空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

家電化した、今のデジカメに欠けるモノ

 はっきり言って、黒沢は自分でも数を把握していないほど沢山のカメラと交換レンズを持っている。

 高校に入学した時、お祝いにオリンパスOM-2を買って貰ったのを皮切りに、後は自分でいろいろバイトして交換レンズやらスペア用のボディやらを買い込んで。
 そして大学生になってからはペンタックス系の一眼レフと交換レンズにも手を出し始めて。
 さらに社会人になると、物欲に歯止めがきかない状態でいろいろ買い漁って、気が付いたらキヤノンとニコンとミノルタとフジの一眼レフと交換レンズも揃えていたよ。

 で、国産のほぼすべてのメーカーのカメラのクセや写りの傾向を掴んでしまうと、今度は“クラシック・カメラ病”というタチの悪い病にかかってしまってさ。
 それで東京のクラシック・カメラ専門店から地元のハードオフのジャンク・コーナーまでさんざん巡り歩いて、財布のお金が尽きるまで買い漁ったよ。
 ……ハイ、旧式のバルナック型だけれどライカと交換レンズも揃えちゃいマシタ。それでもまだ飽き足らず、フォクトレンダーのビテッサビトーのシリーズも買い集めるわ、ツァイスの蛇腹式の中判カメラやローライ35も買うわ、オリンパスのPENシリーズにも手を出すわで、気が付いたら持っている交換レンズは百本に近いし、カメラの方は百台を軽く越えていると思う。

 いや、別に黒沢が金持ちなんじゃナイって。黒沢は服など「ユニクロで充分」と思っているし、車も中古のしかも軽自動車を何年も乗り続けているような人間だから。
 海外旅行にも行かないし、スキーやゴルフもしないし、パチンコも競馬もしないし、キレイなお姉さんのいる飲み屋にもフーゾクにも行かないしで、使えるお金の殆どを写真と書籍の購入につぎ込んできたんだよね。
 黒沢は金銭感覚が人と違うと言うか、そもそも「他人からどう見られるか?」という事が全然気にならない人間なのだ。流行とか全然関心ないし、周りの皆がやっているからって「自分もやらなきゃ、時代に取り残されちゃう!」とも全然思わないしね。
 で、ただ好きな事にだけ打ち込んでいるうちに、気が付いたら「カメラが防湿庫にギッシリ」ってコトになっていたワケ。

 でもね。
 ここ数年、「このカメラが欲しい! ぜひ買って自分のモノにしたい!!」という強い欲望が、めっきり湧いて来なくなってさ。
 いや、別に黒沢が年寄りになって枯れてきたからじゃナイって。「欲しい!」という突き動かすような衝動を感じさせるだけの魅力が、カメラ自体に無くなってるんだ。

 昔のカメラは、それこそ“一生モノ”だった。特に精密な歯車やカムやバネなどで作られた機械式のカメラは、キチンと整備さえすれば本当に一生使えるモノだった。
 事実、黒沢の持っているライカは1950年製で、持っているライカ用の交換レンズで最も古い物は1937年製のズマール5cmF2だけれど、今でもちゃんと作動するし、写真だってキチンと撮れるのだ。
 1937年と言えば、あのナチスの全盛期だよ? その時代に作られたモノが、今もなお使えるのだ

 だからそれだけに、カメラは昔はとても高価なものだった。
 今ではカメラ屋のジャンク・コーナーに数百円程度の捨て値で転がっているペンタックスSPですら、発売されていた1960年代(東京オリンピックの時代)には、一ヶ月の給料と同じくらいの値段だったのだ。
 それを知っている黒沢は、ジャンク・コーナーにペンタックスSPやそれ用の交換レンズがあると見捨てておけず、つい手に取ってレジに向かってしまう。

 そうして救出して家に持ち帰った、埃にまみれた上に手垢で黄色くなりかけたペンタックスSPだが。クリーナーや綿棒で清掃し、シリコンクロスで磨き上げると見違えるほど美しくなる。
 何しろ元は、給料一ヶ月分もするような高価なものだから。カメラのクロームメッキ等の仕上げもとても上質なんだよね。
 例えばカメラのメーカー名や機種名などは、今はコストの関係で印刷のシルクプリントが普通だけれど。でも昔のカメラは、安い普及品でも名前をちゃんと彫刻してペイントしてあるのだ。それだけでも、見た目の質感が全然違うよ。
 そして実際に手に取った時に伝わってくるズシリとした重みも、今のプラスチック製のカメラとは全然違うし。
 もちろん内部の歯車などの精度や仕上げも良いし、だからフィルムを巻き上げた時の操作感とか、シャッターを押した時の感触も素晴らしくて。

