空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

昭和の写真少年⑧・撮ってる方もドキドキでした

 カメラの前で初めは緊張していたチハルさんも、何枚も撮られてるうちに次第に慣れてリラックスしてきて。そしてその頃合いを見計らって、黒沢はこう声をかけてみたんだ。
ブラウスのボタン、一つ外してみて

 普段の時ならこんなコト言えないし、相手の女の子だって「何ヘンなコト言ってんの!」って反応になるよね。けど撮影の途中で、いろいろポーズをとって良い流れで撮られてる時なら、女の子だって「まあボタン一つぐらいなら」って感じになる。
 それに黒沢は、ヌードを撮ってみたい気持ちがあるコトも、それ以前にチハルさんに話してあったから。だからチハルさん自身、「もしかしたら、脱がされるかも」みたいな事も、まず間違いなく頭の片隅にあった筈なんだよね。

 だからか一つ目のボタンは、殆ど躊躇わずに外してくれて
 そしてまた暫く撮り続けた後で「もう一つ外してみて」と言ったら、今度は僅かに躊躇った後で、けど黙って言う通りにしてくれて。
 もう胸元はかなり見えちゃってるけれど、下のブラだけはギリギリ見えてない……って状態で撮影を続けてさ。

「ボタン、もう一つ外して」
 そう言うと、今度はチハルさんも流石に直ぐには手が動かなかった。
えー、下着、見えちゃうよぉ
いーから、大丈夫大丈夫
 ……いったい何が大丈夫なんだか。

 けどチハルさんは、ううー」とか言って上目遣いに軽く睨みながら、胸のボタン、外してくれてさ。
 もちろん全然大丈夫じゃなんかなくて、その途端に下のブラが見えちゃって。そしてその日は風も時々吹いていて、その風にあおられてブラはもう丸見えに近い状態だったよ。
 けどチハルさんは隠すとかしないで、そのまま言われたポーズを撮り続けてくれたよ。
 その三つ目のボタンを外した時、きっとブラまで見せる覚悟が出来てたんだろうと思う。

いっそさ、ブラウス全部脱いじゃおうよ
 そう言ってみると、チハルさんは黙って頷いて脱いでくれたよ。
 上半身はブラだけのチハルさんを暫く撮って、そして「肩を出してみようよ」って言って、ブラのツリのの部分を両方外して貰ってさ。
 うん、だから当然、半分外れかけたブラを手で抑えてような感じだよ。

 ココまでは、まあ順調だったと思う。
 ただ「ブラもとっちゃおう」って言ったら、チハルさんはイヤだとは言わなかったけど、動かなくなっちゃったんだ。表情も、それまでよりハッキリ硬くなってたし。
胸は手で隠してていいからさ、とにかく外すだけ外してみて?
えー、でもぉ……
脱ぐ時、ちゃんと後ろ向いてるから
 そう言って黒沢が背を向けると、
わかった、絶対こっち見ないでよ?
 やっとそう言ってくれてさ。

「もういいよ」
 そう言われて振り向くと、上半身裸のチハルさんが両手で胸を隠した姿で立っててさ。
 ま、今で言う“手ブラ”って状態だよね。
 セミヌードって言うのかな、そんな感じでまた暫く撮ったよ。

 けどそこまで脱がせたら、ここで終わりになんてしたくないじゃん? ブラまでとってもらえたなら、下はともかく少なくとも胸は見せてほしい、って思っちゃうよ。
ちょっとだけでいいから、手もはずしてくれられる?
 チハルさんもさ、ブラを外したところで殆ど諦めがついていたと言うか、覚悟も出来ていたんだろうね。
う……うん
 躊躇いつつそう頷いてくれたところで、間の悪いことに人が来ちゃったんだよね。この人気の無い静かな海岸でイチャイチャ、ラブラブしに来たらしいアベックが。

 遠くに人の姿を見た途端、チハルさんは「キャッ!」って小さな悲鳴を上げて、両手で胸を隠したままその場にしゃがみ込んじゃうし。
 黒沢だって裸のチハルさんを見せ物にするつもりは無いし、脱いであったブラウスを即座に渡すなり「撤収!」って感じで、逃げるようにその場を後にしたのでありマシタ。

 と言うワケで、黒沢がヌードを撮れたかも知れなかった初めてのチャンスは、その寸前で未遂に終わってしまったんだ。
 ただ同じ高校の子を上半身裸にさせて手ブラ姿まで撮ってたのは事実だし、もしその時に例のアベックが来なかったら、まず間違いなく“現役JKのヌード”を撮っちゃってたと思う。
 今だったら、「おめー、もしそのまま撮ってたら犯罪だゾ。そのアベックに感謝しろや」って言われるところだよね。

