空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

大失恋(54)・笑いの感性は人それぞれデス

 まず『つよきす!』だけれど、ギャルゲー未経験の一般男子にも自信を持っておススメできる、文句ナシに楽しいゲームだと思いマス。
 ゲームやラノベや萌え系マンガのセカイとは無縁のリア充男子たちを半笑いさせるような、奇跡だの不思議な力だのといったファンタジーっぽい要素は皆無に近いし。
 かと言って、イタい部分まで含めてリアルな恋愛を体験させよう……ってワケでもなく、全編を通して漂うムードは明るいコメディ・タッチの青春ドラマ風でさ。よっぴー絡みのバッドエンドを除けば『school days』やメモオフ・シリーズみたいな鬱展開が待っていたりしないし、最後までクスクス、ニヤニヤしながらプレイし続けられるよ。

つよきす~Mighty heart~(通常版)つよきす~Mighty heart~(通常版)
(2006/05/25)
PlayStation2

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 日本ってさ、ナゼか「物語には笑える部分がなければいけない」と信じてる人が少なくいようでさ。で、ストーリーのシリアスなパートにまで力業で笑いの要素を盛り込もうとして、逆にシラケさせる結果になってしまってる作品、ドラマでも映画でも数多く見受けられる気がする。
 それはゲームでも同じで、黒沢から見て「無理して笑いを取ろうとして滑ってる」と感じる作品、けっこう多いんだよね。

 例えば『ギフト』とか『カラフルBOX』とか、ただ台詞を読んでいるだけでギャグのクダラ無さに疲れ切ってしまって、誰か一人でもクリアするどころか、ゲームの序盤で放り出してしまったよ。
 信者の多い田中ロミオ氏がシナリオを手がけた『クロスチャンネル』や『シャンテ』も、主人公の発言や発想はセクハラ全開のエロオヤジそのものでさ。
 女の子と付き合った経験皆無の喪男とすれば、その種のからかいも“ユウモア”のつもりで、相手の女の子が顔を赤らめて恥じらったり怒ったりするのを「楽しい会話」とか思ってるのかも知れないけれど、ゲンジツはそんな甘いモノじゃアリマセンから
 シナリオの前提の「主人公は凄いイケメンでモテモテ」という部分を見落として同様の振る舞いに及ぶと、「愉快な人」どころか「不快な害虫」として認定されてゴッキー同様に扱われること、まず間違いないね。

 ドラマでもマンガでもギャルゲーでも、日本ではストーリーに「涙あり、笑いあり」を求める人が凄く多いけどさ。涙の方はともかく、笑いの方はすごく難しいんだ。
 心がイッちゃっていて精神科的な治療が必要な人を除けばだけど、人間って、泣くポイントはたいてい同じなんだよね。例えば恋愛モノのストーリーで泣かせたければ、まずヒロインを薄幸の美少女にして、難病で死の淵に立たせるとか。
 ありきたりで陳腐と言えばその通りなのだけれど、例えばソレを上手に丁寧に描いた『白中探検部』とか、黒沢も「パターンだな」とか思いつつ、つい感動してしまったよ。

白中探険部白中探険部
(2003/08/28)
PlayStation2

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 メモ・オフシリーズの原点『メモリーズ・オフ』でも、メインヒロイン(?)の桧月彩花って、実は黒沢は苦手と言うかキライなタイプだったんだ。
 でもこの彩花サン、死んじゃうんだよ。
 ある日曜日、主人公は先生に用事を言いつけられて、登校して学校の仕事をしててさ。その最中に雨が降ってきて、主人公は幼なじみの彩花サンに傘を持って来てと頼むんだ。で、彩花さんは「しょーがないなあ」とか言いながら持って来てくれるのだけれど、学校のすぐ前で車に轢かれちゃうんだ。
 なかなか来ないな……と主人公が思ってると、救急車のサイレンの音が近付いて来て。もしやと思って外に出てみると、目に飛び込んで来たのは道路に転がる彩花サンの傘で──。
 ね? 陳腐だろうがパターンだろうが、人って同じような話でけっこう泣けるから。
 黒沢はこの彩花サンが好きじゃなくて、それまでずっと邪魔に思ってた。それだけに、この死なれ方に胸を締め付けられるような思いがしてしまったよ。

 けど笑いの方は、同じネタで皆を笑わせるのはまず無理だから。例えばダジャレひとつを取っても、大笑いできちゃう人と心がサムくなってしまう人がいるよね。
 大ざっぱに言ってしまうと、大袈裟な仕草や表情などドタバタ的なものでゲラゲラ笑えちゃう人と、微妙な空気や言葉の奥にあるニュアンス的な面白さにクスクス笑いたい人の二通りに分けられるような気がするよ。
 このゲラゲラ笑いを求める人と微妙なクスクス笑いを求める人の間には、まず間違いなく越えられない高い壁があるね。大袈裟に言えば、人間の種類の違いとでも言うか。

