空と虹と恋と

 大好きな写真のこと、そしてゲームやコミックスの話から歴史&時事問題まで、思いつくまま雑多に語ってみたいと思っております。さらに筆者の度重なるイタい失恋話についても、どうぞ憫笑しつつお読み下さいまし。

昭和の写真少年⑨・昭和のヌードって

 昭和の頃って、女の子のヌードを撮る事に何でそんなに大らかで寛容だったか。
 まあ例の宮崎某の事件が起きる前だったから、少女のヌードに対する世間のイメージが今とは全然違ってた(今は少女のヌード=ロリで犯罪、昔は少女のヌード=キレイでアート)ってのが、まず第一に挙げられるだろうけど。
 けどそれと同じくらいに、「写真がデジタルでなくフィルムだったから」ってコトが大きかったと思う。あと、「当時はまだパソコンも無ければ、ネットも存在してなかった」というのも大きいね。

 例えばデジカメもパソコンもネットも無い時代に、誰か女の子が写真家志望の彼氏に拝み倒されて、脱いでヌードを撮られたとするよね? で、その写真が悪用されちゃう危険について言うと、「無い」わけではないけれど、今とは比べものにならないくらい小さかったんだ。
 だって当時は、撮った写真はまずフィルムを写真屋に出して現像して貰わなきゃならなかったから。

 当然、その段階で写真は全部、店のオヤジさんのチェックが入ってしまうワケさ。
 さらに写真を引き取りに行く時にも、必ずその写真の確認も求められるし。カウンター越しに仕上がった写真をずらりと並べられて、「これで間違いないですね?」って。そしてその写真は、周囲の他のお客たちにもチラ見されるのは避けられないよ。
 だから「写真屋主催のヌード撮影会」みたいな企画もあった反面、露骨にエロい写真を撮ったりすると、写真屋で赤っ恥をかくことになるんだよね。言ってみれば、「近所の顔見知りのオヤジさん(お姉さん)がカウンターの向こうにいるレンタルビデオ店で、どエロなAVを借りるようなもの」って感じかな。

 昭和の頃は人間関係が今よりずっと濃密で、人の行動範囲も狭かったからさ。大型量販店や郊外型のショッピングモールなど殆ど無かったし、Amazonなんて存在すらしてなかった。
 あの時代には、モノは何でも近くの馴染みの店で、オヤジさんや奥さんと雑談の一つも交わしながら買うのが当たり前だったんだよね。カメラを買うのもDPEもキタムラとかじゃなくって、個人経営の小さな写真屋に頼ってて。
 DPEって、デジタルの写真しか知らない人には意味もわかんないかもね。現像(development)、プリント(print)、引き伸ばし(enlargement)の頭文字だよ。

 あの時代に写真に熱中していた人には、まず間違いなく行きつけの写真屋があって、暇があればそこに顔を出しては、顔なじみのオヤジさんとカメラ談義とかしてたよ。
 だから店のオヤジさんとお客の人間関係もかなり濃くて、店そのものも“マニアの巣窟”って感じだったからさ。だからカメラ好きには居心地の良い空間だったけど、フツーの女の子とか写真に興味のない人達には、ちょっと足を踏み入れにくい感じだったみたい。
 で、写真を現像に出す時には「○○に行って□□を撮って来てさー」みたいに話すし、オヤジさんも仕上がった写真を引き渡す時には、それを見て「よく撮れてますねぇ」とか言うし。

 うん、誰がどんな写真を撮ってるか、当時の写真屋のオヤジさんは間違いなくしっかり見てた
 今だったらさ、「プライバシーの侵害だ!」って文句をつけられちゃいそうだよね。
 けどフィルムの現像やプリントは、プロの業者にしか出来なかったからさ。だから「撮った写真は、出した写真屋や現像する人達に見られるのは仕方ない」って、みんな当然の事として受け入れてたんだ。

 つまり昔は、他の人の目に全く触れさせずにヒミツの写真を撮る」のは、まず不可能だった……ってコト。「絶対、他の誰にも見せたりしないから!」と固く誓ってガールフレンドのヌードを撮ったとしても、少なくとも現像した人と写真屋の人達はその写真を見ることになるのは、撮ったカメラマンも脱いでモデルになった子もわかってた。
 だから昔は、ヌードだって「他の誰かが見るに違いないもの」って前提で撮ってたんだよね。
 ヌードもあからさまにエロく撮ってるのは、Hな雑誌のカメラマンくらいでさ。他の大部分のカメラマンは、他人に見られても恥ずかしくないように、いかにもアートっぽく撮ってたんだ。心の奥底と言うか、本音の部分はどうあれ……ね。

