空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

撲滅! ニコチン・ハラスメント。煙草の副流煙から、非喫煙者を守れ!!

 例えば飲み会で、自分が飲む度に周囲の者にも同じように飲むことを強要する大酒飲みが居たとしたら、間違いなく「困ったアルハラ野郎」と認定されるだろう。
 あるいはのべつまく無しに何か食べている大食漢が居て、そして自分が食べる度に周囲の者にも同じように無理矢理に食わせる者が居たら、それも「非常識で大迷惑なバカ野郎」と言われるに違いない。

 しかしその種の非常識で大迷惑なバカ野郎は、現実にこの社会に呆れるほど実在するのだ。
 その名を、喫煙者という。

 黒沢には、どうにも理解出来ないのだが。喫煙者という輩は、どうして場所もわきまえずにいつでもどこでも、非喫煙者も多くいる公共の場所で、煙草を吸わずにいられないのだろうか。
 飲食店の席に着くなり煙草に火を付け、道を歩きながらもスパスパ、車を運転しながらもこの地球を灰皿にして、車外にモワワーンと煙を吐き出すのだ。

 今では煙草の伏流煙と受動喫煙の害についての知識も少しずつ知られるようになって、オフィスや公共の施設での分煙もそれなりに進んでいる。
 しかし殆ど野放しになっているのが、公共の道路での喫煙だ。規制されているごく一部の繁華街を除き、殆どの道路で歩きながら平然と煙草を吸う者が当たり前に見られる

 歩き煙草は、同じ道を歩く非喫煙者にとっては拷問のような苦痛だ。何しろその人が歩く後を、ニコチンなどの有毒物質を含む煙が帯のように長くついて回るのだから。
 煙草を吸わない黒沢は、煙草の煙も臭いも大嫌いだ。だから煙草を吸いながら同じ道を歩いている奴と出くわしたら、息を止め大急ぎでその野郎を追い越して行く
 さらに信号待ちの時に喫煙者と一緒になると、立ち去ることも出来ないから最悪だ。出来るだけその喫煙者から離れて風上を探して立ち、息も最小限に堪えて信号が変わるのを、文字通り死ぬ思いで待つしかない

 喫煙者は公道を歩きながら良い気分でプカーリ、プカリ。そして非喫煙者はその脇で、拷問も同然の苦痛を味わっているのだ。
「煙草を吸う奴の為に、非喫煙者は何で毎回こんなに我慢していなきゃならないのだろう」と、心の底から思うよ。
 にもかかわらず喫煙者たちは、「好きなように煙草も吸えない空気になって、俺たちは肩身の狭い思いをさせられている」と、まるで自分達が被害者であるように思っているのだ。数々の有毒物質を含む煙を周囲に撒き散らし、周囲の人々にそれを有無を言わせず吸わせている加害者でありがら、喫煙者とは面の皮がどこまで厚いのだろうと呆れるほか無い。

 はっきり言っておくが、黒沢は元喫煙者だった。喫煙率が今よりずっと高く、男は高校を卒業したら煙草を吸うのが当たり前だった昭和の時代に、黒沢も高校卒業とほぼ同時に煙草を吸い始めた。
 黒沢は元々凝り性で、趣味も始めるとその道にどっぷりハマってしまうタイプだったから。
 当然、煙草にもかなりこだわりマシタよ?

 煙草の味って、大きく分ければ甘い傾向のものと辛口のがあるのだけれど、黒沢は断然甘くて濃い味の煙草が好きだった。
 そんな黒沢が一番好きだった国産の煙草は、バージニア産の上等な葉を使っているとJTが自信を持って言うピースだった。
 ……ピースって、JTの製品の中で一番ニコチンが強いんだよね。

 って言うか、喫煙者だった頃の黒沢はセブンスターより軽い煙草は全然吸う気になれなかった。マイルドセブンとかのニコチンの少ない軽い煙草って、何だか燃やした紙を吸っているような気がしてね。
 だからセブンスターやピースのような、甘い系でニコチンもしっかりあるようなモノばかり吸ってた。
 当時から「オジサンっぽい煙草」と言われていたけれど、甘さと辛さの両方があるハイライトも、案外好きだったな。