 もちろん今のデジカメの方が軽くて使いやすいし、機能も遙かに優れているのは事実だよ。
 ただ今のデジカメって、あくまでも写真を撮る為の実用品でしかないんだよね。
 それに比べて昔の金属製で機械式のカメラには、高い趣味性と言うか、モノとして人の心を引きつける何かがあった
 まず見た目が美しいし、手に取った時の質感やら操作感やら、単なるスペックでは測れない魅力があるんだよね。

 例えば、腕時計だけれど。
 今なら千円も出せば正確で充分に実用に耐えるクォーツの時計が買えるし、「スマホがあれば充分」と腕時計すら持たない人すら珍しくないよね。
 けどその一方で、何十万円もする上にメンテナンスにも手のかかる機械式の腕時計を愛用し、それを何本もコレクションする人すらいる。
 結局、機械式のクラシック・カメラもそれと同じなんだよね。不便で機能も劣る上に手もかかるのに、モノとしての魅力があって一部のファンの心をとらえて離さない。

 きっと黒沢も、カメラにスペックよりモノとしての魅力を求める種類の人間なんだろうと思う。
 昔はね、良いカメラや良いレンズを買う為にすごく頑張ったよ。オリンパスで言えばボディはOM-3やOM-4の両方を手に入れ、レンズも100mmF2や90mmF2マクロとか付けていて、メーカーの人にも「すごいですね、私でもこんなに持ってない」と言われたくらいだよ。
 さらにそれだけでなく、ニコンやらキヤノンやらミノルタやら、そして果てはライカまで買い漁って。
 ところがデジカメの時代になってから、カメラもレンズもホントに買う気になれなくなっちゃって。

 まず何しろ黒沢は、フィルム式のカメラを何十台と持っていたから。だから大切な写真はかなり長いことフィルム式の一眼レフで撮り続けていて、デジカメはサブとしてコンデジ(キヤノンのパワーショットA620)しか使ってなかった。
 で、バッグに入れて常に持ち歩く為に、パナソニックのルミックスFX30を中古で買って、ちょっと気合いを入れて撮る時の為にパワーショットS90を新品で買って、あと高倍率のカメラが欲しくなった時にフジのF300EXRを中古で買って……って感じかな。

 そうしてコンデジでいろいろ撮るうちに、「デジタルは便利だし、フィルム以上にキレイにも撮れるんだな」ってわかってきて、「自分もデジイチを買って、フィルムからデジタルに乗り換えなきゃ」と決意したのだけれど。
 で、一大決心して買ったデジイチは、ペンタックスのK-r(標準ズーム付きの新品で46800円也)デシタ。あと、アダプターで昔のレンズを付けて撮る為に、K-xのボディを中古で買ったくらいかな。

 ああ、忘れてた。コンデジでもう一台、ハイビジョンで動画が撮ってみたくて、リニアPCMでステレオ録音もできるパワーショットSX150ISの新品を、アマゾンで9980円の最安値で出ていた時に買ったよ。
 あとはカメラのキタムラやハードオフのジャンク・コーナーを漁っては、各メーカーの古いコンデジを数百円程度で買って、「ダメでもともと、写れば儲けモノ」という気持ちで遊んでマス。

 昔に比べて、「良いカメラやレンズを買おう!」って欲望がホント激減しちゃってさ。
 昔は「少しぐらい高くても、できるだけ良いモノを!」って思ったものだけれど、今は「必要なスペックさえ満たしていれば、安いモノでいいや」って感じでね。

 だって、カメラの機能の向上の速度が速すぎるんだもの。カタログや専門誌でスペックを見て「あっ、これ良いナ!」と思って無理して買っても、ホントに翌年にはもっと機能が良くなった新製品が出されてガッカリする羽目になるばかりで。
 デジイチだって“数年前の高級機”と“最新型のエントリー機”を比べたら、後者の安いエントリー機の方が便利で高スペックだったりしてね。
 なのにどうして、スペックや機能にそんなにこだわる必要があるの……って感じで。
 どうせ来年には、もっと性能の良い新型が出る。その事は、もう分かり切っていることだからね。

 デジカメって、みんな何年くらい使うのかなあ?
 昔は、一台のカメラを五年どころか十年以上だって普通に使ったものだった。
 けど今、十年以上前のデジカメを使い続けてる人なんて殆どいないよね。
 だって、一度手ブレ補正に慣れたら、手ブレ補正の無いカメラなんて使えなくなっちゃうし。そして手ブレ補正機能も年々進化して高性能になって行っているし。
 暗部補正だってキャッチ・フォーカスだって、慣れたらその機能が無いカメラなど不便で使う気になれなくなっちゃう。
 と言うワケで、今ではカメラなんて三~五年で買い換えているよね、大抵は。

