようなちっぽけな存在だと、少なくとも筆者は思っている。

 筆者は幼い頃に地方の中規模の都市に引っ越しを経験し、その引っ越し先の学校では大勢の中のたった一人の異邦人だった。
 また、筆者は常に年子で優等生の姉と比べられ、学校でも親戚達の間でも「出来損ないの弟」という扱いを受け続けて育った。
 だから筆者は、幼い頃から常に一人だった。
 飛び抜けた才能や力のある特別な人間ではなく、大勢の中の無力で何も出来ないちっぽけなただの一人に過ぎなかった。
 そしてそのせいで、自分という存在を冷静かつ客観的に眺める事ができるようになった。
 で、自分自身を「庭の蟻の巣の見分けもつかない無数の働き蟻のうちの1563号(仮)と同じ」と突き放して見ることが出来るようになったわけだ。

 筆者は思うのだが。
 何の為に生きているのだとか、自分がこの世に生まれてきた意味などについて考えて悩む人達は、きっと周囲に良い人達がいて、親にも優しくされ良い友達にも恵まれ、大切にされて育ってきたのではないだろうか。
 イジメられたり、毎日の生活に窮して困っていたりして苦しい生活を送っていたら、それこそ今日を生き抜くのに必死で、生まれた意味などについて悠長に考えているゆとりも無いよ。

 冷徹に言い切ってしまえば。
 人など、ただ生まれただけでは70億人のうちのとるに足りない塵芥のような1人に過ぎない。
 そんなちっぽけで無力な存在と思いたくないから、人は「自分は何の為に生きているのだろう?」とか、「自分がこの世に生まれてきた意味は、一体何なのだろう?」とか、くだくだ考えて悩むのだ。
 70億も用意されてある筈も無い「自分が生きる意味」や「この世で果たすべき自分の使命」を、追い求めて悩むのだ。
 無い物ねだりとは、まさにこのことだろう。

 自分を「庭の蟻の巣の見分けもつかない無数の働き蟻のうちの1563号(仮)と同じ」と見なしている筆者は、こう考えている。
 生まれてきた意味や使命だのは、神が与えてくれるわけでも、最初から用意されているわけでもない。
 それらは自分で探して見つけ、努力して自分自身に何らかの付加価値を付けることで得られるのだ。

 そして初めて、無個性な無数の働き蟻のうちの1563号(仮)を脱して特別な存在になれる。
 イチローも横綱白鵬も五郎丸選手も、天賦の才能はあったにせよ、自ら並外れた努力をしたから、今のような特別な存在になれたのだ。
 生きる意味や使命とは最初から絶対者に与えられるものでなく、自ら探し自ら努力して得るものだと、筆者は確信している。

 ただ筆者は努力はしたが才能が足りず、若い頃には写真家を目指したものの挫折してしまった。
 だがその努力は、決して無駄になったとは思わない。
 写真を撮るのは、今でも楽しいし大好きだ。
 間違いなく、筆者の生きる楽しみの一つになっている。

 二十代の終わり頃に、筆者は生死に関わる大病をした。
 病名を言ってしまえば、関係者には「ああ、あいつか!」と特定されてしまうので、詳細については語らないが。
 日本では筆者が二十人目の患者という珍しい病気で、執刀した主治医が「学会に論文を発表できる」と大変に喜んでいた。

 七時間以上かかったものの、手術そのものは成功し、筆者は命が助かった。
 しかし予後が悪く、今も左足に後遺症を残していて、その後遺症の治る見込みは無い。
 だが筆者は、日本で二十人目という奇病にかかったことも、後遺症が残ってしまったことも、別に何も苦にしてはいない。

 病気になると、よく「何も悪い事はしてないのに、何で自分がこんな病気に……」と悩み、神や天を恨んだりする人がいるが。
 正直に言って、そういう人達の気持ちが筆者にはわからない。
 病気は運だ。
 不摂生による自己責任の病気もあるが、筆者の場合は生まれつきの体の欠陥による、本当に不運としか言いようの無い大病だった。
 そして不運は、誰のせいでもない。
 神のせいでも、何かの因果によるものでもない。
 たまたま生まれつき体に欠陥があったという不運で大病をしたが、誰を恨んでも意味もないし、何にもならないではないか。
 だから大病をして後遺症を抱えたまま生きている事について、筆者は「何で自分がこんな体に……」などとくよくよしたりしないし、「仕方のない不運だった」と割り切っている。
 その後遺症の他にも、アレルギー持ちだったり、メニエール病の後遺症で左耳の聴力に問題があったりもするが、「そういう体なんだ」と割り切って生きている。

