空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

「自衛の為の戦争」って、何だ?

 第二次世界大戦で日本が戦争を仕掛けた事について、「あれは自衛の為の戦いで、仕方なかったのだ」と力説する人達がいる。
 それも巷のネトウヨばかりでなく、各界に影響力のある著名な人々が「アメリカと英国と中国とオランダが、ABCD包囲陣で日本を経済封鎖したから、自衛の為に戦争をしたのだ」と主張している
 例えば元アサヒビール副社長で保守系政治団体日本会議代表委員の中條高徳氏や、あの渡部昇一氏などもその代表的な論者だし、かの靖国神社も同様の見地で刑死したA級戦犯を戦死者と一緒に祀っている。

 黒沢には、どうにも理解できないのだが。
 経済封鎖をされたら自ら戦争に打って出るのが、どうして「止むを得ざる、自衛の為の戦い」になるのだろうか
 黒沢の常識では、「自衛の為の戦い」とは自国が武力で攻撃を受けた場合に、武力をもって反撃する戦いのみだと思うが。
 仮に他国から敵対的な行動を受けたとしても、経済的な行為には経済的な行為で、軍事的な行為には同じく軍事的な行為で反撃する。これが当たり前ではないか。経済制裁に武力侵攻をもって反撃するのは、どう考えても「自衛の為の戦い」の範囲を逸脱していると黒沢は考える。

 ところが元陸軍士官学校の生徒であった中條高徳氏らの見地よれば、日本が経済封鎖に武力で応じたのも「止むを得ざる、自衛の為の戦い」であると言うのである。
 つまり「戦争を仕掛けた国より、経済制裁をした国の方が悪い」という理屈である。

 よく口論から殴り合いの喧嘩になる事があるが、その場合も「何を言われたにしろ、先に手を出した方が悪い」というのが原則であろう。
 戦争もそれと同じだ。経済封鎖をされたにしろ何にしろ、先に武力を行使して攻め込んだ方が悪く、その軍事行動は侵略行為と見なされるのが世界の常識ではないか。
 ところが士官学校で学ばれた中條高徳氏には、その簡単な理屈もおわかりにならないようである。

 経済封鎖は“平和的な”とまでは言わないが、武力によらない有効で正当な外交的圧力の一つである。だから現に、今も北朝鮮とイランは経済封鎖をされ、預金凍結などの経済制裁も受けている
 そしてウクライナで多数のオランダ人などを乗せたマレーシアの民間機が、親ロシアの過激派に撃墜されたと見られる事件でも、欧州などはロシアに経済制裁を行っている

 日本が太平洋戦争に打って出た時、実際に日本と戦争状態にあった中国は別として、アメリカもイギリスもオランダも、我が国に対して一発の銃弾も撃ってなかったのである。
 にもかかわらず日本は宣戦布告もなしにアメリカの真珠湾を奇襲し、さらにイギリスの戦艦プリンス・オブ・ウエールズとレパルスを撃沈してマレーに進撃し、オランダ領であったインドネシアにも軍を進めた。
 これを「自衛の戦い」となぜ強弁できるのか、黒沢にはまるで理解できない

 中條高徳氏や渡部昇一氏や靖国神社が主張するように、あの太平洋戦争が「経済封鎖をされたから止むを得ずした、自衛の戦い」なのだとすれば、「戦争を仕掛けるより、経済封鎖や経済制裁をする方が悪い」という理屈になる
 そして経済封鎖や経済制裁を受けた国は、それに武力で応じ相手国に軍事侵攻しても、「止むを得ざる自衛の戦いである」と正当化できることになってしまうのだ

 現実問題で考えてみよう。今、現実にこの世界でも北朝鮮やイランが経済封鎖や経済制裁をされ、苦しい状況に陥っている。
 そして北朝鮮への経済封鎖には、この日本も加わっている。
 で、中條高徳氏や渡部昇一氏や靖国神社などの論理や史観に従えば、仮に北朝鮮が日本を含む経済封鎖をしている国に戦争を仕掛けたとしても、それは「けしからぬ侵略戦争」ではなく「やむを得ぬ自衛の戦い」で、「戦争になったのは、経済封鎖をした日本などの国々のせい」という事になる筈だ。

 と言うとすぐに、「サヨクの自虐史観の非国民が!」というレッテルを貼られるだろうが。
 しかし客観的に見れば、かつての大日本帝国も今の北朝鮮のように、「世界の常識の通らぬ、無法な国」として孤立していたのだ。
 偏狭な愛国心やナショナリズムによる感情論でなく、冷静な頭で理屈で公平に考えてみよう。「日本が経済封鎖で追い詰められて戦争に打って出たのは、やむを得ない自衛の戦いで悪くなく」、だが「北朝鮮は経済封鎖でどれだけ困っても、戦争に打って出たりしたら許せない暴挙」と思う事がいかに筋の通らない馬鹿げた理屈か、すぐわかる筈だ。