 ゴールデンバットっていう、知る人ぞ知る煙草も合ってね。
 コレ、いろんな煙草の切り屑を集めて作った、激安煙草なんだけど、「いろんな煙草の切り屑を混ぜたもの」だけに、一本一本味が違うんだよ。
 何しろ切り屑の寄せ集めの煙草だから、基本はその時に一番売れている煙草の味に近くて、案外普通に吸えちゃうんだよね。
 無論、時々苦手な味になっちゃっているものもあるけれど、一箱二十本の中に一本くらい、絶妙のブレンドの激ウマのものに巡り合えたりしてね。それが楽しみで、なかなか売っている店は少ないそのゴールデンバット、楽しんで吸ってマシタ。

 外国の煙草にもあれこれ手を出しまして、ラークもマルボロも好きになれなかったし、ジタンのひどい辛さには呆れたけれど、モアはかなり好きだった。
 でも何と言っても、最高にウマかったのはダンヒル・インターナショナルだった。
 ただこの煙草、値段も国産煙草の倍くらいでさ。
 そして当時の黒沢は、貧乏学生だったから。
 それで「昼飯を抜いて、そのお金でダンヒル・インターナショナルを吸う」なんてバカなこともやってたよ。

 喫煙者だった頃の黒沢って、それくらい煙草にハマってたんだ。
 ライターも百円ライターなんか使わないで、ジッポーの良いのを幾つかコレクションしたりしてね。
 吸い方もこだわって、煙草は必ず人差し指と中指の間に深く挟み、手で口元を覆うようにして唇の左の端で吸うのが常だったり……。

 でもね。
 そこまで凝っていた煙草、大学三年の半ばにきっぱり止めたんだ。
 理由は本当にマジで、「猫の為」デス。

 黒沢は当時、個人経営のボロアパート(築三十年以上)に住んでいたのだけれど、その大家さんの猫になつかれちゃってさ。
 カリカリ……ってドアを軽く引っかいて合図して、黒沢の部屋に入り込むと、そのままずっとくつろいで過ごして、夜も黒沢の部屋で寝て行くことも多かったよ。
 だから大家さんも公認で、半ば黒沢の飼い猫みたいな感じで部屋に居着いていてさ。

 その猫がね、黒沢が煙草を吸うと厭な顔をするんだよ。
 部屋を出て行ってしまうわけではないんだけど、目を瞬かせて顔を逸らして、はっきり厭な顔をするんだ。
 で、黒沢は考えたんだよ。
 猫が煙草を嫌がってるのは明らか、そして黒沢が煙草を止めれば猫も喜ぶし、浮いた煙草代のお金で猫に何か美味しいものも買って食べさせてあげられる……って。
 それで黒沢は、二年半ずっと凝って吸っていた煙草を止めたんだよ。本当に、ただ猫の為にね。
 そしてそれからずっと、煙草はただの一度も吸ってないよ。公共の場所で平然と煙草を吸うニコチン中毒のアホに、受動喫煙させられる時以外にはね。

 だからハッキリ言おう。
 よく「煙草は、止めたくても止められない」と言う人がいるけれど、それは大嘘だ。
 煙草なんて、強い意志と愛さえあれば必ず止められる。「どうしても止められない」なんて、しっかりした意志と周囲の者に対する愛の無い弱虫の言い訳に過ぎない。
 その証拠に黒沢は、こだわって凝って吸っていた煙草を一発で止めた。ただ可愛がっていた大好きな猫の為に、ね。

 もし喫煙者で、家族に「煙草は止めて!」と懇願されても喫煙を止められない人がいるとしたら。
 その人にとって家族の存在など、猫以下なんだろうね。
 黒沢は猫が嫌がる顔だけで、煙草をスッパリと止めた。
 家族に「止めて」と頼まれても煙草を止めず、家族に受動喫煙させ続けている人って、ホント“屑”としか言いようがないよね。