 何しろ自分の存在を「庭の蟻の巣の見分けもつかない無数の働き蟻のうちの1563号(仮)と同じ」と思って生きているような人間だから。
「何の為に生まれて来て、何の為に生きているのだ?」などと考える事は全く無い。
 それでも筆者は、生きていて「楽しい」と言い切れる。

 ちなみに筆者は金持ちでも何でもない。
 収入で言えば、間違いなく低収入の部類だろう。
 家族(要介護の親)はいるが、未婚だし。
 乗っている車は、中古で買った軽自動車だし。
 着ている服はユニクロが多いし、ワークマンに寄って買う事も少なくない。
 親が建てた一軒家に住んでいるものの、築四十年で地震によりちゃんと開かない戸もあるくらいだ。
 それでも生きていて楽しい、と思う。

 趣味にしている写真だが、わかる人にはわかると思うが写真を続けるにはお金がかかる。
 しかし銀塩写真がデジタルに変わったおかげで、フィルム代や現像料が不要になり、経済的な負担はかなり減った。
 ただデジタルカメラの技術の進歩は早く、最新の技術を取り入れた良いカメラで撮ろうと思えば、それはかなりお金がかかるが。
 しかし新製品が早く出るということは、性能にそれほど問題のない旧製品が中古市場に出て来るのも早いということである。
 で、割り切ってカメラも中古を買えば、写真を安く楽しめる。
 格安のジャンク製品の中から使えそうなものを探すのも、また楽しい。

 筆者は本やコミックスを読むのも好きだ。
 これも新刊で買えればそれに越したことはないのだが、無理なら古本屋を探せば面白いものが財布に優しい値段で手に入る。

 お金は、あるに越したことは無い。
 しかし無いなら無いで、それなりの楽しみ方もある。
「お金が無ければ何も楽しめない」などということは無いと、少なくとも筆者は思う。

 何しろ自分自身の存在を「庭の蟻の巣の見分けもつかない無数の働き蟻のうちの1563号(仮)と同じ」と見なしているような人間だから。
 筆者は生殖の結果としてただ生まれ、そして死ぬまで生きるまでのことだと、自分の人生を割り切っている。
 挫折も失敗も数々したけれど、辛い経験もいろいろしたけれど、それでも「生きていて楽しい」と思う。
 楽しいことは、探せば身近に幾つでもある
 大切なのは、その楽しいことを見つけ出す感性があるかどうかだ

 筆者は今、古い家で年老いた親と年老いた猫の世話をしている。
 自分がいる事で、この親と猫の為になっている。
 それだけで、「生きる意味」など充分だと筆者は思っている。
 自分がいなければ生きて行けない人と猫がいる。
 だから生きる。
 それで充分ではないか。

 無論、親も猫もいずれあの世に行き、筆者は一人になるだろう。
 その時には、筆者の「生きる意味」は無くなってしまうのかも知れない。
 だがそれでも、筆者は生きる事を止めないだろう。
 少なくとも筆者は、楽しい事は世の中にいろいろあることを知っているから。

 自分が生きる意味や、何の為に生まれて来たのか悩んでいる人達に言いたい。
 そんな事を小難しく考えるのは、もう止めようよ。
 世界的な視野で見れば貴方は70億分の1の存在でしか無いし、貴方など居なくても世の中は何も困らないだろう。
 しかし貴方の周囲には、貴方を必要としている人がいるのではないか。
 家族でも職場でも友人でも、「貴方が居ないと困る」と言ってくれる人が一人でも居れば、貴方が生きている意味は充分ある筈だ。
 そしてこの世には、楽しい事がたくさんある。
 それを見つけて、死ぬまで楽しく生きようよ。

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コメント


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生の本質。

生の本質。

それは「生存」と「生殖」です。

生物学的に そうです。

ここンとこだけ押さえておけば
後は自分で決めていいのよ。

さて、黒澤氏。

一杯、呑ろうじゃないですか。(笑)

ogotch | URL | 2017-07-26(Wed)07:01 [編集]


Re: 生の本質。

> 一杯、呑ろうじゃないですか。(笑)

 本当に、機会があれば是非!
 でもお会いして、「黒沢って、こんなつまらない奴だったのか」とogotchさまを失望させてしまうのではないかと、少し心配です。

 病気もしましたし、フラれてばかりで結婚も出来ていませんし、カネも地位も無いし。
 でも不思議に、生きていて楽しいんですね、私は。
 上ばかり見て欲をかいても意味は無いと思いますし、手の届く身近にも楽しい事はたくさんあると気付けたら、人は幸せに生きられるようになりますよね。

黒沢一樹 | URL | 2017-07-26(Wed)16:34 [編集]