 だから昔は、ヌードを撮ることについての理解はかなりあったんだよね。モデルを頼まれた女の子だって「ヌードはキレイなもので芸術なんだ」ってわかってくれてたし、だから18歳未満の子を脱がせてモデルにしても、「エロ目的でなく真面目に撮るならOK」って雰囲気だったんだ。
 けどその反面、撮った裸の写真を公開することに関しては、規制が今よりずっと厳しくてね。
 前にも紹介した昭和52年発行の『ぼくたちは気持ちのいい写真を撮りたい』のヌードの撮り方のページの⑥に、「被写体に一カ所だけ、写して公表すると罰せられるところがある。そこを上手にかくすことも表現技法として考えていこう」って書いてあるのだけれど。
 この「写して公表すると罰せられる一カ所」って、いったいドコだと思う?
「簡単過ぎるわ、マ○○しかありえねーだろ」って思ったキミは、残念だがハズレだよ。
 まあ女性器も写して公表したらモチロン罰せられるけど、正解は「アンダーヘアー」なのだ。

 例えば今、ヘアヌードって言葉があるよね? でもそんな言葉、元の英語にはどこにもねーよ。
 英語での定義を正確に言うと、nudeとは全裸のことで、当然上も下も全部見せているものなんだ。だから「ヌード=ヘアも見せているもの」であって、わざわざ“ヘア”とか付け加える必要などないワケ。
 じゃ、何でヘアヌード(陰毛ヌード?)なんて和製英語が作られたかと言うと、ヘアが写ってるヌード写真を撮って公開することは、昭和の時代には犯罪だったからなんだ。

 今だったら、ヌードと言えばヘアも写ってるのが普通だし、そもそも第二次性徴期以後の人なら生えてるものだよね。無毛症、大人になっても陰毛の生えない人もいるけれど、割合としては千人に一人ほどらしいから、まあ「殆どの人にあるもの」って言っちゃっても間違いではないと思う。
 けど昭和の時代のケーサツは、「ヘアは人に劣情と羞恥心を起こさせるもの」と決めつけていたんだ。だからヘアが写った写真を公開すると、すぐに逮捕状を持った刑事サンがやって来て、猥褻物陳列罪だの猥褻図画所持販売罪だので検挙されちゃうのだ。
 ハイ、雑誌や写真集に載せるだけでなく、ただ写真展に出すだけでもアウトだったのでアリマス。それであのアラーキー先生なんかも、ケーサツと何度かモメてたなー。

 もちろん先進国でこんなだったのは日本だけで、欧米ではヌードにヘアが写ってるのが当たり前だったよ。国によっては、ズバリ性器まで写っててもOK、ってトコまであるくらいでさ。
 だから欧米のヌード写真集が輸入する時には、ヘアの部分をいちいち全部黒く塗り潰してたんだよね。たとえ撮ったのがどれだけ有名な写真家で、アートとしてどれほど高く認められているものでも。

 ほら、若い人向けのマンガや小説によく出てくるよね。性的なことに異常に過敏で、ちょっとでもエッチっぽいものを見つけると「イヤラシイ! 許しませーん!!」とか目を吊り上げて怒りまくる、時代錯誤でカタブツな女子の風紀委員(←優等生だけどヒス気味でキレやすい)。
 その挙げ句に、たまりかねた健全な男子wに「いつもイヤラシイ、イヤラシイってさあ、何でもそーゆー目で見るオマエの頭ン中の方がずっとイヤラシイんじゃねーのかよ!」って言い返されて、言葉に詰まって真っ赤になる……みたいな。
 当時の日本のケーサツって、まあそんな感じだったと思って下サイ。
 で、写真家やら文化人やらと長い長い論争や、猥褻の基準を巡る幾多の裁判を経て、渋々ながら「性器はNGだけど、ヘアはまあ見逃してやるか」ということになったのが、何と平成の世になって更に四年も過ぎてからのことなのでアリマス。

 ちなみにそのヘアが解禁される切っ掛けになった、日本初のヘアヌードwwwは樋口可南子さんの写真集で、撮ったカメラマンはかの篠山センセイなのだ。
 で、全裸であってもヘアを見せるのは許されてなかったそれ以前のヌードと区別する為に、あえて“ヘアヌード”って言い方が生まれたんだよね。
 だから昭和の日本のヌード写真って、どんなエロ雑誌のグラビアだってヘアすら写ってなかったんだ。そしてその露出が少ない分を、ポーズや表情やシチュエーションなどのエロさでカバーする……みたいな感じでね。

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