 と言っても、黒沢は別に「煙草を吸うのは絶対ヤメロ!」と言いたいわけではないよ。煙草も法律で許された嗜好品だから、吸いたい人は吸えば良いと思ってる。
 お酒だって甘いものだって油分だって、過剰に摂取すればみな体に悪いわけで、何も煙草だけが有毒……ってわけじゃないからね。
 ただ「煙草を吸うなら、非喫煙者に副流煙を吸わせるな!」ってこと。

 お酒だって、酒飲みが周囲の人に同じように飲むことを強制したらアルハラになるでしょ?
 煙草もそれと同じ。
 喫煙者が道路も含む公共の場所で煙草を吸えば、当然周囲の人達にもその煙を吸わせることになる。そしてそれは、非喫煙者にとっては“ニコチン・ハラスメント”なんだよ。

 昔、ヘビーな喫煙者だった黒沢にはわかるんだよ、歩き煙草をする人に側を通られただけで、「ああ、ニコチンを吸わされたな」って。
 わかる? 非喫煙者にとっては「煙草を吸っている人がそこに居る」ってだけで脅威なんだよ。だって火のついた煙草は、それだけで有毒ガスの発生源なんだからね。
 煙草を吸っていると、ただ近付いただけで厭がられるわけ、これで理解出来るでしょう?

 よくさ、「家族に嫌がられるから」って、家の外やベランダで煙草を吸う人がいるけどさ。アレ、ものすごーく迷惑だから、即刻止めてほしい
 その人は、確かに自分の家族は思いやってるのだろうけど。そして家族も、家庭から煙草の煙が無くなってまあ満足なのかも知れないけど。
 でもね、その家庭内を禁煙にされて外で煙草を吸わされている旦那さんの煙草の煙は、いったいどこに流れて行ってると思う?
 ズバリ、隣の家や公道なんだよ。

 黒沢は道を歩いていて、そうしたオジサンに出くわす事がよくあるのだ。そして黒沢はそのオジサンの前を、例によって息を止めて急ぎ足で通り過ぎなければならないわけだ。
 その種のオジサンが玄関先で煙草を吸っているのに気付かずに、その煙を思い切り吸わされてしまうこともしばしばある。
 歩き煙草であれ、家族を思って外で吸っているのでであれ。公道で他人の煙草の煙を吸わされるのは、本当に不愉快だ。
 ただ不愉快なだけでなく、副流煙は喫煙者が吸う煙以上に健康に有害であることも、科学的に証明もされている

 煙草を吸う権利は、間違いなく誰にもある。
 しかし自分の煙草の副流煙を周囲の非喫煙者にも吸わせる権利は、どの喫煙者にも無い筈だ。
 である以上、「非喫煙者も居る公共の場所に、煙草を吸って良い場所など存在しない!」という現実を、喫煙者はよく肝に銘じるべきだ。

 例えばセックスだって、殆ど誰もがしているが、他人の目の無いプライベートな場所で楽しまれているだろう。
 喫煙もそれと同じで、楽しむべき時と場所というものがあるのだ。副流煙は明らかに有害であり、非喫煙者が日本でも八割以上を占めている以上、煙草はもはや公共の場所で吸うべきものではないのだ。

 心の病のうちには“セックス依存症”というものもあるが、時と場所も考えず、非喫煙者の存在も無視して煙草を吸わずにいられない人は、もはやそのセックス依存症と同様の、立派なニコチン依存症の中毒患者と言わねばなるまい。
 朝起きたらまず一服、通勤途上でも吸い、仕事中にも吸い、食後にも煙草を吸わずにいられないという方。貴方は間違いなくニコチン中毒という病気で依存症だから、ぜひ早めに病院へ行くべきだ。

スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

しねクソカルト

しねクソカルト | URL | 2017-06-02(Fri)17:27 [編集]