空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

「ズルイ」という言葉の誤用が目立つ

 まずは、この7月20日の毎日新聞の『てつがくカフェ』というコーナーの、「人はなぜ嫉妬するの?」というテーマについて載せられた、哲学対話を開催する団体カフェフィロ副代表である松川絵里氏の文章を一読していただきたい。

 ズルイとねたんでしまう
 あなたは誰かに嫉妬したことがある? 私の場合は、お姉ちゃん。絵がとても上手で、いつも親や先生や友達に褒められている。校長室の前に飾られることもしょっちゅうだ。うらやましくて、私も一生懸命絵を描いてみる。けど、なぜかお姉ちゃんのようにうまく描けない。すると、私のなかに暗くてドロドロした嫌な気持ちが生まれてくる。「同じ親から生まれたはずなのに、私を絵を描くのが好きなのに、お姉ちゃんばかり才能があって、いつも褒められて、ズルイ」
 不思議なことに、ピアノの上手な友達に対する気持ちはちょっとちがう。その友達が、私よりたくさん練習しているのを知っているから、うらやましくてもズルイとは思わない。
 誰かと自分を比べて相手のほうが優れている理由が見つからないとき、ズルイとねたむ気持ちが嫉妬だ。とすると、納得のいく理由さえ見つかれば、嫉妬しなくてすむのかもしれない。


 どう考えても変だと、筆者は思う。この松川絵里という、少なくとも哲学を学んでいる筈の人の、言葉に対する感覚は。
 ここに書かれた松川さんの“お姉ちゃん”は、松川さんや誰かに何か「ズルイこと」をしているだろうか。

 そもそも“ズルイ”とは、どういうことだろうか。
 その正しい意味を、辞書で調べてみた。

 広辞苑には、こう定義されている。
【狡い】
 ①しなければならないことを巧みになまけたり自分の利益を得たりするために、うまく立ち回る性質である。狡猾である。わるがしこい。
 ②しまりがない。ふしだらである。

 さらに類語辞典には、こう書かれていた。
【狡い】
 自己の利益のためには汚い手を使うさま。悪賢い。

 さて、例の松川絵里氏に繰り返し「ズルイ」と書かれていた“お姉ちゃん”だが、具体的にどこがどうズルイのだろうか。
 お姉ちゃんはただ、生まれつき絵の才能に恵まれていただけのことだ。

 松川氏と違ってお姉ちゃんが絵の才能に恵まれていたのは、確かに不公平ではある。
 しかし人間とは、そもそも不公平な条件のもとに生まれてくるものだ。
 裕福で優しい両親のいる家庭に生まれてくる子もいれば、貧しくかつ暴力的な“毒親”のもとに生まれてくる子もいる。
 そして子供は、生まれてくる家庭や親を選べない。

 さらに同じ両親から生まれても、兄弟に違いや差は間違いなくある。
 姉はブスなのに、妹は可愛いとか。
 兄は賢いのに、弟は勉強が出来ないとか。
 こんな不公平はよくある話で、ただの運の問題に過ぎない。

 事実、筆者の父親は酔って暴れる種類の酒乱で、しかもギャンブラーだった。
 だから幼い頃からいつ父が酒を飲んで荒れ出すか怯えながら育ったし、経済的にも大変な思いもした。
 さらに姉は優等生で、筆者はその姉といつも比べられ、親戚達にも教師達にも「出来損ないの弟」というレッテルを貼られて育った。
 だがそれも、そもそも不公平なものである世の中の不運の一つに過ぎない。
 親が酒乱でない家庭や、経済的に安定した家庭や、兄弟姉妹と比べられて貶められることの無い他人を羨ましく思いはした。
 しかしそうした幸運な他人に対して、「ズルイ」などと思ったことは、少なくとも筆者はただの一度もない。