 だから黒沢的に、「どうせ長く使えないんだから、買うなら安いので充分」って思ってしまうんだよ。「自分に必要なスペックさえ満たしていれば、エントリー機でもOK」と。
 だって最高スペックのカメラを無理して買っても、すぐにもっと良い新製品が出されるのは目に見えてるんだから。「最高のモノを持ってるんだ」って優越感に浸れるのはほんの短い間だけで、すぐにもっと安い機種に機能で追い越されて悔しい思いをするのは目に見えているんだよね。

 それを考えると、「金属製の昔のフィルム・カメラは本当にスゴい」って思う。
 だって半世紀も前の、東京オリンピックの年に作られたペンタックスSPだって、フィルムさえ入れれば今もちゃんとキレイな写真が撮れるのだから。
 黒沢の持っているライカのズマール5cmF2は1937年のあのナチスの時代のドイツで作られて、第二次世界大戦の戦火もくぐり抜け、そして今もちゃんと使えるんだよ。
 一方、今のデジカメが半世紀やそれ以上後にもまだ使われているところを、貴方は想像することが出来るだろうか

 今のデジカメに決定的に欠けているのは、ズバリそこなんだよね。
 機械式の古いフィルムのカメラには、熟練工により丁寧に作られたモノとしての魅力と、長い時代を乗り越えてきたロマンがある。
 けど今のデジカメはただの電化製品でしかなくて、そうしたマニアの心をくすぐる“趣味性”というやつが無い。


 昔のカメラは耐久消費財で、趣味の道具として大切にされ長年使われ続けてきた。しかしデジカメはそうではなく、数年で使い捨てられる電化製品だ。
 結局、今のデジカメは電気釜や掃除機やテレビなんかと同じなんだよね。「良いな」と思う機能があって、しかも値段も手頃なら買う。けれどモノとしての愛着が無いから、もっと高機能で安いものが出ればすぐ買い換えてしまう。

 昔はさ、良いカメラは宝物みたいな憧れのモノだったんだ。だからただ機能だけでなくフォルムや塗装などの仕上げや操作する感触にも惚れ込んで、本当に「一生モノ」として長く大切にしたんだ。
 昔の金属製のフィルム・カメラは、写真を趣味にする者にとっては文字通り“愛機”だったんだよね。
 でも今、自分のデジカメの仕上げや操作感に惚れ込んで、自分の“一生モノの愛機”として長く使い込む人など殆どいないでしょう?
 何しろ今のカメラは、電気釜や掃除機などと同じだから。使って「便利だなあ」とは思っても、モノ(機械)としての愛着など持たず、もっと良い新製品が出ればすぐに買い換えちゃう。

 って言うか、新製品の出るサイクルも早いし、数年前の高級品より新しい普及品の方が性能も良い上に値段も安いのもわかってるから、「安くてそこそこ性能の良いヤツを、適当に買い換えて行けばいいや」ってなっちゃう
 今のカメラの悪いところって、ズバリそこだと思う。スペックの良さと値段の安さだけで勝負している感じで、「長年大事に使って行きたい」って思わせるモノとしての魅力に欠けているんだよ

 昔はさ、カメラのコレクターって大勢いたんだ。
 実のところを言えば、カメラなんてメインのカメラに予備のボディ、それにいつも持ち歩く用のコンパクト・カメラの、せいぜい三台もあれば充分だ。
 けれど黒沢のように、使い切れる筈もない何十台ものカメラを一人で買い集めてしまうバカも少なからず居て、それがカメラ業界の売り上げの何割かは支えていたと思う。
 そういうマニアはそのカメラやレンズのスペック以上に、モノとしての美しさや質感や操作感などに心をひかれてしまうんだよね。それで魅入られたように、機材ならもう充分に持っているのにまた別のカメラやレンズを買ってしまう。
 でさ、新しいカメラやレンズを買う時に、決まってする言い訳があって。
カメラは一生モノだから
 機械式のカメラやレンズは、定期的にメンテナンスさえすれば、本当に一生使い続けられる。「だから買っても決して無駄じゃない」って、自分自身の物欲に言い訳できちゃうんだよね。

 でも、デジカメは違うから。
 ニコンやキヤノンのフラッグシップ機でも、「数年後には、完全に時代遅れのスペックになる」ってわかり切ってるから。
 だから理性が物欲にキチッとブレーキをかけてくれるわけデスよ、「どうせ数年しか使えない“家電製品”に、どうしてそんなに高いカネをかける必要がある?」って。
 そう、デジカメも今では電気炊飯器や掃除機と同じだから。いくら「高スペックだから」って電気炊飯器や掃除機を買い集めて愛でるコレクターなど殆どいないように、デジカメもマニアの心を引きつける魅力を失っているんだよね。

