空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

日本を「貶める」って?

 前提としてまず言っておこう。
 黒沢自身は憲法第九条には否定的な改憲論者で、「自衛隊も正式に日本国防軍にするべき」と思っている。
 さらに根っからの反共主義者で、学生運動も全共闘も大嫌いで、思想的には間違いなく保守だし、学生時代には級友からずっと「コチコチの右翼」と言われてきた。
 だが黒沢は「例え自分に都合の悪いことでも事実は事実としてきちんと認め、黒を白と言い張るようなことはすべきでない」と強く思っている。
 だから黒沢は、「日中戦争も太平洋戦争も間違いなく日本の侵略戦争で、非は日本にあり、アジアの国々に多大な被害と迷惑をかけた」と認識している。

 例えば殺人なり強盗なり強姦なり、何か悪い事をした人がいるとする。
 その人にまず必要なのは「自分のした事はちゃんと認め、そして反省すること」であろう。
 にもかかわらず「俺はやってない、俺は絶対悪くない!」とあくまでも言い張って。そして明白な証拠を突き付けられると「オマエは俺を貶める気か!」と逆ギレしたとしたら、「何と図々しい、大バカ野郎だ」と呆れられ、皆から憎まれても仕方あるまい

 ところがそうした被害者の感情を逆撫でする「心底図々しく、大バカ」な発言を声高にして恥じない者たちが、この日本には大勢いるのだ。

 第二次世界大戦で、我が日本がアジアの国々に侵略し、各国に多大な被害を与えてきたことは、紛れもない事実だ。
 ところがこの日本には、その事実を頑として認めない“保守”で右翼の人々がいる。その種の人々は、かつて日本がした負のことを言うと「オマエは日本を貶める非国民だ!」と怒り出すのである。

 その種の、日本軍の残虐行為について話すのは「日本を貶める行為だ」と主張する人達に言いたい。
 その理屈で言えば、人殺しに「人殺し」、強盗に「強盗」と言う事は、その犯罪者を「貶める」ことになる筈だ。
 犯した悪い事をありのままに述べるのが、何故「貶めること」になるのだろうか。そこのところが、黒沢にはまるで理解できない。
 例の「犯した悪い事を言うのは、貶める行為だ」という理屈で言えば、裁判は公正な裁きではなく「被告人を貶める、不当な糾弾大会」という事になるではないか。

 その「日本軍の残虐行為を認めるのは、日本を貶めることだ!」と力説する人々は、決まってこうも言う。
「日本が過去に悪い事をしたと聞かされたら、若い世代が国に誇りを持てなくなる」

 だからその種の人達は、大日本帝国の侵略行為とアジア諸国に与えた被害について、教科書から削除させようと必死だ。

 例の、過去の日本軍の残虐行為に触れると「日本を貶めるな!」と怒り出す人達に言わせれば、「自国が過去に悪い事をしたと認めたら、国に誇りを持てなくなる」そうなのである
 あんたバカぁ!?
『エヴァンゲリオン』のアスカではないが、その種の論理を聞くと、大声でそう叫びたくなってしまう黒沢だ。

 繰り返すが、過去に悪い事をした人が立ち直るには、まず自分のやった事はきちんと認め、そして心から反省する以外に道はなかろう。
 もし過去の己の悪行を一切否定して、「俺が悪かったなどと認めたら、俺は自分に誇りを持てなくなるから反省しない」などと言ったら、「どんな太々しい外道だよ!」とフルボッコされて当然であろう。

 だが過去の日本軍が犯した残虐行為を認める人を「日本を貶める非国民め!」と非難して恥じない人達は、今もこう主張し続けているのだ、「日本が過去に悪い事をしたと聞かされると、国に誇りを持てなくなる」と。
 ……その種の人達は、どうやら人としてちゃんと立ち直る道を知らず、日本という国もきちっと見直して立て直す気がないらしい

 と言うより、彼らは現人神である天皇陛下を頂点とする、かつての大日本帝国の復活を願っているのだろう。

 そしてその種の「戦争を起こした日本はワルクナイ」と言い張る人達は、「あの戦争は、大義ある戦いだったのだ」とも言い張る。「八紘一宇の理想のもとに、日本はアジアを植民地状態から解放する為に戦ったのだ」と
 とんでもない欺瞞だ。
 日本は欧米に取って代わって植民地化する為に出兵したのであって、決してアジア諸国を対等な国として独立させるつもりなど無かった。その証拠に、進出した各地で日本は現地の人々を軍事力で支配し、日本語教育と天皇崇拝を強制し、日本の戦争遂行に必要な物資を大量に収奪したではないか。
 あの日本軍に支配されていた時代を「良かった」と言っているアジアの国があるとしたら、ぜひ黒沢に教えてほしいものだ。黒沢の知る限り、日本軍に占領されたアジアの国々はどこも、日本軍に弾圧され物資を収奪されて苦しんでいた筈だ。