 かの中條高徳氏や渡部昇一氏ら、それに靖国神社の太平洋戦争観によれば、あの戦争は「ABCD包囲陣の経済封鎖を受けた事による、止むを得ざる自衛の為の戦い」ということになるようだが。
 ではなぜ当時の日本が、各国から経済封鎖を受けるに至ったか。それは日本が、明らかに中国を武力で侵略していたからだ

 韓国併合が“侵略”であるか、それとも条約による合法的なものであるかの議論は別として、満州国は明らかに日本の傀儡国家であるし、日華事変以降の日本軍の武力侵攻についても言い訳のできない侵略行為であることは、疑う余地のない事実だ。
 だから国際連盟などでも非難され、諸外国から経済制裁を受けたわけだ。

 確かに当時の中国は各地に軍閥が跋扈して、国内は大いに乱れていた。だからと言って「日本が攻めて行って、植民地にしてもOK」という理屈は、絶対に成り立たない筈だ。
 その理屈が成り立つのであれば、幕府方と勤王勢力に分かれて内戦状態にあった幕末の日本も、「列強諸国が武力で攻め込み、斬り取り次第に植民地にしても良い筈」ではないか。
 幸い欧米列強の植民地となることなく近代化を果たした日本は、今度は自ら植民地を持つ強国となることを目指し、中国の国内の乱れに応じて軍を送り込み、満州国という傀儡政権を打ち立てた。

 その日本に対して、諸外国は初めから非寛容で強圧的な態度をとったわけではない。例えば国際連盟が満州に送り込んだリットン調査団だが、英国のリットン伯爵を長とする一行は、満州国を傀儡国家とする一方で、満州における日本の特殊権益も認めていた。
 形としては満州についての日本の主張は認められなかったわけだが、日本が手に入れた満州から「タダで出て行け!」と言っているわけではないのだ。中国の主張を受け入れる一方、国際連盟は日本の利益もちゃんと考慮していたのだ。
 だから交渉と和解の道も、その時点では確かにあったのだ。
 しかし「我が国の主張が百パーセント認められなかったから」と、日本は国際連盟の脱退でそれに応じ、さらに日華事変を起こし中国への本格的な侵略を始めたのだ。

 世界が日本を追いつめたのではない、自国の主張のみ押し通そうとして非妥協的で頑なな態度を取り、国際社会に背を向けて平和的な解決を拒んだのは、我が大日本帝国なのだ
 だからその日本の武力による侵略行為に対して、アメリカやイギリス、それにオランダなどが脅威を感じ経済制裁を取ったのは、それらの国としては当然の行為であったろう。
 繰り返し言うが、アメリカやイギリスなどは中国に味方し日本に経済制裁を行ったが、日本に対して一発の弾丸も撃ってきたわけではない

 日本が国際連盟を脱退して中国への侵略を拡大し続けた後も、交渉の余地はまだあった。アメリカもいきなり日本に強硬な態度で向かったきたわけではなく、日本の行動に応じて屑鉄の輸出禁止、そして石油の輸出禁止と、態度を段階的に強めてきた。
 だから交渉の余地は、開戦のぎりぎりまであったのだ

 中條高徳氏や渡部昇一氏らの「太平洋戦争は経済封鎖に対する、止むを得ざる自衛の戦い」という理論を展開する人々は、「石油が輸入できなくさせて日本を追い詰めたアメリカが悪い」と言う
 だがアメリカは問答無用で、いきなり石油の禁輸まで切り出したのではない。その時点で日本が中国から兵を引き、しかし満州における既得権益は確保する方向で交渉を進めれば、問題は解決した筈なのだ。
 だが占領地からは一兵も引かずに、「石油が手に入らなくなったら終わりだから」と、日本は仏印進駐という逆手に出て、交渉の道を自ら閉ざして戦争へと突っ走ったのだ。
 これをどうしたら「止むを得ざる、自衛の為の戦争」と強弁できるのか、黒沢にはまるで理解できない。

 現在の北朝鮮は諸国から経済封鎖をされて当然の、狂犬のようなならず者国家だ。日本人拉致のような許されざる秘密工作は言うに及ばず、麻薬を国家ぐるみで密売し、核兵器で周辺国を恫喝もしている。
 非常に不愉快で迷惑な国であるのは間違いないが、少なくとも他国を侵略はしていない
 しかし1930年代の日本は、明らかに中国を侵略していた。その一点だけでも「かつての大日本帝国は、今の北朝鮮より悪い」と言えるし、諸外国から責められ、経済制裁を受けても仕方がない立場にあったのである。