 見て下サイ。これが東京オリンピックの頃に作られた、ペンタックスSPデス。

ペンタックスSPFINEPIX F300EXR 492

 ペンタックスSPFINEPIX F300EXR 494
 
ペンタックスSP-DSCN3514 

ペンタックスSP黒 

 どれも黒沢がカメラ屋のジャンク・コーナーから救出してきたものだけれど、キチンと磨き上げればこの通り、元の美しい輝きを取り戻しマシタ。今のデジイチに、これだけ美しいフォルムと質感を持つものは無いように黒沢は思うよ。

ビトーB-DSCN3520 

 これは1950年代半ばの、フォクトレンダービトーBデス。一応ドイツ製の舶来モノで、東京のクラシック・カメラ専門店で買いマシタ。
 とは言うものの決して高級品ではなく、扱いとしては普及品のコンパクト・カメラでありマス。だから掌に乗るほど小さくて、コロッとした形でとても可愛いデス。
 けどレンズはものすごくシャープで、ボディのメッキは驚くほど上質で、メカニズム的にも非常に凝っていて「わかる人にはわかる」、マニア好みのカメラなのだ。

ペンEE2-DSCN3517

 最後に紹介するのは、四十数年以上も前のオリンパスPEN-EE2デス。
「シャッターを押すだけで誰でも撮れる」のがウリの、当時のオリンパスで一番安いカメラで、スペックも今の目から見れば驚くほど低いデス。けど機械として仕上げは良いし、メッキもとても上質で、いつまでも手元に置いておきたくなる愛らしさがあるんだよね。

 今のデジカメに欠けているのは、こうした「モノとして愛着を感じさせる部分」だと思う。
 もう時代遅れのスペックになってしまったとわかっても、フォルムの美しさや仕上げの良さに惚れて、いつまでも使い続けたくなってしまう。そんな愛着を持てるカメラが、今のデジカメにどれだけあるだろうか
 デジカメにはそれが無いから、ちょっと古くなれば使えない家電製品として捨てるしかない。
 だから古い機械式のカメラのコレクターはいても、デジカメのコレクターは殆どいないよね。

 今や光学機器から完全に家電製品と化したデジカメは、「より高スペックで、より安く」を目指して“進化”してきた。そしてその結果、人が愛着できるモノとしての美しさや質感などを失ってしまった。
 昔の金属製のカメラはさ、仕上げやメッキも上質で、直線と曲線をうまく組み合わせてスッキリした美しいフォルムをしていたけど。今のデジカメときたら、殆どプラスチック製の、溶けかけのチョコレートみたいなフォルムのものばかりじゃないか。
 こんなものを、どうしたら長く愛用する気になれるのかと聞きたい。

 と言うと、「より高スペックでより安いのは良い事じゃないか、そのどこが悪い?」って言う人も多くいるだろうね。
 でも“趣味のモノ”ってのは、スペックと安さだけの単なる実用品じゃ駄目なんだ。美しいフォルムや上質な仕上げ、そして操作感など、数値にできない美点があってこそ、人の心を奪い「どうしても欲しい!」って気持ちにさせるんだ。
 だから黒沢のようなバカな人間が、オリンパスだけでなく各メーカーの高いカメラを何十台も、それこそ何かに憑りつかれたように買い集めたワケで。

 けど今のデジカメは、ホントにコストダウンを徹底して作っている実用品の電化製品だからね。モノとして惚れてしまうような製品など殆ど見当たらないし、「実用的な安いモノが数台あればOK」と。
 実際、フィルムのカメラの時代には高級機を頑張って買っていた黒沢だけど、デジイチは「エントリー機のK-rとK-xで充分」って本心から思ってるもの。
 使い切れないほど高いカメラを何台も買ってコレクションするバカが減り、皆が数年ごとの使い捨てを前提として、コストパフォーマンスの良い実用機しか買わない
 これって、カメラの業界としても決して良いことではないと思うけれど。

 フォルムの美しさや仕上げの上質さや操作感は、確かに数値では表せないからね。だからコストカットの対象になりやすいんだと思う。
 例えばデジカメなんてどうせ数年しか使わないと、みんなわかってる。なのにそのデジカメを高価な金属のボディで丁寧に組み立て上質な塗装をするなど、合理的に考えれば確かに無駄に違いないと思う。
 だがその“無駄”こそが、カメラ好きの心を動かし引きつけのだ。
 スペックとコストだけでなく美しさや仕上げの良さにもこだわり手間とお金をかけた、カメラ好きが本当に長く愛せるような趣味性のあるデジカメの登場を、黒沢は心から願ってやまない。

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