 ただその頃って、あの篠山紀信センセイや荒木経惟センセイなどの大物の写真家でさえ、女子高生どころか女子中学生のヌードもバンバン撮ってたんだよ。そしてその裸が載った雑誌や写真集が、何の問題もなく本屋にフツーに並んでたような時代だったんだ。
 それも「18歳未満お断り」のアダルト本コーナーでなく、誰でも見られる一般書籍のコーナーにね。
 沢渡朔さんの『少女アリス』って写真集なんか、モデルは8歳のガチな幼女だったし。18歳の間違いではなくホントに8歳で、しかもそのヌード写真集がアダルト本のコーナーではなく、アートとして美術本のコーナーで売られてたんだよ。
 だから当時の黒沢は「ヌード=キレイなもの」って信じてたし、同じ高校生の女の子を脱がせて撮ることについて、「悪いことをしてる」なんて意識は全然無かったんだ。
 そしてチハルさんたち当時の女子高生も、脱いでモデルになるのを「いけないこと」とは決して思ってなかったんだ。もちろん「恥ずかしいし、勇気もすごくいること」に違いないけれど、「ホントに信用できる人に、真剣に頼まれたら脱いでもいい」って感じでね。

 実際、篠山紀信センセイなど大物写真家の事務所などには、「高校を卒業する記念に、私のヌードを撮って貰えませんか?」って、フツーの女の子(←現役JK)がやって来ちゃうくらいでさ。
 それも別に「それで名前を売って、芸能界デビューしちゃおう!」とかの下心があったわけじゃなくて。純粋に青春の記念に一度だけ脱いだ後、彼女たちはホントにそのまま就職なり進学なりして、フツーの女の子として過ごしてるんだ。
 だから中高校生向けの『ぼくたちは気持ちのいい写真が撮りたい』って本に「芸術のためだ、キミのガールフレンドに脱いでもらおう」と書いてあって、そしてその本に全国高校長協会長サンが推薦文を寄せていても、別に不思議なことでは無かったんだ。
 ちなみにこの『ぼくたちは──』は、日本図書館協会の選定図書でもありマス。

 そんな時代だったから、もし流れのまま黒沢がチハルさんの裸を撮っちゃったとしても、あの頃だったら何も問題にならなかったと思う。かの青少年保護育成条例もナイから、女子高生のヌードも「これは芸術だ!」で押し通せたし、警察や学校も関係ナイ……って感じでね。
 さすがにヌードは見たことはなかったけれど、市内の別の高校の写真部の写真展では、ガーフルレンドらしい子の下着姿を撮った作品が堂々と飾られてたりもいたよ。
 高校の写真展だよ? そーゆー写真も作品として出すことを、もちろん先生や学校側も認めてたってコトだよ。

 実は黒沢は、その後も同じ高校の後輩の子のセミヌード(タオルで胸だけかくして……みたいな感じ)まで撮って、「さあ次の撮影ではヌードを撮ろう!」って話が決まったトコで、その後輩のお母さんからストップがかけられたことがあってさ。
 けどそのお母さんにも、頭ごなしに叱られはしなかったよ。まず「キミが本当に写真を頑張ってるのもわかるし、うちの知り合いにも写真をやってる人がいるから、ヌードを撮りたい気持ちもよくわかります」って、こちらの立場や気持ちにも一定の理解を示してくれて、その上で穏やかに「ただ娘には、ヌードはまだ早いから」って感じでね。
 その後輩の子は1年生でしかも誕生日前だったから、当時まだ15歳だったワケで。
 今だったら、まず間違いなく「ウチの娘に何するの!」って怒鳴り込まれて、「学校にも連絡して処分して貰いますからね!!」って話になっちゃうよね。下手をすれば、「警察にも通報!」とか。
 けどその頃はむしろ相手の子の親の方が、断り方に気を使うくらいだったんだ。

 知ってるかな、江戸時代の湯屋(今で言う銭湯ね)って、マジで混浴が当たり前だったんだ。
 江戸は埋め立て地がかなりを占めているから、井戸を掘っても海水しか出ないような所が多くてね。だから家に風呂なんて無いのが普通で、内風呂があるのは身分のある武家の屋敷くらいだったんだ。
 だから長屋のおかみさん連中はもちろん、それなりの商家の娘や御家人クラスの武家の娘も、ごくフツーに湯屋に行って混浴してたワケ。

 混浴なんて、今じゃ「信じらんない、あり得ないでしょ!」って話だよね。けど江戸時代の娘さん達は、触られるのはNGだけれど、裸を見られるのは大して気にしてなかったーです。
 年頃の娘さん達と混浴していればね、男の中にはやはり良からぬ気持ちを起こすヤツもいて、娘さんをそーっと触っちゃう不心得者もいたそうで。でもそんな時には男が青くなるくらい凄い剣幕で叱り飛ばして、痴漢を退散させちゃうんだって。
「触んじゃねーよッ、テメーでマスかいてろ!」ぐらいのコトを、年頃の可愛い娘さんが伏せ字ナシで平気で怒鳴ったりするのだとか。
 ちなみに封建社会でも江戸の町だけはかなり女性上位で、女の人がとても強かったのだ。
 そんな感じで「何が良い事で何が悪い事なのか」って基準は、時代によってかなり変わるんだよね。


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