 1990年の湾岸戦争で、イラクは突如隣国のクウェートを侵略した。そして当時イラクを支配していたサダム・フセイン大統領は、国際社会の非難にもかかわらず軍を引くことに応じなかった。
 それで国連の安全保障理事会は武力行使容認決議をし、アメリカやイギリスなどを中心とする多国籍軍がクウェートに駆けつけ、イラク軍を打ち破った。

 中国を侵略した我が大日本帝国は諸外国の非難を無視し、国際連盟を脱退すらした。湾岸戦争の経緯を考えれば、同じように国際連盟で日本に対する武力行使容認決議がされ、多国籍軍が中国を支援に駆けつけてもおかしくなかった筈だ。
 しかしアメリカも英国も、そこまで強硬な態度は取らなかった。

 確かにアメリカや英国は日本を責めはした。しかしあくまでも経済制裁をしただけで、中国軍を助けて参戦したわけではない。それどころか日本が中国から兵を引きさえすれば、満州に対する日本の権益を認めようとまで譲っていたのだ。
 にもかかわらず日本は「経済封鎖をされたから」と、アメリカと英国に奇襲攻撃をかけている

 これでどうして「止むを得ざる、自衛の為の戦い」と言えるのか、黒沢には全く理解できない。

 太平洋戦争を「止むを得ざる、自衛の為の戦い」だの、「アジアを植民地から解放する為の、大義ある戦い」だのと言う人々は、同時に中国における日本軍の残虐行為も否定している
 では「日本軍の残虐行為は無かった」という人達に聞こう。
 日本軍は中国軍に各地で勝ち、大陸の奥深くまで侵攻したが、その間に日本軍は中国兵の捕虜をどれだけとった?
 中国戦線であれだけ勝ち、あれだけ奥地まで攻め込んだのだ。当然、敗れた中国軍の捕虜も何万、何十万と居て当然だろう。
 ところがだ、「中国兵をどれだけ捕虜にし、どこでどう処遇したか?」という記録が殆ど残っていないのである。そして伝えられているのは、捕らえた中国兵を虐殺した話ばかりだ。

 一例を挙げよう。中国戦線で長く戦い、さらにガタルカナル島やインパールでも戦った歴戦の古兵、高崎伝氏の『最悪の戦場に奇跡はなかった』という本があるが、その高崎氏の連隊では捕虜はただの一人も取らず、敵兵はもちろん、「怪しい」と思えば民間人でも関係なくすべて殺したということである。
 これが我が皇軍、大日本帝国陸軍の実態なのだ。
 にもかかわらず「中国で虐殺は無かった、すべて自虐史観のサヨクによるデマである」と主張する保守系の論客の頭がいかにオカシイか、その一事だけでもよくわかるというものだ。

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(2007/02)
高崎 伝

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 話を現代に戻そう。
 憲法第九条のある日本でも、自衛権はあるものとされている。個別的であろうが集団的であろうが、自衛権は今のこの日本にもあるのだ。
 と、すればだ。
 中條高徳氏や渡部昇一氏や靖国神社などが声高に主張するように、あの太平洋戦争が「経済封鎖をされたことによる、止むを得ざる、自衛の為の戦い」なのであれば
 もし今の日本が武力攻撃でなく、ある国から経済封鎖なり、経済制裁なりを受けた場合にも、「止むを得ざる、自衛の為の戦い」として日本の自衛隊がその国に攻め込んで行ける理屈になるではないか。
 だから中條高徳氏や渡部昇一氏や靖国神社などが主張する「日本は経済封鎖をされたから、やむを得ず自衛の戦いをしたのだ=戦争を仕掛けた日本は悪くない」という論理は、ただ「頭がオカシイ」と言うにとどまらず、また次の戦争にも繋がりかねない危険な思想だと黒沢は考える。

 最後に繰り返し問おう。
 もし経済封鎖を受けた末の、我が日本軍の米英に対する奇襲攻撃が“自衛の為の戦い”ならば。
 同じように経済封鎖を受けて困窮している北朝鮮が、日本を含めた経済封鎖をしている国々に奇襲攻撃で戦争を仕掛けてきたとしても、これも“自衛の為の戦い”と正当化できる筈
ではないか。
 同じ事をしても、日本がすれば“自衛の為の戦い”で悪くなく、北朝鮮がすれば“許すべからざる暴挙”だと言い張るとすれば、それは明らかに身びいきの矛盾した論理以前の戯言以外の何物でもない

「日本のした事はすべて正しく、日本の過去の過ちを認めるのは、日本を貶める許し難い行為だ」
 そう信じて疑わない保守の“愛国者”たちの非論理性と頭の悪さに、ほとほと閉口している今日この頃だ


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