 例えば同じNHKの朝の連ドラでも、黒沢は『カーネーション』は大好きで毎回欠かさず見ていて、けど『梅ちゃん先生』や『純と愛』は本当にバカらし過ぎてただ不快感しか抱けなかった
 ヒロインとそのお仲間はみな非常識で設定もリアリティー皆無、と言うより「本職の医師やホテルマンに失礼なレベルじゃねーか!」とか、NHKに言いたいコトは山ほどあるよ。
 と言うとさ、必ず湧いてくるんだよね、「そんなにイヤなら、ただ見なきゃいいだけダロ」ってヒトが。それも一理かもだけど、なら「その分、クソ高い視聴料を返せ!」って言いたくなっちゃうし。
 けどその同じ『梅ちゃん先生』や『純と愛』を「心がホッコリする」とか「元気が出る」とか言って、好きで楽しんで見ている人も大勢いるワケで──。

 ね? だからどちらが良いとか悪いとかの問題じゃなくて、「笑いは相手を選ぶもので、皆を笑わせようとかまず無理」ってコト。
 そりゃあドタバタやギャグマンガならね、とにかく笑いの要素をギッチリ詰め込まなきゃと黒沢も思うよ? けど「物語には笑いと涙の両方が絶対必要」と固く信じ込んで、笑う部分が無くても十分に成立するストーリーに笑いの要素を無理に押し込んで、物語の流れやムードを台無しにするの、いい加減止めてほしいと思うよ。
 流れで、自然に出てくる笑いなら良いと言うか大歓迎なのだけれど。必然性もないのに、力業で無理に笑いを取りにくる強引なギャグは、ホント勘弁して欲しいと思うよ。

『つよきす!』の笑いって、その種の「さあ、ココ笑うトコだから。面白いダロ?」って制作者のドヤ顔が透けて見えるような無理押しの笑いではなくて。気が付けばいつもニヤニヤしながらプレイしている感じで、とても楽しかったデス。
 まず各ヒロインがそれぞれ個性的で魅力的だし(黒沢的には椰子なごみだけはアレだったけど、そこは個人の好み……ってコトで)。
 さらにダラけた暮らしをしていた主人公が、例の仲間たちと一緒に“学園の女帝”エリカお姫さま独裁の生徒会入りすることになって、次第にいろんな学校行事に熱を入れて頑張るようになる過程も、いかにも「青春!」って感じでね。
 そして何より、毎日のように主人公の部屋に集まる昔馴染みの仲間たち(スバル兄さん&フカヒレくん&カニ)とグダグダ、ダラダラしながらダベる会話の部分がとても楽しくてさ。「ああオレもこの会話の中に入りてえ」って、心から思ったよ。

 実はこのダラダラな会話の部分に、いろんなアニメやゲームのパロディが数え切れないほど詰め込まれているらしいのだけれど。
 そーゆーパロディがウリのギャグって、一部のマニアにだけバカウケする反面、大部分の元ネタがわからない人達はついて行けなくて疎外感を抱いて、「何だこりゃ」みたいにシラケちゃうよね。
 けどこの『つよきす!』のパロディは、元ネタなど知らなくても充分に面白いよ。現に黒沢はそのパロってる部分に殆ど気付かなくて、なのにずっと笑ってたから。
 で、黒沢的に『つよきす!』は「些細な点を除いてほぼパーフェクト」って感じだよ。

 その黒沢が引っかかった些細な点って、喋るオウムの土永さんの存在デス。
「オウムなんだから、喋って何がおかしいんだよ?」って? いや、『つよきす!』の土永さんの“喋る”ってのはね、オウム返しに喋るんじゃなくて、人間同様に思考して自分の意志や気持ちを喋るんだ。
 飼い主はよく寝坊して学校に遅れて来るダラなクラス担任で、その大江山先生に代わって先に教室に飛んで来ては、「ありがた~い話を聞かせてやろう」とか、クソの役にも立たないクソ詰まらん話をクソ生意気な巻き舌口調でいろいろ喋くるんだけどね。
 もうホント「こんなん、おるワケないやろ~」とツッコミ入れまくりたい感じで、飼い主でダラ担任の大江山先生も含めてこの土永さんの存在が、『つよきす!』のリアリティーをかなりぶち壊しにしているように思えるんだ。
 でもネットのゲーム評では「土永さんがイイ」とか「土永さんが面白い」とかいう声が少なくなくて、つくづく「笑いの感性って、ホント人それぞれなんだナー」って再確認させられたよ。
 だとしてもそれ以外の部分があまりに魅力的で面白すぎるんで、土永さんや大江山先生に対する引っかかり&不快感など結果的に“些細なもの”って感じになっちゃうんだよねえ。

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