 松川氏の言うように、もし何かの才能に恵まれていることが「ズルイ」のならば
 イチローもダルビッシュも大谷選手も、みな「ズルイ」ということになるではないか。

 もう一度、「ズルイ」という言葉の意味の正しい定義に戻ろう。
 松川氏のお姉ちゃんは、巧みになまけて描いた絵で褒められたのだろうか。
 絵で褒められる為に、何か悪賢くうまく立ち回ったのだろうか。
 褒められる良い絵を描く為に、何か汚い手を使ったのだろうか。
 答えはすべて、否である。
 お姉ちゃんはただ絵の才能があった。
 それだけの話で、全く狡くなど無い。
 松川氏は、「ズルイとねたむ気持ちが嫉妬だ」と言うが。
「ねたましい」と「ズルイ」は、全く意味が違う

 ちなみに、「ねたむ」とは広辞苑によればこういう意味だ。
【妬む】
 ①他人のすぐれた点にひけ目を感じたり、人に先を越されたりして、うらやみ憎む。そねむ。また、男女間でやきもちをやく。
 ②癪だと感じる。くやしいと思う。

 つまり「ズルイ」という意味と「ねたむ」という意味は、まるで違うのである。
 松川氏は絵の才能に恵まれたお姉ちゃんを、間違いなく妬んでいる。
 しかし松川氏がお姉ちゃんを「ズルイ」と思うのは、間違いなく筋違いで誤りだ。
 にもかかわらず、哲学を学んでいる筈のこの松川氏ですら、「ズルイ」の意味を誤解している。

 近年、この種の「ズルイ」という言い方が、特に女性の間で多用されている
 例えば宝くじで当たった人が、周囲の人に「ズルイ!」と言われたり。
 懸賞で豪華な賞品を貰った人が、「ズルイ」と言われたり。
 実力があって同期の中で一番に昇進した人も、心ない(頭の悪い)同僚から「ズルイ」と言われたりもする。
 筆者はこの種の妬みを込めた、不当な「ズルイ」という言い方が大嫌いだ。

 なぜなら「ズルイ」とは、相手に対する非難を込めたとても悪い言葉だからだ。
 ただ才能や運に恵まれた人を、ましてや才能に努力を加えて褒められるようになった人を「ズルイ」と貶めて非難するようなことは、決してしてはならないと、少なくとも筆者は思う。

 ズルイとは、どういう事か。
 首相夫人を学園の名誉校長に迎えて、国有地を8億2千万円も安く手に入れるとか。
 国民の財産である国有地を、首相周辺に気に入られる為に大安売りしてしまうとか。
 その問題を国会で追求された高級官僚が、公僕である筈なのに国民を見ずに首相周辺の意向ばかり忖度して、「資料は破棄し」、「記憶にない」が、「適切に処理した」と繰り返し答弁し、その結果、国税庁長官に栄転したりとか。
 岩盤規制の打破を名目に、たった一校だけ新設を認可された獣医学部が、首相の大親友の経営する学園だったとか。
 戦闘と記録してしまうと、PKO部隊を南スーダンから撤退させなければならないから、現地では銃弾どころか戦車の砲弾まで飛び交うような状況を「武力衝突」と言い換え、「戦闘」と書いた記録は無かったことにしてしまったりとか。
 本当にズルイことは、日本の政界でいやと言うほど起きている。
 なのに「ズルイ」という大変悪い意味の言葉を、相手が自分の利益の為に汚い手を使って悪賢く立ち回ったわけでもないのに、単に羨ましいとか妬ましいとかの意味で軽く使うのは絶対にやめてほしいと、心から思う。

 と言うと、「言葉は生き物で、意味も使い方も時代で変わるものだから」と反論する人達がいる。
 確かに以前は悪い意味でしか使われなかった「ヤバい」という言葉なども、若い世代は良い意味で使っていたりする。
 しかし同様に「ズルイ」という言葉のニュアンスが変わり、単に「羨ましい」というような意味でも使われるようになるのは、筆者は嫌だ。
 例えばノーベル賞を取った学者やオリンピックで金メダルを取った選手などに、「すごい、ズルイですね」と言葉をかけるような時代が来ることを想像するだけで、筆者はゾッとする。

 もう一度言う。
 ズルイとは、自分の利益の為に汚い手を使って悪賢く立ち回る行為を言うのだ。
 非難の意味が込められた、相手を大変悪く言う言葉である。
 だから「あの人はいいな、うらやましいな」程度のねたましい気持ちで、簡単に「ズルイ」という言葉を使ってはならない

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