 確かに「日本の一部」として併合した韓国(朝鮮)に対しては、日本はかなりの額を投じてインフラ整備をした。そのことにより、ソウルやピョンヤンなどが近代都市に様変わりしたことも事実であろう。
 ただそうした投資が果たして現地の韓国(朝鮮)の人々に対する“善意”か、それとも日本の利益の為であるかはまた議論の余地があると思うが。

 太平洋戦争後、確かにインドネシアやインドなどの国々が独立し、ベトナムなどの独立運動も盛り上がった。
 しかしアジア諸国が植民地状態から解放されたのは、ただ第二次世界大戦の結果、宗主国の力が落ちたからに過ぎない
 建前でなく実態で見る限り、日本は決してアジア諸国の民族自立や自主独立など許さなかった。太平洋戦争を美化する右翼の論者らが「日本のおかげで独立できた」と称する東南アジアを含む、すべての占領地域で皇民化政策をとり、皇国の臣民であることを誓わせ、日本語の使用や神社の参拝などを強制したのが良い証拠である。

 そもそもアジアを占領した名目の八紘一宇という言葉の意味は「天下を一軒の家のように統一すること」だが、その統一した天下を治めるのは天皇と日本ということになっていた。
 だから日本軍は占領した各地で皇民化政策をとり、天皇を崇拝させ日本語を強制し、さらに戦争遂行の為の物資を収奪して現地の経済を破綻させたのだ。この実態からあえて目をそむけて「日本は欧米の植民地状態から解放する為に戦ったのだ」と胸を張れるとしたら、厚顔無恥の極みとしか言えない

 あの太平洋戦争は、現実には「欧米に取って代わって、日本がアジアを植民地化する為の戦い」だったのだ。
 だがその欧米との戦いの結果、ただ日本が敗れただけでなく宗主国も疲弊して、その結果として民族自立の運動が盛り上がり、アジア諸国が独立に至ったに過ぎない。
 日本の軍事侵攻の建前と実態、日本軍のアジア占領の動機とその結果を混同してはならない

 アジア諸国は第二次世界大戦の「結果として」、各国が自力で独立を果たしたのであって、日本が太平洋戦争を仕掛けたおかげで独立させて貰ったのではない
 しかし頭のおかしな右翼の中には、「日本はアジア諸国の独立の為に大義ある戦いをして、おかげでアジア各国は欧米から独立できたのだ」と強弁し続けている者が、今も少なからず存在するのだ。

 驚くべきことだが。
 その「アジアを欧米から解放する」という建前のみを言い立てて、「あの戦争には大義があった、だから日本はワルクナイ」と主張するのは、実際の戦場にはただの一度も出たことのない士官候補生くずれの中條高徳氏などの、かつての大日本帝国に郷愁を持つ爺さんだけではないのだ。
 例えば『だから、日本人は「戦争」を選んだ』を書いた、1983年生まれで秀明大学講師の岩田温氏のような若手の“学者”ですら、「あの戦争には大義があった、だから日本はワルクナイ」と大真面目に主張している。

 大義、大義と言うが、物事には綺麗事の建前と、表に出せないドロドロした本音や現実の両面があることくらい、大人なら誰しもわかっている筈だ。
 そして大義というのは、明らかに前者の「綺麗事の建前」に属する。
 その証拠に、戦争をする国はどちら側もそれぞれの“大義”を振りかざしているもので、大義を持たない国などどこにも無いのが現実なのだ。

 大義は、何も日本にだけあったわけではない。アメリカや英国にも当然あったし、あのナチスドイツにすら大義はあったのだ(世界共産主義革命と戦う、という)。
 大義など北朝鮮やイランやシリアにもあるし、スターリンや毛沢東やポル・ポトなどの独裁者にもあったし、イスラム原理主義のテロ組織にすらあるのだ。
 さらに言えばワ○ミなどのブラック企業も社訓だけは立派で、何の大義もなく「俺たちゃ殺人、略奪、何でもし放題の悪の組織だぜ」と威張っているのは、山賊や海賊くらいのものである。

