
例の初めての“血の繋がらない妹”に別れを告げられた時、黒沢は引き留める事が出来なかった。本当にその男の事が好きなのか、そして気持ちはどうしても変わらないのか確かめはしたけれど、それ以上未練がましい真似はしなかったよ。
でも黒沢を初めて「お兄ちゃん」と呼んでくれたそのコの事は、本当に好きだったから。だから部屋に籠もってウィスキーだけを相手に、殆ど人間の抜け殻みたいになって何日も過ごしたよ。
そうして痛みや辛さに何とか耐えて、ユーコさんの事は記憶の奥底に深く押し込めてようやく立ち直って。
ところが数年後、そのユーコさんから手紙が届いてさ。
「もうすぐ、結婚します」って。
いろいろあって、黒沢と別れた時の彼氏は事故死してしまったのだけれど、また新しい人と巡り合って今は幸せで、その人と明るい家庭を築くつもりです……って。
ただ結婚の準備の為に実家の荷物を整理していたら、黒沢の手紙とかいろいろ出て来て懐かしくなって、それで……と書いてあったよ。
ユーコさんの事は、その時にはもうとうに過去の話にして忘れたつもりでいたけどさ。でも別れを一方的に告げられた時の痛みは、古傷としてまだ心にしっかり残っていたよ。
だから久しぶりに便りを貰って懐かしいどころか、「は? 結婚すんなら黙って勝手にすればいーだろーが。オメーが幸せだろーが不幸だろーが知ったこっちゃねーし、いちいち報告なんかしてヒトの心に波風立てるなや」みたいな感じでさ。
まっ、彼女の気持ちもわからないではないさ。黒沢とのコトではユーコさんとしても疚しい気持ちみたいなモノが心のどっかに澱のように残り続けてただろうし、だからこそその黒沢にも「オメデトウ、幸せになれよ」と言って欲しかったんだろうね。
判ってはいたけれど、黒沢はただ「ざけんなよ!」としか思えなかった。
その頃はまだ若かったし、自分を切り捨てた女の子に寛大な気持ちを持てるだけの心の余裕など、とても無くてさ。それにその頃はまだ、心の傷だけでなくそのコへの想いも、胸の奥底の何処かにまだ残ってたんだろうね。
だからユーコさんからの突然の手紙は、黒沢にしてみれば「ようやく寝かけた子を、わざわざ起こすような真似すんな!」って感じでさ。
ただ腹は立ったけど、文句の一つも言ってやろうとまでは思わなかったよ。
だって、いきなり別れを告げられた時にも、文句も言わずに引き下がった黒沢だから。そしてその後はユーコさんは“居なかったもの”として、存在すら忘れようと努めてきたんだ。
だから久しぶりの手紙の返事も書かずに無視して、読んだ中身も記憶から抹消するよう努めたよ。
……それから更に何年か経つうち、黒沢の気持ちも次第に変わってきてね。
その後も何人かの女の子と出逢っては別れて痛い思い出も増えて行くうちに、女の子という生き物のコトがちょっとは判るようになってさ。
例の「恋は上書き保存」の女の子にとって、過去の男の事など黒歴史でしかなくて、元彼なんて「そーそー、あたしが昔つき合ったヤツに、すっごいバカ男が居てさー」みたいな悪口のネタにする程度の存在でしかないんだよね。
それを考えると、「結婚前の一番幸せな時に懐かしく思い出して貰えて、手紙まで出して貰えた……ってのは、ちょっとすごい事なのかも」なんて気もしてきてね。
それに気付いたら、「あの手紙を貰った時、結婚おめでとう、幸せに……って言ってあげればよかった」って、ようやく思えるようになったよ。
その悔いみたいなものがあるせいで、懲りずにその後さらに作ってしまった二人の“血の繋がらない妹”には、本当にもう激甘にしてしまってさ。
その二人も黒沢には“妹”として甘えるだけ甘えた挙げ句に、結局は他の男の所に行ってしまったのだけれど。それでも怒ったりせず、さらに「幸せにな」と言って送り出してあげられたよ。
二番目の血の繋がらない妹とは、別れた後は音信不通のままなのだけれど。最後に出来た三人目の“妹”とは、実は今も仲は良いんだ。彼氏との関係とか家族間の悩みとか、とりあえず別れた後も“兄”として相談相手になってるよ。
……随分と脱線してしまったけれど、黒沢がリアルに作ってしまった三人の“血の繋がらない妹”との思い出話というと、まあこんなものかな。
……全くもう、折角のクリスマスにぶつけるように、二日続けてフラれた話をするなんて、黒沢も不粋なヤローだよねえ。
けど黒沢が自分の恋愛体験を語ると、どうしたって結局はフラれた話になっちゃうのさ。
で、次は何について語ろうか。
幼なじみにしようか、逆に年上のヒトについて話そうか。それとも全然違うことを喋ろうか。それはまあ、黒沢の気分次第というコトで。 けどどっちにしろ、「最後は黒沢がフラれる」ってのには、変わりないんだけどね。