 だから物事を判断する時、その綺麗事の建前でしかない大義など見ていては、真実など何もわからないのだ。
 例の「太平洋戦争は、アジア諸国を欧米から解放する為の戦いであったかどうか」という問題も、建前の大義ではなく、「日本軍が現実にどう行動したか」という事実のみで判断しなければ、本当の事は何もわからないのだ。
 あの戦争で日本軍が掲げた大義だけ見て、「だから日本はワルクナイ」と主張している岩田氏らなどの類は、ワ○ミの社訓だけ読んで「うん、ワ○ミはすごく良い会社だね!」と感動しているのと同レベルの幼稚さである。

 いや、『だから、日本人は「戦争」を選んだ』で展開されている論理を読むと、岩田氏は幼稚というより狡猾と言えるかも知れない。
 と言うのは、岩田氏はナチスドイツにも彼らなりに“大義”があった事実はあえて無視し、ナチスが犯した残虐行為だけを見て「日本はナチスとはまるで違う」と言うのである。そして「ナチスの非は言い訳できないが、大義があるから日本はワルクナイ」と主張するのである。
 そして日本軍が残虐行為を犯した事も認めつつも、岩田氏によればそれは出先の一部の軍人による行き過ぎで、掲げた大義に比べれば些細なことであるらしい。

 岩田氏はナチスドイツに対しては彼らの“大義”を無視して負の実態のみ見て、我が日本に対しては負の実態からあえて目をそむけ、掲げた建前の美しい大義だけでその善悪を論じているのである
『だから、日本人は「戦争」を選んだ』における岩田氏の主張は明らかにフェアではないし、論理も我田引水に過ぎて破綻していると言わざるを得ない。

 ナチスドイツに触れたついでに、ぜひ言いたいことがある。
 例の過去の日本軍の残虐行為に触れると「日本を貶めるな!」と怒り出す人達は、異口同音に「自国が過去に悪い事をしたと認めたら、国に誇りを持てなくなる」と言うが。
 その種の人達に聞くが、ではナチス時代の自国の非を認め、ちゃんと反省して繰り返し謝罪しているドイツ人は自国に誇りを持てず、ドイツは駄目な国になっているだろうか
 否、自国の過去の非を認めて反省し、謝罪を繰り返しても、ドイツは間違いなく立派な国ではないか。そしてドイツ人はその事で誇りを持てなくなったわけでもないし、愛国心を無くしてしまっているわけでもない

 日本の過去の非について語ると「日本を貶めるな!」と怒る人達は、その「ドイツとドイツ人に出来た事が、日本と日本人には出来ない」と主張しているも同然である。
「日本人は過去の非を認めて反省すると、国に誇りを持てなくなって愛国心をなくす」と、彼らは大真面目に言うのである。

 では過去に罪を犯した者は、己の非を認めて反省すると、自分に誇りを持てない駄目な人間になるのだろうか?
 否、立ち直りに最も必要なことは、まず己の非を認め、真摯に反省することであろう。
 国家の場合もそれと同じで、過去に過ちを犯した国にまず必要なのは、率直にその非を認めて反省することではないのか。

 ところが一部の保守系の論者たちは、それをすると「誇りを失って立ち直れなくなるから、非は決して認めないし、反省などしてはいけない」と言うのである。
 つまり彼らにとっては、「非を認めず反省しないのが愛国心で、日本人としての誇りを保つ道」なのである。
 そうした己の非を決して認めない頑なな態度は、決して誇り高き振る舞いなどではない。周囲の者たちにはただ「面の皮の厚い恥知らず」にしか見られないと思うが、どうだろうか。

 歴史作家の司馬遼太郎氏が、生前にこう語っていた。「日本は太平洋戦争で、周辺の国々に大変な迷惑をかけた。だから少しでもものを考える人は、アジア諸国に後ろめたい気持ちを持たざるを得ない」と。
 例の、かつて日本軍が犯した過ちを言うと「オマエは日本を貶める非国民だ!」と怒り出し、「あの戦争は大義ある戦いだから日本はワルクナイ」と強弁する人達は、その司馬遼太郎氏の言う「後ろめたい気持ち」を持ちたくなくて必死なのだろう。
 そしてその結果「日本が過去に悪い事をしたと認めたら、国に誇りを持てなくなる」と心を閉ざし現実から目をそらして、「ものを考えない人」になり下がっているのだ。

 最後に、民族派団体一水会顧問である鈴木邦夫氏の言葉を紹介しよう。
歴史をゆがめ自国は悪くないと言い張るのは愛国者でなく、単なる拝外主義者だ
 鈴木邦夫氏は政治的に言えば間違いなく右翼であるが、あの戦争について「日本はワルクナイ!」と言い張り、日本の過去の過ちを語ると「サヨクの自虐史観の非国民め!」と怒る“右翼で保守”の人達は、この鈴木氏の言葉をどう聞くであろうか

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